民法ゼロから民法#57

110条の正当理由

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第1章 民法総則 #57/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

実印があれば安心?

冒頭設例板の再掲。息子Bが、Aから預かった実印と印鑑登録証明書を持ち出し、Aの土地をCに売った。Cはそれを見て、Bに代理権があると信じた。 図:冒頭設例板の再掲

  • 息子Bが、Aから預かった実印と印鑑登録証明書を持ち出し、Aの土地をCに売った
  • Cはそれを見て、Bに代理権があると信じた

前回、AがBに銀行でのローン契約の代理権を与え、その手続き用に実印を預けていたのに、Bが土地を売ってしまった場面を見ました。今日は、BがCに実印に加えて印鑑登録証明書も見せていた、として進めます。①基本代理権はありましたね。②権限外の行為も認められました。残る③は何でしたか?代理権があると信ずべき正当な理由、でした。実印まで持っていたのだから、Cは守られて当然だと思うかもしれません。でも、もしBが、Aと同じ家に住む息子だったらどうでしょうか。あるいは、Bが結んだのが土地の売買ではなく、限度額も期間も決まっていない保証の契約だったら。先に答えを言うと、実印は強い手がかりですが、それだけで守られるとは限りません。手がかりが弱まる事情があれば、本人に確かめて初めて守られます。今日はこの③を、1本の判断枠組みにまとめます。

正当な理由とは

③の意義板。正当な理由とは、代理人にその行為の代理権があると相手方が過失なく信じたこと。無過失と言い換えられる。 図:③の意義板

  • 正当な理由とは、代理人にその行為の代理権があると相手方が過失なく信じたこと
  • 無過失と言い換えられる

条文民法110条

民法第百十条(権限外の行為の表見代理) 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

「正当な理由」とは、代理人にその行為の代理権があると、相手方が過失なく信じたことです。無過失で信じた、と言い換えられます。条文は「信ずべき」正当な理由と書いています。信じて当然と言える理由があった、つまり信じたことに落ち度が無かった、ということです。

論文で書く規範:正当な理由と無過失 110条の「正当な理由」は、代理権があると信じたことに過失がないこと、つまり無過失と同じ意味と解されている。 (通説的な理解)

善意無過失は、代理権が無いことを知らなかったうえに、知らなかったことに落ち度も無い、ということでした。③は、そのうち「信じたことに落ち度がなかったか」、つまり無過失の部分を、110条の場面で掘り下げる要件です。

判断の枠組み

判断基準の対比板。無過失の有無は個別の事情に即して判断される。取引が重要になるほど、要求される確認の重さも上がる。数千円の中古自転車の売買と、不動産の売買を並べて比較。 図:判断基準の対比板

  • 無過失の有無は個別の事情に即して判断される
  • 取引が重要になるほど、要求される確認の重さも上がる
  • 数千円の中古自転車の売買と、不動産の売買を並べて比較

無過失かどうかは、一律には決まりません。具体的な事情に即して、個別に判断されます。ポイントは、取引が重要になるほど、要求される確認の重さも上がるということです。数千円の中古自転車を売ってもらう場面と、不動産を売ってもらう場面を比べてください。自転車なら、代理人らしき人が持ってきただけで、それほど疑わずに買うことが多いはずです。ところが不動産の売買では、金額も大きく、失えば取り返しがつきません。同じように代理人らしき人が現れても、求められる確認の重さは、自転車のときより重くなります。

実印と印鑑登録証明書

実印・印鑑登録証明書の意義板。実印=印影をあらかじめ区市町村の役所に登録してある印鑑。印鑑登録証明書=登録されている印影と登録者の住所・氏名等が記載された、役所が発行する証明書。 図:実印・印鑑登録証明書の意義板

  • 実印=印影をあらかじめ区市町村の役所に登録してある印鑑
  • 印鑑登録証明書=登録されている印影と登録者の住所・氏名等が記載された、役所が発行する証明書

印鑑登録証明書は、その登録されている印影と、登録した人の住所や氏名などが記載された、役所が発行する証明書です。実印は、家を売り買いする契約書や、ローンの契約書に押すのが典型です。

原則:実印等を持っていれば

原則板。本人の実印または印鑑登録証明書を無権代理人が持っていたときは、③正当な理由は認められやすい方向に働く。理由=実印等は取引慣習上きわめて重要な物として厳重に保管・使用されるのが通常で、代理権の無い者がそれを持っていることは通常考えにくいから。 図:原則板

  • 本人の実印または印鑑登録証明書を無権代理人が持っていたときは、③正当な理由は認められやすい方向に働く
  • 理由=実印等は取引慣習上きわめて重要な物として厳重に保管・使用されるのが通常で、代理権の無い者がそれを持っていることは通常考えにくいから

実印や印鑑登録証明書を無権代理人が持っていたときは、③正当な理由は認められやすい方向に働きます。実印や印鑑登録証明書は、取引の慣習上、きわめて重要な物として厳重に保管され、使われるのが通常だからです。代理権の無い人が、それを持っていることは通常考えにくい。だから、それを持っている人を見た相手方は、一応、代理権があると信じてよいことになります。ここで一度、考えてみてください。実印も印鑑登録証明書も持っていた。それでもCが負けることがあります。どんな場合でしょうか?

それでも確認が必要になる場面

修正4類型板。①代理人が本人と同居する親族②本人の負担が極度に大きい行為③取引の経緯や合意内容が不自然④相手方が金融機関。共通の型=確認義務を果たして初めて正当理由が肯定される。 図:修正4類型板

  • ①代理人が本人と同居する親族②本人の負担が極度に大きい行為③取引の経緯や合意内容が不自然④相手方が金融機関
  • 共通の型=確認義務を果たして初めて正当理由が肯定される

実印や印鑑登録証明書を持っていることは、強い手がかりです。でも、その手がかりの強さが弱まる事情があるときは、相手方はそれだけで安心してはいけません。本人に確かめて、初めて正当な理由が認められる。そういう場面が4つあります。宝石店を思い浮かべてください。お店は、預けてある品物を「代理受け取りカード」を持ってきた人に渡します。カードは普段、本人しか持ち出さない物だから、持っていること自体が強い手がかりになります。ただ、こんな場合は、店員はそれだけでは渡さず、本人に確かめます。1つ目は、受け取りに来た人が、本人と同じ家に住む家族だと分かっている場合です。家族なら、カードを無断で持ち出すこともたやすいですよね。だから店員は、本人に「本当に頼まれたのか」を確かめます。これを実印の場面に置き換えると、①代理人が本人と同居する親族である場合です。判例は、こうした場面では、本人に代理権の有無や範囲を確かめることを求める方向で考えています。

2つ目は、受け取る品物が、きわめて高額である場合です。カードを持っていても、店員は品物の重さに応じて、必ず本人に確認します。実印の場面でいえば、②本人の負担が極度に大きい行為です。例えば、限度額も期間も決まっていない保証契約です。もし基本形の設例で、Bが結んだのが土地の売買ではなく、Aを保証人とする、限度額も期間も定めのない保証契約だったとします。相手方は、実印を持っていることだけでは足りません。保証には限度額も期間もなく、本人が負う可能性のある負担がどこまで大きくなるか分かりません。負担が重い取引ほど、求められる確認も重くなるという、さきほどの判断の枠組みがここでも働くからです。

判例最高裁判所判決 昭和45年12月15日(民集24巻13号2081頁)

金融機関が限度の無い保証を受けるなら本人に確認を 金融機関が、保証の極度額・期間の定めの無い連帯保証契約を締結する場合について。 金融機関がかかる態様の保証契約を締結するにあたつては、かりに保証人の代理人と称する者が本人の実印を所持していたとしても、他にその代理人の権限の存在を信頼するに足りる事情のないかぎり、保証人本人に対し、保証の限度等について一応照会するなどしてその意思を確める義務がある。

最高裁は、金融機関が、限度額も期間も定めの無い連帯保証を結ぶときは、実印を持っていたとしても、他に代理権を信頼できる事情がなければ、保証人本人に、保証の限度などを照会して意思を確かめる義務がある、としました。この確認を尽くさなかった相手方には、正当な理由があるとは言えません。この規範は、論文で理由づけとして問われることがあります。3つ目は、取引の経緯や合意の内容が不自然だった場合です。宝石店でいえば、普段と違う時間に、慌てた様子で受け取りに来た場合です。その不自然さそのものが「本当に頼まれたのか」を疑わせるので、カードだけでは安心できません。4つ目は、相手方が金融機関だった場合です。宝石店でいえば、高価な資産を専門に扱う店です。お金の取引を日常的に扱い、本人に確かめる手段も慣れもある相手には、一般の人より重い確認が期待されます。この2つも、本人に確かめることが求められうる場面だと考えられています。

どれも、実印などを持っているという手がかりの強さが、事情によって弱まる場面です。手がかりが弱まった分だけ、本人に確認して、初めて正当な理由が認められます。確認を尽くさなければ、正当な理由は否定されます。

設例にあてはめる

三面関係図。A(本人)とB(代理人)は同居。A→Bにローン契約の別件代理権の実線。B→Cに土地の売買の実線。C→Aへの確認の矢印は無い(点線)。 図:三面関係図

基本形の設例に、1つだけ事情を加えます。BはAと同居していました。Cは、実印と印鑑登録証明書を見て、Bに代理権があると信じましたが、Aには確認していませんでした。Cは、実印などを見ただけでは足りず、Aに確かめる必要がありました。確かめていなかった以上、③正当な理由は欠けます。110条は成立しません。実印を見ただけでは、足りません。BはAと同居していたので、実印や印鑑登録証明書を無断で持ち出すことも容易でした。手がかりの強さそのものが、この場面では弱まっています。だからCは、Aに確かめて初めて正当な理由が認められる立場にありました。反対に、BがAと別々に暮らしていて、ほかに不自然な事情も無ければ、実印と印鑑登録証明書を見たCは、原則どおり正当な理由が肯定されやすくなります。同じ家に住んでいるかどうかが、確認が要るかどうかの分かれ目になります。

では、Cはもう何も請求できないのか。Aへの請求はできませんが、Cにはもう1つの道が残ります。Bは、自分にはローンの代理権しか無いと知りながら土地を売ったので、以前確認した117条で、無権代理をしたB自身の責任を追及する道です。117条は、Cの選ぶとおりに、履行か損害賠償かの責任をBに負わせる制度でした。

誰が証明するのか

証明責任板。110条の効果を主張する相手方(第三者)が、正当な理由についての証明責任を負う。実際の立証対象は、それを根拠づける具体的な事実(例=実印を持っていたこと)=評価根拠事実。 図:証明責任板

  • 110条の効果を主張する相手方(第三者)が、正当な理由についての証明責任を負う
  • 実際の立証対象は、それを根拠づける具体的な事実(例=実印を持っていたこと)=評価根拠事実

正当な理由は誰が証明するのか。110条の効果を主張する相手方、つまりC自身が証明責任を負います。代理権があると信じたこと、正当な理由があったことは、Cの側が立証しなければなりません。110条は、本来は本人に届かないはずの効果を、例外として本人に負わせる規定です。その例外を使って得をする側が、要件がそろっていることを示す、という考え方です。「正当な理由」そのものではなく、それを根拠づける具体的な事実、例えば実印を持っていたことを、Cが主張して立証します。この具体的な事実のことを、評価根拠事実と呼びます。名前だけ覚えておいてください。

答え合わせ

保存版板。110条3要件の全体=①基本代理権②権限外③正当な理由(無過失)。③は、原則(実印等所持で肯定されやすい)と修正4類型(確認義務)で1本の枠組みになる。 図:保存版板

  • 110条3要件の全体=①基本代理権②権限外③正当な理由(無過失)
  • ③は、原則(実印等所持で肯定されやすい)と修正4類型(確認義務)で1本の枠組みになる

今日の内容をまとめます。③正当な理由とは、無過失で代理権があると信じたことです。無過失の程度は、取引が重要になるほど重くなります。実印や印鑑登録証明書を持っていれば、原則として正当な理由は肯定されやすい。ただし、同居する親族であることや、本人の負担が極度に大きい取引であることなど、手がかりの強さが弱まる事情があるときは、本人に確認して初めて正当な理由が認められます。証明責任は、それを主張する相手方が負います。冒頭の問いに戻ります。実印まで持っていたのだから、Cは守られて当然か。答えは事情によります。BがAと同じ家に住む息子だったら、Cは確認していなければ守られません。Bが結んだのが限度額も期間も定めのない保証の契約だったら、同じように確認が必要でした。もう一度確認します。実印を持っていることが強い手がかりになるのは、なぜでしたか?

実印は、取引慣習上きわめて重要な物として厳重に管理されていて、代理権の無い人が持っていることは通常考えにくいからです。これで、110条の3要件、①基本代理権②権限外③正当な理由がすべてつながりました。今日はここまでにします。

参照条文

  • 民法110条

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