行政上の法律関係と民法
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第1章 行政法の基礎 ⑱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
同じ177条なのに結論が逆になる畑
図:畑の設例
- A=買主〔代金を払ったが未登記〕
- B=売主〔登記名義はBのまま〕
- C=行政〔場面1=国がBの畑として強制的に買収/場面2=税務署がBの滞納税のために差押え〕
- 場面1=Aは登記がなくても勝つ
- 場面2=原則としてAが負ける
- 問い=同じ177条なのになぜ分かれるのか
Aさんは、Bさんから畑を買い、代金も払いました。ところが、登記の名義は、Bさんのままです。ここへ、行政が2通りの形で出てきます。1つ目は、国です。農地を強制的に買い上げる制度で、この畑をBさんの畑として、買収する手続を進めてきました。2つ目は、税務署です。Bさんが納めていない税金の代わりに、この畑を差し押さえました。登記がなければ第三者に対抗できない、という民法の原則だけで考えれば、Aさんは、どちらの場面でも負けるはずです。けれど、結論は分かれます。国の買収では、Aさんは、登記がなくても勝ちます。税務署の差押えでは、原則として、Aさんが負けます。どちらも、同じ177条の話です。今日の1問は、同じ民法の条文が、行政の関わる場面で働いたり働かなかったりするのは、なぜか、です。持ち帰るものは2つです。分かれ目の見つけ方と、それを、時効、公営住宅、境界ぎわの建築にも使えるようにすることです。公法と私法の回で出した結論を、1文だけ受けます。どの法律が働くかは、ラベルからではなく、個々の法律の仕組みと趣旨から決める、という結論でした。あの回で残した、払いすぎた補助を返してもらう権利の時効は何年か、という問いも、今日、答え合わせをします。
読み方の物差し
図:地図
- 4つの場面(民法177条×農地買収・滞納処分/消滅時効×会計法・自治法/公営住宅の使用関係×民法・借地借家法/民法234条1項×建築基準法63条)
- どの場面も同じ3手順=①競合する規定を並べる→②各規定の趣旨・目的・働き→③適用関係を決める〔そのまま適用/適用排除/特別法が先に効き残りは民法〕
先に、物差しを渡します。行政と国民の関係には、民法がそのまま使われる場面もあれば、民法と違うルールが使われる場面もあります。どちらになるかは、公法か私法かという分類で決まるのではありません。場面ごとに、競合する規定の趣旨と働きを見比べて決めます。
⭐ 論文で書く規範:規範(判例の積み重ねから導く読み方):民法などの適用関係は、根拠法の趣旨や仕組みに即して、個別の場面ごとに判断する (短答・論文共通)
3つの手順にします。1つ目は、その場面で、どの法律の規定がぶつかっているかを並べます。2つ目は、それぞれの規定が、何のために、何をする規定かを確かめます。3つ目は、その2つの相性から、適用関係を決めます。民法がそのまま使えるか、使えないか、特別な法律が先に効いて、残りは民法か、のどれかになります。公法と私法の回で、補助の時効について見た3段も、この手順を時効に当てはめたものです。たとえば、学校の校則と市の条例が、同じ場面に重なったとします。どちらがどこまで効くかは、どちらが偉いかではなく、それぞれが何のためのルールかで決まります。それと同じ考え方です。今日は、4つの場面でこの手順を使います。最初は、冒頭の畑です。
農地買収には177条が働かない
図:農地買収と177条
- 民法177条=登記がなければ第三者に対抗できない・取引の安全のための公示の仕組み
- 農地買収=戦後の農地改革で国が不在地主などの農地を強制的に買い上げる処分
- 買収の基準=不在地主か自作かなど現実の事実関係
- 最大判昭28・2・18=177条は適用されず真実の所有者から買収
民法の側から確認します。
条文民法177条
民法第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
買主は、登記がなければ、登記を備えた第三者に対抗できません。対抗とは、自分の物だ、と相手に主張することです。この第三者とは、登記がないことを主張する正当な利益を持つ人です。同じ畑を二重に買った人や、差押えをした債権者が、典型です。国も、その第三者になるのではないですか。そこが争われた事件です。戦後の農地改革で、国は、不在地主などの農地を強制的に買い上げ、耕作する人に売り渡しました。その買収の計画に対して、登記簿上の所有者ではなく、本当の所有者だと名乗る人が、異議を述べました。農地委員会、つまり買収計画を立てる機関が、登記がないという理由で、その異議を退けてよいかが問題になりました。
判例最大判昭28・2・18 民集7巻2号157頁
農地買収と177条 政府の同法に基く農地買収処分は、国家が権力的手段を以て農地の強制買上を行うものであつて、対等の関係にある私人相互の経済取引を本旨とする民法上の売買とは、その本質を異にするものである。従つて、かかる私経済上の取引の安全を保障するために設けられた民法一七七条の規定は、自作法による農地買収処分には、その適用を見ないものと解すべきである。
判決の言う自作法とは、この農地改革の法律のことです。理由を、噛み砕きます。177条は、登記という公示を信じて取引する人を守る、取引の安全のための規定です。一方、農地買収は、国が権力的に行う買い上げで、対等な私人どうしの取引ではありません。もっと決め手になるのは、買収の基準です。この制度は、農地制度を民主化して、耕作する人の地位を安定させるためのものでした。そして、買うかどうかは、不在地主の農地か、自分で耕している農地か、という現実の事実関係で決まります。たとえば、登記は不在のBさん名義のまま、実際には、畑がとっくにAさんのもので、Aさん本人が耕しているとします。登記簿の名前に合わせて買収すると、自作農のAさんの畑を、不在地主の畑として買い上げてしまいます。制度の目的に反します。登記簿の名前より、真実の所有者を基準にしなければ、この制度が成り立たないのです。ただし、大量の農地を扱う制度なので、一応、登記簿に従って買収の計画を立てること自体は、認められます。結論は、真実の所有者が異議を述べたときに、効いてきます。実際に所有者かどうかを審査して、是正しなければなりません。登記がないことを理由に、異議を退けることは、許されません。登記簿どおりに計画を立てるのは許されても、異議を受けたあとに登記を盾にするのは許されない、という線です。なお、この判決には、177条の適用を認める少数意見もついています。
滞納処分の差押えには177条が働く
図:滞納処分と177条
- 税務署長が滞納会社名義の土地を差押え→公売→競落人が登記を取得
- 買主〔差押えより前に買い受け・登記は会社名義のまま・自分の財産として財産税を申告納付〕が公売は無効と主張
- 最判昭31・4・24=滞納処分でも177条は適用
- 例外=登記がないと主張することが信義に反する事由があるとき
次は、税務署の差押えです。国税を滞納した会社の土地を、税務署長が差し押さえ、公売、つまり、税務署長が差し押さえた財産を入札などで売って滞納税に充てる手続にかけて、買い受けた人が、登記を得ました。ところが、その土地は、差押えより前に会社から買い受けていた人の物でした。登記は、会社名義のままです。買主は、買ってすぐ、自分の財産として、財産税を申告して納めていました。買主は、公売は無効だ、と争いました。この判決は、2段で答えています。1段目は、滞納処分に177条が働くか。2段目は、働くとして、国が登記のなさを主張できないのはどんなときか、です。
判例最判昭31・4・24 民集10巻4号417頁
滞納処分と177条 国税滞納処分においては、国は、その有する租税債権につき、自ら執行機関として、強制執行の方法により、その満足を得ようとするものであつて、滞納者の財産を差し押えた国の地位は、あたかも、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類するものであり、租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において、国が一般私法上の債権者より不利益の取扱を受ける理由となるものではない。それ故、滞納処分による差押の関係においても、民法一七七条の適用があるものと解するのが相当である。
農地買収と、比べて考えます。滞納処分の国は、真実の所有者を探して買う立場ではありません。すでにある租税債権を、滞納者の財産から取り立てる立場です。民事の強制執行で差押えをする債権者と、立場が同じです。民法では、差押債権者は177条の第三者になる、と習いました。国も、同じ立場に立つので、同じ扱いになります。2段目です。
判例最判昭31・4・24 民集10巻4号417頁
国が第三者に当たらない場合 ここに、第三者が登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有しない場合とは、当該第三者に、不動産登記法四条、五条により登記の欠缺を主張することの許されない事由がある場合、その他これに類するような、登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事由がある場合に限るものと解すべきである。
先に、判決の言う欠缺は、欠けていること、つまり、登記がないことです。判決が挙げた2つの条文の中身は、いまの不動産登記法では、5条にまとめて定められています。民法で見た、2つのパターンです。1つめは、詐欺や強迫で、他人の登記の申請を妨げた人です。2つめは、他人のために登記を申請する義務を負う人です。そういう人が、登記がないことを主張するのは、許されません。それに類する、信義に反する事情があるときだけが、例外になります。根っこは同じです。背信的悪意者とは、先に買った人がいると知ったうえで、嫌がらせや高値での売りつけのような、信義に反する目的で登記を得た人で、177条の第三者から外れます。どちらも、信義に反して、登記のなさを主張する人は、第三者から外れる、という考え方です。ただ、この事件では、国が知っていたかだけでなく、国自身が買主を所有者として扱ってきたかが問われました。そして、買主が自分で財産税を申告して納めただけでは足りない、とされました。例外になるには、たとえば、税務署長が、買主の意に反してでも、この土地を買主の所有だと積極的に認定したり、その後も買主の所有を前提に、徴税を続けてきたりした、という特段の事情が要ります。国自身が、買主を所有者として扱ってきたのに、あとで、登記がないと言うのは、信義に反するからです。買主が自分で申告しただけなら、例外にならず、国が買主を所有者として扱ってきたなら、例外になりえます。その線の外か内かを、審理していなかった原審は、破棄されて、差し戻されました。
ここで1問です。農地買収では、177条は適用されず、滞納処分では適用される。国の立場の、何が違ったのでしょうか。先に、自分の言葉で考えてみてください。板に整理します。
図:177条の分かれ目
- 農地買収=国は処分の相手方として真実の所有者を探す立場→登記簿に合わせる理由が無い→登記がないと主張できない
- 滞納処分の差押え=国は債権者として取り立てる立場→差押債権者と同じ→第三者になりうる〔例外=登記のなさを主張することが信義に反する事由〕
- 分かれ目=国の立場が、取引の安全を守る私人間の関係に似ているか、公益実現のための強制取得か
分かれ目は、国の立場です。取引の安全を守る私人間の関係、つまり債権者の立場に似ていれば、177条が働きます。公益を実現する強制取得の処分で、真実の所有者を基準にする制度なら、働きません。民法の条文が働くかどうかを、国が公法上の主体だからでは決めず、国が、その場面でどんな立場に立っているかで決めたのです。
消滅時効は会計法・自治法か民法か
図:払いすぎた補助の時効
- 町が払いすぎた補助を返してもらう権利=金銭債権
- 時効の定めが働くか=会計法30条〔国〕・自治法236条1項〔自治体〕の5年か民法か
- 答えは個別の法律の仕組みと趣旨から
- 自治法236条2項=援用不要・放棄不可〔信義則の回で確認〕
公法と私法の回で残した問いに入ります。町が、払いすぎた補助を返してもらう権利は、何年で時効にかかるのか。その前に、信義則の回の確認です。地方自治法236条2項は、時効について、どんな特徴を定めていたでしょうか?時効の援用が要らず、利益を放棄することもできない、でした。民間の時効は、時効で消えたと主張して、初めて効きます。自治体の金銭債権は、主張しなくても当然に消えます。今日は、その手前の、時効の年数を決める条文を見ます。条文は2つ、板に出します。個別法なので、暗記は要りません。
条文会計法30条
会計法第30条 金銭の給付を目的とする国の権利で、時効に関し他の法律に規定がないものは、これを行使することができる時から五年間行使しないときは、時効によつて消滅する。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
条文地方自治法236条1項
地方自治法第236条第1項 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、これを行使することができる時から五年間行使しないときは、時効によつて消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
骨格は、国や自治体が持つ金銭の権利と、国や自治体に対する金銭の権利は、5年で消える、というものです。時効について、ほかの法律に定めがあれば、そちらが先です。一方、民法の時効は、こちらです。
条文民法166条1項
民法第166条第1項 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。 一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。 二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。
国や自治体が相手のお金の権利なら、全部、会計法や自治法の5年なのではありませんか。そこが、この回の分かれ目です。かつては、公法上の金銭債権というラベルで、会計法の5年を考えました。いまは、ラベルではなく、どの金銭債権に会計法30条が適用されるのかを、個別に解釈します。そこで、1問です。会計法の5年が働くのは、どんな債権だと思いますか。最高裁は、会計法30条の5年について、国の権利義務を早期に決済する必要があるなど、行政上の便宜を考慮した規定だ、と見ました。そこから、規範が出てきます。
⭐ 論文で書く規範:規範(判例):会計法30条の5年は、行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権で、他に時効期間の特別の規定がないものに適用される (短答)
事件を2つ見ます。1つ目は、自衛隊の車両整備工場で、隊員が事故で亡くなった事件です。遺族が、国の安全配慮義務違反を理由に、損害賠償を求めました。安全配慮義務が、信義則を根拠にすることは、信義則の回で、名前だけ見た判決です。ここでの問いは、その損害賠償の請求権の時効が、会計法の5年か、民法か、です。
判例最判昭50・2・25 民集29巻2号143頁
会計法30条の適用範囲 会計法三〇条が金銭の給付を目的とする国の権利及び国に対する権利につき五年の消滅時効期間を定めたのは、国の権利義務を早期に決済する必要があるなど主として行政上の便宜を考慮したことに基づくものであるから、同条の五年の消滅時効期間の定めは、右のような行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権であつて他に時効期間につき特別の規定のないものについて適用されるものと解すべきである。
判例最判昭50・2・25 民集29巻2号143頁
国の安全配慮義務違反の損害賠償 国が、公務員に対する安全配慮義務を懈怠し違法に公務員の生命、健康等を侵害して損害を受けた公務員に対し損害賠償の義務を負う事態は、その発生が偶発的であつて多発するものとはいえないから、右義務につき前記のような行政上の便宜を考慮する必要はなく、また、国が義務者であつても、被害者に損害を賠償すべき関係は、公平の理念に基づき被害者に生じた損害の公正な填補を目的とする点において、私人相互間における損害賠償の関係とその目的性質を異にするものではないから、国に対する右損害賠償請求権の消滅時効期間は、会計法三〇条所定の五年と解すべきではなく、民法一六七条一項により一〇年と解すべきである。
決め手は、2つです。1つ目は、発生の仕方です。国が義務違反で損害賠償を負う事態は、偶発的で、多発しません。毎年、大量に出てくる債権を、画一的に早く片づけたい、という要請がありません。2つ目は、性質です。被害者の損害を公正に填補するという目的は、国が相手でも、私人どうしの損害賠償と変わりません。だから、会計法ではなく、民法です。2つ目の事件は、公立病院の診療費です。
判例最判平17・11・21 民集59巻9号2611頁
公立病院の診療債権 公立病院において行われる診療は,私立病院において行われる診療と本質的な差異はなく,その診療に関する法律関係は本質上私法関係というべきであるから,公立病院の診療に関する債権の消滅時効期間は,地方自治法236条1項所定の5年ではなく,民法170条1号により3年と解すべきである。
決め手は、診療の性質です。公立でも私立でも、患者に診療して、診療費をもらう関係は同じです。多数の債権を早く片づける公的な事情が働く場面ではなく、私人間と同じ性質の債権なので、自治法ではなく、民法です。判決が「私法関係」という言葉を使うのは、ラベルから結論を出したからではありません。診療の中身を私立病院と比べ、違いがないと確かめた結果を、その言葉で表しただけです。先の自衛隊の事件の物差し、行政上の便宜が要るかで見ても、同じ答えになります。公法と私法の回で見たとおり、分類だけから結論を出さず、個々の法律の仕組みと趣旨から決めています。
大事なところです。判決の結論は、いまも変わりません。会計法や自治法ではなく、民法によります。変わったのは、民法側の年数です。民法の時効の回で見たとおり、民法の改正で、診療債権のような、職業ごとの短期消滅時効は廃止されました。債権の消滅時効は、先ほどの166条1項に一本化されています。カードの、167条1項の10年も、改正前の条文です。いまの167条は、中身が違います。人の生命や身体を害した損害賠償だけ、166条1項2号の10年を、20年に延ばす条文です。
条文民法167条
民法第167条 人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一項第二号の規定の適用については、同号中「十年間」とあるのは、「二十年間」とする。
だから、現行法で同じ事案を書くなら、公立病院の診療債権は、民法166条1項で、知った時から5年、行使できる時から10年です。隊員が亡くなった、安全配慮義務違反の損害賠償は、生命の侵害なので、166条1項に167条を合わせて、知った時から5年、行使できる時から20年です。判決の年数を、答案に書き写してはいけません。
図:時効の分かれ目
- 金銭債権→行政上の便宜〔早期決済・多数の債権の画一処理〕が要る?→要る=会計法30条・自治法236条1項の5年・援用不要・放棄不可
- 要らない=民法〔現行166条1項・生命身体の損害賠償は167条も〕
- 例=便宜が要る側=国の補助金の返還〔適正化法の交付決定・返還命令=処分〕
- 民法側=診療費・安全配慮義務違反の損害賠償・要綱で配る町の補助の返還〔契約〕
- 判決当時の年数〔診療3年・損害賠償10年〕は答案に書かない
見分ける物差しは、板のとおり、1つです。行政上の便宜、つまり、早期に決済して画一的に処理する必要があるか、です。必要な側の例は、国の補助金の返還請求です。国は、補助金を交付の決定という処分で出し、返還も処分で命じます。法律が組んだ公的な仕組みの債権です。必要でない側は、診療費や事故の損害賠償のように、私人間にもある性質の債権です。公法と私法の回で残した問いの答え合わせです。町は、店の段差をなくす工事に、同じ要件で、町内の何十もの店に補助を出しています。この補助が払いすぎだったとき、返してもらう権利の時効は、どちらでしょうか。「自治体の補助だから自治法236条」と、ラベルで決めてはいけません。仕組みを見ます。この町の補助は、個別の法律ではなく、予算と要綱で配っています。補助金適正化法も、町独自の補助には及びません。要綱で配る補助は、町と店の合意、つまり条件付きで贈る契約として扱われます。だから、払いすぎた分を返してもらう請求も、私人間にもある性質の請求です。答えは民法の側です。166条1項の、知った時から5年、行使できる時から10年で、援用も要ります。対比です。補助金の交付の決定と返還の命令を、法律や条例が処分として組んでいるなら、話が変わります。国の補助金がこの型で、返還請求は会計法30条の5年です。自治体が条例でこの型に組んだ補助なら、自治法236条1項の5年です。どちらも、援用は要りません。そして、どの場合も、個別の法律に時効の定めがあれば、それが先です。
どちらの時効に乗るかで、援用が要るかどうかまで変わります。なお、国や自治体の持ち物のうち、公物の時効取得は、別の回で扱います。ここまでは、177条と消滅時効で、論文でも論点になりうる範囲です。
公営住宅の使用関係
図:公営住宅の使用関係
- 入居許可の段階=公法的な面
- 使用関係の設定後=私人間の家屋の賃貸借と基本的に異ならない
- 公営住宅法・条例=特別法として優先→定めが無いところは民法・借地借家法→信頼関係の法理も働く
- 最判昭59・12・13=無断増築でも信頼関係を破壊しない特段の事情があれば明渡し請求できない
3つ目の場面です。これも、信義則の回で、名前だけ出した判決です。公営住宅は、国の補助を受けて、自治体が、住宅に困る低所得者に貸す住宅です。入居の許可を受ける段階は、公法的な面があります。けれど、使用関係が設定されたあとは、基本的に、私人間の家屋の賃貸借と変わりません。事案です。入居者が、許可なく、住宅を増築しました。事業主体の東京都は、使用許可を取り消して、明渡しを求めました。公営住宅法は、入居者が住宅を模様替えしたり増築したりすることを、原則として禁じています。条文を板に出します。
条文公営住宅法27条4項
公営住宅法第27条第4項 公営住宅の入居者は、当該公営住宅を模様替し、又は増築してはならない。ただし、事業主体の承認を得たときは、この限りでない。
無断の増築は、明渡しの請求ができる事由の1つに当たります。そこで、入居者は、事由には当たるが、信頼関係を破壊しない特段の事情がある、と争いました。民法の賃貸借の考え方、つまり信頼関係の法理を、公営住宅にも使えるか、が問題です。
判例最判昭59・12・13 民集38巻12号1411頁
公営住宅の使用関係 公営住宅の使用関係については、公営住宅法及びこれに基づく条例が特別法として民法及び借家法に優先して適用されるが、法及び条例に特別の定めがない限り、原則として一般法である民法及び借家法の適用があり、その契約関係を規律するについては、信頼関係の法理の適用があるものと解すべきである。
判決の言う借家法は、いまの借地借家法に引き継がれています。適用の順番は、3段です。まず、公営住宅法と条例が、特別法として先に効きます。定めのないところは、一般法の民法と借地借家法が及びます。そして、その契約関係には、信頼関係の法理が働きます。賃借人に違反があっても、賃貸人との信頼関係を壊すほどでなければ、契約は解除できない、という考え方です。公営住宅にも、働きます。
判例最判昭59・12・13 民集38巻12号1411頁
信頼関係を破壊しない特段の事情 公営住宅の使用者が法の定める公営住宅の明渡請求事由に該当する行為をした場合であつても、賃貸人である事業主体との間の信頼関係を破壊するとは認め難い特段の事情があるときには、事業主体の長は、当該使用者に対し、その住宅の使用関係を取り消し、その明渡を請求することはできないものと解するのが相当である。
この入居者は、明渡しを免れたのですか。違います。結論に注意してください。明渡しの請求は、認められました。信頼関係の法理は適用されるのに、この事件では、特段の事情に当たらなかったのです。増築は、鉄骨造の堅固で大規模なものでした。原状に戻すことが容易ではなく、住宅の保存にも適しません。事後に許されたとも、認め難い。だから、信頼関係を破壊しないとは言えませんでした。境界のペアで考えます。原状回復が簡単で、住宅の使い方もほとんど変わらない、小さな模様替えなら、信頼関係を壊すとは言いにくい余地があります。一方、元に戻せない大規模な増築は、住宅の保存と、ほかの入居者との公平を損ないます。決め手は、事業主体との信頼を壊すほどの違反か、です。もう1件です。ただし、同じ読み方でも、答えが逆になる事件です。改良住宅、つまり、住宅地区改良事業で住宅を失った人の居住を安定させるための住宅で、入居者が亡くなりました。同居していた相続人は、承認の申請をしていませんでしたが、使用する権利を承継した、と主張しました。民法の相続の規定が及ぶか、が問題です。
判例最判平29・12・21 民集71巻10号2659頁
改良住宅の使用権の承継 国の補助を受けて建設された改良住宅の入居者が死亡した場合における使用権の承継については、民法の相続の規定が当然に適用されるものと解することはできない。そして、上記の場合における使用権の承継について、施行者が、法の規定及びその趣旨に違反しない限りにおいて、法29条1項、公営住宅法48条に基づき、改良住宅の管理について必要な事項として、条例で定めることができるものと解される。
判決は、承継を認めませんでした。改良住宅は、住宅を失った人の居住の安定のための住宅で、住宅に困る低所得者一般のための公営住宅とは、趣旨が違います。この住宅は、事業で住まいを失った人に、住まいを用意する仕組みです。誰を住まわせるかは、施行者が、その目的に沿って決めます。入居は、権利の補償ではなく、事業で住まいを失った人の居住の安定のために用意されるものです。だから、民法の相続の規定は、当然には働かず、承継は、施行者が、法の趣旨に反しない範囲で、条例で定めることになります。市の条例は、死亡時に同居していた人だけが、市長の承認を得て、住み続けられる、と定めていました。この条例は、法の趣旨に照らして不合理ではないので、有効です。
図:公営住宅のまとめ
- 昭59=公営住宅法・条例が特別法として先→定めが無ければ民法・借地借家法→信頼関係の法理も働く→この事件は鉄骨造の大規模増築=特段の事情なし→明渡し請求OK
- 平29=改良住宅は居住の安定のための住宅→民法の相続規定は当然には適用されない→条例の定めに従う→承継を認めない
- 共通=根拠法の趣旨で適用関係が決まる
2件を並べると、同じ読み方です。公営住宅の使用関係は、契約として、民法と借地借家法が及びますが、法と条例が先に効きます。ただし、民法のどの規定が及ぶかは、その住宅の趣旨で決まります。先ほどの増築の事件では、賃貸借の信頼関係の法理が働き、改良住宅の事件では、相続の規定が当然には働きませんでした。
境界ぎわの建築と民法234条
図:接境建築
- 民法234条1項=建物は境界線から50センチメートル以上離す
- 建築基準法63条=防火地域・準防火地域内で外壁が耐火構造の建築物は外壁を隣地境界線に接して設けることができる〔判決当時は65条・現行63条〕
- 最判平元・9・19=建基法の規定は民法234条1項の特則・民法の適用を排除
- 耐火構造=火災に耐える性能のある壁
最後の場面です。民法と建築基準法が、同じ境界ぎわで、ぶつかります。民法の側から、全文を読みます。
条文民法234条1項
民法第234条第1項 建物を築造するには、境界線から五十センチメートル以上の距離を保たなければならない。
隣の家との境界から、建物を50センチメートル以上離す、という規定です。ただし、民法236条は、これと異なる慣習があれば、その慣習に従う、と定めています。そこへ、建築基準法の規定がぶつかります。個別法ですが、短いので、全文を読みます。
条文建築基準法63条
建築基準法第63条 防火地域又は準防火地域内にある建築物で、外壁が耐火構造のものについては、その外壁を隣地境界線に接して設けることができる。
耐火構造とは、火災に耐える性能のある構造のことです。判決文の65条は、改正前の番号です。答案には、いまの63条を書きます。事案です。準防火地域で、外壁が耐火構造の3階建ての建物を、隣の人が、境界線から50センチメートル未満に建て始めました。隣地の所有者は、民法234条を理由に、境界側の部分の収去、つまり、取り壊して取り除くことを求めました。原審は、境界に接して建てることを許す合理的な理由、たとえば、合意や慣習があるときに限って、建築基準法の規定が優先する、として、収去を認めました。
判例最判平元・9・19 民集43巻8号955頁
接境建築と民法234条1項 建築基準法六五条は、防火地域又は準防火地域内にある外壁が耐火構造の建築物について、その外壁を隣地境界線に接して設けることができる旨規定しているが、これは、同条所定の建築物に限り、その建築については民法二三四条一項の規定の適用が排除される旨を定めたものと解するのが相当である。
特則とは、一般のルールに対して、決まった場面だけ別の扱いを定めて、そちらを優先させる規定です。公営住宅で、特別法が先に効いたのと同じ関係を、条文どうしで言う言葉です。この判決にも、そういう反対意見が1名からついています。けれど、多数は、2つの理由で、特則と見ました。1つ目は、規定の趣旨です。耐火構造の外壁は、防火上望ましく、防火地域などで、土地を合理的で効率的に使うために、隣どうしの関係を定める趣旨だ、と見ます。2つ目は、規定の文言です。この規定は、建築確認の審査基準とは読めず、ほかに、境界との距離を直接規制する原則規定も、見当たりません。具体的に考えます。建築基準法の中には、境界から何センチ離せ、という原則がありません。禁止されていないことを、わざわざ、境界に接して設けることができる、と書いても、建築基準法の中では、何も変わりません。この、できる、が意味を持つ相手は、50センチメートル離せと定める、民法234条1項だけです。だから、234条1項の特則と読んで、初めて、この規定に意味が出る、というのです。結論は、建築は許され、収去の請求は棄却されました。境界のペアです。防火地域や準防火地域で、外壁が耐火構造なら、境界に接して建てられます。同じ場所でも、外壁が耐火構造でなければ、民法234条1項が、そのまま適用されます。防火地域などの外なら、同じく、民法の50センチメートルです。判決は、同条所定の建築物に限り、と言っています。
177条の2つの判決と、並べてみます。どの場面でも、見たのは同じです。両方の規定の趣旨、目的、働きです。公法だから民法は使わない、でも、民法が一般法だから民法が勝つ、でもありません。規定の趣旨と働きを見て、適用関係が決まります。
今日のまとめ
図:今日のまとめ
- 物差し=競合する規定を並べる→各規定の趣旨・目的・働き→適用関係
- 民法177条=農地買収は適用なし〔真実の所有者から買収〕・滞納処分の差押えは適用あり〔国は差押債権者に類する立場・例外=登記のなさを主張することが信義に反する事由〕
- 消滅時効=行政上の便宜が要る金銭債権は会計法30条・自治法236条1項の5年〔援用不要〕・要らない債権は民法〔現行166条1項・生命身体の損害賠償は167条も・要綱で配る補助の返還も〕
- 公営住宅=法・条例が特別法として先・定めが無ければ民法と借地借家法・信頼関係の法理・改良住宅の承継は民法の相続が当然には及ばない
- 接境建築=建築基準法63条が民法234条1項の特則
冒頭の畑に戻ります。Aさんは、国の買収には、登記がなくても勝ち、税務署の差押えには、原則として負けました。分かれ目は、公法か私法かではありません。買収は、真実の所有者を基準にする処分で、登記簿に合わせる理由がありません。滞納処分は、債権者として取り立てる立場で、差押債権者と同じです。国の立場が、分かれ目でした。時効は、行政上の便宜があるかです。早期に決済する公的な仕組みの債権は、会計法や自治法の5年で、援用も要りません。診療費や事故の損害賠償、それに、要綱で配る町の補助の返還は、民法です。判決の年数ではなく、現行の166条1項で書きます。
公営住宅は、法と条例が先で、足りないところは民法と借地借家法で、信頼関係の法理も働きました。ただし、改良住宅の承継では、民法の相続が当然には及びませんでした。接境建築は、建築基準法63条が、民法234条1項の特則です。4つの場面で、見たものは同じです。競合する規定の趣旨と働きを並べて、適用関係を決めることです。行政法規に違反した契約の効力は、別の回で扱います。
参照条文
- 民法177条
- 会計法30条
- 地方自治法236条1項
- 民法166条1項
- 民法167条
- 公営住宅法27条4項
- 民法234条1項
- 建築基準法63条