どこまで原告が決められるか——処分権主義・請求の特定と一部請求
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第1章 訴訟の開始 ㉕/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
どこまで原告が決められるか
図:町工場の設例——勝ったあと、残りを請求できるか
前回は、訴訟物という物差しが万能ではない、というところで終わりました。訴訟物というのは、前回確かめたとおり、原告が裁判所に判断してもらう権利や法律関係そのもの——この物差しのことです。今日は、その物差しを実際に動かす原告の側から見ていきます。
こんな場面を考えてみましょう。ある町工場が、部品メーカーから納入された部品の欠陥のせいで、製造ラインが長期間止まりました。損害を積み上げると、3億円になります。ただ、全部を認めてもらえるかは分かりません。しかも、裁判所へ訴えるときには、求める金額に比例して、先払いの費用がかかります。だから、この町工場は、まず3,000万円だけを訴えることにしました。
ここで、今日の問いです。この裁判に勝ったあと、残りの2億7,000万円を請求できるんでしょうか。勝訴したのだから当然できそうな気がしますが、実は、そう単純ではありません。原告が訴えのどこをどこまで自分で決められるか、これを見ていくと、答えが見えてきます。先に結論だけ言うと——原告の自由は、被告が予測できる範囲で縁取られています。
枠を決めるのは誰か——処分権主義の3つの現れ
図:処分権主義の3つの現れの板
この章の最初のほうで、民事訴訟は当事者が主役だという話をしましたね。その考え方は、訴訟の中で、もっと具体的な3つの場面に姿を変えて現れます。1つ目は、訴訟を起こすかどうかです。訴えを起こさない自由も、含まれます。損害を与えられても、訴えるかどうかは本人の自由です。例えば、友人にお金を貸して返してもらえなかったとしても、訴えるかどうかは、貸した本人が決めることです。訴えるかどうかも含めて、本人の自由だということです。裁判所のほうから勝手に取り立てを始めることはありません。2つ目は、訴訟のテーマを何にして、どういう解決を求めるかです。3,000万円を求めるのか、全額を求めるのか、原告が決めます。3つ目は、判決以外の方法で自分で終わらせるかどうかです。
中身は別の回で扱いますが、これも原告が決められる場面です。3つに分けましたが、言いたいことは1つです。始めるのも、中身を決めるのも、やめるのも、当事者だということです。処分権主義は、当事者主義の回では名前と位置だけでしたが、その中身が、今の3つです。理由は、民事訴訟が扱う権利の性質にあります。貸したお金を返してもらう権利のような私法上の権利は、もともと持ち主が自由に処分できるものです。裁判の外でも、権利を放棄したり話し合いで和解したりできる、ということです。その自由が訴訟の手続に入っても、形を変えて生き続けているんです。
処分権主義は実体法の世界にある処分の自由を、手続の中に映したものなんです。
処分権主義と弁論主義——決める対象の違い
図:処分権主義と弁論主義の対比の板
- 処分権主義=審判の対象と範囲を決める
- 弁論主義=判決の基礎となる資料〈事実と証拠〉の収集を当事者に委ねる。どちらも当事者が決めるが対象が違う
弁論主義のことですね。よく混同されるので、ここで線を引いておきます。処分権主義が決めるのは、審判の対象と範囲そのものです。何を裁判所に判断してもらうか、というテーマの部分です。一方、弁論主義が決めるのは、判決の基礎になる資料の集め方です。どの事実を主張し、どの証拠を出すか、という中身の集め方です。「300万円払え」と対象を決めるのは、処分権主義です。その300万円を根拠づける事実——いつ、いくら貸したか。それを主張し証拠を出すのは、弁論主義の話です。ただ、決める対象が違います。弁論主義の詳しい中身は、別の回でじっくり扱います。今日は、この線引きだけ持ち帰ってください。
入口と出口——今日進む2つの道
図:入口と出口の地図の板
今の3つのうち、2つ目——訴訟のテーマを何にするか、という原則は、実は手続の2か所で効いてきます。1つは、訴えを起こす入口です。テーマをどこまではっきり決めるべきか、という話です。もう1つは、判決を出す出口です。原告が決めたテーマからはみ出して判決してよいか、という話です。出口は、判決を扱う回で改めて見ます。今日は、入口だけに絞ります。入口には、さらに2つの道があります。1つは、テーマをどこまではっきり決めなければならないか——請求の特定です。もう1つは、決めた範囲をあとから広げられるか——一部請求です。町工場が3,000万円だけ先に訴えて、残りをあとから請求できるか。冒頭の問いは、この2つ目の道の先にあります。
請求の特定から見ていきましょう。
請求の特定とは——134条
図:請求の特定の位置づけの板
本題に入る前に、1つ思い出してください。前回、貸金返還債務の不存在確認を求める訴えで、訴訟物は何でしたか?たしか「債務が存在しないこと」ではなく。原告が存在しないと確認してほしいと言っている、その債務そのもの、でした。この答えが、今日の話のあとのほうでもう一度効いてきます。では、本題です。原告は、訴えを起こす段階で、審判してほしい対象をはっきりさせなければなりません。これを、請求の特定といいます。
条文民事訴訟法134条
民事訴訟法第134条(訴え提起の方式) 訴えの提起は、訴状を裁判所に提出してしなければならない。 2 訴状には、次に掲げる事項を記載しなければならない。 一 当事者及び法定代理人 二 請求の趣旨及び原因
訴状には、当事者が誰かということと並んで、この2つを書かなければなりません。言葉を確かめておくと、請求の趣旨は「どんな判決が欲しいか」という結論部分、請求の原因は、その結論を支える具体的な中身です。訴えの3類型を見た回で一度出しました。この2つによって、審判の対象——訴訟物が特定されます。どこまで書けば足りるのか。そこが、次のテーマです。
なぜ特定が要るのか——2つの理由
図:なぜ特定が要るのかの板
なぜ、審判の対象をはっきりさせなければならないんでしょうか。理由は、大きく2つあります。1つは、被告が、何に対して防御すればいいかを決められることです。例えば、赤信号を無視した車にはねられて、後遺症の程度がまだ確定しないとします。だからといって、「相当な額を支払え」という請求の趣旨は書けません。被告からすれば、いくらの請求に対して防御すればいいか、金額が無いと分かりません。もう1つの理由は、裁判所の審判の対象が明確になることです。対象がぼやけていると、裁判所も、何を判断すればいいか決められません。この2つの理由から、これから見る3つの帰結が、全部出てきます。
暗記ではなく、この2つの理由に立ち返れば、その場で導けます。1つ目の帰結が、今見た「金額を明示しない請求は許されない」というものです。ただし、金額を明示したうえで、あとで請求を広げるという対応はできます。この話は、あとで一部請求のところでもう一度出てきます。
帰結2——債務不存在確認の訴えは例外
図:なぜ特定が要るのかの板
判例最判昭和40年9月17日 民集19巻6号1533頁
最高裁判所判決(相続人らが貸金債務の一部の不存在確認を求めた事件) 本件請求の趣旨および請求の原因ならびに本件一件記録によると、上告人らが本件訴訟において本件貸金債務について不存在の確認を求めている申立の範囲(訴訟)は、…債務額の不存在の確認であることが認められる。
ここに、例外があります。債務不存在確認の訴えは、金額が明示されていなくても、発生の原因が書かれていれば特定されます。ここで、さっき思い出してもらった話が効いてきます。訴訟物は「債務が存在しないこと」ではなく、原告が不存在の確認を求めている、その債務そのものでしたね。この事件では、相続人たちが訴えを起こしました。亡くなった方が負っていた貸金債務のうち、自分たちが認める元本を除いた額の、不存在確認を求めたんです。最高裁は、こう判断しました。金額が一つの数字として書かれていなくても、請求の趣旨や請求の原因、記録全体から、原告らが求めている審判の対象を的確に読み取れる、と。
この事件でそう判断された、という形で押さえてください。発生の原因——いつの、どういう経緯の貸金なのか、が示されていれば、対象は絞り込めるからです。被告の側から見ても、どの債権についての争いかが分かれば、何を争えばいいかは決められます。だから、金額が一つの数字で書かれていなくても、防御の対象は定まるんです。
帰結3——請求の原因は「区別できればいい」ではない
図:3つの帰結まとめの板
- 帰結1金額不明示は不可
- 帰結2債務不存在確認は例外
- 帰結3請求の趣旨だけで足りる訴えでも請求の原因は必要——他の請求と区別できるだけでは足りず被告が戦い方を決め裁判所が対象を見定める程度の事実が要る
もう1つ、帰結があります。所有権の確認や、離婚を求める訴えのように、請求の趣旨だけで対象が特定できる訴えもあります。対象を特定するだけなら、それで足ります。ただ、それでも請求の原因は必要です。理由に戻りましょう。請求の原因が要るのは、単に他の請求と区別するためではありません。被告が防御の方針を立てられて、裁判所も何を審理するか分かる程度には、事実を書く必要があるからです。例えば、離婚を求める訴えを考えてみましょう。請求の原因として、不貞やDVなど、離婚を基礎づける具体的な事実を書きます。ここも、さっきの2つの理由に立ち返れば、暗記せずに導けます。
「方法を書かない請求」は特定されているか
図:抽象的不作為請求の板
ここからは、請求の特定の応用問題です。「この土地には立ち入ってはならない」。「夜9時から翌朝7時まで、飛行機を離着陸させてはならない」。こうした請求は、禁止する行為をそのまま名指ししています。これを、具体的不作為請求といいます。これに対して、こういう請求があります。「原告の住居に一定のデシベル以上の騒音を到達させてはならない」。騒音を止めるための具体的な措置——防音壁を作るのか、運行時間を制限するのか。そこは特定していません。一定の侵害結果を発生させることの禁止だけを求めているんです。これを、抽象的不作為請求といいます。
これは、請求の特定として足りているんでしょうか。
なぜ特定として足りるのか——3段の論拠
図:抽象的不作為請求の板
判例最判平成5年2月25日
最高裁判所判決(航空機の夜間離着陸をめぐる差止め請求が争われた事件) このような抽象的不作為命令を求める訴えも、請求の特定に欠けるものということはできない。
判例は、こうした請求も、請求の特定に欠けるとは言えないとしています。理由は、大きく3段で説明できます。1段目。そもそも被告に求めているのは、騒音を一定以下に抑えるという結果です。請求の趣旨は、その結果を名指ししています。だから、被告が何をすべきかは明らかで、特定として十分です。2段目。結果を取り除く手段は、本来、被告が状況に応じて選ぶべきものです。原告が手段まで指定すると、かえって目的の達成を妨げることがあります。3段目です。裁判所が判断すべき範囲についても、取り除くべき結果と、その発生源がはっきりしていれば十分です。逆に、境界の外を見てみましょう。仮に、原告が「被告は、原告に一切迷惑をかけてはならない」とだけ請求したらどうでしょうか。
それは、さすがに漠然としすぎている気がします。除去すべき侵害の結果も、発生源も定まっていません。これは特定を欠きます。一定のデシベルという結果と、被告の施設という発生源が示されているからこそ。抽象的不作為請求は特定として足りるんです。
なぜ執行できるのか——間接強制という仕組み
図:抽象的不作為請求が認められる理由の板
方法を決めずに実現できるのか。そこがポイントです。こうした請求が認められる理由は、次の2つで説明できます。1つは、実体法の上で、結果の実現そのものを目的とする請求権が認められていることです。もう1つは、判決が確定したあと、被告が守らなければ、間接強制という方法で執行できることです。
条文民事執行法172条1項
民事執行法第172条1項(間接強制) 作為又は不作為を目的とする債務で前条第一項の強制執行ができないものについての強制執行は、執行裁判所が、債務者に対し、遅延の期間に応じ、又は相当と認める一定の期間内に履行しないときは直ちに、債務の履行を確保するために相当と認める一定の額の金銭を債権者に支払うべき旨を命ずる方法により行う。
ここは間違えやすいところです。直接強制ではなく、間接強制です。一定の金銭を支払えと命じて、被告に任意の履行を促す方法なんです。
コラム——判決機関と執行機関の分離
図:判決機関と執行機関の分離の板
ここで、もう1つ疑問が残ります。普通、給付を命じる判決は、内容を明確に示す必要があります。執行機関——執行裁判所や執行官は、実体法上の問題を判断せず、簡易・迅速に権利を実現する建前だからです。それなのに、なぜ抽象的不作為判決は許されるのか。答えは、間接強制の仕組みそのものにあります。間接強制は、被告にお金の支払いを命じるだけです。具体的な態様・方法の決定は、被告自身に委ねられます。もし間接強制でも実現されない場合には、裁判所が状況に応じた処分を命じる仕組みも、別に用意されています。名前だけ挙げておくと、民事執行法171条1項2号の「将来のため適当な処分」です。詳しくは、民事執行法そのものを扱う場面で見てください。
決めた枠は、あとから広げられるか——一部請求とは
図:一部請求の関係図
ここから、今日のもう1つの柱に入ります。冒頭の町工場の話に戻りましょう。債権の一部だけを先に請求して、残りをあとに残しておくことを、一部請求といいます。金額をいくらにするかも、原告が決められる範囲——処分権主義の現れです。ここに、実質的な事情があります。日本の民事訴訟では、訴えを起こすときに、請求する金額に見合った手数料を先に納める決まりがあります。最初から全額を請求するのは、原告にとって重い負担になります。
図:一部請求とはの板
だから、まず一部で試して、見通しを立てる——これを試験訴訟と呼ぶことがあります。このお金の事情を落とすと、一部請求はただの理屈だけの制度に見えてしまいます。
残部請求はできるか——3つの立場
図:残部請求の3つの立場の板
- 全面肯定説=実体法上債権の分割行使は債権者の自由
- 全面否定説=被告が何度も応訴させられる煩わしさ・裁判所の重複審理→訴えの変更で拡張すべき
- 判例=明示説
では、勝ったあとに、残りの2億7,000万円を請求できるのか。ここで見解が分かれます。1つ目は、全面肯定説です。実体法上、債権をいくつに分けて行使するかは、債権者の自由だと考えます。2つ目は、全面否定説です。被告が何度も応じさせられる煩わしさや、裁判所が同じ問題を繰り返し審理する負担を重く見ます。この説に立つと、原告は訴訟の途中で請求を広げるべきだ、ということになります。そのための手続が、143条の訴えの変更です。途中で請求の中身を追加・変更する手続です。中身は、この先の回で扱います。そして3つ目、これが判例の立場です。明示説といいます。
一部だけを請求しているということを、はっきり示しているかどうかです。
明示していれば、残部は残る——明示説の判例
図:残部請求の3つの立場の板
- 全面肯定説=実体法上債権の分割行使は債権者の自由
- 全面否定説=被告が何度も応訴させられる煩わしさ・裁判所の重複審理→訴えの変更で拡張すべき
- 判例=明示説
判例最判昭和37年8月10日 民集16巻8号1720頁
最高裁判所判決(一部であることを明示して訴えが提起された事件) 一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合は、訴訟物となるのは右債権の一部の存否のみであつて、全部の存否ではなく、従つて右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないと解するのが相当である。
判例は、こう言っています。一個の債権のうち、数量的な一部についてだけ判決を求めると明示した場合。訴訟物になるのは、その一部の存否だけです。全部の存否ではありません。だから、確定判決の既判力は、残部の請求には及びません。確定判決の判断は、訴訟物の範囲でだけ蒸し返せなくなる効力でした。「3億円のうち、まず3,000万円を請求します」と明示したとします。このとき訴訟物は、3,000万円の部分だけです。勝訴が確定しても、残りの2億7,000万円はまだ判断されていません。だから、あらためて請求できます。明示があれば許される理由は、こうです。明示があれば、被告は同じ手続の中で、146条の反訴を起こして、残りの債務が無いことの確認を求める機会を与えられています。
被告のほうから、同じ訴訟の中で新しい請求を持ち出す手続です。これも中身は別の回で扱います。大事なのは、被告にその機会があるということです。だから、あとで残部を請求されても、被告にとって想定の範囲内なんです。ここで、裏返しも押さえておきましょう。明示していなければ、訴訟物は債権の全部です。だから、残部の請求はできません。遮断されます。「一部だけ請求したから訴訟物も一部だ」ではないんです。明示して初めて、訴訟物が一部に絞られます。これで、町工場のケースの2つ目——明示しなかった場合の答えも出ましたね。
では、ここで少し立ち止まりましょう。同じように一部だけ明示して訴えて、今度は負けた場合はどうでしょうか。同じように、残りを請求できると思いますか。実は、そう単純ではありません。次の判例を見てみましょう。
全体を審理して負けたら、もう終わっている
図:一部請求棄却後の残部請求を遮断する理由の板
判例最判平成10年6月12日 民集52巻4号1147頁
最高裁判所判決(数量的な一部請求が棄却された後、残部が請求された事件) 数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、…前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である。
判例はこう言っています。数量的な一部請求は、その債権全部について、発生や消滅の原因になる事実の有無を審理します。そのうえで、請求が認められるかを決めるものです。棄却するためには、債権全体が存在するかどうかを、裁判所は一度全部見ているんです。だから、それを棄却する判決は、「あとで残部として請求できる部分は存在しない」という判断を示しているに等しい、というんです。だから、金銭債権の数量的一部請求で敗訴した原告が、あらためて残部を請求することは、特段の事情がない限り許されません。「3,000万円を請求します」と明示していても、裁判所が3億円全体の存否を審理したうえで、「そもそも欠陥は無かった」と判断され、棄却が確定したとします。このとき残りの2億7,000万円は、もう請求できません。
ここで、罠が1つあります。この結論を、既判力で説明してはいけません。訴訟物は、あくまで明示された一部のままです。既判力が及ぶ範囲も、その一部だけです。判例が根拠にしているのは、既判力ではなく、信義則です。理由は2つあります。1つは、前訴の確定判決で、債権全体について紛争が解決したという、被告の合理的な期待に反することです。もう1つは、被告に、もう一度応訴させる二重の負担を強いることです。「訴訟物が別だから通る」わけではないんです。明示があっても、通らない場面があります。
原告の自由は、被告の予測可能性で縁取られている
図:一部請求のまとめの板
- 明示していれば残部請求できる=被告に反訴の機会があり予測の範囲内
- 全体を審理して棄却されたら残部請求できない=被告はもう終わったと思っている。原告の自由は被告の予測可能性で縁取られている
ここで、2つの判例を1本の線でつないでみましょう。明示していれば残部請求ができるのは、被告に反訴の機会があるからです。あとで残部を請求されても、予測の範囲内なんです。全体を審理して棄却されたあとは、被告はもう紛争が終わったと思っています。そこへ残部を持ち出されるのは、予測の外です。3,000万円の勝訴後なら反訴で受け止めた範囲、棄却されたあとならもう終わったと思っている範囲。同じ数字でも、予測の内と外です。処分権主義は、原告に自由に決めさせる原則でした。でも、その自由は無制限ではありません。被告が予測できる範囲で、初めて認められます。原告の自由は、被告の予測可能性で縁取られている。これが、今日いちばん持ち帰ってほしいことです。
事案から問題提起をして、この2つの規範を立てて、あてはめる、という答案の型になります。その組み立て方は、専用の論文シリーズで実演します。今日は、この2つの規範を正確な言葉で持ち帰るところまでにしましょう。
一部請求と過失相殺——外側説と按分説
図:一部請求と過失相殺の板
判例最判昭和48年4月5日 民集27巻3号419頁
最高裁判所判決(一部請求と過失相殺の方法が争われた事件) …一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に、過失相殺をするにあたつては、損害の全額から過失割合による減額をし、その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し、残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容することができるものと解すべきである。このように解することが一部請求をする当事者の通常の意思にもそうものというべきであつて、所論のように、請求額を基礎とし、これから過失割合による減額をした残額のみを認容すべきものと解するのは、相当でない。
一部請求には、周辺の論点がいくつかあります。まず、過失相殺との組み合わせです。被害者にも落ち度があるとき、その分だけ賠償額を減らす仕組みです。中身は、実体法の側で扱います。一部請求のときに、この減額をどこから行うかで、2つの考え方があります。引き算の順番で、答えは変わります。実は、この判例、前回見た交通事故の判例と同じ事件です。財産的な損害と精神的な損害をあわせた損害のうち、一部だけを訴えた事案です。判例はこう言っています。過失相殺をするときは、損害の全額から過失割合による減額をします。その残った額が請求額を超えなければ、その残った額をそのまま認めます。残った額が請求額を超えるときは、請求の全額を認めます。
図:外側説と按分説の計算対比の板
- 損害総額2,000万円・過失3割・請求900万円。外側説=2,000万円×0.7=1,400万円→900万円を上回るので900万円全額を認容
- 按分説=900万円×0.7=630万円のみ認容。差は270万円
やってみましょう。損害の総額が2,000万円、原告の過失が3割、一部請求額が900万円だとします。この判例が採る考え方を、外側説といいます。まず、損害の全額、2,000万円から3割を引きます。2,000万円かける0.7で、1,400万円です。だから、900万円をそのまま全額認めます。もう1つの考え方が、按分説です。こちらは、請求額そのものから3割を引きます。900万円かける0.7で、630万円です。こちらは630万円しか認められません。なぜ判例は、原告に有利な外側説を採るのか。判例は、一部請求をする当事者の通常の意思にも、このほうが沿うからだ、と言っています。
一部請求をする原告は、過失相殺されても確実に残る範囲を、まず請求していると考えられます。だから、減額はまず、請求していない残りの部分から先に行うべきだ、という発想です。計算の手順だけを覚えるのではなく、この理由とセットで持ち帰ってください。
一部請求と時効の完成猶予
図:一部請求と時効の完成猶予の板
もう1つ、時効との関係も見ておきましょう。訴えを起こすと、時効の完成が止まる効果が生まれます。ただし、この効果は原則として、訴訟物についてだけ生じます。なぜ訴訟物についてだけなのか。ここも同じ軸です。原告が訴えで切り取った範囲が、被告が身構えるべき範囲だからです。だから、明示していなければ、この効果も債権全部に生じます。一方、明示していれば、直接に効果が生じるのは、その一部についてだけです。判例は、訴えが続いている間、原告は残りの部分についても、権利行使の意思を示し続けていると見ます。
ここで出てくるのが、催告という仕組みです。催告とは、相手に、履行してください、と求めることです。催告があると、その時から6か月を経過するまでの間は、時効は完成しません。民法150条1項です。ただし、催告だけでは先送りにすぎません。その6か月の間に、訴えを起こすなどの措置を取らなければ、時効はそのまま完成します。
判例最判平成25年6月6日 民集67巻5号1208頁
最高裁判所判決(明示的な一部請求の訴訟係属中に、残部の時効の完成猶予が争われた事件) したがって、明示的一部請求の訴えが提起された場合、債権者が将来にわたって残部をおよそ請求しない旨の意思を明らかにしているなど、残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情のない限り、当該訴えの提起は、残部について、裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を生ずるというべきであり、債権者は、当該訴えに係る訴訟の終了後6箇月以内に民法153条所定の措置を講ずることにより、残部について消滅時効を確定的に中断することができると解するのが相当である。
この判決が出た当時の用語です。今の条文に置き直すと、150条の「催告による時効の完成猶予」に当たります。呼び方が変わっただけで、この6か月という区切りの考え方そのものは、今も生きています。訴訟が終わって6か月の間に、残部について改めて手を打たないと、残部の時効はそのまま完成してしまいます。例外があります。原告が「残りはもう一切請求しません」という意思をはっきり示している場合のように、権利を行使する意思がもう無いと言える特別な事情があれば、この猶予は働きません。ここは、うっかり見落としやすいところです。最後に、名前だけ挙げておきます。前の裁判が確定したあとに、誰にも予見できなかった後遺症が新たに判明することがあります。
明示の一部請求と同じ枠組みで処理する、という考え方があります。ただ、これは確定判決の効力がどこまで及ぶか、という話に踏み込みます。詳しくは、既判力を扱う回で見ます。
前回の回収と、冒頭の答え
図:入口と出口の地図の板
前回、訴訟物という物差しは万能ではない、という話をしました。一部請求の2つの判例は、まさにその実例です。訴訟物が同じか別かを決めるだけでは、残部請求ができるかどうかは決まりませんでした。訴訟物という物差しの外側で、被告の予測可能性という物差しが働いていたんです。では、冒頭の問いに戻りましょう。町工場は、3,000万円だけを訴えました。勝訴したあと、残りの2億7,000万円を請求できるでしょうか。一部だけであることを明示していれば、原則としてできます。ただ、前の裁判で、3億円全体を審理したうえで棄却されていたら、できません。そして、今日見てきた処分権主義という原則は、この入口だけでなく、判決の出口でも、もう一度効いてきます。そちらは、判決を扱う回で見ましょう。
今日の地図(保存版)
図:まとめの板
今日の話を、1本の軸でまとめます。処分権主義の3つの現れも、請求の特定の2つの理由も、一部請求の2つの判例も、全部同じ軸の上にありました。原告の自由は、被告の予測可能性で縁取られている。丸暗記の結論ではなく、この1本の線を持ち帰ってください。
参照条文
- 民事訴訟法134条
- 民事執行法172条1項