公法と私法(公法私法二元論)
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第1章 行政法の基礎 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
同じ10万円、取り立て方が違う
図:2つの10万円の関係図
- A=町役場
- B=駅前の喫茶店の店主
- C=Bの店の隣に住む住民
- AからBへ=税10万円、法律の手続を踏めば町が自分で差押え
- CからBへ=貸金10万円、裁判所に訴え、判決、強制執行
山あいの町の駅前で喫茶店を営むBは、2か所にお金を払えていません。1つは、町に納める税の10万円です。期限が過ぎても納めていないことを、滞納と言います。もう1つは、隣に住むCから借りた10万円です。Cは、Bの店のレジから10万円を取っていくことはできません。私人は、原則として、たとえ自分の権利であっても、自分の力で実現してはならないからです。Cは、裁判所に訴えて、判決を得て、強制執行の手続を通します。町役場のAは違います。税を滞納した人には、法律に手続が用意されています。督促は、期限を過ぎた人に、納めるよう文書で促すことです。督促などの手続を踏んでも払われなければ、財産の差押えに進めます。差押えは、その財産を勝手に処分できないようにして、そこから税に充てる入口です。法律の手続を踏めば、裁判所の判決を待たずに、町が自分で進められます。
同じお金を払ってもらう権利なのに、なぜ道筋が違うのか。昔の答えは、税は公法の世界の話で、貸金は私法の世界の話だから、というものでした。ところが、公法か私法かという分類だけから結論を引き出すやり方は、いまの行政法では採りません。それなのに、法律の条文には「公法上の法律関係」という言葉が残っています。しかも2004年に、この言葉の出番が増えました。ここから、今日の1問が出てきます。公法と私法を分ける考え方は、なぜ捨てられ、何が残ったのか。答えを先に言います。捨てられたのは、分類だけから結論を出すやり方です。残ったのは、法律が作った仕組みの違いを見分ける目と、行政事件訴訟法4条という救済の受け皿です。
Cと町の道筋の違いは、公法だから生まれたのではなく、法律がそういう仕組みを作っているから生まれた、と整理します。この言い方の意味は、今日の途中で回収します。今日は、行政法を3本の柱に分ける前の、土台の話です。今日の道筋を、1枚にします。
図:今日の道筋
- 1.同じ10万円、取り立て方が違う
- 2.公法私法二元論の中身 ラベルを貼って、ラベルから結論を出す
- 3.なぜ唱えられ、なぜ終わったか
- 4.条文に残った「公法上の法律関係」 行政事件訴訟法4条と2004年の改正
- 5.それでも残る違い 仕組みを見分ける目
- 6.憲法と行政法
- 7.民事法と行政法 契約に逃げても縛りは消えない
- 8.まとめ 捨てたもの・残ったもの
今が1番目です。次に、昔の答えだった公法私法二元論の中身を見ます。3番目で、なぜ唱えられ、なぜ終わったかを見ます。4番目が、条文に残った「公法上の法律関係」、行政事件訴訟法4条と2004年の改正です。そのあと、それでも残る違い、憲法と行政法、民事法と行政法の順に見て、最後に、捨てたものと残ったものに戻ります。最初の回で、公法という言葉をどう考えるかは別の回で、と言いました。その回が今日です。
公法私法二元論の中身
図:ラベルを貼って、ラベルから結論を出す
- 1.場面を確認する
- 2.どちらの領域かを決める 公法の関係
- 3.公法の関係なら、条文が無くても民法を外す
- ラベルから結論へ、矢印は一方向
昔の答えの名前は、公法私法二元論です。法の世界を、公法と私法の2つの領域に分けます。大まかには、行政と私人の関係が公法の領域、私人どうしの関係が私法の領域です。そして、ある法律関係が公法の関係に当たると判断されると、法律に明文が無くても、私法の関係とは違う特別の扱いを認めます。明文は、条文に書いてあることです。特別の扱いの典型が、民法を適用しない、というものです。前の回の二元論は、世界を国家と市民社会に分ける見方でした。今日の二元論は、法を公法と私法に分けて、どちらに当たるかから結論を出す考え方です。同じ二元論という名前でも、分けているものが違います。今日の二元論の特徴は、結論の出し方にあります。「どちらの領域か」という分類から、結論を引き出します。ラベルを貼って、ラベルから結論を出す。この流れを、具体例で見ます。仮の例です。前に見た、店の段差解消の工事費の補助で、町がBに、補助を払いすぎてしまったとします。町がBに返してもらうお金の権利は、何年で時効にかかるでしょうか。時効は、一定の年数、権利を使わないと、権利が消える仕組みです。民法で習います。昔の出し方は3段です。1つ目に、場面を確認します。町とBの間の、お金の関係です。2つ目に、どちらの領域かを決めます。町が私人に対してもつ権利なので、公法の関係だ、とラベルを貼ります。3つ目に、公法の関係の権利だから、民法の時効の規定は使わない、と考えられました。条文に書いていなくても、です。
昔の出し方では、公法の関係というラベルが貼られた時点で、結論が出ました。民法は、私人どうしの関係のための決まりで、公法の関係は、それとは別の領域なのだから、民法は当てはまらない、と考えられたのです。板の矢印は、一方向です。権利そのものにも、同じ発想が及びました。権利を、公法上の権利と、私法上の権利に分けます。前者を公権、後者を私権と言います。そして、公権は譲り渡せない、放棄できない、というように、性質の違いが、条文を離れて強調された時期がありました。これを公権論と呼びます。条文なしに民法を外せるのか、という疑問が、のちの批判の中心になります。ちなみに、「公法上の法律関係」という言葉は、いまも条文に残っています。二元論の根拠として挙げられた時期もありました。それは、4番目で見ます。
なぜ唱えられ、なぜ終わったか
図:二元論の役割と終わり
- 明治憲法のもと=公法の特殊さの強調が国家権力を正当化し、守る働きをした
- 行政裁判所と同じ時代の発想
- 日本国憲法のもと=行政の争いも通常の裁判所が裁く
- 公法だから、というだけで私法の適用を外す理由が弱まった
ここで、前の回の1問です。前の回で見た、行政の争いを裁いた特別な裁判所は、どんな裁判所だったでしょうか?行政裁判所です。司法の裁判所の系統ではなく、行政権の側に置かれた特別な裁判所でした。行政権の側に置かれた行政裁判所と、公法私法二元論は、同じ時代の発想の中にありました。明治憲法のもとで、私法とは違う公法の特殊さを強調することが、国家権力を正当化し、守る働きをした、と説明されています。正当化するは、正しいものとして支える、という意味です。前の回で見たとおり、国家と市民社会を分ける見方があり、行政の争いは行政権の側の裁判所が裁きました。そこに、公法の関係なら、条文に書いていなくても、私人どうしとは違う特別の扱いを認める、という考え方が重なります。条文に無い特別の扱いが、国家の側に認められる。それが、国家の側を守る働きをした、という説明です。
日本国憲法のもとで、国民が主権をもつ国になり、行政裁判所は廃止されました。憲法76条2項のもとで、行政の争いも、通常の裁判所が裁きます。私人どうしの争いを裁くのと、同じ裁判所です。裁く場所が分かれていた時代には、公法は私法とは別の世界だ、という見方の背景に、裁判の仕組みの違いがありました。日本国憲法のもとで、その違いが無くなりました。すると、公法の関係だから、というだけで、私法の適用を外す理由は、弱まりました。戦後、こうした考え方を批判する学説が続きました。いまは、明確な法律の根拠のないまま、公法の関係だから民法を外すのはおかしい、という点は、共通の理解になっています。
いまは、抽象的な分類だけに頼らず、その場面を規律している個々の法律の仕組みと趣旨を解釈して、答えを決めます。趣旨は、その法律がなんのために作られたか、ということです。払いすぎた補助の例で、いまの出し方を見ます。1つ目は、昔と同じで、場面を確認します。2つ目に、この場面を規律している個々の法律に、時効の定めがあるかを確かめます。3つ目に、定めがあれば、それに従います。定めのない部分は、その法律の仕組みと趣旨を解釈して、民法の考え方が使えるかを判断します。
図:昔といまの答えの出し方の比較
- 出発点=昔は公法か私法かという分類、いまはその場面を規律している個々の法律
- 条文が無いとき=昔は公法の関係なら書いていなくても民法を外す、いまは仕組みと趣旨を解釈して民法の考え方が使えるかを判断する
- 結論の決まり方=昔はラベルから、いまは個々の法律の仕組みと趣旨から
2つを並べます。出発点は、昔は、公法か私法かという分類です。いまは、その場面を規律している個々の法律です。条文が無いときは、昔は、公法の関係なら、書いていなくても民法を外しました。いまは、仕組みと趣旨を解釈して、民法の考え方が使えるかを判断します。結論の決まり方は、昔はラベルから、いまは個々の法律の仕組みと趣旨からです。民法の考え方が使えるかは、公法の関係だから、という理由だけでは決めません。町がもつお金の権利だから、という分類だけでは、時効の定めは決まりません。いまは、ラベルからではなく、この権利に当たる法律の時効の定めを、その法律の仕組みと趣旨から確かめるところから始めます。年数そのものは個別の法律の細目なので、ここでは追いません。個別の判例も、個々の法律の仕組みの趣旨を解釈したものとして読める、と指摘されています。具体は後の回で見ます。
条文に残った「公法上の法律関係」
図:条文に残った言葉
- 二元論は終わった
- 条文には「公法上の法律関係」の言葉が残る
- 行政事件訴訟法4条=当事者訴訟の定義
- 2004年=確認の訴えが書き加えられた
二元論が終わっても、条文には「公法上の法律関係」という言葉が残っています。それが、行政事件訴訟法4条です。3本の柱でいえば、救済法に入る条文です。行政をチェックし被害を救う側の話です。4条は、当事者訴訟という訴えの定義です。全文を見ます。
条文行政事件訴訟法4条
行政事件訴訟法第4条 この法律において「当事者訴訟」とは、当事者間の法律関係を確認し又は形成する処分又は裁決に関する訴訟で法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とするもの及び公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟をいう。
長い1文なので、前半と後半に切ります。
図:4条を前半と後半に切る板
- 前半=法令の規定により、当事者の間の法律関係を確認・形成する処分や裁決の争いを、当事者の一方を被告にする形で争うもの
- 後半=公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟 今日使う部分
- 2004年に書き加えられた言葉=公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の
- 改正前の後半=公法上の法律関係に関する訴訟
前半は、個別の法律が、当事者の間の法律関係を確認したり形づくったりする処分や裁決について、その争いを、当事者の一方を被告にする形で争うものとして定めた訴えです。処分は、行政が個別の相手に対してする決定です。裁決は、不服の申立てに対して行政が出す判断です。後半が、公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の、公法上の法律関係に関する訴訟です。今日使うのは、後半です。後半は、行政の決定、つまり処分の取消しを求める形ではなく、権利や地位そのものを、当事者として争う訴えです。当事者訴訟の中身は、後の回で見ます。後半の中の確認の訴えは、権利や地位があるかないかを、はっきり確かめてもらう訴えです。公法上の確認訴訟とも呼ばれます。その他の、の前に置かれた確認の訴えは、例として挙げられています。これだけに限る、という意味ではありません。例として挙げることを、例示と言います。板で色を付けた部分が、2004年に書き加えられた言葉です。改正の前から、後半は条文にありました。改正の前の後半は、確認の訴えという言葉の入っていない形でした。
確認を求める訴えは、改正の前から、裁判で争われていました。改正で変わったのは、確認の訴えが、4条の例として書き加えられたことです。改正のねらいは、救済の受け皿の明確化です。受け皿は、受け止める入れ物のことです。確認の訴えという言葉が条文に無いと、この形で訴えられることが、条文からは読み取りにくくなります。そこで、名前を条文に出して、この形で争えることを、読めば分かるようにし、使いやすくしました。行政の決定の取消しという型に乗らない争いにも、裁判で救済を受ける道があることを、はっきりさせたわけです。この改正は、行政に処分をするよう命じてもらう義務付けの訴えや、処分をしないよう求める差止めの訴えを法律に定めることなども含む、救済の範囲を広げる改正の一部でした。それぞれの中身は、後の回で扱います。
図:確認の訴えで争われた3件
- 最大判昭41・7・20 民集20巻6号1217頁=許可や更新を受ける義務が無いことの確認、改正の前
- 最判平9・10・17 民集51巻9号3925頁=日本国籍をもつことの確認、改正の前
- 最大判平17・9・14 民集59巻7号2087頁 在外国民選挙権訴訟判決=国外に住む日本国民が次の選挙で投票できる地位にあることの確認、最高裁が適法と認めた、改正の後
確認の訴えで争われた事件を3件、名前と位置づけだけ見ます。1件目は、薬局の開設の規制を争った事件です。薬局の開設に許可と更新を求める制度のもとで、許可や更新を受ける義務が無いことの確認を求めました。2件目は、日本国籍をもつことの確認を求めた、国籍の確認の事件です。この2件は、改正の前から、確認を求める訴えの形で争われていました。のちに、法改正の議論の中で、公法上の当事者訴訟だったと見直されました。3件目が、在外国民選挙権訴訟判決です。国外に住む日本国民が、次の選挙で投票できる地位にあることの確認を求めた事件です。この事件も改正の前から争われていて、最高裁の判決が出たのは、改正の後でした。最高裁は、この訴えを、公法上の法律関係に関する確認の訴えとして適法と認めました。憲法の分野でも出てくる判決です。3件とも、中身には入りません。確認の訴えがどんな場面で認められるかは、後の回で見ます。
3件に共通するのは、取消しを求めるのではなく、義務があるか、国籍や地位をもつかを、はっきり確かめる形の訴えだったことです。ここで1問です。2004年に4条に確認の訴えが書き加えられたのは、公法と私法を別世界とみる考え方に戻したということでしょうか?戻ったわけではないと思います。取消しの型に乗らない争いにも、救済を受ける道をはっきりさせた、救済の受け皿の明確化だからです。公法の関係だから民法を外す、という考え方に戻したわけではありません。書き加えられたのは、救済を受ける道をはっきりさせる言葉です。かつては、条文に「公法上の法律関係」という言葉があることが、二元論の法律上の根拠に挙げられた時期もありました。いまは、この言葉は、争いをどの訴えで受け止めるかを示す言葉として、条文に残っています。
それでも残る違い
図:2つの10万円の仕組みの比較
- 生まれ方=Cの貸金は合意〔契約〕で生まれる、Aの税は法律に基づいて町が課す〔合意は要らない〕
- 取り立ての道筋=貸金は裁判所に訴え、判決を得て、強制執行、税は法律の手続〔督促など〕を踏めば町が自分で財産を差し押さえる
- 違いの理由=貸金は民事の仕組み、税は法律がそういう仕組みを作っている
最初の2つの10万円に戻ります。違いは、公法という分類から決まるのではありません。法律がそういう仕組みを作っているから、です。板で並べます。生まれ方から見ます。Cの貸金は、合意、つまり契約で生まれます。町の税は、法律に基づいて町が課すもので、Bの合意は要りません。税額を決めて課すことを賦課と言い、実際に取り立てることを徴収と言います。取り立ての道筋です。貸金は、払われなければ、裁判所に訴え、判決を得て、強制執行です。自力では取れません。税は、法律の手続、督促などを踏めば、町が自分で財産を差し押さえます。前に、自力救済の禁止の例外として、行政上の強制執行を見ました。この税の取り立てのような仕組みも、そこに含まれます。行政は、法律の根拠があれば、裁判所を通さずに、自ら義務の実現を図れる場合がある、というものでした。
貸金の側は、権利は裁判所が確かめてから実現する、という民事の仕組みです。税の側は、法律が、町に自分で進める手続を用意しています。どちらも、法律が作った仕組みです。分類だけから結論を出すのはやめましたが、仕組みの違いを見分けて語ることは、いまも有用です。公法の領域は、行政と私人の関係を作る法律の群れ、私法の領域は、私人どうしの関係を作る法律の群れ、と捉えます。これは認識のレベルの区別です。2つの10万円でいえば、税と貸金では仕組みが違う、と見分けて説明するのには使います。税は公法の関係だから民法は使わない、というように、法的な結論を、それだけで決める基準には使いません。境界線は、はっきり引けるわけではありません。2つの領域が、まったく別の種類の法だと言えるほどの、質的な差があるとまでは言えません。それでも、それぞれの根幹の特徴を語る意味は、失われません。
憲法と行政法
図:憲法と個々の法律
- 憲法=国の最高法規
- 個々の行政の法律=憲法の価値を具体化する
- 行政の決定=法律に基づいて行われる
いまの出し方は、個々の法律の仕組みと趣旨を読むことでした。では、個々の法律は、憲法や民事法と、どうつながるのでしょうか。行政法と、ほかの法分野との関係を、2つ見ます。1つ目が、憲法との関係です。憲法は、国の最高法規でした。その根拠が、98条1項です。
条文日本国憲法98条1項
日本国憲法第98条第1項 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
条規は、条文の規定です。詔勅は、天皇の意思を示す文書です。国務に関するその他の行為は、国の政治に関わる行為のことです。憲法に反する法律などは、全部か一部が、効力を有しません。行政に関する個々の法律は、憲法の価値を具体的に実現するものです。具体化は、抽象的な価値を、実際に使える細かい決まりにすることです。実現は、憲法より下の法律に委ねられています。解釈の場面を見ます。町の段差解消の補助が、Bには出て、同じ条件の隣の店Eは断られた、前に見た場面です。補助の配り方の個別の決まりに書いていなくても、同じ条件の店を理由なく差別すれば、平等という憲法の価値に照らして、問題になりえます。憲法の条文を、解釈の手がかりに使えるわけです。平等原則と比例原則は、そうした手がかりとして使われる原則の名前です。ここでは名前だけにして、中身は後の回で見ます。
制度を作る場面でも、憲法の原理が指針になります。たとえば、町が住民の情報を集めて使う仕組みを作るなら、個人の私生活の秘密を守る、という憲法の考え方が指針になります。憲法の価値は、個々の法律が具体化するものです。そのうえで、解釈でも、憲法の価値を手がかりに使える場面がある。この位置づけで受け取ってください。
民事法と行政法
図:契約を選んだ行政の関係図
- A=町
- D=町営バスを引き継いだバス会社
- C=住民
- AとD=契約〔路線と便数を守る取り決め、赤字の一部の補助〕
- DからC=運送の契約
- Aには、公平に選ぶ・恣意的に決めない規律が残る
2つ目の関係は、民事法との関係です。近ごろ、行政が、一方的な決定ではなく、契約や話し合いといった私法の道具を使う場面が増えています。これを、行政の私法化と言います。背景には、民営化、民間委託、規制の見直しがあります。契約を使う場面が増えたことは、私法化という現象の名前です。問題視されてきたのは、別のことです。一方的な決定で権利や自由を制限するには、法律の縛りがかかります。前に見たとおり、そうした行政には、法律の根拠が要るのでした。歯止めが無いと、行政の判断ひとつで奪われてしまうからです。その縛りを避けるために、契約や話し合いの形で、同じことを進める。これが、私法への逃避です。逃避は、避けて逃げ込むことです。法律による統制を、空洞にしかねません。空洞化は、形だけ残って中身が抜けることです。前の回の町営バスで考えます。町役場のAは、運行を民間のバス会社Dに任せました。AとDの間は、契約、つまり取り決めです。
契約の形を選んでも、行政は、私人と同じ自由を持つわけではありません。私人どうしの取引は、契約自由の原則に立ち、自分のことは自分で決めてよいのでした。でも町が契約を結ぶときの、相手の選び方には、法律に決まりがあります。公益を担う主体として、公平に選び、恣意的に決めない規律が要るからです。恣意的は、自分の好みでその場で決めることです。Dも、運賃や路線を好きに決めてよいわけではありません。運賃は、鉄道で見たように、公益を担う事業では、勝手には決められない仕組みがあります。路線と便数も、町が取り決めで守らせています。公益を担う仕組みである以上、契約という形でも、規律がかかります。前の回で見たとおり、民間が担い手になり、行政は、サービスがきちんと届くよう、規制や監督で支える側に回る。保障行政であり、公私協働でした。契約の形を選んでも、公益を担う主体としての規律は残ります。ここでも、契約という形だけから結論は出さず、仕組みを見るわけです。契約をどう統制するかの中身は、後の回で扱います。
今日の地図(保存版)
図:捨てたもの・残ったもの
- 捨てたもの1=公法の関係というラベルから、条文に無い特別扱いを引き出すやり方
- 捨てたもの2=「公権は譲り渡せない・放棄できない」と条文を離れて言い切る見方
- 残ったもの1=法律が作った仕組みの違いを見分ける目〔2つの10万円〕
- 残ったもの2=行政事件訴訟法4条という救済の受け皿
- 残ったもの3=科目・分類の呼び名としての「公法」〔公法系科目〕
最初の1問に戻ります。公法と私法を分ける考え方は、なぜ捨てられ、何が残ったのか。捨てられたのは、公法の関係というラベルから、条文に無い特別扱いを引き出すやり方です。公権は譲り渡せない、放棄できない、と条文を離れて言い切る見方も、捨てられました。捨てられた大きな理由は、日本国憲法のもとで行政の争いも通常の裁判所が裁くようになり、公法だから、というだけで民法を外す理由が弱まったことです。いまは、その場面を規律している個々の法律の仕組みと趣旨から、結論を決めます。残ったものは3つです。1つ目は、法律が作った仕組みの違いを見分ける目です。2つの10万円の違いは、公法だからではなく、法律がそういう仕組みを作っているから、でした。2つ目は、行政事件訴訟法4条という救済の受け皿です。2004年に確認の訴えが書き加えられたのですが、二元論の復活ではありません。3つ目は、科目や分類の呼び名としての公法です。
公法という言葉は、法を分類して特徴を説明する呼び名として、いまも使われます。論文式の公法系科目は、憲法と行政法に関する分野の科目でした。刑法や刑事訴訟法も、国と国民の関係を規律しますが、一般には、公法、民事法、刑事法のように、刑事法として別に分けて語られることが多いです。途中で、ほかの法分野との関係も2つ見ました。個々の法律を解釈するとき、憲法の価値を手がかりに使える場面があります。契約の形を選んでも、公益を担う主体としての規律は残ります。どちらも、個々の法律の仕組みと趣旨を読む、いまの出し方につながる話でした。捨てたものは、ラベルから結論を出すやり方。残ったものは、仕組みを見分ける目と、4条の受け皿と、呼び名としての公法です。この仕分けを持って、先の回に進みましょう。
参照条文
- 行政事件訴訟法4条
- 日本国憲法98条1項