法律の留保と侵害留保説
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第1章 行政法の基礎 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
命じたいのに、法律が無い
図:国の役所が動く2つの場面
- 場面=国の役所が、法律の定めなしに動こうとしている
- 1つ目=Bの店の看板の照明を、夜10時以降は消すよう命じる
- 2つ目=Bの店の入口の段差をなくす工事に、補助を出す
- 問い=法律の定めが無いとき、動いてよいかを、何を基準に分けるか
山あいの町の駅前に、喫茶店があります。店主はBです。国の役所が、省エネの方針を進めたくて、Bの店の看板の照明を、夜10時以降は消させたいと考えました。ところが、仮の話として、そう命じてよいと定めた法律が、無いとします。役所の判断だけでは、命じられません。Bの自由に踏み込む命令には、法律の根拠が要ります。国会が法律で認めた場合に限る、という歯止めが無いと、役所の判断ひとつで、自由が奪われてしまうからです。ここは、どの考え方をとっても、争いがありません。では、同じ役所が、同じく法律の定めなしに、Bの店の入口の段差をなくす工事に、補助を出したいとします。
補助も、命じるときと同じく、法律が無ければ出せない、と考えたくなります。ところが、ある考え方では、命じることはできないのに、補助を出すことはできる、と扱われます。同じ、法律の定めが無い場面なのに、扱いが分かれます。今日の1問です。法律の定めが無いとき、行政が動いてよいかを、何を基準に分けるのか。答えを先に見せます。
図:分かれ目
- その活動は、私人の自由と財産を侵害するか→侵害する=法律の根拠が要る
- 侵害しない=この説では法律の根拠は要らない
答えは、その活動が、私人の自由と財産を侵害するかどうか、です。侵害するなら、法律の根拠が要ります。侵害しないなら、この考え方では、法律の根拠は要りません。照明を消すよう命じるのは侵害に当たり、補助を出すのは侵害に当たらない。だから、扱いが分かれます。侵害という言葉の意味は、あとで確かめます。ここでは、自由や財産を、取る、止める、縛る向きの働きかけ、と押さえてください。線の理由が、今日の中心です。この考え方の中身、侵害という言葉の意味、線が侵害に引かれた由来の順に見て、最後に、侵害かどうかを見分ける練習をします。
法律の留保とは何を問う議論か
図:前の回の復習
本題の前に、前の回の復習を1問。法律による行政の原理の3つの内容のうち、行政が動くのに法律の根拠を求める、積極の側の問いは、どれでしたか?
図:法律の留保
- 問い=どんな性質の行政活動に、法律の根拠が要るか
- 留保=その事柄を法律に取っておく〔法律の定めが無ければ、行政は動けない〕
動くのに法律の根拠を求める側の問いは、法律の留保でした。留保とは、その事柄を法律に取っておく、という意味です。取っておかれた事柄は、法律が定めていなければ、行政は動けません。照明を消せと命じることが、法律に取っておかれた事柄なら、法律が無いかぎり、役所は命じられません。法律の留保が問うのは、どんな性質の行政活動に、法律の根拠が要るのか、です。法律に従うは、法律に反しないことで、法律の優位の話です。法律の根拠が要るは、動く前に、法律に基づく必要があることです。照明の場面では、反する法律がそもそもありません。問われるのは、命じる根拠になる法律が無いことです。今日扱うのは、こちらの、根拠の話です。取る・止める・縛る向きの行政に、法律の根拠が要る点は、争いがありません。残るのは、与える向きの行政にも要るのか、です。この問いへの答えの候補が、この回から並びます。今日は1つ目です。ほかの考え方は、後の回で扱います。
侵害留保説の内容
図:侵害留保説
- 私人の自由と財産を侵害する行為=法律の根拠が要る
- それ以外の行政活動=この説では法律の根拠は要らない
- 別名=伝統的な考え方
1つ目の考え方は、私人の自由と財産を侵害する行為には法律の根拠が要り、それ以外の行政活動には、法律の根拠は要らない、というものです。これを侵害留保説と呼びます。伝統的な考え方、とも呼ばれます。前半は、どの考え方をとっても争いがない部分です。この説の特徴は後半、それ以外は要らない、と線を引くところにあります。要らない、の意味を絞ります。法律の根拠が無くても、行政の判断でできる、と言っているだけです。具体的には、段差の工事の補助なら、補助を定めた法律が無くても、役所の判断で出せる、ということです。補助について定めた法律があれば、役所はそれに従います。使えるお金の枠を決める予算の議決や、同じ条件の相手を理由なく別に扱わないという平等原則など、ほかの縛りも残ります。縛りの内容は、後の回で扱います。
図:向きで仕分ける
- 税を課す〔取る〕=法律の根拠が要る
- 店の営業を止めさせる〔止める〕=法律の根拠が要る
- 義務を課す〔縛る〕=法律の根拠が要る
- 補助を出す〔与える〕=この説では要らない
- 図書館や公園をつくる〔支える〕=この説では要らない
板で仕分けます。税を課す、店の営業を止めさせる、義務を課す。取る・止める・縛る向きなので、侵害に当たり、法律の根拠が要ります。補助を出す、図書館や公園をつくる。与える・支える向きなので、この説では、法律の根拠は要りません。条件の付いた補助のように、きれいに分かれない型があることは、前に見ました。今日は、典型の型で、線がどこに引かれるかを見ます。
「侵害」は悪いという意味ではない
図:税をかけること
- 問い=税をかけることは、悪いことか
- 税を課す=Bから取る向きの行政活動
侵害と聞くと、悪いことのように聞こえます。ここで1問。税をかけることは、悪いことなのでしょうか?
図:侵害は向きの言葉
- 取る・止める・縛る向き〔税を課す・営業を止める〕=侵害〔許されないという意味ではない〕
- 与える・支える向き〔補助を出す・図書館をつくる〕=侵害ではない
税をかけることは、悪いことではありません。社会に必要な、正当な活動です。それでも、典型的な侵害です。侵害は、悪いという意味の言葉ではなく、向きの言葉だからです。私人の自由や財産に対して、行政の働きが、取る・止める・縛る、マイナスの向きに働くことを指します。侵害の概念は、向きで押さえます。行政法の侵害は、許されるかどうかではなく、向きを言う言葉です。税のように正当な活動も、侵害に含まれます。では、なぜ侵害には法律の根拠を求めるのか。正当であっても、自由や財産に重く関わるからです。国会が法律で認めた場合に限る、という歯止めをかけます。与える・支える向きは、取り上げる向きではないので、侵害ではありません。
なぜ「侵害」だけなのか——由来
図:時代の比較
- 立憲君主制のもと〔明治憲法のもと〕=行政の権限は君主に属する
- 議会が関われた範囲=私人の自由と財産を侵害する行為だけ
- 日本国憲法のもと=主権は国民にある
- どこまでに法律の根拠が要るかが、問い直される
なぜ線が侵害に引かれたのか。答えは歴史にあります。この考え方は、立憲君主制のもとで生まれました。前に見た、君主がいるけれど、憲法と法律で縛る体制です。そこでは、行政の権限も君主に属していました。国の仕事は元々すべて君主の権限、という前提です。議会は、国民の代表です。君主の行政が、私人の財産を取る、私人の活動を止める、縛る。その場面でだけは、国民の代表の同意、つまり議会の法律が要る、とされました。私人の自由と財産を、国家権力から守るためです。それ以外の国の仕事は、君主の権限のまま残りました。
図:侵害だけ、という線の由来
流れで整理します。君主が行政の権限をもつ。自由と財産を侵害する行為にだけ、議会の法律が要る。これが、侵害だけ、という線です。つまり、侵害だけ、は、議会の関与が認められた範囲の線でした。寮に置き換えます。ある寮では、決まりごとを、すべて寮の持ち主が決めていました。そこへ、寮生の代表の集まりができて、持ち主に認めさせます。寮生の持ち物を取り上げる、外出を止める。この向きの決まりだけは、代表の集まりの同意が要る、と。備品を買い足す、食事のおかずを増やす、といった与える向きは、持ち主の判断のままでした。
寮の持ち主が君主、代表の集まりが議会、代表の集まりの同意が法律に当たります。侵害だけ、という線も、議会の関与が届いた範囲を表しています。なお、この考え方はドイツで成立し、明治憲法のもとの日本の学説に取り入れられた、と説明されます。
図:2つの法律の留保
- 憲法の歴史の法律の留保=良い面〔権利を制限するには法律の根拠が要る〕
- 悪い面〔法律さえあれば権利を削れる〕
- 行政法の法律の留保=行政活動のどこまでに法律の根拠が要るか
ここで、憲法の歴史の回で聞いた、法律の留保との関係を整理します。憲法の歴史の回では、明治憲法の法律の留保に、2つの顔があると話しました。権利を制限するには法律の根拠が要るという良い面と、法律さえ作れば権利をいくらでも削れるという悪い面です。憲法の歴史の回の留保は、権利の保障に、法律という条件を付ける、という意味でした。今日の留保は、事柄を法律に取っておく、という意味です。言葉の使い方は違いますが、行政法の法律の留保は、良い面と同じ方向を向いています。制限するには議会の法律が要る、という考えを、行政活動の側から見て、どこまでの活動に要るのか、と考えるものです。悪い面は、法律の中身を憲法がどう縛るか、という憲法の側の話で、この回には入りません。
なぜ「侵害」だけなのか——今の説明と実務
図:今の説明
- 侵害〔取る・止める・縛る〕=自由主義の見地から、法律の根拠で縛る
- 与える活動=法律で縛らず、すぐ対応できる余地を残す
由来とは別に、今の説明もあります。侵害は、自由主義の見地から、法律の根拠で縛る必要がある、と説明されます。自由主義は、個人の自由を守るべきだ、という考え方です。これに対して、利益を与える活動は、法律で縛らずに行政が動ける余地を残したほうが、必要なときにすぐ対応できて、国民のためになる、と説明されます。段差の工事の補助なら、法律ができるのを待たずに始められる、ということです。由来は、線がなぜここに引かれたのかの説明です。今の説明は、いまもこの線を使う理由の説明です。与える活動が不公平になる心配は、確かにあります。その点は、この回の最後の問いにつながります。ここでは、この説の理由づけを押さえるところまでです。
図:日本国憲法のもとで
ここで疑問が出ます。日本国憲法は、国民主権です。君主を前提にした線引きを、そのまま使ってよいのでしょうか。この疑問から、別の考え方も出てきました。後の回で扱います。それでも、法律を作る現場と行政を動かす現場、つまり立法の実務と行政の実務は、いまも侵害留保説に立っている、と説明されます。立っている、とは、実際の動き方がこの線のとおりだ、ということです。照明を消せと命じるような、侵害に当たる活動は、法律の根拠が無ければ、すぐには行いません。段差の工事の補助のような、与える活動は、その補助を定めた法律が無くても、おこなっています。これが、実務の姿です。では、侵害に当たる活動が必要になったとき、行政はどうするのでしょうか。
根拠が無いとき、行政はどうしているか
図:根拠が無いとき
最初の場面に戻ります。国の役所は、Bの店の看板の照明を消させたい。命じるのは、侵害に当たる活動です。仮の話では、法律の根拠は、ありません。役所は、どうするのでしょうか。
図:3つの道
- 1つ目=法律が無いから、何もしない
- 2つ目=必要だから、命じてしまう〔根拠が無いので、してはならない〕
- 3つ目=実務の姿〔侵害に当たらない手段として、相手の任意の協力を求める/法律を作る、または改めることで対応する〕
道は3つ考えられます。1つ目は、法律が無いから、で何もしない。2つ目は、必要だから命じてしまう。根拠が無いので、これはしてはなりません。実務の姿は、3つ目です。侵害に当たらない手段、つまり相手の任意の協力を求める働きかけで対応するか、法律を作る、または改めることで対応する。侵害に当たる活動は、根拠が無ければ、すぐには行いません。照明の場面なら、消してもらえませんか、とお願いします。応じるかどうかは、相手が決めます。こうした、相手に任意の協力を求める働きかけは、行政指導と呼ばれます。中身は後の回で扱います。任意の協力を求める働きかけは、一般に、法律や条例に基づかずに行われています。地方公共団体では、行政が自分で決める要綱、つまり行政の内部の基準に基づくことが、しばしばあります。どうしても命じる必要があるなら、照明を消すよう命じてよい、と定める法律を、国会が作ります。法律ができれば、役所は、その法律を根拠に命じられます。
前の回は、国会が制定する法律に絞って話しました。法律の留保でいう法律には、町や県の議会、つまり住民の代表が作る条例も含まれます。町が人に義務を課し、権利を制限するときは、原則として条例が根拠になります。中身は後の回で扱います。
これは侵害か——境界の練習
図:練習1と2
- 1問目=夜10時以降は看板の照明を消すよう命じる文書を送った。従わなければ店の営業を止めさせる、と書いてある
- 2問目=「消してもらえませんか」という文書を送った。応じなくても、Bには何も起きない
- 問い=侵害に当たり、法律の根拠が要るか
練習です。見る点は1つです。命じる、つまり従う義務を負わせ、従わなければ不利益や強制が待つのか。それとも、任意の協力を求める、つまり応じるかどうかを決める自由が相手に残るのか。命じるなら侵害に当たり、法律の根拠が要ります。問いは、侵害に当たり、法律の根拠が要るか、です。1問目です。国の役所が、Bに、夜10時以降は看板の照明を消すよう命じる文書を送りました。文書には、従わなければ店の営業を止めさせる、と書いてあります。2問目です。国の役所が、Bに、消してもらえませんか、という文書を送りました。応じなくても、Bには何も起きません。
図:答え合わせ1と2
- 1問目=命じる+従わなければ営業の停止が待つ、と告げている→侵害に当たる→法律の根拠が要る
- 2問目=応じるかどうかはBが決める→任意であるかぎり侵害に当たらない→この説では法律の根拠は要らない
- 決め手=従う義務を負わせるか、応じるかを決める自由が相手に残るか
1問目は、侵害に当たります。命じていて、従わなければ営業の停止が待つ、と告げているからです。Bの意思にかかわらず、照明を消す義務を課す内容です。縛る向きです。法律の根拠が要ります。2問目は、応じるかどうかをBが決めるので、任意であるかぎり、侵害に当たらないと扱われます。消すかどうかを決める自由が、Bに残っているからです。この説では、法律の根拠は要りません。決め手は、従う義務を負わせているのか、応じるかどうかを決める自由が相手に残っているのか、です。
図:練習3
- 国の役所が、Bに、「消してもらえませんか」とお願いした。ただし「応じなければ、店の名前を公表します」と書き添えた
- 形はお願い
- 問い=これは侵害に当たるか
3問目です。国の役所が、Bに、消してもらえませんか、とお願いしました。ただし、応じなければ店の名前を公表します、と書き添えました。形はお願いです。これは、侵害に当たるでしょうか。
図:練習3の見る点
- 3問目=形はお願い
- 義務は無いが、断りにくい
- どう扱うかは、後の回の問い
- 見る点=応じなかったとき、実際に何が待っているか
2問目と同じかどうかは、ここでは結論を出しません。形はお願いなので、Bに、照明を消す義務は生じていません。けれども、公表が待つとなれば、断る自由は、実際には狭くなります。義務は無いのに、断りにくい。これを侵害と見るかどうかは、後の回の問いです。見る点だけ置いておきます。応じなかったとき、実際に何が待っているか、です。3つの問いは、どれも同じことを確かめていました。その活動が、私人の自由と財産を侵害するか、です。命じるのか、応じるかを相手が決めるのかは、侵害かどうかを見分ける手がかりでした。侵害するなら、法律の根拠が要ります。
残る問い——補助金
図:残る問い
- 補助金=一般に、その補助を定めた法律や条例に基づかずに出されている
- Bには出て、隣の店Eは断られた〔決めたのは町/よりどころは要綱と予算の枠〕
- 侵害留保説=法律の根拠は要らない→それでよいのか?
最後に、侵害に当たらない活動の代表が、補助金です。国や地方公共団体の補助金は、一般に、その補助を定めた法律や条例に基づかずに出されています。法律に基づく補助金もありますが、予算と要綱で配られることが多い、ということです。与える活動は、法律の根拠が無くても行う。先ほど見た実務の姿が、ここに表れています。前に、町の補助の場面で、こう問いました。Bには補助が出て、隣の店Eは断られた。この配り方は、誰が、何に基づいて決めたのか。そのときの答えは、決めたのは町で、よりどころは、町が自分で作った要綱と、予算の枠、でした。この補助の配り方を定めた個別の法律は、ありませんでした。侵害留保説のもとでは、それでも法律の根拠は要らない、で終わってしまいます。
補助金が、一般に、その補助を定めた法律や条例に基づかずに出されている現実。それでよいのか。これが、次の回の問いです。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ
- 法律の留保=どんな性質の行政活動に法律の根拠が要るか
- 侵害留保説=私人の自由と財産を侵害する行為には法律の根拠が要り、それ以外は要らない
- 侵害=向きの言葉〔取る・止める・縛る向き〕
- なぜ侵害だけ=由来〔君主の行政権と議会〕と今の説明〔自由主義〕
- 実務=立法の実務・行政の実務は侵害留保説に立つと説明される
- 根拠が無いとき=任意の協力か、法律を作る・改める
- 残る問い=補助金
最初の1問に戻ります。法律の定めが無いとき、行政が動いてよいかを、何を基準に分けるか。侵害するかどうかで分ける。これが、侵害留保説の答えです。法律の留保は、どんな性質の行政活動に法律の根拠が要るかを問う議論でした。侵害留保説は、私人の自由と財産を侵害する行為には法律の根拠が要り、それ以外は要らない、とする考え方です。侵害は向きの言葉で、取る・止める・縛る向きを指します。なぜ侵害だけなのか。由来は、君主が行政の権限をもつ体制で、議会が関与できた範囲が、侵害だけだったことです。今の説明は、侵害は自由主義の見地から縛り、与える活動はすぐ対応できる余地を残す、というものです。実務は、立法の実務も行政の実務も、侵害留保説に立っている、と説明されます。根拠が無いときは、任意の協力を求めるか、法律を作る、改める。従う義務を負わせるのか、応じるかを相手が決められるのかが、侵害かどうかを見分ける手がかりでした。残る問いは、補助金です。