民訴ゼロから民訴#61

証明責任を軽くする5つの道

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第2章 訴訟の審理 #61/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

証拠を持っていない側が、それでも証明しなければならない

冒頭事案の関係図(A=近隣に住む原告、工場の排水で健康被害を受けた。B=工場を営む被告、排水の処理設備の記録も水質のデータもすべてBの内部にある。原則どおりならAが過失も因果関係も自分で証明しなければ勝てない) 図:冒頭事案の関係図

前回、証明責任は法律要件分類説にしたがって原則どおり配分される、というところまで見ました。今日は、その重い不利益を、負っている側のまま軽くできる道があるかを見ていきます。冒頭で、こんな事件を考えます。工場の排水が原因で、近くに住む人たちに健康被害が出ました。原因を作ったとされる工場の内部の処理データや、これまでの運転記録は、すべて工場の中にあります。住民は工場の中身を見られません。それでも民事訴訟の原則どおりなら、過失があったことも、排水と健康被害の間に因果関係があったことも、証明する責任は住民、つまり原告の側にあります。

酷に見えます。実際、この不公平をやわらげようとする道具が、今日見る5つです。証明責任を負う側の不利益を、いろいろな角度から軽くしていきます。

①証明責任の転換

証明責任の転換の対比図(A=被害者・原告が過失を証明する一般原則の矢印/自賠法3条ただし書ではB=運行供用者・被告が過失の不存在等を証明する矢印に向きが反転する) 図:証明責任の転換の対比図

  • A=被害者・原告が過失を証明する一般原則の矢印
  • 自賠法3条ただし書ではB=運行供用者・被告が過失の不存在等を証明する矢印に向きが反転する

証明責任を負う者が背負う不利益は、もともとは実体法がどう要件を立てているかに由来します。だから、その配分が不合理だと感じるなら、一番素直な解決は、実体法そのものを書き換えることです。一般の不法行為を定める民法709条では、被害者、つまり原告が加害者の過失を証明しなければなりません。ところが自動車事故については、特別法である自動車損害賠償保障法ができて、この配分を逆転させました。

条文自動車損害賠償保障法3条

自動車損害賠償保障法3条(自動車損害賠償責任) 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。

本文は過失責任の原則を維持していますが、ただし書を見てください。注意を怠らなかったこと、第三者に故意過失があったこと、車に構造上の欠陥が無かったこと、これらを証明する責任は、被害者ではなく運行供用者、つまり加害者の側に置かれています。証明責任がまるごと逆転しているんです。場面で確かめます。歩道を歩いていた人が、車を運転していた相手にはねられて、けがをしました。709条だけなら、けがをした人が「相手は前をよく見ていなかった」と証明しなければなりません。自賠法3条のもとでは逆で、運転していた者が、注意を怠らなかったことや車に欠陥が無かったことなどを全部証明できない限り、責任を免れません。

3条は、他人の生命又は身体を害したときに限っています。塀や車が壊れただけなら3条は使えず、709条に戻って、被害者の側が過失を証明します。証明責任を動かせるのは、立法が書き換えた範囲だけなんです。これで全部解決するわけではありません。実体法の構造を書き換えるのは時間がかかりますし、特別立法が要ります。冒頭の工場排水の事件のように、公害や医療過誤といった現代型と呼ばれる訴訟類型では、特別立法を待っている余裕がありません。工場内部の処理データや専門知識を持たない原告に、一般原則どおり過失の証明責任をそのまま負わせるのは、当事者どうしの武器がそもそも対等でないという指摘もあります。ここから先は、立法を待たずに、個別の事件の中でこの不公平を埋められないかを見ていきます。

②法律上の推定

法律上の推定の定義板(実体法が立証困難をあらかじめ想定して明文で推定を定める場合=法律上の推定・前提事実を証明すれば足り相手方は反対事実の本証が必要=実質的な転換) 図:法律上の推定の定義板

新しい立法を待たずに、すでにある条文の中で負担を軽くする、2つ目の道です。実体法の中には、社会生活でよくある事情をあらかじめ織り込んで、「〜と推定する」と定めている条文があります。これを法律上の推定と呼びます。証明したことにしてしまうのではありません。取得時効を例にします。取得時効を主張する人は、10年か20年、占有を続けたことを証明しなければなりません。でも、その期間、1秒も途切れずに占有していたことまで証明しろというのは、無理を強いています。

条文民法186条

民法186条(占有の態様等に関する推定) 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。 2 前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。

そこで186条2項です。占有していた最初の時点と、最後の時点、この2つの証拠があれば、その間もずっと占有が続いていたと推定されます。全期間を1つずつ証明する代わりに、両端の2点さえ証明すればよくなるんです。たとえば、隣との境にある細長い土地を、20年間畑として使ってきた人がいるとします。20年前に耕している写真と、今年耕している写真があれば、間の20年分の証拠が無くても、占有は続いていたと推定されます。相手方は、その間に占有が途切れた、という反対の事実を、自分で証明しなければなりません。反対事実の証明が本証、つまり十分な確からしさまで証明する責任として、相手方に回っています。前提事実を証明した側の負担が、実質的に軽くなっているのが分かると思います。隣の人が争うなら、「10年前の数年間は荒れ地で、誰も使っていなかった」ことを、争う側が自分で本証しなければなりません。裁判官に「途切れていたかもしれない」と思わせる程度では足りません。1つ目の転換のように条文の要件そのものを書き換えるわけではありません。前提の事実を示しさえすれば、反対の事実を本証する重さが相手に回る。この重さが、次の一応の推定との分かれ目になります。

2種類の推定一覧板(法律上の事実推定=占有継続民186条2項・賃貸借と雇用の更新民619条629条・嫡出の推定民772条/法律上の権利推定=占有者の権利民188条・境界標の共有民229条・共有持分民250条762条) 図:2種類の推定一覧板

  • 法律上の事実推定=占有継続民186条2項・賃貸借と雇用の更新民619条629条・嫡出の推定民772条
  • 法律上の権利推定=占有者の権利民188条・境界標の共有民229条・共有持分民250条762条

推定の型はもう1つあります。今見た占有の継続や、賃貸借と雇用の更新のように、事実そのものを推定するタイプが法律上の事実推定です。もう1つ、占有者が持っている権利や、境界線上の設置物の共有のように、権利があることを直接推定するタイプが法律上の権利推定です。たとえば188条で、自転車に乗って使っている人は、その自転車を使う権利を適法に持っていると推定されます。妻が婚姻中に妊娠した子は、その婚姻における夫の子と推定される、という民法772条の規定です。この場合も、母親は婚姻中に妊娠したという事実だけ証明すれば足り、父親であることを証明する必要はありません。争いたい側が、父子関係が無いことを証明しなければなりません。細かい要件は民法のシリーズで扱います。もう1つだけ、区別しておきたい仕組みがあります。さっきの186条1項、占有の態様、つまり所有の意思や善意、平穏、公然という部分は、前提事実の証明すら要らず、条文の本文でいきなり推定すると定めています。こういう、前提事実の証明を求めずに条文の本文でそのまま定めておくタイプは、暫定真実と呼ばれることがあります。名前だけ触れておきます。

③一応の推定と間接反証

一応の推定の板(2つの判例=他人の山林を無断伐採した事案・麻酔注射の概括的認定=明文が無くても高度の蓋然性のある経験則を使えば法律上の推定と同じ効果を得られる) 図:一応の推定の板

3つ目の道です。今見た法律上の推定を定める条文は、247条の自由心証主義のもとで裁判所が使う経験則のうち、特に確からしさの高いものを、あらかじめ法律の文章にしたものだと言えます。ここで気づくのは、明文が無くても、高度の蓋然性を持つ経験則が確かに存在するなら、それを使って事実を認定すれば、法律上の推定と同じように証明責任を負う当事者の負担を軽くできる、ということです。これを一応の推定と呼びます。ここでの高度の蓋然性は、前回までの証明度の話ではありません。経験則そのものが、ほとんど例外なく当てはまる、という意味です。

ある判例では、他人の山林の木を無断で伐採したときは、故意か過失があったと一応推定してよいとされました。別の判例では、麻酔の注射を受けた部位が膿んで後遺症が残った事件で、注射器具、施術者の手指、患者の注射部位、このどこの消毒が不完全だったかまで特定できなくても、そのどれかの消毒が不完全だったという形で過失を認定してよいとされました。1つに絞り込まなくても、そのどれかであるという形で丸ごと認定する、概括的な認定です。

一応の推定の位置づけの板(条文が決めた推定ではなく経験則から裁判官が推し量る推定=事実上の推定の一種・二段の推定の一段目=印影から本人の意思による押印を推し量る推定と同じ形・手術後に体調が悪くなっただけでは経験則が無いので一応の推定は働かない) 図:一応の推定の位置づけの板

どちらも、条文に推定規定があるわけではありません。それでも、木を切ったら過失があるのが通常だ、注射のあとに感染症が起きたなら手技のどこかに不備があったのが通常だという、高度の蓋然性を持つ経験則を使って、証明責任を負う側の負担を軽くしています。ここで、書証の回を思い出してください。二段の推定の一段目は、何から何を推し量る推定だったでしょうか?答えは、印影から、本人の意思による押印を推し量る推定でした。一応の推定は、その一段目と同じ形です。条文が決めた推定ではなく、経験則から裁判官が推し量る推定、つまり事実上の推定の一種です。逆に、手術のあと体調が悪くなった、というだけでは一応の推定は働きません。持病や体質など、手術以外の原因も普通にありうるので、「こうなら過失があるのが通常だ」と言えるほどの経験則が無いからです。

一応の推定の効果図(A=証明責任を負う当事者が高度の蓋然性のある経験則を使って証明負担を軽くする→B=相手方が間接事実で推定を揺るがすよう追い込まれる=間接反証はBの反撃行動であり独立の矢印ではない) 図:一応の推定の効果図

移るわけではありません。客観的証明責任、つまり真偽不明のとき誰が負けるかは、原告のまま動きません。動くのは主観的証明責任、つまり今どちらが証拠を出さないと不利になるか、です。一応の推定が働くと、相手方は推定を揺るがすような別の事実、つまり間接事実を、自分から主張し立証するよう追い込まれます。これを間接反証と呼びます。独立した手続きがあるわけではありません。間接反証という名前がついていますが、実際には、相手方が間接事実について主張・立証することを強いられる、という仕組みを説明するための言葉です。証明責任という重さそのものを動かす制度ではなく、それが働く様子を指す呼び方だと考えてください。

相手に求められる重さが違います。法律上の推定では、相手は反対の事実そのものを本証しなければなりませんでした。一応の推定では、たとえば伐採の事件なら、被告が「境界の杭が動かされていて、自分の土地だと信じるのが当然だった」といった別の事実を示します。ただし、この別の事実そのものは、裁判官に確信を抱かせるところまで証明しなければなりません。これも本証です。その代わり、過失があったという主要な事実については、裁判官が決めきれない状態に戻せば足ります。このように、確信を揺るがして真偽不明に戻す立証を反証と呼びます。真偽不明に戻れば、客観的証明責任を負う原告が負けます。条文という支えが無いぶん、崩れやすい。だから、一応の推定は、法律上の推定の下に並びます。

証拠を持っている側と持たない側のずれ

証拠偏在の関係図(A=被害者・原告=証拠が無い/B=加害者・被告=証拠を独占・②法律上の推定と③一応の推定でもまだ埋まらないずれが残ることがある) 図:証拠偏在の関係図

  • A=被害者・原告=証拠が無い
  • B=加害者・被告=証拠を独占・②法律上の推定と③一応の推定でもまだ埋まらないずれが残ることがある

埋まらないことがあります。工場の排水と健康被害の間の科学的な因果関係は、確立した経験則と言えるほど一般化されていない場合も多いからです。それでも埋まらないとき、どうするか。残る2つの道を見ます。

④証明妨害

証明妨害の一覧表(208条=当事者尋問の不出頭・宣誓陳述拒絶で相手方の主張を真実と認める/224条1項2項=文書提出命令違反・滅失で文書の記載に関する主張を真実と認める/224条3項=証拠偏在型・要証事実そのものについて真実と認める1項2項より強い効果) 図:証明妨害の一覧表

  • 208条=当事者尋問の不出頭・宣誓陳述拒絶で相手方の主張を真実と認める
  • 224条1項2項=文書提出命令違反・滅失で文書の記載に関する主張を真実と認める
  • 224条3項=証拠偏在型・要証事実そのものについて真実と認める1項2項より強い効果

4つ目です。証明責任を負う当事者が、相手方のせいで証拠を出せなくされる場合があります。遺言書や診療録が捨てられたり、事故車や壊れた機械が処分されたりして、証明そのものが挫折させられるケースです。これを証明妨害と呼びます。すでに見た明文が、この場面のために用意されています。当事者尋問の回で見た208条と、文書提出命令の回で見た224条です。この2つの明文があるのに、一応の推定より下に置くのは、これらが効くのが、当事者尋問と文書提出命令という場面に限られるからです。一応の推定は、確かな経験則さえあれば、訴訟の種類を問わず使えます。証明妨害の明文は、その2つの場面の外では働きません。場面の外まで広げた一般的な法理になっているかは、この後見るとおり、まだ議論の途中です。確実に使える範囲が狭いぶん、証明妨害は、一応の推定の下に並びます。

条文民事訴訟法208条

民事訴訟法208条(不出頭等の効果) 当事者本人を尋問する場合において、その当事者が、正当な理由なく、出頭せず、又は宣誓若しくは陳述を拒んだときは、裁判所は、尋問事項に関する相手方の主張を真実と認めることができる。

正当な理由なく出頭しない、あるいは宣誓や陳述を拒んだとき、裁判所は相手方の主張を真実と認めることができる、というものでした。

条文民事訴訟法224条1項・2項・3項

民事訴訟法224条1項・2項・3項(当事者が文書提出命令に従わない場合等の効果) 当事者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる。 2 当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたときも、前項と同様とする。 3 前二項に規定する場合において、相手方が、当該文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、裁判所は、その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる。

文書提出命令に従わない、あるいは相手の使用を妨げる目的で文書を捨てたときも同じで、その文書の記載に関する主張が真実と認められます。そして3項です。文書の記載についての具体的な主張と、他の証拠による証明の両方が著しく困難なとき、裁判所は文書の記載どころか、証明すべき事実そのものについて、相手方の主張を真実と認めることができます。1項2項より強い効果です。冒頭の工場で考えます。住民が運転記録の提出命令を申し立て、裁判所が命じたのに、工場が出さなかったとします。1項で、記録の中身についての住民の主張が真実と認められえます。でも住民は記録を見たことが無く、中身を具体的に言えません。ほかの証拠で過失を証明するのも難しい。この二重の困難があれば、3項で、過失があったという主張そのものまで真実と認められえます。

明文の外の証明妨害の板(208条・224条は当事者尋問・文書提出命令という場面に限られる・場面の外まで広げた一般的な法理はまだ議論の途中・訴え前の記録処分では224条2項の提出義務・使用妨害目的がはっきりしない) 図:明文の外の証明妨害の板

208条と224条は、どちらも一定の場合に相手方の主張を真実と認める、という同じ形の効果を持っています。文書提出命令の回で見た、真実擬制です。証拠を出さない、または壊した側に、証拠を出さなかった以上の不利益、つまり証明責任を負う当事者の主張がそのまま真実として通ってしまうという不利益を負わせています。逆に、記録が台風の浸水でだめになったのなら、工場が使用を妨げたわけではないので、224条2項には当たりません。これらはすでにある明文ですが、証明妨害という現象自体は、もっと広い場面で起きえます。文書や検証物の毀滅一般について、証明責任の転換や証明度を下げるといった効果を、より一般的な法理として認められないかが議論されています。ある高等裁判所の判決が、その可能性を示したとされていますが、確立した判例法理としてまとまっているわけではありません。たとえば、訴えが起こされる前に、工場が運転記録を処分してしまっていたらどうか。訴えが起こされる前の処分なので、その時点でこの記録を提出する義務があったと言えるか、相手の使用を妨げる目的だったと言えるかがはっきりしません。ですから、224条2項がそのまま当てはまるとは言い切れません。こうした明文の外側の妨害にも不利益を負わせられるか、が議論の中身です。

⑤事案解明義務の理論

事案解明義務の関係図(A=被害者・原告=証拠が無い/B=加害者・被告=証拠を独占・Bに協力義務を課す矢印は点線=学説段階でまだ確立していないことを線種で示す) 図:事案解明義務の関係図

  • A=被害者・原告=証拠が無い
  • B=加害者・被告=証拠を独占・Bに協力義務を課す矢印は点線=学説段階でまだ確立していないことを線種で示す

損害賠償請求や差止請求では、被害者、つまり原告に、過失や因果関係の証明責任が配分されています。その一方で、証拠や情報は、被告の側に偏っていることがあります。以前見た証拠の偏在と同じ問題です。そこで学説の一部が唱えているのが、事案解明義務の理論です。証拠や情報の偏りが極端なとき、証明責任も主張責任も負っていない相手方の当事者にも、事実の解明に協力する義務を課せないか、という考え方です。この義務を怠ったときは、立証が難しい事実について、原告の主張を真実とみなして、被告に不利益を負わせられるという構成です。訴訟上の信義則がその根拠とされますが、具体的な要件や効果は、論者によって一致していません。4つ目の証明妨害との違いは、相手が何も悪いことをしていなくてもよい点です。工場が記録を捨ても隠しもしていなくても、情報を独り占めしているというだけで、運転記録や水質データを出して排水処理の中身を具体的に説明する義務を負わせる。説明しなければ、住民の主張どおり過失があったと扱う。これがこの理論の描く姿です。

これに近い考え方を示したとされる判決があります。原子炉の設置許可の取消しが争われた事件です。判断は3段です。本来は誰が負担するか、それでも誰が先に動くべきか、動かなければどうなるか。

判例最判平成4年10月29日

事案解明義務の理論に近い考え方を示した判決 原子炉設置許可処分についての右取消訴訟においては、右処分が前記のような性質を有することにかんがみると、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。

安全審査の資料を全部持っているのは被告行政庁の側だから、まず被告行政庁の側が、自分の判断に不合理な点が無いことを、相当な根拠と資料に基づいて主張・立証する必要がある。それを尽くさなければ、判断に不合理な点があると事実上推認される、という判断です。証拠を持っている側に、先に動く負担を負わせている構成です。この判決だけで、事案解明義務の理論が判例上採用されたと即断するのは慎重であるべきです。理由は2つあります。1つは、国の処分の取消しを争う行政事件で、私人どうしの損害賠償とは場面が違うこと。もう1つは、判決が言うのは「事実上推認される」までで、協力の義務に違反した制裁として主張を真実とみなす構成はとっていないことです。確立した判例法理になっているわけでもありません。それでも、証拠を持たない原告の立証負担を、何らかの形で軽くしようとする試みが、実務の中に現れていることは注目に値します。

5つの道の一本線と、第2章全体の地図

まとめの板(①証明責任の転換=立法で実体法を書き換える→②法律上の推定=実体法の明文→③一応の推定と間接反証=明文が無くても経験則で→④証明妨害=相手の妨害への制裁→⑤事案解明義務の理論=協力を義務づける学説・確立度が下がる一本の線/第2章の地図=審理の流れ→口頭弁論の原則→弁論主義と釈明→争点整理→証拠の収集と証拠調べ→事実認定と証明責任) 図:まとめの板

  • ①証明責任の転換=立法で実体法を書き換える→②法律上の推定=実体法の明文→③一応の推定と間接反証=明文が無くても経験則で→④証明妨害=相手の妨害への制裁→⑤事案解明義務の理論=協力を義務づける学説・確立度が下がる一本の線
  • 第2章の地図=審理の流れ→口頭弁論の原則→弁論主義と釈明→争点整理→証拠の収集と証拠調べ→事実認定と証明責任

まとめる前に、冒頭の工場排水の事件に、5つの道を上から順に当ててみます。1つ目、証明責任の転換。特別法が過失を問わない形で手当てしていれば、そこで決着です。ただ、そうした手当てがあっても、排水と病気の因果関係の証明は、住民に残ることが多いんです。2つ目、法律上の推定。排水と健康被害の因果関係を推定する条文は、民法にも民事訴訟法にもありません。この事件では使えません。3つ目、一応の推定。この物質をこの量浴びればこの病気になる、という経験則が確立していれば、住民の負担は軽くなります。確立していなければ働きません。4つ目、証明妨害。工場が提出命令に従わなかったり、記録を捨てたりしたなら、真実擬制が使えます。5つ目、事案解明義務。それでも埋まらなければ、工場に説明を求める議論が残ります。ただ、判例で確立した道具ではありません。

上の道ほど確実で、下の道ほど裁判所に認めてもらえるかが不確かになります。だから、確実な道から当てていきます。5つの道を、もう一度一本の線としてまとめます。①証明責任の転換は、立法によって実体法そのものを書き換える道でした。②法律上の推定は、実体法が明文で推定を定めている場合。③一応の推定と間接反証は、明文が無くても経験則で同じ効果を得る道。④証明妨害は、相手の妨害に対する制裁。⑤事案解明義務の理論は、証拠を持つ側に協力を義務づけようという学説です。この順に、手段としての確立度が下がっていきます。ここで、第2章「訴訟の審理」全体を、1枚の地図にたたんでおきます。審理は口頭弁論の原則から始まり、弁論主義と釈明でどこまで裁判所と当事者の役割を分けるかを決め、争点整理で本当に争うべき点を絞り込み、証拠の収集と証拠調べで材料をそろえ、最後に事実認定と証明責任で、真偽不明のときにどちらが負けるかを決めます。今日見た5つの道は、この最後の場面の重さを、和らげようとする試みでした。

次は、この審理を経て出た判決に、どんな効力があるのかを見ていきます。

参照条文

  • 自動車損害賠償保障法3条
  • 民法186条
  • 民事訴訟法208条
  • 民事訴訟法224条1項・2項・3項

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