証明責任と法律要件分類説
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第2章 訴訟の審理 #60/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
証拠を全部調べても、決められなかったら
図:冒頭事案の関係図
この章の最初から何度か出てきた、Xさんが取引先の代表者Yさんに800万円を貸した、あの事件です。争点は、返す約束をしたかどうかです。証人の話や、当時のやり取りの記録など、出せる証拠を裁判所が全部調べたとします。それでも裁判官には、返す約束があったのか無かったのか、どうしても決められなかったとしたら、この訴訟はどうなると思いますか。いったん判断を保留する、という決着のつけ方はできません。先に答えを言っておくと、決められなかった事実は無かったものとして扱われ、その事実を主張していた側が負けます。今日は、なぜそうなるのか、そして誰がその負けを引き受けるのかをどう決めるのかを見ていきます。
真偽不明は避けられない
図:法規不適用の原則の板
前回見た証明度、つまり高度の蓋然性に、心証がどうしても届かないことがあります。証拠を尽くしても、その事実があったともなかったとも、裁判官には決められない。この状態を真偽不明と呼びます。その部分だけ判決を先送りにすることはできません。法律の要件にあたる事実があると裁判所が判断すれば、その法規は適用されます。無いと判断すれば、適用されません。これが法規不適用の原則です。適用されるかされないかのどちらかしかなく、真偽不明という第3の箱は、この原則の中には用意されていません。
客観的証明責任——無かったものとして扱う
図:客観的証明責任の定義板
裁判所は、真偽不明を理由に判決そのものを拒むことはできません。わからないから判決を出さない、というのを認めてしまうと、紛争を解決するという裁判制度そのものが成り立たなくなるからです。そこで民事訴訟は、真偽不明になった事実を、無かったものとして扱うという態度を、あらかじめ選んでいます。無かったものとして扱われれば、その事実を要件とする法律効果は発生しません。この不発生によって不利益を受けることを、客観的証明責任と呼びます。真偽不明の事実は、あったと決めてしまうのではなく、無かったと決めます。そこが向きを間違えやすいところです。真偽不明はどちらの側にもプラスには働かず、その事実を主張していた側の不利益に、いつも一方向に落ちます。冒頭のXさんとYさんの事件に戻ります。返す約束をしたという事実が真偽不明だったとします。この事実は、無かったものとして扱われます。返す約束が無かった以上、貸金返還請求権は発生しません。だから、返す約束をしたと主張していたXさんが負けます。法規は、要件にあたる事実があると判断できたときにだけ適用されるものでした。あると言えない以上、適用しない側、つまり無かったのと同じ扱いに倒すしかないんです。
主観的証明責任——証拠を出す側の負担
図:主観的証明責任の板
今見た客観的証明責任は、判決という最終局面で一度だけ確定する、結果としての不利益でした。これとは別に、審理の途中で働く証明責任があります。審理の途中で、実際に証拠を出せなければ、まだ証明が足りていないものとして不利に扱われてしまう、そういう当事者側の負担です。これを主観的証明責任、または証拠提出責任と呼びます。客観的証明責任は動きません。審理の最初から最後まで、Xさんが返す約束の証明責任を負う、という位置づけは変わりません。これに対して主観的証明責任は、審理の進み方によって、実際に誰が証拠を出すべき局面かが移り変わります。Xさんが返す約束を裏づける証拠を出せば、次はYさんが反証を出さないと不利になる、というようにです。
以前見た釈明権、つまり裁判所が当事者に問いを発し、立証を促す権限を使うとき、どちらの当事者に矛先を向けるかの基準になります。証明責任を負っている側が十分な証拠を出せていなければ、裁判所はその当事者に向けて、立証を促すことになります。
2つの証明責任の対比
図:2つの証明責任の対比板
- 客観的証明責任=働く局面は判決という終局面・結果は固定して動かない
- 主観的証明責任=働く局面は審理の過程・結果は相手の出方次第で移り変わる
- 原則一致=主観的証明責任を負う当事者は原則として客観的証明責任を負う者と一致
- 例外=証拠の偏在や社会的地位の格差を理由に一致させない議論があり理論構成は諸説
この2つを並べておきます。働く局面は、客観的証明責任が判決という終局面、主観的証明責任が審理の過程です。結果は、客観的証明責任が動かない固定的なもの、主観的証明責任が相手の出方次第で移り変わるものです。原則は一致します。主観的証明責任を負う当事者は、原則として客観的証明責任を負う者と同じです。ただし、証拠が一方に偏っている場合や、当事者間の社会的な立場に大きな差がある場合に、客観的証明責任を負わない側にも証拠を出させるべきだという議論があります。
分配は民事訴訟のバックボーン
図:分配の重みの板
どちらが証明責任を負うかは、判決の場面だけの話ですか。違います。証明責任を負う者は、原則として以前見た主張責任も、そして今日見た証拠提出責任も、あわせて負います。以前見た主張責任は、事実を主張しなかったために無かったものとされる不利益でした。証明責任は、主張はしたのに真偽不明に終わったときの不利益です。だから、証明責任の所在が決まっていないと、当事者は審理のどの段階で何を主張し、どんな証拠を出すべきかが分からず、裁判所も訴訟指揮のしようがありません。証明責任の分配は、判決の瞬間だけでなく、審理全体を通して当事者の活動と裁判所の判断を左右する、民事訴訟のバックボーンです。
分配のルール①——明文がある場合
図:明文がある場合の板
- 民法117条1項=無権代理人の責任を追及する訴訟では代理権を証明したことの証明責任は無権代理人側
- 民法453条=検索の抗弁権は保証人が資力と執行の容易さを証明する責任を負う
- 製造物責任法4条=免責事由は製造業者等が証明する責任を負う
条文民法117条1項
民法117条1項(無権代理人の責任) 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。
誰が証明責任を負うかは、実体法が明文で決めている場合があります。民法117条1項を見てください。他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、または本人の追認を得たときを除き、履行または損害賠償の責任を負います。例えば、Aさんの代理人だと名乗るBさんと契約したCさんが、実は代理権が無かったとして、Bさんに責任を追及するとします。このとき、代理権があったことを証明する責任は、責任を追及するCさんではなく、代理人と名乗ったBさんの側に置かれています。条文の書き方そのものが、証明責任の所在を決めているんです。
条文民法453条
民法453条(検索の抗弁) 債権者が前条の規定に従い主たる債務者に催告をした後であっても、保証人が主たる債務者に弁済をする資力があり、かつ、執行が容易であることを証明したときは、債権者は、まず主たる債務者の財産について執行をしなければならない。
もう1つ、民法453条の検索の抗弁権です。保証人が、主たる債務者に弁済をする資力があり、かつ執行が容易であることを証明したときは、債権者はまず主たる債務者の財産について執行をしなければなりません。ここでも、資力と、執行が容易であることを証明する責任は、保証人側に置かれています。
条文製造物責任法4条1号
製造物責任法4条1号(免責事由) 前条の場合において、製造業者等は、次の各号に掲げる事項を証明したときは、同条に規定する賠償の責めに任じない。 一 当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったこと。
製造物責任法4条も同じ型です。製品の欠陥を、引き渡した時点の科学や技術の知見では認識できなかったこと、こうした免責事由は、製造業者等の側が証明する責任を負います。
分配のルール②——法律要件分類説
図:法律要件分類説の定義板
ここからが今日の主役です。実体法の大多数の条文は、117条や453条のように、証明責任の所在を明示していません。この場合にどう分配を決めるかが問題になります。そこで通説は、法律要件分類説という考え方で分配を決めます。これは、自分に有利な法律効果を発生させる法律要件に当たる事実について、それぞれの当事者が証明責任を負う、という原則です。自分に有利になりたい効果を主張するなら、その効果を基礎づける事実は自分で証明しなさい、という考え方です。
図:4類型の一覧板
- ①権利根拠事実=権利発生を根拠づける事実・例は契約の締結・証明責任は権利を主張する原告
- ②権利消滅事実=いったん発生した効果を消滅させる事実・例は弁済相殺消滅時効解除・証明責任は相手方の被告
- ③権利障害事実=法律効果を発生させないようにする事実・例は虚偽表示や錯誤による取消し・証明責任は被告
- ④権利阻止事実=発生した権利の行使を阻止する権利抗弁・例は同時履行の抗弁権・証明責任は被告
この原則を、条文に書かれた事実の役割によって4つの型に整理します。1つ目、権利根拠事実。権利の発生を根拠づける事実で、例えば契約の締結です。これは、権利を主張する側、通常は原告が証明責任を負います。2つ目、権利消滅事実。いったん発生した法律効果を消滅させる事実で、弁済、相殺、消滅時効、契約の解除などです。これは相手方、通常は被告が証明責任を負います。3つ目、権利障害事実。法律効果をそもそも発生させないようにする事実で、意思表示が虚偽表示だった場合や、錯誤による取消しなどです。これも被告が証明責任を負います。4つ目、権利阻止事実。いったん発生した権利の行使を、一時的に止める権利抗弁、つまり相手がその権利を使うと言って初めて効く抗弁で、代表例は、以前の回で見た同時履行の抗弁権、つまり相手が自分の分を履行するまでは、こちらも履行しないと言える権利です。これも被告が証明責任を負います。
図:通し事案への当てはめ図
- Xの貸金返還請求権を根拠づける要件事実=返す約束をしたこと・金銭を受け取ったこと=権利根拠事実として請求原因・Xが証明責任
- Yが弁済したと言えば権利消滅事実として抗弁・Yが証明責任
- Yが時効で消えたと言っても同じく権利消滅事実として抗弁・Yが証明責任
冒頭のXさんとYさんの事件に当てはめます。Xさんの貸金返還請求権を根拠づける要件事実、返す約束をしたことと、金銭を受け取ったことは、権利根拠事実です。これは請求原因、つまり原告が自分の請求を根拠づけるために主張する事実として、Xさんが証明責任を負います。弁済は、いったん発生した権利を消滅させる事実、権利消滅事実です。これは抗弁として、Yさんが証明責任を負います。もう消滅時効で消えた、と言う場合も同じ型で、Yさんが証明責任を負う抗弁になります。逆に言えば、Xさんが、まだ返してもらっていないことまで証明する必要はありません。弁済があったかどうかが真偽不明なら、今度は弁済が無かったものとして扱われ、負けるのはYさんの側です。
誰が何を証明する責任を負うかは、条文の中でその事実がどの役割を果たしているかによって、ここまで整理して考えることができます。
条文の書き分けだけでは決まらない場合
図:批判と補充の板
4つの型に振り分ければいつも証明責任の所在がすっきり決まるかというと、そうとも言い切れません。例えば、民法95条の錯誤です。意思表示に錯誤があったと言って取消しを主張する側が、その錯誤の存在を証明します。効力があると主張する側が、錯誤が無かったことを証明するのではありません。例えば、買うつもりだった時計を別の型番と取り違えて注文した人が取り消すと言うなら、取り違えがあったことは、その人が証明します。しかし、これが権利の発生を妨げる権利障害事実なのか、それとも権利根拠事実の一部が欠けているという裏返しなのか、条文の位置づけだけからは判然としない、という批判があります。だから法律要件分類説は、条文の書き分けだけで機械的に振り分けが決まる理論ではなく、条文の外側にある、正義や公平の観念で補われる、柔軟な考え方だと理解しておく必要があります。それを示す判例を2つ見ます。
図:判例2件の対比板
- 無断転貸=賃借人が承諾を得ずに賃借地を転貸しても背信行為と認めるに足りない特段の事情があれば解除できない・その特段の事情の存在は賃借人側が主張立証する
- 準消費貸借=目的とされた旧債務が存在しなければ効力を持たないが旧債務の不存在は準消費貸借の効力を争う債務者側が立証する
条文民法612条
民法612条(賃借権の譲渡及び転貸の制限) 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。 2 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。
まず、民法612条2項です。賃借人が賃貸人の承諾を得ずに、第三者に賃借物を使わせたときは、賃貸人は契約を解除できるとされています。
判例最判昭41・1・27
無断転貸と特段の事情の証明責任 土地の賃借人が賃貸人の承諾を得ることなくその賃借地を他に転貸した場合においても、賃借人の右行為を賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときは、賃貸人は民法六一二条二項による解除権を行使し得ないのであつて、そのことは、所論のとおりである。しかしながら、かかる特段の事情の存在は土地の賃借人において主張、立証すべきものと解するを相当とする
ある判例です。土地の賃借人が承諾を得ずに賃借地を転貸した場合でも、それが賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときは、賃貸人は612条2項による解除権を行使できません。そして、この特段の事情の存在は、賃借人の側が主張・立証すべきものとされました。解除する側の賃貸人が「特段の事情が無い」ことまで証明するようにも思えますが、判例はそうしませんでした。無断で転貸したという解除の要件事実は賃貸人が証明しますが、そこからさらに「特段の事情」という、いわば言い訳にあたる事実の証明は、賃借人の側に割り振っています。無断転貸という原則を崩す例外を主張したい者が、その例外を根拠づける事実を証明する、という向きです。
条文民法588条
民法588条(準消費貸借) 金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合において、当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したときは、消費貸借は、これによって成立したものとみなす。
もう1つ、民法588条の準消費貸借です。金銭を給付する義務を負う者がいる場合に、当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約すれば、消費貸借が成立したものとみなされます。もとになる債務、旧債務があることが成立の前提です。条文の書き方どおりなら、旧債務があることは権利を根拠づける事実で、効力を主張する債権者が証明するはずです。
判例最判昭43・2・16
準消費貸借と旧債務不存在の証明責任 準消費貸借契約は目的とされた旧債務が存在しない以上その効力を有しないものではあるが、右旧債務の存否については、準消費貸借契約の効力を主張する者が旧債務の存在について立証責任を負うものではなく、旧債務の不存在を事由に準消費貸借契約の効力を争う者においてその事実の立証責任を負うものと解するを相当とする
この判例では、準消費貸借は、もとになる旧債務が存在しない以上効力を持たないとしながらも、旧債務があったことを、契約の効力を主張する側、つまり債権者が証明する責任は負わないとしました。旧債務が無かったことを理由に契約の効力を争う側、つまり債務者のほうが、その不存在を証明する責任を負うとされたんです。準消費貸借は、当事者どうしが旧債務があるという前提で、わざわざ新しい約束にまとめ直したものです。そういう合意がある以上、旧債務はあったと見るのが自然です。しかも、まとめ直したときに、古い借用証書は債務者に返されたり捨てられたりしがちで、債権者があとから旧債務を証明するのは難しくなります。だから、旧債務は無かったと争う側に証明させるのが公平だ、という考え方です。どちらの判例も、条文の書き方だけなら逆に見える場面で、公平の観点から証明責任が振り直されている例です。
平成29年民法改正との関係
図:改正との関係の板
条文民法415条1項
民法415条1項(債務不履行による損害賠償) 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
実際、平成29年の民法改正を議論する過程では、誰が証明責任を負うのかを条文の書きぶりで示そうという意識はありました。ただ、実際に条文へ反映されたのは、ごくわずかにとどまっています。成果の1つが、民法415条1項です。帰責事由が無いことを本文ではなく、ただし書に置きました。ただし書に書かれた事実は、本文の効果を妨げたい側が証明する、というのが法律要件分類説の読み方です。だから、帰責事由が無いことは債務者の側が証明する、と明瞭になりました。例えば、売った家具を引き渡す前に倉庫が落雷で焼けた売主なら、自分の責めに帰することができない事情だったことを、売主が証明します。
整理されたのは、ごく一部です。証明責任の分配の大半は、今日見た法律要件分類説と、それを補う公平の観念に、今も委ねられています。
真偽不明から分配まで、一枚の地図
図:まとめの板
今日見てきた流れをまとめます。真偽不明は避けられません。それでも裁判所は判決を拒めないので、真偽不明の事実は無かったものとして扱われ、その不発生によって不利益を受けることが客観的証明責任でした。審理の過程で実際に証拠を出す負担である主観的証明責任と、原則は一致しますが、例外の議論もありました。誰が証明責任を負うかは、実体法に明文があればそれに従い、無ければ法律要件分類説の4類型で分配を決めます。ただし、この分配は条文の書き分けだけで機械的に決まるものではなく、正義や公平の観念で補われる場面があることも見ました。
返す約束をしたという事実が真偽不明のままなら、その事実は無かったものとして扱われます。貸金返還請求権は発生せず、Xさんが負けます。
参照条文
- 民法117条1項
- 民法453条
- 製造物責任法4条1号
- 民法612条
- 民法588条
- 民法415条1項