預金担保貸付けと預金者の認定
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第4章 債権総論 #189/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
預金者だと信じて貸した相手は、預金者ではなかった
図:冒頭の関係図
- A=銀行、B=B小売チェーン、C=C親会社
- BはCに現金1,200万円を預け「うちの定期預金として預入れておいて」と頼む
- Cは自分の名前で銀行に定期預金1,200万円(満期12月20日)を預け入れる
- 銀行はCを預金者と信じ、3月1日にCへ800万円を貸し付ける(返済期限9月30日・定期預金を担保)
- 返済されず、10月に銀行が貸金800万円と預金を相殺
- そこへBが「あの預金はうちが出した金だ」と払戻しを求める
B小売チェーンが、C親会社に、現金1,200万円を預けました。うちの定期預金として預入れておいて、という頼みです。C親会社は、自分の名前で、銀行に定期預金1,200万円を預け入れました。満期は12月20日です。C親会社に、横領するつもりはありません。ここまでは、よくある話です。続きがあります。銀行は、C親会社を預金者だと信じました。そして3月1日に、その定期預金を担保にして、C親会社に800万円を貸し付けます。返す期限は9月30日です。ところが返されないまま、10月になりました。銀行は、貸金800万円と、定期預金とを相殺します。そこへ、B小売チェーンが言ってきます。あの預金は、うちが出したお金だ。だから払い戻してほしい、と。前提を置いておきます。今日は、出捐者、つまりお金を出したB小売チェーンが、預金者と扱われるとして考えます。なぜそう扱われるのかは、あとで見ます。前回は、相殺は意思表示をして初めて効果が生まれ、適状の時にさかのぼって消える、と見ました。今日は、その相殺が成り立つ前提、つまり債権が向かい合っているか、が崩れる場面です。問いは、これです。銀行が、定期預金を担保に、預金者だと信じた相手に貸し付けて相殺した。ところが、その預金は別の会社のものだった。この相殺は有効でしょうか?
原則どおりなら、債権が向かい合っていないので、相殺は成り立ちません。ただ、結論を先に言います。一定の条件で、相殺は有効になります。数字も置いておきます。800万円分の預金が消えて、B小売チェーンが請求できるのは、残りの400万円です。
預金担保貸付けと、設例で相殺できない理由
図:預金担保貸付けの基本形と原則
- 基本形=預金者Bが自分の定期預金を担保に銀行から借り、返せなければ銀行が貸金と預金を相殺して回収
- 定期預金は満期前に解約すると利率が下がる→解約せず借りるほうが預金者に有利なことが多い/銀行は相殺の担保的機能で確実に回収
- 設例=貸金債務者はC、預金債権者はB(と扱われるとして)→債権が向かい合っていない→505条1項の相殺はできないはず
まず、普通の形から確認します。預金者本人が、自分の定期預金を担保にして、銀行からお金を借りる。これが預金担保貸付けです。返せなくなったら、銀行は、貸金と預金を相殺して回収します。預金の満期の前でも、できます。払う側の銀行が、自分の期限の利益を放棄すればよいからです。相殺適状の回で見ました。定期預金は、満期の前に解約すると、利率が下がるのが普通です。預金者にしてみれば、解約せずに借りるほうが、得なことが多いのです。銀行にとっては、返ってこなくても預金と差し引ける。相殺の担保的機能で、確実に回収できます。では設例です。銀行が貸した相手は、C親会社です。貸金債務を負っているのは、C親会社です。一方、預金債権を持っているのは、預金者と扱われるB小売チェーンです。相殺は、同じ2人が、お互いに債権と債務を持ち合っていることが出発点でした。貸金ではC親会社、預金ではB小売チェーン。2人が食い違っています。だから、原則として、相殺はできないはずです。
そこで判例が出てきます。
478条の類推——弁済ではない貸付けと相殺にも、478条を当てはめる
図:478条の類推適用
- 条文は「弁済」の規定
- 貸付け+相殺は弁済ではない
- しかし銀行は預金と相殺する前提で貸しており、実質は定期預金の期限前払戻しと同じ
- →類推
- 効果=銀行が預金者本人と認定するのに相当の注意を尽くしたなら、Cへの貸金と預金の相殺を真の預金者Bに対抗できる→預金は800万円分消え、Bは残り400万円
ここで、思い出してください。前に見た478条は、弁済した人が、どういう状態のときに、弁済を有効にするのでしょうか?弁済した人が、善意で、しかも過失がなかったとき、です。本物の受領権者だと信じて、その信じたことに落ち度がなかった場合でした。条文を、もう一度出します。見てほしいのは、「弁済」という言葉です。
条文民法478条
民法第478条 受領権者(債権者及び法令の規定又は当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者をいう。以下同じ。)以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。
478条は、弁済についての規定です。預金担保貸付けは、貸付けと相殺です。どちらも、弁済ではありません。そのまま当てはめることは、できません。それでも478条を使えるのは、実質を見るからです。銀行は、預金と相殺するつもりで貸しています。相殺されて預金が消えれば、預金者と信じた相手に、預金を払い戻したのと、同じ結果になります。定期預金の満期前の払戻しです。満期前の払戻しは、途中の解約なので、ただの弁済とは違うようにも見えます。しかし、満期前に払うときの中身まで、預け入れたときの約束で決まっていれば、銀行は約束どおりに払うだけです。だから弁済にあたり、478条が当てはまる。最高裁の別の判決が、そう認めています。同じ結果になるなら、同じ枠で守ってよい。そこで、条文をそのまま使うのではなく、似た場面に当てはめる、類推という形をとります。
図:判決の事案
- 本人名義の記名式定期預金(二口・合わせて450万円)
- 本人になりすました替え玉が、預金を担保に貸してほしいと信用金庫に申込み
- 信用金庫の主張=証書や書類の印影が届出印と同じと照合し、本人だと信じて貸付け→担保権の実行のつもりで相殺
- 本人が預金の払戻しを請求
- 原審の判断を最高裁が破棄・差戻し
最高裁の判決を読みます。事案から言います。預金者本人の名義の、記名式定期預金がありました。預金者の名前が書いてある定期預金です。二口で、合わせて450万円です。本人になりすました人、いわゆる替え玉が、信用金庫に来て、預金を担保に貸してほしいと申し込みます。信用金庫の側の言い分は、こうです。証書や書類に押された印影が、届出印と同じだった。だから、本人だと信じて貸した。そして、担保にとった預金から回収する、つまり担保権の実行のつもりで、相殺したのです。本人が、預金の払戻しを求めました。今日の設例と、人の配置は違いますが、判断の枠組みは同じです。この判決が答えた問いは、2つあります。1つめは、弁済ではない貸付けと相殺に、478条を使えるか。2つめは、善意無過失を、いつの時点で見るか。ここでは1つめを読み、2つめは次の節で読みます。原審は、478条の類推を認めませんでした。最高裁は、その判断を破棄して、差し戻しています。差し戻しとは、最高裁が最終の結論を出さず、審理のやり直しを命じることです。カードの前に、言葉を断ります。金融機関は、銀行や信用金庫のことです。期限前解約は、満期より前に解約することです。カードを読みます。
判例最判昭59・2・23 民集38巻3号445頁
預金担保貸付けの相殺と、478条の類推適用 しかしながら、金融機関が、自行の記名式定期預金の預金者名義人であると称する第三者から、その定期預金を担保とする金銭貸付の申込みを受け、右定期預金についての預金通帳及び届出印と同一の印影の呈示を受けたため同人を右預金者本人と誤信してこれに応じ、右定期預金に担保権の設定を受けてその第三者に金銭を貸し付け、その後、担保権実行の趣旨で右貸付債権を自働債権とし右預金債権を受働債権として相殺をした場合には、少なくともその相殺の効力に関する限りは、これを実質的に定期預金の期限前解約による払戻と同視することができ、また、そうするのが相当であるから、右金融機関が、当該貸付等の契約締結にあたり、右第三者を預金者本人と認定するにつき、かかる場合に金融機関として負担すべき相当の注意義務を尽くしたと認められるときには、民法四七八条の規定を類推適用し、右第三者に対する貸金債権と担保に供された定期預金債権との相殺をもつて真実の預金者に対抗することができるものと解するのが相当である(なお、この場合、当該金融機関が相殺の意思表示をする時点においては右第三者が真実の預金者と同一人でないことを知つていたとしても、これによつて上記結論に影響はない。)。
読み方です。前半は、銀行が、預金者だと称する人から担保貸付けを申し込まれ、通帳や届出印と同じ印影を見せられて、本人だと誤信して貸し、あとで相殺した場合です。そのとき、相殺の効力に関する限りは、実質的に定期預金の期限前解約による払戻しと同じに見てよい、と言っています。そして、銀行が、預金者本人だと認定するのに、相当の注意を尽くしたと認められるなら、478条を類推適用して、貸金と預金の相殺を真の預金者に対抗できる。これが、1つめの問いへの答えです。最後の括弧書きが、2つめの問いへの答えで、次の節で読みます。
図:設例への当てはめ
- 銀行が貸付けのときに相当の注意を尽くした→C親会社への貸金800万円と預金の相殺をB小売チェーンに対抗できる→預金は800万円分消え、請求できるのは残り400万円
- 銀行に落ち度があった→類推されない→1,200万円の全額が払戻しの対象
- 境目=銀行の注意の程度
- 預金を失ったB小売チェーンは、C親会社に不当利得・不法行為で請求
設例に当てはめます。銀行が、貸付けのときに、C親会社を預金者と認定するのに、相当の注意を尽くしていた。それなら、C親会社に対する貸金800万円と、預金の相殺を、B小売チェーンに対抗できます。預金は800万円分が消えて、B小売チェーンが請求できるのは、残りの400万円です。相当の注意を欠いていたときは、類推されません。相殺はB小売チェーンに対抗できず、1,200万円の全額が、払戻しの対象です。境目は、銀行の注意の程度です。手がかりは、本人だと確かめる手続です。さっきの事案なら、印影が届出印と同じかの照合です。その注意が実際に争われた、もう1つの判決があります。無記名定期預金、つまり、預金者の名前をおもてに出さない定期預金の事案です。銀行は、お金を出した人とは別の人を預金者だと定めて、その人と取引をしていました。最高裁が目を付けたのは、証書です。銀行は、はじめに証書を見せられていたのに、その後の取引では、証書を預かる方法をとっていませんでした。そうしなかったのは、なぜか。そこを審理するべきだとして、破棄して差し戻しています。この判決も、枠組みは同じです。相殺は、実質的には期限前の払戻しと同じ。だから、銀行が相当な注意を用いたなら、478条の類推適用、あるいは、預金契約にある免責の定め、つまり、一定の確認をして払った銀行は責任を負わない、という取り決めで、真の預金者に対抗できる、としています。
守られなかった側の救済も、押さえておきます。B小売チェーンは、預金を失っても、C親会社に対して、預けたお金の返還を求められます。不当利得や不法行為です。478条のときと同じ考え方でした。
善意無過失を見る時点は、貸付けのとき
図:時系列と判例
- 3/1 貸付け(Cを預金者と信じ、相当の注意も尽くした)→9/30 返済期限→10月 Bから申出があり、銀行は真の預金者が別だと知る→相殺の意思表示
- 問い=相殺の前に真実を知っても守られるか
- 判例=貸付時に善意無過失であれば足りる(相殺の意思表示の時点で知っていても結論は変わらない)
- 相殺時説=相殺の時点で善意無過失が必要
- 短答の罠=「相殺時に善意無過失が必要」は誤り
先に問いを置きます。設例の銀行は、貸付けのときは、C親会社を預金者と信じて、相当の注意も尽くしていました。ところが、相殺をする前に、B小売チェーンから、あの預金はうちのものだ、と申し出があり、銀行は真の預金者が別だと知りました。それでも、478条の類推で、銀行は守られるでしょうか?相殺の時点で見る、という見方が、学説にあります。相殺時説です。債務が消える効果が生じるのは、相殺のときです。だから、相殺の時点で善意無過失を求める、という考え方です。弁済の478条と、構造が近い説明です。ただ、判例は違います。さっきのカードの括弧書きを見てください。相殺の意思表示をする時点で、第三者が真実の預金者と別人だと知っていても、結論に影響はない、とあります。判断の時点は、貸付けのときです。実際に、さっきの事案では、原審が、相殺の時に知っていたことを理由に類推の余地を否定し、最高裁がそれを破棄しました。
理由は、こう説明できます。銀行は、預金と相殺できる、と見込んで貸しています。お金を出す、というリスクをとる瞬間に、預金で回収できるはずだ、と信じたのです。その信頼が守られるべき時点は、お金を出したときです。相殺のときに知ったからといって、すでに出したお金を、後から取り戻すことはできません。境目も確認します。貸付けのときに、真の預金者が別だと知っていた、または、知らなかったことに落ち度があった。この場合は、守られません。相殺の前に知ったのは、守られる。貸付けの時点で知っていたのは、守られない。分かれ目は、貸付けの時点の銀行の状態です。短答では、罠になります。相殺の時に善意無過失であることが必要、という選択肢は、誤りです。判例は、貸付時に善意無過失であれば足りる、です。
預金は誰のものか——定期預金は、お金を出した人
図:預金者の認定の図
- 出捐者B(お金を出した人)と預入れ行為者C(自分の名前で預けた人)
- どちらが真の預金者か
- 出捐者が預金者→債権の対立がなく相殺は原則できない
- 預入れ行為者が預金者→銀行は当然に相殺できる
- 定期預金=出捐者(無記名定期預金=最判昭32・12・19を出発点に、最判昭48・3・27が確定した判例と確認/記名式定期預金=最判昭52・8・9・出捐者が一任し証書と印章を持っていた事案で出捐者)
- ただし預入れ行為者が横領して自己の預金にする意図で預けたなどの特段の事情があれば別
ここまで、出捐者のB小売チェーンが預金者と扱われるとして、考えてきました。その前提を確かめます。言葉を2つ定義します。出捐者は、お金を出した人です。預入れ行為者は、自分の名前で、実際に預け入れた人です。設例では、出捐者がB小売チェーン、預入れ行為者がC親会社です。この2人が食い違うとき、預金者はどちらでしょうか?お金を出した人を預金者とみる。これが、定期預金についての判例の物差しです。さっき触れた、もう1つの判決を読みます。無記名定期預金についてです。これから読むカードの終わりに、もっと前の判決が、括弧で挙がっています。そちらが、この物差しの出発点です。今から読む判決は、それを、確定した判例だと確認しました。カードを読みます。
判例最判昭48・3・27 民集27巻2号376頁
無記名定期預金の預金者は誰か ところで、無記名定期預金契約において、当該預金の出捐者が、自ら預入行為をした場合はもとより、他の者に金銭を交付し無記名定期預金をすることを依頼し、この者が預入行為をした場合であつても、預入行為者が右金銭を横領し自己の預金とする意図で無記名定期預金をしたなどの特段の事情の認められないかぎり、出捐者をもつて無記名定期預金の預金者と解すべきであることは、当裁判所の確定した判例であり(昭和二九年(オ)第四八五号同三二年一二月一九日第一小法廷判決・民集一一巻一三号二二七八頁、昭和三一年(オ)第三七号同三五年三月八日第三小法廷判決・裁判集民事四〇号一七七頁)、いまこれを変更する要はない。
読み方です。お金を出した出捐者が、自分で預け入れた場合は、もちろん出捐者が預金者です。他の人にお金を渡して、無記名定期預金にしてほしいと頼み、その人が預け入れた場合も、同じです。例外は、特段の事情があるときです。預け入れた人が、預かったお金を横領して、自分の預金にするつもりで預けた、などの場合です。この例外がなければ、出捐者が預金者です。理由を、判決はこう述べています。預金契約を結んだだけの段階では、銀行は、預金者が誰であるかに、格別の利害関係を持ちません。それなら、お金を出した人の利益を守るのが筋だ、ということです。記名式の定期預金も、出捐者が預金者です。別の判決は、名義は預入れ行為者でも、出捐者が預入れの手続を一任し、預入れ行為者が使者か代理人として契約して、証書と印章を出捐者が持っていた事案で、出捐者が預金者だとしました。事案を限った判断です。設例に戻ります。この設例では、B小売チェーンが頼んで預けさせました。預け入れたC親会社に、横領の意図はありません。出捐者を預金者とみる物差しに乗ります。ただし、定期預金の証書も届出印も、持っているのは、預け入れて担保に入れたC親会社です。さっきの記名式の事案では、出捐者が持っていました。証書と印章は、払い戻すときに要るもので、握っている人が、預金を動かせる立場にあります。だから、B小売チェーンが預金者だと言い切るには、この違いの検討が要ります。今日の答えは、B小売チェーンが預金者と扱われる場合のものです。
普通預金は——口座を開き、管理していた者(本件事実関係の下で)
図:普通預金の事案と結論
- 保険会社(被上告人)、保険代理店の建設会社(訴外会社)、信用組合(上告人)
- 代理店が、保険契約者から集めた保険料だけを入れる目的で、保険会社の代理店を表す名義の普通預金口座を開設
- 通帳・届出印は代理店が保管し、入出金も代理店だけ
- 代理店が不渡りを出す見込みになり、保険会社が通帳と届出印を受け取って払戻しを請求
- 結論=預金債権は代理店に帰属(本件事実関係の下で)
- 反対意見あり
- 位置づけは学説が分かれる
次は、普通預金です。事案から言います。損害保険会社の代理店を営む建設会社が、保険契約者から集めた保険料だけを入れる目的で、信用組合に普通預金の口座を開きました。名義は、保険会社の代理店であることを表した形です。通帳と届出印は、代理店が保管しています。入金も払戻しも、代理店だけがしていました。その代理店が、不渡りを出すことが確実になり、保険会社が、通帳と届出印を受け取って、預金の払戻しを求めたのです。
図:普通預金の判決が見た3点と結論
- ①口座を開いたのは代理店②通帳・届出印を管理していたのは代理店③口座のお金は、保険料の所有権がいったん代理店のもの→預金債権は保険会社ではなく代理店に帰属(本件事実関係の下で)
- 専用口座として区分管理していても銀行との関係では帰属の認定を左右しない
- 反対意見あり
- 位置づけは学説が分かれる
保険会社のものだ、と考えたくなります。ところが最高裁は、預金債権は保険会社ではなく、代理店に帰属する、として、保険会社の請求を棄却しました。裁判官1人の反対意見がついています。カードの前に、言葉を断ります。判決の「上告人」は信用組合で、銀行の側です。「被上告人」は保険会社、「訴外会社」は、保険代理店を営む建設会社です。最高裁が見た点は、3つです。口座を開いたのは誰か。通帳と届出印を管理していたのは誰か。口座に入っているお金は、誰のものか。1枚目は、はじめの2つです。
判例最判平15・2・21 民集57巻2号95頁
普通預金の預金者は誰か——口座を開設し管理していた者 前記事実関係によれば,金融機関である上告人との間で普通預金契約を締結して本件預金口座を開設したのは,訴外会社である。また,本件預金口座の名義である「B火災海上保険㈱代理店D建設工業㈱F」が預金者として訴外会社ではなく被上告人を表示しているものとは認められないし,被上告人が訴外会社に上告人との間での普通預金契約締結の代理権を授与していた事情は,記録上全くうかがわれない。そして,本件預金口座の通帳及び届出印は,訴外会社が保管しており,本件預金口座への入金及び本件預金口座からの払戻し事務を行っていたのは,訴外会社のみであるから,本件預金口座の管理者は,名実ともに訴外会社であるというべきである。
読み方です。まず、信用組合と普通預金契約を結んで、口座を開いたのは、代理店です。名義も、保険会社を預金者として表示しているとは認められません。保険会社が、代理店に、預金契約を結ぶ代理権を与えていた事情もありません。そして、通帳と届出印は代理店が保管し、入金と払戻しをしたのも代理店だけです。だから、口座の管理者は、名実ともに代理店だと言っています。判決は、このあとで、金銭の所有について述べます。物なら、代理人が受け取れば、本人のものになります。金銭は違います。占有と所有が結びついていて、持っている人が、そのまま所有者になります。そのため、代理店が保険契約者から受け取った保険料の所有権は、いったん代理店のものになります。代理店は、同額を保険会社に送金する義務を負うだけです。だから、預金の原資は、代理店のお金だ、というのです。2枚目は、結論です。
判例最判平15・2・21 民集57巻2号95頁
普通預金債権の帰属——専用口座でも、銀行との関係では左右しない 本件事実関係の下においては,本件預金債権は,被上告人にではなく,訴外会社に帰属するというべきである。訴外会社が本件預金債権を訴外会社の他の財産と明確に区分して管理していたり,あるいは,本件預金の目的や使途について訴外会社と被上告人との間の契約によって制限が設けられ,本件預金口座が被上告人に交付されるべき金銭を一時入金しておくための専用口座であるという事情があるからといって,これらが金融機関である上告人に対する関係で本件預金債権の帰属者の認定を左右する事情になるわけではない。
冒頭の、本件事実関係の下においては、という言葉を、落とさないでください。この結論は、この事案に限った判断です。普通預金は口座の名義人のもの、と一般化することはできません。後半は、専用口座として区分して管理していたことや、使い道が契約で制限されていたことは、銀行との関係では、帰属の認定を左右しない、と言っています。判例が出捐者の物差しをやめた、とは言えません。この判決の位置づけは、出捐者の物差しの修正なのか、別の物差しなのか、学説が分かれます。違いが出る理由は、学説で、こう説明されます。定期預金は、預け入れてから払い戻すまで、中身が変わりません。普通預金は、入金と払戻しが繰り返されて、残高が入れ替わります。お金を出した人を、1人に決めにくいのです。
相殺契約——合意でできること、できないこと
図:法定相殺と相殺契約の2列
- 法定相殺=要件(相殺適状・禁止なし)を満たし、意思表示で効果が生まれ、適状の時にさかのぼる
- 相殺契約=当事者の合意で相殺と同じ効果を生じさせる→要件を欠いてもできる
- 合意でできること=①相殺適状に達していない債権どうしでも相殺できると決める②一定の事由が起きたら当然に相殺の効果が生じると決める(前に見た相殺予約)③遡及効を排除・制限する
- 限界=合意は当事者の間の話・第三者(差押債権者)には当然には効かない
最後に、相殺契約です。前に、相殺契約は法定相殺の要件を満たしていなくてもできる、合意の中身はあとの回で見ます、と言いました。その約束を果たします。先に確認します。前回、相殺の意思表示をしたとき、効力は、いつにさかのぼりましたか?相殺適状の時にさかのぼりました。この遡及効も、合意で動かせます。相殺契約は、当事者の合意で、相殺と同じ効果を生じさせるものです。法定相殺は、法律の定めた要件を満たして、意思表示をして初めて効果が生まれます。これに対して相殺契約は、合意なので、相殺適状や相殺禁止の要件に縛られません。相殺禁止の場面でも、合意ならできることは、前に見ました。合意でできることを、3つ挙げます。1つめ。相殺適状に達していない債権どうしでも、相殺できると決められます。2つめ。一定の事由が起きたら、意思表示なしに、相殺の効果が生じると決められます。差押えと相殺の回で見た相殺予約も、この仲間です。ただし、これは合意があるからです。合意がなければ、適状になっても、当然には消えません。3つめ。遡及効を排除したり、制限したりできます。たとえば、相殺の効果は、合意した日から生じる、と決められます。
ただし、合意にも、限界があります。合意は、当事者の間の話です。第三者に効くかどうかは、別です。たとえば、債権が差し押さえられたあと、債務者と第三債務者が、新しく相殺契約を結んでも、差押債権者には対抗できません。差押えと相殺の回で読んだ判決は、差押えのあとは、第三債務者は、債務者との間で、債務を消したり内容を変えたりする契約が許されなくなる、と述べていました。相殺契約も、その1つです。差押えの前に結んであった相殺予約が有効だったのとは、時点が違います。
冒頭の答えとまとめ
図:まとめ表
- 5行
- ①預金担保貸付け=預金を担保に貸して相殺で回収(相殺の担保的機能)。②真の預金者でない者への貸付け=債権の対立がなく原則は相殺できない→478条の類推(実質は期限前払戻しと同じ)。③善意無過失の判断時期=貸付時(判例)・相殺時説もある。④預金者の認定=定期預金は出捐者・普通預金は口座を開き管理する者(本件事実関係の下・位置づけは分かれる)。⑤相殺契約=要件を欠いてもできる・第三者には当然には効かない。
冒頭の答えです。銀行が、貸付けのときに、相当の注意を尽くして、C親会社を預金者と信じたなら、478条の類推で、相殺は有効です。B小売チェーンの預金は、800万円分が消えます。請求できるのは、残りの400万円だけです。整理します。1つめ。預金担保貸付けは、預金を担保に貸して、相殺で回収することです。2つめ。貸した相手が真の預金者でなければ、債権が向かい合わず、原則は相殺できません。しかし、実質は期限前の払戻しと同じなので、478条を類推して、銀行は守られます。3つめ。善意無過失を見る時点は、貸付けのときです。相殺の前に知っても、結論は変わりません。相殺時説もあります。4つめ。預金者の認定は、定期預金では、お金を出した出捐者です。普通預金では、最高裁が、本件事実関係の下で、口座を開いて管理していた者に帰属するとしました。位置づけは、学説が分かれます。5つめ。相殺契約は、法定相殺の要件を欠いてもできます。ただし、第三者には、当然には効きません。
守られるかどうかは、お金を出した、貸付けのときの銀行が、相当の注意を尽くしたか、で決まる。そこに、預金者の認定が前提としてつながっていました。
参照条文
- 民法478条