差押えと相殺(511条)
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第4章 債権総論 #187/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
預金を税務署に差し押さえられた。銀行は貸金と相殺できるか
図:冒頭の関係図
- B小売チェーンは銀行に定期預金500万円(満期12月20日)を預け、同じ銀行から600万円を借りている
- 税金の滞納で、税務署が10月5日に預金を差し押さえた(差押通知書が銀行に届いた日)
- 銀行は貸金600万円と預金500万円を相殺したい
- 税務署は「預金は税務署に払え」
- 下段=相殺できれば預金は消え貸金は残り100万円/できなければ預金500万円は税務署へ
B小売チェーンは、銀行に、定期預金を500万円預けています。満期は12月20日です。同じ銀行から、600万円を借りてもいます。ところが、税金を滞納したので、10月5日に、税務署が、この預金を差し押さえました。設例です。預金を預かっている銀行は、第三債務者と呼ばれます。差し押さえられた債権の債務者、という意味です。差し押さえた税務署は、差押債権者です。銀行は、こう言いたいんです。貸金600万円と預金500万円を相殺する、だから税務署には払わない、と。税務署は、差し押さえたのだから預金は税務署に払え、と言います。どちらが勝つのか。先に結論を言います。差押えの前に貸していたなら、銀行が勝てます。貸金の返済期限が、預金の満期より後でも、結論は変わりません。ただし、勝つには条件があります。それを、今日、順に見ます。数字を見ておきます。相殺できれば、預金500万円は消えて、貸金は残り100万円になります。税務署は、預金から1円も取れません。相殺できなければ、銀行は預金500万円を税務署に払い、貸金600万円は、そのまま残ります。
差押えの効力——第三債務者の相殺は、当然には禁じられない
図:差押えの効力
- 差押えの効力が生じる時=差押命令(税務署なら債権差押通知書)が第三債務者に送達された時(民事執行法145条5項・国税徴収法62条3項)
- 差押え後=債務者は取立てその他の処分を禁止(民事執行法145条1項・国税徴収法62条2項)/第三債務者は債務者に弁済してはいけない(481条)/取り立てる権限は差押債権者(国税徴収法67条1項)
- 問い=では、銀行が自分から持ち出す相殺も禁じられるのか
まず、差押えとは何かを確かめます。債権者が、債務者の債権を押さえて、債務者が勝手に払わせたり、取り立てたりできなくする手続です。以前の回で見たとおり、効力が生じるのは、差押命令が、第三債務者に送達された時でした。民事執行法145条5項です。税務署の差押えも同じ形で、債権差押通知書が第三債務者に届いた時に効力が生じます。国税徴収法62条3項です。設例では、10月5日が、その日です。差押えの後は、どうなるか。債務者であるB小売チェーンは、預金を引き出すなど、債権の処分を禁じられます。第三債務者の銀行は、B小売チェーンに払ってはいけません。払っても、差押債権者には通用しないのでした。481条で見たとおりです。そして、取り立てる権限は、税務署にあります。税務署は、国税徴収法67条1項で、差し押さえた債権を取り立てられます。
差押えを受けた銀行は、相殺もできなくなるのか。ここが、今日の出発点です。差押えは、債務者の財産を押さえる手続でした。禁じられるのは、債務者の側の処分です。では、銀行が、自分の貸金を持ち出して、自分の意思でする相殺は、どうでしょうか。#184で読んだ判決の続きに、答えがあります。先に、言葉を2つ断っておきます。カードの中の、民訴法598条1項は、当時の民事訴訟法の条文です。今の民事執行法145条1項にあたります。差押えを受けた側、つまり債務者に、取立てなどを禁じる規定です。もう1つ、相殺契約とは、合意による相殺のことです。
判例最大判昭45・6・24 民集24巻6号587頁
差押えを受けた債権と、第三債務者の相殺権 およそ、債権が差し押えられた場合においては、差押を受けた者は、被差押債権の処分、ことにその取立をすることを禁止され(民訴法五九八条一項後段)、その結果として、第三債務者もまた、債務者に対して弁済することを禁止され(同項前段、民法四八一条一項)、かつ債務者との間に債務の消滅またはその内容の変更を目的とする契約、すなわち、代物弁済、更改、相殺契約、債権額の減少、弁済期の延期等の約定などをすることが許されなくなるけれども、これは、債務者の権能が差押によつて制限されることから生ずるいわば反射的効果に過ぎないのであつて、第三債務者としては、右制約に反しないかぎり、債務者に対するあらゆる抗弁をもつて差押債権者に対抗することができるものと解すべきである。すなわち、差押は、債務者の行為に関係のない客観的事実または第三債務者のみの行為により、その債権が消滅しまたはその内容が変更されることを妨げる効力を有しないのであつて、第三債務者がその一方的意思表示をもつてする相殺権の行使も、相手方の自己に対する債権が差押を受けたという一事によつて、当然に禁止されるべきいわれはないというべきである。
読み方です。差押えで、まず制限されるのは、債務者の権能です。債務者が取り立てたり処分したりできなくなる。その結果として、第三債務者が、債務者に払えなくなる。債務者との合意で、債務を消したり、変えたりすることもできなくなる。しかし判決は、これを、反射的効果にすぎない、と言います。債務者の権能が制限された、ついでの結果、という意味です。そのうえで、第三債務者は、この制約に反しないかぎり、債務者に対するあらゆる抗弁を、差押債権者にも対抗できます。対抗できる、とは、差押債権者に向かって主張して、通る、という意味です。第三債務者だけの一方的な意思表示による相殺は、相手の債権が差し押さえられた、という一事だけで、当然に禁じられるいわれはない、と言っています。
ただし、無制限に認めると、差押債権者が困ります。差押えの後に、銀行が、急に債権を作って相殺できるなら、差押えの意味が薄れるからです。そこで、511条が線を引きます。
511条の全文——1項は2つの面、2項は戻して、また戻す
図:511条の構造
- 1項=前半(差押え後に取得した債権による相殺は差押債権者に対抗できない=×)/後半(差押え前に取得した債権による相殺は対抗できる=○)
- 2項本文=差押え後に取得した債権でも、差押え前の原因に基づくなら対抗できる(○に戻す)
- 2項ただし書=差押え後に他人の債権を取得したら対抗できない(×に戻す=例外の例外)
- 「対抗できない」=差押債権者に「相殺したから払わない」と主張しても通らない
条文を読みます。差押えを受けた債権の相殺を扱う、511条です。条文は、2項までです。
条文民法511条
民法第511条 1 差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することはできないが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる。 2 前項の規定にかかわらず、差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、その第三債務者は、その債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる。ただし、第三債務者が差押え後に他人の債権を取得したときは、この限りでない。
構造を言います。1項の前半は、差押え後に取得した債権による相殺は、差押債権者に対抗できない、です。後半は、差押え前に取得した債権による相殺なら、対抗できる、です。1項は、差押えの前と後とで、分けています。2項の本文は、1項にかかわらず、と言って、戻します。差押え後に取得した債権でも、それが、差押え前の原因に基づいて生じたものなら、対抗できます。そして、ただし書で、また戻します。第三債務者が、差押え後に他人の債権を取得したときは、この限りでない。例外の例外の、3段構造です。差押債権者に、相殺したから払わない、と言っても、通りません。差押債権者に払う義務が残ります。
1項——差押え前に取得した債権なら対抗できる。その理由
図:1項の中身
- 時間軸=取得(3月1日・貸付け)→差押え(10月5日)
- 差押え前に取得した債権(貸金600万円)=銀行はいざとなれば預金と差し引けると当てにしている→期待を保護→対抗できる
- 差押え後に取得した債権(たとえば差押え後の新たな貸付け)=差押えの時点で、当てにする理由がない→保護に値する期待がない→対抗できない
- 基準=差押えの効力が生じた時(送達時)より前に取得したか
1項から入ります。差押え前に取得した債権なら、対抗できる。理由は、相殺への期待です。前に見た、相殺の担保的機能、つまり、相手が払えなくなっても先に回収できる働きです。銀行は、貸すときに、いざとなれば預金と差し引ける、と当てにしています。後から差押えが来たからといって、その期待を取り上げるのは酷です。反対に、差押えの後に取得した債権はどうか。差押えの時点で、銀行は、その債権をまだ持っていません。当てにする理由がありません。保護すべき期待がないので、対抗できません。帳簿に、いざとなったらこの預金から引ける、と書き込んだ時点が勝負です。差押えという封鎖の後で、帳簿に書き足した分は、認めない、という線引きです。
差押えの効力が生じた時です。さっき見た、送達された時です。設例の貸付けは、3月1日で、差押えの10月5日より前です。1項の後半にあたります。ここでは、貸した日が、取得した日と考えて構いません。債権を譲り受けた場合の取得は、2項のただし書で見ます。
制限説と無制限説——弁済期の先後は問題になるか
図:時系列の板
- 3月1日 貸付け600万円→6月1日 預入れ500万円(満期12月20日)→10月5日 差押え→12月20日 預金の満期
- ケースA=貸金の弁済期11月30日(預金の満期より先)/ケースB=貸金の弁済期が翌年1月31日(預金の満期より後)
- 比較表=制限説(自働債権の弁済期が受働債権より先に来る場合に限り対抗できる)A○・B×/無制限説(差押え前に取得していれば、弁済期の先後を問わず、相殺適状に達しさえすれば対抗できる)A○・B○
ここは、論文で論点になりうる部分です。時系列で、ケースを置きます。まず、貸付けは、3月1日で600万円。預金は、6月1日に預け入れた500万円で、満期は12月20日。差押えは、10月5日です。違いは、貸金の返済期限、法律の言葉では弁済期です。ケースAは、11月30日。預金の満期より先に来ます。ケースBは、翌年の1月31日。預金の満期より後です。どちらも、貸したのは、差押えより前です。銀行は、相殺を、差押債権者に対抗できるでしょうか。ケースBについて、先に自分で考えてください。差押えの前に貸していたのに、返済期限が、預金の満期より後です。
差押えの前に貸していても、貸金の返済期限が、まだ来ていない。この点が、学説を分けました。制限説は、自働債権、つまり貸金の弁済期が、受働債権、つまり預金の弁済期より先に来る場合に限って、対抗できる、と考えます。ケースAは、対抗できます。ケースBは、できません。理由です。ケースBの銀行は、預金の満期の12月20日が来て、税務署に請求されたとき、貸金の返済期限が、まだ来ていません。相殺できる状態になっていないのです。前に見たとおり、相殺適状、つまり相殺に必要な条件がそろった状態には、自働債権の弁済期が来ていることが要るからです。差押えのときに、預金で貸金を回収できる、という確かな期待があった、とは言えません。そのうえ、払うべき預金を払わずに、貸金の期限が来るのを待って、相殺を持ち出すのは、不誠実だ、とも考えます。一方、無制限説は、差押え前に取得していれば、弁済期の先後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、対抗できる、と考えます。ケースAも、ケースBも、対抗できます。理由は、弁済期の先後は、偶然だからです。契約書の日付が、たまたま、そう並んだだけで、銀行の当てにする気持ちは変わりません。相殺への期待は、債権が向き合った時に、すでに生じています。
批判はあります。担保的機能を重く見すぎで、債権者平等に反する、という批判です。銀行の貸付けは、登記のように外から見える形になっていません。差押債権者は、それを知りようもありません。ただし、差押債権者にも手があります。相殺適状が来る前に、取り立ててしまえばよいのです。税務署が、預金の満期の12月20日に取り立てれば、ケースBでも、預金は消えます。銀行は、貸金の期限が来る前に預金がなくなり、相殺できません。無制限説は、差押えがあっただけでは、相殺の道は閉ざされない、というだけの考えです。歯止めもあります。不誠実な相殺は、相殺権の濫用、つまり、権利の使い方が行き過ぎて許されない場合として、制限されうる、と考えられています。次の判例で、最高裁がどちらを選んだか、見ます。
最高裁の変遷——制限説から無制限説へ。判決の続きを読む
図:最高裁の変遷
- 以前の大法廷判決(昭39・12・23)=制限説(自働債権の弁済期が受働債権より後に来るなら差押債権者に対抗できない)→大法廷判決(昭45・6・24)=無制限説(弁済期の先後を問わない)=判例変更→2017年の改正=無制限説を明文化(511条1項後半)
- 事案=国の滞納処分による預金の差押え(以前の判決も同じ型の事件)
#184で、相殺の機能を、判決の前半で読みました。その判決の続きです。ここで、思い出してください。前半は、相殺の制度を、どう評価していたでしょうか?相殺は、担保的機能をもつ制度で、できるかぎり尊重すべきで、明文の根拠なくして、たやすく否定してはいけない、と言っていました。そうでした。その評価を受けて、続きは、差押えのときの結論です。先に、前の判例の立場を見ます。以前の大法廷判決は、制限説でした。国の滞納処分による預金債権の差押えの事件で、預金先の銀行の相殺を、弁済期が後に来る場合には認めませんでした。理由を、カードで読みます。カードの中の、反対債権とは、銀行の側の貸金、つまり自働債権のことです。
判例最大判昭39・12・23 民集18巻10号2217頁
旧判例(制限説)——弁済期が後に来る場合 これに反し反対債権の弁済期が被差押債権の弁済期より後に到来する場合は、相殺を以つて差押債権者に対抗できないものと解するのが相当である。けだし、かかる場合に被差押債権の弁済期が到来して第三債務者に対し履行の請求をすることができるに至つたときには、第三債務者は自己の反対債権の弁済期が到来していないから、相殺を主張し得ないのであり、従つて差押当時自己の反対債権を以つて被差押債権と相殺し自己の債務を免れ得るという正当な期待を有していたものとはいえないのみならず、既に弁済期の到来した被差押債権の弁済を拒否しつつ、自己の自働債権の弁済期の到来をまつて相殺を主張するが如きは誠実な債務者とはいいがたく、かかる第三債務者を特に保護すべき必要がないからである。
さっき見た制限説の理由が、そのまま書かれています。正当な期待がないこと、誠実でないこと、の2つです。続けて、今日の判決の核心です。事件は、以前の判決と同じ型です。この判決は、判例を変更して、無制限説を採りました。判決の最後に、さきの見解は、この限度で変更されるべきだ、と書いています。
判例最大判昭45・6・24 民集24巻6号587頁
差押えと相殺——弁済期の先後を問わない もつとも、民法五一一条は、一方において、債権を差し押えた債権者の利益をも考慮し、第三債務者が差押後に取得した債権による相殺は差押債権者に対抗しえない旨を規定している。しかしながら、同条の文言および前示相殺制度の本質に鑑みれば、同条は、第三債務者が債務者に対して有する債権をもつて差押債権者に対し相殺をなしうることを当然の前提としたうえ、差押後に発生した債権または差押後に他から取得した債権を自働債権とする相殺のみを例外的に禁止することによつて、その限度において、差押債権者と第三債務者の間の利益の調節を図つたものと解するのが相当である。したがつて、第三債務者は、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうるものと解すべきであり、これと異なる論旨は採用することができない。
図:判決の読み方
- 当時の511条=差押え後に取得した債権では対抗できない、とだけ規定→読み方=当然の前提(第三債務者は相殺できる)+例外的な禁止(差押え後に発生した債権・差押え後に他から取得した債権)→結論=差押え後に取得したものでないかぎり、弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば相殺できる
- 下段=大法廷15人/差押えと相殺の点は8人の多数意見/上告棄却の結論は11人(反対意見4人は破棄・請求の一部認容)
読み方です。まず、判決の当時の511条は、差押え後に取得した債権による相殺は、差押債権者に対抗できない、とだけ書いていました。弁済期の先後は、書いていません。判決は、この条文の文言と、相殺の本質から、読み方を導きました。その読み方が、当然の前提と、例外的な禁止、という組み立てです。第三債務者が、差押債権者に対して相殺できることを、条文は当然の前提にしています。差押え後に取得した債権だけを名指しして禁じている以上、それ以外は相殺できる、という前提に立っている、と読んだのです。そのうえで、差押え後に発生した債権や、差押え後に他から取得した債権を、自働債権とする相殺だけを、例外的に禁じました。禁じる範囲を、そこで切ることで、差押債権者と第三債務者の利益を調整したのです。だから、結論は、差押え後に取得したものでないかぎり、弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押えの後でも相殺できる、となります。ここが、今日の核です。
前の判決は、同じ条文から、弁済期が後の場合の保護を、削る方向で読みました。この判決は、当然の前提のほうを重く見ました。前半で読んだ評価を、ここで使ったのです。相殺は、明文の根拠なくして、たやすく否定してはならない。ところが511条は、弁済期の先後による制限を書いていない。だから、それを理由に相殺を否定することはできない、という筋です。分かれ目は、相殺の担保的機能を、どこまで重く見るかです。判決の構成も、見ておきます。大法廷の15人のうち、差押えと相殺の点は、8人の多数意見でした。反対や別の意見が7人あり、僅差でした。結論の、上告棄却には、別の意見の3人も加わり、11人が賛成しました。反対意見は、差押債権者の利益も、平等に保護すべきで、弁済期が後の債権まで認めるのは不当だ、という制限説の立場から、原判決を破棄して、請求の一部、145万5千円の支払いを命じるべきだ、としました。答案の骨格です。第三債務者は、差押え前に取得した債権なら、弁済期の前後を問わず、相殺をもって、差押債権者に対抗できる。511条1項です。ここが、結論になります。
2017年の改正——判例の結論が、条文になった
図:年表と破産法との対比
- 昭39(制限説)→昭45(無制限説に変更)→2017年の改正(無制限説を明文化)
- 改正前の511条=差押え後に取得した債権では対抗できない、としか書かなかった/改正後=1項後半に「差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる」を明記
- 注意=改正前から判例は無制限説
- 「改正前は制限説」は誤り
- 破産では=破産法67条2項が、期限付の債権でも相殺できると書く
2017年の改正で、1項の後半が、条文に書かれました。差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗できる、という文言です。改正前の511条は、差押え後に取得した債権では対抗できない、としか書いていませんでした。ですから、弁済期の先後が、条文から読めなかったのです。気をつけてほしい点があります。改正前も、判例は、すでに無制限説でした。改正で、結論が変わったのではありません。判例の結論が、条文になったのです。改正前は制限説だった、と覚えると、短答で誤ります。立案の資料にあった理由は、大きく2つです。1つは、弁済期の先後は偶然の事情にすぎず、不誠実な相殺は、相殺権の濫用で対処できること。もう1つは、実務で定着していて、相殺の担保的機能が、社会に広く知られていることです。破産の場合も見ておきます。破産法67条2項は、期限のついた債権でも、相殺ができる、と最初から書いています。期限の点は、差押えも、判例と改正で、破産と同じになりました。残った差は、差押えの前に原因があるだけで、まだ具体的に生じていない債権です。これが、次に見る2項本文につながりました。
2項本文——差押え後に取得した債権でも、差押え前の原因があれば対抗できる
図:2項本文の設例
- 4月 銀行がB小売チェーンの頼み(保証委託)を受け、A卸会社に対するB小売チェーンの買掛金300万円を保証(払えなければ代わりに払う約束)/10月5日 税務署が預金500万円を差押え/11月 B小売チェーンが払えず、銀行がA卸会社に300万円を払う→銀行はB小売チェーンに事後求償権300万円を取得(差押え後)
- 原因(保証委託契約)は差押え前=2項本文で対抗できる
- 預金500万円−求償権300万円=税務署が取れるのは200万円
ここも、論文で論点になりうる部分です。1項の前半では、差押え後に取得した債権では、対抗できない、でした。ところが、2項本文が、例外を作ります。設例で見ます。4月に、銀行は、B小売チェーンの頼みを受けて、B小売チェーンがA卸会社に負う買掛金300万円を保証しました。保証とは、主たる債務者が払えないとき、代わりに払う約束をすることです。10月5日、税務署が、預金500万円を差し押さえました。11月、B小売チェーンが払えなくなり、銀行が、A卸会社に300万円を払いました。保証債務の履行です。すると、銀行は、B小売チェーンに、300万円の請求ができます。求償権です。求償とは、代わりに負担した分を、本来負担すべき人に請求することです。この、履行の後に生じる求償権を、事後求償権と呼びます。この求償権を取得したのは、差押えの後の11月です。1項の前半なら、対抗できないはずです。しかし、求償権が生じる原因になった保証委託契約は、差押え前の4月に結ばれています。差押え前の原因に基づいて生じた債権です。2項本文により、対抗できます。預金500万円から300万円を引いて、税務署が取れるのは、200万円です。
保証委託契約を結んだ時点で、銀行には、相殺への合理的な期待があります。債権が、差押えの時点で、まだ具体的に生じていなくても、原因があれば、期待は保護されます。なぜ、2017年の改正で、この例外が入ったのか。破産法の扱いが、先にありました。破産法は、破産手続開始前の原因に基づいて生じた債権なら、開始の時に具体的に生じていなくても、相殺ができます。破産法2条5項と67条1項です。差押えのほうが、相殺の範囲が狭いのは、均衡を欠く、という指摘がありました。そこで、差押えの場合も、破産法とそろえて、差押え前の原因に基づく債権まで広げたのです。破産法を超えて広げることは、しませんでした。どの関係が、前の原因にあたるのか。保証委託契約のように、後で債権が生じることが、差押えの前の契約で具体的に決まっている関係が、典型です。細かい線は、解釈に委ねられています。なお、同じ前の原因の仕組みが、債権が譲渡された場面にも、あります。別の回で扱います。確認です。差押え後に取得した債権は、どんな場合でも、対抗できないのでしょうか?
いえ、差押え前の原因に基づいていれば、2項本文で、対抗できます。
2項ただし書——差押え後に他人の債権を取得したら、対抗できない
図:2項ただし書の設例
- 10月5日の差押えの後、銀行は、A卸会社がB小売チェーンに持つ代金債権400万円を、A卸会社から買い取った
- この代金債権で預金と相殺→×(ただし書)
- 理由=差押えの時点で銀行はその債権の持ち主ではなかった/他人の債権を差押え後に買い集めて相殺に使えるなら差押債権者の回収の余地をいつでも奪える(抜け駆け)
- 対比=差押え後に銀行が取得した債権でも、
- ①自分が契約して生じた求償権(前の原因あり)=○
- ②他人から買った代金債権=×
- 破産法72条1項1号と同じ
2項のただし書です。設例です。10月5日の差押えの後で、銀行は、A卸会社が、B小売チェーンにもっている代金債権400万円を、A卸会社から買い取りました。この代金債権で、預金の債務と、相殺できるでしょうか。できません。ただし書です。理由は、差押えの時点で、銀行が、その債権の持ち主ではなかったことです。銀行が当てにする相殺は、自分で取得した債権のことです。差押えが列を封鎖した後で、他人から整理券を買い集めて割り込めるなら、差押債権者の回収の余地を、いつでも奪えてしまいます。いわば抜け駆けです。保護すべき期待が、そもそもありません。先ほどの求償権の例と、対比して整理します。同じ、差押え後に銀行が取得した債権でも、自分が契約して生じた求償権なら、差押え前の原因があり、○です。他人から買った代金債権は、×です。分かれ目は、差押え前に、銀行自身の側に原因があったか、です。破産法にも、同じ形があります。破産法72条1項1号は、破産手続開始後に、他人の破産債権を取得したとき、相殺ができない、と定めています。ただし書は、これとそろえたものです。確認です。差押え後に、A卸会社の代金債権を買い取った銀行は、それで相殺できるでしょうか?
できません。差押え後に他人の債権を取得したので、ただし書にあたります。
差押えと相殺のまとめ表——時系列で4つの場合
図:差押えと相殺のまとめ表
- 4つの時系列ごとに結論・条文・例
- ①差押え前に取得した債権=○(1項後半・弁済期の先後を問わない)例=貸金600万円
- ②差押え後に取得したが差押え前の原因に基づく債権=○(2項本文)例=保証委託契約に基づく事後求償権300万円
- ③差押え後に他人から取得した債権=×(2項ただし書)例=A卸会社の代金債権400万円の買取り
- ④差押え後に新しい原因で生じた債権=×(1項前半)例=差押え後に銀行が新たに貸した金
- 一言=差押え前に、自分の側に原因があったか
- 前提=相殺適状に達していること(505条1項)
ここまでを、表にします。4つの場合です。1つめ。差押え前に取得した債権です。1項後半で、対抗できます。弁済期の先後は問いません。例は、貸金600万円です。2つめ。差押え後に取得したけれど、差押え前の原因に基づく債権です。2項本文で、対抗できます。例は、保証委託契約に基づく事後求償権300万円です。3つめ。差押え後に、他人から取得した債権です。2項ただし書で、対抗できません。例は、A卸会社の代金債権400万円の買取りです。4つめ。差押え後に、新しい原因で生じた債権です。1項前半で、対抗できません。例は、差押え後に、銀行が新たに貸した金です。一言で言うと、差押え前に、自分の側に原因があったか、です。ただし、どの場合も、相殺適状に達していることが前提です。短答の罠を、2つ言います。差押え後に取得した債権は、一切、対抗できない、という記述は誤りです。2項本文があります。もう1つ。改正前は制限説だった、という記述も誤りです。判例は、すでに無制限説でした。
自働債権が差し押さえられた場合——相殺はできない
図:向きの区別
- ①受働債権が差し押さえられた(預金が差し押さえられた)=511条(今日の本体)
- ②自働債権が差し押さえられた(相殺で使う側の債権そのものが差し押さえられた)=相殺できない
- 設例=A卸会社はB小売チェーンに売掛金300万円を持ち、同じB小売チェーンに返品代金100万円を払う義務がある
- A卸会社の税金滞納で、税務署が売掛金300万円を差し押さえた→A卸会社の相殺(売掛金で返品代金の100万円を相殺)=×
- 理由=差押えで債権者は取立てその他の処分を禁じられる(民事執行法145条1項・国税徴収法62条2項)
- 相殺は自分で回収したのと同じ
- 裏側=B小売チェーンが、差押え前に取得していた返品代金債権で、差し押さえられた売掛金と相殺=511条の問題=対抗できる
#184で聞いた言葉を思い出してください。自働債権の側から見ると、相殺は、何と同じだと言ったでしょうか。相手が払ってくれるのを待たずに、自分で回収を済ませたのと同じ、でした。そうでした。この言葉が、ここで効きます。今日の本体は、受働債権が差し押さえられた場合、つまり、預金が差し押さえられた場合です。ここで、向きを変えます。相殺に使う側の債権、つまり自働債権が、差し押さえられたら、どうなるか。設例で見ます。A卸会社は、B小売チェーンに、売掛金300万円をもっています。同じB小売チェーンに、返品代金100万円を払う義務もあります。そして、A卸会社の税金の滞納で、税務署が、この売掛金300万円を差し押さえました。差し押さえられたのは、売掛金です。A卸会社が、売掛金で、返品代金の100万円を相殺する、と言いました。できるでしょうか。
できません。理由は、差押えで、債権者であるA卸会社が、その債権の取立てなど、処分を禁じられるからです。民事執行法145条1項、国税徴収法62条2項です。相殺は、自働債権を使って、自分で回収したのと同じです。つまり、処分にあたります。取立てができないのに、相殺で同じ結果を得られるなら、差押えが空振りになってしまいます。同じ設例の裏側も見ます。B小売チェーンは、差押え前から、A卸会社に対する返品代金債権100万円を持っています。これで、差押えを受けた売掛金300万円と、相殺する場合です。このとき、差し押さえられたのは売掛金で、B小売チェーンは、第三債務者です。これは、今日の511条の問題で、差押え前に取得した債権なので、対抗できます。向きが変わると、結論が変わります。確認です。差し押さえられたのが、相殺に使う側の債権だったら、どうなるでしょうか?
債権者が処分を禁じられるので、その債権による相殺は、できません。
相殺予約——差押えを契機に、相殺適状を前倒しする約款
図:相殺予約
- 期限の利益喪失約款
- ケースBの壁=貸金の返済期限(翌年1月31日)が来るまで銀行は相殺できない
- その間に税務署が12月20日に預金を取り立てれば預金は消える。約款=「取引先に差押えなど信用が悪くなる事情が起きたら、取引先は貸金の期限の利益を失い、銀行は預金について期限の利益を放棄して、いつでも相殺できる」。流れ=差押え(10月5日)→貸金600万円が弁済期に→預金500万円は銀行が期限を放棄→10月5日に相殺適状→銀行が相殺の意思表示→取り立てられる前に決着。期限の利益=期限までは払わなくてよい利益。
無制限説にも、穴があったことを思い出してください。ケースBです。貸金の返済期限が、翌年1月31日です。それまで、銀行は相殺できません。以前見たとおり、貸金の期限の利益は、B小売チェーンの側にあるので、銀行が勝手に放棄することはできないからです。期限の利益とは、期限までは払わなくてよい利益です。それまでに、税務署が12月20日に取り立てれば、預金が消えます。この穴を埋めるのが、相殺予約です。銀行取引の約款に、よくある条項で、取引先に、差押えなど信用が悪くなる事情が起きたら、取引先は貸金の期限の利益を失い、すぐに返す義務が生じる、と定めます。同時に、銀行は、預金について期限の利益を放棄して、いつでも相殺できる、とします。差押えを契機に、直ちに、相殺適状を作る約束です。設例に当てはめます。10月5日の差押えで、貸金600万円は、その日に弁済期が来ます。預金500万円は、銀行が期限を放棄します。10月5日に、相殺適状になり、銀行は、相殺の意思表示をします。税務署に取り立てられる前に、相殺で決着します。判決は、この約款を、どう評価したのか。カードの中の、被上告銀行は、銀行のことです。訴外会社は、取引先の会社のことです。カードを読みます。
判例最大判昭45・6・24 民集24巻6号587頁
相殺予約(期限の利益喪失約款)の効力 右認定の事実によれば、右特約は、訴外会社またはその保証人について前記のように信用を悪化させる一定の客観的事情が発生した場合においては、被上告銀行の訴外会社に対する貸付金債権について、訴外会社のために存する期限の利益を喪失せしめ、一方、同人らの被上告銀行に対する預金等の債権については、被上告銀行において期限の利益を放棄し、直ちに相殺適状を生ぜしめる旨の合意と解することができるのであつて、かかる合意が契約自由の原則上有効であることは論をまたないから、本件各債権は、遅くとも、差押の時に全部相殺適状が生じたものといわなければならない。
読み方です。約款は、取引先の信用が悪くなる事情が起きたとき、貸金は期限の利益を失い、預金は銀行が期限の利益を放棄して、直ちに相殺適状を生じさせる合意だ、と判決は解釈しています。そして、そういう合意が契約自由の原則上、有効であることは、論をまたない、疑いがない、と言いました。したがって、貸金も預金も、遅くとも、差押えの時に、相殺適状が生じていたことになります。相殺予約の点も、法廷意見です。以前の判決は、この約款を、制限説の範囲内でしか認めませんでした。今日の判決が、その点も変更しました。ただし、一般に、そこまで言い切ることに疑問を述べた、別の意見もあります。本件のような、銀行取引の約款なら、結論には賛成する、という意見です。ですから、約款は、どんな中身でも常に有効、とまでは言えません。約款の中身と、事案に依存します。511条との関係を言います。511条には、相殺予約の規定は、ありません。無制限説の下では、約款がなくても、相殺適状に達しさえすれば、相殺できます。貸金は、差押え前に取得した債権なので、511条の線の内側です。約款は、差押えより前に結ばれた合意です。差押えの後に、債務者と新しく結ぶ合意とは違います。約款は、新しい債権を作らず、相殺適状を前倒しして、取り立てられる前に、相殺を済ませるだけです。だから、差押債権者にも効きます。無制限説の穴を埋める道具、と言えます。
物上代位との対比——基準時が違う
図:物上代位との対比
- 抵当権の物上代位で賃料債権を差し押さえた後、賃借人は、抵当権設定登記の後に取得した債権で相殺できない=基準は登記の時点(公示)
- 511条=差押えの時点で切る(差押え前に取得した債権=○)
- 違いの理由=抵当権の登記が公示の役割を果たす物上代位と、公示のない通常の差押え
以前、抵当権の物上代位を見ました。賃料債権が差し押さえられた後、賃借人は、抵当権設定登記の後に取得した債権では、相殺できませんでした。基準は、登記の時点でした。511条は、差押えの時点で、線を引きます。差押え前に取得した債権なら、対抗できる。物差しが違うのは、公示の有無のためです。公示とは、外から見える形にすることでした。登記があれば、賃借人は、抵当権が賃料にも及びうると知ることができます。だから、登記の時点で線を引けます。通常の差押えには、そうした公示がありません。
冒頭の答えとまとめ
図:まとめ
冒頭の答えです。B小売チェーンの預金500万円を、税務署が差し押さえました。銀行は、貸金600万円と相殺できるか。貸したのが差押えより前なら、銀行は、相殺をもって、税務署に対抗できます。511条1項です。貸金の返済期限が、預金の満期より後でも、同じです。ただし、勝つには、相殺適状に達してから、税務署に取り立てられる前に、意思表示をしている必要があります。約款があれば、差押えの時点で適状が生じ、すぐに相殺できます。整理します。1つめ。511条は、差押えを受けた債権についての条文です。2つめ。1項は、差押え前に取得した債権なら対抗でき、差押え後に取得した債権なら対抗できません。3つめ。弁済期の先後は、問いません。無制限説で、判例が変更されて採り、2017年の改正で明文になりました。4つめ。2項本文は、差押え後に取得しても、差押え前の原因に基づくなら、対抗できます。例は、保証委託契約に基づく事後求償権で、破産法とそろえた規定です。5つめ。ただし書は、差押え後に、他人の債権を取得したら、対抗できません。6つめ。自働債権が差し押さえられたら、相殺できません。受働債権が差し押さえられた場合と、向きを区別します。7つめ。相殺予約は、差押債権者にも有効です。約款が、相殺適状を前倒しします。1項の無制限説の結論と、2項本文の前の原因の当てはめは、論文で論点になりうる部分です。
参照条文
- 民法511条