民法ゼロから民法#83

時効期間の例外と除斥期間

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第1章 民法総則 #83/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

どけてくれと言えるのか

冒頭設例板。Aは20年以上前に土地を買い、登記も自分の名義にした。10年ほど前から隣のBがその土地の一部に物置を建てて使っている。Aは気づいていたが面倒なので黙っていた。今になってAが「どけてくれ」と言う。Bは「20年も放っておいたじゃないですか。時効でしょう」と反論する。 図:冒頭設例板

  • Aは20年以上前に土地を買い、登記も自分の名義にした
  • 10年ほど前から隣のBがその土地の一部に物置を建てて使っている
  • Aは気づいていたが面倒なので黙っていた
  • 今になってAが「どけてくれ」と言う
  • Bは「20年も放っておいたじゃないですか。時効でしょう」と反論する

Aは20年以上前に土地を買いました。登記も自分の名義にしています。ところが10年ほど前から、隣のBが、その土地の一部に物置を建てて使っています。Aは気づいていましたが、面倒だったので何も言わずにきました。Aはようやく「どけてくれ」と言います。するとBは、こう言い返します。「20年も放っておいたじゃないですか。時効でしょう」。今日の問いは1つです。時間が経てば消える権利と、消えない権利は、どこで分かれるのか。先に答えを言っておきます。所有権は消滅時効にかかりません。そして、時効とよく似ているのに、援用がいらず、さかのぼりもしない「除斥期間」という別の区切り方があります。この2つを見分けられるようにするのが、今日の到達点です。

前回の続き——数える長さのほうへ

一言板。前回は「いつから数え始めるか(起算点)」だった。今日は「どれだけ数えるか(期間)」と「そもそも数える対象になるのか」。166条1項の二重の起算点そのものは今日は扱わない。 図:一言板

  • 前回は「いつから数え始めるか(起算点)」だった
  • 今日は「どれだけ数えるか(期間)」と「そもそも数える対象になるのか」
  • 166条1項の二重の起算点そのものは今日は扱わない

前回は、消滅時効がいつから数え始めるか、つまり起算点の話でした。前回、166条1項の1号と2号、それぞれ何年でしたか?覚えていますね。1号が主観的起算点から5年、2号が客観的起算点から10年でした。今日はここを掘り返しません。今日の柱は2つです。どれだけ数えるか、という期間の長さと、そもそも数える対象になるのか、という入り口。この2つを片づけると、消滅時効の話がひとまず完結します。

時効期間の一覧板

一覧板。|権利の型|短いほう|長いほう|の3列。一般の債権(166条1項)=主観5年・客観10年。生命身体の侵害(167条・724条の2)=主観5年・客観20年。一般の不法行為(724条)=主観3年・客観20年。定期金債権(168条1項)=10年・20年。確定判決等で確定した債権(169条1項)=一律10年。債権以外の権利(166条2項)=20年。 図:一覧板

  • |権利の型|短いほう|長いほう|の3列
  • 一般の債権(166条1項)=主観5年・客観10年
  • 生命身体の侵害(167条・724条の2)=主観5年・客観20年
  • 一般の不法行為(724条)=主観3年・客観20年
  • 定期金債権(168条1項)=10年・20年
  • 確定判決等で確定した債権(169条1項)=一律10年
  • 債権以外の権利(166条2項)=20年

数字を丸暗記する前に、軸だけ持ってください。短いほうは知ってから数える期間、長いほうは知らなくても行使できる時から数える期間です。この軸に沿って、権利の型ごとに数字が変わるだけだと思ってください。まず全体を見せます。時効期間は、権利の型ごとにこう並びます。一般の債権は、前回やったとおり主観5年・客観10年。生命や身体が害された場合は、主観5年・客観20年。一般の不法行為は、主観3年・客観20年。ここまでは前回やった特例なので、1行だけの確認にとどめます。いま読み上げた3つの数字の理由も、前回やったところです。不法行為の主観が3年と短いのは、被害者は損害と加害者を知って初めて動き出すしかない代わりに、知ってしまえば早く動けるからでした。客観が20年と長いのは、気づくまでに年月がかかる被害があるからです。生命や身体が害されたときだけ主観5年・客観20年にそろうのは、契約で行くか不法行為で行くかによって被害者の期間が変わるのは不合理だから。数字ではなく、この理由のほうを持ち帰ってください。

定期金債権は10年と20年。確定判決等で確定した債権は一律10年。そして債権以外の権利は20年。この3つを、1つずつ降りていきます。

判決で確定した債権は10年に変わる

関係図。Cが債務者Dに対して勝訴判決を得た。CとDは、冒頭のAとBとは別の場面。 図:関係図。Cが債務者Dに対して勝訴判決を得た。CとDは、冒頭のAとBとは別の場面。

場面を変えます。CがDを訴えて、勝訴判決を得たとします。AとBの土地の話とは、まったく別の場面です。

条文民法169条

民法第百六十九条(判決で確定した権利の消滅時効): 確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については、十年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、十年とする。 2 前項の規定は、確定の時に弁済期の到来していない債権については、適用しない。

この条文の効きどころは2つあります。1つめ、たとえもとの債権が主観5年で消えるはずのものでも、判決という公の場で確定すれば、確定した日の翌日から10年に延びます。裁判で決着した権利まで、また短い期間で消えてしまうのでは、Cに何度も訴え直させることになり酷だからです。もう1つは何ですか。2項です。確定した時点で、まだ弁済期が来ていない債権は、この延長の対象外です。まだ払う時期が来ていない分まで一律10年にそろえる理由はありません。そこは元の期間のままです。なお、条文にある「確定判決と同一の効力を有するもの」というのは、裁判上の和解や調停などを指します。中身は民事訴訟法の領域なので、名前だけ押さえておいてください。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和43年10月17日(集民92号601頁)

確定判決の効力は保証債務にも及ぶか 民法第百七十四条ノ二の規定によつて主たる債務者の債務の短期消滅時効期間が一〇年に延長されるときは、これに応じて保証人の債務の消滅時効期間も同じく一〇年に変ずるものと解すべきである。

主たる債務者Dの債務が判決で確定すれば、付従性(大元の債務が消えれば、乗っかっている保証や担保も一緒に消える、という性質です)によって、保証人の債務の時効期間も同じく10年に変わります。主たる債務者と保証人の関係、つまり保証の中身そのものは、また別の回で扱いますが、今日は「10年への延長が保証人の側にも及ぶ」という結論だけ持ち帰ってください。逆に、保証人だけが訴えられて判決が確定したら、主たる債務者のほうも10年になるんですか。そちらは逆です。ある人に対する判決の効力は、その裁判の当事者ではない人には及びません。保証人に対する確定判決の効力が、主たる債務者には及ばないのも同じ理屈です。付従性で10年に変わるのは、主たる債務が確定した場合だけだと考えてください。

定期に払わせる権利は、各回ごとに数える

一覧板。定期金債権の例(○)=年金債権・地上権の地代債権・分譲マンションの管理費債権。含まれない例(×)=分割払いの代金債権(1本の債権を分けて払っているだけ)。数える対象は各回の債権(支分権)。 図:一覧板

  • 定期金債権の例(○)=年金債権・地上権の地代債権・分譲マンションの管理費債権
  • 含まれない例(×)=分割払いの代金債権(1本の債権を分けて払っているだけ)
  • 数える対象は各回の債権(支分権)

次は定期金債権です。ひとことで言うと、毎月いくら、と続けて払わせる形の権利です。条文の言葉に直せば、代替物でもよいので、一定量を定期的に給付させることを目的とする債権、ということになります。年金債権、地代債権、分譲マンションの管理費債権などです。分割払いの代金みたいなものも、これですか。そこが間違えやすいところです。分割払いの代金債権は含まれません。あれは、もともと1本の債権を分けて払っているだけで、毎回新しく発生する権利ではないからです。期間は168条1項に定めがあり、行使できることを知った時から10年、行使できる時から20年です。ここで大事なのは、何を単位にして数えるかです。数える対象は、大元の権利そのものではなく、各回に発生する債権です。これを支分権と呼びます。毎回発生する1回分の権利、という意味です。

なぜ、大元でまとめて数えないんですか。定期金債権は、長期間続くことがそもそも前提の権利だからです。大元の権利を一気に時効にかけてしまうと、今日発生した分まで巻き込まれかねません。だから、支分権という単位ごとに、それぞれ別々の時計が動くようにしてあるんです。

特約で期間そのものを変えられるか

一言板。伸長する特約(時効は15年にしよう)は無効。短縮する特約(時効は1年にしよう)は原則有効。理由は146条(時効の利益の事前放棄の禁止)の迂回防止。相手が消費者なら消費者契約法10条で無効になりうる。 図:一言板

  • 伸長する特約(時効は15年にしよう)は無効
  • 短縮する特約(時効は1年にしよう)は原則有効
  • 理由は146条(時効の利益の事前放棄の禁止)の迂回防止
  • 相手が消費者なら消費者契約法10条で無効になりうる

ここまで見たのは、法律のほうが決めた長さです。長さの話を閉じる前に、もう1つだけ。結論から言うと、伸長する特約は無効短縮する特約は原則有効です。時効の期間を伸ばす特約のほうが権利者に有利に見えるかもしれません。そこが今日のもう1つのつまずきどころで、答えは逆です。時効を伸ばす特約を許してしまうと、時効の利益を、あらかじめ放棄させたのと同じ結果になります。時効の利益は、あらかじめ放棄することができない、という規律を前回までに見ましたね。それを迂回できてしまうんです。強い立場の側がそうやって書かせてしまうことを止めるための無効です。逆に短縮するほうは、時効の利益を受ける側が、自分から早く区切っているだけなので、止める理由がありません。だから原則有効です。ただし1つだけ注意があります。相手が消費者の場合は、消費者契約法10条によって無効になることがあります。名前だけ押さえておいてください。

所有権は何年で消滅時効にかかるか

問いの板。所有権は何年で消滅時効にかかると思いますか? 図:問いの板。所有権は何年で消滅時効にかかると思いますか?

ここからは、今日いちばん大事なところに入ります。ここまでは「どれだけ数えるか」でしたが、ここからは、そもそも数える対象になるのかという話に入ります。1つ聞かせてください。所有権は、何年で消滅時効にかかると思いますか。所有権も財産権だから20年で消滅時効にかかるのではないか、と多くの人が考えます。でも結論は違います。

条文民法166条2項

民法第百六十六条第二項(債権等の消滅時効): 債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないときは、時効によって消滅する。

この条文は、所有権をわざわざ除外しています。20年で消えるのは、所有権以外の財産権です。

消滅時効にかからない権利、4つ

一覧板。|権利|消滅時効|理由|の4行。所有権=かからない(恒久性)。占有権=かからない(当然発生・当然消滅)。担保物権=単独ではかからない(付従性・396条の反対解釈で例外)。抗弁権の永久性=通説は否定。 図:一覧板

  • |権利|消滅時効|理由|の4行
  • 所有権=かからない(恒久性)
  • 占有権=かからない(当然発生・当然消滅)
  • 担保物権=単独ではかからない(付従性・396条の反対解釈で例外)
  • 抗弁権の永久性=通説は否定

なぜ所有権だけ除外されているのか。理由は恒久性です。所有権は、使っていない期間があっても、権利の中身が減っていかない権利として設計されています。10年放置しても、20年放置しても、所有権という中身そのものは変わりません。同じ理由で、所有権に基づく物権的請求権も、消滅時効にはかかりません。冒頭のAの請求権は、まさにこれです。ここで冒頭の問いに、いったん答えが出ます。Aの権利は、消滅時効では消えません。ただ、Aが黙っていれば絶対に負けない、とまでは言い切れません。消滅時効では消えない、というだけで、「およそ消えない」わけではないんです。もしBがその土地部分を時効取得すれば、その反射として、Aの所有権のほうが消えてしまいます。時効取得の要件は以前の回で扱いましたが、今日は結論だけ借ります。消滅時効ではAの権利は消えないが、Bの取得時効が成立すれば、その反射でAは所有権を失う。この2つを混ぜないでください。Bが勝つとすれば、それは取得時効の側での勝ちです。2つめ、占有権も消滅時効にかかりません。理由が違います。占有権は、物を事実上支配していれば当然に発生し、支配しなくなれば当然に消える権利だからです。時効という道具そのものを持ち出す必要がないんです。占有権の中身は、また別の回で扱います。3つめ、担保物権です。被担保債権と切り離して、単独では時効にかかりません。これを付従性と呼びます。大元の債権があるうちは、担保だけが先に消えることはない、という意味です。

条文民法396条

民法第三百九十六条(抵当権の消滅時効): 抵当権は、債務者及び抵当権設定者に対しては、その担保する債権と同時でなければ、時効によって消滅しない。

そこが例外への入り口です。この条文を反対に読むと、債務者や設定者以外の人に対しては、被担保債権とは別に、抵当権だけが時効にかかりうる、ということになります。債務者でも設定者でもない人というのは、第三取得者です。抵当権が付いたままの不動産を、あとから買った人のことです。第三取得者に対しては、抵当権だけが独立して時効消滅することがあります。抵当権そのものの効力や実行は、また別の回で扱います。4つめ、抗弁権の永久性という考え方に触れておきます。同時履行の抗弁権のように、守るために使う権利は時効にかからない、という少数説があります。ただし通説はこれを否定します。試験との関係では重要ではないので、1行だけ知っておけば十分です。これ以外の権利は、166条2項どおり20年で時効にかかります。確定判決で確定すれば、さっき見た169条でやはり10年です。

時効とよく似ているが違うもの——除斥期間

対比板。|項目|消滅時効|除斥期間|の5行。援用=必要/不要。完成猶予・更新=ある/定めが無い(類推する有力説あり)。遡及効=ある/無い。起算点=権利を行使することができる時/権利が発生した時。趣旨=立証の困難からの救済など3つ/法律関係を早く確定させること一本。 図:対比板

  • |項目|消滅時効|除斥期間|の5行
  • 援用=必要/不要
  • 完成猶予・更新=ある/定めが無い(類推する有力説あり)
  • 遡及効=ある/無い
  • 起算点=権利を行使することができる時/権利が発生した時
  • 趣旨=立証の困難からの救済など3つ/法律関係を早く確定させること一本

ここからは、もう1つの山です。時効とよく似ていて、しかし違う制度、除斥期間を見ます。並べる前に、イメージを1つだけ。図書館で借りた本の返却期限は、延ばしてもらえることもあるし、督促を受けてから数え直してもらえることもあります。これが消滅時効の側です。ところが、開場から30分だけ有効の入場整理券には、延長も並び直しも、最初から用意されていません。時間が来たらそれで終わり。これが除斥期間の側です。同じ「時間で区切る」に見えても、延長や巻き戻しの余地を、制度として持たせてあるかどうかが違うんです。

ここで、その借りを返します。除斥期間の定義はこうです。決められた期間のうちに使わなければ、それで終わり。あとから行使する道が残らない、という期間です。消滅時効と並べると、違いがはっきり見えます。1つめ、援用です。消滅時効は援用が必要でしたが、除斥期間は不要です。期間が満了すれば、当然に権利が消えます。完成猶予と更新です。消滅時効にはこの仕組みがありますが、除斥期間には定めがありません。ただし、完成猶予の規定を類推適用してよいという有力説はあります。3つめが遡及効です。消滅時効は、起算点までさかのぼって権利が消えます。除斥期間には遡及効がなく、期間が満了した、その時から先だけ行使できなくなります。

消滅時効は、権利を行使することができる時からでした。前回、権利の行使に法律上の障害がなくなった時と確定しましたね。除斥期間は違います。権利が発生した時から数えます。5つめが趣旨です。消滅時効の趣旨は、以前見た3つ、権利の上に眠る者は保護しないという考え方などでした。除斥期間の趣旨は、それとは違って、法律関係を早く確定させること、この1本にしぼられます。誰かがいつまでも権利を行使できる状態を残さない、というだけの理由です。

除斥期間は、どこで効くのか

一言板。条文が「消滅時効」か「除斥期間」かを明示していないときは、権利の性質(援用になじむか・完成猶予や更新を観念できるか・遡及的に消すべきか)で決める。126条の取消権=通説は除斥期間。884条の相続回復請求権=5年・20年。724条2号(不法行為20年)=現行法では消滅時効(立法で決着)。 図:一言板

  • 条文が「消滅時効」か「除斥期間」かを明示していないときは、権利の性質(援用になじむか・完成猶予や更新を観念できるか・遡及的に消すべきか)で決める
  • 126条の取消権=通説は除斥期間
  • 884条の相続回復請求権=5年・20年
  • 724条2号(不法行為20年)=現行法では消滅時効(立法で決着)

どちらの制度なのか、条文にはっきり書いてあるものばかりじゃないんですか。そこが今日の骨格になる問いです。条文が「時効によって消滅する」と書いていても、実は除斥期間だと読まれる場合があります。条文がどちらか書いていないとき、あるいは文言と実質がずれているときは、権利の性質から決める。これが決定の手続そのものです。

論文で書く規範:除斥期間該当性の判断 ある権利の期間制限が消滅時効か除斥期間かは、条文の文言のみによらず、当該権利の性質(援用を要する意思表示的な仕組みになじむか、完成猶予・更新を観念できるか、遡及的な消滅を認めるべきか)から判断する。 (通説で立てる規範)

代表例が、取消権の期間制限、126条です。条文は「時効によって消滅する」と書いています。ところが通説は、これを除斥期間と解します。取消権は、行使すればそれだけで直ちに効果が確定する権利、いわゆる形成権です。完成猶予や更新のような、時間を止めたり戻したりする仕組みは、この権利の性質になじみません。だから、条文の文言にかかわらず、通説は除斥期間と解しています。具体的にはどういう場面ですか。ここは冒頭の土地の話とは別の場面です。Gが未成年のときにHと結んだ契約を、成人後に取り消すとします。Gが「取り消します」と言った瞬間、契約は最初から無かったことになります。争っている間も時計は止まりません。だから完成猶予や更新のような、時間を止める仕組みがなじまないんです。もう1つ、884条の相続回復請求権があります。期間は5年と20年です。相続の中身は、また別の章で扱いますので、今日は名前と数字だけで十分です。そして、いちばん間違えやすい点を1つ。不法行為の20年、724条2号です。これは現行法では、消滅時効です。条文が「時効によって消滅する」と明記して、立法で決着しています。

昔の条文の下では、除斥期間だと解した判例もありました。ですが、それは改正前の話です。今の条文の答案で除斥期間と書くと、誤りになります。現行法では消滅時効、これだけを持ち帰ってください。

もう1つの似たもの——権利失効の原則

一言板。権利失効の原則の定義。長く行使しないので相手方が「もう行使されない」と信頼していたのに、突然行使することは許されないという原則。根拠は信義則(1条2項)。実益は、消滅時効にかからない権利(所有権に基づく物権的請求権)の行使を止められること。ただし判例・通説は適用に慎重。 図:一言板

  • 権利失効の原則の定義
  • 長く行使しないので相手方が「もう行使されない」と信頼していたのに、突然行使することは許されないという原則
  • 根拠は信義則(1条2項)
  • 実益は、消滅時効にかからない権利(所有権に基づく物権的請求権)の行使を止められること
  • ただし判例・通説は適用に慎重

もう1つだけ、似ているけれど違う考え方を見ます。権利失効の原則です。定義はこうです。長く権利を行使しないので、相手方が「もう行使されないだろう」と信頼するに至ったのに、その後になって突然行使することは許されない、という原則です。除斥期間は、条文で定められた具体的な年数の話でした。権利失効の原則は、条文の年数とは関係なく、信義則、1条2項から導かれる一般的な考え方です。実益は、まさに冒頭のAのような場面です。所有権に基づく物権的請求権は、消滅時効にかかりません。ですが、消滅時効という道具が効かない場面でも、信義則というもう1段の歯止めをかけられないか、という発想です。

そこで、判例と通説の姿勢を見てください。適用にはかなり慎重です。「長く黙っていた」というだけでは足りません。

判例最高裁判所第三小法廷判決 昭和30年11月22日(民集9巻12号1781頁)

解除権の長期不行使と信義則 解除権を有する者が久しきに亘りこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には、右解除は許されないと解するのが相当であるが、原審認定の事実関係の下における解除権の行使は、未だ右の場合に該当するものと認めることはできない。

この判決は、一般論としては権利失効を認めながら、結論では否定している、そこが大事なところです。権利失効の原則そのものは一般論として認めながら、実際の事件への当てはめでは、正当な事由・特段の事由がある場合に限る、という高いハードルを立てて、結局は適用を否定しました。

一言板。権利失効が通るためのハードル。①長く行使しなかったこと、だけでは足りない。②相手方が「もう行使されない」と信頼すべき正当な事由。③その後の行使が信義則に反すると認められる特段の事情。期間を切る仕事は166条以下が引き受けているので、信義則での上書きは絞られる。 図:一言板

  • 権利失効が通るためのハードル
  • ①長く行使しなかったこと、だけでは足りない
  • ②相手方が「もう行使されない」と信頼すべき正当な事由
  • ③その後の行使が信義則に反すると認められる特段の事情
  • 期間を切る仕事は166条以下が引き受けているので、信義則での上書きは絞られる

なぜここまでハードルを上げるのか。権利をいつ切るかという仕事は、本来166条以下の期間の定めが引き受けています。そこに信義則で上書きをかけることを緩く認めれば、条文が決めた期間を、裁判所が事実上短くしてしまうことになる。だから、相手にそう信じさせる事情がはっきりある場合に限る、という絞りがかかるんです。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和41年12月1日(集民85号497頁)

長期の不行使だけでは解除権は失効しない 賃料の催告と右催告の趣旨不履行による賃貸借契約解除の意思表示との間に約一四年のへだたりがあつても、相手方においてもはや右催告に基づく解除権の行使はないものと信ずべき正当な事由が生じたとはいえない事情のもとでは、右意思表示のときまで右解除権は有効に存続していたと解することができる。

14年も間が空いていて、それでも失効しないんですか。しません。14年という長さだけでは、正当な事由は認められませんでした。この2つの判例から分かるのは、「長く黙っていた」という時間の長さだけでは、権利失効の原則は動かないということです。冒頭のAとBで、条件だけ変えてみます。Bが物置を建てるとき、Aに「ここを使わせてほしい」と断りに来て、Aが「好きに使っていい」と応じていた。Bはそれを前提に物置を建て増して、基礎まで打った。そのうえでAは10年、一度も何も言わない。ここまで来ると、Bが「もう請求されない」と信じたことに正当な事由がある、と評価できる余地が出てきます。逆に言えば、分かれ目は黙っていた時間の長さではなく、相手にそう信じさせるだけの事情を、権利者の側が作ったかどうかです。実際の冒頭のAは、ただ面倒で黙っていただけでした。だから通りません。

論文で書く規範:権利失効の原則の適用可否 権利者が権利を長期間行使せず、相手方において当該権利がもはや行使されないものと信頼すべき正当な事由が生じ、その後の権利行使が信義誠実の原則に反すると認められる特段の事情がある場合には、その権利行使は許されない(信義則・1条2項)。 (判例で立てる規範)

一言板。冒頭の回収。Aの請求権=消滅時効では消えない(所有権に基づく物権的請求権)。権利失効の原則=10年黙っていただけでは通らない。Bが勝つとすれば取得時効の側で要件を満たしたときだけ。 図:一言板

  • 冒頭の回収
  • Aの請求権=消滅時効では消えない(所有権に基づく物権的請求権)
  • 権利失効の原則=10年黙っていただけでは通らない
  • Bが勝つとすれば取得時効の側で要件を満たしたときだけ

ここで、冒頭のAとBに、もう一度戻ります。Aが10年、Bの物置を黙って見ていたという事実だけで、Bに「もう行使されない」と信頼すべき正当な事由があった、とまでは言えません。ですから、権利失効の原則も、簡単には通りません。Aの請求権は、消滅時効では消えない。権利失効の原則も、安易には成立しない。もしBが勝つとすれば、それは取得時効の側で要件を満たしたときだけです。答案でこの原則を持ち出すときは、この高いハードルを忘れないでください。

総則の締め——四つの関門の進度マップ

四つの関門ボード。成立要件→有効要件→効果帰属要件→効力発生要件。成立要件=申込みと承諾の合致から意思表示の到達まで埋めた。有効要件=主観(心裡留保・虚偽表示・錯誤・詐欺・強迫)・客観(確定性・適法性・社会的妥当性)・人(意思能力・行為能力)で総則いちばん大きな部屋だった。効果帰属要件=代理。効力発生要件=条件・期限。有効要件でつまずいた後の道具=無効と取消し/四つの関門を通った後の権利関係を動かす道具=時効。 図:四つの関門ボード

  • 成立要件→有効要件→効果帰属要件→効力発生要件
  • 成立要件=申込みと承諾の合致から意思表示の到達まで埋めた
  • 有効要件=主観(心裡留保・虚偽表示・錯誤・詐欺・強迫)・客観(確定性・適法性・社会的妥当性)・人(意思能力・行為能力)で総則いちばん大きな部屋だった
  • 効果帰属要件=代理
  • 効力発生要件=条件・期限
  • 有効要件でつまずいた後の道具=無効と取消し/四つの関門を通った後の権利関係を動かす道具=時効

総則の最後に、地図を1枚出します。かつて出した四つの関門、覚えていますか。契約が生まれて、効いて、届いて、動き出すまでの4段階でしたね。成立要件、有効要件、効果帰属要件、効力発生要件。この4つが、契約が実際に効くまでに通る関門でした。成立要件は、申込みと承諾の合致から、意思表示の到達まで埋めました。有効要件は、主観の側(心裡留保・虚偽表示・錯誤・詐欺・強迫)、客観の側(確定性・適法性・社会的妥当性)、そして人の側(意思能力・行為能力)。ここが、総則のいちばん大きな部屋でした。効果帰属要件は代理、効力発生要件は条件と期限です。そして、関門を通れなかったとき、通った後のことも見ました。無効と取消しは、有効要件の関門でつまずいた結果どうなるか、という話でした。時効はそれとは別で、四つの関門をぜんぶ通ったあとの権利関係が、時間の経過で動いていく話です。その時効が、今日で終わりました。

四つの関門は、契約が効くかどうかの話でした。では、効いた結果として手に入る、物に対する権利は、どういう仕組みで動くのか。ここから先が、第2章、物権です。貸した自転車を、借りた人が勝手に他人に売ってしまった。自分の物だと言えるのは、誰に対してか。

今日の地図(保存版)

冒頭設例板の再掲。Aが20年前に買った土地の一部を、Bが10年ほど前から物置で使っている。Aの請求権は消滅時効では消えない。権利失効の原則も簡単には通らない。Bが勝つなら取得時効の側。 図:冒頭設例板の再掲

  • Aが20年前に買った土地の一部を、Bが10年ほど前から物置で使っている
  • Aの請求権は消滅時効では消えない
  • 権利失効の原則も簡単には通らない
  • Bが勝つなら取得時効の側

今日の背骨を、もう一度お願いします。前回が2段目、今日が1段目と3段目でした。そして、似ているようで違うもの、除斥期間は、援用もさかのぼりも無い、まったく別の区切り方だと分かりました。冒頭のAとBについては、Aの所有権も、その所有権から出てくる請求権も、消滅時効では消えません。権利失効の原則も、10年黙っていたというだけでは成立しません。Bが勝つとすれば、それは取得時効の要件を満たしたときだけです。「時効でしょう」というBの言い分は、まだ確定していないんですね。時間が経てば消える権利と、消えない権利がある。その分かれ目を、条文の文言だけでなく、権利の性質から見極める。それが、今日渡した地図です。これで、総則69本、ひとまず完結です。

参照条文

  • 民法169条
  • 民法166条2項
  • 民法396条

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