法律の留保と全部留保説・重要事項留保説
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第1章 行政法の基礎 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
要綱だけで出される補助金
図:要綱だけで出される補助
- 場面=町が、条例を作らず、要綱と予算の枠だけで、Bの店の段差解消の工事費に補助を出した
- 隣の店Eは断られた
- 問い=この補助の根拠を、法律や条例に求めるのか
- 線の引き方の候補=侵害かどうか・すべての行政活動か・権力的な形式か・社会給付か・重要かどうか
山あいの町の駅前に、喫茶店があります。店主はBです。町は、入口の段差をなくす工事の費用を、Bに補助しました。隣の店Eは、断られました。仮の話として、この補助を定めた条例は、町に無いとします。よりどころは、役場が自分で決めた要綱と、議会が決めた予算の枠です。要綱は、行政が自分で決めた配り方のルール、つまり行政の内部の基準です。補助を出すのは町なので、根拠になるのは、国の法律か、町の条例です。侵害留保説は、前の回で見たとおり、私人の自由と財産を侵害する行為には法律の根拠が要り、それ以外は要らない、とする考え方です。補助金が、一般に、その補助を定めた法律や条例に基づかずに出されている現実。それでよいのか。前の回の最後に置いた問いが、今日の出発点です。先に、意外なことをひとつ。すべての行政活動に法律の根拠を求める考え方は、国民主権から考えると、いちばん筋がとおって見えます。ところが、法律を作る現場と行政を動かす現場、つまり立法の実務と行政の実務は、いまも侵害だけに根拠を求めている、と説明されます。
筋がとおって見えるのに、なぜ実務は侵害だけなのか。それが今日の中心です。先に言うと、すべてに根拠を求める線にも難点が挙げられ、線の引き方も1つではないからです。補助の話に入る前に、町に補助を認める定めを確かめます。前に見た、地方自治法232条の2です。
条文地方自治法232条の2
地方自治法第232条の2 普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる。
この一文は、公益上必要がある場合に補助ができる、と、補助できる場面を一般に認める定めです。けれども、段差解消の補助を、誰に、どんな条件で出すかは、書いていません。だから、今日の問いは、この一文とは別に、その配り方を定めた法律や条例が要るか、です。
図:要綱だけで出される補助
- 場面=町が、条例を作らず、要綱と予算の枠だけで、Bの店の段差解消の工事費に補助を出した
- 隣の店Eは断られた
- 問い=この補助の根拠を、法律や条例に求めるのか
- 線の引き方の候補=侵害かどうか・すべての行政活動か・権力的な形式か・社会給付か・重要かどうか
どんな基準で線を引くかによって、答えが変わります。候補は5つです。侵害かどうか。すべての行政活動か。権力的な形式か。社会給付か。重要かどうか。前の回で見たのは、このうち、侵害かどうかです。残る4つが、今日の中身です。
なぜ侵害留保説に疑問が出るのか
図:侵害だけの線への疑問
- 君主が行政の権限をもつ体制=議会が関与できた範囲は侵害だけ
- 国民主権=行政の権限の出どころは国民
- 疑問=与える活動にも、国民の代表が決めた根拠が要るのではないか
まず、なぜ侵害留保説に疑問が出るのかを見ます。前の回で見たとおり、侵害だけに線を引く考え方は、君主が行政の権限をもつ体制で、議会が関与できた範囲が侵害だけだったことに由来します。前の回の寮の喩えです。持ち主が君主、寮生の代表の集まりが議会です。取り上げる、止める向きの決まりにだけ、代表の集まりの同意、つまり法律が要りました。ここで、その寮が、持ち主のものから、寮生みんなのものになったとします。これが国民主権に当たります。決める立場にいるのは、もう持ち主ではなく、寮生の代表の集まりです。そうなると、備品を買う、おかずを増やす、という与える向きの決まりにも、代表の集まりの決めた根拠が要るのではないか。そういう疑問が出ます。
国民主権のもとでは、行政の権限の出どころが国民です。出どころが国民なら、与える活動も、国民の代表が決めた根拠をもつべきではないか。疑問は、ここから出ます。ただし、国民主権だから根拠が要る、と決まるわけではありません。疑問が出る、というところまでです。
図:2つの見地
- 自由主義=私人の自由と財産を守る→侵害する行為を縛る方向に働く
- 民主主義=国民の代表が決める→侵害でない活動にも、代表の決めた根拠を求める方向に働く
疑問の出どころは、2つの見地で整理できます。自由主義は、私人の自由と財産を守る見地で、侵害する行為を縛る方向に働きます。前の回で見た、侵害は法律の根拠で縛る、という説明は、こちらの見地でした。民主主義は、国民の代表が決める見地で、侵害でない活動にも、代表の決めた根拠を求める方向に働きます。今日出てくる各説は、この疑問への答え方の違い、と見てください。
全部留保説
図:全部留保説
- 内容=行政活動のすべてに法律の根拠が要る
- 理由=国民主権のもとで、あらゆる行政活動に民主的な正当性をもたせる
- 補助金=要綱だけの補助は許されない
- 難点=素早く対応できない・広く任せるだけの定めが増える
1つ目は、全部留保説です。行政活動のすべてに、法律の根拠が要る、とする考え方です。ここでいう法律には、条例も含まれます。理由は、国民主権です。国民が主権者なら、あらゆる行政活動が、国民の代表の決めた根拠をもつべきだ。この、代表の決めた根拠をもつことを、民主的な正当性と呼びます。この説では、補助にも根拠が要ります。Bへの補助は、条例が無く、要綱だけで出されました。だから、この説では許されません。出すには、まず、補助を定めた法律か条例が要ります。難点として挙げられる点を、ここでは2つ見ます。1つ目は、素早く応えられないことです。根拠が無いと許されない説なので、段差解消の補助が必要だと分かっても、条例ができるまで始められません。2つ目は、すべての活動に根拠をそろえようとすると、どんなことでもできる、と広く任せるだけの定めが増えて、かえって、法律で縛る効果が薄れる、と指摘されることです。根拠は有っても、中身は行政が決めることになるからです。この具体例は、あとで、仮の条例を使って見ます。もう1つの難点は、侵害留保説の側の反論として、あとで扱います。
権力留保説
図:権力留保説
- 同じ補助=段差解消の補助
- 町長が一方的に決めて通知〔行政処分の形〕→この説では根拠が要る
- 町とBが契約〔申込みと承諾・贈与の契約など〕→この説では根拠は要らない
- この説の答え=形式しだい
2つ目は、権力留保説です。この説は、活動の中身ではなく、形式で線を引きます。行政が権力的な形式で活動するときは、侵害でなくても、法律の根拠が要る、とする考え方です。ここでいう権力的な形式とは、行政処分のことです。前に、処分という名前で見ました。行政が、法律にもとづいて、相手の権利や義務を、一方的に、具体的に決める行為のことです。一方的に権利や義務を動かす形式なので、議会の関与が要る、というのが、この説の理由です。同じ段差解消の補助を、2とおりの形で出すとします。条例なし、要綱だけの町です。1つ目は、町長が、Bに補助を出すと一方的に決めて、通知する形です。行政処分の形で出す、ということです。この説では、この形で出すなら、法律の根拠が要ります。
2つ目は、町とBが、申込みと承諾で契約を結ぶ形です。ただで与える約束、つまり贈与の契約のような形です。この説では、契約の形なら、法律の根拠が無くても出せます。つまりこの説は、補助を出してよいかに、形式しだい、と答えます。
図:契約の形でも残る縛り
- 法律の優位=法律があるとき、行政の活動はそれに反してはならない
- 予算の議決=町議会が予算を議決する
- 平等原則=同じ条件の相手を理由なく別に扱わない
ただし、契約の形なら町の自由、というわけではありません。前に見たとおり、契約の形を選んでも、行政は、私人と同じ自由を持つわけではありませんでした。法律があるとき、行政の活動はそれに反してはならない、という法律の優位や、予算の議決、同じ条件の相手を理由なく別に扱わないという平等原則など、ほかの縛りは残ります。
図:権力留保説
- 同じ補助=段差解消の補助
- 町長が一方的に決めて通知〔行政処分の形〕→この説では根拠が要る
- 町とBが契約〔申込みと承諾・贈与の契約など〕→この説では根拠は要らない
- この説の答え=形式しだい
町長が形を選べば行政処分になる、とは言えません。ある決定が行政処分に当たるかどうかは、町長がどんな形を選ぶかではなく、法律や条例の定め方で決まります。その中身は、後の回で扱います。ここでは、行政処分の形で出すなら、という前提で見ています。
図:問う場所のずれ
- 侵害留保説=この活動に根拠が要るかを問う
- 権力留保説=この形式を使うのに根拠が要るかを問う
侵害留保説との関係も整理します。侵害留保説が問うのは、この活動に根拠が要るか、です。権力留保説が問うのは、この形式を使うのに根拠が要るか、です。正面からぶつかる説というより、問う場所がずれている、と整理されます。補助を契約の形で出すなら、この説の答えも、要らない、になり、侵害留保説の答えと同じです。
社会留保説
図:社会留保説
3つ目は、社会留保説です。社会保障などの、社会給付活動にも、法律の根拠が要る、とする考え方です。理由づけの方向は、現代では、便益を与える行政、つまり給付行政が広がり、給付を受けられるかどうかが生活を左右するようになったので、侵害だけでは足りない、というものです。生活保護のような制度は、社会給付の典型です。条例なし、要綱だけのこの補助に根拠が要るかは、この説の中身だけからは決まりません。段差解消の補助が、社会給付に当たるかしだいだからです。前に、この補助の目的は、段差のない店を増やすという政策目標の実現で、生活保護のように、憲法上の権利を実現する制度ではない、と見ました。その違いを踏まえても、社会給付に当たるかどうかは、ここでは決めません。
重要事項留保説
図:重要事項留保説
- 内容=重要な事項は、議会が自分で法律や条例によって決める
- 別称=本質性理論
- 重要さの見方①権利を守る側=侵害とは扱われてこなかった活動でも、基本的人権の保障にとって重要なら、根拠を求める
- ②民主主義の側=基幹的な制度・基本的な計画など、行政の仕組みの基本を決める事柄に、根拠を求める
4つ目に入る前に、1問、思い出してください。前に、誘導行政を見ました。どんな手法でしたか?この手法を、このあと、補助に当てはめるときに使います。4つ目は、重要事項留保説です。重要な事項は、議会が自分で、法律や条例によって決めなければならない、とする考え方で、本質性理論とも呼ばれます。有力な説の1つとされます。侵害かどうかではなく、重要かどうかで線を引きます。見方は2つあります。1つ目は、権利を守る側の見方です。これまで侵害とは扱われてこなかった活動でも、基本的人権の保障にとって重要なら、根拠を求めます。2つ目は、民主主義の側の見方です。基幹的な制度や基本的な計画など、行政の仕組みの基本を決める事柄には、根拠を求めます。基幹的とは、土台になる、という意味です。補助への当てはめは、一律に要る、要らない、とはなりません。その補助の制度が重要かどうかで分かれます。条例なし、要綱だけの段差解消の補助で、材料を2列に並べます。
図:重要と見る材料・見ない材料
- 重要と見る材料=①たまたまの1回の給付ではなく、段差のない店を増やす目標を立てて作った制度〔民主主義の側の見方〕②金額しだいで、店の行動を強く誘導する〔権利を守る側の見方〕
- 重要とまでは言えないと見る材料=町の数ある政策の1つにすぎない・補助の金額も大きくない
重要と見る材料から。1つ目は、これがたまたまの1回の給付ではなく、段差のない店を増やすという目標を立てて作った制度であることです。制度の基本を決める事柄と見るので、民主主義の側の見方です。2つ目は、金額しだいで、店の行動を強く誘導することです。誘導行政は、経済的な得で行動を導く手法でした。補助は、前に、便益を与える給付行政に入れました。その補助も、金額が大きければ、同じ働きをします。店は補助を得るために、行動を変えることがあるからです。命令ではなくても、店が自分で決める自由に、実際には響きます。だから、権利を守る側の見方から、重要と見る材料です。重要とまでは言えない、と見る材料は、町の数ある政策の1つにすぎないこと、補助の金額も大きくないことです。
この説に立っても、重要と見る材料も、見ない材料も出てきます。だから、結論が分かれうる。これが、この説の難点です。重要という基準があいまいで、線が引きにくいのです。
侵害留保説の側の反論
図:民主的な統制の手段
- 法律の根拠=議会が法律や条例で決める
- 予算の議決=町議会が予算を議決する〔補助にいくら使えるかの枠〕
- 行政の民主的な基盤=国は国会の多数派を基礎とする内閣・町は住民が直接選ぶ町長
ここまで、侵害留保説の線に疑問を向ける考え方を見ました。今度は、侵害留保説の側の反論です。民主的な統制の手段は、法律だけではない、というものです。だから、法律の根拠を求めなくても、民主主義の要請には応えうる、と反論されます。1つ目は、予算の議決です。補助金には、予算の議決を通じて、議会の統制が及びます。町なら、町議会が予算を議決します。地方自治法の96条です。
条文地方自治法96条1項2号
地方自治法第96条第1項(柱書・2号) 普通地方公共団体の議会は、次に掲げる事件を議決しなければならない。 二 予算を定めること。
町の議会は、予算を定めることを議決します。補助にいくらまで使ってよいか、という枠は、議会の議決で決まります。
図:民主的な統制の手段
- 法律の根拠=議会が法律や条例で決める
- 予算の議決=町議会が予算を議決する〔補助にいくら使えるかの枠〕
- 行政の民主的な基盤=国は国会の多数派を基礎とする内閣・町は住民が直接選ぶ町長
2つ目は、行政の側にも民主的な基盤があることです。国では、国会の多数派を基礎とする内閣のもとに、行政機関が置かれます。町では、町長を住民が直接選びます。行政の側も、国民や住民との結びつきをもっている、という見方です。この2つは、全部留保説への言い返しにもつながります。全部留保説は、国民主権だから、すべての行政活動に法律の根拠が要る、と考えました。けれども、予算の議決と、行政の民主的な基盤によって、法律の根拠を求めなくても民主主義の要請に応えうるのなら、国民主権から、すべてに法律の根拠を、という結論が、当然に出てくるわけではない、とも言われます。全部留保説のところで、あとで扱うとした、もう1つの難点は、これです。
予算の議決だけで足りるかどうかが、争いのあるところです。予算の議決で決まるのは、一般に、補助にいくらまで使えるか、という枠です。誰に、どんな条件で配るかは、一般に、予算の議決そのものが決めるものではありません。この町でも、配り方の物差しは要綱でした。それでも、民主的な統制として足りるのか。足りると見るか、足りないと見るかが、説の分かれ目の1つです。
比べる——同じ補助に全部当てる
図:同じ補助に5つの説を当てる
- 前提=町が、条例を作らず、要綱だけで、段差解消の工事費を補助する
- 侵害留保説=侵害かどうか
- 全部留保説=すべての行政活動か
- 権力留保説=権力的な形式か
- 社会留保説=社会給付か
- 重要事項留保説=重要かどうか
同じ補助に、5つの説を全部当てます。事例は1つ。町が、条例を作らず、要綱だけで、段差解消の工事費を補助する、です。問いです。この補助に、法律や条例の根拠は要る? 要らない? 5つの説は、それぞれどう答えるでしょう。
図:結論の列
- 前提=条例なし・要綱だけ
- この補助に根拠は要るか=侵害留保説は要らない・全部留保説は要る・権力留保説は形式しだい〔行政処分の形なら要る・契約の形なら要らない〕・社会留保説は社会給付に当たるかしだい・重要事項留保説はその補助制度が重要かしだい
答えを確かめます。侵害留保説は、補助は侵害に当たらないので、要りません。全部留保説は、すべてに根拠が要るので、要ります。権力留保説は、形式しだいで、行政処分の形で出すなら要り、契約の形なら要りません。ここまでの3つは、合っています。残る2つは、補助だから、というだけでは、要る、とは決まりません。社会留保説は、段差解消の補助が社会給付に当たるかしだいです。重要事項留保説は、その補助の制度が重要かしだいで、重要と見る材料も、そうでない材料もありました。どの結論も、条例なし、要綱だけという前提でのものです。条例があれば、別の話です。
線を引く基準が違うので、同じ補助でも答えが分かれます。その理由と難点も、1枚にそろえます。
図:5つの説の比較
- 侵害留保説=侵害かどうか・理由は自由主義・要らない・難点は民主的な統制が足りないのではないか
- 全部留保説=すべての行政活動か・理由は国民主権から民主的な正当性・要る・難点は素早く対応できない、広く任せるだけの定めが増える
- 権力留保説=権力的な形式か・理由は一方的に権利や義務を動かす形式だから議会の関与が要る・形式しだい・難点は契約の形にすれば根拠が要らなくなる
- 社会留保説=社会給付か・理由は給付が生活を左右する・社会給付に当たるかしだい・難点はここでは挙げない
- 重要事項留保説=重要かどうか・理由は重要な事項は議会が決める・その補助制度が重要かしだい・難点は重要があいまい
理由から。侵害留保説は自由主義で、侵害は縛り、与える活動は素早く対応できる余地を残す、という理由です。全部留保説は、国民主権から、民主的な正当性を求めます。権力留保説は、一方的に権利や義務を動かす形式なので、議会の関与が要る、という理由です。社会留保説は、給付が生活を左右するからです。重要事項留保説は、重要な事項は議会が決めるべきだ、という理由です。難点です。侵害留保説には、民主的な統制が足りないのではないか、という疑問が向けられます。全部留保説は、素早く対応できない、広く任せるだけの定めが増える。重要事項留保説は、重要があいまいです。権力留保説は、同じ補助でも、契約の形にすれば根拠が要らなくなり、形式しだいで答えが変わります。
正しさを決めるのが、今日の目的ではありません。どの説に立つかで答えが変わる。その理由まで言い分けられることが大切です。冒頭の疑問に戻ると、いちばん筋がとおって見える全部留保説にも、素早く応えられない、広く任せるだけの定めが増える、という難点が挙げられ、侵害留保説の側からは、民主的な統制は法律だけではない、という反論がありました。位置づけとしては、立法の実務と行政の実務が、いまも侵害留保説に立っている、と説明されます。
誰が、どう争えるか
図:誰が、どう争えるか
- B〔補助を受けた店〕=不満が無いので、争わない
- E〔断られた店〕=争えるかは、後の回の問い
- C〔町の住民〕=住民訴訟の道がある
- 町議会=特別の定めが無いかぎり、「この補助には根拠が無い」と裁判所に訴えることはできない
条例なし、要綱だけの補助は、全部留保説に立つか、重要事項留保説に立ってこの補助の制度を重要と見れば、根拠が要るのに欠いているので、違法になります。では、誰が、どう争えるのか。4者で並べます。Bは、補助を受けた店です。不満が無いので、争いません。町の住民のCには、住民訴訟という道があります。住民訴訟は、住民が、自分の権利や利益とは関係なく、自分の町の違法な公金の使い方を、裁判で争える仕組みです。要件があり、その中身は後の回で扱います。町議会は、特別の定めが無いかぎり、この補助には根拠が無い、と裁判所に訴えることはできません。裁判所が扱うのは、原則として、誰かの具体的な権利や義務をめぐる争いだからです。町議会が、根拠が無い、と訴えても、町議会自身の権利や義務の争いにはなりません。住民訴訟は、法律が特別に置いた道なので、住民は争えるのです。
Eが争えるかは、後の回の問いです。配り方を決める手続や、先ほど名前を出した平等原則、つまり配り方が公平かといった、別の論点が絡むので、ここでは答えを出しません。根拠を欠く補助が、特定の誰かの権利を害するとは限りません。だから、法律の留保が裁判で争われる場面は、限られている、と説明されます。争えない、ではなく、争える場面が限られる、です。
図:この議論の働き方
働き方は2つあります。1つ目は、議会と行政に向けた行動の指針です。根拠が要るとする説に立てば、議会は法律や条例で定めよ、行政は根拠なしに出すな、という指針になります。2つ目は、今ある法律の作りを読む手がかりです。実務は侵害留保説に立つと説明されます。そうすると、店に営業を止めさせる命令のような、侵害を定めた法律は、それが無ければ行政が動けない根拠です。補助のような、与える活動を定めた法律や条例には、無くても行えるところに置かれた定めがあります。同じ法律でも、置かれた理由と性格が違う。そう読むための手がかりになります。5つの説は、どれも、憲法の同じ問いへの答え方の違いです。前に見たとおり、どんな性質の行政活動に法律の根拠が要るかは、憲法全体の趣旨から考えるのでした。
根拠があれば足りるのか——規律密度
図:規律密度
最後に、根拠が有れば足りるのか、を考えます。仮の条例として、「町長は、必要と認める補助をすることができる」とだけ書いた条例があるとします。根拠は、有ります。けれども、誰に、どんな条件で配るかは、結局、行政が決めることになります。先ほどの全部留保説の難点、どんなことでもできると広く任せるだけの定め、と同じ根です。そこで、根拠が有るかどうかだけでなく、どこまで細かく、法律や条例自身が決めておくべきかも問われる、と説明されます。これを、規律密度と呼びます。関わりが深いのは、重要事項留保説です。この説は、根拠を置くだけでなく、重要な部分は法律や条例自身が決めておくべきだ、と考えます。段差解消の補助の制度を重要と見るなら、誰に、どんな条件で配るかの基本は、要綱ではなく、条例自身が決めておくことになります。もっとも、金額の細目や手続まで、すべてを法律や条例が決めきることまでは、法律の留保は求めない、とされます。どこまで行政に任せてよいかは、後の回で扱います。
残る問い——組織と担当を決めた定め
図:残る問い
- ここまで=権限を与える定めを根拠として考えてきた
- 問い=役所の組織と担当を決めた定めを根拠にできるか
- できるなら、組織の定めさえあれば、どんなことでもできることにならないか
ここまでの根拠は、行政に、これこれの場合に、これをしてよい、と権限を与える定めを念頭に置いてきました。では、この役所は、この仕事を担当する、と決めた定めがあれば、それを根拠にできるのでしょうか。どんな役所を置き、何を担当させるか、という、前に見た行政組織の定めです。担当を決めた定めを根拠にできるなら、組織の定めさえあれば、どんなことでもできることにならないか。これが、次の回の問いです。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ
- 法律の留保=どんな性質の行政活動に法律の根拠が要るか
- 侵害留保説=侵害だけ
- 全部留保説=すべて
- 権力留保説=権力的な形式
- 社会留保説=社会給付
- 重要事項留保説=重要かどうか
- 難点=全部留保説は素早く対応できない・重要事項留保説は重要があいまい
- 権力留保説=形式しだいで答えが変わる
- 侵害留保説の側の反論=予算の議決・行政の民主的な基盤
- 争える場面は限られる
- 規律密度=どこまで細かく決めておくか
- 残る問い=組織と担当を決めた定め
最初の問いに戻ります。条例なし、要綱だけの補助に、法律や条例の根拠は要るか。法律の留保は、どんな性質の行政活動に法律の根拠が要るかを問う議論です。今日見た線の引き方は5つあり、どの線に立つかで、この補助の答えが変わります。侵害留保説は侵害だけ、全部留保説はすべて、権力留保説は権力的な形式、社会留保説は社会給付、重要事項留保説は重要かどうかです。全部留保説には、素早く対応できない、という難点が、重要事項留保説には、重要があいまい、という難点が挙げられました。権力留保説は、形式しだいで答えが変わります。立法の実務と行政の実務は、侵害留保説に立つと説明されます。侵害留保説の側は、民主的な統制は法律だけではない、と反論します。予算の議決と、行政の民主的な基盤です。ただし、予算の議決が決めるのは一般に枠で、それで配り方の統制まで足りるかは、説の分かれ目の1つでした。根拠を欠く補助を争える場面は限られ、町なら住民訴訟の道があります。この議論は、議会と行政に向けた行動の指針であり、今ある法律の作りを読む手がかりです。根拠が有るかどうかだけでなく、どこまで細かく決めておくかが、規律密度でした。最後に残った問いは、組織と担当を決めた定めを、根拠にできるのか、です。
参照条文
- 地方自治法232条の2
- 地方自治法96条1項2号