民法ゼロから民法#56

110条の基本代理権

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第1章 民法総則 #56/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

少しだけ頼んだつもりが

冒頭想起板。Aが銀行でのローン契約を結ぶための代理権をBに与え、その手続き用に実印を預けていた。Bはその実印で、代理権とは関係のない土地の売買をCとの間で行った。 図:冒頭想起板

  • Aが銀行でのローン契約を結ぶための代理権をBに与え、その手続き用に実印を預けていた
  • Bはその実印で、代理権とは関係のない土地の売買をCとの間で行った

前回、Aが銀行でローン契約を結ぶための代理権をBに与えて、その手続き用に実印を預けていた場面を見ました。Bは、その代理権とは関係のない、土地の売買までしてしまいましたね。それでもAは、まったく無関係とは言えない立場に置かれます。ここで一つ、問いを立てておきます。もしAが頼んでいたことが、ローン契約の代理ではなく、ただ「実印を預かっておいて」だけだったとしたら、話は同じでしょうか。実印を預かっておいてと頼んだだけで代理権を与えたことになるのか。その感覚が、今日いちばん確かめたいところです。今日は、Aが何を任せていれば話の入口に立てるのかを見ていきます。

110条の全文と3つの要件

110条・109条1項本文の全文カードと3要件板。①基本代理権の存在②権限外の行為③正当な理由。 図:110条・109条1項本文の全文カードと3要件板

まず110条の全文を確認します。

条文民法110条

民法第百十条(権限外の行為の表見代理) 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

条文にある「前条第一項本文」とは、109条1項本文のことです。合わせて確認します。

条文民法109条1項本文

民法第百九条第一項本文(代理権授与の表示による表見代理等) 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。

109条1項本文は、本人が代理権を与えた旨を表示していれば、その範囲内の行為について責任を負う、という規定でした。110条は、これを言葉どおりに使うのではなく、実際に代理権はあったけれど、その範囲を超えて行為がされた場合に当てはめます。範囲内なら1項本文でそのまま責任を負う立場の人に、範囲を超えた部分については、相手方に正当な理由があるときに限って責任を負わせる、という組み立てです。

論文で書く規範:110条の3つの要件 ① 基本代理権の存在(代理人に何らかの代理権が実際にあったこと) ② 権限外の行為(実際にした行為が、その代理権の範囲を超えていたこと) ③ 正当な理由(相手方が、代理権があると信じるべき正当な理由があったこと) (民法110条・109条1項本文(条文の構造から導かれる要件))

Aがローン契約の代理権を実際にBへ与えていた、という事実が①にあたります。Bが行ったのは、その代理権とは関係のない土地の売買でしたから、②にあたります。①と②は、条文の言葉そのものから読み取れます。③も条文に「正当な理由」と書かれています。ただ、②が実際にどこまでの違いを指すのか、③の正当な理由をどう判断するのかは、条文の言葉だけでは決まりません。

なぜ基本代理権が要るのか

帰責性の橋渡し板。基本代理権の存在が、本人の帰責性を基礎づける。前回の権利外観法理3要素のうち「本人の関与」が110条ではこの形で現れる。 図:帰責性の橋渡し板

  • 基本代理権の存在が、本人の帰責性を基礎づける
  • 前回の権利外観法理3要素のうち「本人の関与」が110条ではこの形で現れる

ここで一度、思い出してみてください。前回、権利外観法理として、表見代理が成立するために必要な条件を3つ見ました。そのうち、本人の側に関わるものは何でしたか?外観を本人が作った、本人の関与です。110条の場面では、「本人の関与」がどういう形で現れるかというと、まさに①基本代理権の存在です。本人が何かの代理権を実際に与えていたという事実があるからこそ、その代理権が範囲を超えて使われたときの外観についても、本人には管理を怠った責任があると言えます。前回見た、本人の帰責性です。①が無ければ、本人はそもそも何も関与していないことになります。そうなると、相手方がいくら信じていても、110条は使えません。だからこそ、何を任せていれば①に当たるのかが、今日の主な論点になります。

権限外とはどういうことか

三面関係図。A→Bに「ローン契約の代理権」の実線がある。B→Cに「土地の売買」の実線がある。2本の線は別の種類の行為であることを示す。 図:三面関係図

②権限外の行為とは、実際にBがした行為が、Aから与えられた代理権の範囲を超えていることです。冒頭の場面で確認すると、Aが与えたのはローン契約を結ぶための代理権でした。Bが実際にしたのは、土地の売買です。この2つは別の行為なので、Bがした土地の売買は、Aが与えた代理権の範囲外にあたります。与えた代理権と、実際にした行為が違っているかどうか、今日はそこまでの確認に留めます。ここまでで、冒頭の場面はどうなるか一度考えてみてください。①は満たされますか。Aは実際にBへ代理権を与えているので、①は満たされます。②も、ローン契約の代理権と土地の売買は別の行為なので、満たされます。残るのは③だけですが、その前に、①がそもそも成り立つかどうかが分かれる3つの場面を見ていきます。もしAが任せていたのが、代理権と呼べるかどうか怪しいものだったとしたら、①はどうなるでしょうか。

論点1 事実行為をなす権限

三面関係図。A→Bに「郵便物の受け取りと実印の保管」の線がある。B→Cに「土地の売買」の実線がある。 図:三面関係図

1つ目の場面です。AがBに頼んだのは、郵便物の受け取りと、実印を金庫で預かっておくことだけでした。何かを契約する権限は、一切与えていません。以前、登記済証と実印そのものを預けていれば、黙って代理権を与えていたと推認される方向に働く、という話をしました。ここでは、そうした事情も無く、頼んだのは本当に実印の保管だけだった、という前提で考えます。ところがBは、その実印を持ち出して、Aの土地をCに売ってしまいました。前回のお店の話で置き換えると、掃除だけを頼んだスタッフに、店の合鍵を持たせていた場面に近いです。合鍵があれば店には出入りできますが、レジで会計をする権限まであるわけではありません。ここで問題になるのが、事実行為をなす権限が①基本代理権にあたるかどうかです。

事実行為とは、契約のような法律行為ではなく、郵便物の受け取りや、物を預かっておくといった、事実上の行為のことです。

判例最判昭35・2・19 民集14巻2号250頁

判例(事実行為は基本代理権にあたらないとした事案) 勧誘外交員を使って一般人を勧誘し金員を借り入れていた者が、勧誘の実行を長男に一切任せていた事案。

「勧誘それ自体は……事実行為であつて法律行為ではないのであるから、他に特段の事由の認められないかぎり、右事実をもつて直ちにDが上告人を代理する権限を有していたものということはできない。」

判例は、事実行為をなす権限は①基本代理権にあたらないとしています。線を引く理由は、事実行為が法律行為ではないという一点です。この結論を支える説明として、事実行為を頼んだだけの人まで代理権があるように扱ってしまうと、本人が思っていた以上に広く責任を負わされることになる、とも言われます。実印の保管は、持ち出されれば大きな取引に使われかねない重要な事実行為だ、という点が、有力説の立つ場所です。

論文で書く規範:論点1:事実行為をなす権限は基本代理権か A説(判例):あたらない。理由=事実行為は法律行為ではないから。 B説(有力説):任せた事実行為が、財産の上で大きな意味を持つものなら、①基本代理権にあたる。理由=そこまで重要な事実行為を任せていた以上、本人には帰責性を認めてよい。 (対立型(判例と有力説の対立。実印の保管のような重要な事実行為を、どちらの側から見るかで割れる))

有力説は、任せた事実行為が、財産の上で大きな意味を持つものであれば、①にあたるとします。理由は、そこまで重要なものを任せていた本人には、帰責性を認めてよいからです。実印の保管は、まさにこの「重要な事実行為」にあたりうる例です。実印を金庫で保管させておく行為が、財産の上で大きな意味を持つ事実行為と言えるなら、B説では、①にあたる可能性があります。ただ、判例の立場では、事実行為である以上、それだけでは、①にあたりません。どちらの立場でも、今日の物差しは同じです。任せたものに、本人の帰責性を認めてよいかどうか、です。

論点2 公法上の行為の代理権

対比板。所有権移転登記の申請を頼んだ場面(取引の一環)と、住民票の写しの請求だけを頼んだ場面(取引と無関係)を並べる。 図:対比板

2つ目の場面です。公法上の行為とは、役所に対する申請のような行為です。例えば、登記の申請がこれにあたります。登記の申請そのものは、役所に対する手続きであって、誰かと契約を結ぶ法律行為ではありません。ここでもう一つ設例を置きます。Aが土地を売ったあとの所有権移転登記の申請だけをBに頼んだ場合と、Aが住民票の写しの請求だけをBに頼んだ場合を比べます。前者は、土地の売買という取引に続く手続きです。後者は、その土地の取引とは何の関係もありません。

判例最判昭46・6・3 民集25巻4号455頁

判例(公法上の行為の代理権・原則と例外)事案=Aが土地をBに贈与し、その所有権移転登記の申請をBに依頼して実印・印鑑証明書・登記済証を渡したところ、BがCとの間で、Bを主債務者、Aを連帯保証人とする契約をAの代理人として結んだ。 単なる公法上の行為の代理権は基本代理権にあたらないと解するとしても、その行為が私法上の契約による義務の履行のためにされるとき(取引の一環)は、その代理権を基本代理権として110条の表見代理が成立しうる。

判例は、単なる公法上の行為の代理権は①基本代理権にあたらないと解するとしても、その行為が私法上の契約による義務の履行のためにされるとき、つまり取引の一環であるときは、あたるとしています。所有権移転登記の申請は、その土地を売買したという取引に続く手続きなので、一環にあたります。住民票の写しの請求は、その取引とは無関係なので、一環にはあたりません。登記の申請は、同時に私法上の作用も持つ行為であり、代理人の権限の外観を信じた第三者を保護する必要は、私法上の行為の代理権を与えた場合と変わらない、というのが判旨の理由です。これを補って言うと、登記の申請のために実印や印鑑証明書を渡してしまえば、その実印は、契約書にも押せてしまうという流用の危険があります。住民票の写しの請求のような、取引と関係の無い手続きだけを頼んだ場合には、そこまでの危険はありません。本人の側から見れば、ここでも、任せたものに帰責性を認めてよいかどうか、という同じ物差しで説明することができます。

論点3 法定代理権

対比板。ここまでの2つの場面はいずれも本人が自ら何かを任せていた。法定代理権の場面だけは、本人が自ら与えたのではなく、法律が代理権を与える。 図:対比板

  • ここまでの2つの場面はいずれも本人が自ら何かを任せていた
  • 法定代理権の場面だけは、本人が自ら与えたのではなく、法律が代理権を与える

3つ目の場面です。ここまでの2つは、いずれもAが自分の意思で何かをBに任せていました。法定代理権は違います。本人が与えたのではなく、法律が与える代理権です。例えば、未成年の子には、法律上、親が代理人になります。子自身が親に代理権を与えたわけではありません。では、未成年の子Aの親権者Bが、その代理権の範囲を超える取引を、Aの名前でCとの間でしてしまった場面を考えます。だからこそ、①の議論がいちばん鋭く出る場面です。本人が何も与えていないのに、それでも①基本代理権にあたると言えるかどうかです。

判例大連判昭17・5・20 民集21巻571頁

判例(法定代理権も基本代理権にあたるとした判断) 法定代理権も110条の基本代理権にあたる。

判例は、法定代理権も①基本代理権にあたるとしています。

論文で書く規範:論点3:法定代理権は基本代理権か A説(判例):あたる。理由=取引の安全を重視すべきであり、本人保護は、③正当な理由の判断で図れば足りる。 B説(近時の有力説):あたらない。理由=法定代理権は本人が与えたものではなく、本人の帰責性を認められない。 (対立型(判例と近時の有力説の対立。本人が自ら与えたかどうかで割れる))

判例の理由は2つです。取引の安全を重視すべきだから、というのが1つ。もう一つは、本人を守る必要があるなら、③正当な理由の判断のところで図れば足りる、という理由です。近時の有力説は、あたらないとします。理由は、法定代理権は本人が自分で与えたものではないので、本人に帰責性を認められない、というものです。本人の関与を要素として立てた以上、本人が自ら与えていない法定代理権を①の足場に使うのは筋が違う、という見方には理由があります。ここは、判例と有力説のどちらの物差しを重く見るかが、はっきり分かれる場面です。有力説なら、Aは自分では何も与えていないので①が欠けて、110条は使えません。

3つを並べて見る

3論点横並び板(任せたものと本人の帰責性)。事実行為(郵便物の受け取り・実印の保管)=判例「あたらない」・有力説「重要な事実行為ならあたる」・分かれ目「事実行為の重さで帰責性を認めるか」/公法上の行為の代理権(登記申請等)=判例「原則あたらない・私法上の取引の一環ならあたる」・有力説「―」・分かれ目「私法上の取引の一環かどうか(第三者の信頼保護の必要性)」/法定代理権=判例「あたる(本人保護は③で図る)」・有力説「あたらない」・分かれ目「本人が自ら与えたかどうか」。 図:3論点横並び板

  • 任せたものと本人の帰責性
  • 事実行為(郵便物の受け取り・実印の保管)=判例「あたらない」・有力説「重要な事実行為ならあたる」・分かれ目「事実行為の重さで帰責性を認めるか」
  • 公法上の行為の代理権(登記申請等)=判例「原則あたらない・私法上の取引の一環ならあたる」・有力説「―」・分かれ目「私法上の取引の一環かどうか(第三者の信頼保護の必要性)」
  • 法定代理権=判例「あたる(本人保護は③で図る)」・有力説「あたらない」・分かれ目「本人が自ら与えたかどうか」。

ここで3つの場面を並べます。3つとも結論はばらばらに見えますが、分かれ目はすべて同じ問いです。任せたもの、あるいは法律が与えたものに、本人の帰責性を認めてよいかどうか。この物差しのどちら側に重みを置くかで、判例と有力説が分かれています。

答え合わせ

保存版板。110条の3要件と、①基本代理権の中身が争われる3つの場面。冒頭の問いへの答え。 図:保存版板

  • 110条の3要件と、①基本代理権の中身が争われる3つの場面
  • 冒頭の問いへの答え

今日の内容を並べ直します。110条は、109条1項本文の規定を、代理権が範囲を超えて使われた場合に当てはめる規定でした。要件は3つ、①基本代理権の存在、②権限外の行為、③正当な理由です。①は、本人の帰責性の足場そのものです。だからこそ、何を任せていれば①に当たるのかが、事実行為・公法上の行為・法定代理権という3つの場面で争われます。冒頭の問いに戻ります。Aが銀行でのローン契約を結ぶための代理権をBに与えていた場合は、代理権そのものを実際に与えているので、①は満たされます。もし、Aが頼んでいたのが「実印を預かっておいて」だけだったとしたら、どうなりますか。

それは事実行為の委託なので、判例なら①にあたらないことになります。有力説なら、実印の保管が財産の上で大きな意味を持つ事実行為だと言えれば、①にあたる可能性があります。「少しだけ頼んだ」という言葉の中身によって、①の判断そのものが変わってきます。①も②も満たされたとして、残るのは③、Cがどこまで確かめていれば守られるか、という問題です。実印を見て信じただけで足りるのか、という問いは、次に持ち越します。今日はここまでですが、①にあたるかどうかを分けていた物差しは、何でしたか?

参照条文

  • 民法110条
  • 民法109条1項本文

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