契約自由の原則と交渉の不当破棄
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第5章 契約 #225/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
契約しないと決めたのに、賠償を求められる
図:冒頭の設例の関係図
- A 買おうとした人、B 売ろうとした人
- 順序は4コマ
- 1 Aが厨房用に配線と排気の設計変更を求める
- 2 Bが応じて工事を変える
- 3 Aはそれを知りながら黙って見ている
- 4 完成間近にAが「やっぱり買わない」
- 契約書はまだ無い
- 問い=Bは変更工事の費用を請求できるか
先に答えの方向を言います。契約が成立していなくても、賠償が認められることがあります。ただし、全部は取れません。契約が成立していれば得られたはずの利益までは、請求できないのです。買わない、と決めるのは自由のはずです。それなのに、なぜ賠償になるのか。そしてなぜ、全部ではなく一部なのか。この2つを、条文と判決と、数字で、腹落ちさせるのが今日の目標です。
根拠の札は4つ
何がどこまで言えるのかを、はっきり分けます。根拠の札を4つ使います。
- 条文=法律に書いてあること
- 判例=最高裁の判決文に書いてあること(判決文に無いことは、判例とは呼ばない)
- 学説=学者の整理。多くの支持を集めるものを通説、一定の支持を集める少数の見解を有力説と呼ぶ
- こちらの説明=この動画が理解のために整理したこと
判決が言ったことと、学者の整理を、混ぜずに読んでください。
柱1——契約自由の原則は4つに分かれる
図:契約自由の原則の位置
- 三大原則の2本目=誰と、何を、どんな条件で約束するかは、自分で決めてよい
- 今日の問い=521条には、自由にどんな但し書きが付いていたか
- 条文は521条(契約の締結及び内容の自由)と522条(契約の成立と方式)
契約自由の原則は、三大原則の、2本目として、一度紹介しました。そのとき読んだ条文を思い出せるか、確かめます。三大原則のときに読んだ521条には、自由にどんな但し書きが付いていましたか?521条の但し書きは、1項と2項の2か所に付いていました。自由は大前提ですが、法令が外から縛る余地を、条文自身が残しています。今日は、この但し書きの先に何があるのかを、1本ずつたどります。まず、条文を2つ、全文で読みます。
条文民法521条
民法第521条(契約の締結及び内容の自由) 1 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。 2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。
1項は、契約を結ぶか結ばないかを決める自由です。2項は、結ぶとして、中身をどうするかを決める自由です。見出しが「契約の締結及び内容の自由」となっているのは、この2つを並べているからです。次は、522条です。
条文民法522条
民法第522条(契約の成立と方式) 1 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。 2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。
1項は、申込みに承諾をしたときに契約が成立する、という規定です。申込みと承諾の中身は、この先の回で扱います。今日使うのは2項です。書面などを作らなくても契約できる、という原則で、前回、要式か不要式かの原則として一言触れた条文は、これです。
図:4つの自由と条文の対応
- 契約締結の自由=契約をするかしないかを決められる=521条1項
- 内容形成の自由=契約の内容を決められる=521条2項
- 方式の自由=書面などを作らなくても契約できる=522条2項
- 相手方選択の自由=誰と契約するかを選べる=明文は無い(解釈によって認められている)
- 521条と522条2項は2017年の改正で置かれた
契約自由の原則は、4つの自由に分けて覚えます。契約締結の自由は、契約をするかしないかを決める自由で、521条の1項です。内容形成の自由は、契約の内容を決める自由で、521条の2項です。方式の自由は、書面などを作らなくても契約できる自由で、522条の2項です。そして4つめが、相手方選択の自由。誰と契約するかを選ぶ自由です。4つめには、明文がありません。誰と契約するかを選ぶ自由は、解釈によって認められています。この先も、根拠が条文なのか、最高裁の判決文なのか、学者の整理なのかを、根拠の札を貼るように言い分けていきます。もう1点。521条と522条の2項は、2017年の民法改正で置かれて、書かれるようになりました。それまでは、この自由は条文に書かれていませんでした。
柱1——それぞれの自由を縛る規定
図:縛る規定の対応表
- 前半
- 契約締結の自由(相手方選択の自由と一体)=医師法19条1項(診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、拒んではならない)
- 水道法15条1項(水道事業者は、給水区域内の需要者から給水契約の申込みを受けたときは、正当の理由がなければ、拒んではならない)。内容形成の自由=民法90条(公序良俗に反する法律行為は無効)
- 借地借家法9条・30条(規定に反する特約で借地権者・建物の賃借人に不利なものは無効)
- 利息制限法1条(上限を超える利息の約定は超過部分が無効)。
521条の但し書きにあった、法令、とは何か。自由ごとに、1つずつ当てます。契約を結ぶ自由が、法令で縛られる例からです。医師法19条の1項は、診療に従事する医師は、診察や治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない、としています。水道法15条の1項も、水道事業者は、給水区域内の人から給水契約の申込みを受けたら、正当の理由がなければ、拒んではならない、としています。どちらも、契約を断る自由に、歯止めをかけた規定です。締結を拒めないとされるのは、その契約が、暮らしの土台だからです。病気のときに診てもらえない、水が引けない、となれば、生活が成り立ちません。こういう場面では、断る自由より、必要な人が契約にたどり着けることが優先されます。次に、契約の内容を決める自由です。1つめは、民法90条です。公序良俗に反する法律行為は、無効、と定めています。効果は既に学びました。内容形成の自由の限界の代表です。2つめは、借地借家法です。9条は借地、30条は借家で、どちらも、この節の規定に反する特約で、借地権者や建物の賃借人に不利なものは、無効、と定めています。こういう、当事者の合意で変えられない規定が、法律行為のところで見た、強行規定です。例えば、貸主が強い立場を使って、借主に一方的に不利な条件を呑ませようとしても、その条件は効力が認められません。3つめは、利息制限法の1条です。お金を貸すときの利息の約束に、上限を設けています。元本の額が10万円未満なら年2割、10万円以上100万円未満なら年1割8分、100万円以上なら年1割5分です。上限を超える部分は、無効になります。100万円を貸して、年3割の利息を約束しても、年1割5分を超える部分は、無効です。
図:縛る規定の対応表
- 後半
- 方式の自由=民法446条2項(保証契約は書面でしなければ効力を生じない)・3項(電磁的記録でされたときは書面とみなす)。91条の位置=任意規定と異なる意思表示はその意思に従う=内容形成の自由を認める側であり、縛る規定ではない。但し書きと規定の結び=521条1項の「法令に特別の定めがある場合を除き」=締結を拒めない規定
- 521条2項の「法令の制限内において」=90条・借地借家法・利息制限法
- 522条2項の「法令に特別の定めがある場合を除き」=446条2項。
最後に、方式の自由です。522条2項の但し書きに当たるのが、保証契約の446条2項です。前回、要式契約の例として読んだ条文を、今日は、方式の自由を縛る規定として読み直します。条文の札です。
条文民法446条
民法第446条(保証人の責任等)第2項・第3項 1 (略) 2 保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。 3 保証契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その保証契約は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。
書面でしなければ効力を生じない。理由は前回のとおりで、軽い気持ちで引き受けやすい保証に、書面で一度立ち止まらせるためでした。3項は、電磁的記録でされたときは書面とみなす、という規定です。ここで、間違えやすい点を1つ。91条です。法律行為のところで一度読みました。法律行為の当事者が、法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う、という条文です。公の秩序に関しない規定とは、当事者が合意で変えてよい規定、任意規定のことでした。つまり91条は、自由を認める側の条文で、縛る規定ではありません。裏返して言えば、公の秩序に関する規定、つまり強行規定と異なる合意は、効力が認められない、という整理が背後にあります。縛る規定の表には入れず、自由の限界の線引きとして使います。これで、但し書きと規定が、1本ずつ結べました。521条1項の「法令に特別の定めがある場合を除き」には、断れない規定が当たります。521条2項の「法令の制限内において」には、90条、借地借家法、利息制限法が当たります。522条2項の「法令に特別の定めがある場合を除き」には、446条2項が当たります。
柱1——なぜ自由が原則で、なぜ縛るのか
図:なぜ自由で、なぜ縛るのか
- 原則が自由な理由=自分の取引は自分が一番よく分かる/誰も代わりには決めてくれない
- 縛る理由=交渉力や情報に差がある(断られたら生活が成り立たない・弱い側)/社会の秩序を守る(公序良俗)/後の争いを防ぐ(書面)
- 締結の自由は交渉をやめる自由を含む=契約が成立するまで拘束されず、費用は各自の負担
理由は、原則と例外で別々です。原則が自由なのは、自分の取引は、自分が一番よく分かるからです。自分の事情も、相手の信用も、条件の良し悪しも、本人が一番知っています。誰かが代わりに決めてくれるわけでもありません。自分のことは自分で決める。三大原則のときに触れた、私的自治の考え方です。縛るのは、この前提が崩れる場面だからです。断られたら生活が成り立たない、弱い側が不利な条件を呑まされる、というように、交渉力や情報に差があると、自由に決めたはずの契約が、実は自由ではなくなります。公序良俗のように、社会の秩序を守る必要がある場合もあります。保証のように、後で争いになりやすいものは、書面で残させます。ですから、自由と制限は、矛盾していません。自由が実質的に働くように、働かない場面だけを法令が縛る、という関係です。そして、4つの自由のうち、契約締結の自由には、続きがあります。契約を結ぶかどうかを決められるということは、結ぶ前に話し合いをやめるのも自由、ということです。ですから、契約が成立していない間は、契約の拘束力は及びません。交渉にかかった費用や手間は、それぞれが自分で負うのが原則です。ここから、冒頭の問いが出てきます。Aさんが「買わない」と言うのは、原則として自由。それでも、Bさんは請求できるのか。ここから後半に入ります。
柱2——原則と、それでも賠償が出る理由
図:原則と例外の流れ
原則は、契約が成立する前は拘束されず、費用は各自の負担です。ただ、一方の言動のために、相手が損をしてしまうことがあります。この問題を、昔から、契約締結上の過失と呼んできました。契約を結ぶ前の段階の落ち度を理由に、責任を問う問題の呼び名です。この言葉は、原始的不能、つまり契約を結んだ時にはもう履行ができなくなっていた場面で、一度出ました。あのときは、契約を結ぶところまでは進んでいました。今日は、契約がそもそも成立していない場面です。契約を結ぶ前の責任には、2つの型があります。今日扱うのは、交渉を打ち切った場合、つまり交渉の不当破棄です。もう1つは、契約を結ぶかどうかの判断に関わる情報を、相手に伝えなかった型です。安全配慮義務の回の最後に、水漏れを知りながら伝えずに部屋を売った例で、一度見ました。
図:なぜ信義則か
- 信義則=民法1条2項(権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない)
- 相手の正当な期待を、裏切らない
- 契約を結ぶ自由と、相手の期待を裏切らない義務のぶつかる所で線を引く
- 問題になるのは、結ばないことそのものではなく、結ぶと思わせて準備させ、損を出させた振る舞い
結ばないことそのものは、責められていないからです。根拠になるのは、信義則です。民法1条2項は、権利の行使と義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない、と定めます。信義則の軸は、相手の正当な期待を、裏切らない、でした。契約の交渉に入った人どうしは、街ですれ違う赤の他人とは違います。ここからは、条文にも判決文にも書いていない、理解のための、こちらの説明の札です。赤の他人には、こちらから何も働きかけていません。交渉の相手は違います。相手は、こちらの言葉や態度を当てにして、お金や時間をかけます。こちらの出方ひとつで、相手の出費が無駄になるかどうかが決まる関係です。だから、契約を結ぶ前でも、相手に無用な損をさせないよう注意する義務が、信義則から生じます。相手が準備を進めていると分かっていながら、黙って見ていれば、相手は、この話は進む、と信じて動きます。冒頭のAさんが、まさにそうでした。信じさせて準備をさせた以上、その信頼を裏切って損を出させた振る舞いは、見過ごせない。問題になるのは、契約を結ばないことではありません。結ぶと思わせて、準備をさせ、損を出させたことです。契約を結ぶ自由と、相手の期待を裏切らない義務が、ぶつかる所に、線を引く。これが、この責任の役割です。
柱2——最高裁の判決は何を言ったか
図:歯科医院の事案の関係図
- 売 売主になろうとした人、買 買主になろうとした人(役の名前で呼ぶ。設例のAとBとは別)
- 交渉を始めて6か月後、買主になろうとした人は自分の都合で契約を結ばなかった
この考え方で賠償を認めた最高裁の判決を、1つ読みます。設例のAさんとBさんとは別の事案ですから、役の名前で呼びます。買主になろうとした人が、歯科医院にする目的で、マンションの売買の交渉に入りました。交渉の過程で、歯科医院に使うスペースについて注文を出し、レイアウト図を渡しました。そして、電気容量が足りないことを指摘して、売主になろうとした人が、容量を増やすための設計変更と工事をすることを、容認していました。ところが、交渉を始めて6か月後、買主になろうとした人は、自分の都合で、契約を結びませんでした。最高裁は、売主になろうとした人に、設計変更と工事をしたために被った損害の賠償を認めた原審の判断を、是認しました。判決文の、理由の1つ目の文です。
判例最判昭59・9・18 集民142号311頁
契約準備段階の信義則上の注意義務違反 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人の契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償責任を肯定した原審の判断は、是認することができ、また、上告人及び被上告人双方の過失割合を各五割とした原審の判断に所論の違法があるとはいえない。
分けて読みます。上告人は、買主になろうとした人です。1つめ、責任の根拠です。契約準備段階における信義則上の注意義務違反。契約を結ぶ前の段階でも、信義則から、注意すべき義務が生じる、と言っています。2つめ、その違反を理由に損害賠償責任を認めた原審の判断を、是認しています。3つめ、双方の過失割合を各五割とした原審の判断にも、違法はない、としています。買主になろうとした人と売主になろうとした人に、それぞれ5割ずつ落ち度がある、という割り振りが、そのまま維持されたわけです。請求する側にも落ち度があれば、賠償の額を決めるときに、それが考慮されます。判決文は割合を是認しただけで、どの条文によるかは言っていません。この仕組みは、賠償の範囲のところで読みます。
この事案で、準備をさせた振る舞いに当たるのは、容認していた、という事実です。電気容量が足りないと自分で指摘して、相手が設計を変えて工事をするのを、止めませんでした。そこまで進めさせておいて、自分の都合でやめた。ただし、この読み方は判決文の言葉ではなく、こちらの説明です。

- 判決文に書いてあること/書いていないこと
- 書いてある=責任の根拠は契約準備段階における信義則上の注意義務違反/その違反を理由とする賠償責任を認めた原審の判断を是認/双方の過失割合を各五割とした原審の判断を是認
- 書いていない=責任の法的性質(不法行為か債務不履行か。「不法行為」「債務不履行」の語が無い)/賠償の範囲(「信頼利益」「履行利益」の語が無い。公表の要旨は設計変更及び施工をしたために被った損害と書く)/責任が生じる条件を並べた一覧
不法行為という性質は、この判決では決まっていません。判決文に、不法行為という言葉も、債務不履行という言葉も出てきません。責任の性質は、この判決は述べていないのです。賠償の範囲も同じで、信頼利益という言葉は、判決文にありません。裁判所が判決と一緒に公表している要点のまとめ、要旨が書くのは、設計変更と施工をしたために被った損害、という範囲までです。さらに、責任が生じる条件を一覧にしたものも、判決文には無く、原審が認めた事実関係に当てはめた結論を述べているだけです。ですから、この判決について、判例は不法行為と言った、とも、判例は信頼利益に限ると言った、とも言えません。判例の札を貼れるのは、契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由に賠償責任を認めたこと、過失割合を各五割とした判断を是認したこと、ここまでです。
柱2——ほかの2つの判決
図:補強の判決2件
- 1件め=売買契約の締結過程で、目的物・代金の額と支払時期・契約締結の時期などを双方が了解し、買主になろうとした人が、確実に契約が成立するとの期待を抱かせたのに、一方的・無条件に契約の締結を拒否し、正当視すべき特段の事情もない場合
- 最高裁の判決文の語=不法行為
- 2件め=ゲーム機の開発・製造をめぐる交渉
- 発注を約束され、発注書も渡された会社が、費用を投じて開発・製造した
- 契約は結ばれず、最高裁は賠償責任を認めた
同じ線の上に立つ判決が、ほかに2つあります。1つめは、売買の交渉の事案です。公表の要旨によれば、目的物、代金の額と支払時期、契約を結ぶ時期などを双方が了解していて、買主になろうとした人が、売主になろうとした人に、確実に契約が成立するとの期待を抱かせました。それなのに、一方的に、無条件で契約の締結を拒否し、これを正当と見るべき特段の事情もない、という場合でした。この判決の理由に、こういう文があります。
判例最判平2・7・5 集民160号187頁
契約準備段階の信義則上の義務違反と不法行為 契約準備段階における信義則上の義務違反を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求を認容した原審の判断は、正当として是認することができる。
ここで初めて、不法行為、という言葉が出てきます。最高裁が、不法行為に基づく請求を認めた原審の判断を、是認する形で使っています。先ほどの判決には無かった言葉です。2つめは、ゲーム機の事案です。開発と製造を頼まれた会社が、相手の会社から、口頭で「発注する」と言われ、発注書も渡され、毎月の発注を提案する書面も送られました。実は相手の会社は、自分の取引先から、具体的な発注をまだ受けていませんでした。頼まれた会社は、契約が結ばれることを強く期待して、費用を投じて開発と製造をしました。その後に交渉は決裂し、契約は結ばれませんでした。最高裁の判決の一文です。
判例最判平19・2・27 集民223号343頁
契約準備段階の信義則上の注意義務違反と損害賠償 被上告人には,上告人に対する関係で,契約準備段階における信義則上の注意義務違反があり,被上告人は,これにより上告人に生じた損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
被上告人は発注すると言った会社、上告人は開発と製造を頼まれた会社です。過大な期待を抱かせて、開発と製造をさせたことが理由です。ここでも、責任が不法行為かどうかや、賠償が信頼利益に限られるかどうかは、判決文に出てきません。3件を並べて言えるのは、責任の根拠の言い方です。契約準備段階における信義則上の、注意義務ないし義務の違反。これが判例の言葉です。この動画では、信義則上の注意義務、と呼びます。
柱2——どんなときに責任が生じるか
図:判断の手がかり4つ
- 学説の整理
- 1 相手が契約の締結や履行に必要な準備を始めたと知りながら、黙って見過ごしたか。2 交渉がどこまで煮詰まっていたか(価格・引渡し時期などがどこまで固まっていたか)。3 当事者の属性(事業者か消費者か・専門知識や経験の差)。4 当事者のそれまでの関係。要件ではなく考慮要素=総合判断。やめるのに正当な理由があれば責任は生じない。
では、どんなときに責任が生じるのか。判断の手がかりは4つあります。これは学説の整理の札です。最高裁の判決が一覧にして述べたものではありません。1つめ、相手が契約の締結や履行に必要な準備を始めたと知りながら、黙って見過ごしたか。2つめ、交渉がどこまで煮詰まっていたか。価格や引渡しの時期などが、どこまで固まっていたかを見ます。3つめ、当事者の属性。事業者か消費者か、専門知識や経験に差があるか。4つめ、それまでの当事者の関係です。大事なのは、これが要件ではないことです。全部そろわないと責任が生じない、ではありません。総合して判断する、手がかりです。そろえるべき条件を並べた条文が、無いからです。この4つは、信義則と判例を出どころに、解釈で立てた手がかりです。先ほどの3件を、この手がかりに当てると、こちらの説明の札で、こう見えます。歯科医院の事案は、準備を容認していた、つまり1つめに当たります。売買の事案は、目的物、代金、時期を双方が了解していて、2つめに当たります。ゲーム機の事案は、4つのどれか1つに収まるというより、発注するという口約束や発注書で、契約が確実だと信じさせて、開発と製造をさせたことが決め手でした。手がかりを総合して見る、という例です。逆に、売買の事案の要旨にある、これを正当視すべき特段の事情もない、という言葉は、裏返せば、やめるのに正当な理由があれば、責任は生じない、という見方です。
冒頭のAさんは、1つめに当たります。Aさんは、Bさんが工事を変えていることを知りながら、何も言いませんでした。さらに、Aさん自身が設計変更を頼んでいます。Bさんが、この話は進む、と信じて動いたことは、はっきりしています。
柱2——責任の性質は不法行為か契約責任か
図:責任の性質をめぐる学説の分かれ
- かつての通説=債務不履行(415条)に近い契約責任とみる(理由=契約交渉に入った者どうしは特別な関係があり、見知らぬ者の間の責任である不法行為はなじまない)
- 有力説=不法行為(709条以下)とみる(理由=特別な関係にある者の間でも不法行為責任は成り立つ。医療の事故が例)
- 判決文=平成2年の判決だけが不法行為の語を使う
- 昭和59年・平成19年の判決は性質を述べない
責任の性質に入る前に、一度読んだ判決を思い出します。安全配慮義務の回の最後に、契約を結ぶ前の説明義務違反は、契約上の債務の不履行にはならず、不法行為の問題になる、という最高裁の判決を読みました。契約で引き受けた義務を破ったのなら債務不履行、契約とは関係なく、わざと、または不注意で他人に損害を与えたのなら不法行為、という分け方でした。あの判決は、情報を伝えなかった型で、しかも契約が結ばれた場面についてのものです。交渉を打ち切った型については、学説が分かれてきました。学説の札を貼って言います。学説のうち、多くの支持を集めるものを通説、一定の支持を集める少数の見解を有力説と呼びます。かつての通説は、債務不履行の415条に近い、契約責任とみました。契約の交渉に入った人どうしは、特別な関係にあるので、見知らぬ者の間の責任である不法行為は、なじまない、という理由です。これに対して、有力説は、不法行為、709条以下の責任とみます。特別な関係にある人の間でも、不法行為責任が認められる場面はあるからです。例えば、診察や治療の関係にある医師と患者の間でも、不法行為責任が問われます。ですから、特別な関係だから不法行為はなじまない、という出発点が、成り立たない、という考え方です。
判例は、一律には言い切れません。先ほどの3件のうち、不法行為という言葉を使っているのは、売買の事案の判決だけです。歯科医院の事案とゲーム機の事案は、性質を述べていません。ですから、判例は不法行為説と言い切るのは、避けます。そのうえで、試験対策の整理を、こちらの説明の札で言います。論文では、信義則上の注意義務違反を理由に、不法行為による賠償、709条、と書く型が有力です。理由は2つあります。1つめ、最高裁が責任の性質を述べた判決は、ここまでに読んだ中では2つで、どちらも不法行為の側で考えました。売買の事案の判決と、説明義務の判決です。契約責任だと述べた判決は、今日の3件にはありません。ただし、説明義務の判決は契約が結ばれた場面のものですから、契約が成立しなかった今日の型に、そのまま及ぶとは言えません。2つめは、判決の理由とは別の、こちらの整理です。交渉を打ち切った場面では、契約がまだ成立していないので、契約で引き受けた義務を破った、とは言いにくいからです。もっとも、契約責任、415条で書く型もあります。大切なのは、どちらの構成かを示して、理由を書くことです。ここは、論文で論点になりうる所です。
図:構成で変わる点
- 消滅時効=不法行為は724条(損害及び加害者を知った時から3年・不法行為の時から20年)/契約責任は166条1項(権利を行使できると知った時から5年・行使できる時から10年)
- 帰責事由の立証=不法行為は709条(請求する側が故意・過失を主張立証する)/契約責任は415条1項ただし書(債務者が責めに帰することができない事由を示せば免れる)
構成を変えると、何が変わるのか。安全配慮義務の回で、2つの構成を表で比べました。あの比較から、条文で確かめられる差を2つだけ思い出します。1つめは、消滅時効です。生命や身体の損害では、2つの構成の年数はそろっていました。交渉の打ち切りで出るのは、工事費のような財産の損害ですから、差が残ります。不法行為なら724条で、損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年です。契約責任なら166条の1項で、権利を行使できると知った時から5年、行使できる時からは10年です。2つめは、帰責事由の立証です。不法行為なら709条で、請求する側が、故意や過失を主張して証明します。契約責任なら415条の1項ただし書で、請求された人が、責めに帰することができない事由を示せば、責任を免れます。免れるための立証は、債務者の側になります。
柱3——賠償の範囲、信頼利益と履行利益
図:信頼利益と履行利益の定義
- 信頼利益=契約が成立すると信じたために被った損害
- 履行利益=契約どおりに履行されていれば得られたはずの利益
- 前に原始的不能で見たときは、契約が有効だと信じて出した費用
- 今回は、契約が成立すると信じて出した費用
- 場面が違うので言い換える
3つめの柱です。賠償は、どこまで認められるのか。ここで使う言葉が、信頼利益と履行利益です。前に、原始的不能の場面で一度出てきた言葉です。そのときは、契約が有効だと信じて出した費用、が信頼利益でした。今回は、契約が成立すると信じて出した費用です。場面が違うので、有効を成立に言い換えただけで、考え方は同じです。信頼利益は、契約が成立すると信じたために被った損害です。履行利益は、契約どおりに履行されていれば得られたはずの利益です。なお、416条の通常損害と特別損害の区別とは、別の物差しです。416条は、つながりのある損害のうち、どこまでを払わせるかの線引きでした。信頼利益と履行利益は、何を賠償の対象にするか、つまり、契約を信じたための損か、契約どおりの得か、という話です。混ぜないでください。冒頭のBさんで、数字を置きます。変更工事の費用は120万円。その工事のために借りた資金の利息が12万円。契約どおり3800万円で売れていれば、原価が3500万円ですから、300万円の利益が見込まれていました。さて、問いです。契約が成立すると信じなければ、出さずに済んだ費用は、変更工事費と、契約どおり売れたときの利益の、どちらでしょう?
変更工事費のほうだと思います。利益は、そもそも契約が成立して初めて得られるものだからです。変更工事費です。ですから、変更工事費は信頼利益、契約どおり売れたときの利益は履行利益です。
図:信頼利益と履行利益の比較板
- Bの数字
- 意味=信頼利益は契約が成立すると信じたために被った損害
- 履行利益は契約が履行されれば得られたはずの利益。例=信頼利益は変更工事費120万円・借入利息12万円・機会の喪失
- 履行利益は代金3,800万円−原価3,500万円=利益300万円。認められるか=信頼利益は○(この範囲までが通説)
- 履行利益は×。設例の額=120万+12万=132万円(機会の喪失は別に損害の立証が要る)
- 300万円は取れない。
比較板です。信頼利益は、変更工事費120万円と借入利息12万円で、合計132万円。履行利益は、代金3800万円から原価3500万円を引いた、利益の300万円です。賠償は、信頼利益まで。履行利益は、認められない。これが、通説の整理です。ここで、札を確認します。信頼利益に限る、は、学説、通説の札です。先ほどの3件の判決文は、この言葉を使っていませんし、賠償の範囲を述べていません。判例は信頼利益に限ると言った、とは、言えません。履行利益まで認めると、契約が成立したのと同じ結果を与えることになるからです。契約を結ばない自由は、締結の自由として、認めたはずです。それなのに、結んだのと同じ負担を課すなら、結ばない自由は、空っぽになります。Aさんが責められるのは、期待させて準備をさせたことであって、契約を結ばなかったことではありません。ですから、賠償は、期待を信じて出した損、つまり信頼利益までに止まります。何が信頼利益に入るかの手がかりも言っておきます。その契約が成立すると信じなければ、出さずに済んだ費用か、と考えます。変更工事費は、入ります。契約が結ばれなくても得られる利益は、そもそも問題になりません。
図:機会の喪失と、その他の整理
- 機会の喪失=契約が成立すると信じたために、他の有利な契約の機会を失った損害
- 信頼利益に含める整理が通説的
- 例=Bが別の買い手の申込みを断っていた場合
- 履行利益(この契約が成立していれば得た利益)とは違い、他の契約を結べていれば得た利益
- 損害として認められるかは別に立証が必要
- 過失相殺=不法行為なら722条2項/債務不履行なら418条
- 成立した原始的不能は別=412条の2第2項
もう1つ、機会の喪失です。契約が成立すると信じたために、ほかの有利な契約の機会を失った損害です。例えば、Bさんが、Aさんの話を信じて、別の買い手の申込みを拒んでいたとします。この損は、通説的な整理では、信頼利益に含めます。ここで失ったのは、この契約が成立していれば得た利益ではなく、ほかの契約を結べていれば得た利益だからです。ただし、損害として認められるには、別に立証が要ります。過失相殺にも触れます。請求する側にも落ち度があれば、賠償の額に反映する仕組みです。不法行為なら722条2項、債務不履行なら418条で、責任の性質をどう見るかで、条文が変わります。722条2項は、被害者に過失があったとき、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる、としています。歯科医院の事案では、最高裁は、双方の過失割合を各五割とした原審の判断を是認しました。最後に、備考を1つ。契約が成立したけれど、最初から履行が不能だった場合は、別です。412条の2 第2項により、契約は有効で、415条の損害賠償として、履行利益まで請求できます。契約が成立していない交渉の不当破棄とは、分けて考えてください。
図:冒頭の問いの答え
- BはAに、変更工事費120万円と借入利息12万円(合計132万円)を、信義則上の注意義務違反を理由に請求できる可能性が高い(Aは準備を知りながら黙って見過ごした)
- 契約どおりの利益300万円は請求できない
- 機会の喪失は立証できる範囲で
冒頭の問いに戻ります。Bさんは、Aさんに対して、変更工事費120万円と、借入利息12万円、合計132万円を、信義則上の注意義務違反を理由に請求できる可能性が高いです。Aさんは、Bさんが準備を進めていると知りながら、黙って見過ごしたからです。契約どおりの利益300万円は、請求できません。もし別の買い手の申込みを拒んでいたなら、その損は、立証できる範囲で、信頼利益として上乗せされます。ただし、賠償額は、過失相殺で減る余地もあります。
弁別のミニ事例
図:弁別の事例の板
- Q1 Cは店舗用に1室を買おうか迷い、売主Dと見学と価格の話を2回しただけ
- 価格も引渡し時期も未定のうちにCが「予算が合わない」と断った
- Dは頼まれていない内装工事を自分の判断で始めていて、Cはそれを知らなかった
- Q2 Eは売主Fに「代金も引渡し時期も決まった。契約書は来週。駐車場を広げる工事を先にやってほしい」と頼み、Fは工事をして他の買い手の申込みを断った
- 契約書の日に、Eが「別の物件のほうが安くなった」と一方的に断った
- Q3 冒頭の設例のBの損害の候補=変更工事費120万円/借入利息12万円/別の買い手の申込みを断った損/契約どおり売れていれば得た利益300万円
手がかりを使って、考えてみましょう。答えは、そのつど言います。Q1です。Cさんは、店舗にするビルの1室を買おうか迷い、売主のDさんと、見学と価格の話を2回しただけでした。価格も引渡しの時期も決まらないうちに、Cさんは、予算が合わない、と断りました。Dさんは、頼まれてもいない内装工事を、自分の判断で始めていて、Cさんはそれを知りませんでした。CさんはDさんに責任を負うでしょうか?Q1の結論は、CさんはDさんに責任を負わない、です。理由は、2つ手がかりを当てた結果です。Dさんの準備は、Cさんが頼んだものでも、知っていて見過ごしたものでもありません。そして、交渉もまだ固まっていません。契約を結ぶ自由が、原則どおり働く場面です。Q2です。Eさんは、店舗兼住居の売買で、売主のFさんに、代金も引渡しの時期も決まった、契約書は来週、駐車場を広げる工事を先にやってほしい、と頼みました。Fさんは工事をして、ほかの買い手の申込みも断りました。契約書の日になって、Eさんが、別の物件のほうが安くなった、と一方的に断りました。どうでしょう?
責任を負いうる場面です。Q1との差は、準備を知って見過ごしたかどうかと、交渉の煮詰まり具合の、2点に集約されます。EさんはFさんに準備を頼んでいて、交渉も固まっていました。断る正当な事情も見当たりません。Q3です。冒頭のBさんの損害の候補は4つ。1つめ、変更工事費120万円。2つめ、その借入利息12万円。3つめ、別の買い手の申込みを断ったことによる損。4つめ、契約どおり売れていれば得た利益300万円。賠償に入るのは、どれでしょう?工事費と利息は入ると思います。別の買い手を断った損も、信頼利益に入ると思います。利益の300万円は、入りません。1つめと2つめは、契約が成立すると信じたために出した費用で、信頼利益です。3つめは、機会の喪失として、立証できる範囲で、信頼利益に含めます。4つめは、契約どおり実現して初めて得られる、履行利益ですから、対象外です。この整理は、学説の通説の札です。
冒頭の問いに戻る——まとめ
図:今日のまとめ
- 3つの柱=1 契約自由の原則は4つの自由(締結・内容形成・方式は条文/相手方選択は解釈)で、法令がそれぞれを縛る/2 契約前は縛られないのが原則だが、交渉の不当破棄は、契約準備段階における信義則上の注意義務違反として賠償が認められることがある(判例の言葉。判断の手がかりは学説の整理)/3 賠償は信頼利益まで(通説)
- 履行利益は出ない
- 冒頭の答え=132万円は請求できる可能性が高く、300万円は取れない
3つの柱で整理します。1つめ、契約自由の原則は、4つの自由に分かれます。契約締結、内容形成、方式の自由は、521条と522条2項に書かれ、相手方選択の自由は、解釈で認められます。そして、法令がそれぞれを縛ります。2つめ、契約が成立する前は縛られないのが原則ですが、交渉を不当に打ち切ると、契約準備段階における信義則上の注意義務違反として、賠償が認められることがあります。ここまでが判例の言葉です。責任が生じるかの手がかりは、学説の整理で、要件ではなく考慮要素です。3つめ、賠償は信頼利益まで。履行利益は出ません。履行利益まで認めると、結ばない自由が空っぽになるからです。冒頭の問いの答えは、Bさんは132万円を請求できる可能性が高く、300万円は取れない、でした。
参照条文
- 民法521条
- 民法522条
- 民法446条