民訴ゼロから民訴#40

弁論主義の3つのテーゼ

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第2章 訴訟の審理 ㊵/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

誰も言っていない「免除」は使えるのか

冒頭事案の関係図(貸主・原告Xが借主・被告Yに800万円を貸した。Yはもらったものだと主張。元経理担当者の証人が裁判所に「あとで返さなくていいと言っていた」と証言した) 図:冒頭事案の関係図

Xさんが取引先の代表者Yさんに800万円を貸した事案を覚えていますか。あれは借りたのではなくもらったものだ、とYさんが言い張っていた事案ですね。裁判が進み、証人尋問の日を迎えました。Xさんの元経理担当者が、証言台に立ちます。証言台に立った元経理担当者は、こう証言しました。あの800万円は、後でXさんが返さなくていいと言っていました。Yさんの言い分は、最初からもらったというものでした。今出てきた免除は、それとは違う、まったく新しい事実です。しかも、XさんもYさんも、免除という事実を、法廷で一度も主張していません。

証人が話した以上、裁判所はもう知ってしまっていますよね。知っていることを、判決の理由にしてはいけないんですか。そこが今日の入り口です。裁判所は、この証言を判決の理由にしてよいのでしょうか。事実が分かったのだから使えばいい、というその直感が、実は落とし穴です。弁論主義という考え方が、この直感にはっきり反対の答えを出します。結論は、この先で確定させます。

器の中身は誰が用意するのか——弁論主義とは

層の違い板(前回=口頭弁論という器の運用ルール/今回=その器に入れる中身を誰が調達するか) 図:層の違い板

  • 前回=口頭弁論という器の運用ルール
  • 今回=その器に入れる中身を誰が調達するか

前の回では、口頭弁論という法廷の場を動かす7つのルールを見ました。法廷という器のルール、という感じでした。今日はその続きですが、扱う層が違います。器のルールではなく、その器に何を入れるかという話です。判決の材料になる事実と証拠を、誰が用意するのか。今日はそこを見ます。

弁論主義の定義板(定義=判断資料となる事実と証拠の収集・提出を当事者の権能・責任に委ねる建前/対概念=職権探知主義/注意=弁論主義を直接根拠づける条文は民訴法に存在しない) 図:弁論主義の定義板

  • 定義=判断資料となる事実と証拠の収集・提出を当事者の権能・責任に委ねる建前
  • 対概念=職権探知主義
  • 注意=弁論主義を直接根拠づける条文は民訴法に存在しない

判断材料となる事実と証拠を、集めて出す役目があります。この役目を、当事者の権能であり責任だとする建前を、弁論主義と呼びます。反対の建前もあります。裁判所自身に、事実を集めて出す権能と責任を認める建前です。これを職権探知主義と呼びます。人事訴訟法で採用されている考え方です。身分関係は、当事者の意思だけに任せきれません。そういう場面では、裁判所が前面に出る職権探知主義が採られます。中身は人事訴訟法を扱う回に譲ります。今日は名前だけ押さえてください。弁論主義は、民事訴訟法のどこかに、はっきり書いてあるんですか。ここが、実はおもしろいところです。弁論主義をずばり定めた条文は、民事訴訟法に存在しません。

条文に明文の規定が無いのに、弁論主義がここまで確立した考え方になっている、その理由こそ、次に見る根拠の論点です。

なぜ弁論主義が認められるのか——根拠の3つの説

根拠3説の板(本質説=私的自治/手段説=真実発見の技術的手段・難点あり/多元説=歴史的所産/立場=根拠は私的自治・機能は結果的なもの) 図:根拠3説の板

  • 本質説=私的自治
  • 手段説=真実発見の技術的手段・難点あり
  • 多元説=歴史的所産
  • 立場=根拠は私的自治・機能は結果的なもの

弁論主義の根拠については、大きく3つの説明の仕方があります。1つめは本質説です。私的自治が土台にあります。自分の権利関係は、自分の意思で決めてよいという考え方です。判決を通じて権利関係が処分される場面でも、当事者の意思を反映させたい。だから、事実と証拠の選び方にも、当事者の意向を反映させるべきだ、という説明です。2つめは手段説です。当事者に、自分に有利な資料を出す責任を負わせます。結果として十分な資料が集まり、真実の発見に役立つ、という説明です。ところが、この説には弱点があります。職権探知主義の手続でも、真実発見の要請はまったく同じはずです。それなのに、なぜ弁論主義が採られないのか、手段説はうまく説明できません。離婚訴訟では、裁判所自身が戸籍の記載や調査の結果を、自分で拾って判断します。真実を知りたいという気持ちは、弁論主義の手続とまったく同じです。それなのに、集め方は正反対です。手段説では、この差を説明できません。

3つめは多元説です。私的自治、真実発見、不意打ちの防止、裁判に対する信頼。これらが積み重なって歴史的に出来上がった制度だとする説明です。根拠は私的自治に絞ります。そして、真実発見や不意打ちの防止は、結果として付いてくる機能だと位置づけます。なぜ認められるのかという根拠と、何の役に立つのかという機能を分けて考える。この発想が、この先で一見矛盾するように見える2つの判例を両立させる鍵になります。

処分権主義との違い

処分権主義と弁論主義の板(処分権主義=申立てレベル・審判対象を定め処分する/弁論主義=主張・立証レベル・事実と証拠を収集提出する/背景の私的自治は共通) 図:処分権主義と弁論主義の板

  • 処分権主義=申立てレベル・審判対象を定め処分する
  • 弁論主義=主張・立証レベル・事実と証拠を収集提出する
  • 背景の私的自治は共通

処分権主義は、訴訟の始め方や終わらせ方を当事者に委ねる原則です。名前が似ていて、実際に背景の考え方も共通しています。どちらも、私的自治から出発しています。動く階層が違います。処分権主義は、何を求めるかという申立てのレベルを当事者に委ねます。弁論主義は、事実と証拠という、主張と立証のレベルを当事者に委ねます。民事裁判を3階建てだと教わったときの、あの階層と、まさに重なります。1階の申立てを動かすのが処分権主義です。2階の主張と3階の立証を動かすのが弁論主義です。同じ私的自治という土台の上に、2つの原則が別々の階層を受け持っています。

かりに、Xさんが800万円のうち600万円だけ請求すると決めたとします。それを決めるのが、処分権主義です。1階の申立てのレベルですね。その仮に決めた600万円を支えるために「貸した」「弁済期を半年後と合意した」という事実を、誰が法廷に出すかが弁論主義です。2階と3階のレベルです。

3つのテーゼ——主張、自白、立証という流れ

3テーゼの流れ板(①主張する=第1テーゼ/②争うか決める=第2テーゼ/③立証する=第3テーゼ) 図:3テーゼの流れ板

  • ①主張する=第1テーゼ
  • ②争うか決める=第2テーゼ
  • ③立証する=第3テーゼ

弁論主義の中身は、3つのテーゼに分けて説明されます。ただ、3つを別々の内容として暗記すると、この先で必ずつまずきます。当事者が訴訟で行う一連の行為の流れだと捉えてください。まず、事実を主張する。次に、相手の主張に対して、争うのか争わないのか態度を決める。そして、争いが残った事実だけを、証拠で決着させる。この順番そのものが、3つのテーゼです。1つめが第1テーゼの主張責任、2つめが第2テーゼの自白です。3つめが第3テーゼの職権証拠調べの禁止です。根拠は、さっき見た私的自治にあります。当事者が何も言わない事実に、裁判所は手を出せません。だから、まず①が先に来ます。当事者どうしが争わないと決めた事実にも、口出ししません。だから②が続きます。争いが残った部分だけを、証拠で決着させる。それが③です。

Xさんの事案でも、同じ順番をたどっているんですか。たどっています。Xさんは貸したという事実、Yさんはもらったという事実を主張しました。①です。お金を受け取ったこと自体には争いが無く、返す約束の有無だけが争いになりました。②です。そして、その争いだけが、この先の証拠調べで決着します。③です。この順番で、1つずつ具体例とともに見ていきます。

第1テーゼ——主張責任

第1テーゼの板(当事者が主張していない事実を、裁判所が判決の基礎にすることは許されない/理由=不意打ち防止/裏返し=主張しなければ無いものとして扱われる=主張責任) 図:第1テーゼの板

  • 当事者が主張していない事実を、裁判所が判決の基礎にすることは許されない
  • 理由=不意打ち防止
  • 裏返し=主張しなければ無いものとして扱われる=主張責任

第1テーゼは、こう言い表せます。当事者が主張していない事実を、裁判所は判決の基礎にできません。裁判所が、誰も言っていない事実を勝手に採り入れたとします。すると、その事実に反論する機会が無いまま判決が出てしまいます。これでは、当事者への不意打ちになってしまいます。この不意打ち防止も、さっき根拠のところで見た機能の1つです。この第1テーゼには、裏返しがあります。自分に有利な事実であっても、主張しなければ無いものとして扱われます。有利な認定をしてもらえないという結果を、自分で引き受けることになります。この結果責任を、主張責任、または客観的主張責任と呼びます。

具体的に考えてみましょう。実はXさんには、もう1つ言い忘れた事実がありました。契約のとき、担保として腕時計を預かっていた、という事実です。Xさんにとって有利なはずのこの事実を、しかしXさんの弁護士は書面に書きませんでした。腕時計を担保に取っていたという事実は、無いものとして扱われます。裁判所は、時計の写真を見せられても、それだけでは判決の理由にできません。これが、主張責任という結果責任の重さです。

主張共通の原則——言ったのはどちらでもいい

主張共通の原則の板(弁論主義は裁判所と当事者の役割分担/当事者間の分担ではない/どちらが主張したかにかかわらず判決の基礎にできる/罠=自分が言わないと使えないは誤り) 図:主張共通の原則の板

  • 弁論主義は裁判所と当事者の役割分担
  • 当事者間の分担ではない
  • どちらが主張したかにかかわらず判決の基礎にできる
  • 罠=自分が言わないと使えないは誤り

ここで、多くの人がつまずく罠があります。「自分に有利な事実は、自分が主張しないと使ってもらえない」という思い込みです。ここで、先ほどの軸を思い出してください。弁論主義は、裁判所と当事者の役割分担の問題です。原告と被告という、当事者どうしの役割分担ではありません。

判例最判昭和41・9・8 民集20巻7号1314頁

最高裁判決(自己に不利益な事実を自ら陳述した事件) 被告自身が、自分に不利な事実をみずから法廷で述べたものの、原告はその事実を自分の主張として持ち出していなかった事件である。裁判所は、事実が当事者のいずれかによって主張されている以上、それを主張したのが被告か原告かを問わず、判決の基礎にすることができるとされた。理由は、弁論主義が裁判所と当事者との間の役割分担を定めた原則だからである。

ここで言う「援用」とは、相手が出した事実を、自分の主張としても持ち出すことです。裁判所から見れば、事実が場に出ているかどうかがすべてです。出したのが原告か被告かは関係ありません。これを主張共通の原則と呼びます。

独自具体例の関係図(交通事故の損害賠償請求。加害者・被告が「実は制限速度を超過していた」と自ら陳述。被害者・原告はこの速度超過を具体的には主張していない) 図:独自具体例の関係図

別の事案で考えてみます。交通事故の損害賠償を求める訴訟です。原告は、被告に不注意があったとだけ主張していました。ところが法廷で、被告自身が、あることを自分から述べてしまいました。実は事故のとき、制限速度を超過していた、という発言です。しかも、原告側の弁護士は——この速度超過という具体的な事実までは、主張していませんでした。裁判所は、この速度超過を判決の材料にできます。速度超過という事実は、被告自身の口から、法廷という場に出ています。原告が主張していなくても、被告が主張した事実として場に出ているからです。裁判所は、これを判決の基礎にすることができます。

「自分に有利な事実は自分が言わないと使えない」という直感は、はっきり誤りです。

訴訟資料と証拠資料の峻別

訴訟資料・証拠資料の2ルート板(弁論(主張)=訴訟資料=判決の基礎にできる/証拠調べ=証拠資料=主張が無ければできない/証拠調べから判決へ直結する矢印は無い) 図:訴訟資料・証拠資料の2ルート板

  • 弁論(主張)=訴訟資料=判決の基礎にできる
  • 証拠調べ=証拠資料=主張が無ければできない
  • 証拠調べから判決へ直結する矢印は無い

ここで、冒頭のXさんの事案に戻ります。主張共通の原則は、あくまで「誰が主張したか」の話でした。今度は「主張されているかどうか」自体が問題になる場面を見ます。裁判所が判決の材料にできる情報には、2つのルートがあります。1つは、当事者が口頭弁論で主張した事実です。これを訴訟資料と呼びます。もう1つは、証拠調べの過程で裁判所が知ることになった事実です。こちらは証拠資料と呼ばれます。裁判所は、証言を聞いて知ってはいます。しかし、証拠調べを通じて知った事実であっても、主張が無ければ使えません。判決の基礎にすることは、許されないのです。証拠調べのルートから、判決へ直結する矢印は無い、ということです。

判例最判昭和55・2・7 民集34巻2号123頁〈百選46〉

最高裁判決(相続財産の取得が争われた事件) 相続による財産の取得が争われた事件で、証拠調べの結果、裁判所は当事者の主張していない死因贈与の事実を知るに至った。当事者の誰もこの死因贈与を主張していなかったにもかかわらず、これを認定して判決の基礎とすることは、弁論主義に違反し許されないとされた。

死因贈与とは、贈与した人が亡くなったときに効力が生じる贈与の約束のことです。この考え方を、条文の形で確認しておきます。

論文で書く規範:訴訟資料と証拠資料の峻別 証拠調べによって裁判所が事実を把握したとしても、当事者がその事実を弁論で主張していない限り、判決の基礎とすることはできない。 (最判昭和55・2・7 民集34巻2号123頁〈百選46〉)

この物差しを、Xさんの事案に当てはめます。元経理担当者は、確かに免除があったと証言しました。しかし、Xさんも、Yさんも、免除という事実を一度も主張していません。免除は、証拠調べを通じて出てきただけの証拠資料です。訴訟資料には、なっていません。ですから、裁判所は、この免除の証言を判決の理由にすることはできません。もし、XさんかYさんのどちらかが、免除を主張していたら違いましたか。違いました。どちらかが免除を主張していれば、それは訴訟資料になります。そうなれば、証人の証言と合わせて、判決の基礎にできます。

ただし、この峻別には、一見すると反対の結論に見える判例もあります。

判例最判昭和33・7・8 民集12巻11号1740頁〈百選47〉

最高裁判決(代理人による契約締結の認定が争われた事件) 代理人によって契約が締結されたという事実を、当事者の主張なしに認定した原審の判断が争われた事件で、この認定をしても弁論主義には違反しないとされた。

33年判決の関係板(代理人による契約締結という事実を主張なく認定しても弁論主義違反にならないとした判例/整理=不意打ちの有無という機能の面から説明できる/注意=結果的に不意打ちが無かった事案という理解は1つの見方) 図:33年判決の関係板

  • 代理人による契約締結という事実を主張なく認定しても弁論主義違反にならないとした判例
  • 整理=不意打ちの有無という機能の面から説明できる
  • 注意=結果的に不意打ちが無かった事案という理解は1つの見方

矛盾ではありません。ここで、先ほど立てた根拠と機能の整理が効いてきます。弁論主義の根拠は私的自治ですが、不意打ちの防止は結果的な機能でした。死因贈与の事件では、当事者の想定していなかった事実がいきなり出てきました。その結果、不意打ちになりました。代理人による契約締結の事件は、審理の経過からみて事情が違いました。契約が成立したかどうかが、そもそもこの訴訟の中心の争点でした。代理人が締結したという筋は、証拠調べで出た証言から認められたもので、その証言は、請求する側が自分の主張として援用していたものでした。結果的に不意打ちが生じなかった事案だった、という見方があります。

この事件そのものの理由づけというより、1つの見方だと考えてください。2つの判例は矛盾ではなく、不意打ちの有無という機能の面から整理できます。

第2テーゼ——裁判上の自白

裁判上の自白の板(当事者双方が争っていない事実については、そのまま判決の基礎にする必要がある/効果=審判権が排除される/証拠調べも反対認定もできない) 図:裁判上の自白の板

  • 当事者双方が争っていない事実については、そのまま判決の基礎にする必要がある
  • 効果=審判権が排除される
  • 証拠調べも反対認定もできない

1つめの主張で事実が出そろい、2つめで争うか争わないかの態度が決まります。ここからは、その2つめ、裁判上の自白を見ていきます。認める・否認・不知・沈黙という4つのうち、認めるが、まさにこの自白です。Yさんがお金を受け取ったこと自体を認めた、あれが、裁判上の自白の具体例です。争ったYさんの「もらった」という主張は、自白ではないんですか。違います。あちらは否認、正確には理由付否認です。ただ否認するだけでなく、理由を示して争う否認です。答弁書の回では、別の事実を持ち出すかどうかで見分けました。あれは入口の目安で、どこからが抗弁かという線引きそのものは、また別の回で詰めます。認めた部分だけが自白になり、争った部分は自白になりません。第2テーゼは、こう言い表せます。双方の主張が一致していて争いが無い事実、つまり自白された事実は、裁判所がそのまま判決の理由に使います。

双方の主張が一致した事実については、裁判所の審判権が排除されます。証拠調べをすることもできませんし、自白と違う認定もできません。

自白の成立要件板(①口頭弁論または弁論準備手続の期日で弁論としてされた陳述であること/②相手方の主張と一致すること/③自己に不利益であること) 図:自白の成立要件板

  • ①口頭弁論または弁論準備手続の期日で弁論としてされた陳述であること
  • ②相手方の主張と一致すること
  • ③自己に不利益であること

3つの要件があります。1つめ、口頭弁論の期日、または弁論準備手続の期日での陳述であること。2つめ、相手方の主張と一致すること。3つめ、自己に不利益であることです。

不利益の意味板(判例の定式=相手方が証明責任を負う事実であること/注意=自分が負けそうになるという語感で説明しない) 図:不利益の意味板

  • 判例の定式=相手方が証明責任を負う事実であること
  • 注意=自分が負けそうになるという語感で説明しない

負けそうな気がする、というそのイメージでは足りません。判例は、この不利益を、証明責任という物差しで捉えていると理解されています。

判例大判昭和8・2・9 民集12巻397頁

大審院判決(自白の成立が争われた事件) 自白の撤回や成立が問題となった大審院の事件で、判決要旨は、被告に証明責任のある事実を原告が先に陳述し、被告がこれと一致する事実を主張したときは、原告の陳述を自白と認めるとした。ここから判例は、「自己に不利益」を相手方が証明責任を負う事実と解しているものと理解されている。

Xさんの事案で考えてみましょう。お金を受け取ったこと自体は、Yさんも認めていました。この事実は、本来Xさんが証明しなければならない事実です。Yさんがこれを認めれば、その分Xさんは証明せずに済みます。証明責任を負う相手を助けてしまう、という意味で自分に不利益な陳述です。語感で判断すると、境目を見誤ります。証明責任がどちらにあるかで判断してください。

自白の3つの効力

自白の3効力板(審判排除効=裁判所を拘束/証明不要効=179条・当事者を拘束せず/不可撤回効=当事者を拘束・禁反言) 図:自白の3効力板

  • 審判排除効=裁判所を拘束
  • 証明不要効=179条・当事者を拘束せず
  • 不可撤回効=当事者を拘束・禁反言

裁判上の自白が成立すると、3つの効力が生じます。さっき確認したYさんの自白に、ここで条文と効力がつながります。1つめは審判排除効です。裁判所を拘束し、その事実と違う認定をすることを禁じます。弁論主義の直接の帰結です。2つめは証明不要効です。当事者を拘束するものではなく、証明することを要しなくなります。

条文民事訴訟法179条

民事訴訟法第179条(証明することを要しない事実) 裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。

ここでいう「顕著な事実」とは、誰でも知っている事実や、裁判所が職務上知っている事実のことです。3つめは不可撤回効です。今度は当事者を拘束し、原則として自白を撤回できなくなります。理由は3つあります。前言をひるがえすことを許さない禁反言。争いが無いと思って処分した証拠が失われている、散逸の防止。そして、相手方の信頼の保護です。

自白を撤回できる3つの例外

撤回3例外板(①刑事上罰すべき他人の行為=338条1項5号/②相手方の同意/③反真実かつ錯誤=両方必要) 図:撤回3例外板

  • ①刑事上罰すべき他人の行為=338条1項5号
  • ②相手方の同意
  • ③反真実かつ錯誤=両方必要

3つの例外があれば、撤回できます。1つめは、刑事上罰すべき他人の行為によって自白させられた場合です。これは、確定した判決のやり直しを求める再審事由とも、条文上重なります。

条文民事訴訟法338条1項5号

民事訴訟法第338条1項5号(再審の事由) 刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと。

2つめは、撤回について相手方の同意がある場合です。相手方が構わないと言うなら、拘束する理由が無くなるからです。3つめが、実務でも一番よく出てくる例外です。自白の内容が真実に反していて、かつ、錯誤に基づいている場合です。真実と違う、というだけでは駄目なんですか。駄目です。反真実と錯誤、この2つがそろって初めて撤回できます。要件としては、両方必要だということを、まず押さえてください。

判例大判大正4・9・29 民録21輯1520頁〈百選56〉

大審院判決(自白の撤回が争われた事件) 自白をした当事者がその撤回を求めた事件で、自白の内容が真実に反し、かつ、自白をした当事者の錯誤に基づく場合には、その自白を撤回することができるとされた。

通る例から見ましょう。売買契約の代金支払期日を、答弁書で9月1日だと自白したとします。しかし、契約書を見返すと、正しくは8月1日でした。答弁を書いた担当者が、日付を見間違えていたとすれば——反真実かつ錯誤ですから、この自白は撤回できます。では、撤回できない例です。正しい日付が8月1日だと分かっていながら——あえて9月1日だと自白していた場合です。この場合は、真実に反してはいますが、錯誤ではありません。錯誤が無い以上、この自白は撤回できません。

判例最判昭和25・7・11 民集4巻7号316頁

最高裁判決(自白の撤回で錯誤の証明が争われた事件) 自白の撤回にあたり錯誤の証明の要否が争われた事件で、反真実の証明があるときは、錯誤は推定されるとされた。

反真実と錯誤の順番板(反真実を証明する→錯誤が推定される→撤回できる/反真実の証明が先) 図:反真実と錯誤の順番板

  • 反真実を証明する→錯誤が推定される→撤回できる
  • 反真実の証明が先

反真実と錯誤という2つの要件を別々に証明しなければならないと感じる、そこが、この論点のもう1つの山場です。要件としては両方必要ですが、証明の場面では順番があります。先ほどの日付の例でいえば、8月1日が正しいと証明できれば十分です。そこから、担当者が見間違えたという錯誤は、推定されます。要件が2つあるという話と、証明の順番の話は、層が違います。反真実の証明が先、錯誤はその後に推定される。この順番を、逆にしないでください。

第3テーゼ——職権証拠調べの禁止

第3テーゼの板(争いのある事実を認定するときは、当事者が申し出た証拠に基づかなければならない/例外=職権による当事者尋問・207条1項) 図:第3テーゼの板

  • 争いのある事実を認定するときは、当事者が申し出た証拠に基づかなければならない
  • 例外=職権による当事者尋問・207条1項

1つめで事実が出そろい、2つめで争いのある事実だけが絞り込まれました。最後の3つめが、その残った争いをどう決着させるか、という第3テーゼです。第3テーゼは、こう言い表せます。当事者の間で争いになっている事実を認定する場面では、当事者自身が申し出た証拠に基づかなければなりません。原則としてはできません。裁判所が自分の判断で証拠を集めてよいとすれば、当事者が選んでいない材料で勝敗が決まってしまいます。主張と自白で当事者が絞った争点の外から、結論が持ち込まれることになります。これでは、私的自治にも、不意打ち防止にも反します。

Xさんの元経理担当者以外に、裁判所が独自にYさんの銀行の取引記録を取り寄せて、争点を決めることはできますか。できない、ということです。当事者のどちらかが、その記録を証拠として申し出て初めて使えます。ただし、例外が1つあります。

条文民事訴訟法207条1項

民事訴訟法第207条1項(当事者本人の尋問) 裁判所は、申立てにより又は職権で、当事者本人を尋問することができる。この場合においては、その当事者に宣誓をさせることができる。

当事者本人については、申立てが無くても尋問できます。裁判所が自分の判断で行える、ということです。当事者本人は、訴状や答弁書を通じて、すでに手続の当事者になっている人です。裁判所にとっては、すでに手続に関与している当事者本人こそ、出頭を確保しやすい、手近な情報源です。事案の解明に役立つからこそ、職権での尋問が認められています。ですから、条文に書いてあるから許されるのではありません。いま言ったこの理由があるからこそ、例外として許されているんです。中身の手続は、証拠調べを扱う別の回に譲ります。争いのある事実は当事者の申し出た証拠で決着させるのが原則。当事者尋問だけが例外だ、という位置づけを押さえてください。

今日の地図(保存版)

3テーゼの束ね直し板(①主張する=事実の範囲が決まる/②争うか決める=争点が絞られる/③立証する=残った争いだけを決着させる) 図:3テーゼの束ね直し板

  • ①主張する=事実の範囲が決まる
  • ②争うか決める=争点が絞られる
  • ③立証する=残った争いだけを決着させる

最後に、3つのテーゼを1本の流れに戻します。1つめ、主張することで、判決の材料になりうる事実の範囲が決まります。2つめ、争うか争わないかを決めることで、争点が絞られます。3つめ、立証することで、残った争いだけが決着します。そして、この流れ全体の土台にあった軸があります。弁論主義は裁判所と当事者の役割分担であって、当事者どうしの分担ではない。この軸でした。

今日のまとめの板(①弁論主義=裁判所と当事者の役割分担/②根拠は私的自治・機能は結果的なもの/③3テーゼは主張→自白→立証の流れ/④主張共通の原則/⑤訴訟資料と証拠資料の峻別/⑥自白の不利益=相手方が証明責任を負う事実/⑦撤回③は反真実の証明が先/⑧職権証拠調べは禁止・例外は当事者尋問) 図:今日のまとめの板

  • ①弁論主義=裁判所と当事者の役割分担
  • ②根拠は私的自治・機能は結果的なもの
  • ③3テーゼは主張→自白→立証の流れ
  • ④主張共通の原則
  • ⑤訴訟資料と証拠資料の峻別
  • ⑥自白の不利益=相手方が証明責任を負う事実
  • ⑦撤回③は反真実の証明が先
  • ⑧職権証拠調べは禁止・例外は当事者尋問

この軸から、主張共通の原則が出てきました。そして、訴訟資料と証拠資料の峻別も出てきました。Xさんの事案に当てはめると、免除という事実は、証人が話しただけです。誰も主張していません。ですから——裁判所は、この免除の証言を、判決の理由にすることはできません。冒頭の問いに、はっきり答えが出ましたね。知っているかどうかではなく、主張されているかどうかがすべてなんですね。ただ、ここで新しい疑問が出てきます。今日ずっと「事実」という言葉を使ってきました。弁論主義が及ぶ「事実」とは、いったいどの事実を指すのでしょうか。証人の証言から分かった、間接的な事情まで、すべてが対象になるのでしょうか。

この問いは、次に持ち越します。

参照条文

  • 民事訴訟法179条
  • 民事訴訟法338条1項5号
  • 民事訴訟法207条1項

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