民法ゼロから民法#227

事情変更の法理

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第5章 契約 #227/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

小麦が3倍になった

冒頭の設例の時系列。A 製粉所(売る側)、B 食品会社(買う側)。1 契約=10年間、小麦粉を1袋2000円の固定価格で売り買いする。契約の時、Aの1袋の製造費は1500円(うち原料の小麦が1000円)で、1袋ごとに500円の利益が出る計算だった。2 3年目に原料の小麦の値段が3倍(1000円から3000円)になり、Aの製造費は3500円になった。3 売るたびに1500円の赤字。問い=Aは契約をやめられるか。値段を変えてもらえるか。 図:冒頭の設例の時系列

  • A 製粉所(売る側)、B 食品会社(買う側)
  • 1 契約=10年間、小麦粉を1袋2000円の固定価格で売り買いする
  • 契約の時、Aの1袋の製造費は1500円(うち原料の小麦が1000円)で、1袋ごとに500円の利益が出る計算だった
  • 2 3年目に原料の小麦の値段が3倍(1000円から3000円)になり、Aの製造費は3500円になった
  • 3 売るたびに1500円の赤字
  • 問い=Aは契約をやめられるか
  • 値段を変えてもらえるか

先に、答えの方向を言います。まず、無理です。契約は守られなければなりません。ただし、契約の拘束を解く法理そのものは、実際に在ります。その扉が、きわめて狭いのです。今日の背骨は、この一文です。契約は守られなければならない。それでも拘束を解く場面は、信義則が決める。だから、その扉はきわめて狭い。民法に条文が無いのに、なぜ法理が在るのか。最高裁は何を言ったのか。なぜ扉が狭いのか。順にたどって、最後にA社とB社の問いに戻ります。

今日の位置と、3つの柱

今日の地図。位置=契約を結ぶ前に信義則が働く場面(説明義務)→今日=契約を結んだあとに事情が変わった場面。背骨=契約は守られなければならない。それでも拘束を解く場面は、信義則が決める。だから、その扉はきわめて狭い。3つの柱=1 事情変更の法理とは何か/2 最高裁の2つの判決/3 要件の骨格と、扉が狭い理由。そのあとに、隣の制度との分け目を練習する。 図:今日の地図

  • 位置=契約を結ぶ前に信義則が働く場面(説明義務)→今日=契約を結んだあとに事情が変わった場面
  • 背骨=契約は守られなければならない。それでも拘束を解く場面は、信義則が決める。だから、その扉はきわめて狭い
  • 3つの柱=1 事情変更の法理とは何か/2 最高裁の2つの判決/3 要件の骨格と、扉が狭い理由
  • そのあとに、隣の制度との分け目を練習する

位置づけです。契約を結ぶ前に信義則が働く場面は、説明義務として前回見ました。今日は、契約を結んだあとに、世の中の事情が変わった場面です。信義則とは、民法1条2項にある、相手の正当な期待を裏切らない、という考え方です。

柱は3つです。1つめ、事情変更の法理とは何か。原則と定義、そして条文が無いこと、根拠を見ます。2つめ、最高裁の2つの判決。何を言い、何を言っていないのかを区別します。3つめ、要件の骨格と効果、そして扉が狭い理由です。そのあとで、隣の制度、錯誤や履行不能との分け目を、事例で練習します。

今日も、何がどこまで言えるのかを、根拠の札を貼るように言い分けます。根拠の札は4枚です。条文、判例、学説、こちらの説明。それぞれの意味は、使う場面の直前で、一言ずつ確認します。

柱1——原則は、契約を守ること

原則と例外。原則=契約を結んだら、守らなければならない(契約の拘束力)。結んだあとの値動きや当て外れは、自分で負うリスク。固定価格の契約=値上がりと値下がりの危険の配り方を決めた約束。A(売る側)は値上がりの危険を、B(買う側)は値下がりの危険を引き受ける。札=こちらの説明。 図:原則と例外

  • 原則=契約を結んだら、守らなければならない(契約の拘束力)
  • 結んだあとの値動きや当て外れは、自分で負うリスク
  • 固定価格の契約=値上がりと値下がりの危険の配り方を決めた約束
  • A(売る側)は値上がりの危険を、B(買う側)は値下がりの危険を引き受ける
  • 札=こちらの説明

まず原則です。契約を結べば、当事者は拘束されます。これを契約の拘束力と呼びます。結んだあとで、値段が動いた。当てが外れた。それは、自分で負うリスクです。値上がりしたからやめます、が通るなら、約束の意味がなくなります。固定価格の契約は、値上がりと値下がりの危険の配り方を、あらかじめ決めた約束でもあります。A社は値上がりの危険を、B社は値下がりの危険を、それぞれ引き受けています。小麦が値下がりしていたら、A社は大きく儲かり、B社は高い値段で買い続けるのです。そのときB社が、安くしてほしい、とは言えません。この原則は、条文にも、今日見る2つの判決の文にも、書かれていません。根拠の札で言えば、こちらの説明です。こちらの説明とは、この動画が理解のために整理したことを指します。

当事者が話し合って合意し、値段を改めるのは自由です。契約自由の範囲の話で、今日の法理は関係しません。法理が問題になるのは、相手が応じないのに、拘束から解かれたいときです。

柱1——事情変更の法理の定義

事情変更の法理の定義と呼び名。定義=契約を結んだときに前提にしていた事情が、当事者の予想できた範囲を超えて後から大きく変わり、契約どおり守らせるのが著しく不当になる場合に、契約の解除や契約内容の改訂を認める法理。呼び名=判決の言葉は「事情変更の原則」/「事情変更の法理」とも呼ぶ。札=学説の定義。 図:事情変更の法理の定義と呼び名

  • 定義=契約を結んだときに前提にしていた事情が、当事者の予想できた範囲を超えて後から大きく変わり、契約どおり守らせるのが著しく不当になる場合に、契約の解除や契約内容の改訂を認める法理
  • 呼び名=判決の言葉は「事情変更の原則」/「事情変更の法理」とも呼ぶ
  • 札=学説の定義

拘束を解かれる場面は、ごくまれにですが在ります。それが事情変更の法理です。契約を結んだときに前提にしていた事情が、当事者の予想できた範囲を超えて、後から大きく変わり、契約どおりに守らせるのが著しく不当になる場合に、契約の拘束を解いたり、中身を改めたりする法理です。ここで、学説の札を確認します。学説とは、学者の整理のことです。その中で多くの支持を集めるものを通説、一定の支持を集める少数の見解を有力説と呼びます。今の定義は、学説の整理の札です。効果は2つあります。解除は、契約を終わらせること。契約内容の改訂は、契約を続けたまま、値段などの中身を改めることです。呼び名にも注意してください。判決は、事情変更の原則と書きます。けれども、例外中の例外にしか働かないものを原則と呼ぶのは適当でない、という指摘があり、民法改正の審議の資料は、法理と呼んでいます。どちらも同じものです。

柱1——民法に条文は無い

民法に条文は無い。審議の経過=中間試案(解除、または解除と契約の改訂)→意見がまとまらず、取り上げないことに→2017年の改正でも条文にならなかった。意見募集に寄せられた指摘=条文にすると、大きな事情の変化があれば契約を変えたり解除したりできる、という誤ったメッセージになる。取り上げなかった理由=意見が一致する見込みが立たなかった。札=条文(無い)。審議の経過は法務省の資料による。 図:民法に条文は無い

  • 審議の経過=中間試案(解除、または解除と契約の改訂)→意見がまとまらず、取り上げないことに→2017年の改正でも条文にならなかった
  • 意見募集に寄せられた指摘=条文にすると、大きな事情の変化があれば契約を変えたり解除したりできる、という誤ったメッセージになる
  • 取り上げなかった理由=意見が一致する見込みが立たなかった
  • 札=条文(無い)
  • 審議の経過は法務省の資料による

条文の札を確認します。条文とは、法律に書いてあることです。民法に、事情変更の法理を定めた条文はありません。民法改正の審議では、条文にする案が検討されました。中間試案、つまり、審議の途中でまとめて公表された案では、解除、または解除と契約の改訂、という形でした。けれども、意見がまとまらず、取り上げないことになり、2017年の改正でも条文になりませんでした。この案への意見募集では、裁判で認められるのはきわめて例外的なのに、条文にすると、大きな事情の変化があれば契約を変えたり解除したりできる、という誤ったメッセージになる、という趣旨の指摘が、多く寄せられたと、審議のために法務省がまとめた資料は記しています。条文が無いまま、判例で認められてきた法理が残りました。

柱1——根拠は信義則

根拠=信義則(民法1条2項)。信義則=相手の正当な期待を裏切らない。要件を書いた条文が無い場面でも、信義則は働いて、原則に例外を作る。入口(結ぶ前)=説明義務/出口(結んだあと)=事情変更の法理。どちらも要件を書いた条文が無いまま、信義則から立てる。札=学説・実務の整理(判決の言葉は「信義衡平」)。

  • 根拠=信義則(民法1条2項)
  • 信義則=相手の正当な期待を裏切らない
  • 要件を書いた条文が無い場面でも、信義則は働いて、原則に例外を作る
  • 入口(結ぶ前)=説明義務/出口(結んだあと)=事情変更の法理
  • どちらも要件を書いた条文が無いまま、信義則から立てる
  • 札=学説・実務の整理(判決の言葉は「信義衡平」)

根拠に入る前に、確認です。契約を結ぶ前の説明義務違反は、民法の何を根拠に認められましたか?説明義務の根拠は、信義則、つまり民法1条2項でした。要件を書いた条文が無いまま、信義則から立てた話です。事情変更の法理も、同じ型です。入口の説明義務は、契約を結ぶ前の話。この法理は、契約を結んだあとの、出口の話です。条文はこうです。

条文民法1条2項

民法第1条第2項(基本原則) 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

信義則は、要件を書いた条文が無い場面でも働いて、原則に例外を作ります。契約を守るのが原則でも、守らせることが信義に反する場面があれば、そこで拘束を解く余地が出ます。ただし、学説の札と、判決の言葉を取り違えないでください。根拠が信義則だというのは、学説と実務の整理の札です。最高裁の判決の言葉は、信義衡平です。信義則と、公平の考え方を合わせた言葉です。判決が、民法1条2項と書いているわけではありません。法務省の資料は、信義則に基づく例外的な法理として、事情変更の法理が存在していること自体には、基本的に異論がなかった、と整理しています。

柱1——条文が個別に受けている例

借地借家法32条1項。建物の借賃が、租税その他の負担の増減により、土地・建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動により、または近傍同種の建物の借賃と比べて、不相当になったとき、契約の条件にかかわらず、将来に向かって借賃の増減を請求できる。建物を建てるために借りた土地の地代等には同じ型の11条1項。事情の変化に応じて契約の条件を変える道を、条文が個別に用意した例。事情変更の法理そのものとは別物。 図:借地借家法32条1項

  • 建物の借賃が、租税その他の負担の増減により、土地・建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動により、または近傍同種の建物の借賃と比べて、不相当になったとき、契約の条件にかかわらず、将来に向かって借賃の増減を請求できる
  • 建物を建てるために借りた土地の地代等には同じ型の11条1項
  • 事情の変化に応じて契約の条件を変える道を、条文が個別に用意した例
  • 事情変更の法理そのものとは別物

事情の変化を、条文が個別に受けている例を1つ、見ておきます。借地借家法32条1項です。

条文借地借家法32条1項

借地借家法第32条第1項(借賃増減請求権) 建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。

借賃が不相当になったとき、契約の条件にかかわらず、将来に向かって増減を請求できます。建物を建てるために土地を借りる場合の地代には、11条1項が、同じ型であります。これは、事情の変化に応じて契約の条件を変える道を、条文が個別に用意した例です。事情変更の法理そのものとは別物です。中身は、この先の賃貸借の回で扱います。売買のように、こうした個別の条文が無い契約では、法理に頼ることになります。その法理は、これから見るとおり、きわめて厳しく運用されています。

柱2——最高裁が言ったこと、1つめ

建物賃貸借の和解をめぐる事件。事案(法務省の資料の注記による)=建物の賃貸借の当事者間で、1年余の猶予期間をおいて建物を明け渡す、という裁判上の和解が成立していた。賃借人が、戦災などで住宅事情が変わったことを理由に、事情変更でこの和解の拘束から離れられると争った。 図:建物賃貸借の和解をめぐる事件

  • 事案(法務省の資料の注記による)=建物の賃貸借の当事者間で、1年余の猶予期間をおいて建物を明け渡す、という裁判上の和解が成立していた
  • 賃借人が、戦災などで住宅事情が変わったことを理由に、事情変更でこの和解の拘束から離れられると争った

次は柱の2つめ、最高裁が言ったことです。ここからは、判例の札で話します。判例とは、最高裁の判決文に書いてあることです。判決文に無いことは、判例とは呼びません。1つめは、建物の賃貸借をめぐる事件の判決です。判決文には、事実がほとんど書かれていません。民法改正の審議の資料の注記によれば、建物の賃貸借の当事者の間で、1年余の猶予期間をおいて建物を明け渡す、という裁判上の和解、つまり、裁判の中で当事者が合意して結ぶ約束が、成立していました。この和解が、ここでの契約にあたります。賃借人が、戦災などで住宅事情が変わったことを理由に、事情変更で、この和解の拘束から離れられると争ったようです。判決の一文です。

判例最判昭29・2・12 民集8巻2号448頁

事情変更の一般論と、適用の否定 いわゆる事情の変更により契約当事者に契約解除權を認めるがためには、事情の変更が信義衡平上当事者を該契約によつて拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要するものと解すべきであつて、その事情の変更は客觀的に觀察せられなければならないことは所論のとおりであるけれども、本件において契約締結の当時と原審口頭弁論終結の時との間に戦災等のため、原審認定のような、住宅事情の相違があるからといつて、本件和解につき直ちに上告人の解除權を容認しなければならない信義衡平上の必要があるものとはみとめられない。

建物賃貸借の和解をめぐる事件。判示=解除権を認めるには、事情の変更が信義衡平上、当事者を契約によって拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要し、その事情の変更は客観的に観察されなければならない。結論=適用は否定(上告棄却)。 図:建物賃貸借の和解をめぐる事件

  • 判示=解除権を認めるには、事情の変更が信義衡平上、当事者を契約によって拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要し、その事情の変更は客観的に観察されなければならない
  • 結論=適用は否定(上告棄却)

前半は、一般論です。事情変更を理由に解除権を認めるには、事情の変更が、信義衡平上、当事者を契約によって拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要する。信義衡平は、先ほど見た、信義則と公平を合わせた言葉です。そして、その事情の変更は、客観的に観察されなければなりません。本人が困ったかどうかではなく、世の中の事情として変わったかを、外から見る、ということです。後半が、その事件の結論です。契約を結んだ当時から、裁判の審理が終わる時までの間に、戦災などで住宅事情が変わったからといって、直ちに解除権を容認すべき信義衡平上の必要があるとは認められない。適用は否定されました。戦災という、大きな社会の変化でさえ、足りなかったのです。物差しは、変化の大きさそのものではありません。その契約に縛り続けることが、著しく不当かどうかです。判決は、足りない理由を、これ以上は書いていません。こちらの説明で補うと、こうです。明け渡すという約束は、住まいが見つけにくくなったときほど、守るのが重くなります。重くなったから解く、を認めれば、約束の意味がなくなります。値上がりしたからやめます、が通らないのと、同じ形です。切り分けを1つ。この判決は、事情変更で解除権を認める場面があることを前提にした一般論を述べ、そのうえで、当てはめで絞りました。一般論は、賃借人の側が主張した物差しを、そのとおりだ、と受ける形で書かれています。物差しは認めたうえで、この事件では解除を認めなかったのです。

柱2——最高裁が言ったこと、2つめ

ゴルフ場の事件。A=最初の経営会社(会員契約を結び、ゴルフ場を造成した)、B=会員たち、C=その次に営業を譲り受けた会社、D=いま営業している会社。A→B 会員契約。A→C→D 営業が引き継がれた。判断の基準=契約を結んだ当時の当事者であるA。 図:ゴルフ場の事件

  • A=最初の経営会社(会員契約を結び、ゴルフ場を造成した)、B=会員たち、C=その次に営業を譲り受けた会社、D=いま営業している会社
  • A→B 会員契約
  • A→C→D 営業が引き継がれた
  • 判断の基準=契約を結んだ当時の当事者であるA

2つめは、ゴルフ場の事件の判決です。登場する会社が3つあるので、役の名前で呼びます。会員契約を結んで、ゴルフ場を造成した、最初の経営会社。その次に営業を譲り受けた会社。そして、いま営業している会社です。ゴルフ場の会員たちが、いま営業している会社に、会員の資格があることの確認を求めました。資格の中身は、預けたお金の返還を求める権利、会員権を譲る権利、そして施設を優先して優待条件で使う権利です。会社側は、この優先して使う権利については、事情変更の原則か、権利の濫用で認められない、と主張しました。会員たちの権利の中身の一部を、なくそうとする主張です。

ゴルフ場の事件。事案=開業以来、のり面の崩壊がたびたび起き、全面閉鎖して約130億円で改良工事。会員たちは、改良後の施設を使うために新たな預託金などを負担することを拒んだ。原審=事情変更の原則を適用して会員の請求を棄却。最高裁=破棄して会員の請求を認めた。 図:ゴルフ場の事件

  • 事案=開業以来、のり面の崩壊がたびたび起き、全面閉鎖して約130億円で改良工事
  • 会員たちは、改良後の施設を使うために新たな預託金などを負担することを拒んだ
  • 原審=事情変更の原則を適用して会員の請求を棄却
  • 最高裁=破棄して会員の請求を認めた

ゴルフ場は、谷筋を埋めた盛土の施工不良などで、開業以来、のり面、つまり、土を盛ったり削ったりして出来た斜面の崩壊が、たびたび起きました。崩壊で営業ができなくなり、全面閉鎖して、約130億円をかけて改良工事をしました。会員たちは、改良工事後の施設を使うために、新たな預託金などの負担をすることを拒みました。原審、つまり最高裁の1つ前の裁判所は、事情変更の原則を適用して、会員たちの請求を棄却しました。最高裁は、この判断を是認できないとして破棄し、会員たちの請求を認めた第一審の判断が正しいとしました。理由は2段です。1段目は、適用するための条件の話です。判決は、帰責事由と書きます。責めに帰することができない事由、つまり、本人の責任と評価される事情が無いことです。

判例最判平9・7・1 民集51巻6号2452頁

事情変更の法理の適用に必要なこと 事情変更の原則を適用するためには、契約締結後の事情の変更が、当事者にとって予見することができず、かつ、当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであることが必要であり、かつ、右の予見可能性や帰責事由の存否は、契約上の地位の譲渡があった場合においても、契約締結当時の契約当事者についてこれを判断すべきである。

判決は、契約締結後の事情の変更、つまり、のり面の崩壊と防災措置の必要があったことは、認めています。そのうえで、事情変更の原則を適用するには、その変更が、当事者にとって予見できず、しかも、当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたことが必要だ、と言います。

ゴルフ場の事件。判断の基準=契約を結んだ当時の当事者であるA。 図:ゴルフ場の事件。判断の基準=契約を結んだ当時の当事者であるA。

そして、予見できたかどうかは、契約上の地位が譲り渡された場合でも、契約を結んだ当時の当事者について判断します。この事件では、最初の経営会社です。原審は、その次に営業を譲り受けた会社の予見可能性しか見ておらず、この点で是認できないとされました。なぜ、結んだ当時の当事者なのか。危険をどう配るかは、契約を結ぶ時に決まるからです。後から地位を譲り受けた会社で見てよいなら、譲り渡すだけで、予見できなかった、と言えてしまいます。ここは、こちらの説明です。2段目は、当てはめの一般論です。

判例最判平9・7・1 民集51巻6号2452頁

造成地の崩壊と、予見可能性・帰責事由 一般に、事情変更の原則の適用に関していえば、自然の地形を変更しゴルフ場を造成するゴルフ場経営会社は、特段の事情のない限り、ゴルフ場ののり面に崩壊が生じ得ることについて予見不可能であったとはいえず、また、これについて帰責事由がなかったということもできない。

自然の地形を変えてゴルフ場を造る会社は、特段の事情がない限り、のり面の崩壊が生じることを、予見できなかったとは言えず、責めに帰することができない、とも言えません。判決が挙げる理由は、自然の地形に手を加えて建設した施設は、将来にわたって災害が生じる可能性を否定できず、防災措置が必要になることも、全く予見できない事柄とはいえない、ということです。ここでも、法理を適用する道は閉じられました。

柱2——判決が述べたことと、述べていないこと

2つの判決が述べたことと述べていないこと。建物賃貸借の事件=述べたこと(一般論として、拘束が著しく不当と認められる場合であることを要し、事情の変更は客観的に観察される。その事件では適用を否定)。ゴルフ場の事件=述べたこと(予見できず責めに帰することのできない事由による変更が必要。判断は契約締結当時の当事者。その事件では適用を否定)。述べていないこと=4つの要件を並べること/契約内容の改訂を認めること/扉が狭い理由。 図:2つの判決が述べたことと述べていないこと

  • 建物賃貸借の事件=述べたこと(一般論として、拘束が著しく不当と認められる場合であることを要し、事情の変更は客観的に観察される。その事件では適用を否定)
  • ゴルフ場の事件=述べたこと(予見できず責めに帰することのできない事由による変更が必要。判断は契約締結当時の当事者。その事件では適用を否定)
  • 述べていないこと=4つの要件を並べること/契約内容の改訂を認めること/扉が狭い理由

根拠の札の線引きをします。ゴルフ場の判決が言ったのは、予見できないこと、責めに帰することができない事由によること、この2つが必要だ、というところまでです。このあと見る要件の骨格は4つありますが、その4つを並べた判決ではありません。法務省の資料も、この判決は、必要な範囲で要件の一部を示したものにすぎない、という指摘を載せています。ほかにも、判決が言っていないことがあります。契約内容の改訂を認めたわけではありません。ゴルフ場の事件は、法務省の審議資料が契約内容の改訂の否定例に分類する事案ですが、最高裁は適用自体を認めませんでした。そして、なぜ扉が狭いのか、その理由を語ってもいません。ここから先は、判例の札では言えず、こちらの説明になります。なぜ、ここまで線を引くのか。答案で、判例は、と書けるのは、判決文にあることだけだからです。最高裁は法理を前提にしている、とは書けます。4つを並べて示した、改訂を認めた、と書けば、言い過ぎになります。

最高裁・大審院・下級審。建物賃貸借の事件=適用を否定。ゴルフ場の事件=適用を否定。大審院=事情変更を理由に解除を認めた例が1件(大判昭19・12・6 民集23巻613頁)。下級審=適用を肯定した例がある(東京高判昭30・8・26、10年前に決めた代金に比べて時価が桁違いに上がった事案で解除を認めた)。最高裁が適用を肯定した例は、法務省が判例を整理した2013年の時点で、無いと整理されていた。 図:最高裁・大審院・下級審

  • 建物賃貸借の事件=適用を否定
  • ゴルフ場の事件=適用を否定
  • 大審院=事情変更を理由に解除を認めた例が1件(大判昭19・12・6 民集23巻613頁)
  • 下級審=適用を肯定した例がある(東京高判昭30・8・26、10年前に決めた代金に比べて時価が桁違いに上がった事案で解除を認めた)
  • 最高裁が適用を肯定した例は、法務省が判例を整理した2013年の時点で、無いと整理されていた

最高裁の姿勢を、全体で見ます。法務省が、民法改正の審議のために判例を整理した2013年の時点で、最高裁の判例には、事情変更の法理の適用を肯定したものは無い、と整理されていました。のちの研究者の整理も、最上級審で解除が認められたのは、大審院時代の1件のみとしています。大審院とは、戦前の最上位の裁判所です。一方で、下級審、つまり最高裁より下の裁判所には、適用を肯定した例があります。たとえば、10年前に決めた代金に比べて、時価が桁違いに上がった事案で、解除を認めた裁判例が、法務省の資料に載っています。判決の言葉は、数百倍という異常の価格の騰貴、です。冒頭のA社の3倍とは、かなり距離があります。ここは、こちらの説明の見立てです。

柱3——要件の骨格

要件の骨格4つ。1 契約を結んだ後に、前提にしていた事情が変わった。2 その変更を、当事者が予見できなかった。3 その変更が、当事者の責めに帰することができない事由によるものだった。4 契約どおりに拘束することが、信義則に照らして著しく不当。条文の要件ではない=判例と学説・実務で立てた物差し。 図:要件の骨格4つ

  • 1 契約を結んだ後に、前提にしていた事情が変わった
  • 2 その変更を、当事者が予見できなかった
  • 3 その変更が、当事者の責めに帰することができない事由によるものだった
  • 4 契約どおりに拘束することが、信義則に照らして著しく不当
  • 条文の要件ではない=判例と学説・実務で立てた物差し

3つめの柱です。2つの判決をふまえて、要件の骨格を組み立てます。条文の要件ではありません。判例と、学説、実務で立てた物差しです。4つあります。1つめ、契約を結んだ後に、前提にしていた事情が変わったこと。2つめ、その変更を、当事者が予見できなかったこと。3つめ、その変更が、当事者の責めに帰することができない事由によること。4つめ、契約どおりに拘束することが、信義則に照らして著しく不当なことです。

4つの要件と、根拠の札。1 事情が変わった=学説・実務の整理(ゴルフ場の判決も、事情の変更があったと認めたうえで2と3を判断した)。2 予見できなかった=判例(ゴルフ場の判決)。3 責めに帰することができない事由=判例(ゴルフ場の判決)。4 著しく不当=判例(建物賃貸借の判決。判決の言葉は「信義衡平上…著しく不当」)。4つをセットにした整理=学説・実務の整理。 図:4つの要件と、根拠の札

  • 1 事情が変わった=学説・実務の整理(ゴルフ場の判決も、事情の変更があったと認めたうえで2と3を判断した)
  • 2 予見できなかった=判例(ゴルフ場の判決)
  • 3 責めに帰することができない事由=判例(ゴルフ場の判決)
  • 4 著しく不当=判例(建物賃貸借の判決。判決の言葉は「信義衡平上…著しく不当」)
  • 4つをセットにした整理=学説・実務の整理

4つの物差しを、根拠の札ごとに言い分けます。2つめと3つめは、判例の札で、ゴルフ場の判決です。4つめも判例の札で、建物賃貸借の判決の一般論です。判決の言葉は、信義衡平上、著しく不当、です。1つめは、学説と実務の整理です。ゴルフ場の判決は、事情の変更があったことを認めたうえで、2つめと3つめを判断しました。そして、この4つをセットにした整理は、学説と実務の整理の札です。法務省の資料も、一般にこのように整理されていて、判例も古くからこれらを前提に判断を重ねているとされる、と書いています。4つめの、著しく不当、は、一般に3つの典型に整理されます。給付と反対給付、つまり、渡す物と払う代金の釣り合いが崩れる、等価関係の破壊。戦争や大災害で、履行が経済的に著しく困難になる、経済的不能。できなくなったのではなく、できるけれど、けた外れに費用がかかる、という型です。そして、契約を結んだ目的が達成できなくなる、契約目的の到達不能。たとえば、催しを見るために部屋を借りたのに、催しそのものが中止になった場合が、この型で想定される場面です。ただし、借りた人が一方的に催しを目当てにしていただけでは、事情変更に当たらないと整理されています。これは学説の整理で、名前と当てはめだけ押さえます。A社の設例は、1つめの型に当たると、こちらは見ます。

効果の札。解除=判例が前提にしている(建物賃貸借の判決は「解除権」)+学説。契約内容の改訂=学説・下級審(最高裁が認めた例は無い。反対する学説もある。条文に書くことには特に反対が強かった)。再交渉請求権=学説の一部(解除や改訂の前に、話し合いのやり直しを求める権利。名前だけ)。 図:効果の札

  • 解除=判例が前提にしている(建物賃貸借の判決は「解除権」)+学説
  • 契約内容の改訂=学説・下級審(最高裁が認めた例は無い。反対する学説もある。条文に書くことには特に反対が強かった)
  • 再交渉請求権=学説の一部(解除や改訂の前に、話し合いのやり直しを求める権利。名前だけ)

効果にも、根拠の札があります。解除は、建物賃貸借の判決が解除権と言っていて、判例が前提にしています。契約内容の改訂は、学説の札です。下級審には認めた例がありますが、最高裁が認めた例はありません。反対する学説もあり、改訂を条文に書くことには、審議でも特に反対が強かったと、法務省の資料にあります。もう1つ、再交渉請求権があります。解除や改訂の前に、話し合いのやり直しを相手に求める権利で、学説の一部が唱えます。今日は名前の紹介までです。

柱3——設例に4つを当てはめる

設例への当てはめ。1 事情が変わった=ある(小麦の値上がり)。2 予見できなかった=言いにくい(小麦の値段は日々動く。10年の固定価格を選ぶ人は値動きを織り込める。判断は契約を結んだ当時のA社について)。 図:設例への当てはめ

  • 1 事情が変わった=ある(小麦の値上がり)
  • 2 予見できなかった=言いにくい(小麦の値段は日々動く。10年の固定価格を選ぶ人は値動きを織り込める。判断は契約を結んだ当時のA社について)

冒頭のA社に、4つを当てはめます。その前に、問いです。A社は、10年の固定価格で売ると約束しました。小麦が値上がりしたとき、その危険は、この約束のなかで、誰が引き受けたことになるでしょう?値上がりの危険は、A社が引き受けたことになると思います。その見方を、順に4つに当てます。ここからは、こちらの説明の札です。1つめの、事情の変更は、あります。小麦の値上がりです。2つめ、予見できなかった、とは言いにくい。小麦の値段は日々動くもので、10年の固定価格を選ぶ人は、値動きを織り込めます。しかも、予見できたかどうかは、契約を結んだ当時のA社について判断します。

設例への当てはめ。3 責めに帰することができない事由=言いにくい(固定価格で売ると約束した以上、値上がりの危険はAが引き受けた約束と見られる)。4 著しく不当=言いにくい(固定価格は値上がりも値下がりも約束どおりで配ったリスクの分け方。備えたければ価格を調整する条項を入れられた)。結論=認められる可能性はきわめて低い。 図:設例への当てはめ

  • 3 責めに帰することができない事由=言いにくい(固定価格で売ると約束した以上、値上がりの危険はAが引き受けた約束と見られる)
  • 4 著しく不当=言いにくい(固定価格は値上がりも値下がりも約束どおりで配ったリスクの分け方。備えたければ価格を調整する条項を入れられた)
  • 結論=認められる可能性はきわめて低い

3つめ、責めに帰することができない事由、とも言いにくい。固定価格で売ると約束した以上、値上がりの危険は、A社が引き受けた約束と見られます。契約で何を引き受けたかを見る点は、債務不履行の責任を見たときと似ています。ただし、事情変更で求められる、予見できず責めに帰することができない、は、債務不履行の場合より厳しいものと整理されています。4つめ、著しく不当、とも言いにくい。固定価格は、値上がりも値下がりも、約束どおりで配ったリスクの分け方です。備えたければ、小麦の値段に合わせて売値を調整する条項を、契約に入れることもできました。入れずに結んだ以上、そのリスクは、結んだ人が負います。調整する条項を入れていた場合も、値動きは予見されたリスクとして、法理は適用されないと整理されています。結論は、認められる可能性は、きわめて低い。解除も、値段の改訂もです。法理そのものは在ります。最高裁は、法理を前提にして、当てはめをしてきました。ただし扉は狭く、赤字になるだけでは足りないのです。

柱3——なぜ扉は狭いのか

なぜ扉は狭いのか。契約が守られる=後で事情が変わっても、相手は約束どおり動くと信じられるから。事情次第で抜けられるなら→約束が約束でなくなる→契約の拘束力が空になる。だから例外中の例外。札=こちらの説明(判決はこの理由を語っていない)。審議の懸念(2013年・法務省の資料)=明文にすると濫用的な主張を誘発する。原則と例外が逆転するおそれ。 図:なぜ扉は狭いのか

  • 契約が守られる=後で事情が変わっても、相手は約束どおり動くと信じられるから
  • 事情次第で抜けられるなら→約束が約束でなくなる→契約の拘束力が空になる
  • だから例外中の例外
  • 札=こちらの説明(判決はこの理由を語っていない)
  • 審議の懸念(2013年・法務省の資料)=明文にすると濫用的な主張を誘発する
  • 原則と例外が逆転するおそれ

背骨に戻ります。契約が守られるのは、後で事情が変わっても、相手は約束どおり動く、と信じられるからです。大きな事情の変化があれば抜けられるなら、約束は、事情次第で破れるものになります。契約の拘束力が、空っぽになってしまうのです。だから、例外中の例外なのです。A社とB社で言えば、こうです。小麦が値下がりした年は、B社が高い値段で買い続けます。値上がりした年だけA社が抜けられるなら、B社は、損な年だけを引き受けることになります。それでは、10年の固定価格を約束した意味がありません。ここは、こちらの説明の札です。判決が、この理由を語っているわけではありません。ただ、民法改正の審議でも、明文にすると、濫用的な主張を誘発する、原則と例外が逆転するおそれがある、という懸念が示されました。試験での扱いにも触れます。事情変更の法理を適用して結論を出す答案は、通常は想定しにくいと、こちらは整理します。ただ、論文で論点になりうる所です。また、今日の4つは、判例と学説で立てた規範です。次に出てくる錯誤や履行不能などは、条文どおりの成立要件です。この違いは意識してください。

隣の制度との分け目

分け目の2つの軸。(a) その事情は、契約を結ぶ時に既にあったか、後から生じたか。(b) 約束した履行は、まだできるか、社会通念上できなくなったか。履行は物理的にではなく、社会通念上できるかで見る。軸の外=契約不適合(渡された物が、約束の中身に合わない)。 図:分け目の2つの軸

  • (a) その事情は、契約を結ぶ時に既にあったか、後から生じたか
  • (b) 約束した履行は、まだできるか、社会通念上できなくなったか
  • 履行は物理的にではなく、社会通念上できるかで見る
  • 軸の外=契約不適合(渡された物が、約束の中身に合わない)

最後に、隣の制度との分け目を練習します。契約をめぐる食い違いには、道具が複数あります。分け目の軸は2つです。1つめ、その事情は、契約を結ぶ時に既にあったのか、後から生じたのか。2つめ、約束した履行は、まだできるのか、できなくなったのか。ここでの、できる、できない、は、物理的にではなく、社会通念上でみます。軸の外に、もう1つあります。契約不適合です。履行はされたけれど、渡された物が、約束の中身に合わない、という話で、事情が変わった話ではありません。

2つの軸の表。契約の時から×履行はできる=錯誤(結ぶ時点の認識が事実と食い違っていた→取消し)。契約の時から×履行ができなくなった=原始的不能(契約の時に既に不能でも契約は有効・賠償)。契約の後に×履行はできる=事情変更の法理(履行はできるが釣り合いが著しく崩れた。最後の手段。条文が個別に受けている場合はそちらが先)。契約の後に×履行ができなくなった=履行不能→双方に責めがなければ、債権者は反対給付を拒める(危険負担)。典型の分け目。 図:2つの軸の表

  • 契約の時から×履行はできる=錯誤(結ぶ時点の認識が事実と食い違っていた→取消し)
  • 契約の時から×履行ができなくなった=原始的不能(契約の時に既に不能でも契約は有効・賠償)
  • 契約の後に×履行はできる=事情変更の法理(履行はできるが釣り合いが著しく崩れた。最後の手段。条文が個別に受けている場合はそちらが先)
  • 契約の後に×履行ができなくなった=履行不能→双方に責めがなければ、債権者は反対給付を拒める(危険負担)
  • 典型の分け目

2つの軸を掛け合わせると、四つになります。契約の時から、履行はできるのが、錯誤です。契約を結ぶ時点の認識が、事実と食い違っていた話です。前に見た、基礎事情の錯誤で、思い込みが事実と違ったまま結んだので、取り消せるかが問題になります。契約の時から、既に履行ができないのが、原始的不能です。この場合でも契約は有効です。不能になったのが契約の前か後かは、たまたまの違いだからです。あとは債務不履行として、渡せなかった側の賠償が問題になります。契約の後で、履行ができなくなったのが、履行不能です。双方に責めがなければ、債権者、つまり、物を受け取るはずだった側は、反対給付、売買なら代金の支払を、拒むことができます。前に条文を読んだ、民法536条1項で、これが危険負担です。受け取れないのに代金だけ払うのは、釣り合わないからです。そして、契約の後で、履行はできるけれど、釣り合いが著しく崩れたとき。ほかの3つには、条文が用意した道具があります。その道具が無いここだけが、事情変更の法理の出番で、いわば最後の手段です。この位置づけは、こちらの説明です。一つ注意です。将来の見通しが外れただけなら、契約を結んだ時の事実の認識は、誤っていません。ですから、ふつうは錯誤の問題になりません。ここは、こちらの説明です。また、履行不能を社会通念上の不能まで広げて読むと、事情変更の事案と重なりうる、とも指摘されています。この表は、典型の分け目です。

練習問題1。C が D 画廊から、画家の1点ものの絵画を買う契約をした。引渡しの前日に、画廊の隣の美術館の火災のもらい火で、絵画が焼失した。C にも D 画廊にも落ち度は無い。問い=使う道具は何か。 図:練習問題1

  • 引渡しの前日に、画廊の隣の美術館の火災のもらい火で、絵画が焼失した
  • C にも D 画廊にも落ち度は無い
  • 問い=使う道具は何か

練習です。答えは、そのつど言います。問1です。Cさんは、D画廊から、画家の1点ものの絵画を買う契約をしました。引渡しの前日に、画廊の隣の美術館の火災のもらい火で、絵画が焼失しました。Cさんにも、D画廊にも、落ち度はありません。どの道具で考えますか?この事例は、履行不能です。事情変更の法理ではありません。決め手は、約束した履行そのものが、できなくなったことです。Cさんは引渡しを請求できません。そして、双方に責めがないので、代金の支払を拒むことができます。この代金の話が、危険負担です。条文が用意した道が、先にあるのです。

練習問題2。E が F 農園から、ブドウ畑を買う契約をした。契約の席で、E は「有機認証つきのブドウを作りたいので、この畑を買う」と話した。実は、契約の時点で、畑の有機認証は既に失効していた。E も F も知らなかった。問い=使う道具は何か。 図:練習問題2

  • E が F 農園から、ブドウ畑を買う契約をした
  • 契約の席で、E は「有機認証つきのブドウを作りたいので、この畑を買う」と話した
  • 実は、契約の時点で、畑の有機認証は既に失効していた
  • E も F も知らなかった
  • 問い=使う道具は何か

問2です。Eさんは、F農園から、ブドウ畑を買う契約をしました。契約の席で、Eさんは、有機認証つきのブドウを作りたいので、この畑を買う、と話しました。ところが、契約の時点で、畑の有機認証は、すでに失効していました。EさんもF農園も、知りませんでした。どの道具ですか?基礎事情の錯誤で、取り消せる可能性があります。買う理由を契約の席で話していたので、その事情が契約の基礎とされていることが、表示されていた、といえそうだからです。重要性などの要件も満たす、という前提です。事情変更の法理ではありません。決め手は、事情の食い違いが、契約を結ぶ前に、すでにあったことです。後から世の中が変わった話ではないのです。

練習問題3。G 社が H から倉庫(建物)を、月額の借賃を決めて借りた。契約の後、周辺の倉庫の借賃の相場が大きく下がった。G 社は、約束の借賃が高すぎると感じる。問い=使う道具は何か。 図:練習問題3

  • G 社が H から倉庫(建物)を、月額の借賃を決めて借りた
  • 契約の後、周辺の倉庫の借賃の相場が大きく下がった
  • G 社は、約束の借賃が高すぎると感じる
  • 問い=使う道具は何か

問3です。G社は、Hから倉庫を、月額の借賃を決めて借りました。契約の後、周辺の倉庫の借賃の相場が、大きく下がりました。G社は、約束の借賃が高すぎると感じています。どの道具で考えますか?相場が下がった場面は、法理の出番に見えますが、先に使う道が別にあります。借地借家法32条1項の、借賃の減額請求です。契約の条件にかかわらず、将来に向かって、請求できます。後から事情が変わり、履行はできるけれど釣り合いを欠く、という点は、事情変更と似ています。けれども、条文が個別に道を用意しています。ですから、法理に頼る前に、条文の道を使います。危険負担と契約不適合の中身は、この先の回で扱います。

冒頭の問いに戻る——まとめ

今日のまとめ。3つの柱=1 事情変更の法理=契約は守るという原則の例外。条文は無く、根拠は信義則(学説・実務の整理)。借地借家法32条は、条文が個別に受けた例/2 最高裁の2つの判決=一般論を述べて適用を否定、予見できず責めに帰することのできない事由が必要と述べて適用を否定(判例)。最高裁の適用例は、2013年の整理の時点で無い 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=1 事情変更の法理=契約は守るという原則の例外
  • 条文は無く、根拠は信義則(学説・実務の整理)
  • 借地借家法32条は、条文が個別に受けた例/2 最高裁の2つの判決=一般論を述べて適用を否定、予見できず責めに帰することのできない事由が必要と述べて適用を否定(判例)
  • 最高裁の適用例は、2013年の整理の時点で無い

3つの柱で整理します。1つめ、事情変更の法理は、契約は守るという原則の例外です。民法に条文は無く、根拠は信義則です。これは学説と実務の整理の札です。借地借家法32条は、条文が個別に事情の変化を受けた例でした。2つめ、最高裁の2つの判決は、どちらも法理を前提にしながら、適用を否定しました。建物賃貸借の判決は、拘束が著しく不当と認められることを要する、と述べました。ゴルフ場の判決は、予見できず、責めに帰することができない事由による変更が必要だと述べました。これは判例の札です。最高裁の適用例は、2013年の整理の時点で無い、というのが、法務省の整理です。

今日のまとめ。3つの柱=3 要件の骨格4つと効果(解除・改訂)。扉が狭いのは、契約の拘束力が空になるから。分け目=契約の時の食い違いは錯誤/後から履行できなくなったら履行不能と危険負担/後から履行はできるが釣り合いを欠く場合が事情変更の法理/渡された物が約束と違うのは契約不適合 図:今日のまとめ

  • 3つの柱=3 要件の骨格4つと効果(解除・改訂)
  • 扉が狭いのは、契約の拘束力が空になるから
  • 分け目=契約の時の食い違いは錯誤/後から履行できなくなったら履行不能と危険負担/後から履行はできるが釣り合いを欠く場合が事情変更の法理/渡された物が約束と違うのは契約不適合

3つめ、要件の骨格は4つ、効果は解除と契約内容の改訂です。扉が狭いのは、事情次第で抜けられるなら、契約の拘束力が空っぽになるからです。隣の制度との分け目は、契約の時の食い違いなら錯誤、後から履行できなくなったなら履行不能と危険負担、後から履行はできるが釣り合いが著しく崩れたなら事情変更の法理、渡された物が約束と違うなら契約不適合でした。冒頭の問いに戻ります。A社は、契約をやめられるか。値段を変えてもらえるか。小麦の値上がりという事情の変更はあります。けれども、小麦の値動きは織り込めるはずで、固定価格で売ると約束した以上、値上がりの危険はA社が引き受けました。4つの要件のうち、予見できなかった、責めに帰することができない、著しく不当、のどれも示しにくく、認められる可能性は、きわめて低いのです。契約は守られなければならない。それでも拘束を解く場面は、信義則が決める。だから、その扉はきわめて狭い。

参照条文

  • 民法1条2項
  • 借地借家法32条1項

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