民訴ゼロから民訴#39

口頭弁論の諸原則と住所等の秘匿制度

印刷用PDFを開く

第2章 訴訟の審理 ㊴/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

訴えたいのに、住所が書けない

冒頭事案の関係図(Aは元交際相手Bから半年にわたり待ち伏せ・付きまといを受けた/Aは慰謝料を請求したい/Aは逃げるため転居したばかり/訴状にはAの住所と氏名を書かなければならない) 図:冒頭事案の関係図

  • Aは元交際相手Bから半年にわたり待ち伏せ・付きまといを受けた
  • Aは慰謝料を請求したい
  • Aは逃げるため転居したばかり
  • 訴状にはAの住所と氏名を書かなければならない

元交際相手のBから、半年にわたって待ち伏せと付きまといを受けてきたAさんが、慰謝料を請求したいと考えています。ところが、訴えを起こすには、訴状に自分の住所と氏名を書かなければなりません。Aさんは、Bから逃げるために、つい先日引っ越したばかりです。民事裁判は、公開が原則です。誰でも傍聴できますし、記録も後から見られる仕組みがあります。もし転居先がBに伝わってしまうなら、Aさんは、裁判を受けることそのものをあきらめるしかなくなります。被害者を守るための裁判が、被害者から住所を守る手段を奪ってしまう、まさにそこが今日の入り口です。公開が原則の法廷は、いったい何を公開しているのか。そして、公開を貫きながら、Aさんの住所をBから隠す方法はあるのか。この2つを、口頭弁論を縛る7つのルールと合わせて、順番にたどっていきます。

公開しなければならないのは対審と判決の言渡しだけで、訴訟記録はその外側です。だからこそ記録には別の道具が用意されていて、Aさんの住所は秘匿制度で守れます。

公開主義——公開されているのは何か

公開主義の定義板(公開主義=審理と判決を公開の法廷で行う原則/趣旨=裁判の公正を図り司法への信頼を得る/だから一般公開=傍聴人を選ばない) 図:公開主義の定義板

  • 公開主義=審理と判決を公開の法廷で行う原則
  • 趣旨=裁判の公正を図り司法への信頼を得る
  • だから一般公開=傍聴人を選ばない

訴訟の審理と判決は、公開の法廷で行われなければなりません。これを公開主義と呼びます。傍聴人を選びません。裁判所の玄関で身分証を確認されることもなく、席が空いていれば誰でも入れます。なぜそこまで開くのかというと、裁判が公正に行われているかを外から検証できる状態にして、司法に対する国民の信頼を得るためです。そこで、条文を確認しておきます。

条文日本国憲法82条1項

日本国憲法第82条(裁判の公開)1項 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。

対審とは、裁判所が判断の材料にする事実を審理の場に出していく手続、つまり弁論と証拠調べのことです。冒頭でAさんが自分の言い分を述べ、Bが反論し、証拠が取り調べられる、あの一連の流れです。憲法82条1項が公開せよと言っているのは、この対審と、判決の言渡しの2つだけです。公開の対象が対審と判決の言渡しの2つに限られる、という点が今日の最初の要です。もしこれを公開しなかった場合、判決は覆ります。上告すれば、それだけで判決が取り消される絶対的上告理由という重い扱いを受けます。もっとも、憲法は例外も置いています。裁判官の全員一致で、公の秩序または善良の風俗を害するおそれがあると判断した場合には、対審を非公開にできます。ただし、政治犯罪や、憲法が保障する国民の権利が問題になっている事件は、常に公開しなければなりません。このほかにも、証人が名前を明かせない事情を抱えるときに証人など人に対する取調べだけを非公開にする制度や、営業秘密を扱う訴訟で秘密保持命令という制度が、それぞれ別の法律に置かれています。中身は、それぞれの法律を扱う回に譲ります。

訴訟記録は公開の対象ではない

公開の対象・対比板(公開の対象=対審(弁論・証拠調べ)+判決の言渡し(憲法82条1項)/公開の対象外=訴訟記録(91条で別に閲覧権)) 図:公開の対象・対比板

  • 公開の対象=対審(弁論・証拠調べ)+判決の言渡し(憲法82条1項)
  • 公開の対象外=訴訟記録(91条で別に閲覧権)

ここで、Aさんの問いの半分に答えが出ます。憲法82条1項が公開せよと定めているのは、対審と判決の言渡しだけです。訴訟記録、つまり訴状や準備書面、証拠調べの結果をまとめた書類の束は、この公開主義の対象に入っていません。といっても、訴訟記録がまったく誰にも見られないわけではありません。公開主義の趣旨、つまり裁判に対する信頼を確保するという考え方を徹底するために、民事訴訟法は別の条文で訴訟記録の閲覧権を用意しています。

条文民事訴訟法91条1項

民事訴訟法第91条(非電磁的訴訟記録の閲覧等)1項 何人も、裁判所書記官に対し、非電磁的訴訟記録(訴訟記録中次条第一項に規定する電磁的訴訟記録を除いた部分をいう。以下この条において同じ。)の閲覧を請求することができる。

何人もとは、当事者に限らず、誰でもという意味です。記録が電子データで作られている場合の閲覧については91条の2が定めていますが、こちらは複写については当事者や利害関係を疎明した第三者に限るという段差があります。中身の細部は割愛しますが、原則は同じで、記録も公開主義の趣旨に沿って開かれています。訴訟記録に書かれた住所を誰にでも見せないようにする条文も、実はすでに用意されています。

92条の板(92条=閲覧を請求できる者を当事者に限る制度/対象=私生活の重大な秘密(1号)・営業秘密(2号)/疎明があれば決定でできる/92条は記録から消す制度ではない) 図:92条の板

  • 92条=閲覧を請求できる者を当事者に限る制度
  • 対象=私生活の重大な秘密(1号)・営業秘密(2号)
  • 疎明があれば決定でできる
  • 92条は記録から消す制度ではない

記録の中に、当事者の私生活についての重大な秘密や、営業秘密が書かれていて、それを第三者が見ることで社会生活に著しい支障が出るおそれがあるときは、裁判所は決定で、閲覧を請求できる者を当事者に限ることができます。これが92条の閲覧等の制限です。ここに、見落としやすい落とし穴があります。92条が絞るのは、閲覧を請求できる者の範囲です。第三者を締め出すことはできても、当事者であるBを締め出すことはできません。92条は、記録から情報を消す制度ではないのです。92条だけでは、Aさんの新しい住所をBの目から隠すことはできません。ここで必要になるのが、次に見る秘匿制度です。

秘匿制度でAさんを守る

秘匿制度の要件板(要件=住所等・氏名等が当事者に知られることで社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれ/疎明が必要/裁判所が申立てにより決定で秘匿(133条1項)/注意=「当事者に」知られる場合であって「相手方に」ではない) 図:秘匿制度の要件板

  • 要件=住所等・氏名等が当事者に知られることで社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれ
  • 疎明が必要
  • 裁判所が申立てにより決定で秘匿(133条1項)
  • 注意=「当事者に」知られる場合であって「相手方に」ではない

Aさんのような事情に応えるために、令和4年の改正で作られたのが、当事者等の住所・氏名等の秘匿制度です。

条文民事訴訟法133条1項

民事訴訟法第133条(申立人の住所、氏名等の秘匿)1項 申立て等をする者又はその法定代理人の住所、居所その他その通常所在する場所(以下この項及び次項において「住所等」という。)の全部又は一部が当事者に知られることによって当該申立て等をする者又は当該法定代理人が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあることにつき疎明があった場合には、裁判所は、申立てにより、決定で、住所等の全部又は一部を秘匿する旨の裁判をすることができる。申立て等をする者又はその法定代理人の氏名その他当該者を特定するに足りる事項(次項において「氏名等」という。)についても、同様とする。

「当事者に知られる」と「相手方に知られる」は同じではない、そこは条文の言い回しに注意してください。条文が言っているのは、あくまで「当事者に」知られることです。Aさん自身に知られても意味がありませんから、実質的にはBのような相手方に知られることを指しますが、条文の文言そのものは「当事者に」となっている点を押さえておいてください。要件は、この支障のおそれについて疎明があることです。証明ほど強い確信までは要りませんが、一応確からしいと裁判所に思わせる資料が必要です。Aさんの場合は、その付きまといの経緯を示せば疎明ができるはずです。

疎明ができないのは、たとえば、単に引っ越したことを知られるのが気まずい、もう連絡を取りたくない、という程度の事情です。それだけでは、社会生活を営むのに著しい支障があるとまでは言えず、秘匿決定は出ません。Aさんのように、付きまといから逃げるための転居だからこそ、この要件を満たします。ただ、疎明ができて秘匿が認められても、それだけでは終わりません。裁判所には、もう1つやらなければならないことがあります。

代替事項の板(裁判所は住所・氏名に代わる事項を定めなければならない/その事項を記載すれば住所・氏名を記載したものとみなす(133条5項)/原則(伝える)を崩さず伝える相手を代替物に差し替える設計) 図:代替事項の板

  • 裁判所は住所・氏名に代わる事項を定めなければならない
  • その事項を記載すれば住所・氏名を記載したものとみなす(133条5項)
  • 原則(伝える)を崩さず伝える相手を代替物に差し替える設計

条文民事訴訟法133条5項

民事訴訟法第133条(申立人の住所、氏名等の秘匿)5項 裁判所は、秘匿対象者の住所又は氏名について第一項の決定(以下この章において「秘匿決定」という。)をする場合には、当該秘匿決定において、当該秘匿対象者の住所又は氏名に代わる事項を定めなければならない。この場合において、その事項を当該事件並びにその事件についての反訴、参加、強制執行、仮差押え及び仮処分に関する手続において記載し、又は記録したときは、この法律その他の法令の規定の適用については、当該秘匿対象者の住所又は氏名を記載し、又は記録したものとみなす。

たとえば「秘匿事項Aの1」のような記号や、事件ごとに裁判所が割り振る形式的な番号です。裁判所がその代替事項を定め、Aさんがそれを訴状に書けば、法令の適用上は、それが住所や氏名を記載したものとみなされます。ここが、この制度の設計として一番おもしろいところです。訴状に住所と氏名を書かなければならないという原則そのものは崩していません。Aさんが伝える相手を、Bではなく裁判所が定めた代替物に差し替えているだけです。原則を壊さずに、例外を作っている。だからこそ、訴状の形式は保たれたまま、実際の住所はBに伝わりません。

秘匿決定があると、届出をした本物の住所や氏名の部分については、閲覧できる人が当然に秘匿を求めた本人だけに限られます。これは133条の2第1項の効果で、92条のように申立てが要る話ではなく、決定と同時に当然に生じます。これに対して、代替事項を含む書面のほうを見せてよいかどうかは、別途申立てと決定が要る、という段差があります。中身の細部はまた別の機会に譲りますが、本物の住所は当然に守られる、と覚えておいてください。

相手方の救済の板(相手方=自己の攻撃防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあれば裁判所の許可で閲覧できる(133条の4第2項)/疎明があれば裁判所は許可しなければならない(同条3項)/双方審尋主義との調整) 図:相手方の救済の板

  • 相手方=自己の攻撃防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあれば裁判所の許可で閲覧できる(133条の4第2項)
  • 疎明があれば裁判所は許可しなければならない(同条3項)
  • 双方審尋主義との調整

秘匿決定を受けていない側の反論の機会をどう確保するかについて、条文はきちんと手当てを置いています。

条文民事訴訟法133条の4第2項・第3項

民事訴訟法第133条の4(秘匿決定の取消し等)2項・3項 秘匿決定等に係る者以外の当事者は、秘匿決定等がある場合であっても、自己の攻撃又は防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、訴訟記録等の存する裁判所の許可を得て、第百三十三条の二第一項若しくは第二項又は前条第一項の規定により訴訟記録等の閲覧等の請求が制限される部分につきその請求をすることができる。 3 裁判所は、前項の規定による許可の申立てがあった場合において、その原因となる事実につき疎明があったときは、これを許可しなければならない。

Bのように秘匿決定を受けていない側の当事者も、黙って締め出されるわけではありません。自分の攻撃や防御に実質的な不利益が生じるおそれがあるときは、裁判所の許可を得て、制限されている部分を見ることができます。しかも、その原因となる事実について疎明があれば、裁判所は許可しなければなりません。裁判所の自由な裁量ではなく、要件を満たせば許可される仕組みです。ここでAさんの問いに戻ります。Aさんは、裁判所が定めた代替事項を訴状に書くことで、訴えを起こすことができます。実際の転居先はBには伝わりません。ただし、もしBの防御に実質的な不利益が生じる場面が出てきたら、Bは裁判所の許可を得て、限られた範囲で閲覧できる可能性が残ります。公開主義を貫きながら、Aさんの住所を守り、それでいてBの手続保障も完全には失わせない。これが、この制度の答えです。

双方審尋主義——両方の言い分を公平に聞く

双方審尋主義の板(双方審尋主義=各当事者に主張・立証の機会を公平に与える原則/根拠=憲法13条・14条・32条・82条/具体化=訴訟手続の中断・中止(124条以下)) 図:双方審尋主義の板

  • 双方審尋主義=各当事者に主張・立証の機会を公平に与える原則
  • 根拠=憲法13条・14条・32条・82条
  • 具体化=訴訟手続の中断・中止(124条以下)

今のBの話とも重なりますが、審理では各当事者に、主張と立証の機会を公平に与えなければなりません。これを双方審尋主義と呼びます。なお、前回出てきた87条2項の審尋、つまり口頭弁論を開かない決定手続での簡易な聴取とは別ものです。こちらの「審尋」は、言い分を聞くこと一般を指す原則の名前です。憲法13条や14条、それに先ほど見た32条や82条の要請に基づくとされています。とくに32条の裁判を受ける権利は、自分の言い分を述べる機会があって初めて中身を持ちます。片方の話だけで判決が出るなら、もう一方にとっては裁判を受けたとは言えないからです。この原則が具体的な形をとった制度の1つが、訴訟手続の中断・中止です。当事者が亡くなったときなど、一定の事情があれば手続を止め、新しい当事者が引き継ぐまで審理を進めません。中身は、また別の回で扱います。

双方審尋主義に反する形で判決が出ると、代理権を欠いたまま手続が進んだ場合と同じ扱いを受けます。どちらも、一方の当事者が手続に関わる機会を実質的に奪われたまま判決が出ている、という点で共通するからです。上告すれば判決は覆り、確定してしまった後でも、再審という形でやり直しを求めることができます。

上告理由・再審事由・1回目の板(絶対的上告理由312条2項4号=法定代理権・訴訟代理権等の欠缺/再審事由338条1項3号=同) 図:上告理由・再審事由・1回目の板

  • 絶対的上告理由312条2項4号=法定代理権・訴訟代理権等の欠缺
  • 再審事由338条1項3号=同

この、判決が覆る仕組みは、今日この先も何度か出てきます。まずここまでで、公開主義に反すれば絶対的上告理由の5号、双方審尋主義に反すれば同じく4号にあたる、という対応を覚えておいてください。全部そろったところで、あとで1枚の板にまとめます。

口頭主義——口で述べたものだけを判決の材料にする

口頭主義の板(口頭主義=当事者が口頭で陳述したものだけを斟酌する原則/長所=新鮮な印象・真意の把握・審理が活気を帯びる/短所=記憶し続けられない・整理されず不正確) 図:口頭主義の板

  • 口頭主義=当事者が口頭で陳述したものだけを斟酌する原則
  • 長所=新鮮な印象・真意の把握・審理が活気を帯びる
  • 短所=記憶し続けられない・整理されず不正確

双方の言い分を公平に聞くといっても、その言い分をどういう形で法廷に出すのかは、まだ決まっていません。訴訟行為は口頭で行うことが原則で、当事者が口頭で述べたことだけを裁判所は判決の材料にできます。これを口頭主義と呼びます。書面を出すだけでは足りず、原則としては口頭で述べる必要があります。口頭で聞くことには、いくつも長所があります。裁判官に、書面より新鮮な印象を与えられますし、話がよく分からないところは、その場で問いただして真意を確かめられます。当事者が実際に語ることで、審理そのものにも活気が生まれます。

話したことを完全に記憶し続けることはできない、そこが短所です。頭の中で整理されないまま、不正確な形で語られてしまうこともあります。そこで、短所を補うために、一定の場面では書面の利用が認められています。訴えを起こすときの訴状、期日ごとの経過を裁判所書記官が作る電子調書、そして口頭弁論の前に主張の内容を整理しておく準備書面です。準備書面の中身は、また別の回で見ます。書面は口頭主義を壊す例外ではなく、口頭主義の短所を補う補完物として位置づけられています。たとえば、証人が期日の当日にうまく言葉にできなかった細かい経緯を、あらかじめ準備書面に整理しておけば、当日の口頭でのやり取りがずっとかみ合いやすくなります。

直接主義——判決を書けるのは誰か

直接主義の板(直接主義=弁論に関与した裁判官だけが判決をする(249条1項)/趣旨=陳述の趣旨・真偽を正確に理解し裁判に直結させる) 図:直接主義の板

  • 直接主義=弁論に関与した裁判官だけが判決をする(249条1項)
  • 趣旨=陳述の趣旨・真偽を正確に理解し裁判に直結させる

判決の基礎となる弁論と証拠調べに、直接立ち会った裁判官だけが、その判決を書くことができます。これを直接主義と呼びます。

条文民事訴訟法249条

民事訴訟法第249条(直接主義) 判決は、その基本となる口頭弁論に関与した裁判官がする。 2 裁判官が代わった場合には、当事者は、従前の口頭弁論の結果を陳述しなければならない。 3 単独の裁判官が代わった場合又は合議体の裁判官の過半数が代わった場合において、その前に尋問をした証人について、当事者が更に尋問の申出をしたときは、裁判所は、その尋問をしなければならない。

なぜここまで裁判官を限定するのかは、口頭主義とあわせて考えると分かりやすくなります。実際にその場にいて、当事者の表情や言い方まで見ていた裁判官だからこそ、陳述の趣旨や真偽を正確につかんで、その理解を判決にそのまま直結させられます。伝聞で聞いただけの裁判官では、その精度が落ちてしまいます。裁判官が交代するたびに審理を最初からやり直すのは、あまりに不合理です。そこで2項が、弁論の更新という仕組みを用意しています。裁判官が代わったときは、当事者が、これまでの口頭弁論の結果を、新しい裁判官の面前であらためて陳述します。これによって、新しい裁判官も直接主義の形式を満たしたことになります。

実務上は、当事者が「従前のとおり陳述します」とひとこと述べるだけで済ませることがほとんどです。ここに、見落としやすい落とし穴があります。

弁論の更新と証人尋問の対比板(弁論の更新=当事者の一言の陳述で足りる(249条2項)/証人尋問のやり直しは職権で当然にはやり直さない/単独裁判官の交代または合議体の過半数の交代+当事者の申出があれば裁判所は尋問しなければならない(249条3項)) 図:弁論の更新と証人尋問の対比板

  • 弁論の更新=当事者の一言の陳述で足りる(249条2項)
  • 証人尋問のやり直しは職権で当然にはやり直さない
  • 単独裁判官の交代または合議体の過半数の交代+当事者の申出があれば裁判所は尋問しなければならない(249条3項)

弁論の更新は、当事者の一言で足りますが、すでに終わった証人尋問のやり直しは、それとは別に扱われます。単独の裁判官が代わった場合、あるいは合議体の裁判官の過半数が代わった場合に、当事者から、証人にもう一度尋問してほしいという申出があったときに限って、裁判所はその尋問をしなければなりません。職権で当然にやり直すのではなく、当事者の申出が要件になっている、という点を押さえてください。申出がなければ、新しい裁判官は、前の裁判官が聞いた証人尋問の結果を、調書を通じて理解するだけで判決を書くことになります。もし更新の手続を経ないまま判決をしてしまえば、直接主義に違反したことになり、絶対的上告理由にあたり、確定後でも再審の対象になります。

上告理由・再審事由・2回目の板(絶対的上告理由312条2項1号=判決裁判所の構成違法/再審事由338条1項1号=同) 図:上告理由・再審事由・2回目の板

  • 絶対的上告理由312条2項1号=判決裁判所の構成違法
  • 再審事由338条1項1号=同

これで、口頭弁論の公開違反、双方審尋主義の違反に続いて、3つ目の対応が出そろいました。

原則が破られたときの出口

上告理由・再審事由の束ね板(312条2項1号=判決裁判所の構成違法(直接主義)/312条2項4号=法定代理権・訴訟代理権等の欠缺(双方審尋主義)/312条2項5号=公開違反(公開主義)/338条1項1号・3号=同じ2つを再審事由としても定める) 図:上告理由・再審事由の束ね板

  • 312条2項1号=判決裁判所の構成違法(直接主義)
  • 312条2項4号=法定代理権・訴訟代理権等の欠缺(双方審尋主義)
  • 312条2項5号=公開違反(公開主義)
  • 338条1項1号・3号=同じ2つを再審事由としても定める

ここまで、公開主義、双方審尋主義、直接主義という3つの原則が、それぞれ破られたときにどうなるかを見てきました。3つとも、上告すれば判決が覆る絶対的上告理由にあたり、判決が確定した後でも再審の対象になります。公開主義、双方審尋主義、直接主義のこの3つは、判決という重い結論を出すための、いわば手続の土台にあたる原則です。土台が崩れていれば、その上に建った判決そのものが信用できません。だからこそ、通常の理由よりも重く扱われ、絶対的上告理由や再審事由という強い救済手段が用意されています。それぞれの号の全体像や、他にどんな理由が並んでいるかは、上告と再審そのものを扱う回で、あらためて見ていきます。

集中審理主義——1つの事件を集中して進める

集中審理主義の板(集中審理主義=1件を集中的に審理し判決まで終える理想/実際は複数事件を並行して進める併行審理/現行法では証人・当事者本人の尋問に限り集中証拠調べ(182条)で実現) 図:集中審理主義の板

  • 集中審理主義=1件を集中的に審理し判決まで終える理想
  • 実際は複数事件を並行して進める併行審理
  • 現行法では証人・当事者本人の尋問に限り集中証拠調べ(182条)で実現

ここからは、判決が覆るほど重い原則ではありませんが、審理の進め方そのものを形づくるルールに移ります。本来なら、1つの事件を集中的に審理して、判決まで終えてから次の事件に移るのが理想です。これを集中審理主義と呼びます。短時間で事件の全体像がつかめて、裁判官の心証形成も的確になるという利点があります。実際には、1人の裁判官が複数の事件を同時並行で担当する併行審理が実情です。担当する事件が1件だけということは、ほとんどありません。ただし、現行法は、証人や当事者本人への尋問という場面に限って、集中証拠調べという形で集中審理主義を実現しています。これは182条が定めていて、名前と段取りは前回の口頭弁論の回で見たとおりです。証拠調べとしての中身は、集中証拠調べそのものを扱う回に譲ります。

適時提出主義——出す時期にもルールがある

適時提出主義の板(適時提出主義=攻撃防御方法は訴訟の進行状況に応じ適切な時期に提出(156条)/背景=旧法の随時提出主義への反省/信義誠実義務(2条)の具体化/直接の制裁規定は無く訓示的な規定) 図:適時提出主義の板

  • 適時提出主義=攻撃防御方法は訴訟の進行状況に応じ適切な時期に提出(156条)
  • 背景=旧法の随時提出主義への反省
  • 信義誠実義務(2条)の具体化
  • 直接の制裁規定は無く訓示的な規定

ここからは、攻撃防御方法、つまり自分の主張を根拠づける事実や証拠を、いつ提出するかというルールに移ります。

条文民事訴訟法156条

民事訴訟法第156条(攻撃防御方法の提出時期) 攻撃又は防御の方法は、訴訟の進行状況に応じ適切な時期に提出しなければならない。

具体的な期限を切っているわけではなく、その事件の進み具合に応じて、後出しにならない時期に出しなさい、という考え方です。かつての旧法には、随時提出主義という考え方があり、審理が終わるまでならいつでも新しい主張を出してよいとされていました。旧法の随時提出主義のもとでは、実際に後出しと訴訟の遅延を招く原因になっていました。その反省から、進行状況に応じた適切な時期に出すべきだという156条が置かれています。これは、訴訟を進めるにあたって当事者が負う信義誠実義務、2条の具体的な現れの1つでもあります。ここに、見落としやすい落とし穴があります。156条そのものには、直接の制裁規定がありません。訓示的な規定、つまり心構えを示すだけの規定にとどまるというのが一般的な理解です。

そこで実際に効いてくるのが、次に見る157条1項です。

時機に後れた攻撃防御方法の却下——実際に効く条文

157条1項3要件の板(①時機に後れた提出であること/②故意または重大な過失/③訴訟の完結が遅延すること/申立てにより又は職権で却下できる) 図:157条1項3要件の板

  • ①時機に後れた提出であること
  • ②故意または重大な過失
  • ③訴訟の完結が遅延すること/申立てにより又は職権で却下できる

条文民事訴訟法157条1項

民事訴訟法第157条(時機に後れた攻撃防御方法の却下等)1項 当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。

156条には制裁がありませんが、この157条1項は違います。時機に後れて提出された攻撃防御方法を、裁判所が却下できると定めています。しかも、当事者からの申立てだけでなく、裁判所が自分の判断で却下することもできます。却下されると、その主張は判決の材料にできなくなります。ただし、いつでも却下できるわけではありません。3つの要件をすべて満たす必要があります。1つ目は、時機に後れた提出であることです。これは、その事件の具体的な進み具合や、その攻撃防御方法の性質に照らして、もっと早く出せたはずだという客観的な状況があったかどうかで判断されます。判断は、事件ごとに個別具体的に行われます。

2つ目の要件は、故意または重大な過失です。ここで注意してほしいのは、単なる過失では足りない、という点です。重大な過失でなければ、この要件を満たしません。判断にあたっては、当事者が弁護士に依頼しているか、それとも本人が自分で訴訟を進めているか、それに攻撃防御方法の種類も考慮されます。3つ目は、訴訟の完結が遅延することです。かつては、この遅延をどう捉えるかについて、相対的に捉える考え方と、絶対的に捉える考え方の対立がありました。現在では、絶対的に捉える考え方が一般的です。却下せずにそのまま審理を続けた場合と比べて、手続にかかる期間が長くなるかどうかで判断する、という考え方です。なぜ却下した場合と比べるのかというと、もともとの審理予定と比べる考え方では、予定に余裕のある事件ほど後出しが許されることになり、適時提出主義の実効性が事件ごとにばらついてしまうからです。

遅延の判断は、もともとの予定ではなく却下した場合と比べる、そこを取り違えないでください。

157条の具体例の板(建築請負代金600万円の請求訴訟/争点整理を終え集中証拠調べの期日直前/被告が初めて弁済の抗弁を主張/裏付けの領収書の証拠調べを求める) 図:157条の具体例の板

  • 建築請負代金600万円の請求訴訟
  • 争点整理を終え集中証拠調べの期日直前
  • 被告が初めて弁済の抗弁を主張
  • 裏付けの領収書の証拠調べを求める

具体例で確かめましょう。建築工事の代金600万円を請求する訴訟で、争点整理が終わり、集中証拠調べの期日も目前に迫った段階になって、被告が突然、代金の一部はすでに現金で支払ったという弁済の抗弁を持ち出し、裏付けとなる領収書の取調べを求めたとします。この弁済の抗弁は、それまでまったく出ていなかったとします。まず1つ目の要件です。争点整理の段階で領収書の存在に気づけたはずなのに、そこで出さず、証拠調べ直前になって出してきた。もっと早く出せた客観的な状況があるので、時機に後れた提出にあたります。2つ目、被告に弁護士がついていて、しかも領収書は自分の手元にあったはずなのに提出しなかったとすれば、単なる不注意を超えて、重大な過失と評価されやすくなります。

新しい抗弁を認めてしまうと、その裏付けを調べるための証拠調べ期日をあらためて設け直す必要が出てきます。却下してそのまま集中証拠調べに進む場合と比べて、明らかに手続が長引きます。この3つがそろえば、裁判所は、この弁済の抗弁を却下することができます。

計画審理主義——審理そのものに計画を立てる

計画審理主義の板(計画審理主義=裁判所と当事者は訴訟手続の計画的な進行を図らなければならない(147条の2)/背景=裁判の迅速化に関する法律2条(第一審は2年以内)) 図:計画審理主義の板

  • 計画審理主義=裁判所と当事者は訴訟手続の計画的な進行を図らなければならない(147条の2)
  • 背景=裁判の迅速化に関する法律2条(第一審は2年以内)

条文民事訴訟法147条の2

民事訴訟法第147条の2(訴訟手続の計画的進行) 裁判所及び当事者は、適正かつ迅速な審理の実現のため、訴訟手続の計画的な進行を図らなければならない。

ここまでの原則が、審理のやり方そのものを縛るルールだったのに対して、計画審理主義は、審理全体の進み方をあらかじめ設計しておこうという考え方です。背景には、裁判の迅速化に関する法律という別の法律があります。この法律の2条は、第一審の訴訟手続を2年以内に終局させることを目指すと定めていて、それを受けて平成15年に民事訴訟法が改正されました。

条文民事訴訟法147条の3

民事訴訟法第147条の3(審理の計画) 裁判所は、審理すべき事項が多数であり又は錯そうしているなど事件が複雑であることその他の事情によりその適正かつ迅速な審理を行うため必要があると認められるときは、当事者双方と協議をし、その結果を踏まえて審理の計画を定めなければならない。 2 前項の審理の計画においては、次に掲げる事項を定めなければならない。 一 争点及び証拠の整理を行う期間 二 証人及び当事者本人の尋問を行う期間 三 口頭弁論の終結及び判決の言渡しの予定時期 3 第一項の審理の計画においては、前項各号に掲げる事項のほか、特定の事項についての攻撃又は防御の方法を提出すべき期間その他の訴訟手続の計画的な進行上必要な事項を定めることができる。

審理すべき事項が多数だったり、事件が複雑だったりして、迅速な審理のために必要があると認められるときは、裁判所は当事者双方と協議をして、審理計画を定めなければなりません。裁判所の自由な裁量ではありません。必要があると認められるときは、定めなければならない、という義務の形になっています。2項が、必ず定めなければならない3つの事項を挙げています。争点と証拠の整理を行う期間、証人や当事者本人の尋問を行う期間、そして口頭弁論の終結と判決の言渡しの予定時期です。この3つは必ず盛り込まれます。さらに3項で、特定の事項について攻撃防御方法を出すべき期間を、追加で定めることもできます。

期間を過ぎて出したからといって、それだけで自動的に排除されるわけではありません。157条の2は、審理計画に沿った進行を著しく妨げるおそれがあると裁判所が認める場合に、その攻撃防御方法を却下できると定めています。もっとも、期間内に出せなかったことについて当事者が相当な理由を疎明できれば、却下は避けられます。この判断が実際にどう働くかは、また別の機会に扱います。

弁論能力——手続を円滑に進めるための能力

弁論能力の板(155条1項=訴訟関係を明瞭にするために必要な陳述ができない者の陳述を禁止し新たな期日を定めることができる/155条2項=必要なら弁護士の付添いを命じる/訴訟能力(本人保護)と違い看過しても判決の効力に影響しない) 図:弁論能力の板

  • 155条1項=訴訟関係を明瞭にするために必要な陳述ができない者の陳述を禁止し新たな期日を定めることができる
  • 155条2項=必要なら弁護士の付添いを命じる
  • 訴訟能力(本人保護)と違い看過しても判決の効力に影響しない

最後に、以前の回から送られてきた論点を回収します。弁論能力です。

条文民事訴訟法155条

民事訴訟法第155条(弁論能力を欠く者に対する措置) 裁判所は、訴訟関係を明瞭にするために必要な陳述をすることができない当事者、代理人又は補佐人の陳述を禁じ、口頭弁論の続行のため新たな期日を定めることができる。 2 前項の規定により陳述を禁じた場合において、必要があると認めるときは、裁判所は、弁護士の付添いを命ずることができる。

前の回で、訴訟能力を欠く行為は無効だと聞きましたが、では弁論能力を欠く行為はどうなりましたか?そうでした。訴訟関係をはっきりさせるために必要な陳述ができない当事者や代理人、補佐人がいるときは、裁判所はその人の陳述を禁じて、続きのための新しい期日を定めることができます。必要があれば、弁護士に付き添ってもらうよう命じることもできます。これが、口頭主義を支えるための裏側の制度です。口頭主義は、口頭で述べたことを判決の材料にする以上、その陳述がきちんと聞き取れて、意味が通じるものでなければ機能しません。要領を得ない陳述しかできない人がいれば、審理そのものが立ち行かなくなります。弁論能力は、この意味での手続の円滑さを支える制度です。

これは、訴訟能力を欠く場合と同じように、深刻な問題になるんですか。そこが、以前見た区別の結論部分です。訴訟能力は、判断力の乏しい本人を保護するための制度でした。これに対して弁論能力は、手続を円滑に進めるための制度にすぎません。だから、弁論能力を欠く者の陳述をそのまま聞いて手続を進めてしまっても、それだけの理由で判決の効力に影響することはありません。訴訟能力を欠く行為は無効になりますが、弁論能力を欠く陳述をうっかり聞いてしまっても、判決はそのまま有効です。この重みの違いを、ここで押さえておいてください。

今日の地図(保存版)

今日のまとめの板(①公開主義=対審と判決の言渡しだけが対象/②秘匿制度=原則を崩さず代替事項で守る/③双方審尋主義/④口頭主義=書面は補完/⑤直接主義=更新と証人再尋問の差/⑥集中審理主義/⑦適時提出主義と157条却下/⑧計画審理主義/⑨弁論能力=看過しても無効ではない) 図:今日のまとめの板

  • ①公開主義=対審と判決の言渡しだけが対象
  • ②秘匿制度=原則を崩さず代替事項で守る
  • ③双方審尋主義
  • ④口頭主義=書面は補完
  • ⑤直接主義=更新と証人再尋問の差
  • ⑥集中審理主義
  • ⑦適時提出主義と157条却下
  • ⑧計画審理主義
  • ⑨弁論能力=看過しても無効ではない

今日の内容を、冒頭のAさんの問いに戻ってまとめます。公開主義が公開せよと定めているのは、対審と判決の言渡しだけで、訴訟記録はその対象に入っていません。だからこそ、記録を守るための92条や、住所と氏名そのものを守るための秘匿制度が、別に用意されています。Aさんは、裁判所が定めた代替事項を訴状に書くことで、住所をBに知られないまま訴えを起こすことができます。公開の原則と、Aさんを守る仕組みは、矛盾していなかったんですね。そのうえで、双方審尋主義、口頭主義、直接主義、集中審理主義、適時提出主義、計画審理主義という6つの原則が、口頭弁論という場のルールを形作っています。適時提出主義そのものには制裁がなくても、157条1項の却下がその実効性を支えていること、直接主義の弁論の更新は一言で足りても、証人尋問のやり直しには当事者の申出が要ることは、特に取り違えやすいところです。そして最後に、以前から積み残していた弁論能力も、訴訟能力とは重みの違う制度として回収しました。

今日出てきたのは、全部「口頭弁論という器を、どう運用するか」という話だったんですね。この器の中に、実際にどんな事実や証拠を入れるか、それを誰が出すのかという役割分担は、また別の原則が担っています。

参照条文

  • 日本国憲法82条1項
  • 民事訴訟法91条1項
  • 民事訴訟法133条1項
  • 民事訴訟法133条5項
  • 民事訴訟法133条の4第2項・第3項
  • 民事訴訟法249条
  • 民事訴訟法156条
  • 民事訴訟法157条1項
  • 民事訴訟法147条の2
  • 民事訴訟法147条の3
  • 民事訴訟法155条

民事訴訟法 全体ロードマップへ →