民法ゼロから民法#188

相殺の遡及効と相殺の充当

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第4章 債権総論 #188/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

解除された後で「相殺したから、滞納はなかった」と言われたら

冒頭の関係図。B=借主はA=大家に4月分の家賃30万円(弁済期4月30日)を払わない。大家は5月10日に「5月20日までに払ってください」と催告し、5月21日に解除。借主は7月31日になって「実は大家に40万円貸している(弁済期は前の年の12月31日)。その貸金と相殺したから、家賃はなかったことになる。解除は無効だ」と言う。下段=年表(4/30 弁済期→5/10 催告→5/21 解除→7/31 相殺の意思表示)。 図:冒頭の関係図

  • B=借主はA=大家に4月分の家賃30万円(弁済期4月30日)を払わない
  • 大家は5月10日に「5月20日までに払ってください」と催告し、5月21日に解除
  • 借主は7月31日になって「実は大家に40万円貸している(弁済期は前の年の12月31日)。その貸金と相殺したから、家賃はなかったことになる。解除は無効だ」と言う
  • 下段=年表(4/30 弁済期→5/10 催告→5/21 解除→7/31 相殺の意思表示)

家賃の滞納と解除の設例です。ここまでの解除は、適法になされた、という前提で進めます。催告が十分か、解除が有効か、という中身は別の回の話で、今日の問いではありません。今日の問いは、2つです。相殺は、いつの時点にさかのぼって効くのか。そして、その相殺で、5月21日の解除は覆るのか。答えを先に言います。さかのぼるのは、意思表示をした日ではなく、双方の弁済期がそろった日です。そして、解除は覆りません。相殺と解除の関係についての直感の、どこが当たっていて、どこが外れているのかを、今日は確かめます。数字だけ先に置いておきます。相殺すると、家賃30万円が消えて、貸金40万円のほうは10万円が残ります。

相殺の意思表示——相手の同意は要らない、条件は付けられない

506条1項の要点。相殺の意思表示=相手方の同意は不要の単独行為。条件を付けられない(相手が不安定になる)。期限が付けられない理由は次の節。新しく足す点=①相手方は相殺される側(受働債権の債権者)②方式は取引の常識で判断・明示でなくても黙示でもよい③「仮に債務があるなら相殺する」は許される(本当の条件ではない)。 図:506条1項の要点

  • 相殺の意思表示=相手方の同意は不要の単独行為
  • 条件を付けられない(相手が不安定になる)
  • 期限が付けられない理由は次の節
  • 新しく足す点=①相手方は相殺される側(受働債権の債権者)②方式は取引の常識で判断・明示でなくても黙示でもよい③「仮に債務があるなら相殺する」は許される(本当の条件ではない)

相殺は、506条1項で、当事者の一方から相手方に対する意思表示でする、とされています。相手の同意は要りません。1人の意思表示だけで効果が生まれる単独行為です。条件を付けられないのも、前に見たとおりです。条件を付けると、債権が消えるのか消えないのか、相手が分からない不安定な立場に置かれるからでした。今日は、ここに足りない点を3つだけ足します。1つめ。意思表示の相手方は、相殺される側です。設例なら、借主が相殺するのですから、相手は大家です。なお、債権が譲渡されている場合の相手方は、別の回で扱います。2つめ。意思表示の方式です。決まった書式はありません。取引の常識に照らして、相殺する意思が相手に伝わればよく、相殺という言葉を使わなくても、黙示でも構いません。たとえば、借主が大家に、貸した40万円は、家賃に充ててください、と告げれば、足ります。3つめが、少し紛らわしい点です。裁判で、借主が、家賃を払う義務そのものがない、と争いながら、仮に義務があるなら、貸金と相殺する、と主張することがあります。これを予備的相殺と呼びます。

禁じられているのは、相手を不安定にする条件です。仮に義務があるなら相殺する、という言い方は、家賃を払う義務があるとなれば、相殺の要件が満たされるので相殺する、と言っているだけです。大家の立場は、少しも不安定になりません。だから、本当の意味の条件ではなく、許されます。

506条2項——相殺は、適状になった時にさかのぼる

506条のカード前の板。相殺適状の時=双方の弁済期がそろった時(遅いほう)。前に見た言い方に揃える。設例の確認=家賃30万円の弁済期4月30日/貸金40万円の弁済期は前の年の12月31日(到来済み)→貸金のほうが先に弁済期が来ているので、適状の時=家賃の弁済期の4月30日。意思表示は7月31日。 図:506条のカード前の板

  • 相殺適状の時=双方の弁済期がそろった時(遅いほう)
  • 前に見た言い方に揃える
  • 設例の確認=家賃30万円の弁済期4月30日/貸金40万円の弁済期は前の年の12月31日(到来済み)→貸金のほうが先に弁済期が来ているので、適状の時=家賃の弁済期の4月30日
  • 意思表示は7月31日

条文を読む前に、思い出してください。相殺適状になるのは、自働債権と受働債権の弁済期が、どういう状態になった時だったでしょうか?双方の債務が、弁済期にあること、でした。両方の弁済期が来ていないといけないので、遅いほうの弁済期が来た時に、そろうんですね。設例で当てはめます。貸金の弁済期は、前の年の12月31日で、とっくに来ています。家賃の弁済期は4月30日です。遅いほうは家賃ですから、相殺適状になったのは、4月30日です。意思表示をしたのは7月31日で、その3か月後です。この差が、今日の核心です。条文を読みます。見てほしいのは、2項です。

条文民法506条

民法第506条 1 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。 2 前項の意思表示は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼってその効力を生ずる。

2項です。意思表示をした日に効くのではありません。双方の債務が互いに相殺に適するようになった時、つまり相殺適状の時にさかのぼって、効力が生じます。設例なら、4月30日の時点で、家賃30万円と貸金のうち30万円が、消えていたことになります。意思表示をしたのは7月31日なのに、どうして4月30日まで戻るんですか。当事者の感覚に合うからです。お互いに、相手に払うものがある。そして、どちらも返す日が来た。このとき、わざわざお金を出し合うのではなく、もう差し引き済みだ、と考えるのが普通です。友人どうしで、お互いに貸し借りがあって、返す日が同じ日に来たら、貸し借りなしだね、と思うでしょう。ただし、相殺は、意思表示をして初めて効果が生まれます。確認するだけの行為ではありません。そのうえで、効果を戻す先は、差し引き済みと考えるのが自然な、適状の時です。前に見た、時効で消えた債権でも、消える前に相殺適状になっていたなら相殺できる、という508条も、同じ感覚でした。適状になった時点で、清算済みと期待してよい、という考え方です。ここから、期限を付けられない理由も分かります。前に、条件は付けられない、期限のほうは別の理由がある、と言いました。その理由が、これです。相殺は、適状の時にさかのぼって効きます。それなら、7月31日になったら相殺する、と期限を付けても、効く時点は、どのみち適状の時です。付けても意味がありません。

遡及効の数値例——遅延損害金が、発生しなかったことになる

数値例。家賃30万円(弁済期4月30日)/貸金40万円(弁済期は前の年の12月31日・貸金側の利息・遅延損害金は、この例では考えない)/家賃の遅延損害金は年7.3%=30万円×7.3%=年2万1,900円=1日60円/7月31日に相殺の意思表示。適状の時=4月30日にさかのぼって、30万円が消える→貸金は10万円残る。遅延損害金=5月1日から7月31日までの92日(31+30+31)×60円=5,520円が、発生しなかったことになる。 図:数値例

  • 家賃30万円(弁済期4月30日)/貸金40万円(弁済期は前の年の12月31日・貸金側の利息・遅延損害金は、この例では考えない)/家賃の遅延損害金は年7.3%=30万円×7.3%=年2万1,900円=1日60円/7月31日に相殺の意思表示
  • 適状の時=4月30日にさかのぼって、30万円が消える→貸金は10万円残る
  • 遅延損害金=5月1日から7月31日までの92日(31+30+31)×60円=5,520円が、発生しなかったことになる

数字で確かめます。先に前提を2つ言います。家賃の遅延損害金は、年7.3%の約束です。30万円の7.3%は、年2万1,900円で、1日あたり60円になります。それから、大家の貸金債務には、利息も遅延損害金も付いていません。ここでは、解除の話は脇に置いて、損害金だけを数えます。借主が、7月31日に相殺の意思表示をしました。適状の時は、4月30日です。では、問いです。家賃の遅延損害金は、5月1日から7月31日まで、発生していたことになるでしょうか?相殺は4月30日にさかのぼって効くので、その時点で家賃は消えています。だから、5月1日以降の遅延損害金は、発生しなかったことになる、と思います。5月1日から7月31日までは、5月が31日、6月が30日、7月が31日で、92日です。1日60円で、5,520円です。この5,520円は、発生しなかったことになります。貸金のほうは、40万円から30万円が消えて、10万円が残ります。意思表示が7月31日だからといって、4月30日から7月31日まで、払い遅れていた扱いにはなりません。もし遡及効がなかったなら、5,520円の損害金が積み上がるところでした。さかのぼることで、借主に有利な清算になります。

払った損害金は、法律上の原因がなかったことになるので、返してもらえます。不当利得の返還請求で、703条と704条の問題です。ここでは、番号だけ押さえてください。もう1点。遡及効は、当事者の合意で、排除したり制限したりできます。合意で別の扱いにしておけば、適状の時にさかのぼらない相殺も、できます。原則は、さかのぼる。例外は、合意がある場合、と整理しておいてください。

遡及効の限界——解除された後に相殺しても、解除は覆らない

年表と判例の問い。4/30 相殺適状(さかのぼる先)→5/10 催告→5/21 解除→7/31 相殺の意思表示。問い=相殺が4月30日にさかのぼって家賃を消すなら、5月21日の解除の時点で不払いはなかったことになるのでは。比較=解除の前に相殺(5/20まで)→不払いが遡って無かったことに/解除の後に相殺(7/31)→解除は覆らない。貸金40万円−家賃30万円=貸金10万円は残る。部屋は戻らない。 図:年表と判例の問い

  • 4/30 相殺適状(さかのぼる先)→5/10 催告→5/21 解除→7/31 相殺の意思表示
  • 問い=相殺が4月30日にさかのぼって家賃を消すなら、5月21日の解除の時点で不払いはなかったことになるのでは
  • 比較=解除の前に相殺(5/20まで)→不払いが遡って無かったことに/解除の後に相殺(7/31)→解除は覆らない
  • 貸金40万円−家賃30万円=貸金10万円は残る
  • 部屋は戻らない

ここは、論文で論点になりうる部分です。冒頭の問いに戻ります。借主の相殺は、4月30日にさかのぼって、家賃を消します。すると、5月21日に大家が解除した時には、家賃の不払いは、なかったことになるのではないでしょうか。最高裁の判決が、この問題に答えています。事案は、賃貸借が賃料不払いのために解除され、家屋の明渡しが求められた事件です。解除の後で、借主が、自分の持っている反対の債権で、相殺の意思表示をしました。カードの前に、言葉を3つ断っておきます。判決の「契約解除」は、賃料不払いによる賃貸借の解除のことです。「自働債権者」は、相殺する側、つまり借主です。「雖も」は、いえども、と読みます。民法506条2項は、今日の2項です。判決が言っているのは、2つです。遡及効は、どこまで及ぶのか。そして、借主が自分の債権を知らなかった場合はどうか。カードを読みます。

判例最判昭32・3・8 民集11巻3号513頁

相殺の遡及効と、すでになされた契約解除 相殺の意思表示は双方の債務が互に相殺をなすに適したる始めに遡つてその効力を生ずることは、民法五〇六条二項の規定するところであるが、この遡及効は相殺の債権債務それ自体に対してであつて、相殺の意思表示以前既に有効になされた契約解除の効力には何らの影響を与えるものではないと解するを相当とする。そしてこの事は相殺の自働債権者がその債権を有しておることを知らなかつたため相殺の時期を失した場合と雖も右の理を異にするものとは解せられないから、論旨は到底採用に値しない。

読み方です。前半は、相殺の意思表示が、適状の時にさかのぼって効く、という506条2項の確認です。ここまでは、今日見たとおりです。そのうえで、この遡及効は、相殺の債権債務それ自体に対してのものだ、と言います。さかのぼるのは、債権と債務が消える、という効果だけです。意思表示より前に、すでに有効になされた解除の効力には、何の影響も与えません。後半は、借主が、自分に反対の債権があることを知らなかったため、相殺の時期を失した場合でも、同じだ、と言っています。知らなかったのだから仕方がない、という言い分も、通りません。

債権が消えるなら、解除の理由もなくなりそうですが、どうして解除までは戻らないんですか。解除は、債権の消滅とは別の行為だからです。相殺がさかのぼらせるのは、債権が消えるという効果だけで、すでに有効にされた解除という別の行為まで、巻き戻すことはしません。それに、解除の効力が後から覆ると、解除の後に積み上がった法律関係が崩れます。たとえば、解除の後で、大家が部屋を別の人に貸していたら、どうでしょう。解除が覆ると、その新しい借主は、貸主から部屋を借りる契約の前提を失います。理由は、もう1つあります。借主は、相殺できる状態だったのに、解除の前に相殺の意思表示をしませんでした。その結果として、解除という効果を受けるのは、やむを得ない、という見方です。これが、冒頭の問いの答えです。解除は覆りません。借主の貸金と家賃は、相殺で消えます。40万円から30万円を引いて、貸金は10万円残ります。しかし、部屋は戻りません。気をつけてほしい点があります。遡及効が、常に否定されるわけではありません。遡及効は、原則どおり認められます。ただ、すでに有効になされた解除との関係で、限界がある、というだけです。適状後の遅延損害金が発生しなかったことになる、という数値例の結果は、そのままです。

解除より前に相殺の意思表示をしていれば、家賃の不払いは、さかのぼって、なかったことになります。この判決の結論は、相殺の意思表示が、解除より後だった場合のものです。実践的には、相殺できる債権があるなら、解除される前に、意思表示をしておくことです。

相殺の充当——合意、適状の順、法定充当。指定はできない

相殺の順序のフロー。前に見た弁済の充当の順序=合意(490条)→元本・利息・費用(489条)→指定(488条1項〜3項)→法定(488条4項)。相殺の充当=①合意があればそれに従う→②なければ、相殺適状になった時期の順に消える(512条1項)→③適状の時期が同じなら、法定充当(512条2項=488条4項2号〜4号・489条を準用)→④指定充当は無い。違い=相殺では「適状の順」が先に来る・「指定」が無い。 図:相殺の順序のフロー

  • 前に見た弁済の充当の順序=合意(490条)→元本・利息・費用(489条)→指定(488条1項〜3項)→法定(488条4項)
  • 相殺の充当=①合意があればそれに従う→②なければ、相殺適状になった時期の順に消える(512条1項)→③適状の時期が同じなら、法定充当(512条2項=488条4項2号〜4号・489条を準用)→④指定充当は無い
  • 違い=相殺では「適状の順」が先に来る・「指定」が無い

相殺では、もう1つ問題があります。相殺する人の債権が、相手に負う複数の債務の全部を消すには足りない、という場合です。どの債務から消えるのか。これが、相殺の充当です。先に、前に見た、弁済の充当の順序を確かめます。弁済の充当は、上から、合意があればそれ、元本・利息・費用がある場合は費用、利息、元本の順、それから、払う人、または受け取る人が、どれに充てるかを選ぶ指定、最後が、法律の決めた順で充てる法定でした。相殺の充当は、この規定を、相殺に合わせて読み替えたものです。違う点は2つです。相殺では、適状になった順が、先頭近くに来ます。そして、指定が無くなります。骨格を先に言います。合意があれば、それに従います。合意がなければ、相殺適状になった時期の順に、対当額で消えていきます。適状の時期が同じなら、弁済の充当の法定充当を準用します。指定充当は、ありません。なぜ、適状の順なのか。相殺は、向かい合う債権が差し引きにされるという、当事者の期待を守る制度です。先に適状になった債務から差し引き済みと扱うのが、その期待に合います。しかも、相殺は適状の時にさかのぼって効くので、どの債務がいつ消えたのかを決めておかないと、遅延損害金の額が定まりません。だから、適状になった順に消えていく、と決めてあります。背景を、一言だけ。改正前の512条は、弁済の充当の規定を準用する、とだけ書いていました。最高裁は、改正前から、まず相殺に使える状態になった時期の順に従い、時期が同じ債権の間では弁済の充当の規定を準用する、と判断していました。2017年の改正で、これが明文になっています。条文の1項を読みます。

条文民法512条1項

民法第512条第1項 債権者が債務者に対して有する一個又は数個の債権と、債権者が債務者に対して負担する一個又は数個の債務について、債権者が相殺の意思表示をした場合において、当事者が別段の合意をしなかったときは、債権者の有する債権とその負担する債務は、相殺に適するようになった時期の順序に従って、その対当額について相殺によって消滅する。

債権者が、債務者に対して、債権を持っていて、同じ債務者に対して債務も負っている。債権者が相殺の意思表示をして、当事者に別段の合意がなければ、相殺に適するようになった時期の順序に従って、対当額で消えていきます。設例です。A卸会社が、B小売チェーンに、貸金50万円を持っています。弁済期は3月31日です。一方、A卸会社は、B小売チェーンに返品代金を払う義務を、2口負っています。30万円で弁済期は4月30日のものと、60万円で弁済期は5月31日のものです。A卸会社が、6月30日に、貸金50万円で相殺しました。相殺適状になった時期を見ます。貸金の弁済期は3月31日で、どちらより先です。30万円の返品代金は、弁済期の4月30日に適状になります。60万円の返品代金は、5月31日です。適状になった順は、30万円が先です。だから、まず30万円が、全部消えます。4月30日にさかのぼって、です。貸金の残りは20万円で、これが60万円の返品代金に充てられます。5月31日にさかのぼって効きます。60万円の返品代金は、40万円が残ります。

できません。決め手は、遡及効です。相殺は、適状の時にさかのぼって効きます。もし指定で、どの債務を消すか選べるなら、さかのぼった結果が、当事者の選択で変わってしまいます。適状の順に、機械的に決まるからこそ、遡及効の結果が、ぶれません。

同じ時期に適状になったとき、逆向きの場合、分割払い

512条2項・3項・512条の2。数値例②=A卸会社の貸金20万円の弁済期が6月30日(返品代金より後)。返品代金は30万円(弁済期4月30日)と30万円(弁済期5月31日)。6月30日にどちらも相殺適状(弁済期がそろうのは貸金の弁済期の時)=適状の時期が同じ→2項1号→488条4項2号〜4号→弁済の利益は同じ→弁済期が先の4月30日の30万円が先に消える→20万円が消えて、その返品代金は10万円残る。5月31日の30万円は手つかず。3項=逆の場合も2項を準用。512条の2=分割払いなど1個の債権・債務の弁済として数個の給付をすべきものにも512条を準用。 図:512条2項・3項・512条の2

  • 数値例②=A卸会社の貸金20万円の弁済期が6月30日(返品代金より後)
  • 返品代金は30万円(弁済期4月30日)と30万円(弁済期5月31日)
  • 6月30日にどちらも相殺適状(弁済期がそろうのは貸金の弁済期の時)=適状の時期が同じ→2項1号→488条4項2号〜4号→弁済の利益は同じ→弁済期が先の4月30日の30万円が先に消える→20万円が消えて、その返品代金は10万円残る
  • 5月31日の30万円は手つかず
  • 3項=逆の場合も2項を準用
  • 512条の2=分割払いなど1個の債権・債務の弁済として数個の給付をすべきものにも512条を準用

次に、適状の時期が同じ場合です。数値例の2つめです。同じ設定ですが、A卸会社の貸金は20万円で、弁済期は6月30日です。返品代金は、30万円で弁済期が4月30日のものと、30万円で弁済期が5月31日のものの、2口です。先に自分で考えてください。貸金の弁済期が、返品代金の2口より後だと、どちらの返品代金が先に消えるでしょうか?弁済期がそろうのは、貸金の6月30日だから、どちらの返品代金も、6月30日に適状になりますよね。適状の時期が同じなので、適状の順では決まらない、と思います。適状の順で決まらないときのために、512条には2項と3項があります。条文を読みます。

条文民法512条2項・3項

民法第512条第2項・第3項 2 前項の場合において、相殺をする債権者の有する債権がその負担する債務の全部を消滅させるのに足りないときであって、当事者が別段の合意をしなかったときは、次に掲げるところによる。  一 債権者が数個の債務を負担するとき(次号に規定する場合を除く。)は、第四百八十八条第四項第二号から第四号までの規定を準用する。  二 債権者が負担する一個又は数個の債務について元本のほか利息及び費用を支払うべきときは、第四百八十九条の規定を準用する。この場合において、同条第二項中「前条」とあるのは、「前条第四項第二号から第四号まで」と読み替えるものとする。 3 第一項の場合において、相殺をする債権者の負担する債務がその有する債権の全部を消滅させるのに足りないときは、前項の規定を準用する。

ここで、2項が働きます。適状の時期が同じで、相殺する人の債権が、負担する債務の全部を消すには足りない場合です。1号は、債務が数個あるときに、488条4項の2号から4号までを準用する、としています。準用の中身は、弁済の充当の法定充当と同じです。まず、弁済の利益が多いほうが先です。この設例では、どちらも利息が付かないので、同じです。次に、弁済期が先に来たほうが先です。4月30日の返品代金が先に充てられます。それも等しければ、額に応じて分けます。だから、20万円の貸金は、4月30日の30万円のうち、20万円を消します。その返品代金は、10万円が残ります。5月31日の30万円は、手つかずです。気をつけてほしいのは、488条4項の1号が、準用されていないことです。条文は、2号から4号までと書いています。弁済期にあるものを先にする1号は、含まれません。理由は、相殺適状の中身にあります。相殺適状は、双方の弁済期が来て、はじめて成り立ちます。相殺で消える債務は、どれも、弁済期が来ているのです。弁済期にあるものと、ないものを分ける1号は、出番がありません。2項の2号は、負担する債務に、元本のほか利息や費用がある場合です。489条を準用します。費用、利息、元本の順に充てます。条文には、読み替えがあります。弁済の充当で見た489条2項は、利息どうしのように、同じ種類の中で、どれに先に充てるかを、前条、つまり488条で決める、という規定でした。488条には、指定も入っています。相殺では、この前条を、488条4項の2号から4号まで、と読み替えます。指定と1号を外す、ということです。仮に、返品代金の2口に、未払いの利息が3万円と2万円あって、利息に回せる貸金が4万円しか無い、とします。どちらの利息から消すか。弁済なら、払う人が指定できました。相殺では、弁済の利益、弁済期、額の割合という、今の3つの基準で決まります。

512条3項・512条の2。3項=向きが逆(相殺する人の負担する債務が、持っている債権の全部を消すには足りない場合)も2項を準用。512条の2=分割払いなど1個の債権・債務の弁済として数個の給付をすべきものにも512条を準用(各回を別々の債権・債務のように扱って適状の順に並べる)。 図:512条3項・512条の2

  • 3項=向きが逆(相殺する人の負担する債務が、持っている債権の全部を消すには足りない場合)も2項を準用
  • 512条の2=分割払いなど1個の債権・債務の弁済として数個の給付をすべきものにも512条を準用(各回を別々の債権・債務のように扱って適状の順に並べる)

3項は、向きが逆の場合です。今までは、相殺する人の債権が、債務の全部を消すには足りない場合でした。3項は、相殺する人の負担する債務が、自分の持っている債権の全部を消すには足りない場合です。たとえば、A卸会社が貸金を2口持っていて、返品代金が1口だけで、貸金の全部は消せない、という場合です。この場合も、2項を準用します。最後に、512条の2です。1個の債権や債務の弁済として、数個の給付をすべきものがある場合の相殺にも、512条を準用する、という条文です。典型は、分割払いです。返品代金が、毎月の分割払いになっていたら、各回の分を、別々の債権のように扱って、512条を当てはめます。

条文民法512条の2

民法第512条の2 債権者が債務者に対して有する債権に、一個の債権の弁済として数個の給付をすべきものがある場合における相殺については、前条の規定を準用する。債権者が債務者に対して負担する債務に、一個の債務の弁済として数個の給付をすべきものがある場合における相殺についても、同様とする。

1個の債務でも、分割払いなら、各回の給付が、別々の弁済期を持ちます。それを、別々の債権や債務と同じように扱って、適状の順に並べる、ということです。

冒頭の答えとまとめ

まとめ表(4行)。①意思表示(506条1項)=単独行為・条件期限不可(期限は遡及効があるので無意味)。予備的相殺は可。②遡及効(506条2項)=適状の時にさかのぼる→適状後の遅延損害金は消える(例=92日分で5,520円)。③限界(解除との関係)=解除の後に相殺しても解除は覆らない(知らずに時期を失しても同じ)。解除の前なら不払いが遡って無かったことに。④充当(512条)=合意→適状の順→法定充当(488条4項2号〜4号・489条)。指定充当は無い。 図:まとめ表

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  • ①意思表示(506条1項)=単独行為・条件期限不可(期限は遡及効があるので無意味)。予備的相殺は可。②遡及効(506条2項)=適状の時にさかのぼる→適状後の遅延損害金は消える(例=92日分で5,520円)。③限界(解除との関係)=解除の後に相殺しても解除は覆らない(知らずに時期を失しても同じ)。解除の前なら不払いが遡って無かったことに。④充当(512条)=合意→適状の順→法定充当(488条4項2号〜4号・489条)。指定充当は無い。

冒頭の答えです。家賃を滞納して解除された後で、借主が、貸金と相殺したから滞納はなかった、と言い出しました。相殺は、家賃を4月30日にさかのぼって消します。遅延損害金も、その分は発生しなかったことになります。しかし、相殺の前に、すでに有効になされた解除は覆りません。部屋は戻ってこないのです。整理します。1つめ。相殺の意思表示は、相手の同意が要らない単独行為で、条件を付けられません。期限は、遡及効があるので、付けても無意味です。仮に債務があるなら相殺する、という予備的相殺は、本当の条件ではないので、許されます。2つめ。506条2項で、相殺は、相殺適状の時にさかのぼって効きます。設例では、適状後の92日分、5,520円の遅延損害金が、発生しなかったことになりました。3つめ。ただし、遡及効は、債権債務の消滅それ自体に対するものです。相殺の前に、すでに有効になされた解除の効力には、影響しません。借主が反対の債権を知らず、相殺の時期を失した場合も、同じです。4つめ。複数の債権や債務があるときの充当は、合意があればそれ、なければ適状になった順、適状の時期が同じなら、法定充当です。指定充当は、ありません。

参照条文

  • 民法506条
  • 民法512条1項
  • 民法512条2項・3項
  • 民法512条の2

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