信義則と信頼保護
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第1章 行政法の基礎 ⑭/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
信じたのに
図:待合所の約束
- 山あいの町
- A=町の担当
- B=駅前の喫茶店の店主
- AがBに「駅前に観光バスの待合所を作る。そこで軽食を出してほしい。冷蔵設備と厨房機器を入れて待っていて。町も全面的に協力する」と何度も頼む
- 町議会も賛成
- Bは機器を発注し、店を改装
- 町長選挙で計画に反対する人が当選し、計画は中止
- 契約書は無い
- Bの出費は戻らない
山あいの町で、駅前に観光バスの待合所を作る計画が持ち上がりました。町の担当のAは、駅前の喫茶店の店主Bに、こう頼みます。待合所ができたら、そこで軽食を出してほしい。冷蔵設備と厨房機器を入れて、待っていてほしい。町も全面的に協力する。Aはこれを何度も繰り返し、町議会も計画に賛成しました。Bは機器を発注し、店を改装して待ちました。ところが、町長選挙で、この計画に反対する人が当選します。待合所の計画は、中止になりました。契約書は、ありません。Bが払った出費は、戻ってきません。納得できるかどうかだけでは、法律の答えになりません。もう1つ、場面を出します。
図:申告書の受付印のあとで
- 国の役所
- A=役所の担当
- B=申告をする人
- BがAに申告書を出す→Aは数年にわたり受け取り、税額も受け取り、用紙も送ってくる
- 数年たってからAが「あの申告は認められない」と言い、税を上乗せした
国の役所の担当のAが、Bの出した申告書を、数年にわたって受け取ってきました。税額も、受け取ってきました。申告書には、毎年、受付印が押されていました。ところが、数年たってから、Aは言いました。あの申告は、認められません。そして、税を上乗せしました。どちらも、役所の言葉や態度を信じて動いた人の話です。ところが、答えは同じになりません。今日の1問は、これです。役所を信じた人が守られるのは、いつで、守られないのは、いつか。信じた人が守られるのは当然、と考えたくなります。ただ、そこが今日いちばん直感に反する点です。信じただけでは、守られません。しかも、守ると法律に反する結果になるときは、守ることが、さらに難しくなります。分かれ目は、信頼を守ることが、法律に反する結果になるかどうか、です。この物差しで、2つの場面を見ていきます。
信義則の行政法での姿
図:信義則と呼び名
- 民法の信義則=民法1条2項・相手の正当な期待を裏切らない
- 行政上の法律関係にも及ぶ〔法の一般原則なので争いは無い〕
- 行政法での呼び名=信義則〔条文上の名前〕・信頼保護原則〔信頼した私人の側から整理した呼び方〕
- 信義則から生まれた考え方=禁反言〔自分がいったん示した態度と矛盾する主張は許されない〕
- どれも守るのは相手の正当な期待
前の回で見た、法の一般原則の顔ぶれのうち、今日は信義則です。民法の回で、信義則を見ました。相手の正当な期待を、裏切らない、という考え方です。条文は、民法1条2項でした。全文で読みます。
条文民法1条2項
民法第1条第2項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
民法では、約束を撤回して、相手の期待を裏切る人に、この考え方が働きました。待合所の場面は、その裏切る側に立つのが、役所になっただけです。民法の条文でも、行政に使えます。信義則は、法律関係の全体に通用する、法の一般原則だからです。民法の規定のうち、こうした一般原則や、期間の計算のような決まりは、行政上の法律関係にも適用されることに、争いはありません。行政の場面でも、信義則は、裁判所が判断の拠り所にする法源として、しばしば働きます。板の呼び名を見ます。民法の条文上の名前は、信義則です。行政法では、これを、信頼した私人の側から整理して、信頼保護原則と呼ぶことがあります。もう1つ、民法の回で、信義則から生まれた考え方として見た、禁反言があります。自分がいったん示した態度と、矛盾する主張は許されない、という考え方です。行政が、前に示した態度と矛盾することを言い出す場面で働きます。どれも、守っているのは、相手の正当な期待です。
民法と同じ扱いにできるかどうかに、行政ならではのつまずきがあります。民法は、私人どうしの話です。信頼を守っても、その結果が法律に反することは、まずありません。行政は、法律による行政の原理の下にあります。法律の優位は、定めがあるとき、そこから外れていないかを見る物差しでした。信頼を守った結果が、その定めから外れることが、行政では起こるのです。例を作ります。窓口のAが、Bに、この営業に許可は要りません、と間違って案内したとします。法律は、許可を要求しています。Bが信じて営業を始めたとき、Bを守れば、許可の無い営業を認めることになります。信頼は守りたい。でも、法律の定めからは外れる。ここで、1つの物差しが要ります。
図:分岐の物差し
- 信頼を守ると、法律〔の明文や課税の定め〕に反する結果になるか
- 反しない→守っても法律に反しない場面=施策の変更と責任の問い〔待合所〕
- 反する→守ると法律に反する場面=慎重な検討が要る〔申告の否認〕
物差しは1つです。さっきの法律の優位を、信頼を守った結果に当てます。信頼を守ると、法律の明文や課税の定めに、反する結果になるか。反しないなら、1つ目の場面です。待合所は、こちらです。反するなら、2つ目の場面で、慎重な検討が要ります。申告の否認は、こちらです。法律に反する結果になるとき慎重さが要る理由は、同じ法律の下にいる、ほかの人との公平が崩れるからです。1人だけを守って法律から外れれば、外れてもらえなかった人が、不公平を受けます。この理由は、2つ目の場面で、判決の言葉で確かめます。まず、反しない場面から見ます。
守っても法律に反しない場面
図:Bの待合所の問い
- 契約は無い
- 選挙で町の方針が変わった
- 問い=Bは町に損害賠償を求められるか
- 守っても法律に反しない場面
Bの場面に戻ります。契約は無い。選挙で、町の方針が変わった。Bは、町に損害賠償を求められるでしょうか。この場面を扱ったのが、村が製紙工場の誘致を決めた事件の判決です。事案は、Bの場面とよく似ています。
図:製紙工場の誘致の事案
- 村
- 村長が議会の賛成の下に工場建設に全面的に協力すると言う
- 会社は敷地を整え機械設備を発注
- 村長は融資を促す依頼の文書まで出す
- 村長選挙で反対派が当選し協力を拒む
- 会社は断念し代金など実際の損害の賠償を求める
- 原審=住民の意思に沿うので違法でない
村長が、議会の賛成の下に、工場の建設に全面的に協力すると言いました。会社は、敷地を整え、機械設備を発注しました。村長は、融資を促す依頼の文書まで出しています。ところが、村長選挙で工場に反対する人が当選し、新しい村長は協力を拒みました。会社は工場の建設を断念し、機械設備の発注で負担した代金など、実際に出た損害の賠償を求めました。原審は、協力拒否は住民の意思に沿うものだから違法とは言えない、として請求を退けました。契約が無ければ約束を守る義務は生じず、方針の変更も民意しだいだという考えは、判決の1つ目の判断と同じです。判決は、4つの段で答えます。施策を変えること自体は違法か。それでも守られる信頼はあるか。守られるなら、どんなときに責任が生じるか。そして、選挙で方針が変わったことは、やむをえない事情になるか。まず1つ目を、カードで見ます。
判例最判昭56・1・27 民集35巻1号35頁
施策の変更と拘束 地方公共団体の施策を住民の意思に基づいて行うべきものとするいわゆる住民自治の原則は地方公共団体の組織及び運営に関する基本原則であり、また、地方公共団体のような行政主体が一定内容の将来にわたつて継続すべき施策を決定した場合でも、右施策が社会情勢の変動等に伴つて変更されることがあることはもとより当然であつて、地方公共団体は原則として右決定に拘束されるものではない。
住民自治の原則は、施策を住民の意思に基づいて行う、という基本原則です。社会情勢が変われば施策が変わるのは当然で、地方公共団体は、原則として、決定に拘束されません。決め手は、住民自治です。選挙で方針が変わること自体は、違法ではありません。Bは、計画を続けろ、とは求められないのです。判決は、ここで、しかし、と続けます。
判例最判昭56・1・27 民集35巻1号35頁
保護される信頼 しかし、右決定が、単に一定内容の継続的な施策を定めるにとどまらず、特定の者に対して右施策に適合する特定内容の活動をすることを促す個別的、具体的な勧告ないし勧誘を伴うものであり、かつ、その活動が相当長期にわたる当該施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じうる性質のものである場合には、右特定の者は、右施策が右活動の基盤として維持されるものと信頼し、これを前提として右の活動ないしその準備活動に入るのが通常である。このような状況のもとでは、たとえ右勧告ないし勧誘に基づいてその者と当該地方公共団体との間に右施策の維持を内容とする契約が締結されたものとは認められない場合であつても、右のように密接な交渉を持つに至つた当事者間の関係を規律すべき信義衡平の原則に照らし、その施策の変更にあたつてはかかる信頼に対して法的保護が与えられなければならないものというべきである。
図:信頼が保護される2つの条件
- 1=特定の者に活動を促す個別的・具体的な勧告や勧誘を伴う
- 2=その活動が相当長期の施策の継続を前提に初めて資金・労力に見合う効果が出る性質
- そろえば契約が無くても信義衡平の原則で信頼は法的に保護
長い文ですが、骨格は2つの条件です。1つ目は、決定が、特定の者に、その施策に合った活動を促す、個別的、具体的な勧告や勧誘を伴っていること。2つ目は、その活動が、施策が相当長く続くことを前提にして初めて、投入した資金や労力に見合う効果が出る性質のものであること。この2つがそろうと、相手は、施策が土台として維持されると信頼して、活動に入るのが通常です。契約が無くても、密接に交渉した当事者の関係を規律する信義衡平の原則に照らして、信頼は法的に保護されます。境界のペアで確かめます。Aが何度も頼み、機器まで入れさせたBは、さきほどの二つの条件に、どちらも当たります。では、町の観光計画が新聞に載ったのを読んで、Bが、誰にも頼まれずに、自分の判断で店を改装した場合は、どうでしょう。
勧誘が無い以上、条件には当たりません。Bが一方的に施策が続くと信じただけでは、守られません。決め手は、行政の側が、相手を動かしたかどうかです。では、信頼が保護されるとき、責任はどう生じるのでしょうか。
判例最判昭56・1・27 民集35巻1号35頁
責任が生じる場合 すなわち、右施策が変更されることにより、前記の勧告等に動機づけられて前記のような活動に入つた者がその信頼に反して所期の活動を妨げられ、社会観念上看過することのできない程度の積極的損害を被る場合に、地方公共団体において右損害を補償するなどの代償的措置を講ずることなく施策を変更することは、それがやむをえない客観的事情によるのでない限り、当事者間に形成された信頼関係を不当に破壊するものとして違法性を帯び、地方公共団体の不法行為責任を生ぜしめるものといわなければならない。
図:責任が生じる3つの条件
- 積極的損害=社会観念上看過できない程度
- 代償的措置を講じないまま施策を変更
- やむをえない客観的事情によるのではない→違法性・不法行為責任
条件は3つです。社会観念上、見過ごせない程度の積極的損害を受けたこと。補償などの代償的措置を講じないまま、施策を変えたこと。それが、やむをえない客観的事情によるのではないこと。積極的損害とは、機器の代金のように、実際に出ていった損害のことです。そろえば、信頼関係を不当に破壊するものとして違法になり、不法行為責任が生じます。最後に、1つ問います。選挙で方針が変わった、という理由は、やむをえない客観的事情として通るでしょうか。判決の答えは、逆です。
判例最判昭56・1・27 民集35巻1号35頁
政治情勢の変化 そして、前記住民自治の原則も、地方公共団体が住民の意思に基づいて行動する場合にはその行動になんらの法的責任も伴わないということを意味するものではないから、地方公共団体の施策決定の基盤をなす政治情勢の変化をもつてただちに前記のやむをえない客観的事情にあたるものとし、前記のような相手方の信頼を保護しないことが許されるものと解すべきではない。
政治情勢の変化だけでは、やむをえない客観的事情になりません。住民自治は、住民の意思に基づいて動けば、法的責任が一切無い、という意味ではないからです。
図:判断の流れ
- 1段目=住民自治の原則→施策の変更そのものは原則違法でない〔地方公共団体は原則として決定に拘束されない〕
- 2段目=個別的・具体的な勧誘+長期の継続を前提とした活動→契約が無くても信義衡平の原則で信頼は法的保護
- 3段目=社会観念上看過できない積極的損害+代償的措置なし+やむをえない客観的事情でない→違法・不法行為責任
- 4段目=政治情勢の変化だけではやむをえない客観的事情にならない
流れを板で通します。施策の変更は、原則として違法ではない。勧誘と継続の前提がそろえば、信頼は保護される。代償的措置の無い変更は、違法になる。選挙だけでは、言い訳にならない。この4段です。注意点が1つあります。判決は、施策の変更そのものを違法としたのではありません。変更は原則として適法で、勧誘で信頼を生じさせたのに、代償的措置を取らないまま変えたことが、違法性を帯びて、責任の原因になります。
図:要素のチェック表とBの当てはめ
- 保護の2条件+責任の3条件=5つの問い
- 問い1=個別的・具体的な勧誘があったか→Aが何度も頼んだ=あり
- 問い2=相当長期の施策の継続を前提とする活動か→機器の発注と改装=あり
- 問い3=社会観念上看過できない程度の積極的損害か→出費の額次第
- 問い4=代償的措置があったか→補償の申し出は無い
- 問い5=やむをえない客観的事情があるか→選挙だけでは足りない
保護の2つの条件と、責任の3つの条件を合わせて、5つの問いにすると、整理しやすくなります。Bに当てはめます。1つ目、個別的、具体的な勧誘があったか。Aが何度も頼んだので、あります。2つ目、長期の継続を前提とした活動か。機器の発注と改装は、待合所が続くことが前提なので、あります。3つ目、見過ごせない積極的損害か。出費の額次第です。4つ目、代償的措置があったか。補償の申し出は無いので、ありません。5つ目、やむをえない客観的事情があるか。選挙だけでは、足りません。勝てる、とは言えません。この判決自身、会社の請求を、そのまま認めたのではありません。協力拒否の違法を原因とする部分を破棄して、差し戻しました。勧誘と継続の前提は事実関係から満たされると見たうえで、損害の程度や、やむをえない客観的事情、因果関係、損害額は、さらに審理させたのです。信頼が守られるのは、行政が相手を動かし、相手が長期の継続を前提に資金と労力を投じたときです。そして、そのときも、勝つかどうかは、残りの問いしだいです。
実質は損失補償に近い、という見方もあります。ただ、補償の根拠になる法律が無いので、違法な行為の損害を賠償させる、国家賠償法の不法行為の形をとったと考えられます。判決自身は、不法行為責任と言うだけです。計画の変更と責任の全体像は、別の回で扱います。ここでは、守っても法律に反しない場面の、信義則の働き方を押さえてください。
守ると法律に反する場面
図:前に見た租税の減免の問い
- 税を担当者の判断でまけることが許されないのは何の問題か
- 答えは次の板
申告の否認の場面に入る前に、思い出してください。担当者の判断で、税をまけることが許されないのは、何の問題でしたか?法律の優位の問題でした。法律で定まった税を、徴収しない自由が、行政には無いからです。根にあるのは、憲法の租税法律主義です。税は、法律で決まった額を、決まったとおりに集めるもので、税務署長に選択の余地はありません。1人の信頼を守って税をまければ、同じ法律の下にいる、ほかの納税者との平等と公平が崩れます。守ると法律に反する、典型の場面です。判決を読む前に、税の仕組みを、骨格だけ押さえます。日本の税の多くは、申告納税方式です。条文は覚えません。2つを板に出します。
条文国税通則法16条1項1号
国税通則法第16条第1項第1号 申告納税方式 納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則とし、その申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつた場合その他当該税額が税務署長又は税関長の調査したところと異なる場合に限り、税務署長又は税関長の処分により確定する方式をいう。
条文国税通則法24条
国税通則法第24条 税務署長は、納税申告書の提出があつた場合において、その納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたとき、その他当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正する。
骨格は2つです。納付する税額は、納税者の申告で確定するのが原則であること。申告が法律に従っていなければ、税務署長が調査して、更正という処分で正せること。更正とは、申告の内容を正す処分のことです。青色申告は、承認を受けた人だけが使える、特典の付いた申告です。特典の中身は、今日は要りません。承認を受けた人だけの申告、という点を押さえてください。承認を受けていない人の申告は、白色申告として扱われます。事案です。納税者が、青色申告の承認を受けていないのに、青色申告書で確定申告をしました。税務署長は、承認の有無を確かめないまま申告書を受け取り、翌年からは青色申告用の用紙も送り、税額も受け取りました。のちに、承認が無いことを指摘して、白色申告として扱う更正処分をしました。原審は、承認の有無の確認を怠って、承認申請が無かったという一事で青色申告を否認するのは、信義則に違反する、と言いました。
役所の対応を信じた納税者を守るかどうかが争点です。判決は、2段で考えます。
図:判決の判断の流れ
- まず制度の確認=青色申告の承認は、承認によって初めて資格が生じる設権的な処分
- 承認申請書を出さず承認を受けていないなら、青色申告として扱う余地は無い→白色申告として扱う
- 次に信義則=租税法律関係では慎重→特別の事情があるときに初めて適用の是非を考える→少なくとも3つの考慮は不可欠→当てはめ=受理・収納は是認ではない→公的見解の表示に反する処分とは言えない→信義則を適用する余地は無い
まず、制度の確認です。青色申告の承認は、承認によって初めて資格が生じる、設権的な処分です。設権的とは、資格を新しく作り出す、という意味です。承認の申請を出さず、承認を受けていないなら、青色申告として扱う余地は無く、白色申告として扱う、というのが出発点です。そのうえで、信義則を考えます。枠組みのカードです。
判例最判昭62・10・30 判時1262号91頁
信義則の適用に慎重 租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たつては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになつたものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない。
3つの層で読みます。1つ目の層。信義則で課税処分を取り消せる場合があるとしても、租税法律主義が貫かれるべき租税法律関係では、慎重でなければならない。租税では信義則は適用されない、とは言っていません。慎重、です。2つ目の層。平等、公平を犠牲にしてもなお、納税者の信頼を保護しなければ正義に反する、と言えるような特別の事情があるときに、初めて適用の是非を考える。そして3つ目の層。その特別の事情の判断では、少なくとも、板の3つの問いの考慮が不可欠です。
図:特別の事情の判断で不可欠な3つの考慮
- ①役所が信頼の対象になる公的見解を表示し、納税者がそれを信頼して行動したか
- ②のちに、その表示に反する課税処分が行われ、そのために経済的不利益を受けたか
- ③信頼して行動したことについて、納税者の責めに帰すべき事由が無いか/判決は「少なくとも」と言う=この3つで尽きるとは言っていない
3つの問いを言います。1つ目、役所が、信頼の対象になる公的見解を表示して、納税者が、それを信頼して行動したか。次に2つ目、のちに、その表示に反する課税処分が行われ、そのために、経済的な不利益を受けたか。最後に3つ目、信頼して行動したことについて、納税者の責めに帰すべき事由が無いか。判決は、少なくとも、と言っています。この3つで尽きる、とは言っていません。当てはめの前に、問いです。税務署長は、申告書を受け付け、毎年、税額を受け取ってきました。これは、信頼の対象になる、公的見解の表示でしょうか?判決の答えは、逆です。
判例最判昭62・10・30 判時1262号91頁
受理・収納の意味 税務署長による申告書の受理及び申告税額の収納は、当該申告書の申告内容を是認することを何ら意味するものではない(同法二四条参照)。
決め手は、申告納税方式の仕組みです。申告は、納税者が自分で税額を確定させる行為です。税務署長は、そのあとで調査して、必要なら更正で正せます。受け取っただけでは、中身を認めたことになりません。さっき見た24条が、その仕組みの根拠です。青色申告用の用紙を送ったことも、承認をしたという表示ではありません。
判例最判昭62・10・30 判時1262号91頁
結論 そうすると、原審の確定した前記事実関係をもつてしては、本件更正処分が上告人の被上告人に対して与えた公的見解の表示に反する処分であるということはできないものというべく、本件更正処分について信義則の法理の適用を考える余地はないものといわなければならない。
結論です。公的見解の表示に反する処分とは言えないので、信義則を適用する余地は無い、とされました。原審の判断は誤りとされ、原判決は破棄されて、差し戻されました。
図:受付印だけの場合と、書面で確かめた場合
- 場合1=受付印を押されただけ→判決のとおり、公的見解の表示と言えない
- 場合2=Bが書面で事前に問い合わせ、役所が書面で「この取扱いで差し支えない」と答えた→公的見解の表示の入口に立つ
- ただし入口=担当者に権限があったか・答えの内容が具体的か・Bに落ち度は無いか、は事案ごとに見る
- Bが守られるとは言えない
Bの場面で、少し変えてみます。1つ目は、受付印を押されただけの場合です。判決のとおり、公的見解の表示とは言えません。2つ目は、Bが、書面で事前に問い合わせ、役所が、書面で、この取扱いで差し支えありません、と答えた場合です。こちらは、1つ目の問いの入口に立ちます。ただし、入口です。答えた担当者に権限があったか、答えの内容が具体的だったか、Bに落ち度は無いか。ここから先は事案ごとの判断で、Bが守られる、とは言えません。板で並べます。
図:2つの判決の比べ方
- 待合所の判決=守ろうとするもの:施策が続くという信頼
- 法律との関係:守っても法律に反しない
- 判断の枠:勧誘・継続の前提・損害・代償的措置・客観的事情
- 責めに帰すべき事由:判決に出てこない
- 租税の判決=守ろうとするもの:公的見解の表示への信頼
- 法律との関係:守ると法律に反する〔租税法律主義・平等公平〕
- 判断の枠:特別の事情があるときに初めて考える
- 責めに帰すべき事由:不可欠の考慮として出てくる
待合所の判決には、責めに帰すべき事由の考慮が、書かれていません。租税の判決では、不可欠の考慮として出てきます。決め手は、法律との関係です。守ると法律に反する分、特別の事情が要り、考慮も増える、と整理されます。ただし、待合所のほうが条件が緩い、と言えるわけではありません。待合所の判決は、その点を取り上げていないだけで、要らない、とまでは言っていません。
明文があっても主張を許さない場面
図:通達で打ち切った給付と時効
- 山あいの町
- A=町の担当
- B=高齢者
- 町の条例で、高齢者に給付
- 町の通達(実は条例のどこにも根拠が無い)が「町外へ引っ越したら失権」と扱う
- Aは支給を打ち切った
- 数年後に通達の誤りが明らかに
- 町は支払いを再開
- ただし「5年より前の分は時効で消えた」と言う
守ると法律に反する場面には、もう1つの形があります。法律の明文が、はっきり答えを決めている場面です。町の条例で、高齢者に給付が出ているとします。ところが、町の通達が、町の外へ引っ越した人は失権する、つまり、受給の権利を失う、と扱いました。通達とは、上の機関が下の機関に出す、取扱いの指針のことです。この取扱いは、実は、条例のどこにも根拠がありません。Aは、Bの給付を打ち切りました。数年後に、通達の誤りが明らかになり、町は、支払いを再開しました。ただし、5年より前の分は、時効で消えた、と言います。時効は法律の明文で決まっています。それでも、町が時効を主張することを、信義則で止められるのか。これが次の問いです。
図:明文と信義則の問い
- 地方公共団体の・地方公共団体に対する金銭債権=5年で時効消滅〔自治法236条1項〕
- 援用は要らず・利益を放棄もできない〔同条2項〕
- 明文がそう言うのに、信義則で「時効を主張するな」と言えるか
- 守ると法律の明文に反する場面
地方公共団体が受け取る側のお金の権利も、払う側のお金の権利も、5年で当然に、つまり、誰も時効だと言わなくても、消えます。Bの給付は、払う側です。明文があるのに、信義則で、時効を主張するな、と言えるでしょうか。条文を板に出します。個別法なので、暗記は要りません。
条文地方自治法236条2項
地方自治法第236条第2項 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利の時効による消滅については、法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
見る点は1つです。時効の援用が要らず、利益を放棄もできない、という点です。民間の時効は、援用、つまり、時効で消えたと主張して初めて効きます。地方公共団体には、援用が要らず、放棄もできません。事務処理を簡単にして、住民を平等に扱うためです。だから、この明文を信義則で崩すことは、極めて難しいのです。判決の事案です。原爆の被爆者が、法律に基づく健康管理手当の受給権を得たあと、海外に出国しました。手当の支給の事務は、国から委任を受けるなどして、県がおこなっていました。国の通達が、国外に居住地を移したら失権する、と定めていて、県も、それに従って支給を打ち切りました。この通達は、法律の解釈を誤った、違法なものでした。のちに通達は廃止され、県は支給を再開しましたが、訴えを起こした時点で5年を過ぎていた分は、地方自治法の時効で消滅した、と主張しました。
図:判旨の流れ
- 1段目=通達は法的効力を持たないが、法令上の根拠があるという推測を国民に与える→失権の扱いを受けた者に権利行使を期待するのは極めて困難
- 2段目=県が時効を主張することは、違法な通達で権利行使を困難にした国から事務の委任を受け、自らも違法な事務処理をしていた県が、権利の不行使を理由に支払義務を免れようとするに等しい
- 3段目=特段の事情〔権利行使が合理的に期待できる事情〕がない限り、信義則に反し許されない
判決は、3つの段で考えます。通達が、権利の行使をどれだけ難しくしたか。その中で時効を言うのは、何に等しいか。そして、特段の事情が無い限り許されない、という結論です。そのあとで、時効の明文の趣旨との関係を確かめます。まず、通達の働きを見ます。通達は法的な効力を持ちませんが、法令に根拠があるという推測を、国民に与えます。失権の扱いを受けた人に、自分で権利を行使することを期待するのは、極めて困難です。そのうえで、結論のカードです。
判例最判平19・2・6 民集61巻1号122頁
信義則に反し許されない 以上のような事情の下においては,上告人が消滅時効を主張して未支給の本件健康管理手当の支給義務を免れようとすることは,違法な通達を定めて受給権者の権利行使を困難にしていた国から事務の委任を受け,又は事務を受託し,自らも上記通達に従い違法な事務処理をしていた普通地方公共団体ないしその機関自身が,受給権者によるその権利の不行使を理由として支払義務を免れようとするに等しいものといわざるを得ない。そうすると,上告人の消滅時効の主張は,402号通達が発出されているにもかかわらず,当該被爆者については同通達に基づく失権の取扱いに対し訴訟を提起するなどして自己の権利を行使することが合理的に期待できる事情があったなどの特段の事情のない限り,信義則に反し許されないものと解するのが相当である。
決め手は、違法な取扱いをしていた行政自身が、権利が行使されなかったことを理由に、支払いを免れようとしている点です。ただし、特段の事情があれば別です。たとえば、失権の扱いを受けたあとで、訴訟を起こすなどして、自分の権利を行使することが合理的に期待できたような事情です。判決は、その点を次のカードで答えます。
判例最判平19・2・6 民集61巻1号122頁
236条2項の趣旨との関係 このような趣旨にかんがみると,普通地方公共団体に対する債権に関する消滅時効の主張が信義則に反し許されないとされる場合は,極めて限定されるものというべきである。 しかしながら,地方公共団体は,法令に違反してその事務を処理してはならないものとされている(地方自治法2条16項)。この法令遵守義務は,地方公共団体の事務処理に当たっての最も基本的な原則ないし指針であり,普通地方公共団体の債務についても,その履行は,信義に従い,誠実に行う必要があることはいうまでもない。
続きです。
判例最判平19・2・6 民集61巻1号122頁
236条2項の趣旨との関係(続き) そうすると,本件のように,普通地方公共団体が,上記のような基本的な義務に反して,既に具体的な権利として発生している国民の重要な権利に関し,法令に違反してその行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをし,その行使を著しく困難にさせた結果,これを消滅時効にかからせたという極めて例外的な場合においては,上記のような便宜を与える基礎を欠くといわざるを得ず,また,当該普通地方公共団体による時効の主張を許さないこととしても,国民の平等的取扱いの理念に反するとは解されず,かつ,その事務処理に格別の支障を与えるとも考え難い。したがって,本件において,上告人が上記規定を根拠に消滅時効を主張することは許されないものというべきである。
前半は、信義則で時効の主張が許されないとされる場合は、極めて限定される、と言っています。そのうえで、後半です。地方公共団体は、法令に違反して事務を処理してはならない、という義務を負います。その義務に反して、国民の重要な権利の行使を積極的に妨げ、著しく困難にしたあげく、時効にかからせた、という極めて例外的な場合には、時効の援用を要らなくして事務処理を簡単にする、という便宜を与える基礎を欠きます。時効の主張を許さなくても、平等的取扱いに反せず、事務処理にも格別の支障は無い。だから、主張は許されません。言い切りに注意してください。地方公共団体は時効を主張できない、とは言えません。特段の事情が無く、しかも、極めて例外的な場合に限って、許されないのです。
図:租税の判決との違い
- 租税の判決=納税者が役所の表示を信頼して行動した→信頼を守ると平等・公平を崩さないか
- 被爆者手当の判決=受給者は信頼して行動したのではない・行政自身の違法な取扱いで権利行使を妨げられた→行政が自分の違法を利用して義務を免れようとする型
- 信義則の働き方は1つではない
- 被爆者手当の判決が租税の判決の3つの考慮で判断されたとは言えない
租税の判決と並べます。租税では、納税者が、役所の表示を信頼して行動しました。問題は、守ると、平等と公平を崩さないか、でした。この判決は違います。受給者は、役所の言葉を信頼して行動したのではありません。行政自身の違法な取扱いによって、権利の行使を妨げられたのです。行政が、自分の違法を利用して、義務を免れようとする型です。この判決が、租税の判決の3つの考慮で判断されたとは言えません。信義則の働き方は、1つではありません。信頼して行動した人を守る型と、行政が自分の違法を利用することを許さない型です。どちらも、守ると法律に反するように見える場面で、極めて例外的に、信義則が前に出ました。
信義則が顔を出す場面
図:信義則と、民法の考え方が及ぶ例
- 段1=信義則が顔を出す場面:最判昭50・2・25=国の公務員に対する安全配慮義務〔ある法律関係に基づく特別な社会的接触関係の当事者が信義則上負う付随義務を、国と公務員の間にも認めた〕
- 最判昭59・12・13=公営住宅の使用関係〔公営住宅法・条例が優先。特別の定めが無ければ民法・借家法が適用され、信頼関係の法理も働く〕
- 最判平8・7・2=在留期間更新の不許可〔裁量処分でも、経緯からみて信義則上必要な機会を与えなかった点で裁量権の逸脱濫用〕
- 段2=民法の考え方が行政に及ぶ例:最判昭49・3・8=課税後の貸倒れと過納金〔判決の言葉は「正義公平の原則」。課税処分が有効でも、一定の場合に不当利得として返還を認めた〕
- 最判平30・9・25=源泉所得税の納税告知と錯誤〔信義則ではなく民法の錯誤の規定が源泉所得税にも及ぶ。納期限が過ぎた一事で主張できなくなるのではない〕
ここまでの判決のほかにも、信義則や、民法の考え方が、行政の場面に顔を出す例があります。持ち帰る点は1つです。信義則は、役所を信じた人を守るだけでなく、国に義務を生んだり、役所の判断を違法にしたりもします。中身は後の回なので、名前と位置づけだけ、板で押さえます。上段は、信義則が顔を出す場面、下段は、民法の考え方が行政に及ぶ例です。上段の1つ目は、国の公務員に対する安全配慮義務です。公務員の生命や健康を、危険から守るよう配慮する義務です。ある法律関係に基づいて、特別な社会的接触の関係に入った当事者が、信義則上負う付随義務、つまり、契約書などに書かれていない周辺の義務を、国と公務員の間にも認めました。2つ目は、公営住宅の使用関係です。公営住宅法や条例が優先しますが、特別の定めが無ければ、民法や借家法が適用され、信頼関係の法理も働きます。借り手に違反があっても、信頼関係を壊すほどでなければ、契約は解除できない、という考え方です。3つ目は、在留期間の更新の不許可です。裁量処分、つまり、法律が役所に判断の幅を認めた処分でも、経緯から見て、信義則上必要な機会を与えなかった点で、裁量権の逸脱濫用とされました。
下段の1つ目は、課税のあとの貸倒れの場面です。判決が使った言葉は、信義則ではなく、正義公平の原則です。課税処分が有効でも、一定の場合に、不当利得、つまり、法律上の原因なく得た利益として、返還を認めました。2つ目は、源泉所得税の納税告知の場面です。源泉所得税は、給料などを払う側が、差し引いて納める税で、納税告知は、その納付を求める通知です。信義則ではなく、民法の錯誤、つまり、勘違いに自分で気づいていない意思表示の規定が、源泉所得税にも及ぶ例です。納期限が過ぎたという一事で、主張できなくなるわけではありません。どの場面の中身も、後の回で扱います。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ
- 物差し=信頼を守ると、法律に反する結果になるか
- 反しない場面=待合所:施策の変更は原則適法→個別的・具体的な勧誘+長期の継続を前提とした投下+代償的措置なし+やむをえない客観的事情なし→不法行為責任
- 反する場面=申告の否認:租税法律関係では特別の事情が要る→受理・収納は公的見解の表示と言えない
- 明文の時効があっても、違法な取扱いで権利行使を困難にした行政が時効を主張することは、特段の事情が無い限り信義則に反し許されない〔極めて例外〕
導入の2つの場面に戻ります。待合所の場面は、守っても法律に反しない場面でした。施策の変更そのものは、原則として適法です。ただ、個別的な勧誘と、長期の継続を前提とした投下があり、代償的措置も無く、やむをえない客観的事情も無ければ、不法行為責任が生じます。選挙で方針が変わっただけでは、やむをえない客観的事情になりません。申告の否認の場面は、守ると法律に反する場面でした。租税法律関係では、慎重さが求められ、平等と公平を犠牲にしてもなお信頼を守らなければ正義に反する、特別の事情があるときに、初めて適用を考えます。受付印と税額の受け取りは、申告を認めた意味を持たず、公的見解の表示とは言えませんでした。
物差しは、信頼を守ると、法律に反する結果になるか、でしたね。反する場面は慎重で、特別の事情や、極めて例外的な場合が要ります。最後の時効の判決は、信頼して行動した人を守る型とは別に、行政が自分の違法を利用して義務を免れることを許さない型がある、と示しました。信じただけでは、守られないけれど、行政が相手を動かしたときや、行政の違法が原因のときは、守られることもあるのですね。法の一般原則の顔ぶれは、まだ残っています。次の回で、続きを見ていきます。
参照条文
- 民法1条2項
- 国税通則法16条1項1号
- 国税通則法24条
- 地方自治法236条2項