民法ゼロから民法#30

死んだことになっても、消えないもの——住所・不在者・失踪宣告

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第1章 民法総則 ⑲/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の地図——見つからない、という次元

前回末尾の問いを回収しつつ二段のギア(財産を預かる一段目と死んだことにする二段目)を予告する板 図:前回末尾の問いを回収しつつ二段のギアを予告する板

前回、こんな問いを残して終わりました。人には、どれだけ判断する力があるか——これまでは、その話をしていました。でも今日は、次元が違います。今日の主役は——そもそも、見つからない人、です。民法は、この、いないという事態に——二段の仕組みを用意しています。一段目は——まだ、死んだことにはしません。その人の、財産だけを誰かに預かってもらいます。二段目は——思い切って、死んだことにします。ただし——ここに、今日いちばん大事な考え方があります。この制度は、その人を死なせる制度では、ありません。その人が、残していった場所の法律関係を、終わらせる制度なんです。

この一つの見方さえ持っていれば——今日の答えの、ほとんどが自分で、導き出せます。では、まず一段目の、その手前から見ていきましょう。

どこから、いなくなったのか

単身赴任先も引き払った夫を例に生活の本拠という基準点を確かめる板 図:単身赴任先も引き払った夫を例に生活の本拠という基準点を確かめる板

まず、確認しておきたいことがあります。いなくなった、というのは——どこから、いなくなった、ということでしょうか。実は、十年帰ってこない、あの夫——家を出たあと——単身赴任先の、アパートに三年、住んでいました。そこも、今は引き払っています。だから、まず基準点を、決めておく必要があります。民法が使う言葉が、これです。

条文民法22条

民法 第二十二条(住所) 各人の生活の本拠をその者の住所とする。

暮らしの、中心になっている場所、ということです。住民票が、どこにあるかでは、ありません。実際に、どこで生活していたか——実態で、決まります。もし、この生活の本拠すら分からなかったら、どうなるでしょうか。

条文民法23条1項

民法 第二十三条(居所)第一項 住所が知れない場合には、居所を住所とみなす

生活の本拠が、はっきりしないときは——とりあえず、いる場所を住所として扱う、ということです。この、みなすという言葉——今日、また、どこかで会うことになります。この住所、あるいは、居所が——これから見ていく制度の、基準点になります。

一段目——まだ、死んだことにしない

夫がいなくなって二年経ち妻が家の雨漏りを直したいが修繕契約を誰の名前で結べばいいか分からないという問い

夫がいなくなって、二年が経ちました。ある日、家の雨漏りが、ひどくなります。でも、妻は困ります。修繕の契約を、誰の名前で結べばいいのか——分からないんです。夫は、まだ生きているかもしれません。だから、勝手に妻の名前で、契約するわけにはいきません。ここで、この条文が出てきます。

条文民法25条1項

民法 第二十五条(不在者の財産の管理)第一項 従来の住所又は居所を去った者(以下「不在者」という。)がその財産の管理人(以下この節において単に「管理人」という。)を置かなかったときは、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求により、その財産の管理について必要な処分を命ずることができる。

従来の住所や居所を、去った人のことを——民法は、こう呼びます。そして、家庭裁判所に頼めば——この不在者の財産を、代わりに管理する人を選んでもらえます。これで、雨漏りの修繕契約も——管理人の名前で結べるように、なります。ただ、大事なことが一つ、あります。この段階では、まだ夫が、死んだことにはなりません。だから、相続も婚姻も——まだ、何も動きません。財産を預かるだけでは足りない場面が——この先、出てきます。そこで、二段目のギアが、必要になります。

二段目——死んだことにする、という選択

財産を預かるだけでは足りない場面として再婚したい妻と法律上まだ生きている夫という問いを立てる板

さらに、五年が経ちました。妻に、再婚したい相手ができました。財産を預かるだけの制度では——この場面には、対応できません。そこで、使われるのが失踪宣告という制度です。長く行方が分からない人について——家庭裁判所が、死亡したものとみなすと、宣告する制度です。これも、家庭裁判所が動いて、初めて始まります。誰かが申し立てて——家庭裁判所が、審判を出す。この型は、もう見慣れましたね。そして、ここでもう一度、さっきの見方を思い出してください。失踪宣告は、その人を死なせる制度では、ありません。その人が、残していった場所の法律関係を、終わらせる制度です。

今日、何度も戻ってくる考え方です。

財産管理と失踪宣告を生死の判断財産婚姻相続の四行で比べる対比板 図:財産管理と失踪宣告を生死の判断財産婚姻相続の四行で比べる対比板

ここで一度、二つの段を並べて、見ておきましょう。一段目——財産管理は、生死を判断しません。財産だけを預かります。婚姻も、相続も動きません。二段目——失踪宣告は、死んだものと、みなします。その結果、相続が始まり、婚姻も解消されます。では、二段目の中身を——もう少し、詳しく見ていきましょう。

要件——普通失踪と、危難失踪

手がかりが何もない場合と死んだとすればあの時という手がかりがある場合の二つの入口を予告する板

失踪宣告には、二つの入口があります。一つは、手がかりが何も無い場合。もう一つは、死んだとすれば、あの時という手がかりがある場合です。まず、十年帰ってこないままの、あの夫婦に戻りましょう。最後に、生きていたと分かってから——七年どころか、十年が経っています。そこで、妻が、家庭裁判所に申し立てます。

条文民法30条1項

民法 第三十条(失踪の宣告)第一項 不在者の生死が七年間明らかでないときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求により、失踪の宣告をすることができる。

ここ、注意してください。家を出てから、七年ではありません。最後に、生きていたと分かる時から数えて、七年です。出ていった、その瞬間からでは、なくて——最後の消息が、確認できた、その時点からです。ここで数えるのが、いわゆる普通失踪です。これが、一つ目。手がかりが、何も無いパターンです。では、もう一つ——手がかりがある場合を、見てみましょう。別の家の、話です。ある夫が乗った漁船が、時化で沈みました。大しけの、海の天候です。船が荒波に、のまれます。乗員は、全員、行方不明になりました。一年経っても、誰も、見つかりません。

条文民法30条2項

民法 第三十条 第二項 戦地に臨んだ者、沈没した船舶の中に在った者その他死亡の原因となるべき危難に遭遇した者の生死が、それぞれ、戦争が止んだ後、船舶が沈没した後又はその他の危難が去った後一年間明らかでないときも、前項と同様とする。

条文が、はっきり例に挙げています。もう一つ、条文にある例が、戦地に臨んだ者です。この二つが、条文が名指ししている、危難の例です。こちらを、危難失踪と呼びます。大事なのは、待つ期間の長さです。普通失踪は、七年。危難失踪は——危難が去った後、たった一年です。ここで、一つ聞いてみたいことがあります。危難失踪のほうは、この後、死んだと考える時点が——沈没の、瞬間まで巻き戻ります。詳しくは、このあと、見ます。では、聞いてみます。七年の側は——なぜ、巻き戻らないのでしょうか?答え合わせは、この次に、しましょう。

なぜ、死んだと見なす時点が、違うのか

普通失踪は待ちきり危難失踪は巻き戻るという擬制時の時間軸を二本並べた板 図:普通失踪は待ちきり危難失踪は巻き戻るという擬制時の時間軸を二本並べた板

ここで、今日の見方に、もう一度戻ります。残していった場所の法律関係を終わらせる——それは、残された人を、いつまでも待たせないということです。暗記の前に、一つだけ問いを立てましょう。その人が、死んだと考えるのに——いちばん、無理のない時点は、いつか。この一つの問いで、答えが全部、出ます。まず、条文を見てください。

条文民法31条

民法 第三十一条(失踪の宣告の効力) 前条第一項の規定により失踪の宣告を受けた者は同項の期間が満了した時に、同条第二項の規定により失踪の宣告を受けた者はその危難が去った時に、死亡したものとみなす

前段——普通失踪は——期間が満了した時です。つまり、七年経った時点です。後段——危難失踪は——危難が、去った、その時点です。ここで、さっきの問いを当てはめてみましょう。普通失踪は、手がかりが何もありません。だから、いつ死んだと決めることもできません。できることは、ただ一つ——七年、待ちきることだけです。だから、死んだとみなす時点も——七年を、待ちきった、その時点になります。一方、危難失踪は——手がかりが、あります。船が沈んだ。乗員は、全員、行方不明。この状況で、一年も生き延びられる可能性は——ほとんど、ありません。

だから、一年待つのは——万が一の生存を、確認するための期間にすぎません。死んだと考える時点は——一年後では、なく——危難が去った、その時点まで巻き戻ります。答えは、これで全部です。手がかりがなければ、待ちきる。手がかりがあれば、巻き戻る。この一言だけで、表はいつでも、復元できます。

沈没が三月失踪宣告が翌々年六月その間の四月に父が死亡した相続の順番が変わる設例の時系列板

この、巻き戻るという性質が——実際に、効いてくる場面を見てみましょう。さっきの、漁船の話の続きです。船が沈んだのは、三月でした。失踪宣告が、実際に出たのは——その、翌々年の六月です。手続きには、時間がかかります。そして、その間の——四月に、実は夫の父が、亡くなっていました。ここで、聞いてみます。夫は、父を相続するでしょうか。実は——しません。夫が、死んだとみなされるのは——宣告が出た、六月ではなく——危難が去った、三月です。父が亡くなった、四月には——夫は、すでに死んだ扱いになっています。死んだ人は、その後に亡くなった人を、相続できません。

相続は、死亡によって開始します。死んだとみなされる時点が、宣告の日と、ずれるからこそ——相続の順番が、変わることがあるんです。

請求できるのは、誰か

利害関係人の定義と代表例の四者を並べお金を貸しているだけの人は含まれないことを示す板

さて、失踪宣告は——誰でも、申し立てられるわけでは、ありません。もう一度、条文を見てみましょう。利害関係人の請求により——さっきの、三十条一項に書いてありましたね。こう考えてみてください。失踪宣告によって、権利を得たり——義務を免れたりする、法律上の利害関係を持つ人です。具体的には、配偶者、法定相続人、親権者、そして——不在者の財産管理人、この四者が代表例です。では、一つ当てはめてみましょう。夫に、お金を貸しているだけの人は——請求できるでしょうか。考えてみてください。夫が、死んだことにされても——その借金が、消えるわけでは、ありません。

新しく、取り立てられるようになるわけでも、ありません。権利を得ることも、義務を免れることも、無い。だから、単なる債権者は含まれません。

後見開始と失踪宣告の請求権者を並べ検察官の有無が逆転していることを示す対比板 図:後見開始と失踪宣告の請求権者を並べ検察官の有無が逆転していることを示す対比板

では、ここから今日いちばんの弁別に、進みます。もし、この夫に身寄りが誰もいなかったら、どうでしょうか。誰も、申し立てる人が、いない、ということですね。誰も、動きません。そこで、検察官が代わりに、申し立てられるでしょうか。覚えていますか。後見が始まる場面です。保護の網から、こぼれ落ちないように——そう説明しましたね。では、失踪宣告では、どうでしょうか。実は——できません。三十条には、検察官という言葉が出てきません。利害関係人の請求により——それだけです。理由は、この制度が何を守っているかに、あります。後見開始は、判断する力を失った人を、守る制度でした。誰も、気づいてあげられなければ——その人自身が困ります。だから、公益のために、検察官も動けるようにしてあります。

一方、失踪宣告は——誰を守っているでしょうか。失踪宣告が守っているのは、実は、いなくなった本人ではありません。失踪宣告で、助かるのは——残された、配偶者や相続人です。再婚したい、相続を始めたい——これは、私的な利益です。だから、身寄りが誰もいなければ——誰も動かないままで、構いません。誰も困らないのなら、公益として国が動く必要は、無いんです。ここで、もう一つ、見比べてください。一段目の財産管理——二十五条には、検察官がいましたね。あちらが守るのは、まだ生きているかもしれない、本人の財産です。同じ二段のギアでも、一段目が守るのは本人、二段目が守るのは残された人です。

この向きの違いが——検察官の有無を、分けています。今日の一言のとおりです。制度が向いているのは、本人ではなく、その人が残していった場所——そこにいるのは、残された人たちです。だから、本人を守る公益の出番が、そもそも無いんです。

まず動くのは、この二つ

死亡したものとみなされた結果として動く主たる効果が相続の開始と婚姻の解消の二つであることを示す板

では、失踪宣告が出ると——実際に、何が動くのでしょうか。死亡したものと、みなされた結果——動くのは、大きく二つです。一つ目は、相続の開始です。もう、亡くなった人として扱われるので——相続人が、財産を引き継ぐ、手続きが始まります。二つ目は、婚姻の解消です。夫が、死亡したものとみなされる以上——婚姻は、終わります。だから、妻は再婚できるように、なります。ただ、覚えておいてほしいのは——失踪宣告の、主たる効果は——この、二つだ、ということです。なぜなら、相続も婚姻も——その人が残していった場所に、いちばん強く結びついた法律関係だからです。

動くのは、残していった場所の法律関係だけです。動かないものが何なのか——それが、次に見ていく話に、直接つながります。

死んだことになるのに、消えないもの

元いた場所の法律関係は終わるが本人の権利能力は終わらないという射程の板 図:元いた場所の法律関係は終わるが本人の権利能力は終わらないという射程の板

ここで、少し前の話を思い出してください。権利能力——権利や義務を持てる、資格そのものです。それを終わらせるのは、死亡だけ。失踪宣告では、終わらない——そう言って、終わった回がありました。では、思い出しながら、考えてみてください。——なぜ、終わらないのでしょうか?では、もう一度、冒頭の夫婦に戻ります。実は、この夫——本当は、生きていました。遠くの町で、名前も変えず、働いていました。アパートを借りて、毎朝パンを、買っています。ここで、聞いてみます。このアパートの、賃貸借契約。そして、パンの売買契約。これは、無効になるでしょうか。

実は——なりません。有効です。失踪宣告が、終わらせたのは——もといた、場所の法律関係だけです。相続、そして婚姻——さっき見た、主な効果です。相続と婚姻——今日の答えは、いつも、ここに戻ります。今、その人が実際にいる場所での、暮らしや契約は——何も、変わりません。ここが、狙われるポイントです。この人は、権利能力そのものを——失っているわけでは、ありません。権利能力を終わらせるのは、死亡、それだけです。失踪宣告は、その線を動かしません。制度が、向いているのは——本人自身、ではなく——本人が、残していった場所、なんです。

みなす、の重さ

みなすと推定するの違いを異なる事実の証明を受け付けるかどうかで対比する板 図:みなすと推定するの違いを異なる事実の証明を受け付けるかどうかで対比する板

さて、この夫が——ある日、ふらりと帰ってきたとします。ほら、生きているじゃないか——そう言えば、失踪宣告は無かったことに、なるでしょうか。実は——なりません。ここに、みなすという言葉の重さが、あります。みなすというのは——違う事実が証明されても、それだけでは覆らない、という意味です。法律が、実際とは違っても、そう扱うと決めてしまう——これを、擬制と呼びます。この夫が生きて、目の前に立っていても——それだけでは、宣告は消えません。ひっくり返すには——家庭裁判所に、もう一度動いてもらって——取消しの手続きを、してもらうしか、ないんです。

今日は、その手続きの中身までは、踏み込みません。今日、持ち帰ってほしいのは——みなすの、この重さ、だけです。ここで、少し比べてみましょう。似た言葉に、推定するという言葉があります。日常語だと、どちらも似たように、聞こえますよね。でも、法律の世界では、はっきり違います。推定するは——違う事実が証明されれば——その、証明された事実の方を採用します。みなすは、違う事実の証明だけでは、覆らない。推定するは、覆る。この違いを覚えておいてください。実は、この、みなすという言葉——今日、これで三回目の登場です。

一回目は、まだ生まれていない、胎児の話でした。すでに生まれたものと、みなす。二回目は、今日の、最初のほうです。居所を、住所と、みなす——覚えていますか。あっ……さらっと、通りすぎましたが——あれも、みなす、だったんですね。そして、三回目が今日、この失踪宣告です。別々の場所で、同じ言葉が同じ性質を持って、出てきます。動かすには、法律が別に用意した道が要ります。今日でいえば、家庭裁判所の、取消しでした。

今日の地図(保存版)

二段のギアと三つの山場をまとめた板から次回への矢印だけを添える板 図:二段のギアと三つの山場をまとめた板から次回への矢印だけを添える板

では、今日見てきたことを、まとめましょう。民法は、いないという事態に——二段の、ギアを用意していました。一段目は、財産管理。まだ、死んだことにはしません。二段目は、失踪宣告。死んだことにします。失踪宣告は、その人を死なせる制度ではなく——その人が残していった場所の法律関係を終わらせる制度でした。この一言から、今日の三つの発見が全部、出てきます。一つ目——擬制される時点は——手がかりが無ければ、待ちきる。手がかりがあれば、巻き戻る。二つ目——検察官が、失踪宣告に入らない理由は——この制度が、公益ではなく私益を、守っているからでした。

三つ目——死亡したものと、みなされても——権利能力は、終わりません。制度が向いているのは、本人自身では、なく——本人が、残していった、場所だからです。そして、みなすは——違う事実の証明があっても、それだけでは覆らない。これも、今日、確かめましたね。失踪宣告が出れば、妻は再婚できます。財産も、相続人が引き継ぎます。でも、もしその夫が、本当に生きて、帰ってきたら——宣告は、簡単には消えません。では、死んだことにされた、その人が——本当に、帰ってきたら——何が、起きるのでしょうか。それは、また次の機会に、見ていきましょう。

参照条文

  • 民法22条
  • 民法23条1項
  • 民法25条1項
  • 民法30条1項
  • 民法30条2項
  • 民法31条

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