職権取消し・撤回の制限と損失補償
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第4章 行政行為 #53/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
使い切った補助を、取り消せるのか
図:設例エ・カ
- 町の役場A・喫茶店の店主B
- 設例エ=Aが店舗の改装費の補助を決定して支給〔条件は町内で1年以上の営業〕・Bは工事代金を払い終えた・のちに商工会の証明書の誤りでBの営業は半年と判明・Aが決定を取り消して返還を求めた
- 設例カ=町庁舎の一角でBはAの許可を受けて売店を営業〔期間の定め無し・内装工事あり〕・事務室が足りなくなりAが許可を取り消した・Bは補償を求める
- 問い=落ち度の無いBに取り消して返させられるか・撤回は許されるとしてAは何か払うか
まだ先があります。根拠が要らないことと、いつでも自由にできることは別でした。今回は、その先の、取消しと撤回の制限、それに、撤回に伴う補償を扱います。町の役場Aと喫茶店の店主Bの設例で、場面を2つ用意します。設例エです。町の条例に、店舗の改装費の補助の定めがあり、補助の交付決定は処分とされているものとします。Aは、条件を「町内で1年以上営業していること」として、Bに補助を決め、支給しました。Bは、受け取ったお金で、工事代金を払い終えました。ところが後日、Aが頼りにしていた商工会の営業年数の証明書に、誤りがありました。Bの実際の営業は、半年だったのです。Aは、決定を取り消して、返してほしいと言いました。Bにも町にも、落ち度はありません。設例カです。町庁舎の一角で、Bは、Aの許可を受けて売店を営んでいました。許可に期間の定めはなく、Bは内装の工事もしました。ところが庁舎の事務室が足りなくなり、Aは許可を取り消しました。Bは、補償してほしいと言っています。
問いは2つです。1つ目は、落ち度のない相手に、使い切らせた補助を、取り消して返させられるか。2つ目は、売店の許可の取消しが許されるとして、Aは何か払うのか。持ち帰るものは、次の3つです。まず、取消しや撤回を絞る物差し。次に、利益を与えた処分の職権取消しを、最高裁が認めた判決の、比べ方。最後に、撤回が許されても、補償は別に問題になる、ということです。先に答えを言います。利益を与えた処分は、取り消して守る利益が、相手の被る不利益を上回るときに限って、取り消せます。設例エは、取り消せる可能性が高い場面です。撤回は適法な行為ですが、補償が問題になります。設例カのような庁舎の使用許可では、使用権そのものの補償は、原則として要りません。
制限の物差し——守る利益と、相手の不利益を比べる
図:制限の物差し
- 取消し・撤回を認めるか=取り消す〔撤回する〕ことで守ろうとする利益と、影響を受ける相手方らの不利益を比較考量
- 比較表:侵害的処分〔相手に不利益を課した処分・例=営業停止命令〕の取消し・撤回=相手に有利→比較的自由
- 利益を与えた処分〔例=補助の交付決定・営業許可〕の取消し・撤回=相手の信頼を害する→不利益を上回るだけの必要性が要る
- 結論の3種=①できない②できるが払わない③できるが補償が要る
入る前に、前回の確認です。前回の指定医師の判決で、明文が無いのに撤回できた理由は、権限と、衡量、つまり天秤にかけて比べること、の2点で言えたでしょうか?指定の権限を持つ医師会は、その権限の中で撤回できる、というのが1点目です。2点目は、撤回で医師が被る不利益を考えても、なお公益上の必要性が高い、と比べたことです。その2点目の衡量が、今回の中心です。判決は、撤回で被る不利益を考慮しても、なお公益上の必要性が高い、と言いました。つまり、前回すでに、取消しや撤回を絞る物差しを使っていたのです。今回は、それを正面から取り出します。法律の根拠が要るかどうかと同じように、取消しや撤回が許されない場合があるのではないか、という問いも立ちます。これが、取消し・撤回の制限です。結論は3種類に分かれます。まず、できない。次に、できるが、相手に払わない。最後に、できるが、補償が要る。前半はできるかどうか、後半は払うかどうかの話です。
⭐ 論文で書く規範:規範(解釈・学説の整理):取消し・撤回を認めるかどうかは、取り消す(撤回する)ことで守ろうとする利益と、それによって影響を受ける相手方らの不利益を、比較考量して決める (短答・論文共通)
条文にない物差しなので、言葉どおりに覚えます。守る利益と、相手の不利益。この2つを天秤にかけます。天秤の傾き方は、元の処分の性質で変わります。相手に不利益を課した処分、たとえば営業停止命令を、取り消したり撤回したりするのは、相手にとって有利に働きます。止められていた営業が、再開できるからです。だから、比較的自由に認めてよいとされます。反対に、相手に利益を与えた処分、設例エの補助の決定のようなものを、取り消したり撤回したりすると、相手の信頼を害します。事実上の不利益も及びます。だから慎重になり、相手が受ける不利益を上回るだけの必要性があるときに、認められます。行政行為の分類の回で、この区別が効く場面として挙げた、取消し・撤回の制限が、これです。
取消しがBに不利益になることと、侵害的な処分を取り消すこととは、別の話です。ここで言う区別は、取り消される元の処分が、相手に利益を与えていたかどうかです。営業許可は、Bに営業できるという利益を与えた処分です。その取消しがBに不利益になるのは、元の処分が利益を与えていたからです。だから、利益を与えた処分の取消しとして、慎重に扱います。相手の信頼は、取り消して被る不利益の重さとして、天秤の相手側の皿に入ります。信頼保護の一般論は、第1章で見ました。ここでは、皿に乗るものとして使います。なお、二重効果的処分、つまり、ある人には利益、別の人には不利益になる処分、たとえば、建てる人には利益、日当たりを失う隣の人には不利益になる建築の許可は、利益を与えた処分に準じて考えます。取り消せば、建てる人の信頼が皿に乗るからです。
利益を与えた処分の職権取消し——最高裁の比べ方
図:事案の関係
- A=被災者への支援金の支給を担う法人
- B=被災した世帯の世帯主たち
- C=罹災証明書を交付する市
- C→B 大規模半壊の認定の罹災証明書〔のちに誤りと判明〕
- A→B 支援金の支給決定
- A→B 支給決定の取消し・返還請求
- 原審=取消しは許されない→最高裁=取り消せる
設例エで、落ち度のない相手に取り消せるのか。最高裁が判断した、よく似た型の事件で確かめます。判例の事案なので、設例とは別の登場人物で説明します。板では、被災者への支援金を支給する法人をA、被災した世帯の世帯主たちをB、罹災証明書を出す市をCとします。支援金は、住宅の被害が一定の程度以上の世帯に支給される見舞金で、経済的な困窮は問いません。Cは、Bらのマンションの被害を、大規模半壊と認定する証明書を出しました。Aは、その証明書を付けた申請に基づいて、支援金を支給しました。ところが、のちの調査で、Bらのマンションは、大規模半壊には至らない被害だったと分かりました。支給の対象外だったのです。Aは、Cの認定の誤りを理由に、支給決定を取り消し、返還を求めました。
実は、原審は、取消しは許されない、と判断しました。最高裁は、これを破棄して、取消しを認めました。決め手になった点を、5つに分けて見ます。
図:判決が見たこと
- ①瑕疵の中身=大規模半壊世帯に当たらないのに支給=支給要件の根幹に関わる
- ②誤りの出どころ=Cの認定の誤り=AとBらのどちらの責めにも帰すべきでない
- ③効果を維持する不利益=多数の世帯の間の公平・制度の適正な運用と信頼・財源・認定が過度に慎重になり迅速性を損なうおそれ
- ④取り消す不利益=使い切った後の返還の負担・ただし支援金を受ける法的地位は無く返還は得た利益に対応する額にとどまる
- ⑤取消しまでの期間=不当に長くない/結論=維持する不利益のほうが重大・取消しを正当化する公益上の必要あり→取り消せる
1つ目は、瑕疵の中身です。大規模半壊の世帯に当たらないのに、支給していました。これは、支給の要件の根幹に関わる瑕疵だとされました。この制度は、住宅の被害が一定の程度以上の世帯だけに支給します。その線を正しく引くこと自体が、制度の公平を支えているからです。2つ目は、誤りの出どころです。誤りは、Cの認定にありました。AとBらの、どちらか一方の責めに帰すべき事情ではありません。罹災証明書は、市が出すものです。それを使って事務を早く進められる利益も、Aだけが得ているわけではありません。だから、内容が変わるリスクを、Aだけが負う理由はない、という見方です。3つ目は、効果を維持する不利益、つまり、取り消さずに放置する側の不利益です。非常に多くの世帯の間で、公平が保てなくなります。制度の適正な運用と、制度への信頼が損なわれます。財源も、拠出金や補助金などの貴重な財源が、誤って使われます。さらに、市が認定を誤らないよう過度に慎重になれば、支給が遅れるおそれもあります。4つ目は、取り消す不利益です。Bらは、支給決定が有効だと信じて、すでにお金を使っていました。返還を求められる負担は、小さくありません。ただ、Bらは、法律上、支援金を受ける地位をそもそも持っていませんでした。だから、返還で失うのは、もともと受け取れないはずだった利益です。しかも、求められるのは、すでに得た利益に対応する額の返還にとどまり、新しく拠出を求められるわけではありません。だから、やむを得ない、と見ました。
5つ目は、取消しまでの期間です。不当に長期に及んでいるとは、言い難いとされました。そのうえで、結論を述べた段落です。
判例最判令3・6・4 民集75巻7号2963頁
授益的な支給決定も、維持する不利益が重大なら取り消せる 以上に加え,本件各支給決定を取り消すまでの期間が不当に長期に及んでいるともいい難いことをも併せ考慮すると,前記瑕疵を有する本件各支給決定については,その効果を維持することによって生ずる不利益がこれを取り消すことによって生ずる不利益と比較して重大であり,その取消しを正当化するに足りる公益上の必要があると認められる。したがって,上告人は,本件各世帯が大規模半壊世帯に該当するとの認定に誤りがあることを理由として,本件各支給決定を取り消すことができるというべきである。
ここで1問です。判決が比べた不利益は、どれとどれだったでしょうか?取り消さずに維持する不利益は、公平や財源、制度への信頼を損なうことです。取り消す不利益は、使い切ったお金を返す負担です。そして取消しが適法なら、返還の請求も認められます。原審の逆の結論です。
⭐ 論文で書く規範:規範(判例の判断枠組み):瑕疵のある処分の職権取消しは、その効果を維持することによって生ずる不利益が、取り消すことによって生ずる不利益と比較して重大であり、取消しを正当化するに足りる公益上の必要があるときに認められる (短答・論文共通)
先ほどの物差しと、同じ構造です。守る利益と、相手の不利益を比べています。前回は、取り消す理由の瑕疵が、処分の時点にあるかを見ました。今回は、瑕疵があっても、なお取り消してよいかを比べる、その次の段です。設例エに当てはめます。支給要件の営業年数が欠けています。要件の根幹の瑕疵です。誤りは、商工会の証明書にあり、AにもBにも責めがありません。維持する不利益は、1年に満たない店にも出すと条例の線が崩れること、町の財源、ほかの申請者との公平です。取り消す不利益は、Bが使い切った分の返還の負担です。この判例の枠組みなら、取り消せる可能性が高いでしょう。ただし、断定はできません。返還の額や方法、事業が続けられるか、取消しまでの期間によって、Bの不利益の重さが変わるからです。その外側も見ておきます。この判決は、受け取る地位がそもそも無く、取消しまでの期間も長くない、支援金の場面でした。もし設例エで、取消しが支給から何年もたってからだったら、Bの皿が重くなり、取り消せない側に傾きえます。判決は、そういう場面までは判断していません。
相手に落ち度があるとき——制限されない/返還の範囲
図:設例エ vs 設例オ
- 設例オ=設例エと同じだがBが営業開始日を偽って証明書を取得
- 比較表:瑕疵の出どころ=エは第三の機関の誤り・オはBの偽り
- 制限=エは比べて決める・オは制限されるいわれが無い
- 返還の範囲の考え方=エは現存利益の側・オは悪意の受益者として利息まで付ける側
ここまでは、誰にも責めがない場面でした。では、Bに落ち度があったらどうなるか。設例オです。設例エと同じですが、Bが、営業の開始日を偽って、証明書を手に入れていました。前回の設例アの、申請書の広さを偽って受けた許可と、同じ型です。利益を与えた処分でも、相手に帰責性、つまり、責められるべき落ち度があるときは、取消しや撤回を制限するいわれが、ありません。虚偽の申告に基づく決定の取消しが、その典型です。先ほどの判決は、誤りがどちらの責めにも帰すべきでない点を、取消しを認める方向の事情として見ました。帰責性の有無を、反対側から読んだわけです。落ち度の程度は、取消しができるかだけでなく、取消しの中身も左右します。まず、取消しをさかのぼらせるかどうか。前回見たとおり、職権取消しは、初めからなかったことにするのが基本です。ただ、利益を与えた処分では、今後に向けてだけ効力を失わせる、という選び方もありえます。次に、さかのぼらせるとして、すでに受けた分の返還を、どの範囲にするかです。民法の不当利得の規定が、考え方の参考になります。
条文民法703条
民法第703条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
条文民法704条
民法第704条 悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。
703条は、利益を受けた者は、利益が今も残っている分、つまり現存利益の限度で返す、というものです。704条は、悪意の受益者、つまり、受け取る資格がないと知っていた者は、利息を付けて返し、なお損害があれば賠償する、というものです。設例エのBは、受け取る資格がないと知りませんでした。だから、現存利益の側で考えるのが自然です。設例オのBは、偽って受け取りました。だから、利息まで付けて返させる、という側で考えます。ただし、これは民法を、行政上の返還にそのまま当てはめる話ではありません。落ち度の重さで返還の重さが変わる、という考え方の参考として使われます。
撤回の整理——理由の3つの顔と、制限
図:撤回の理由の3つの顔
- ①義務違反への制裁=相手が義務に違反したので取り上げる〔例=設例イの衛生違反の反復を制裁と見る〕②処分の基になる要件が事後に欠けた=適格性を失った〔同じ衛生違反を適格性の喪失と見る〕③それ以外の公益上の必要=庁舎を本来の用途に使う必要〔設例カ〕
- 撤回の制限=撤回の必要性・相手方らの不利益〔信頼・投下資本・事業の継続〕・相手方の帰責性を比べる
ここで、撤回の側を整理します。その回収です。撤回は、いったん適法に与えた処分を、あとから取り上げることです。ですから、相手にとっては、利益を失うことそのものです。先ほどの物差しが、特に強く働きます。3つの顔です。1つ目は、義務違反への制裁として取り上げる場合。相手が義務に違反したので、罰のように取り上げるものです。2つ目は、処分の基になる要件が、あとから欠けた場合。たとえば、適格性を失ったときです。3つ目は、それ以外の、公益上の必要が生じた場合。たとえば、庁舎を本来の用途に使う必要が出たときです。
見方が分かれます。違反への制裁と見れば1つ目です。営業を任せる適格性を失った、と見れば2つ目です。前回見た指定医師の判決は、指定医師としての適格性を欠くことが明らかになった、と述べていて、制裁とは捉えていないと読めます。だから、2つ目に近いと考えられます。ただ、ここは断定しないでください。設例カの事務室の不足は、3つ目です。明文の要否にも、見方があります。判例は、明文を不要とするものが多いです。1つ目の制裁としての撤回は、原則として明文が必要だと考える見解があります。前回見たとおり、制裁は罰に近く、法律であらかじめ定めておくべきだ、という理屈です。違反を是正するためと説明して、不要とする見解もあります。争いがあります。答案では、撤回を制裁と見る場面で、この争いに一言触れます。撤回が認められるのは、あとから生じた事情があり、撤回の必要性が、相手方らの不利益などの制限事情を上回るときです。個別の法律が、撤回できる事由を定めていれば、それによります。たとえば運転免許がそうです。定めが無ければ、公益上の必要性で判断します。前回の指定医師の判決は、不利益を考慮してもなお公益上の必要性が高い、と見ました。比べるものを、3つに整理します。1つ目は、撤回の必要性、つまり公益です。2つ目は、相手方らの不利益、つまり信頼や投下した資本、事業の継続です。3つ目は、相手方の帰責性です。制裁の型では、帰責性が理由そのものです。
3つの顔を見分けるのは、比べ方が変わるからです。制裁の型では、いま見たとおり、相手の帰責性が天秤を撤回の側に傾けますし、明文が要るかの争いにも入ります。3つ目の公益上の必要では、相手に落ち度がありません。撤回自体は許されても、相手の損失をどうするかが問題として残ります。次は、この3つ目の顔です。
撤回と損失補償——庁舎の売店の許可
図:設例カと条文
- Aが町庁舎の一角でBに売店の使用を許可〔期間の定め無し・内装工事あり〕→事務室が不足しAが許可を取り消す〔学問上は撤回〕→Bは補償を求める
- 根拠=地方自治法238条の4第7項〔許可〕・第9項〔公用・公共用に供するため必要を生じたとき許可を取り消せる〕・国の財産なら国有財産法18条6項
- 撤回は適法行為→問題は賠償でなく損失補償〔適法な行為で生じた特別の損失を補うこと〕
入る前に、もう1つ確認です。行政財産は、前に見たとおり、公用や公共用に供する財産で、庁舎がその例です。それを本来の目的の外で使わせるのが、目的外使用許可でした。その許可ができるのは、どんな限度でしたか?用途や目的を妨げない限度、でした。国有財産法も、地方自治法も、同じ形です。町の庁舎なら、地方自治法の規定が根拠になります。許可を取り消せる場合の規定を、もう一度見ます。
条文地方自治法238条の4第9項
地方自治法第238条の4第9項 第七項の規定により行政財産の使用を許可した場合において、公用若しくは公共用に供するため必要を生じたとき、又は許可の条件に違反する行為があると認めるときは、普通地方公共団体の長又は委員会は、その許可を取り消すことができる。
設例カでは、庁舎を事務室として使う必要が生じました。条文は「取り消す」と書きますが、前回見たとおり、法令は、職権取消しも撤回も「取り消す」と書きます。見分けるのは理由の時点で、許可の当初は適法で、あとから事情が変わったので、これは撤回です。明文があるので、前回の、明文が無くても、の出番ではありません。9項に当たるので、撤回は適法です。適法でも、問題は残ります。違法な行為による損害は、損害賠償の問題です。撤回は適法です。そこで問題になるのは、損失補償、つまり、適法な行為によって生じた特別の損失を、補うことです。補償の根拠や請求の仕方は、別の回で扱います。ここでは、最高裁が、庁舎のような行政財産の使用許可の撤回で、補償をどう見たかを確かめます。
図:事案の関係
- A=地方公共団体〔市場の敷地を持つ〕
- B=敷地の一部の使用許可を受け飲食店等の建物を建てて営業していた者〔期間の定め無し〕
- A→B 使用許可
- 市場の荷物の入荷が増え、Aが自らその土地を使う必要が生じる
- A→B 許可の取消し・建物の移転による土地の回収
- B→A 使用権を失った損失の補償を請求
- 原審=補償を認めた→最高裁=破棄差戻し
事案です。板では、地方公共団体をA、使用許可を受けた者をBとします。Aは、市場の敷地を持っていました。Bは、その一部の使用許可を受け、建物を建てて、飲食店などを営んでいました。許可に期間の定めはありません。のちに、市場への荷物の入荷が増え、Aが自分でその土地を使わなければ、混雑を防げなくなりました。Aは許可を取り消し、建物を移転させて、土地を取り戻しました。Bは、使用権を失った損失の補償を求めました。原審は補償を認めました。最高裁は、破棄して、さらに審理させるため差し戻しました。注意点が1つあります。この事件で最高裁が判断したのは、補償が要るかどうかだけです。取消しが適法かどうかを争ったのではありません。判断の筋道は、3段です。
図:昭49の判断の筋道 1段目
- ①補償の規定はあるか=国有財産法24条は貸付期間中の契約解除の損失補償→19条で行政財産の使用許可にも準用
- 公有の行政財産にも公平の原則から類推適用→憲法の規定を直接持ち出すまでもない
- 地方自治法には行政財産の使用許可の補償の規定は無い
1段目は、補償の規定があるかです。国有財産法には、普通財産、つまり役所の仕事に直接は使っていない、貸し出せる財産の、貸付けの契約を、公共用や公用のため解除した場合に、借り手が補償を求められる、という規定があります。
条文国有財産法24条
国有財産法第24条 1 普通財産を貸し付けた場合において、その貸付期間中に国又は公共団体において公共用、公用又は公益事業の用に供するため必要を生じたときは、当該財産を所管する各省各庁の長は、その契約を解除することができる。 2 前項の規定により契約を解除した場合においては、借受人は、これによつて生じた損失につき当該財産を所管する各省各庁の長に対し、その補償を求めることができる。
この規定は、国有財産法19条によって、国の行政財産の使用許可にも準用されます。準用とは、法律が自ら、別の場面の規定を、必要な読み替えをして当てはめると定めることです。そして、国の財産であれ、都や市の財産であれ、行政財産に差はありません。公平の原則から、この規定は、自治体の行政財産の使用許可の場合にも、類推適用されるべきだとされました。類推適用とは、本来は別の場面の規定を、同じ理由で当てはめることです。ですから、補償の根拠は、憲法を直接持ち出すまでもなく、この規定で足ります。なお、地方自治法には、普通財産の貸付けの解除の補償の規定はありますが、行政財産の使用許可の補償の規定はありません。だから類推が要るのです。
図:昭49の判断の筋道 2段目・3段目
- ②補償を必要とする損失か=使用権者がその損失を受忍すべきときは当たらない
- ③受忍すべきか=期間の定めの無い使用権は本来の用途上の必要を生じたときその時点で原則消滅・そのような制約が内在
2段目です。使用権者が、その損失を受忍すべきときは、その損失は、補償を必要とする損失には当たりません。受忍とは、我慢して受け入れることです。では、いつ受忍すべきなのか。3段目です。公有の行政財産は、その性質上、本来の用途や目的のために使われるべきものです。私人に使わせる場合の法律関係は、立法政策に委ねられています。そうすると、使用許可で与えられた使用権は、はじめから、そのように付与されたものと見るのが相当です。その判旨です。
判例最判昭49・2・5 民集28巻1号1頁
期間の定めのない使用権は、本来の用途上の必要を生じたときに消滅する制約が内在している したがつて、本件のような都有行政財産たる土地につき使用許可によつて与えられた使用権は、それが期間の定めのない場合であれば、当該行政財産本来の用途または目的上の必要を生じたときはその時点において原則として消滅すべきものであり、また、権利自体に右のような制約が内在しているものとして付与されているものとみるのが相当である。 ……その例外は、使用権者が使用許可を受けるに当たりその対価の支払をしているが当該行政財産の使用収益により右対価を償却するに足りないと認められる期間内に当該行政財産に右の必要を生じたとか、使用許可に際し別段の定めがされている等により、行政財産についての右の必要にかかわらず使用権者がなお当該使用権を保有する実質的理由を有すると認めるに足りる特別の事情が存する場合に限られるというべきである。
ここで1問です。撤回は適法なのに、なぜ補償を考えるのか。そして、なぜ原則として使用権の補償は要らないのか。2点で言えるでしょうか?適法な行為でも、特別の損失が出るなら、補う必要があるかが問題になるからです。要らないのは、使用権に、必要が生じたら消える制約が、はじめから付いているからです。札に、庁舎が要るときは返す、とはじめから書いてあったようなものです。必要が生じた時点で消える権利なので、その喪失そのものは、補償の対象になりません。
⭐ 論文で書く規範:規範(判例の判断枠組み):期間の定めのない行政財産の使用許可による使用権は、本来の用途・目的上の必要を生じたときその時点で原則として消滅する制約が内在しており、特別の事情のない限り、その取消しによる使用権の喪失について補償は要らない (短答・論文共通)
図:昭49の判断の筋道 例外
- 許可の際の対価の支払が償却できていない・別段の定め=特別の事情
- 内装の費用だけでは例外にならない
例外は、特別の事情です。許可を受けるときに、対価を払ったのに、使って元を取り戻す、つまり償却するだけの期間がたたないうちに必要が生じた場合。許可に際して、別段の定めがある場合。こうした場合は、必要が生じても、なお使用権を持ち続ける実質的な理由があると見ます。判決は、許可に際して土地の整理や宅地化の費用を支出した事実だけでは、権利金を払った借地権と同じには見られない、と述べました。内装の費用をかけただけでは、直ちに例外とは言えません。例外の鍵は、許可を受けるときの対価の支払が償却できていないか、別段の定めがあるか、です。
図:設例カへの当てはめ
- 原則=期間の定め無し・事務室が必要=本来の用途上の必要→使用権の喪失そのものの補償は要らない
- 例外=許可の際の対価が償却できていない・別段の定め
- 建物の移転の費用などは使用権そのものとは別の損失→補償を別に考える余地・判決はそこまで述べていない
設例カに当てはめます。期間の定めはなく、事務室が必要になりました。本来の用途上の必要です。原則として、使用権の喪失そのものの補償は要りません。ただし、Bが許可を受けるときにAへ対価を払い、まだ償却できていなければ、例外です。許可に別段の定めがあった場合も同じです。なお、建物の移転の費用などは、使用権そのものとは別の損失なので、補償を別に考える余地があります。判決は、そこまでは述べていません。
今日の地図(保存版)
図:今日の整理①
- 制限の物差し=守る利益と相手方の不利益の比較考量
- 利益を与えた処分=上回る必要性が要る・不利益を課した処分=比較的自由
- 職権取消しの判例=要件の根幹の瑕疵・維持する不利益が重大・取消しを正当化する公益上の必要→取り消せる
- 相手方に落ち度があれば制限されない・返還の重さも変わる
まとめます。冒頭の問いに答えます。設例エは、取り消せる可能性が高いです。守る利益が、Bの不利益を上回るかを比べます。支給の要件の根幹の瑕疵で、誰の責めでもなく、取消しまでの期間も長くない、という事情が、取消しの側に傾く材料です。ただし、Bの不利益の重さしだいです。落ち度のあった設例オなら、制限するいわれがなく、返還も重くなります。物差しは、取り消す、または撤回することで守る利益と、相手方らの不利益の比較でした。利益を与えた処分は、上回るだけの必要性が要ります。不利益を課した処分は、比較的自由です。最高裁は、支援金の支給決定について、維持する不利益が取り消す不利益より重大で、取消しを正当化する公益上の必要があるとして、取消しを認めました。
図:今日の整理②
- 撤回=適法な行為→問題は賠償でなく損失補償
- 理由の3つの顔=制裁・要件の事後欠如・公益上の必要
- 行政財産の使用許可の撤回=期間の定めの無い使用権には本来の用途上の必要を生じたら消える制約が内在→使用権そのものの補償は原則不要
- 例外=許可のときの対価が償却できていない・別段の定め
- 内装の費用だけでは例外にならない
設例カです。撤回は適法で、問題は賠償でなく、補償です。期間の定めのない使用権には、必要が生じたら消える制約が、はじめから付いています。だから、使用権そのものの補償は、原則として要りません。許可のときの対価が償却できていない場合や、別段の定めがある場合が、例外です。
図:今日の短答の誤り肢
- 利益を与えた処分は違法でも職権で取り消せない〔誤り〕
- 相手方に落ち度があっても取消しは同じように制限される〔誤り〕
- 撤回は適法だから補償は常に不要〔誤り〕
- 庁舎の使用許可を撤回されたら使用権の対価は常に補償される〔誤り〕
最後に、短答の誤り肢です。利益を与えた処分は、違法でも職権で取り消せない、は誤りです。守る利益が相手の不利益を上回れば、取り消せます。相手方に落ち度があっても、取消しは同じように制限される、も誤りです。落ち度があれば、制限するいわれがありません。撤回は適法な行為だから、補償は常に不要、も誤りです。補償は別の問題で、特別の事情があれば要る場合があります。庁舎の使用許可を撤回されたら、使用権の対価は常に補償される、も誤りです。原則として、使用権の喪失そのものの補償は、要りません。その中の、撤回権の留保も出てきます。
参照条文
- 民法703条
- 民法704条
- 地方自治法238条の4第9項
- 国有財産法24条