釈明権・釈明義務と法的観点指摘義務
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第2章 訴訟の審理 ㊷/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
裁判長は黙って判決を書くのか
図:冒頭事案の関係図
前回の最後に、こういう問いを残しました。本人だけで訴訟を進めている当事者が、言うべきことを言えないまま負けてしまう場面がある。そのとき裁判所は、黙って判決を書くだけなのか。今日は、その答えから入ります。今日の事案は、前回とは別のものです。Xさんは、弁護士を立てずに、自分1人で訴訟を進めていました。相手は、美容室を営むYさんです。Xさんは訴状に、こう書きました。商品を売った代金を払ってほしい。Xさんは、売買契約のつもりでした。ところが、証拠調べが進むと、別の事実が見えてきます。Xさんが実際にしたのは、Yさんの店舗に材料を持ち込み、カウンターと棚を作り付ける仕事でした。
法律構成としては、売買より請負に近い実態です。Xさんは、その違いに気づいているんですか。気づいていません。Xさんは法律の素人で、売買と請負の区別そのものを知りません。このまま審理が進めば、売買契約の成立は認められず、請求棄却の判決になりかねません。実際には工事の代金をもらう権利がありそうなのに、負けてしまう、ということですか。そうなりかねません。さて、ここで今日の問いです。裁判長は、このまま売買として審理し、請求棄却の判決を書くべきでしょうか。それとも「これは請負ではありませんか」と指摘すべきでしょうか。
黙って判決を書くべきか、口を出すべきか、その迷いこそ、今日のテーマです。結論は、この先で2段階に分けて出します。
なぜ裁判所が問いを発してよいのか——釈明権の根拠
図:根拠の板
- 弁論主義を機械的に運用すると当事者の能力・知識の差がそのまま訴訟上の地位の不平等になる
- 裁判所が訴訟指揮権を行使し問いを発し立証を促すことで両当事者の実質的な平等を図る
前回と前々回で、弁論主義という役割分担を見ました。ここで、少し考えてみてください。この役割分担を、機械的にそのまま回すと、何が起きるでしょうか。うーん。法律に詳しい当事者と、Xさんのように詳しくない当事者とで、差が出てしまいそうです。法律に詳しい当事者とそうでない当事者とで差が出てしまうことが問題です。弁論主義を機械的に運用すると、当事者の能力や知識の差が、そのまま訴訟上の地位の不平等に直結してしまいます。これでは、公平な裁判や、適切な攻撃防御による適正な裁判の実現が難しくなります。そこで裁判所は、訴訟指揮権を行使します。口頭弁論の進め方そのものを仕切る権限のことです。訴訟関係を明瞭にするため、事実上・法律上の事項について問いを発し、立証を促す。これが釈明です。こうして問いを挟むことで、法律の知識に差があっても、当事者どうしが同じ土俵で争えるようになります。
ここで、この根拠を示した先例を見ておきます。
判例最判昭和45年6月11日民集24巻6号516頁〈百選52〉
最高裁判決(原告の法律構成の誤りが争われた事件) 原告が主張した事実と、証拠から認められる事実とが食い違っていた事件である。別の法律構成であれば請求が認められ紛争が抜本的に解決できるうえ、原告が食い違いに気づかなかったのが明白な誤解や不注意によるものと見えるときは、裁判所は釈明権を行使して原告の求めるところを確かめることができるとされた。
主張と証拠が食い違っていても、それが原告の明白な誤解や不注意によるものと見えるときには、裁判所が釈明で確かめてよい、という先例です。この考え方が、条文の形でどう書かれているかを、次に見ます。
149条という1つの条文に収まる3つの現れ方
図:期日外釈明と通知の板
今見た根拠を定めているのが、149条です。まず全文を見てください。
条文民事訴訟法149条
民事訴訟法第149条(釈明権等) 1項 裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。 2項 陪席裁判官は、裁判長に告げて、前項に規定する処置をすることができる。 3項 当事者は、口頭弁論の期日又は期日外において、裁判長に対して必要な発問を求めることができる。 4項 裁判長又は陪席裁判官が、口頭弁論の期日外において、攻撃又は防御の方法に重要な変更を生じ得る事項について第一項又は第二項の規定による処置をしたときは、その内容を相手方に通知しなければならない。
実は、釈明の現れ方は全部、この1つの条文の中に収まっています。1項が土台です。裁判長は、口頭弁論の期日でも、期日外でも、当事者に問いを発し、立証を促すことができます。期日での釈明と、期日外釈明、この2つがここに入っています。2項は、陪席裁判官も同じ処置ができるという規定です。3項が、求問権です。当事者は、裁判長に対して必要な発問を求めることができます。それって、当事者が自分で釈明できる、ということですか。そこが、多くの人がつまずくところです。違います。求問権は、当事者が相手方に直接問いを発する権利ではありません。当事者が、裁判所に対して「釈明権を行使してください」と求める権利です。
釈明権の主体は、あくまで裁判所です。4項が、通知です。期日外で釈明が行われ、それが攻撃防御の方法に重要な変更を生じさせうる事項だったときは——その内容を、相手方に通知しなければなりません。少し考えてみてください。期日外で、裁判長と一方の当事者だけがやり取りして、手続がそのまま進んだとします。何を問われ、どう答えたのか分からないまま防御することになれば、それこそ不意打ちです。だからこそ、重要な事項については、相手方に知る利益が認められ、通知が義務づけられています。
釈明権と釈明処分は別条文
図:釈明権と釈明処分の対比板
- 釈明権149条=当事者に問いを発し立証を促す・当事者への働きかけ
- 釈明処分151条=裁判所自身がする処分・当事者本人の出頭命令や文書提出命令など
釈明処分という似た名前のものとの区別が、この論点でいちばん混同しやすいところです。釈明権と釈明処分は、条文番号からして別物です。釈明権は、今見た149条。裁判所が当事者に働きかけて、問いを発し、立証を促します。釈明処分は、151条です。訴訟関係を明瞭にするため、裁判所自身が処分をします。当事者本人や法定代理人に出頭を命じたり、文書などの提出を命じたり、検証や鑑定を嘱託したりします。それぞれの号の細かい中身は、また別の回で扱います。今日は、条文番号と、向かう先の違いだけ押さえてください。ついでに、もう1つだけ名前を出しておきます。当事者が、裁判長の訴訟指揮に不服があるときは、150条にもとづいて異議を述べることができます。
今日は、149条と151条が別物だということだけ、区別できれば十分です。この段階で、冒頭のXさんの事案に戻ってみます。裁判長が「これは請負ではありませんか」と問いを発するとすれば、それは149条の釈明権の話です。この区別を頭に入れたうえで、次に進みます。
権限なのになぜ義務でもあるのか——釈明義務
図:弁論主義の穴の板
- 弁論主義の第1テーゼ=主張されない事実は判決の基礎にできない
- 言い落とした側は黙って負ける
- 釈明はこの穴を補完する
ここで、弁論主義を学んだ回のことを、もう一度思い出してほしいんです。弁論主義の回で立てた第1テーゼを、思い出せますか?当事者が主張していない事実を、裁判所は判決の基礎にできない、というものでしたね。では、当事者がそれに気づかず言い落としたとき、誰がそれに気づくべきでしょうか。弁論主義を貫いて裁判所が何も気づかなくてよいとすると、知識の乏しい当事者が、気づかず言い落としたまま、黙って負けることになります。149条1項をもう一度読んでください。問いを発し、立証を促すことができる、という書きぶりです。
条文の文言だけを見れば、権限にすぎません。ところが、通説・判例は、これを権限であると同時に義務でもあると解しています。理由は、弁論主義という制度そのものが抱える欠点にあります。何もかも当事者に委ねてしまうと、本当は言うべきだった事実や、出すべきだった証拠が、裁判所に届かないまま終わってしまうことがあります。釈明は、この弁論主義の欠点を補完する機能を営んでいます。この義務性を示した先例を見ておきます。
判例最判昭和39年6月26日民集18巻5号954頁〈百選53〉
最高裁判決(釈明権の不行使が争われた事件) 釈明権は、単に行使してもよいという裁判所の権能にとどまらず、場合によっては行使しなければならない義務でもあるとされた。これを怠って審理を尽くさないまま判決をした原審の判断には、違法があるとされた。
ここまでで、釈明が「なぜあるのか」「なぜ義務なのか」の土台ができました。
消極的釈明と積極的釈明
図:消極積極対比板
- 消極的釈明=すでに出ている申立て・主張の不明瞭・矛盾・欠缺・不用意を補う補充的な釈明
- 限界は無い
- 積極的釈明=不当・不適当な申立てや必要な主張の欠落を示唆・指摘する是正的な釈明
- 利益衡量が必要
ここからが、今日の本体です。釈明は、義務だとしても、際限なく行ってよいわけではありません。ここに明確な一線を引くのは難しく、ケース・バイ・ケースだとされています。それでも、一定の合理的な基準として、釈明は2つに分けられます。消極的釈明と、積極的釈明です。消極的釈明は、当事者がすでに事案に必要な申立てや主張を出してはいるものの、そこに不明瞭・矛盾・欠缺・不用意がある場合に、それを補う補充的な釈明です。積極的釈明は、申立てや主張が不当・不適当な場合、または当事者が必要な申立てや主張をしていない場合に、裁判所が積極的に示唆・指摘してさせる、是正的な釈明です。
決定的に違うのは、限界の有無です。消極的釈明は、本来当事者が行うべきことが、すでに予定されている釈明です。だから、行使の限界はありません。一方、積極的釈明は、当事者がまだ言っていない主張を、裁判所が新たに持ち出す行為です。だからこそ、当事者の公平を損なうおそれがあり、一定の利益衡量が必要になります。境界を、具体的な2つの場面で見てみましょう。
図:境界ペアの板
- 消極的=訴状の請求の趣旨の請求金額と請求原因の計算根拠が食い違っている
- 積極的=原告が一度も主張していない別の法律構成を裁判所が持ち出す
同じ訴訟の中でも、消極と積極が分かれる2つの場面を並べてみます。具体的に、こういう場面を考えてください。原告の訴状で、請求の趣旨に書かれた請求金額と、請求原因の中の計算根拠とが、食い違っていたとします。これはどちらに当たると思いますか。原告は、金額と根拠、どちらも一応書いてはいるわけですよね。それなら、もう出ている話の不整合を正すだけ、という感じがします。すでに出ている申立てと主張の中の矛盾を正すだけですから、これは消極的釈明にあたります。では、次の場面です。原告が一度も主張していない、まったく別の法律構成を、裁判所が持ち出すとしたらどうでしょうか。
それは、Xさんの事案そのものですね。売買だと主張しているのに、請負ではないかと指摘する場面です。原告がまったく触れていなかった法律構成を、新たに持ち出すのですから、これは積極的釈明にあたります。ここで、いったん立ち止まってみます。少し考えてみてください。冒頭のXさんの事案、これは消極的釈明で足りるでしょうか、それとも積極的釈明が必要でしょうか?Xさんは、売買としか主張していなくて、請負という言葉は一度も出していません。そうなると、まだ無い話を新しく足すことになります。Xさんの事案は、積極的釈明の場面にあたります。
では、その利益衡量を、どう行うのかを、次に見ていきます。
釈明義務違反はどう争うのか
図:審理不尽の板
- 釈明すべき場面で釈明せずに判決を書くと審理を尽くしていない違法があり上告理由になる
- 消極的釈明の懈怠=当然に法令違反
- 積極的釈明の懈怠=3要素で判断
釈明権を行使すべきだったのに、裁判所がそれを怠ったとします。そのまま判決を書いてしまうと、その判決には審理を尽くしていないという違法があるとされ、上告の理由になります。ここでも、いま見た消極と積極の区別が効いてきます。消極的釈明の懈怠は、判決の土台となる事実に食い違いやはっきりしない点があるのに、それを見過ごしたまま判決を下したことをいいます。これは、法令違反として、そのまま上告理由になります。積極的釈明の懈怠については、当事者の力量や事件の複雑さといった個別の事情に左右されるため、一律の基準を引きにくいとされています。そこで、次の3つの検討要素を使って判断します。
⭐ 論文で書く規範:積極的釈明の懈怠を判断する3つの検討要素 ①その法律構成のままでは、判決の結論が覆ってしまうほどの不備があるか ②釈明をしなければ、当事者が自分の力だけで気づき、正しく主張立証できると言えるか ③釈明することで、相手方に不公平が生じたり、手続が大きく遅れたりしないか (積極的釈明の懈怠と上告理由に関する判断枠組み)
1つめが、判決における勝敗転換の蓋然性です。法的構成に不備があり、それを正せば結論が変わりうるかどうかを見ます。2つめは、当事者に独力での是正を期待できるかどうかです。放っておいても自分で気づけそうな相手なら、裁判所が手を出す必要は薄くなります。3つめは、口を出すことで相手方が割を食わないか、手続が大きく遅れないかどうかです。助けた分だけ相手が不利になるなら、釈明は慎重になります。具体的に、Xさんの事案に1つずつ当てはめてみます。
図:3要素をXの事案に当てはめる板
- ①勝敗転換の蓋然性=請負構成への組み替えで請求が認容されうる
- ②期待可能性=本人訴訟で法律の素人=独力での是正は期待しにくい
- ③不公平・遅滞=Yに格別の不利益や遅滞は生じない
まず1つ目です。Xさんの主張は売買でしたが、実態は請負に見えます。法律構成としての不備は明白で、請負に組み替えれば請求が認容される可能性が十分にあります。次に2つ目です。Xさんは本人訴訟で、法律の素人です。自分の力だけで、売買から請負へ構成を切り替えることは、期待しにくい状況です。最後に3つ目です。裁判長が請負ではないかと指摘したとしても、Yさんに格別の不利益や、著しい手続の遅れが生じるわけではありません。3つの検討要素がそろって釈明をすべき方向を示していますから、Xさんの事案では、裁判長が積極的釈明を行うべきだった、という結論が出せます。
裁判長は、黙って請求棄却の判決を書くのではなく、請負ではないかと指摘すべき場面だった、ということになります。
図:3要素の別の使い道の板(過失相殺の主張が無い場面にも同じ3要素を当てはめられる)
この3要素は、別の場面でも同じように働きます。たとえば、次のような場面です。交通事故の損害賠償請求で、被害者側が信号無視をしていたとうかがえる証拠が出ているのに、被告側がその過失相殺の主張を一度もしていない、という場面を考えてください。過失相殺が認められれば賠償額が変わる見込みがあり、被告本人には自分で気づいて主張することが期待しにくく、釈明しても原告側に著しい不利益は生じにくい。同じ3つの物差しが、そのまま使えます。ここは深追いせず、次に進みます。
法的観点指摘義務
図:法的観点指摘義務の板
- 弁論主義の対象は事実の主張と証拠の申出
- 法規の適用・解釈は裁判所の責務
- 当事者の法律構成と異なる構成で判断すると不意打ちが生じる
ここまでの話は、すべて「事実」をめぐる釈明でした。ここで、もう1段別の議論を見ます。弁論主義がおよぶのは、事実の主張と証拠の申出です。一方、法規をどう適用し、どう解釈するかは、裁判所の責務です。当事者が「これは売買です」と法律構成を主張しても、それは裁判所の参考にされるにすぎません。ここで、1つ問題が生じます。当事者がある法律構成を前提に事実を主張しているのに、裁判所が同じ事実関係から、まったく別の法律構成で法的な判断を下すとします。これが不意打ちです。そこで、裁判所には、異なる法的観点を指摘して、当事者の攻撃防御の機会を充実させる義務があるのではないか、という議論があります。
近時、釈明義務の一態様として論じられている議論です。ここで、手がかりになる裁判例を見ておきます。
判例最判平成22年10月14日判時2098号55頁
最高裁判決(法的構成の変更が争われた事件) 当事者が主張していなかった信義則違反という法律構成を、原審が採用して判決をした事件である。この判断には釈明義務違反の違法があるとして、原判決中上告人敗訴部分を破棄し、原審に差し戻した。
これは、法的観点指摘義務を、はっきり認めた判例なんですか。そこが、いちばん注意してほしいところです。断定はできません。この事件は、当事者の誰も主張していなかった信義則違反という構成を原審が採用し、それを釈明義務違反として破棄し、差し戻したものです。この判断について、最高裁が法的観点指摘義務を示唆したとする評価が多くなされています。ここは、まだ議論の途上にあると理解してください。この議論を、Xさんの事案に当ててみます。1段階目では、積極的釈明の3要素をXさんの事案に当てはめました。ですが、よく考えると、この場面はそもそも「事実が足りない」という話ではありません。
足りていないのは事実ではなく、それをどう法律構成するかという部分です。売買として構成するか、請負として構成するか。これは、まさに法律構成の問題です。だからこそ、Xさんの事案は、法的観点指摘義務の議論が正面から当たる典型的な場面だといえます。裁判長が請負という法律構成を指摘するべき場面だったのは、単に釈明義務があるからというだけでなく、それが法律構成そのものをめぐる不意打ち防止の問題だったからです。ただし、この議論はまだ確立した判例法理ではありません。「指摘しなければならない」と言い切るのではなく、そうした議論が問題になる典型例だ、という水準で理解してください。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめの板
- ①釈明権の根拠=実質的平等
- ②149条1つに3つの現れ方
- ③釈明権と釈明処分は別条文
- ④釈明は権限であり義務でもある
- ⑤消極的釈明は限界なし積極的釈明は利益衡量
- ⑥懈怠は消極=当然の上告理由・積極=3要素
- ⑦法的観点指摘義務は示唆の水準
最後に、前回・前々回と今日を、1枚に束ね直します。弁論主義は、資料を出すのは当事者だという役割分担でした。しかし、それを機械的に回すと、知識や能力の差がそのまま不平等になります。当事者が言い落としたときに、手続を動かすのが裁判所です。149条という1つの条文の中に、期日の釈明、期日外釈明、求問権、通知という4つの現れ方がありました。釈明は権限であると同時に義務でもあり、消極的釈明には限界が無く、積極的釈明には利益衡量が要りました。懈怠を争う場面でも、消極なら当然に上告理由になり、積極なら3つの検討要素で判断されました。そして、事実ではなく法律構成そのものが問題になる場面では、法的観点指摘義務という、まだ議論の途上にある考え方がありました。
Xさんの事案は、両方の意味で、裁判長が動くべき場面だったんですね。ここで、1つだけ自分に問いを出してみてください。相手の主張が不明瞭なまま放置されて判決が出た場合と、当事者が一度も触れていない主張を裁判所が示唆する場合。釈明を怠ったことが上告理由になるかどうかで、扱いが違うのはどちらでしょうか?前者は消極的釈明で、怠れば当然に法令違反。後者は積極的釈明で、3つの検討要素を当てて判断する、ですね。この2つが口をついて出てくるなら、今日の中心は入っています。釈明とは、結局のところ、裁判所が持つ訴訟指揮権の一場面でした。
訴訟指揮権というと、口頭弁論の進め方そのものを仕切る権限のことです。では、その訴訟指揮権全体は、どんな姿をしているのでしょうか。そして、当事者の側が行う訴訟行為には、どんなルールがあるのでしょうか。この問いは、次に持ち越します。
参照条文
- 民事訴訟法149条