当事者の訴訟行為と否認・抗弁・自白・不知・沈黙
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第2章 訴訟の審理 ㊸/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
「もらったものだ」は否認か抗弁か
図:冒頭事案の関係図
前回、裁判所が釈明で当事者の言い忘れを補う、という話をしました。そのさらに前では、事実と証拠を出すのは当事者だ、という役割分担を見ました。今日は、その「出す」という行為そのものを見ます。当事者は、条文の上でどう手を動かしているのか。今日の事案です。XさんがYさんに1000万円を貸した、期限が過ぎても返ってこない、そう言ってYさんを訴えました。ところが、Yさんはこう言います。あれは借りたお金じゃない、もらったものだ。ここで、今日いちばん最初の問いです。Yさんのこの言い分は、否認でしょうか、それとも抗弁でしょうか。
否認か抗弁か、その答えは、この先ではっきり出します。まずは、そこへたどり着くための土台から見ていきましょう。
訴訟行為とは何か・3段階の絵
図:3段階の板
- 訴訟行為=手続を先へ進める当事者・裁判所の行為
- 口頭弁論の中心は申立て・主張・立証の3段階
- 主張と立証をまとめて攻撃防御方法と呼ぶ
訴訟行為とは、手続を一歩ずつ先へ進めていく、当事者と裁判所の行為のことです。もう少し絞ると、訴訟法上の効果を発生させる行為、という言い方もできます。訴訟の入り口を見た回で、口頭弁論の中心は3段階だと言いました。覚えていますか。申立て、主張、立証、という3階建ての絵でしたね。今日は、この3階建てに、条文の言葉を重ねていきます。まず、申立てが1階です。そして、主張と立証が2階と3階にあたります。主張と立証は、まとめて攻撃防御方法と呼びます。原告が攻めるための主張・立証、被告が防ぐための主張・立証、その両方をまとめた呼び名です。
ここから、この3階を1つずつ、条文で固めていきます。
①申立て——条件を付けられないのはなぜか
図:申立ての板
- 本案の申立て=訴えをもって終局判決を求める申立て・原告なら請求の趣旨・被告なら請求棄却を求める
- 訴訟上の申立て=期日指定・移送など手続上の付随的事項を求める申立て
申立てとは、裁判所に対して、裁判などの一定の行為を求める当事者の行為です。申立てには2つの種類があります。1つは、本案の申立てです。訴えそのものによって、終局判決を求める申立てのことです。原告なら、請求の趣旨がこれにあたります。被告なら、請求棄却を求める、という形で出てきます。もう1つが、訴訟上の申立てです。手続の進め方に関する、付随的で派生的な事項について求める申立てです。期日を決め直してほしい、という期日指定の申立てや、別の裁判所へ移してほしい、という移送の申立てなどです。本案の申立ては勝ち負けそのもの、訴訟上の申立ては手続の進め方、という違いです。では、この申立てを、一度出したあとに撤回できるでしょうか。
原則としてはそのとおり、自由です。ただし、相手方がすでに応訴の準備を進めている段階になると、相手方の同意なしには撤回できなくなる場面があります。なぜですか。相手方が、すでに防御のための準備をしているのに、一方的に申立てを撤回されてしまうと、その努力が無駄になってしまうからです。相手方の地位を保護するためです。ここで、もう1つ大事な原則を確認します。訴訟行為には、原則として条件や期限を付けることができません。少し考えてみてください。条件付きの申立てを許すとどうなるでしょうか。手続が進んだあとで条件が満たされていなかったとなれば、それまで積み重ねてきた審理や、相手方の対応が、すべて無駄になってしまいます。これでは、手続の安定が害されます。だからこそ、訴訟行為には条件や期限を付けられないのが原則です。
この言葉は、今日この先も、何度か形を変えて出てきます。
②主張——法律に関する主張と事実に関する主張
図:主張2分類の板
- 法律に関する主張=法規の存否・内容・解釈・適用についての主張・裁判所に一つの見方を示すだけで拘束力なし
- 事実に関する主張=要件事実に該当・関連する事実を裁判所に報告する行為
主張とは、当事者が裁判所に対して行う陳述のことです。これは2つに分かれます。1つが、法律に関する主張です。法規の存否や内容、解釈や適用について、当事者が述べるものです。もう1つが、事実に関する主張です。要件事実にあたる事実、あるいはそれに関連する事実を、当事者が裁判所に報告する行為です。この2つで、扱いに違いはあるんですか。大きく違います。法規の解釈や適用は、裁判所の職責です。だから、当事者がある法律構成を主張しても、それは裁判所に一つの見方を示すだけで終わります。裁判所を拘束しません。事実については、弁論主義のもとで当事者が出さなければ裁判所は使えませんでした。ですが、法律構成については、裁判所は当事者の言い分に縛られません。
裁判所が当事者の法律構成に縛られない一方で、まったく違う構成で不意打ち的に判断すると問題になる、という話でした。今日の整理で、その理由がはっきり見えたと思います。法律構成は裁判所の職責だからこそ、拘束されない。でも、拘束されないからこそ、不意打ちへの配慮が要る。この緊張関係が、あの議論の土台にあったわけです。
相手方はどう答えるか——対応の5類型
図:想起の板
ここからが、今日の本体です。一方の当事者が事実を主張したとき、相手方が取りうる態度は、全部で5つあります。その前に、少し思い出してほしいことがあります。以前、裁判上の自白について学びました。自白が成立すると、何が起きるか、覚えていますか?たしか、裁判所の事実認定の権限が排除されて、その事実がそのまま判決の土台になる、という話でした。証明する必要もなくなります。今日は、その自白を含めて、相手方の答え方を5つ並べて見ていきます。そして、この5つを分ける軸はただ1つです。その事実について、どちらが証明責任を負っているか、です。証明責任は入り口の回で見ました。事実が最後まで分からないとき、どちらに不利益を負わせるかを決めるルールです。
出発点は単純です。請求する側が、自分の請求を支える事実の証明責任を負います。今日の事案なら、貸したと言っているXさんが、契約が成立したという事実を負う。細かい分配の基準は、証明責任の回でまとめて扱います。分ける軸は、争い方の強弱ではなく証明責任です。そこを条文で確認します。まず、この条文を見てください。
条文民事訴訟法159条
民事訴訟法第159条(自白の擬制) 1項 当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなす。ただし、弁論の全趣旨により、その事実を争ったものと認めるべきときは、この限りでない。 2項 相手方の主張した事実を知らない旨の陳述をした者は、その事実を争ったものと推定する。 3項 第一項の規定は、当事者が口頭弁論の期日に出頭しない場合について準用する。ただし、その当事者が公示送達による呼出しを受けたものであるときは、この限りでない。
1項が、何も言わずに争わなかった場合、2項が、知らないと陳述した場合です。この2つの効果の違いが、あとで効いてきます。3項は、期日に出頭しなかった場合への準用です。今日は名前だけ触れておきます。もう1つ、こちらも見てください。
条文民事訴訟法179条
民事訴訟法第179条(証明することを要しない事実) 裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。
自白した事実は証明不要になる、という条文です。さきほど思い出してもらった、裁判上の自白の効果は、この条文がもとになっています。159条と179条、2つとも自白という言葉が出てきますが、同じものですか。そこが、今日いちばんの注意点です。違います。あとで、はっきり区別します。まずは、5つの型を1つずつ見ていきましょう。
図:5類型対比板
- 否認=相手方が証明責任を負う事実を否定する・証拠調べが必要になる
- 抗弁=自らが証明責任を負う別の事実を主張して争う
- 裁判上の自白=自己に不利益な事実を争わないと陳述する・証明不要179条
- 不知=知らないと陳述する・否認と推定される159条2項
- 沈黙=口頭弁論終結時まで明らかに争わない・擬制自白159条1項
1つめ、否認です。相手方が証明責任を負う事実を、そのまま否定することです。否定された以上、その事実は証拠調べにかけられることになります。否認の仕方にも決まりがあります。相手方の主張する事実を否認するときは、理由を述べなければなりません。理由付否認と呼ばれる規律です。ただ「違う」と言うだけでは足りません。これは答弁書の認否を見た回でも触れましたね。ただ否定するだけでは、どこが食い違うのかが分からず、争点を絞れないからです。2つめ、抗弁です。相手方の主張そのものは否定せず、自分が証明責任を負う、別の新しい事実を持ち出して争うことです。
3つめが、裁判上の自白です。相手方が主張する、自分に不利益な事実を、争わないと陳述することです。4つめが、不知です。相手方の主張する事実を、知らないと陳述することです。そして5つめが、沈黙です。相手方の主張に対して、何も対応しないことです。裁判上の自白と不知と沈黙の3つは、いずれも相手方が証明責任を負う事実について、どう答えるかという場面です。認めるなら自白、知らないと言うなら不知、何も言わないなら沈黙です。
図:不知と沈黙・2つの自白の弁別板
- 不知=知らないと答えてはいる→争ったものと推定・159条2項・反証で覆せる
- 沈黙=何も言っていない→擬制自白・159条1項・口頭弁論終結時まで争えば不成立
- 擬制自白=争わなかった消極的態度に法が効果を与える・撤回の問題にならない
- 裁判上の自白=積極的に認めた陳述・原則撤回できない
ここで、不知と沈黙の違いを、理由からきちんと見ておきます。不知は、知らないと答えてはいます。だからこそ、159条2項は、争ったものと推定するにとどめています。推定ですから、あとから反証すれば覆せます。一方、沈黙は、何も言っていません。何も言っていない以上、争ったことにはできません。だからこそ、口頭弁論終結時までに争わなければ、擬制自白が成立してしまいます。そして、ここでもう1つ、はっきりさせておきたいことがあります。159条の擬制自白と、179条の裁判上の自白は、別物です。擬制自白は、争わなかったという消極的な態度に対して、法が事実上の自白と同じ効果を与えるものです。裁判上の自白は、当事者が積極的に「そのとおりです」と認めた陳述です。どちらも、最終的には証明不要という179条の効果にたどり着く点は共通しています。でも、成立の仕方が違います。
裁判上の自白は、原則として撤回できません。一方、擬制自白は、口頭弁論終結時までに争えば、そもそも成立しないというだけの話です。撤回、という問題にはなりません。さて、ここで一度立ち止まります。冒頭で出した問い、覚えていますか。Yさんが「あれはもらったものだ」と言った場面です。今の5つの型を頭に入れたうえで、自分で考えてみてください。Yさんは、何を争っているでしょうか。
図:5分岐フロー板
- Xが1000万円を貸したとしてYに返還を求める/Yの言い分①あれはもらったものだ→否認
- ②借りたが返した→抗弁
- ③借りたのは間違いない→裁判上の自白
- ④先代のことで知らない→不知
- ⑤期日には出てきているが貸した点だけ何も言わない→沈黙
Yさんの言い分を、5通りに広げて並べてみます。まず1つめ、冒頭のとおり、あれはもらったものだ、という言い分です。Xさんが証明責任を負う「消費貸借契約が成立した」という事実そのものを、否定しています。これは、否認です。もらったものだ、は否認です。では、2つめの言い分を見てみましょう。借りたのは確かだが、もう返した、というものです。契約の成立は争わず、弁済という、Yさんが証明責任を負う別の事実を持ち出しています。これは、抗弁です。3つめです。1000万円を借りたのは間違いない、争いません、という言い分です。
自分に不利益な事実を、そのまま争わないと陳述しています。裁判上の自白です。証明不要になります。4つめです。それは先代、亡くなったお父さんの代の話で、自分は詳しい事情を知らない、という言い分です。159条2項により、争ったものと推定されます。5つめです。Yさんが期日には出てきているのに、貸したという点だけ何も言わない、という場合です。口頭弁論終結時までに争わなければ、159条1項により、自白したものとみなされます。何も言わないのに、いちばん重い効果が付くわけです。同じ1000万円の貸金請求でも、Yさんの答え方1つで、型がまったく変わります。5つの型は、暗記する一覧表ではなく、この事案のどこを争っているかを見抜くための物差しです。
主張の撤回と仮定的主張
図:撤回と仮定的主張の板
- 主張の撤回=原則自由・自白が成立した主張は原則撤回不可
- 撤回された主張事実も弁論の全趣旨として斟酌されうる
- 仮定的主張=本来の主張が認められない場合に備えて両立しない別の事実を主張すること
ここで、主張そのものを撤回できるかを見ます。弁論主義のもとでは、主張の撤回は原則として自由です。ただし、自白が成立した主張については、原則として撤回できません。あのときの理由をもう一度確認すると、相手方の信頼を保護するためでした。相手方は、その事実を争わなくてよいと信じて、以後の主張や立証を組み立てているからです。撤回した主張が完全になかったことになるかは、注意が必要です。撤回された主張事実そのものは、訴訟資料にはなりません。ただし、いったんそう主張していたという当事者の行動自体は、裁判官の心証を形づくる材料として、考慮されることがあります。これが、さきほどの159条1項ただし書にも出てきた、弁論の全趣旨です。
ここから、今日のもう1つの見どころに入ります。仮定的主張です。ある事実を主張しつつ、それが裁判所に認められなかった場合に備えて、あらかじめ、両立しない別の事実もあわせて主張しておくことです。先ほどのYさんの例で言えば、消費貸借契約の成立自体は否認しつつ、仮に成立が認定されたとしても、実は弁済済みだ、と付け加えるような主張です。よいところに気づきましたね。条件を付けられないはずなのに条件付きに見える、この矛盾を、ここで解いていきます。条件付きの主張が問題になるのは、その条件が、訴訟の外にある不確実な事実にかかっている場合です。たとえば、相手が今後どう出るか、第三者が将来どう動くか、といった、手続の中では確定できない事象です。
これに対して、仮定的主張の「条件」は、裁判所がその事実をどう判断するか、という一点にかかっています。これは、この訴訟手続の内部で、必ずいずれ判明する事柄です。手続の外に依存していません。手続の安定を害さない限り、条件付きの主張も許される。だからこそ、仮定的主張は例外的に認められます。しかも、裁判所は、本来の主張よりも先に、仮定的主張のほうから審理して判断してもかまいません。どちらも当事者が現に主張として出している以上、どちらも審判の対象です。仮定的主張のほうで結論が出てしまえば、本来の主張を判断する必要はなくなります。だから、どちらから調べるかは裁判所に委ねられます。
③立証——撤回できる境目はどこか
図:立証撤回の板
- 立証=争いある事実について特定の証拠方法の取調べを求め提出すること
- 弁論主義により当事者の申出を待って行うのが原則
- 撤回の境目=証拠調べに着手したかどうか・着手前は自由・着手後は不可
最後に、③立証です。争いのある事実について、特定の証拠方法の取り調べを求め、それを提出することです。証拠調べは、当事者の申出を待って行うのが原則です。裁判所が自分から勝手に証拠を集めることはありません。以前見た弁論主義の3つめのテーゼでしたね。立証も撤回できます。ただし、境目があります。裁判所が証拠調べに着手したかどうか、です。着手する前なら、任意に撤回できます。ですが、着手した後は撤回できません。終わったかどうかではなく始まったかどうかで決まる、そこが間違えやすいところです。証拠調べが終わっていなくても、始まった時点でもう撤回はできません。
裁判官は、証拠調べが始まった時点で、すでにその証拠から心証を形成し始めています。ここで撤回を許してしまうと、その心証形成を妨げることになるからです。そして、立証にも、やはり条件や期限は付けられません。根っこは同じですが、ここでは少し違う言い方ができます。審理の進み方そのものが乱れ、その結果、裁判官が心証を作る作業まで狂わせてしまうからです。
撤回できるか、3段階でまとめる
図:撤回3段階まとめの板
- 申立て=原則自由・相手方の応訴後は制限261条2項参照・理由は相手方の地位保護
- 主張=原則自由・自白が成立した主張は撤回不可・理由は相手方の信頼保護
- 立証=証拠調べ着手前は自由着手後は不可・理由は裁判官の心証形成保護
最後に、今日見てきた3段階を、撤回できるかという1点で並べ直します。申立ての撤回は、原則自由。ただし、相手方がすでに応訴の準備をしたあとは制限されます。理由は、相手方の地位を守るためでした。主張の撤回も、原則自由。ただし、自白が成立した主張は撤回できません。理由は、相手方の信頼を守るためでした。立証の撤回は、証拠調べに着手する前は自由、着手した後は不可でした。理由は、裁判官の心証形成を守るためでした。3つとも「原則自由」という点は同じなのに、歯止めがかかる理由がそれぞれ違うんですね。誰の、何を守るための歯止めなのか。そこに注目すると、3段階がばらばらの知識ではなく、1つの発想でつながって見えてきます。今日は、当事者が申立て・主張・立証という3段階で、自分から手続を動かす場面を見てきました。
Yさんの「もらったものだ」も、条文の言葉に置き換えれば、否認という形の主張だったんですね。ここで、最後にもう1つ、問いを残しておきます。当事者が、自分から手続を動かす側だということは分かりました。では、当事者が、動かなかったら。期日に出てこない、主張も立証もしてこない。そうなったときに手続を動かすのは、当事者ではなく裁判所の側です。
参照条文
- 民事訴訟法159条
- 民事訴訟法179条