契約締結前の説明義務違反
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第5章 契約 #226/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
聞かれなかったから、言わなかった
図:冒頭の設例の時系列
- A 出資した人、B 信用組合
- 順序は5コマ
- 1 AはBに長年預金している
- 出資は初めて
- 2 Bは検査で「近く経営が行き詰まり、出資金を返せなくなる危険がある」と指摘されていた
- 幹部も知っていた
- 3 BはそれをAに言わず、出資を勧める
- 4 Aが300万円を出資
- およそ1年後にBが破綻し、出資金は戻らない
- 5 Aは破綻の直後に、Bが危険を知りながら黙っていたと知る
- 問い=Aは何を根拠に、いくら請求できるか
- 4年後に訴えたらどうなるか
先に、答えの方向を言います。この設例では、聞かれなかったから、という理由は通りません。聞かれなくても、伝える義務が認められることがあるからです。ただし、その義務の根拠は契約ではなく、責任は不法行為になります。そのため、4年後の請求は、時効で届かなくなります。賠償は、出した300万円まで考えられます。結ぶ前に黙っていたのに、なぜ契約の責任ではなく不法行為なのか。なぜ時効が分かれ目になるのか。条文と最高裁の判決で、順にたどります。
今日の位置と、3つの柱
図:今日の地図
- 前回=契約を結ばなかったのに責任が生じる場面(交渉の不当破棄)/今回=契約を結んでしまった場面(説明義務違反)
- 背骨=契約は自由だから、情報は自分で集めるのが原則
- それでも信義則が、黙っていてはいけない場面を作る。その責任は、契約の外、つまり不法行為
- 3つの柱=1 契約を結ぶ前の説明義務違反は不法行為になる/2 説明義務はいつ認められるのか/3 何を賠償させるのか
前回は、契約を結ばなかったのに責任が生じる場面、交渉の不当破棄を見ました。今日は、その続きで、契約を結んでしまった場面です。結ぶ判断の材料を、相手が伝えていなかった、という型です。
今日の背骨です。契約は自由ですから、情報は自分で集めるのが原則です。それでも、信義則が、黙っていてはいけない場面を作ります。その責任は、契約の外、つまり不法行為で問われます。説明義務が認められる要件を書いた条文は、民法にありません。信義則、つまり民法1条2項から、解釈で立てた話です。信義則の軸は、前回のとおり、相手の正当な期待を裏切らないことでした。
柱は3つです。1つめ、契約を結ぶ前の説明義務違反は、不法行為になること。契約責任にならない理由と、時効という帰結を見ます。2つめ、説明義務はいつ認められるのか。手がかりと、取消しとの使い分けを見ます。3つめ、何を賠償させるのか。前回の交渉の不当破棄との比較もします。
今日も、何がどこまで言えるのかを、根拠の札を貼るように言い分けます。根拠の札の意味は、使う場面で、そのつど一言ずつ確認します。
柱1——原則は、自分で調べること
図:原則と例外
- 原則=契約を結ぶかどうかの判断の材料は、各自が自分の責任で集める
- 知らずに契約して損をしても、相手には当然には責任を問えない
- 例外=信義則上、相手に伝える義務(説明義務)が認められることがある
- 説明義務=契約を結ぶかどうかの判断に関わる情報を、相手に伝える義務
- 札=こちらの説明
説明義務は、いつでも認められるわけではありません。先に、原則から確認します。契約を結ぶかどうかの判断の材料は、各自が自分の責任で集めるのが原則です。中古のバイクを買うなら、走行距離も傷も、自分で見て、自分で聞いて、確かめます。確かめずに買って損をしても、売主に当然には責任を問えません。契約は自由ですから、相手に何でも教える義務は、ないのです。何を根拠に言うのかを、根拠の札で示します。条文、判例、学説、こちらの説明の4つです。この原則は、条文にも判決文にも書かれていません。こちらの説明の札です。こちらの説明とは、この動画が理解のために整理したことを指します。ただし、例外があります。信義則上、相手に伝える義務が認められることがあります。これを説明義務と呼びます。契約を結ぶかどうかの判断に関わる情報を、相手に伝える義務のことです。もう1つ、区別があります。契約を結んだあとの、履行の段階の説明義務は、契約から生じる付随義務、つまり中心の約束の周りにある義務だと、安全配慮義務の回で見ました。今日扱うのは、結ぶ前の説明義務です。
線の引き方は、あとで手がかりとして整理します。先に、最高裁がこの問題をどう決めたのかを、冒頭の設例の元になった事件から見ていきます。
冒頭の設例の元になった事件
図:事件の関係図
- 信用協同組合と、出資した人たち
- 組合は検査で自己資本比率の低下と実質的な債務超過を指摘され、早急な改善を求められながら解消できずにいた
- 幹部は、早晩、監督官庁から破綻の認定を受ける現実的な危険があることを十分に認識できたのに、支店長に説明させないまま出資を勧誘させた
- 出資した人たちは各500万円を出資
- およそ1年9か月後に組合は経営破綻し、出資金の払戻しを受けられなくなった
冒頭の設例には、元になった事件があります。最高裁の判決が出た事件で、設例は、それを下敷きに、数字と登場人物、細かい事情を変えたものです。判決の当事者は、AさんやBさんではなく、役の名前で呼びます。出資した人たちと、信用協同組合です。信用協同組合とは、組合員の出資で運営される、協同組合の金融機関です。組合は、監督官庁の検査で、自己資本比率の低下と、実質的な債務超過の状態を指摘されていました。債務超過とは、負債が資産を上回る状態です。早急な改善を求められながら、解消できずにいました。幹部は、早晩、監督官庁から破綻の認定を受ける現実的な危険があることを、十分に認識できました。判決の言葉では、十分に認識し得た、です。それなのに、支店長に、そのことを説明させないまま、出資を勧誘させました。出資した人たちは、勧誘に応じて、それぞれ500万円を出資しました。およそ1年9か月後、組合は、金融整理管財人による管理を命じる処分を受けて経営破綻し、出資金の払戻しを受けられなくなりました。
請求は、二段に並べられていました。主位的、つまり第一に求めたのは、不法行為による損害賠償です。あるいは、詐欺取消しや錯誤無効を理由にした、不当利得の返還でした。錯誤は、当時の民法では、取消しではなく無効でした。予備的、つまり第一が認められなかったときのために求めたのは、出資契約上の債務の不履行による損害賠償です。取消しの道も、賠償の道も、あわせて主張されていたのです。債務不履行まで主張した理由は、時効の話と関わりうるところです。判決文に何が書いてあるかを確かめながら、あとで戻ります。
図:判決の流れ
- 請求=主位的(不法行為による賠償/詐欺取消し・錯誤無効を理由とする不当利得返還)、予備的(出資契約上の債務不履行による賠償)
- 原審=主位的請求は棄却
- 説明義務違反は不法行為だけでなく債務不履行も構成するとして、予備的請求を認容
- 最高裁=全員一致で、債務不履行を認めた部分を破棄し、債務不履行の請求を棄却
- 説明義務違反があったこと自体は、原審の確定した事実を前提にしている
裁判の流れです。原審、つまり最高裁の1つ前の裁判所は、第一の請求、つまり不法行為や取消しの側の請求は、すべて退けました。そのうえで、予備的な債務不履行の請求について、説明義務違反を認めて、こう考えました。契約を結ぶ前でも、特定の相手を選んで契約関係に入ろうとする者は、一般の人に対する不法行為上の責任より、強い責任を課されるのが当然だ。契約関係に入った以上、契約上の信義則は、契約を結ぶ前まで遡る。そこで、不法行為を構成するだけでなく、出資契約上の付随義務違反として、債務不履行も構成する、と判断して、債務不履行の請求を認めました。最高裁は、裁判官全員一致で、この債務不履行を認めた部分を是認できないとして、破棄し、債務不履行の請求を棄却しました。最高裁が認めなかったのは、契約を結ぶ前の説明義務違反が、債務不履行になるか、この一点です。説明義務違反があったこと自体は、原審が確定した事実を前提にしています。原審は、不法行為にもあたると述べながら、第一の請求は退けています。その理由を判決文がどこまで書いているかは、時効のところで確かめます。第一の請求は、原審で退けられたまま争われていません。ですから、出資した人たちの請求は、この裁判では、どれも認められずに終わったことになります。
契約は、違反の結果である
図:判決の理由づけ
- 前半
- 順序=説明義務違反が先、契約は後。説明義務違反のせいで契約が結ばれた=契約は違反の結果。違反を生んだ義務を、その契約に基づく義務とするのは「一種の背理」(背理=筋道が逆さまなこと)。
理由づけを読む前に、一度読んだ判決を思い出します。安全配慮義務の回の最後に読んだ判決は、契約を結ぶ前の説明義務違反を、債務不履行と不法行為のどちらだと言っていましたか?安全配慮義務の回で読んだ判決が、今日の事件の判決です。結論は、一度読みました。今日は、その結論の理由を、判決がどう述べたかを読みます。ここからは、判例の札で話します。判例とは、最高裁の判決文に書いてあることです。判決文に無いことは、判例とは呼びません。
判例最判平23・4・22 民集65巻3号1405頁
契約締結前の説明義務違反——結論の理由 なぜなら,上記のように,一方当事者が信義則上の説明義務に違反したために,相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り,損害を被った場合には,後に締結された契約は,上記説明義務の違反によって生じた結果と位置付けられるのであって,上記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義務であるということは,それを契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず,一種の背理であるといわざるを得ないからである。契約締結の準備段階においても,信義則が当事者間の法律関係を規律し,信義則上の義務が発生するからといって,その義務が当然にその後に締結された契約に基づくものであるということにならないことはいうまでもない。
順に読みます。理由は、2つの文でできています。前半は、契約と違反の、順序の話。後半は、結ぶ前に働く信義則の話です。まず前半です。説明義務に違反したために、相手は、本来なら結ばなかった契約を結びました。ですから、後から結ばれた契約は、説明義務違反の結果です。その義務を、契約に基づいて生じた義務だと言うのは、一種の背理だ、と判決は言います。背理とは、筋道が逆さまなことです。たとえて言えば、風邪をひいたので病院に行った、という順序です。その通院が風邪の原因だ、と言えば、原因と結果が逆さまになります。説明義務違反が先にあって、契約はあとから生まれました。あとから生まれた契約が、先にあった義務の源になることはありません。判決文には、もう1点あります。契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず、という言い方です。どちらの名前で呼んでも、結論は同じ、という意味です。
図:言い直しの板
- こちらの説明
- 債務不履行=契約で引き受けた義務を破った責任。契約より前に生じた義務=契約で引き受けたものではない→債務不履行にならない。それでも責任は消えない→契約と関係なく、故意または過失で他人に損害を与えた者が賠償する制度=不法行為として問われる。
判決の理由を、こちらの言葉で言い直します。債務不履行は、契約で引き受けた義務を破った責任です。違反された義務が、契約より前に生じていたなら、その義務は、契約で引き受けたものではありません。ですから、債務不履行にはなりません。では、責任は消えるのでしょうか。消えません。民法には、契約とは関係なく、わざと、または不注意で他人に損害を与えた人が、賠償の責任を負う、という制度があります。これが不法行為です。危険を知りながら黙って出資させ、損をさせたことは、この形に当たりえます。契約で引き受けていない義務の違反は、契約の責任からは外れ、不法行為の責任として問われるのです。ここが決め手です。

そして後半です。契約を結ぶ準備の段階でも、信義則は当事者の関係を規律して、義務は生じます。それでも、その義務が当然に、あとの契約に基づく義務になるわけではない、と言っています。結ぶ前にも、信義則は働いています。ただ、そこで生まれた義務は、契約から生まれた義務ではないのです。なお、この判決には、千葉勝美裁判官の補足意見が付いています。補足意見は、法廷意見ではありません。1人の裁判官の意見です。法廷意見の結論に賛成したうえで、理由を補うものです。その中身の1つは、こうです。契約の内容や趣旨から明らかな類型的な義務なら、契約前の違反でも付随義務として取り込める余地がある。けれども、本件のような説明義務は、契約を結ぶかどうかの判断のときに問題になり、あるかどうか、中身、程度が、当事者の立場や交渉の経緯で決まる、個別的なものだ。だから付随義務の扱いにはなじまない、という考え方です。さらに、この領域を立法で規律するかは、立法政策の問題だ、とも述べています。
時効という帰結
図:構成で変わる点
- 時効
- 不法行為=724条(損害及び加害者を知った時から3年・不法行為の時から20年)
- 契約責任=166条1項(権利を行使することができることを知った時から5年・権利を行使することができる時から10年)。判決が出た当時は、契約責任の側は10年(改正前の167条1項)。冒頭の設例=破綻の4年後に訴えると、不法行為なら3年を過ぎ、契約責任なら5年以内。
結論が不法行為になると、何が変わるのか。いちばん大きいのは、時効です。条文の札で読みます。条文とは、法律に書いてあることです。まず、709条。説明義務違反は、ここに入ります。
条文民法709条
民法第709条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
709条の要件の中身は、不法行為の回で扱います。今日は、説明義務違反はここに入る、ということだけ押さえます。次に、724条です。
条文民法724条
民法第724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効) 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。 一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。 二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
1号は、損害と加害者を知った時から3年。2号は、不法行為の時から20年です。契約責任なら、前回も並べたとおり、今の民法では、166条1項で、権利を行使できると知った時から5年、行使できる時から10年です。冒頭のAさんは、破綻の直後に、Bが黙っていたと知りました。損害も加害者も、そのときに知っています。ですから、訴えるのが4年後なら、不法行為では、3年を過ぎています。もし契約責任で構成できたなら、5年以内です。同じ4年後でも、どちらの構成かで、結論が分かれます。ちなみに、判決が出た当時は、契約責任の側は10年でした。改正前の167条1項です。そのあと2017年に民法が改正され、契約責任の側は、5年と10年になって、差は縮みました。それでも、3年と5年の差は残っています。なお、人の生命や身体を害する不法行為なら、724条の2で、3年が5年に延びます。今日は財産の損害ですから、3年です。
債務不履行も主張した理由が時効だったのかは、判例の札と、それ以外を分けて答えます。判決文に書いてあるのは、出資した人たちが債務不履行を予備的に主張したこと、原審が第一の請求を退けたこと、そして予備的な請求を認めたことです。先ほど後回しにした点ですが、第一の請求が退けられた理由は、判決文には書かれていません。ですから、時効のせいだった、とは、判例の札では言えません。言えるのは、こちらの説明として、不法行為の3年を過ぎた人には、当時10年だった契約責任の構成が、残された道になる、という筋までです。判決自身は、時効について、こう述べています。
判例最判平23・4・22 民集65巻3号1405頁
契約締結前の説明義務違反——時効 このように解すると,上記のような場合の損害賠償請求権は不法行為により発生したものであるから,これには民法724条前段所定の3年の消滅時効が適用されることになるが,上記の消滅時効の制度趣旨や同条前段の起算点の定めに鑑みると,このことにより被害者の権利救済が不当に妨げられることにはならないものというべきである。
判決の言う前段は、現行の1号にあたる、3年の部分です。不法行為による損害賠償請求権は、3年の消滅時効にかかる。けれども、時効の制度趣旨や起算点の定めに鑑みると、被害者の権利救済が不当に妨げられることにはならない、と述べています。こちらの説明で補うと、3年を数え始めるのは、被害者が損害と加害者を知った時です。知らないうちに3年が過ぎることはありません。だから、3年でも不当ではない、という筋です。起算点の細部は、不法行為の回で扱います。
判決が述べたことと、述べていないこと
図:判決が述べたことと述べていないこと
- 述べたこと(法廷意見)=契約を結ぶ前の説明義務違反では、契約上の債務の不履行による賠償責任は負わない/不法行為による賠償責任を負うことはありうる/理由=契約は違反の結果で、義務を契約に基づくとするのは一種の背理/損害賠償請求権には724条前段の3年の消滅時効が適用される
- 述べていないこと=説明義務がいつ認められるかの判断要素/賠償の範囲/不法行為の請求が認められる条件の詳細
- 別枠=補足意見は法廷意見ではない
ここまでの根拠の札を整理します。判決の法廷意見が述べたのは、契約を結ぶ前の説明義務違反では、債務不履行の責任は負わず、不法行為の責任を負うことはありうる、ということです。理由は、契約は違反の結果で、一種の背理だから。時効は、724条前段の3年です。逆に、判決が述べていないことが3つあります。1つめ、説明義務がいつ認められるかの判断要素です。判決は、契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報、と書くだけです。2つめ、賠償の範囲です。債務不履行の請求を棄却して終わるので、述べようがありません。3つめ、不法行為の請求が認められる条件の詳細です。主位的な請求は、最高裁の審理の対象になっていません。ですから、説明義務の判断要素や賠償の範囲について、判例がこう述べている、とは言えません。ここからは、学説の札で話します。学説とは、学者の整理のことです。その中で多くの支持を集めるものを通説、一定の支持を集める少数の見解を有力説と呼びます。
柱2——説明義務が認められる手がかり
図:説明義務の手がかり3つ
- 学説の整理
- 1 相手がその情報を自分で知ることができたか。2 知っていれば契約しなかったと言えるほど重要か(判決の語=契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報)。3 当事者の知識・経験・情報の差。要件ではなく考慮要素=総合判断。条文に要件は無く、信義則から解釈で立てる。
では、説明義務は、どんなときに認められるのか。手がかりは3つあります。これは学説の整理の札で、最高裁が一覧にして述べたものではありません。1つめ、相手がその情報を、自分で知ることができたか。調べれば分かることは、各自で集めるのが原則でした。2つめ、知っていれば契約しなかった、と言えるほど重要か。判決の言う、判断に影響を及ぼすべき情報と、同じ方向です。3つめ、当事者の知識、経験、情報の差です。相手が専門家や事業者で、こちらが素人なら、説明義務は認められやすくなります。民法改正の審議では、説明義務を条文にする案も示されました。ただし、提案にとどまり、条文にはなっていません。大事なのは、3つの手がかりが、要件ではないことです。全部そろわないと義務が生じない、ではありません。総合して判断する、考慮要素です。709条の要件は条文どおりですが、説明義務が認められる手がかりは、条文に書いてなく、信義則を出どころに、解釈で立てたものです。冒頭のAさんの場合で見ます。まず、検査の指摘は、Bの内部情報です。Aさんが自分で知ることは、できません。次に、出資金を返せなくなる危険は、知っていれば出資しなかった重大な事柄です。そして、Bは金融機関で、Aさんは預金者です。情報の差は大きい。ですから、説明義務は認められやすい場面です。
聞かれなかったから、が通らないのは、情報の差が大きいと、聞くこと自体ができないからです。内部の検査の指摘を知らない人は、何を聞けばよいのかが分かりません。逆に、同じ出資の勧誘でも、組合の経営状態が誰でも見られる形で公表されていて、悪化の事実もそこに載っていたなら、Aさんは自分で確かめられました。その場合は、説明義務は認められにくくなります。この場面の分かれ目は、自分で確かめられたかどうかです。
柱2——契約を消す道と、契約を残す道
図:取消しと賠償の使い分け
- 左=契約を無かったことにする(取消し):根拠=詐欺(96条1項)・錯誤(95条1項)・消費者契約法4条2項(不利益事実の不告知)・465条の10第2項(保証)/効果=契約の効力が遡ってなくなる(原状回復)/要件=条文に書いてある
- 右=契約を残して金銭で埋める(賠償):根拠=説明義務違反=不法行為(709条)/効果=契約は残り、損害を金銭で賠償/要件=条文に無く、信義則から解釈で立てる
説明義務違反を理由にできる道は、1本ではありません。契約を無かったことにする道と、契約は残したまま、損害を金銭で埋める道です。契約を無かったことにする道が、取消しです。詐欺の96条1項、錯誤の95条1項、消費者契約法4条2項の、不利益事実の不告知があります。取り消せば、契約の効力は遡ってなくなり、お互いに原状回復をします。要件は条文に書いてあり、既に見た回のとおりですから、ここでは繰り返しません。Aさんが取消しの要件を満たすかどうかは、別に判断します。契約を残す道が、今日の説明義務違反の賠償です。根拠は不法行為の709条で、要件は条文に書いていません。信義則から、解釈で立てます。契約はそのまま残り、損害を金銭で賠償させます。判決の事件でも、不法行為、詐欺取消し、錯誤無効、債務不履行の請求が、あわせて主張されていました。取消しと賠償は、あわせて主張できる道です。
条文で説明義務を定めた例が、保証の回で読んだ、465条の10です。主債務者の情報提供義務でした。主たる債務者が、事業のための債務の保証を頼むときは、自分の財産や収支の状況などの情報を、頼まれる人に提供しなければならない、と定めています。情報を伝えず、または事実と異なる情報を伝えたために、頼まれた人が誤認して保証した場合、取り消せる場合もあります。今日の説明義務は、こういう条文が無いところが違います。信義則から立てる分、判断の幅が出ます。
柱3——何を賠償させるのか
図:賠償の範囲の2分け
- 学説の有力な見解
- 1 十分な説明があればおよそ契約しなかったと言える場合=契約が無かった状態に金銭で戻す賠償。設例=出資した300万円。2 そこまでは言えない場合=現実の財産状態と、説明義務違反が無かった場合の財産状態との差額のうち、相当因果関係のあるもの。設例=説明があれば出資は100万円にとどめたと認められるなら、失った300万円との差200万円。どちらも信頼利益の賠償ではない。
賠償の範囲に入ります。判決は、賠償の範囲を述べていません。ここは学説の札です。先に問いです。十分な説明があれば、およそ契約しなかったと言える場合、賠償の金額は、何を基準に決めるでしょうか?賠償は、契約を無かったことにして取り戻すものではありません。無かったことにするのは、取消しの道でした。賠償の道では、契約は残したまま、金額を決める物差しとして、契約が無かった状態を使います。学説の整理の一つとして、有力な見解は、場合を2つに分けます。1つめは、十分な説明があれば、およそ契約しなかったと言える場合です。契約が無かった状態に戻す賠償をします。原状回復的な損害賠償と呼びます。冒頭の設例なら、出資した300万円です。2つめは、そこまでは言えない場合です。たとえば、説明があれば、Aさんは出資を100万円にとどめたはずだ、と認められるとします。2つの状態を並べます。現実には、300万円を出して、300万円を失いました。説明があった場合は、100万円だけ出して、失うのは100万円です。差は200万円。この200万円が、黙っていられたせいで余分に失った分です。一般の形で言うと、損害とは、実際の財産と、説明があれば保たれていたはずの財産との差のことです。その差のうち、違反と結びつけて考えられる分だけが、賠償の対象になります。結びつきの目安が、相当因果関係です。相当因果関係とは、違反と損害のつながりが、社会の常識に照らして相当と言える、という意味です。
この2つめは、取消しの道では出てきません。取り消せば、出資は丸ごと無かったことになるからです。契約を残す道だから、差額だけを埋めることができます。2本の道を使い分ける理由の1つです。ここは、こちらの説明の札です。今回の2つの賠償は、前回の信頼利益とは別物です。この2つは、どちらも信頼利益の賠償ではない、とされます。前回の信頼利益は、契約が成立すると信じたために被った損害で、前回の設例の変更工事費がその例でした。前回、損が出たのは、成立すると信じた契約が、成立しなかったからです。だから、信じて出した費用を数えました。今回、Aさんの契約は、成立しています。損が出たのは、成立しなかったからではなく、知らされていれば結ばなかった契約を、結んでしまったからです。だから数えるのは、信じて出した費用ではなく、結んだせいで失ったお金です。損の出どころが違うので、物差しも違うのです。この理由は、こちらの説明の札です。
柱3——交渉の不当破棄と説明義務違反
図:2列比較
- 交渉の不当破棄(前回)/説明義務違反(今回)
- 場面=契約は成立しなかった/契約は成立した(結ぶ前の情報が欠けていた)
- 義務の根拠=信義則上の注意義務(判例の語=契約準備段階における信義則上の注意義務)/信義則上の説明義務(判例の語)
- 責任の性質=判例は一律に言い切れない・学説が分かれる/判例は、契約上の債務の不履行にはならず、不法行為の責任を負うことはある、と述べた
- 賠償の範囲=信頼利益に限る(通説・履行利益は出ない)/学説(有力な見解)=原状回復的、または差額(信頼利益ではない)
- 時効=構成による(不法行為なら724条)/不法行為=724条(判決の言葉は前段の3年)
前回の交渉の不当破棄と、今日の説明義務違反を、5行の表で並べます。それぞれに札を付けます。1行めは、場面です。交渉の不当破棄は、契約が成立しなかった場面。説明義務違反は、契約が成立した場面で、結ぶ前の情報が欠けていました。2行めは、義務の根拠です。どちらも信義則で、判例の言葉は、前者が契約準備段階における信義則上の注意義務、後者が信義則上の説明義務です。3行めは、責任の性質です。前者は、判例は一律には言い切れず、学説が分かれていました。前回読んだ3件の判決のうち、不法行為という言葉を使ったのは、1件だけだったからです。後者は、判例が、契約上の債務の不履行にはならず、不法行為の責任を負うことはある、と述べています。理由は、今日読んだとおり、義務が契約より前にあったからです。4行めは、賠償の範囲です。前者は、信頼利益に限る、が通説で、履行利益、つまり契約どおりに履行されていれば得られたはずの利益は、出ません。そこまで認めると、契約を結んだのと同じ結果になり、結ばない自由が空っぽになるからでした。後者は、有力な見解で、原状回復的な賠償か、差額かです。信頼利益ではありません。契約は成立していて、損は、結んでしまったこと自体から出ているからです。どちらも、学説の札で、判決が範囲を述べたわけではありません。5行めは、時効です。時効は、3行めの責任の性質で決まります。前者は構成によって変わり、不法行為なら724条。後者は、不法行為で、判決の言葉は前段の3年です。
図:冒頭の問いの答え
- AはBに、信義則上の説明義務違反を理由に、不法行為(709条)で、出資した300万円を請求できる可能性が高い(原状回復的な賠償の場合)
- ただし、破綻の4年後に訴えると、損害と加害者を知った時から3年(724条)を過ぎ、時効で届かない
- 聞かれなかったから、は理由にならない(Aは自分では知りえない内部情報)
冒頭の問いに戻ります。聞かれなかったから、という理由は、通りません。Aさんは、Bに対して、信義則上の説明義務違反を理由に、不法行為で、出資した300万円の賠償を請求できる可能性が高いです。原状回復的な賠償の場合です。ただし、訴えるのが破綻の4年後なら、損害と加害者を知った時から3年を過ぎていて、時効で届きません。説明義務違反の責任の性質は、論文で論点になりうる所です。
使い分けの練習問題
図:練習問題の板
- Q1 C が D 社の主力製品の独占販売権を1000万円で買う契約をした
- (ア) D は、製造元が来月から供給を止めると通告してきていることを知っていたが、C に伝えなかった
- (イ) D は、その製品が他社の新製品に押されて売上が落ちていることを伝えなかったが、その数字は業界の統計に毎年載っていて誰でも見られる
- Q2 Q1(ア)で、C が D に説明義務違反を理由に賠償を求める
- (a)「供給停止を知っていたら、およそ買わなかった」と言える場合
- (b)「知っていても買ったが、250万円に値切らせたはず」と言える場合
- Q3 Q1(ア)で、C が損害と加害者を知ってから4年後に訴え、債務不履行の構成に乗り換えられるか
ここまでの根拠の札を使って、考えてみましょう。答えは、そのつど言います。Q1です。Cさんは、D社の主力製品の独占販売権を、1000万円で買う契約をしました。(ア)では、D社は、製造元が来月から供給を止めると通告してきていると知っていたのに、Cさんに伝えませんでした。(イ)では、D社は、その製品が他社の新製品に押されて売上が落ちていることを伝えませんでしたが、その数字は、業界の統計に毎年載っていて、誰でも見られます。(ア)と(イ)で、説明義務の認められやすさは、どう違いますか?この事例の分かれ目は、手がかりの、自分で知ることができたかどうかです。(ア)の供給停止の通告は、Cさんには知りえない情報でした。(イ)の統計は、自分で調べれば分かりました。ここは、学説の整理に、こちらが当てはめた結論です。Q2です。(ア)で、Cさんが、D社に、説明義務違反を理由に賠償を求めます。(a)の、供給停止を知っていたらおよそ買わなかった、と言える場合と、(b)の、知っていても買ったが250万円に値切らせたはずだ、と言える場合で、賠償の考え方は、どう変わりますか?
(a)は原状回復的で、契約が無かった状態に戻す賠償です。(b)は差額です。実際に払った額は、1000万円です。説明があった場合は、250万円しか払っていません。差の750万円が、払わずに済んだ分です。出資の例で、300万円と100万円を並べたのと、同じ引き算です。どちらも、信頼利益の賠償ではありません。前回の交渉の不当破棄は、賠償が信頼利益に限られる、が通説でしたから、範囲が違います。そして、判決は賠償の範囲を述べていない点も、忘れないでください。学説の札です。Q3です。Q1(ア)で、Cさんが、損害とD社が加害者であることを知ってから、4年後に訴えたとします。Cさんは、説明義務違反を債務不履行だと構成し直して、5年の時効にかかっていないと主張できますか?
Q3の結論は、構成し直しても通らない、です。ここは判例の札で、冒頭の設例と同じ筋です。決め手は、判決の理由です。契約は違反の結果であり、違反された義務は、契約より前にありました。時効の長い構成を選びたくても、義務の出どころは変えられません。逆に、契約を結んだあと、D社が製品の扱い方の注意を伝え忘れた、という履行の段階の説明なら、契約から生じる付随義務の違反ですから、債務不履行の構成に乗ります。分け目は、義務が生じたのが、契約の前か後かです。
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図:今日のまとめ
- 3つの柱=1 契約を結ぶ前の説明義務違反は、契約から生じる義務の違反ではないので、債務不履行ではなく不法行為(判例)・時効は724条の3年/2 説明義務は、自分で調べられるか・重要か・情報の差の手がかりで認められる(学説の整理)・取消しとは別の道/3 賠償は、有力な見解で原状回復的か差額かの2分け・信頼利益ではなく、交渉の不当破棄とは範囲が違う
- 背骨=契約は自由だから、情報は自分で集めるのが原則
- それでも信義則が、黙っていてはいけない場面を作る・その責任は、契約の外、つまり不法行為
3つの柱で整理します。1つめ、契約を結ぶ前の説明義務違反は、契約から生じる義務の違反ではないので、債務不履行ではなく、不法行為です。これは判例の札です。時効は、724条の3年です。2つめ、説明義務は、自分で調べられたか、知っていれば契約しなかったと言えるほど重要か、当事者の情報の差、という手がかりで認められます。これは学説の整理で、要件ではなく考慮要素です。契約を消す取消しとは、別の道です。3つめ、賠償は、有力な見解で、原状回復的か差額かに分かれます。信頼利益ではないので、交渉の不当破棄とは、範囲が違います。冒頭の問いの答えは、聞かれなかったから、は通らない。Aさんは、不法行為で、有力な見解の原状回復的な賠償なら300万円を請求できる可能性が高いが、4年後では時効で届かない、でした。情報は自分で集めるのが原則です。それでも、自分では知りえない重大な事柄を伏せたまま結ばせたなら、信義則が責任を作ります。その責任は、契約の外、不法行為で問われます。
参照条文
- 民法709条
- 民法724条