一部請求・代位訴訟・強制執行と時効
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第1章 民法総則 #77/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
正直に書いたら損をする?
図:冒頭の問い板
- 銀行Aが借主Bに1000万円
- 時効の完成が迫る中、Aは訴訟費用を抑えるため、1000万円のうち300万円だけを請求する訴えを起こした
- 訴状に「これは1000万円のうちの300万円である」と書いた場合と、書かなかった場合とで、残り700万円の時効はどうなるか
今回は、Aが訴訟費用を抑えたいと考えて、1000万円のうち300万円だけを請求する訴えを起こします。ここで問いです。残された700万円の時効はどうなるでしょうか。実は、1000万円まるごと止まるとは限らず、訴状の書き方ひとつで変わります。訴状に「これは1000万円のうちの300万円です」と書けば、守られるのはその300万円だけです。訴状に一部だと明示しなければ、1000万円全部が守られます。今日はこの不思議な結論がどこから出てくるのかを、前回作った基準で説明します。先に結論を言うと、物差しは前回と同じ2本のままです。権利行使の意思が明らかになれば完成猶予、権利の存在について確証が得られれば更新。この2本だけで、一部請求から代位訴訟、詐害行為取消訴訟、抗弁、強制執行、仮差押えまで、7つの場面を全部さばきます。
今日は場面が変わるだけで、道具は増やしません。
今日使う物差しは2本のまま
図:前編の振り分けの基準板
- 見出し「完成猶予と更新の違いを分ける基準」
- 本文:「権利行使の意思が明らかになった → 完成猶予」「権利の存在について確証が得られた → 更新」。※条文の文言ではなく、立法趣旨としての整理。
前回の基準、覚えていますか?前回の最後に、この2行にまとめてもらいました。権利行使の意思が明らかになったら完成猶予、権利の存在について確証が得られたら更新。今日はこの2行を、そのまま7回使い回すだけです。中身を作り変えることはしません。良い所に気づきました。今日はもう1つだけ、新しい軸を足します。効果が、どの債権に、どこまで届くかという軸です。前回は債権が1本しか出てこなかったので、この軸を考える必要がありませんでした。今日は債権が複数登場する場面が続くので、猶予か更新かを決めた後、もう一段、どこまで届くかを必ず確認します。
一部だけ、明示しないで訴えたら
図:一部請求の帯グラフ①
- 1000万円の帯を300万円と700万円に分割
- 訴状に一部であることを明示しなかった場合、帯全体に「守られる」の印が付く
- 板の隅に小さく出典=最判昭和45年7月24日民集24巻7号1177頁
具体的に見ていきます。まず、訴状に何も断らずに、300万円を請求する訴えを起こした場合です。Bの立場になって考えてみてください。300万円の請求だけを見せられたBは、これが1000万円のうちの一部だとは分かりません。訴えられた側からは、その債権をめぐる争いが丸ごと持ち込まれているように見えます。つまり、権利行使の意思は、1000万円全部について表れていると評価できます。だから、さっきの基準が全部にかかり、700万円の分も含めて完成が猶予されます。
一部だけ、明示して訴えたら
図:一部請求の帯グラフ②
- 1000万円の帯のうち、訴状に「本訴は1000万円のうちの300万円である」と明示した場合、印が付くのは300万円の部分だけ
- 板の隅に小さく出典=最判昭和34年2月20日民集13巻2号209頁/最判平成25年6月6日民集67巻5号1208頁
訴状に一部だと明示したときは、明示した300万円についてしか効果が生じません。判例もこの立場を取っています。損をしているのではなく、Aが自分で範囲を区切っているんです。明示した瞬間、Aは「残りの700万円は、今は求めていません」と宣言していることになります。残りの700万円については、権利行使の意思が表れていないんです。だから、さっきの基準が700万円には及ばず、その部分の時効はそのまま進んでしまいます。700万円を完全にあきらめる、そこまでではありません。判例は、明示的な一部請求の訴えを起こしたこと自体が、残りの700万円について一定の効果を持つと認めています。この訴訟が終わってから6か月以内に、残りの700万円についても改めて権利行使の動きを見せれば、その部分の時効の完成も止めることができます。なぜ残りも救われるのか。一部を明示して訴える人も、債権そのものをあきらめたわけではなく、権利を行使する姿勢は外に表れています。だから、残りの700万円についても、その6か月のあいだは時効の完成を止めてよい、という理屈です。
冒頭の問いに戻ると、正直に書いたAは、損をしているのではなく、自分で守る範囲を選んで、なお6か月の猶予も手にしているんです。
他人の債権を代わりに訴える
図:関係図
- 上段「代位訴訟」
- A→B(1000万円・被保全債権)/B→C(800万円・代位行使された債権)
- B→Cには「確実」の印、A→Bには「争いあり」の印
次は、他人の債権を代わりに訴える場面です。具体的に見ていきましょう。Bが無資力で、BがC社に対して800万円の売掛金債権を持っているとします。AがBに代わって、C社を訴えます。ここで、動く時計はどれかを考えます。この訴訟で審理されているのは、どの債権でしょうか。Aが訴えているのは、B→Cの800万円の債権、です。B→Cの債権が、この訴訟の中身そのものです。だから、B→Cの800万円については、さっきの基準が素直に当たります。訴えが起きれば猶予、判決が確定すれば更新です。Aが本来持っている、A→Bの1000万円の方はどうなるんですか。そちらは、争いがあります。肯定する見解が有力です。肯定する側は、Aは自分の債権を守るために動いているのだから眠っていない、と考えます。
否定する側は、この訴訟で審理されているのは、あくまでB→Cの債権であって、A→Bの債権ではない、と考えます。どちらの言い分にも理由があります。
他人への財産移転を取り消す
図:関係図
- 下段「詐害行為取消訴訟」
- A→B(1000万円・被保全債権)/B→D(土地の贈与)/A⇒D(取消しの訴え)
- A→Bには印が付かない(判例)
AはDを相手に、この贈与を取り消す訴えを起こします。代位訴訟と同じように動くと考えたくなりますが、ここで答えが逆になります。A→Bの1000万円について、学説は有力に肯定しますが、判例はこれを認めていないと理解されています。なぜ、さっきの代位訴訟と、答えが逆になるんですか。ここが今日いちばんの見せ場です。もう一度、それぞれの訴訟で何が審理されているかに戻りましょう。代位訴訟の法廷では、終始「B→Cの800万円が存在するか」だけが審理されます。一方、詐害行為取消訴訟の法廷で審理されているのは、「Bの贈与を取り消してよいか」です。A→Bの1000万円そのものは、審理の対象ではありません。
A→Bの1000万円は、この訴訟の中で全く出てこないんですか。出てきます。ただし、取消しを認めるための要件の1つとして名前が挙がるだけです。Aに保全すべき債権があるかどうかは確認されますが、その債権の存在そのものを確定させる審理は行われません。審理されていないA→Bの1000万円については、確証は生まれません。だから、被保全債権の時効は動かない、というのが判例の理解です。代位訴訟と詐害行為取消訴訟は、どちらも他人がらみの訴えという同じ形をしていますが、訴訟の中で何を審理しているかが違う。だから答えも違ってきます。「訴えれば止まる」という素朴な理解は、ここで一度壊しておいてください。
何が審理の対象として立っているかが違うから、A→Bの債権に確証が生まれるかどうかも、それに応じて変わってくるんです。気をつけてほしいのは、ここでも物差しは2本のままだということです。変わったのは当てる先——どの債権が審理されているか、それだけです。
訴えられた側が抗弁を出したら
図:関係図
- E=時計店、F=客
- F→E(時計の返還請求訴訟)/E→F(修理代金債権)/Eの抗弁
- 「更新×」「猶予○」の2種類の印を分けて配置
次は、訴えたのがこちら側ではない場面です。具体的な場面で見てみましょう。E=時計店、F=客とします。Fが高級腕時計の修理をEに依頼し、修理は終わったのに、Fが代金を払いません。Fが返還請求の訴えを起こし、Eは「修理代金をもらうまで返さない」と抗弁を出しました。この抗弁は認められました。この「代金をもらうまで返さない」と言える権利を、留置権と呼びます。名前だけ先に渡しておきます。Eは訴えた側じゃなくて、訴えられた側ですよね。それでも、Eの修理代金債権に何か効果は生じるんですか。生じます。判例は、抗弁として主張しただけでは更新はしないが、完成が猶予されるという扱いを認めています。
ここは、さっきの2本の物差しが、別々に働いていると考えると分かります。「代金を払え」というEの意思は、抗弁の中で明確に表れています。だから権利行使の意思はある。猶予はここから来ます。更新がない理由はこうです。抗弁として認められただけでは、その代金債権が本当に存在するという、裁判所の確定的な判断が下されたとまでは言えません。権利の存在について確証が得られたとは、まだ言い切れないんです。だから更新はしません。今日、この節でようやく、基準が2本あることの意味が完全に見えます。訴えた側でなくても、意思さえ明確に表れれば猶予は生じる。でも、確証までは別の話だということです。
執行は確証が得られた手続
図:148条1項柱書のかっこ書に至るまでの事案要約板
- 今日のもう1つの場面は、裁判所を使う手続の中でも「訴え」ではなく「執行」
- 強制執行はどの時点から時効に効くのか
ここから先は、訴えではなく、裁判所を使う別の手立てです。まず、強制執行から見ていきます。条文を置きます。
条文民法148条1項柱書
民法 第百四十八条(強制執行等による時効の完成猶予及び更新)第一項柱書 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
原則は、事由が終わるまで完成しない。ただし取下げや不備による取消しで終わったら、終了から6か月だけ、という構造は同じです。では、各号を見ましょう。
条文民法148条1項各号・2項
民法 第百四十八条 第一項各号・第二項 一 強制執行 二 担保権の実行 三 民事執行法(昭和五十四年法律第四号)第百九十五条に規定する担保権の実行としての競売の例による競売 四 民事執行法第百九十六条に規定する財産開示手続又は同法第二百四条に規定する第三者からの情報取得手続 2 前項の場合には、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。ただし、申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合は、この限りでない。
相手の財産のありかを、裁判所を通じて開かせる手続です。令和の改正で、第三者に財産の情報を出させる手続もこの号に加わりました。手続の中身までは、別の回で扱います。今日は、この条文の姿だけを見てください。ここで、さっきの基準に戻ります。なぜこれらの事由には更新が用意されているんでしょうか。さっきの基準だと、権利の存在について確証が得られたかどうか、です。ここで言葉を一つ。債務名義というのは、裁判所が「払え」と確定させた文書のことです。確定判決や和解調書がこれに当たります。強制執行や担保権の実行は、債務名義があって初めてできる手続です。すでに権利の存在について確証が得られているからこそ、実行に移れるわけです。だから、事由が終了すれば更新します。
回収できたら、時効はそもそも問題にならない
図:給与差押えの図
- Aが勝訴判決に基づきBの給与債権を差し押さえたが、回収できたのは200万円のみで手続終了
- 残り800万円は手続終了時から更新
- 反実仮想として、もしAが自分で申立てを取り下げていたら、終了から6か月だけになる
Aが勝訴判決を得て、Bの給与債権を差し押さえたとします。回収できたのは200万円だけで、手続はそこで終わりました。満足を得た限度で、その分の債権は消滅します。時効を考える以前の話です。更新が問題になるのは、回収しきれなかった分だけです。残った800万円は、手続が終了した時から更新されます。その場合は、確証が得られたとは言えませんから、さっきのかっこ書のとおり、終了の時から6か月だけの猶予にとどまります。
知らないうちに時計を止められない
図:関係図
- A→B(1000万円の債権)/G(Bの親族で物上保証人・自分の土地に抵当権を設定)/A⇒Gの土地(抵当権の実行)/A→Bへの通知の矢印
- 通知が届いて初めてBとの関係で時計が止まることが見える描き方
もう1つ、強制執行には確認すべき点があります。たとえば、G=Bの親族で、Bの借金のために自分の土地に抵当権をつけた物上保証人だとします。AがGの土地に抵当権を実行しました。まだ知らないかもしれません。ここで条文を見ましょう。
条文民法154条
民法 第百五十四条(債務者以外の者に対する強制執行等に係る時効の完成猶予及び更新の効力) 第百四十八条第一項各号又は第百四十九条各号に掲げる事由に係る手続は、時効の利益を受ける者に対してしないときは、その者に通知をした後でなければ、第百四十八条又は第百四十九条の規定による時効の完成猶予又は更新の効力を生じない。
しかも、通知が到達して初めて、Bとの関係で猶予・更新の効力が生じます。競売開始決定の正本がBに届いた日から、効果が動き出します。なぜ、届くことまで必要なんですか。知らないうちに、自分の債権の時計が止められていたら、不意打ちになるからです。Bは、Gへの執行があったことを知って初めて、自分でも動くかどうかを判断できます。良い所に気づきました。153条は相対効の規定で、猶予・更新の効力が及ぶ当事者の範囲を定めています。154条はそれとは違って、通知が到達することを効力発生の条件にする規定です。条番号が近いので、取り違えないようにしてください。
保全は暫定的な手続

- 149条1項柱書+各号の全文カード
- 1項柱書(仮差押え・仮処分)と各号のみ
最後の場面です。Aが訴えの前に、Bの預金を仮差押えしたとします。
条文民法149条
民法 第百四十九条(仮差押え等による時効の完成猶予) 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了した時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。 一 仮差押え 二 仮処分
そして、この条文には148条2項に当たる更新の規定がありません。仮差押えや仮処分が終了した時から6か月を経過するまで、猶予されるだけです。もう一度、確証の基準に戻りましょう。仮差押えや仮処分は、その後に訴えを起こすことが予定されている暫定的な手続です。確証はまだ得られていません。だから更新は生じません。この場面でも、Bではなく物上保証人のような第三者を相手に仮差押えをした場合は、さっきの154条と同じで、Bへの通知が届いて初めて効果が生じます。
図:時間の線
- 前編と同じ描き方で、
- ①強制執行が終了→時計はゼロに戻って新たに10年
- ②仮差押えが終了→終了時から6か月だけ猶予期間が伸びる、を同じ時間軸上に重ねて示す
強制執行が終了すると、時計はゼロに戻り、そこから新たに10年が走ります。仮差押えが終了すると、終了した時点から6か月だけ猶予期間が伸びて、そこで終わりです。ゼロには戻りません。
3つの条文をまとめて見る
図:対比板
- 147条・148条・149条を、猶予の終わり方(列1)と更新の有無(列2)の2列で並べる
- 149条だけ更新の欄が空白になっている
ここで、今日出てきた条文を1枚にまとめます。147条、148条、149条を、猶予の終わり方と、更新の有無の2列で並べます。147条と148条には、更新の欄に何か書いてありますが、149条だけ空白ですね。この空白は、書き忘れではありません。147条は訴えの決着で確証が得られる、148条は執行で確証が得られる。でも149条の仮差押え・仮処分は、確証が得られる手続ではありません。だから条文の姿そのものが、更新の欄を空白にしています。
今日の地図(保存版)
図:まとめ板
- 1枚目=冒頭のAの結論(明示すれば300万円ぶんだけ、ただし訴訟終了後6か月の救済ルートもある)
- 2枚目=今日使った物差しは2本だけ
- 3枚目=裁判所を使う手立てはここまで、次は裁判所を使わない手立てへ
冒頭のAに戻りましょう。訴状に何も書かなければ1000万円全部が守られ、300万円だと明示すれば、守られるのはその部分だけです。ただし、訴訟が終わってから6か月の間に動けば、残りも守れます。正直に書いたAは、損をしたわけではなくて、自分で範囲を選んで、なお猶予も持っていた、ということですね。今日は7つの場面を歩きましたが、使った物差しは2本だけでした。権利行使の意思が明らかになれば猶予、権利の存在について確証が得られれば更新。この2本さえ持っていれば、代位訴訟と詐害行為取消訴訟で答えが逆になる理由も、留置権の抗弁で半分だけ効果が生じる理由も、全部そこから出てきます。
今日ここまでは、裁判所を使う手立てでした。次は、裁判所を使わずに時効を止められるか——電話1本の催告、当事者どうしの話し合い、そして相手が「払います」と認めた場合を扱います。裁判所を使わなくても時効を止められるかどうかを、次に確かめましょう。
参照条文
- 民法148条1項柱書
- 民法148条1項各号・2項
- 民法154条
- 民法149条