代理権の濫用107条
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第1章 民法総則 ㊻/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
頼まれた範囲のことしかしていないのに
図:冒頭設例板
- Aが土地の売却と代金の受け取りをBに任せた
- Bは適正価格でCと売買契約を結んで代金を受け取ってそのまま持ち逃げした
Bは頼まれた範囲のことしかしていません。売る相手を探し、値段を決めて契約し、代金を受け取る。全部Aから任された仕事です。ここで聞きます。それでもAは、土地をCに渡さなければならないのでしょうか。おかしいと感じるその直感は正しい面もありますが、答えは一筋縄ではいきません。Bは代理権の範囲の中で仕事をしています。代理権の範囲内なら効果は本人に帰属する、というのがこれまで見てきた原則でした。先に答えの形だけ言っておくと、Aが土地を渡さなければならないかどうかは、Cが何を知っていたかで分かれます。今日は、代理人が私腹を肥やすつもりで動いたときにこの原則がどう修正されるのかを、条文から確かめていきます。
前回の予告を回収する
図:前回想起板
- 前回の最後に予告した対比=一方は行為の外形だけで判断し代理人の主観は問わない
- もう一方は相手方が代理人の目的を知っていたか知ることができたかを問う
本編に入る前に、前回の最後に予告したことを思い出してください。前回見た条文と今日の条文は、どちらも代理権を有しない者がした行為とみなす、という同じ効果を持っています。ただし判断の物差しが違う、という話をしました。前回見た条文は、何を物差しにして判断していましたか?今日の条文は、それとは違う場面を扱います。代理人の目的と、相手方がそれをどこまで知っていたかという、内心と主観を正面から問う条文です。
形式的にはもう有効になっている
図:99条の壁板
- 代理の3要件=代理権・顕名・代理人自身の意思表示は揃っている
- Bの持ち逃げの意図は要件のどこにも出てこない
冒頭の設例を代理の要件に照らして確認してみましょう。代理が成立するには、代理権があること、本人のためにすることを示す顕名、そして代理人自身が意思表示をすること、この3つが必要でした。Bには土地の売却と代金の受領を含む代理権があり、Aのためにすることを示してCと契約し、契約したのはB自身です。3つとも揃っています。
条文民法99条1項
民法 第九十九条(代理行為の要件及び効果)第1項 代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。
この条文が定めているのは、この3つが揃えば効果は本人に直接生じる、ということだけです。ここで言う「本人のため」というのは、売買という法律的な効果をAとCの間に生じさせる意思のことであって、受け取った代金を自分の懐に入れるかどうかという、事実上の使い道の話ではありません。Bが持ち逃げするつもりだったという内心は、この3つの要件のどこにも顔を出しません。だから形式的には、この契約は有効に成立しています。何もできない、と決まったわけではありません。ここからは、要件の外側にある、別の物差しを探すことになります。
相手方から見る
図:相手方の視点板
- Cから見ればBの内心は見えない
- Cが何も知らないなら取引は守るべき
- Cが知っていた・知ることができたなら守る必要はない
別の物差しを探すために、視点を変えてみます。契約の相手方であるCから見て、Bの内心はどう見えるでしょうか。Cに知りようがなかったなら、その取引は守るべきです。Cは何も悪いことをしていません。逆に、もしCがBの魂胆を知っていた、あるいは少し注意すれば気づけたはずなのに気づかなかった、という場合はどうでしょうか。Cが知っていた、あるいは知ることができたなら、Cを保護する必要はありません。冒頭で先に言った答えの形が、ここで見えてきました。相手方の主観、つまりCが何を知っていたかによって、Aを保護するかどうかが分かれる、という形です。
条文が無かった時代の処理
図:改正前の処理板
- 条文が無かった時代は93条ただし書=心裡留保を類推していた
- 表示どおりの効果を受けたくない内心を相手方が知り又は知ることができたなら本人は責任を負わない
実は今日の主役になる条文は、比較的新しい規定です。この条文ができる前は、そもそも条文が無かったので、判例が別の条文を借りて処理していました。借りていたのは、以前の回で見た93条1項のただし書です。93条1項は心裡留保の条文です。以前見た心裡留保の場面は、表示どおりの効果を受けたくないという内心があり、相手方がそれを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は無効になる、という形でした。改正前の判例は、この形を代理権の濫用にも当てはめていました。
判例最高裁判所判決 昭和42年4月20日
代理権濫用と心裡留保ただし書の類推 代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、民法93条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とする、とした。
別の話に見えるのに形が似ているのは、どちらも表示と内心のズレを相手方が知っていた場合だけ、表示どおりの効果を否定する、という共通の構造を持っているからです。心裡留保では、表意者が本心とは違う表示をしています。代理権の濫用では、Bは売る意思そのものは持っていて、契約の中身も本気です。ズレているのは、受け取った代金を誰の懐に入れるつもりかという、契約の効果とは別の、もう一段深いところの内心です。だから同じ93条ただし書そのものではなく、その考え方を借りる、という形で処理されていました。ここで一つ、前々回に見た場面と混同しないように区別しておきます。前々回、代理人が本人を欺くつもりで相手方と通謀した場面でも、93条のただし書を借りる話が出てきました。あのときは、本心でない意思表示をしたのは相手方で、それを知るべきだったのは本人でした。今日の場面は向きが逆です。内心に問題があるのは代理人Bで、それを知るべきなのは相手方Cです。同じただし書を借りていても、誰の内心を誰が知っていたかが違う、という点だけ押さえてください。
107条——代理権の濫用
図:107条全文カード板
平成29年の改正で、この考え方がそのまま条文になりました。107条を確認します。
条文民法107条
民法 第百七条(代理権の濫用) 代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。
条文を3つの要件に分けます。一つ目は、代理人が自己又は第三者の利益を図る目的を持っていること。二つ目は、その行為が代理権の範囲内であること。範囲の外に出ていれば、これはこの条文以前の、そもそもの無権代理の問題です。三つ目は、相手方がその目的を知り、又は知ることができたことです。この三つがそろったとき、効果は「代理権を有しない者がした行為とみなす」、つまり無権代理と同じ扱いになります。
冒頭の設例に当てはめる
図:持ち逃げ設例の関係図
- Aが本人・Bが代理人・Cが相手方
- AからBへ代理権・BからCへ売買契約・CからBへ代金・Bの持ち逃げの意図
図を見てください。AがBに、土地の売却と代金の受け取りという代理権を与え、BがCと売買契約を結び、CがBに代金を払いました。Bの内心には、この代金を自分のものにするという目的があります。この目的が、一つ目の要件にあたります。範囲内かどうかは、代金の受領まで含めて任されていたので、二つ目の要件も満たします。残るのは三つ目、Cの主観です。ここを3パターンに分けて確認します。
図:3パターン当てはめ板
- (a)Cが知っていた→無権代理とみなす
- (b)Cが知ることができた→無権代理とみなす
- (c)Cが知らず知ることもできなかった→有効
一つ目、Cが、Bが代金を持ち逃げするつもりだと知って契約した場合です。この場合、三つの要件がすべてそろい、この契約は代理権を有しない者がした行為とみなされます。二つ目は、Bの様子が明らかに不審で、通常の注意を払えば気づけたはずだった場合です。この場合も、知ることができたときにあたるので、結論は一つ目と同じです。代理権を有しない者がした行為とみなされます。ここで一度、考えてみてください。三つ目、Cが何も知らず、通常の取引として適正な価格で買っただけだった場合、結論はどうなるでしょうか。Cが何も知らず、知ることもできなかったなら、三つ目の要件を満たさないので、99条1項どおり、契約は有効です。Aは土地をCに引き渡す義務を負います。Aが受け取れなかった代金については、AがBに対して請求できるかどうかという、また別の問題になります。今日はこの先には踏み込みません。
条文が問うのは、代理人がその行為をした場面で、相手方がその目的を知り、又は知ることができたかです。ですから見るのは、契約を結んだときのCの事情です。契約のときに知らず、知ることもできなかったなら、あとから事情を知っても、契約は有効のままです。
「無効」から「無権代理」へ
図:改正の意味板
- 改正前=93条ただし書類推で無効
- 改正後=無権代理とみなす=本人が追認できる
- 追認・催告・117条の中身は無権代理の回で扱う
「無効」と「無権代理とみなす」という言葉の違いこそが今回の改正の一番大きな意味です。改正前は93条ただし書を類推して「無効」という扱いでした。今日の条文は、効果を「代理権を有しない者がした行為とみなす」、つまり無権代理としました。前回も確認したとおり、無権代理とみなす、というのは当然に無効になるという意味ではありません。本人が追認すれば、その行為は有効になります。Aは後から「この契約、認めます」と言うこともできます。無効という構成では、本人にとってその契約が実は有利だったとしても、契約そのものが消えてしまいます。たとえば、Bが持ち逃げした代金をあとで全額取り戻せて、しかもCとの値段が相場よりかなり高かったなら、Aにとってはこの売買を生かした方が得です。無権代理という構成なら、本人が追認して契約を生かすという選択肢が残ります。相手方からの催告や、本人が追認しなかったときの代理人の責任といった中身は、この後の無権代理の回でまとめて扱います。今日は、無権代理という道具が使えるようになった、という一点を押さえてください。
似ているけど、判断の物差しが違う
図:対比板
- どちらも無権代理とみなす
- 一方は行為の外形だけで判断し代理人の主観も相手方の主観も問わない
- 今日の条文は相手方の主観を問う
前回の最後に予告した対比を、ここで確認します。自己契約や双方代理は、契約の形そのものが利益の衝突を表しているので、外形だけで害のおそれが見えます。だから代理人が実際に何を考えていたかも、相手方が何を知っていたかも問いません。今日の条文が扱う場面は、冒頭のBとCの土地の売買のように、外から見ればごく普通の取引です。害は代理人の内心にしか存在しません。だから相手方がその内心をどこまで知っていたかという、主観の物差しでしか、本人を保護する線を引けません。効果は同じです。ただ、そこに至る物差しが違う、という点を区別しておいてください。
親権者が代理人になる場面
図:親権者設例の提示板
親権者が子を代理する場面で、代理権の濫用が問題になった判例があります。
図:親権者設例の関係図
- 子Aが本人・親権者Bが法定代理人・Cが担保を取る側
- 母Bから子Aへ法定代理・BからCへ担保設定契約・叔父Dの会社がCに債務を負いAの土地がその担保
図で確認します。子Aの法定代理人である母Bが、Cとの間で、Aの土地に担保を設定する契約を結びました。担保にしたのは、叔父Dが経営する会社の借金です。その会社はCに対して債務を負っていて、その担保としてAの土地が差し出されました。まず利益相反行為にあたらないかを確認する必要があります。利益相反行為とは、前回見たとおり、代理人と本人の利益がぶつかる行為です。あたるかどうかは、行為の外形から客観的に判断します。この担保は、B自身の借金の担保ではなく、叔父Dの会社の借金の担保です。外形上、得をするのはその会社であって、B自身ではありません。だから利益相反行為にはあたりません。
利益相反に当たらなくても、それで終わりではありません。ここで代理権の濫用が問題になります。
判例最高裁判所判決 平成4年12月10日
親権者による担保設定と代理権の濫用 親権者が子を代理してする法律行為は、利益相反行為に当たらない限り、するか否かを親権者が子をめぐる諸般の事情を考慮して判断する広範な裁量にゆだねられている。そして、子の所有する不動産を第三者の債務の担保に供する行為は利益相反行為に当たらないから、それが子の利益を無視して自己又は第三者の利益を図ることのみを目的としてされるなど、親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情が存しない限り、代理権の濫用に当たらないとした。子自身に経済的利益をもたらさないことから直ちに濫用とするのは相当でないとし、特段の事情を検討せずに濫用を認めた原審の判断を破棄し、審理を差し戻した。
図:親権者の濫用の判断板
- ①利益相反にあたらなければ、するかしないかは親権者の広い裁量
- ②濫用といえるのは、子の利益を無視して自己又は第三者の利益だけを図るなど、法の趣旨に著しく反する特段の事情があるときに限る
- ③子に経済的利益が無いというだけで直ちに濫用とはしない=原審を破棄して差し戻し
この判例のポイントは二つあります。一つ目は、親権者が子を代理する行為は、利益相反に当たらない限り、親権者の広い裁量に委ねられているということです。親権者は、子をめぐるさまざまな事情を踏まえて判断する立場にあり、法はその判断を親権者に委ねています。なぜ広く委ねるのか。子の利益は、目の前のお金だけでは測れないからです。この事案でも、叔父Dは母子の面倒をみてきた人でした。最高裁も、この事情がある事案だという点を指摘しています。お金が子のために使われていなくても、そうした間柄まで見て判断できるのは、子のそばにいる親権者です。二つ目は、だからこそ濫用と言える場面も狭くなるということです。子の利益を無視して、自分や第三者の利益だけを図る目的でされたと言えるような、親権者に代理権を与えた法の趣旨に著しく反する特段の事情がなければ、濫用にはあたりません。
冒頭の持ち逃げの設例より、濫用と認めてもらうのは難しくなります。任意代理では、代理人の目的と相手方の主観がそろえば濫用と評価できました。法定代理である親権者の場合は、そこに、広い裁量の中でも著しく法の趣旨に反すると言える特段の事情、という、より狭い絞り込みが加わります。この判例で最高裁が言ったのは、子自身が経済的利益を受けていないというだけで、直ちに濫用と決めつけてはいけない、ということです。さきほどの叔父Dとの事情も含めて、特段の事情があるかどうかを検討し直す必要があるとして、濫用を認めた原審の判断を破棄し、審理を差し戻しました。濫用ではないと確定したわけではなく、もう一度、特段の事情の有無から検討し直しなさい、という判断です。
特段の事情を検討し直すときに見るのは、判決の言葉でいえば、BがAの利益を考えずに、叔父Dの会社の利益だけを図ったと言えるかです。原審は、借りたお金が会社の事業に使われ、Aのためには使われていないという点から濫用としましたが、それだけでは決め手になりません。たとえば、さきほどの、叔父Dが母子の面倒をみてきたことのように、Aの暮らしを考えての判断だったとうかがわせる事情があれば、それも並べて検討の対象になります。反対に、そうした事情が見当たらなければ、判決が例に挙げた、第三者の利益だけを図る形に近づいていきます。
答え合わせ
図:保存版板
- ①範囲内か②行為の外形にあたるか③目的と相手方の主観④法定代理なら特段の事情まで
- 今日の条文は無権代理とみなす=本人が追認できる
今日の内容を並べ直します。代理権の範囲内の行為でも、代理人が自己や第三者の利益を図る目的で行動していたときは、107条が問題になります。要件は3つ、代理人の目的、代理権の範囲内であること、そして相手方がその目的を知り、又は知ることができたことです。この三つがそろえば、行為は代理権を有しない者がした行為とみなされます。改正前は93条ただし書の類推で無効とされていましたが、現在は無権代理という構成なので、本人が追認して契約を生かすこともできます。前回見た108条は行為の外形だけで判断しましたが、107条は相手方の主観を問うところが違いました。そして親権者のような法定代理人の場合は、広い裁量が認められている分、濫用と言える場面がさらに狭くなり、法の趣旨に著しく反する特段の事情が必要になります。では一つ確認です。冒頭の設例で、Bの様子が明らかに不審だったのに、Cがそれに気づかずに買っていたとします。この契約はどう扱われ、Aにはどんな選択肢が残りますか?
答えは、知ることができたときにあたるので三つ目の要件がそろい、無権代理とみなされる。だから契約を生かすかどうかをAが選べる。この二段で答えられれば十分です。Cが何も知らず、知ることもできなかったなら、契約は有効で、Aは土地を渡す義務を負います。Bへの責任追及は、また別の問題として残ります。代理権の範囲の中の行為でも、それだけで本人が契約に縛られるとは限らない。相手方が何を知っていたか、そして代理人が法定代理人ならその裁量の広さまで踏まえて判断する。これが今日の一本の筋です。今日はここまでにします。
参照条文
- 民法99条1項
- 民法107条