民法ゼロから民法#68

白紙委任状

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第1章 民法総則 #68/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

紙を渡しただけでも表示になるのか

冒頭設例板。Aが、代理人の欄が空欄のままの委任状という紙をBに渡した。 図:冒頭設例板。Aが、代理人の欄が空欄のままの委任状という紙をBに渡した。

前回、109条1項が成立するには、Aが第三者に対して「Bに代理権を与えた」と表示していることが必要でした。では、Aが口で言う代わりに、代理人の欄が空欄のままの委任状という紙をBに渡しただけだったら、その紙を渡した行為自体は、Aの「表示」にあたるでしょうか?

白紙委任状とは何か

白紙委任状の構造板。委任状には①代理人欄(誰が代理人か)②委任事項欄(何を委任するか)の2つの欄がある。どちらか一方または両方が空欄のものが白紙委任状。 図:白紙委任状の構造板

  • 委任状には①代理人欄(誰が代理人か)②委任事項欄(何を委任するか)の2つの欄がある
  • どちらか一方または両方が空欄のものが白紙委任状

うーん、渡した時点ではまだ何も書かれていないわけですよね。それでも表示になるんでしょうか……。まず、白紙委任状とは何かを確認します。委任状には、大きく2つの欄があります。①代理人欄、つまり誰が代理人かを書く欄。②委任事項欄、つまり何を委任するかを書く欄です。この2つのうち、どちらか一方、または両方が空欄になっているものを、白紙委任状と呼びます。空欄のまま渡すなんて、危なくないですか。危ういからこそ問題になるわけです。ここで、白紙の小切手を思い浮かべてください。署名だけ済ませて、金額欄と受取人欄を空欄のまま人に渡す。頼んだとおりの金額・受取人が書き込まれて使われれば、何の問題もありません。問題は、渡した相手が、頼んでいない金額や、頼んでいない受取人を書き込んでしまったときです。白紙委任状もまったく同じ構造です。

条文民法109条1項

民法第百九条第一項(代理権授与の表示による表見代理等) 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。

今日の話は、この109条1項に、白紙委任状の交付という場面を当てはめていく作業です。白紙委任状の交付自体は、それだけで109条の「表示」になるわけではありません。代理人も委任事項も、渡した委任状どおりに代理行為が行われているのであれば、それはただの有権代理にすぎず、何の問題も生じません。

論文で書く規範:白紙委任状を渡すこと自体は、表示にならない 白紙委任状であっても、①代理人欄②委任事項欄の両方とも、渡した委任状どおりに代理行為が行われているなら、それはただの有権代理にすぎず、何の問題も生じない。 問題になるのは、①②のどちらかについて、合意と異なる代理行為が、白紙部分を勝手に補充されて行われた場合である。この場合、補充した人物の行為は無権代理にあたる。 (白紙委任状の前提)

問題になるのは、合意と違う形で白紙部分が埋められて、代理行為が行われた場合です。この場合、埋めた人物の行為は無権代理にあたります。合意と違う形で埋められる、というのは、具体的にはどういうパターンがあるんですか。大きく3つのパターンに分けられます。①代理人の範囲だけが合意と違う場合、②委任事項の内容だけが合意と違う場合、③両方が合意と違う場合です。この順番で見ていきましょう。

パターン① 代理人の範囲だけが違う場合

パターン①の関係図。Aが、代理人はBだけ・委任事項は土地の売却、という合意で、代理人欄が白紙の委任状をBに交付。この委任状をBから無断で受け取ったCが、代理人欄に自分の名前を書き込み、第三者Dに示して、Aの土地を売却した。 図:パターン①の関係図

たとえば、Aが、Bとの間で「代理人はBだけ、委任する事項はAの土地の売却」という合意をして、代理人欄が空欄の委任状をBに渡したとします。ところが、この委任状をBから無断で受け取ったCが、代理人欄に自分の名前を書き込み、第三者Dに示して、Aを代理してAの土地をDに売却してしまいました。違うのは、代理人がBのはずだったのに、Cになっている点だけです。委任状を正しく受け継いだ人になら誰でも代理権を与える、という取り決めはしていませんから、Cには代理権がありません。Cの行為は無権代理です。ここでの争点は、AがDに対して「Cに代理権を与えた」と表示したと言えるかどうかです。

論文で書く規範:パターン① 規範 通説:代理権授与表示を肯定する。 理由:代理権授与表示が問われるのは、本人にどれだけ帰責性があるかという場面であり、本人が任意に白紙委任状を交付した以上、それだけで本人に帰責性が認められる。 結論:第三者は、悪意・有過失でなければ、109条1項を根拠に本人への効果帰属を主張できる。 (通説(下級審裁判例も同旨))

通説は、代理権授与表示を肯定します。理由は、代理権授与表示が本人の帰責性を基礎づける要件であるところ、Aが任意に白紙委任状を交付したのであれば、その一事をもってAに帰責性が認められる、というものです。「渡した」という一事だけで、そこまで責任を負わされるんですか。空欄のまま手放せば、誰かが勝手に書き込んで使うおそれが生まれます。そのおそれを自分で作ったのはAです。だから、任意に渡したという一事で帰責性を認めてよい、ということです。冒頭で、渡すこと自体はまだ表示ではないと言いました。問われているのは、埋められた紙がDに示されたこの場面で、その紙をAの表示と見てよいか、です。前回、Aの表示を人から伝え聞いただけの人には表示が届いていない、と言いました。ここのDは違います。人づてに聞いたのではなく、Aが手放した紙そのものを、目の前で見せられています。下級審の裁判例も同じ結論を採っています。DがCの無権限について悪意や過失がない限り、109条1項によって、AはDに対して責任を負います。ここまでは、代理人の名前だけがすり替わった場合でした。次は、委任事項の中身の方が違っている場合を見ます。

パターン② 委任事項の内容だけが違う場合

パターン②の場合分け板。直接受け取ったB自身が委任事項欄を勝手に書き換える。Bに私法上の行為の代理権がある場合→110条。Bに私法上の行為の代理権が全く無い場合→109条。 図:パターン②の場合分け板

  • 直接受け取ったB自身が委任事項欄を勝手に書き換える
  • Bに私法上の行為の代理権がある場合→110条
  • Bに私法上の行為の代理権が全く無い場合→109条

次は、代理人はBのままで、委任事項の中身だけが合意と違う場合です。今度は、パターン①のように、Bから委任状を受け取った別の人は出てきません。委任状を直接受け取ったB本人が、委任事項欄に、合意と違う中身を書き込んでしまう場面です。ここは場合分けが必要です。1つ目は、Bにそもそも私法上の行為の代理権が与えられている場合です。たとえば、Aから土地の売却を頼まれていたBが、委任事項欄に「抵当権の設定」と勝手に書き足して、それを第三者Cに示す場合です。

条文民法110条

民法第百十条(権限外の行為の表見代理) 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

この場合、Bにはもともと私法上の行為の代理権がありますから、その代理権を基本代理権として110条で処理すればよいことになります。以前、110条は代理人に何らかの基本代理権があることが前提だと言いました。ここではBの土地売却の代理権が、その基本代理権にあたります。2つ目のパターンは、何が違うんですか。2つ目は、Bに私法上の行為の代理権が全く与えられていない場合です。たとえば、Aが市役所での住民票の交付請求だけをBに頼んで、白紙委任状を渡したところ、Bが委任事項欄に「Aの土地の売却」と勝手に書き込んでしまう場合です。住民票の交付請求って、私法上の行為じゃないですよね。住民票の交付請求は、公法上の行為です。以前、公法上の行為でも、取引の約束を果たすための登記の申請のように、取引の一環として頼んだものなら基本代理権にあたる、と言いました。けれども、住民票の交付請求は、何かの取引の約束を果たすために頼んだものではありません。私法上の行為の代理権が全く無いので、110条の基本代理権として使えるものがありません。ですから、原則として110条は使えないのです。

論文で書く規範:パターン② 振り分け ①Bに私法上の行為の代理権がある場合:その代理権を基本代理権として110条で処理する。 ②Bに私法上の行為の代理権が全く無い場合(公法上の行為の代理権にとどまる等):110条の基本代理権が無いため、109条の適否を検討する。理由づけはパターン①と同じ(本人が任意に白紙委任状を交付した以上、帰責性が認められる)。 (パターン②の振り分け)

この2つ目の場合は、110条が使えない以上、109条の適否を検討することになります。理由づけは、パターン①とまったく同じです。Aが任意に白紙委任状を交付した以上、その一事をもって帰責性が認められる、というものです。ですから、Cが悪意・有過失でない限り、109条1項の表示は肯定されます。ここまでは、違うのが1点だけでした。代理人だけ、あるいは委任事項だけです。パターン①では109条の表示は肯定されました。今度は、代理人の氏名だけでなく、委任事項欄も書き換えられていたらどうなるでしょうか?

パターン③ 両方が違う場合

パターン③の関係図。パターン①と同じ骨格だが、Cが代理人欄・委任事項欄の両方を書き換えて第三者Dに呈示する。二重の書き換えを示す。 図:パターン③の関係図

たとえば、パターン①と同じように、Aが、Bとの間で「代理人はBだけ、委任する事項はAの土地の売却」という合意をして、今度は代理人欄・委任事項欄の両方が白紙の委任状をBに渡したとします。この委任状をBから無断で受け取ったCが、代理人欄に自分の名前を、委任事項欄に「Aの土地への抵当権の設定」と書き込み、第三者Dに示して、Cは、自分の借金の担保に、Aの土地へ抵当権を付けてしまいました。Cには代理権が全く与えられていません。基本代理権もありませんから、110条も使えません。ここで109条1項の表示が肯定されるかが問題になります。

論文で書く規範:パターン③ 規範 109条1項の成立は、原則として否定するのが妥当である。 理由:任意に白紙委任状を交付している以上、本人の帰責性自体は肯定できるとも思えるが、代理人・委任事項の両方にズレが生じているケースでは、パターン1つめ・2つめに比べて本人を保護すべき度合いの方が強くなる。 (判例・通説)

ずれ1点とずれ2点の対比板。パターン①②(ずれ1点=代理人の範囲か委任事項の内容のどちらか一方)は本人の帰責性が勝ち表見代理が成立しうる(パターン①は109条1項、パターン②はBの私法上の代理権の有無で110条か109条1項)。パターン③(ずれ2点=両方)は本人を保護する必要性の方が上回り109条1項が原則否定される。 図:ずれ1点とずれ2点の対比板

  • パターン①②(ずれ1点=代理人の範囲か委任事項の内容のどちらか一方)は本人の帰責性が勝ち表見代理が成立しうる(パターン①は109条1項、パターン②はBの私法上の代理権の有無で110条か109条1項)
  • パターン③(ずれ2点=両方)は本人を保護する必要性の方が上回り109条1項が原則否定される

ここは、パターン1つめ・2つめと結論が変わります。109条1項の成立は、原則として否定されます。理由は、任意に白紙委任状を交付している以上、帰責性自体は認められるとも思えますが、代理人欄・委任事項欄のいずれについても合意と異なる補充がなされている場合は、それまでのパターンに比べて、本人を保護する必要性の方が高くなるからです。なぜ2点ずれると逆転するのか、最初の白紙の小切手で考えてみます。受取人だけ、あるいは金額だけが書き換えられたなら、残りの欄は署名した人が頼んだとおりです。ところが両方を書き換えられると、残るのは署名だけで、頼んだ中身はどこにも残りません。白紙委任状も同じです。Dに示された紙は、Aが任せた相手とも、任せた中身とも重なりません。空欄のまま渡したという帰責性はあっても、そこまで離れた取引の結果をAに負わせるのは重すぎる。これが、本人を保護する必要性が高いという意味です。ある判例は、代理権授与表示そのものを否定するという構成で、109条の成立を認めませんでした。

判例最高裁判所第二小法廷判決 昭和39年5月23日

最高裁判所第二小法廷判決 不動産所有者がその所有不動産の所有権移転、抵当権設定等の登記手続に必要な権利証、白紙委任状、印鑑証明書を特定人に交付した場合においても、右の者が右書類を利用し、自ら不動産所有者の代理人として任意の第三者とその不動産処分に関する契約を締結したときと異り、本件の場合のように、右登記書類の交付を受けた者がさらにこれを第三者に交付し、その第三者において右登記書類を利用し、不動産所有者の代理人として他の第三者と不動産処分に関する契約を締結したときに、必ずしも民法一〇九条の所論要件事実が具備するとはいえない。けだし、不動産登記手続に要する前記の書類は、これを交付した者よりさらに第三者に交付され、転輾流通することを常態とするものではないから、不動産所有者は、前記の書類を直接交付を受けた者において濫用した場合や、とくに前記の書類を何人において行使しても差し支えない趣旨で交付した場合は格別、右書類中の委任状の受任者名義が白地であるからといつて当然にその者よりさらに交付を受けた第三者がこれを濫用した場合にまで民法一〇九条に該当するものとして、濫用者による契約の効果を甘受しなければならないものではないからである。

登記の手続に必要な書類は、渡した相手からさらに別の人に渡って、転々と流通することが当たり前の書類ではない。だから、白紙委任状の代理人の名前が空欄だからといって、直接受け取った人でなく、さらにその先の人が濫用した場合にまで、当然に109条にあたるとして、本人が結果を引き受けなければならないわけではない。この判例は、そのように述べて、代理権授与表示そのものを否定しました。さっきのパターン①も、Bから無断でCに渡って、Cが使っている場面でしたよね。流通の経路は似ているのに、なぜ結論が違うんですか。パターン①も、この判例の事案も、どちらも委任状がBの先の人の手に渡り、その人が第三者に示すという、よく似た流通経路をたどっています。それなのに、結論は一方は肯定、一方は否定と分かれました。そこが今日いちばんのポイントです。パターン①では、委任事項、つまり「何を委任するか」は合意どおりでした。ずれていたのは代理人の名前だけです。この判例の事案では、本人が書類を渡したときに頼んでいたのは、借りていた借金を担保するために、貸主のために抵当権の登記をすることでした。ところが、書類はさらに別の人の手に渡り、その人が本人の代理人を名乗って、別の第三者との間で、極度額100万円の根抵当権を設定する契約を結んでいます。代理人の範囲だけでなく、書類が使われた中身そのものが、もともとの合意から離れていたわけです。判決の言葉だけを聞くと、流通したこと自体が理由のように聞こえます。けれども、パターン①も同じように人の手を渡っていて、結論は肯定でした。ですから、分かれ目は渡った人数ではなく、合意と違う形で埋められた欄が1つか2つか、という点で整理します。

判例の2つの構成板。①代理権授与表示そのものを否定する構成②表示は認めつつ第三者の悪意・過失を認定する構成。どちらの構成でも本人は責任を負わない。 図:判例の2つの構成板

  • ①代理権授与表示そのものを否定する構成②表示は認めつつ第三者の悪意・過失を認定する構成
  • どちらの構成でも本人は責任を負わない

もう1つは、代理権授与表示そのものは否定せず、その代わり、第三者の側に悪意や過失があったと認定して、109条の善意無過失の要件で結論を出す、という構成です。パターン③の例でいえば、DがAに一度も確かめず、Cの持ってきた委任状だけを信じて抵当権を設定した、という事情を捉えて、Dには過失があったとする処理です。最高裁の判例には、この構成を採ったものもあります。どちらの構成でも、結論として本人は責任を負わない、という点は共通しています。

合意違反マトリクス

合意違反マトリクス板。表:合意と何が違うか(代理人の範囲のみ/委任事項の内容のみ/両方)と、処理(109条肯定/原則110条・基本代理権が無ければ例外的に109条/109条原則否定)の対応。 図:合意違反マトリクス板

ここで、今日見た3つのパターンを1枚の表にまとめます。代理人の範囲だけが違えば109条の表示を肯定、委任事項の内容だけが違えば原則110条で、基本代理権が無ければ例外的に109条を検討、そして両方が違えば109条の成立は原則として否定されます。さっきの判例では、委任状がBからC、CからDへと渡っていましたよね。何人の手を渡ったかは関係ないんですか。委任状が何人の手を渡ったかは、この結論を分ける軸ではありません。パターン①も、判例のパターン③も、どちらも書類がBの先の人の手に渡り、その人がさらに第三者に示す、という同じ流通経路をたどっていますが、それでも結論は違いました。分かれ目は、渡った人数ではなく、何が合意と違う形で書き込まれたかです。この表の軸を、そのまま覚えてください。

答え合わせ

保存版板。表示は誰に・どこまで届いているか。前編=口で言った場合(109条1項・2項)。この回=紙を渡した場合(白紙委任状3パターン)。渡した紙に何が書き込まれたかで結論が変わる。 図:保存版板

  • 表示は誰に・どこまで届いているか
  • 前編=口で言った場合(109条1項・2項)
  • この回=紙を渡した場合(白紙委任状3パターン)
  • 渡した紙に何が書き込まれたかで結論が変わる

今日の内容をまとめます。白紙委任状を渡すこと自体は、それだけで109条の表示になるわけではありません。渡した紙が、合意と違う形で埋められたときにだけ問題になります。委任状が何人の手を経たかは、この結論を分ける軸ではありません。では、最後に1つ確認します。代理人の名前だけでなく、委任事項の中身までもが、合意と違う形で書き換えられていたとしたら、Aは第三者に対して責任を負うでしょうか?パターン③の話ですよね。代理人の範囲と委任事項の内容の両方がずれているので、109条1項の成立は原則として否定される、でした。冒頭の問いに戻ります。Aが口で言う代わりに、代理人の欄が空欄の委任状という紙をBに渡しただけだったら、渡した後に何が書き込まれても、Aは責任を負うのでしょうか。答えは、書き込まれた中身次第です。代理人の名前だけがずれていれば、Aは責任を負う方向に傾きます。委任事項の中身だけがずれていれば、110条か109条かの振り分けが必要になります。そして、代理人の名前と委任事項の中身の両方がずれていれば、Aは原則として責任を負いません。

この場面は、論文でも論点になりえます。今日はここまでにします。

参照条文

  • 民法109条1項
  • 民法110条

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