民法ゼロから民法#80

短期取得時効と取得時効の効果

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第1章 民法総則 #80/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

BとY、同じ年に耕し始めて10年差がつく

冒頭対比。甲土地の隣り合う2枚の畑。真の所有者はA。Bは無権利者Xから買い、自分の土地だと信じて耕している。Yは、Aの物だと知っていて空いているから耕している。 図:冒頭対比

  • 甲土地の隣り合う2枚の畑
  • 真の所有者はA
  • Bは無権利者Xから買い、自分の土地だと信じて耕している
  • Yは、Aの物だと知っていて空いているから耕している

Bは、この土地をXから買いました。登記も移してもらい、自分の土地だと信じて耕しています。ところがXは無権利者で、本当の所有者はAでした。もう1人のYは、その土地がAの物だと知っていて、空いているから勝手に耕し始めました。10年後、Bだけが所有者になります。Yは、あと10年、合計20年耕さなければ勝てません。今日の問いは、なぜ知らなかった人のほうが早く勝てるのか。先に答えを言うと、162条2項が期間を半分にしているからです。ただし、タダではありません。半分にしてもらう代わりに、Bは1つだけ、自分で証明しなければならないものを背負います

それでは、条文から見ていきましょう。

162条2項の全文——1項との差分だけ抜き出す

162条2項の全文カード板。1項との差分は期間と善意無過失の2点だけ。 図:162条2項の全文カード板。1項との差分は期間と善意無過失の2点だけ。

条文民法162条2項

民法第百六十二条(所有権の取得時効)第二項 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。

これが162条2項の全文です。前回見た1項と、骨格はまったく同じです。

1項と2項の差分表——変わるのは期間と善意無過失の2点だけ 図:1項と2項の差分表——変わるのは期間と善意無過失の2点だけ

違うのは2点だけです。1つめ、期間が20年から10年に半分になります。2つめ、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときという要件が加わります。自分の物だと信じたことに、落ち度がなかったという意味です。中身は、あとで詳しく見ます。1項とまったく同じです。前回すでに見ていますから、今日はもう説明しません。援用が必要なことも同じで、要件を満たしただけでは所有権は確定しません。まずは、その新しい条件——善意から見ていきましょう。

「善意」の意味が狭い

ふつうの善意と、占有における善意の線がズレる図。3段階の帯。 図:ふつうの善意と、占有における善意の線がズレる図。3段階の帯。

ふつう「善意」というのは、法律の世界では単に知らないことを指します。ところが、162条2項の善意は、それより狭い意味です。自己の所有物だと積極的に信じていることをいいます。3段階に分けて考えてみましょう。1つめ、自分の物だと積極的に信じている状態。2つめ、自分の物か他人の物か、はっきりしない半信半疑の状態。3つめ、他人の物だと知っている状態。ふつうの善意・悪意の線は、2つめと3つめの間です。半信半疑でも、まだ知らないのだから善意、というのが通常の分け方です。

162条2項の善意・悪意の線は、1つめと2つめの間に引かれます。半信半疑は、ふつうなら善意でも、ここでは悪意側に落ちます。線がズレている、これがこの回の1つめの山です。10年という短縮は、所有者の権利を半分の時間で失わせる、強い効果です。「たぶん自分の物だろう」という程度の信頼では、その強い効果には釣り合いません。だから、積極的に信じたと言える場合だけに絞ります。例えば、登記簿も現地も確認したうえで買ったBは、積極的に信じたと言えます。一方、売主の言い分に引っかかりを覚えながらも、まあいいかと買った人は、半信半疑、つまり悪意側です。

善意は推定される・無過失は推定されない

186条1項の全文カード板 図:186条1項の全文カード板

条文民法186条1項

民法第百八十六条(占有の態様等に関する推定)第一項 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。

前回の186条、証明責任がひっくり返る話でしたが、覚えていますか?前回、186条1項を見たとき、「善意で」という言葉が入っていることに気づきましたよね。あのとき、善意が効くのは10年の時効の話だと言って、今日に送りました。186条1項によって、善意も推定されます。つまり、10年ルートを主張する占有者は、善意について何も立証しなくてよいのが原則です。

186条1項に「無過失」が書かれていない、という指摘図 図:186条1項に「無過失」が書かれていない、という指摘図

ここに落とし穴があります。もう一度、186条1項を読んでください。「所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と」とありますが、無過失という言葉が、どこにもありません。無過失だけが、186条1項に書かれていません。つまり無過失は推定されない、ということです。10年の取得時効を主張する者は、無過失を自分で立証しなければなりません

立証責任の表——20年ルートと10年ルートの比較。無過失だけが占有者側の立証。 図:立証責任の表——20年ルートと10年ルートの比較。無過失だけが占有者側の立証。

前回の表を書き直してみましょう。所有の意思・平穏・公然・占有の継続・善意——これらは、20年ルートでも10年ルートでも、すべて推定されます。相手方が崩さない限り、占有者は何も立証しなくてよい列です。唯一違うのが、無過失の欄だけです。20年ルートにはそもそも無過失という要件がありません。そして10年ルートでは、無過失だけ、占有者が自分で立証する側に回ります162条2項は、時間を半分にする代わりに、立証の荷物を1つだけ占有者に戻す規定です。「時間を半分にしてもらう代わりに、無過失という1枚だけ自分で出す」——これが、10年ルートの正体です。

188条の全文カード板。占有物について行使する権利は適法と推定する。 図:188条の全文カード板。占有物について行使する権利は適法と推定する。

条文民法188条

民法第百八十八条(占有物について行使する権利の適法の推定) 占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定する。

実は、無過失が推定される場面が、民法にはもう1つあります。即時取得、192条の場面です。あちらでは、善意だけでなく無過失も推定されます。その根拠が、この188条です。即時取得は、取引によって、前主の占有を信頼して物を手に入れる場面です。売買のような取引を通して物を受け取るとき、188条は「前主が持っていた占有は適法だ」と推定して、その信頼を後押しします。取得時効は、取引による占有だけでなく、無権利者から譲り受けた占有も含みますし、そもそも取引を前提としない占有も含みます。つまり、前主の占有を信頼して取引したという場面が、常にあるとは限りません。

推定は、それを支える理由があるところにしか及びません。取引の信頼という理由がある即時取得では無過失も推定されますが、その理由を欠く取得時効では、無過失は推定されないままです。今日は、無過失の推定の有無が違うという一点だけ押さえてください。信じたことに落ち度がなかったと言えることです。Bは、登記簿を取り、売主のXが登記名義人であることを確かめ、現地も見たうえで買いました。ここまで調べたなら、落ち度はありません。例えば、登記名義がXではなくAのままだったのに、確かめずに買った場合です。見れば分かったことを見ていませんから、過失あり——善意ではあっても、10年ルートには乗れません。

判断するのは「占有の開始の時」だけ

占有開始時の1点だけで判断される、という時間軸図 図:占有開始時の1点だけで判断される、という時間軸図

次に、善意無過失を判断するタイミングです。162条2項をもう一度見てください。「その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったとき」とあります。占有を始めた、その瞬間だけを見る、という意味です。それでも、10年のままです。占有を始めた時点で善意無過失だったなら、途中で悪意に変わっても、20年ルートに切り替わったりはしません。その場合は、始まりの時点でまだ悪意側ですから、10年ルートには乗れません。判断は、あくまで開始時の1点だけです。理由は2つあります。1つめ、期間の途中で要件が揺れると、いつ時効が完成するのか、誰にも計算できなくなります。3年目に悪意に変わったら20年に伸びる、というルールだと、完成する日が確定しません。

2つめ、10年への短縮の根拠は、占有を始めるときに投じた信頼そのものです。始まりの1点にこそ、短縮を正当化する理由があるので、そこだけを測るのが筋にかなっています。

承継のとき——前の占有者が善意無過失だった場合

187条1項・2項の全文カード板 図:187条1項・2項の全文カード板

条文民法187条1項・2項

民法第百八十七条(占有の承継) 占有者の承継人は、その選択に従い、自己の占有のみを主張し、又は自己の占有に前の占有者の占有を併せて主張することができる。 2 前の占有者の占有を併せて主張する場合には、その瑕疵をも承継する。

開始の時の1点で決まるなら、占有を引き継いだときは、誰の「開始の時」を見るんですか?そこが、今日の次の山です。187条に戻りましょう。前回、187条を使って、承継人は自己の占有だけでも、前の占有者の占有を併せてもよいという話をしました。今日は、この条文を使って新しい場面を考えます。

時間軸の図①。前の占有者が善意無過失で4年、後の占有者が悪意で6年、通算10年。 図:時間軸の図①。前の占有者が善意無過失で4年、後の占有者が悪意で6年、通算10年。

前の占有者が、善意無過失で占有を始め、4年間占有しました。その占有を、後の占有者が引き継いで、悪意のまま6年間占有しました。あわせて10年です。できます。これが、判例の結論です。ここで、187条2項の読み方をひっくり返す必要があります。「瑕疵をも承継する」というのは、不利な事情が付いてくるという規定です。しかし、これは有利な事情の承継まで否定する規定ではありません。あわせて主張するなら、悪い部分だけでなく良い部分も丸ごと引き継ぐ、というのが187条の正しい読み方です。

判例カード板。承継された占有をあわせて主張する場合、最初の占有者の占有開始時点で善意無過失を判定すれば足りる(最判昭和53年3月6日)。 図:判例カード板

判例最判昭和53年3月6日 民集32巻2号135頁

占有が承継された場合、善意・無過失はいつの時点で判定するか 不動産の占有主体に変更があつて承継された二個以上の占有が併せて主張された場合には、民法一六二条二項にいう占有者の善意・無過失は、その主張にかかる最初の占有者につきその占有開始の時点において判定すれば足りる。

判例が言っているのは、これだけです。承継された占有をあわせて主張するときは、最初に占有を始めた人の時点だけを見れば足りる、という基準です。実は、この判例が扱った事件では、占有をつないだ途中の人に過失があったことが争われました。それでも、最初に占有を始めた人が善意無過失なら足りる、という判断でした。だから、途中や後ろの占有者が悪意でも、過失があっても、10年ルートは閉じません。承継の途中に何人挟まっても、最初の占有者の時点だけを見る、というのが判例の基準です。今日の例では、前の占有者がその「最初の占有者」にあたるので、前の占有者の善意無過失だけを見れば足ります。

ここからは判決文そのものではなく、この基準を支える実質的な理由づけとして、よく説明される考え方です。もし後の占有者の10年取得を一切認めないとすると、善意無過失で誠実に占有を始めた前の占有者が、後の占有者から、土地を譲り渡した売主のような立場で責任を問われかねません。譲り受けたはずの土地が結局10年で取得できないとなれば、代金を返せ、損害を賠償しろという話になりかねない、ということです。それは、判決に書いてあることなんですか。違います。判決文そのものに、この理由は書かれていません。「判例はこう言っている」ことと「こう考えると筋が通る」ことは、分けて考える必要があります。判例が示したのは、あくまで先ほどのカードの基準だけです。

逆は成り立たない——選べることの実益

時間軸の図②。前の占有者が悪意で6年、後の占有者が善意無過失で6年、通算12年。 図:時間軸の図②。前の占有者が悪意で6年、後の占有者が善意無過失で6年、通算12年。

では、逆のパターンです。前の占有者悪意で占有を始めて6年、その後、後の占有者善意無過失で占有を始めて6年。あわせて12年です。併せて主張する場合の起算点は、前の占有者が占有を始めた時点です。ここでは前の占有者が悪意ですから、併せる限り10年ルートには乗れません。では、あわせて主張したほうが得か、自分の占有だけのほうが得か、条文だけからは分かりません。計算してみましょう。187条1項に戻ってください。あわせて主張しても、自分の占有だけを主張しても、選べます

今はまだ6年ですが、後の占有者は、善意無過失で占有を始めています。後の占有者が自分の占有だけを主張すれば、自分の占有が10年に達した時点で、10年ルートに乗れます。あわせて主張する道は、開始から数えて20年、つまりあと8年待つ必要があります。自分の占有だけを主張する道は、開始から数えて10年、つまりあと4年で足ります。経過している年数は12年ですが、必要なのは経過年数ではなく、開始時点から数えた20年という長さです。悪意で始まった以上、20年ルートしか使えません。だから、あと8年足りません。

時効は、長く数えたほうが勝ちではありません。有利なほうを選べる、というのが187条1項の実益です。

効果その1——原始取得

承継取得と原始取得の対比板。承継取得は負担も引き継ぐ、原始取得は負担が消える。 図:承継取得と原始取得の対比板。承継取得は負担も引き継ぐ、原始取得は負担が消える。

ここからは、取得時効の効果を見ていきます。要件を満たし、援用すると、当事者は所有権を取得します。この取得のしかたを、原始取得といいます。要件がそろっても、主張して初めて所有権の取得が確定します。売買のような承継取得と比べると分かりやすいです。承継取得では、前の所有者から所有権がそのまま移ります。抵当権のような負担が付いていれば、その負担も、原則そのまま引き継ぎます。原始取得は、前の所有者から移ってくるのではなく、占有者のところで、まったく新しい所有権が生まれると考えます。だから、元の所有権に付いていた負担は引き継がれません

具体例。Aが甲土地にT銀行の抵当権を設定していた場合、Bの時効取得で抵当権は消える。 図:具体例

具体例で見てみましょう。Aが甲土地に、T銀行の抵当権を設定していたとします。この状態で、Bの取得時効が完成し、援用すると。抵当権は消えます。Bは、負担のない、きれいな所有権を手に入れます。担保を失います。原始取得の効果は、それだけ強力です。元の所有者Aの所有権は、どうなるんですか。消滅します。ここに、一物一権主義という考え方が関わります。1つの物に対して、同じ内容の物権は1つしか存在できない、という原則です。Bが所有権を原始取得した以上、同じ物にAの所有権が同時に成り立つことはできません。だから、Aの所有権は、Bの原始取得の反射として消滅する、と説明されます。

効果その2——遡及効

144条の全文カード板 図:144条の全文カード板

条文民法144条

民法第百四十四条(時効の効力) 時効の効力は、その起算日にさかのぼる。

同じ144条が、取得時効ではこう効きます。これがもう1つの大事な効果です。取得時効での起算日は、占有を開始した時です。つまり、Bは「10年目に所有者になった」のではなく、「占有を始めた日から、ずっと所有者だった」ことになります。

具体例。10年間の収穫は誰の物か。さかのぼって占有者の物だったことになる図。 図:具体例。10年間の収穫は誰の物か。さかのぼって占有者の物だったことになる図。

具体例で考えましょう。Bは、この10年間、畑で作物を収穫し続けてきました。この収穫は、誰の物になるでしょうか。もしBが10年目に初めて所有者になったのなら、それ以前の収穫は、他人の物から得た利益になってしまいます。ところが、144条によってさかのぼってBのものだったことになるので、Aに返す必要がありません遡及効は、過去の清算をまとめて終わらせるための装置です。

ここから先の地図

送りの一覧板。取得時効と登記は別の回。所有権以外の財産権も別の回。 図:送りの一覧板。取得時効と登記は別の回。所有権以外の財産権も別の回。

最後に、これから先の地図を一枚だけ示しておきます。今日やらなかったことも、あるんですか。2つあります。1つめ、時効取得した者と、その間に元の所有者から土地を買った第三者との関係——取得時効と登記という論点は、別の回で扱います。2つめは、所有権以外の財産権の時効取得です。賃借権や地役権のような、所有権以外の権利も時効で取れるのか。

今日の地図(保存版)

まとめ板。冒頭のBとYに戻る。背骨は無過失1枚だけ自分で出す。 図:まとめ板。冒頭のBとYに戻る。背骨は無過失1枚だけ自分で出す。

冒頭に戻りましょう。Bは10年、Yは20年でした。分かれ目は、占有を始めた時点で、自分の物だと積極的に信じ、そう信じたことに落ち度がなかったかでした。時間を半分にしてもらう代わりに、無過失という1枚だけ自分で出す。所有の意思・平穏・公然・占有の継続・善意は、20年ルートと同じく推定されます。違うのは、無過失だけです。承継のときは、前の占有者が善意無過失なら、後の占有者が悪意でも10年で取れる、という話でしたね。逆に前の占有者が悪意なら、あわせる限り10年ルートには乗りませんが、自分の占有だけを選べば道は残ります。

原始取得によって、抵当権のような負担のない、新しい所有権が生まれます。遡及効によって、占有を始めた日からずっと所有者だったことになります。ここまでは所有権の取得時効でした。時効で手に入るのは、所有権だけではありません。

参照条文

  • 民法162条2項
  • 民法186条1項
  • 民法188条
  • 民法187条1項・2項
  • 民法144条

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