一部請求と残部請求——明示説・信義則・外側説〈後編〉
第2章「訴えの提起」②の後編。前編の処分権主義を「原告が自分から対象を一部に絞る」局面に応用する。一部請求は適法(1回目)だが、残部を後から請求できるかは明示説(最判昭37.8.10)で決まる——明示あれば訴訟物は一部に限定され残部は別訴で可、明示なければ訴訟物は全部で残部は既判力に遮断。山場は勝敗の非対称で、認容確定後の残部請求は可、棄却確定後は既判力ではなく信義則(民法1条2項)で不可(最判平10.6.12)。派生として裁判上の催告による時効の完成猶予(6か月)、後遺障害の追加請求(予見可能性がキー)、過失相殺の外側説まで、すべて「処分権主義の現れ」として一本につなぐ。
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第2章 訴えの提起 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
📺 この回は動画に合わせて前後編に分かれています。前編「処分権主義・246条・一部認容判決」はこちら(/notes/minso-c2-2/)。
前編では、裁判所の権限は「原告が引いた枠の内側だけ」という処分権主義と、その中核条文民訴246条、一部認容判決までを扱った。後編は、原告が自分から対象を一部に絞る局面——一部請求に入る。1000万円の債権のうち、まず200万円だけ訴える。これは適法か。そして残りの800万円を後から請求できるか。実は「勝ったとき」と「負けたとき」で答えが真逆になる、というのが今回の山場だ。
一部請求——目的と適法性
一部請求とは、可分な金銭債権について全額ではなくその一部に限定して請求することをいう。目的は主に2つ。第1に印紙代の節約(請求額が大きいほど訴状の印紙代が増えるので、1000万円の債権でも「まず100万円」とすれば安く済む)。第2にテスト訴訟(証拠が不安なら少額から試し、勝てると分かったら残部を請求する)。1回目の一部請求は適法で、根拠は前編の処分権主義——原告が審判対象を一部に限定する権限がある。問題は残部を後から請求できるかだ。後訴には、被告の不意打ち・二重の応訴・訴訟不経済という弊害がついてまわるので、そこをどう調整するかが論点になる。
明示説——残部請求の可否(最判昭37.8.10)
判例・多数説は明示説をとる。最判昭和37年8月10日の規範だ。
「一部請求であること」を訴え提起時に明示した場合——訴訟物はその一部に限定される。残部は別の訴訟物だから、残部請求は別の訴訟として許される。逆に明示しなかった場合——訴訟物は債権全体と解釈され、前訴で100万円全体について既判力が生じるので、残部の後訴は既判力に遮断されて許されない。「明示あり→訴訟物は一部→残部は別訴訟物→後訴OK」という流れだ。既判力の及ぶ範囲は「訴訟物がどこまでか」で決まる(既判力の中身そのものは第4章の既判力回で扱う)から、明示の有無=訴訟物の広さが、そのまま残部請求の可否を分ける。
棄却確定後の残部請求——信義則説(最判平10.6.12)
今回いちばん重要な論点。明示して一部請求し、前訴が棄却(敗訴)で確定したとき、残部を請求できるか。論理上は訴訟物が一部に限定されているから既判力は残部に及ばない——だから請求できそうだ。だが最高裁は「許されない」とした。
最判平成10年6月12日(事案=巨額の債権のうち一部を明示して請求したが全部棄却確定、その後残部を請求)。「その一部すら存在しない」という判断が確定した後に「でも残りはある」と言うのは、紛争を実質的に蒸し返すことになる。だから既判力(条文の文言)は及ばないとしても、信義則(民法1条2項)に反する——これが結論(信義則説)だ。
非対称を押さえる。勝訴確定の後の残部請求は可(明示説・矛盾なし)、敗訴確定の後の残部請求は不可(平成10年最判・信義則違反)。「既判力の問題ではなく信義則の問題」というのが核心。「既判力で遮断される」と書くと判例通説の理解を外すので、そこは逐語で正確に握る。規範の立て方・答案構成は論文動画に送る。
信義則の条文(民法1条2項)
平成10年最判の根拠条文は民法1条2項——「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」。棄却確定後の残部請求はこの信義則に反する。実体法(民法)の原則が訴訟法的問題の解決根拠になる、民訴と民法は切り離れていない好例だ。
一部請求と時効の完成猶予
時効の完成猶予効は原則として訴訟物の範囲についてのみ生じる。明示ありなら訴訟物は一部だから、残部については訴訟物外で原則として完成猶予効は生じない。そこで判例は「裁判上の催告」という考え方を使う。特段の事情がない限り、一部請求の訴え提起は残部についても裁判上の催告として機能し、一時的に時効完成が猶予される。
猶予効は6か月間の暫定的なものだ。6か月以内に残部について訴え提起や改めての催告等をしないと残部の時効が完成してしまう。「前訴が終わったら6か月以内に動く」必要がある(規範を示したのは昭和34年の最高裁判決)。
後遺障害の追加請求——予見可能性がキー
交通事故で被害者が前訴で勝訴確定した後、前訴では予見できなかった後遺症が新たに発生した場合、追加請求できる(判例・通説)。前訴の請求はその時点で顕在化していた損害に限定されていたと解され、予見できなかった後遺損害は前訴の訴訟物に含まれていなかったから既判力が及ばない。
逆に、予見できたのに請求しなかった損害は既判力で遮断され追加請求できない。「予見可能性」がキーだ。理論構成(明示説の応用か・基準時後の事由か)は論文論点で、第4章の既判力回でも掘り下げる。
一部請求と過失相殺——外側説
設例:損害総額1000万円・一部請求額800万円・原告の過失割合4割。按分説なら800万 ×(1−0.4)=480万円が認容額。外側説(判例・多数説)は3手順で計算する。
- まず損害総額で過失相殺:1000万 ×(1−0.4)=600万円(実体法上の権利額)
- 600万円と請求額800万円を比べる
- 小さい方の600万円を認容額とする
按分説480万 vs 外側説600万で、外側説のほうが原告に有利だ。趣旨は、原告が一部請求するのは「過失相殺された後でも確実に残る安全な範囲(600万円以上)を請求しているはずだ」という意思の尊重にある。請求していない外側の200万円から先に過失相殺を充当する——だから「外側説」。処分権主義の尊重として原告の意思を保護する立場だ。計算手順・按分説との対立は論文論点で、論文動画に送る。
短答ひっかけ
- 1回目の一部請求そのものは適法(処分権主義)。争いがあるのは残部を後から請求できるかのほう。
- 明示の一部請求は、勝訴確定後の残部請求=可/敗訴(棄却)確定後の残部請求=不可(最判平10.6.12)。しかも不可の根拠は既判力ではなく信義則(民法1条2項)。訴訟物は一部に限定されるので既判力は残部に及ばない、という明示説は崩していない。
- 一部請求の時効——残部は「裁判上の催告」として6か月の暫定的完成猶予効。6か月経過で残部の時効が完成。
- 後遺障害は予見できなかった→追加請求可/予見できたのに請求し忘れ→既判力で遮断・不可。
- 過失相殺は外側説(損害総額で先に相殺→請求額と比べ小さい方を認容)が按分説より原告に有利。
📝 論文の型
この回は解説(理解)回。下記はいずれも論文頻出の論点だが、規範定式・答案構成(フル論証)は対の「ゼロから民訴 論文」回で実演する。ここでは論点の所在と判例だけ押さえる。
- 明示の一部請求と残部請求——明示説(最判昭37.8.10)。勝訴確定後の残部請求は可、棄却(敗訴)確定後の残部請求は信義則(民法1条2項)違反で不可(最判平10.6.12)。「既判力ではなく信義則で切る」が核心。
- 一部請求と過失相殺——外側説(判例・多数説)。損害総額で先に過失相殺し、請求額と比べて小さい方を認容。
- 後遺障害の追加請求——予見可能性がキー(既判力の客観的範囲の問題として第4章でも扱う)。
今日の地図(保存版)
- 一本の軸:後編も前編と同じ処分権主義。今度は「原告が自分から対象を一部に絞る」局面への応用。
- 一部請求の適法性:1回目の一部請求は適法(処分権主義)。問題は残部を後から請求できるか。
- 残部請求の可否:明示説(最判昭37.8.10)。明示あり→訴訟物は一部→残部は別訴で可/明示なし→訴訟物は全部→残部は既判力で遮断。
- 勝敗の非対称:勝訴確定後の残部請求=可/棄却確定後=不可。ただし不可の根拠は既判力ではなく信義則(最判平10.6.12・民法1条2項)。
- 時効:残部は「裁判上の催告」で6か月だけ暫定的に完成猶予(昭34判例)。6か月以内に動く。
- 後遺障害:予見できなかった後遺損害は訴訟物が別で追加請求可。キーは予見可能性。
- 過失相殺:外側説(総額で先に相殺→請求額と比べ小さい方を認容)。按分説より原告に有利。
次回は #7「弁論主義の3つのテーゼと釈明権」。テーマ(何を争うか)が決まった後、事実と証拠をどう扱うか——処分権主義と並ぶもう一つの当事者主義へ。
参照条文
- 民法1条2項(信義誠実の原則)