行政法ゼロから行政法#59

要件裁量(政治的判断と専門技術的判断)

印刷用PDFを開く

第5章 行政裁量 #59/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「相当の理由」を最後に決めるのは誰か

「相当の理由があるとき」を誰が決めるのか(条文は「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」としか書かない/決めるのは大臣か裁判所か) 図:「相当の理由があるとき」を誰が決めるのか

  • 条文は「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」としか書かない
  • 決めるのは大臣か裁判所か

条文が基準を書いていないとき、何が相当なのかを最後に誰が決めるのか。今回の問いは、まさにそれです。外国人の在留期間の更新について、法律は、更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り許可できる、としか書いていません。相当の理由があるかどうかを、最後に決めるのは誰か。先に答えを言います。まず決めるのは、責任を負う法務大臣で、裁判所が代わりに決め直すのではありません。なぜそうなるのかを、マクリーン事件の判決で確かめます。前回の終わりで、政治的、専門技術的な判断が要る処分の中身は、次の回から見ていきます、と言いました。今日が、その中身です。第5章の初めに、裁量は、要件の段階にも、効果の段階にもありうる、と見ました。判断の5段階で言えば、要件の解釈と当てはめにあたる2段目に認められる裁量が、要件裁量です。要件裁量が認められるなら、どんな判断に、なぜ認められるのか。それが今日のテーマです。

今日の持ち帰り(①要件裁量は今は認められる ②系統は3つ〔政治的/専門技術的/その両方〕 ③1枚の表に並べる軸=何が裁判所の判断代置を難しくするのか) 図:今日の持ち帰り

  • ①要件裁量は今は認められる
  • ②系統は3つ〔政治的/専門技術的/その両方〕
  • ③1枚の表に並べる軸=何が裁判所の判断代置を難しくするのか

持ち帰るものは3つです。1つ目は、要件裁量は今は認められていること。2つ目は、認められる判断が、大きく3つの系統に分かれること。政治的な判断、専門技術的な判断、そして、その両方が重なる判断です。最後は、その3つを1枚の表に並べる軸です。軸は、何が、裁判所の判断代置を難しくしているのか、です。以前に、事実の基礎を欠く、という言い回しが、外国人の在留期間の更新を認めなかった事件で出てきた、と言いました。その事件が、今日のマクリーン事件です。また、原子炉の安全性のように、将来の予測を含む判断に触れましたが、その判決も、今日読みます。

要件裁量は、今は認められている——昔と今

昔と今(昔=効果裁量説は裁量は効果の選択にだけありと考え要件の認定は法の解釈なので裁判所が判断/古い判例にも個人の自由の制限を理由に自由な裁量を否定したものがある〔最判昭31・4・13〕) 図:昔と今

  • 昔=効果裁量説は裁量は効果の選択にだけありと考え要件の認定は法の解釈なので裁判所が判断
  • 古い判例にも個人の自由の制限を理由に自由な裁量を否定したものがある〔最判昭31・4・13〕

まず、昔と今の違いです。第5章の初めに、効果裁量説を見ました。裁量は、処分をするか、どんな処分にするか、という効果の選択にだけある。要件に当たるかどうかは、法律の解釈の問題だから、裁判所が自分で判断する。そう考えて、要件裁量を否定する説でした。判例が一律に否定していた、とまでは言えません。ただ、古い判例には、個人の自由を制限する処分について、自由な裁量を否定したものがあります。農地の賃借権の設定や移転に、行政庁の承認が要る制度の事件です。法律が承認について客観的な基準を定めていなくても、個人の自由を制限する以上、法律の目的に必要な限度でしか、承認を拒めない。判決は、要件の判断か効果の選択かは区別せずに、承認するかしないかは、自由な裁量に任されているのではない、と述べました。これは、第5章の最初の回で見た美濃部三原則の1つ目、権利や自由を制限する処分は自由裁量を否定する、という発想と同じ方向です。

今(判例も学説も要件裁量を認める/認める実質的理由=政治的判断・専門技術的判断の尊重/系統は3つ/要件が抽象的だというだけでは足りず処分の性質から委ねる趣旨を読む) 図:今

  • 判例も学説も要件裁量を認める
  • 認める実質的理由=政治的判断・専門技術的判断の尊重
  • 系統は3つ
  • 要件が抽象的だというだけでは足りず処分の性質から委ねる趣旨を読む

今は、判例も学説も、要件裁量を認めています。では、何を理由に認めるのか。実質的な理由は、行政庁の政治的な判断と、専門技術的な判断を尊重する、という観点です。この観点から、要件裁量が認められる場面は、3つの系統に分かれます。1つ目が政治的裁量、2つ目が専門技術的裁量、3つ目が、専門技術的かつ政策的な裁量です。要件が抽象的に書いてあるというだけで、要件裁量があると決めてはいけません。前回見たとおりです。要件が抽象的だという文言だけでは決まりません。前回の書き方は、文言、処分の性質、委ねる趣旨、結論の順でした。今日は、その真ん中の、処分の性質に入る中身を3種類見ます。判例ごとに、どの性質が裁量を基礎づけているのかを確かめていきます。

⭐ 論文で書く規範:解釈(判例と一般的な整理):要件裁量とは、要件の解釈と当てはめに行政庁の判断の余地を認めること。かつては効果裁量説が否定し、古い判例にも、個人の自由の制限を理由に自由な裁量を否定したものがあった。現在は判例も学説も認める。実質的な理由は、政治的判断・専門技術的判断の尊重。系統は、政治的/専門技術的/専門技術的かつ政策的の3つ。要件が抽象的だというだけでは足りず、処分の性質から委ねる趣旨を読む (短答・論文共通)

政治的裁量——マクリーン事件

前回の確認(裁量が否定される型に共通する理屈=何が正しい答えかが法律の趣旨・憲法の要請・事実から1つに決まる→行政庁に選ばせる理由がなく裁判所が自分で答えを出す〔判断代置〕/今回はその逆=答えが1つに決まらない判断を見る) 図:前回の確認

  • 裁量が否定される型に共通する理屈=何が正しい答えかが法律の趣旨・憲法の要請・事実から1つに決まる→行政庁に選ばせる理由がなく裁判所が自分で答えを出す〔判断代置〕
  • 今回はその逆=答えが1つに決まらない判断を見る

1問から入ります。前回見た、裁量が否定される型に共通する理屈は、何でしたか?何が正しい答えかが、法律の趣旨や事実から、1つに決まるから、だったと思います。行政庁に選ばせる理由がなくて、裁判所が自分で答えを出す。答えが1つに決まる判断は、裁判所が判断代置します。今日はその逆で、答えが1つに決まらない判断を見ます。最初は、政治的な判断です。

設例の事案(アメリカ国籍の外国人が在留期間の更新を申請→法務大臣が「更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるとはいえないとして不許可→取消しを求めた/不許可の理由は在留中の無届の転職と政治活動/外国人の人権の面は憲法の回で扱い済み=今回は裁量を認めた理屈だけ) 図:設例の事案

  • アメリカ国籍の外国人が在留期間の更新を申請→法務大臣が「更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるとはいえないとして不許可→取消しを求めた
  • 不許可の理由は在留中の無届の転職と政治活動
  • 外国人の人権の面は憲法の回で扱い済み=今回は裁量を認めた理屈だけ

マクリーン事件です。アメリカ国籍の外国人が、日本での在留期間の更新を申請しました。法務大臣は、更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるとはいえない、として不許可にしました。理由には、在留中の無届の転職と、政治活動が挙げられました。外国人は、不許可の取消しを求めました。外国人の人権の面は、憲法の回で見ました。今日は、行政法として、なぜこの判断が法務大臣の裁量と読めるのか、だけを見ます。判決当時は出入国管理令という名前でしたが、現在の条文を読みます。

条文出入国管理及び難民認定法21条3項

出入国管理及び難民認定法第21条第3項 前項の規定による申請があつた場合には、法務大臣は、当該外国人が提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる。

注目するのは、相当の理由、という言葉です。何が相当の理由なのかを、この条文は、定めていません。更新の事由が概括的に書かれていて、判断の基準が書かれていないのです。基準が無い以上、裁判所が自分の見方で相当かどうかを判断できそうにも思えます。自然な疑問です。判決は、基準が書かれていないこと自体を、法務大臣に任せる趣旨だと読みました。筋道を4つに分けて見ます。

マクリーンの筋道(①条文=「相当の理由」と概括的に書き判断基準を定めていない→②処分の性質=国内の治安・労働市場・国際情勢・外交関係など諸般の事情を時宜に応じて判断する必要→③だから更新事由の判断を法務大臣の裁量に任せ、その範囲を広汎なものとする趣旨→④結論=要件の判断に裁量があり、裁判所は判断代置しない) 図:マクリーンの筋道

1つ目は、条文の書き方です。相当の理由と、概括的に書いて、判断の基準を、定めていません。2つ目は、処分の性質です。更新を許すかどうかには、国内の治安、労働市場、国際情勢、外交関係など、いろいろな事情を、時宜に応じて考える必要があります。3つ目は、委ねる趣旨です。だから、更新事由の判断を法務大臣の裁量に任せ、その範囲を広いものとする趣旨だと読みます。4つ目が結論で、要件の判断に裁量があるので、裁判所は判断代置しません。判旨を読みます。

判例最大判昭53・10・4 民集32巻7号1223頁

マクリーン事件の判旨 在留期間の更新事由が概括的に規定されその判断基準が特に定められていないのは、更新事由の有無の判断を法務大臣の裁量に任せ、その裁量権の範囲を広汎なものとする趣旨からであると解される。すなわち、法務大臣は、在留期間の更新の許否を決するにあたつては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立つて、申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情をしんしやくし、時宜に応じた的確な判断をしなければならないのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければとうてい適切な結果を期待することができないものと考えられる。 ……法務大臣の裁量権の範囲が広汎なものとされているのは当然のことであつて、所論のように上陸拒否事由又は退去強制事由に準ずる事由に該当しない限り更新申請を不許可にすることは許されないと解すべきものではない。

マクリーン判旨の読み方(概括的=ざっくり書いてある/広汎=範囲が広い/しんしやく=いろいろな事情をくみ取って考える/決め手=国益の見地から責任を負う法務大臣が時宜に応じて諸般の事情を総合する判断→「責任」と「時宜」) 図:マクリーン判旨の読み方

  • 概括的=ざっくり書いてある
  • 広汎=範囲が広い
  • しんしやく=いろいろな事情をくみ取って考える
  • 決め手=国益の見地から責任を負う法務大臣が時宜に応じて諸般の事情を総合する判断→「責任」と「時宜」

難しい言葉を言い換えます。概括的は、ざっくりと書いてある、という意味です。広汎は、範囲が広い、です。しんしやくは、いろいろな事情をくみ取って考える、です。決め手を、私の言葉で言います。この判断は、国益を守る見地から、責任を負う大臣が、時宜に応じて、外交や治安などの諸般の事情を総合して決めるものです。たとえば、同じ無届の転職や政治活動でも、相手の国との関係が張りつめている時期と、落ち着いている時期とでは、更新を認めてよいかの重みが変わりえます。責任を負う者が、その時々の状況で決める判断を、事後に裁判所が、どちらが正しいかを決め直す形には、馴染みません。だから、判断代置が難しいのです。判決の言葉で言えば、責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければ、適切な結果を期待できない、です。

マクリーン判決の答えと外国人側の主張(責任を負う法務大臣に任せる/外国人側の主張〔上陸拒否事由や退去強制事由に準ずる事由がない限り不許可にできない〕は裁量が広いのだから当然に否定→不許可処分は適法・上告棄却) 図:マクリーン判決の答えと外国人側の主張

  • 責任を負う法務大臣に任せる
  • 外国人側の主張〔上陸拒否事由や退去強制事由に準ずる事由がない限り不許可にできない〕は裁量が広いのだから当然に否定→不許可処分は適法・上告棄却

冒頭の問いに答えます。相当の理由があるかどうかを、まず決めるのは、責任を負う法務大臣です。裁判所が、代わりに決めるのではありません。外国人側は、上陸拒否や退去強制の事由に準ずる事由がない限り不許可にできない、と主張しました。判決は、その主張を否定しました。裁量の範囲が広いのは当然で、そうした事由に当たらない限り不許可にできない、と解すべきものではない、と言いました。裁量が広いのだから、法務大臣が不許可にできる場面を、そこまで狭めてはいけない、という理屈です。結論として、不許可処分は適法とされ、上告は棄却されました。

裁量の限界と輪郭(無制限ではない=事実の基礎を欠く/社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らか→違法〔逸脱・濫用の審査・中身は後の回〕/裁量の例=更新を認めるか/すぐ外の例=無届の転職の有無は事実の認定で裁判所が認定) 図:裁量の限界と輪郭

  • 無制限ではない=事実の基礎を欠く/社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らか→違法〔逸脱・濫用の審査・中身は後の回〕
  • 裁量の例=更新を認めるか
  • すぐ外の例=無届の転職の有無は事実の認定で裁判所が認定

法務大臣の判断だからといって、何でも通るわけではありません。裁量があっても、無制限ではありません。判断が、全く事実の基礎を欠くか、社会通念に照らし、著しく妥当性を欠くことが明らかな場合には、違法になります。逸脱や濫用の審査でした。第5章の最初の回で見た、社会観念上著しく妥当を欠く、という物差しと同じ種類です。判決によって、社会通念、社会観念と、言葉が違います。この物差しの中身は、裁量の審査を扱う回で見ます。今は、裁量を認めた上で、審査の入口が残る、とだけ押さえてください。輪郭を、境界の例で確かめます。裁量が認められる判断に当たる例は、更新を認めるかどうか、という判断です。すぐ外の例は、その外国人が、本当に無届で転職したのか、という事実の有無です。これは、証拠で決まる事実の認定ですから、裁判所が自分で認定します。第5章の前半で見たとおり、事実の認定に、裁量は原則としてありません。

政治的裁量に近い例(旅券の発給拒否〔最判昭44・7・11〕=判決は「裁量」の語を使わず審査を「恣意や明白な誤りなどに限られない」と述べた・結論は拒否処分を適法→「政治的裁量の例=この判決」と丸暗記しない/在留特別許可〔最判昭34・11・10〕=与えるかどうかは法務大臣の自由裁量/現行は考慮事項を法律が並べる) 図:政治的裁量に近い例

  • 旅券の発給拒否〔最判昭44・7・11〕=判決は「裁量」の語を使わず審査を「恣意や明白な誤りなどに限られない」と述べた・結論は拒否処分を適法→「政治的裁量の例=この判決」と丸暗記しない
  • 在留特別許可〔最判昭34・11・10〕=与えるかどうかは法務大臣の自由裁量/現行は考慮事項を法律が並べる

条文の形が近い例として、2つ挙げます。1つ目は、旅券の発給拒否の判決です。現在の旅券法は、日本国の利益や公安を、著しく、かつ直接に害する行為をするおそれがあると、外務大臣が認めるに足りる相当の理由がある者には、旅券を出さないことができる、と定めています。国益と外交を見て、責任を負う大臣が、相当の理由を判断する。条文の形が、マクリーンに近いのです。外務大臣の拒否処分が、国家賠償で争われた事件です。結論は、拒否処分を適法としました。注意点があります。この判決は、裁量という言葉を使っていません。裁判所は、処分当時の事情をすべて見た上で、権限が法規の目的に従って適法に使われたかを判断すべきで、審査は、恣意や明白な誤りなどに限られない、と述べました。ですから、政治的裁量を認めた判決、と丸暗記してはいけません。2つ目は、在留特別許可の判決です。在留の特別許可、つまり、本来は退去させられる外国人に、法務大臣が特別に在留を認める許可を、与えるかどうかは、法務大臣の自由裁量に属する、と短く述べました。現在の法律は、裁量を認めたまま、考慮すべき事情を、条文に並べるようになっています。

⭐ 論文で書く規範:解釈(判例):在留期間の更新事由が概括的に規定され、判断基準が定められていないのは、更新の判断を法務大臣の裁量に任せ、その範囲を広いものとする趣旨である。理由は、国益の見地から、責任を負う法務大臣が、時宜に応じて諸般の事情を総合する判断だから(責任と時宜)。上陸拒否事由や退去強制事由に準ずる事由がなければ不許可にできない、とは解されない。ただし、事実の基礎を欠くか、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかなときは違法 (短答・論文共通)

専門技術的裁量①——温泉・バス・タクシー運賃

専門技術的裁量の入口(要件が抽象的・概括的+その判断に専門的な知識経験が要る→行政庁の裁量を認める系統/3つの判決の言葉=温泉掘削許可「専門技術的な判断を基礎とする行政庁の裁量」・バス事業免許と運賃認可「専門技術的な知識経験と公益上の判断を必要とし、ある程度の裁量的要素があることを否定することはできない」) 図:専門技術的裁量の入口

  • 要件が抽象的・概括的+その判断に専門的な知識経験が要る→行政庁の裁量を認める系統
  • 3つの判決の言葉=温泉掘削許可「専門技術的な判断を基礎とする行政庁の裁量」・バス事業免許と運賃認可「専門技術的な知識経験と公益上の判断を必要とし、ある程度の裁量的要素があることを否定することはできない」

次は、専門技術的な裁量です。要件が抽象的で、その判断に、専門的な知識や経験が要る場合に、行政庁の裁量を認める系統です。まず、温泉、バス、タクシー運賃の3つを見ます。判決の言い方を、そのまま持ち帰ってください。

温泉掘削許可の判決(温泉井を持つ人が知事の別人への新規掘削許可の取消しを求めた/判決当時の温泉法=公益を害するおそれ→温泉源の保護・利用の適正化の見地から特に必要がある場合/許可を拒む必要があるかは主として専門技術的な判断を基礎とする行政庁の裁量・違法は裁量権の限界を超える場合に限る) 図:温泉掘削許可の判決

  • 温泉井を持つ人が知事の別人への新規掘削許可の取消しを求めた
  • 判決当時の温泉法=公益を害するおそれ→温泉源の保護・利用の適正化の見地から特に必要がある場合
  • 許可を拒む必要があるかは主として専門技術的な判断を基礎とする行政庁の裁量・違法は裁量権の限界を超える場合に限る

1つ目は、温泉掘削の許可です。すでに温泉井を持つ人が、知事が別の人に出した新しい掘削許可の取消しを求めました。判決当時の温泉法は、公益を害するおそれがある場合には許可しない、と定めていました。判決は、この公益を害するおそれとは、温泉源を保護し、利用の適正化を図る見地から、特に必要があると認められる場合だ、と限定して読みました。その上で、許可を拒む必要があるかの判断は、主として、専門技術的な判断を基礎とする行政庁の裁量により決定されるべきことがらだ、と述べました。裁判所が違法と言えるのは、その判断が、裁量権の限界を超える場合に限られます。

温泉で専門知識が効く理由(専門的な調査がなければ分からない/専門家の間でも見立てが分かれうる/どの見立てを採るかの判断を許可を出す知事に預けている→専門知識が必要なことが判断代置を難しくする) 図:温泉で専門知識が効く理由

  • 専門的な調査がなければ分からない
  • 専門家の間でも見立てが分かれうる
  • どの見立てを採るかの判断を許可を出す知事に預けている→専門知識が必要なことが判断代置を難しくする

温泉が出るかどうか、掘削が周りの温泉源にどう響くかは、専門家でなければ見通せません。地下の温泉源がどう影響を受けるかは、専門的な調査がなければ分かりません。裁判所も、専門家の意見を聞くことはできます。でも、地下のことは、調べた専門家の間でも、見立てが分かれえます。法律は、どの見立てを採るかの判断を、許可を出す知事に預けています。専門知識が必要なことが、判断代置を難しくしています。

バス事業の免許(乗合バス事業免許の却下/基準は極めて抽象的・概括的+専門技術的な知識経験と公益上の判断→ある程度の裁量的要素/免許を公企業の特許と解するかで差は出ない→ラベルより基準の抽象性と判断の専門性) 図:バス事業の免許

  • 乗合バス事業免許の却下
  • 基準は極めて抽象的・概括的+専門技術的な知識経験と公益上の判断→ある程度の裁量的要素
  • 免許を公企業の特許と解するかで差は出ない→ラベルより基準の抽象性と判断の専門性

2つ目は、バス事業の免許です。乗合バスの事業免許の申請が却下された事件です。免許の基準は、極めて抽象的、概括的で、その判断は、行政庁の専門技術的な知識経験と公益上の判断を必要とする。だから、ある程度の裁量的要素があることを否定できない、と判決は述べました。この判決は、もう1つ言っています。免許の性質を、公企業の特許と考えるかどうかで、結論に差が出るものではない、という点です。前回は、警察許可と公企業の特許を、裁量の幅を測る物差しとして使いました。ここでは、特許か警察許可かというラベルより、基準の抽象性と、判断の専門性が、見られています。

タクシー運賃の認可(地方運輸局長が値上げ認可申請を却下・国家賠償請求/判決当時の道路運送法=適正な原価を償い適正な利潤を含むもの〔現在は文言が変わっている〕/基準も抽象的・概括的で専門技術的な知識経験と公益上の判断が要りある程度の裁量的要素) 図:タクシー運賃の認可

  • 地方運輸局長が値上げ認可申請を却下・国家賠償請求
  • 判決当時の道路運送法=適正な原価を償い適正な利潤を含むもの〔現在は文言が変わっている〕
  • 基準も抽象的・概括的で専門技術的な知識経験と公益上の判断が要りある程度の裁量的要素

3つ目は、タクシーの運賃の認可です。地方運輸局長が、運賃の値上げ認可の申請を却下した事件で、国家賠償が請求されました。判決当時の道路運送法は、運賃が、能率的な経営の下における適正な原価を償い、かつ、適正な利潤を含むものであること、という基準を置いていました。現在の条文は、文言が変わっています。判決は、この基準も、抽象的、概括的で、判断に専門技術的な知識経験と公益上の判断が要り、ある程度の裁量的要素を否定できない、と述べました。

3例の比較表(温泉掘削許可:許可を拒む必要があるかの判断→専門技術的な判断を基礎とする行政庁の裁量/バス事業免許:免許基準は極めて抽象的・概括的→専門技術的な知識経験と公益上の判断・ある程度の裁量的要素/タクシー運賃認可:適正な原価と適正な利潤を含むか→同じ言い方/共通=基準が抽象的・概括的/専門的な知識経験が要る/「ある程度の」という控えめな言い方=裁量が「ある」ことの承認) 図:3例の比較表

  • 温泉掘削許可:許可を拒む必要があるかの判断→専門技術的な判断を基礎とする行政庁の裁量
  • バス事業免許:免許基準は極めて抽象的・概括的→専門技術的な知識経験と公益上の判断・ある程度の裁量的要素
  • タクシー運賃認可:適正な原価と適正な利潤を含むか→同じ言い方
  • 共通=基準が抽象的・概括的/専門的な知識経験が要る/「ある程度の」という控えめな言い方=裁量が「ある」ことの承認

3つを並べます。共通点は3つです。基準が抽象的、概括的であること。判断に専門的な知識や経験が要ること。そして、ある程度の、という控えめな言い方をしていることです。この言い方は、裁量が無制限だと言っているのではなく、裁量がある、と承認しているのです。

⭐ 論文で書く規範:解釈(判例):専門技術的裁量は、基準が抽象的・概括的で、その判断に専門技術的な知識経験が要る場合に認められる。温泉掘削許可は「専門技術的な判断を基礎とする行政庁の裁量」、バス事業の免許と運賃の認可は「ある程度の裁量的要素があることを否定することはできない」。バス事業の免許の判決は、免許を公企業の特許と解するかどうかで差が出るものではないとした (短答)

専門技術的裁量②——原子炉設置許可と教科書検定

伊方の事案と判決当時の条文(周辺住民が内閣総理大臣の原子炉設置許可の取消しを求めた/判決当時の規制法24条1項4号=原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質〔使用済燃料を含む。〕、核燃料物質によって汚染された物〔原子核分裂生成物を含む。〕又は原子炉による災害の防止上支障がないものであること/同条2項=許可の際に原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならない) 図:伊方の事案と判決当時の条文

  • 周辺住民が内閣総理大臣の原子炉設置許可の取消しを求めた
  • 判決当時の規制法24条1項4号=原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質〔使用済燃料を含む。〕、核燃料物質によって汚染された物〔原子核分裂生成物を含む。〕又は原子炉による災害の防止上支障がないものであること
  • 同条2項=許可の際に原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならない

専門技術的裁量の代表は、原子炉の設置許可の判決です。以前に触れた、将来の予測を含む判断の、その判決です。周辺の住民が、内閣総理大臣による原子炉の設置許可の取消しを求めました。先に、条文の断りです。この判決の後に、法律が変わりました。今は、許可をするのは原子力規制委員会で、基準の書き方も変わっています。ここでは、判決当時の仕組みで読みます。専門的な判断を、専門家の関与のもとで尊重する、という判決の考え方は、新しい仕組みのもとでも参照されます。判決当時の、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律、略して規制法の、24条1項4号は、原子炉施設の位置、構造及び設備が、核燃料物質、またはそれによって汚染された物、または原子炉による災害の防止上、支障がないものであること、を許可の基準にしていました。災害の防止上、支障がない、という書き方です。同じ条の2項は、許可をするときは、あらかじめ原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならない、と定めていました。

伊方の筋道(①条文=災害の防止上「支障がない」と抽象的/最新の科学技術水準に即して判断する必要があり細かい基準は法律に書けない→②性質=将来の予測を含む多方面の高度な科学的・専門技術的知見に基づく総合的判断→③法が専門家の委員会の意見を尊重して行う行政庁の合理的な判断に委ねる趣旨→④結論=裁判所は判断代置せず行政庁の判断に不合理な点があるかを見る) 図:伊方の筋道

  • ①条文=災害の防止上「支障がない」と抽象的(最新の科学技術水準に即して判断する必要があり細かい基準は法律に書けない)
  • ②性質=将来の予測を含む多方面の高度な科学的・専門技術的知見に基づく総合的判断
  • ③趣旨=法が専門家の委員会の意見を尊重して行う行政庁の合理的な判断に委ねる
  • ④結論=裁判所は判断代置せず行政庁の判断に不合理な点があるかを見る

筋道を4つに分けます。1つ目は条文の書き方で、災害の防止上、支障がない、と、抽象的な書き方です。2つ目は、処分の性質で、将来の予測を含む、多方面にわたる高度な科学的、専門技術的な知識に基づく総合的な判断です。3つ目は、委ねる趣旨で、法律が、専門家の委員会の意見を尊重して行う行政庁の合理的な判断に、委ねている、と読みます。4つ目の結論は、裁判所が自分で判断し直すのではなく、行政庁の判断に不合理な点があるかを見る、という形です。判旨を読みます。

判例最判平4・10・29 民集46巻7号1174頁

伊方原発訴訟の判旨(審査の特質) 右の技術的能力を含めた原子炉施設の安全性に関する審査は、当該原子炉施設そのものの工学的安全性、平常運転時における従業員、周辺住民及び周辺環境への放射線の影響、事故時における周辺地域への影響等を、原子炉設置予定地の地形、地質、気象等の自然的条件、人口分布等の社会的条件及び当該原子炉設置者の右技術的能力との関連において、多角的、総合的見地から検討するものであり、しかも、右審査の対象には、将来の予測に係る事項も含まれているのであって、右審査においては、原子力工学はもとより、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされるものであることが明らかである。

判例最判平4・10・29 民集46巻7号1174頁

伊方原発訴訟の判旨(委員会の意見の尊重) そして、規制法二四条二項が、内閣総理大臣は、原子炉設置の許可をする場合においては、同条一項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号所定の基準の適用について、あらかじめ原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないと定めているのは、右のような原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮し、右各号所定の基準の適合性については、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨と解するのが相当である。

伊方判旨の読み方(前半=審査の特質〔工学的安全性・放射線の影響・事故時の影響を自然的条件・社会的条件と関連づけて多角的・総合的に検討/将来の予測を含む/極めて高度な最新の科学的・専門技術的知見に基づく総合的判断〕/後半=規制法24条2項の意見の尊重=この特質を考慮し専門家を擁する委員会の意見を尊重して行う総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨) 図:伊方判旨の読み方

  • 前半=審査の特質〔工学的安全性・放射線の影響・事故時の影響を自然的条件・社会的条件と関連づけて多角的・総合的に検討/将来の予測を含む/極めて高度な最新の科学的・専門技術的知見に基づく総合的判断〕
  • 後半=規制法24条2項の意見の尊重=この特質を考慮し専門家を擁する委員会の意見を尊重して行う総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨

判旨は、前半が審査の特質、後半が、専門家の委員会の意見を尊重せよ、という法律の仕組みです。判旨の、右、は、前に述べた、という意味です。

伊方の決め手(何十年も先の地震に持ちこたえるかは今ある証拠で決められない/判決は事実認定の裁量という言い方はせず予測を含む総合的判断をまとめて行政庁の合理的な判断に委ねる趣旨と読んだ/軸=専門知識と専門機関の仕組み〔判決当時の法律は専門家の関与を組み込んでいた〕) 図:伊方の決め手

  • 何十年も先の地震に持ちこたえるかは今ある証拠で決められない
  • 判決は事実認定の裁量という言い方はせず予測を含む総合的判断をまとめて行政庁の合理的な判断に委ねる趣旨と読んだ
  • 軸=専門知識と専門機関の仕組み〔判決当時の法律は専門家の関与を組み込んでいた〕

決め手を、私の言葉で言います。たとえば、何十年も先に大きな地震が来たとき、施設が持ちこたえるかは、今ある証拠で、あった、なかった、とは決められません。以前、こういう場面では、事実の認定にも裁量を認めうる、という見解がある、と言いました。判決は、事実の認定に裁量があるか、という言い方はしていません。予測を含む総合的な判断を、まとめて、行政庁の合理的な判断に委ねる趣旨と読みました。そういう予測には、専門的な知識が要るだけでなく、判決当時の法律は、専門家の関与の仕組みを組み込んでいました。その仕組みの上に出た判断を、裁判所が、最初から自分で出し直すのは難しい。軸は、専門知識と、専門機関の仕組みです。

「裁量を認めた判決」と覚えない(判決の文章に「裁量」の語は出ない/判断代置しないという意味で専門技術的裁量を認めたものと読まれる/判決の言葉と整理の言葉を分ける/審査の仕方は裁量の審査の回) 図:「裁量を認めた判決」と覚えない

  • 判決の文章に「裁量」の語は出ない
  • 判断代置しないという意味で専門技術的裁量を認めたものと読まれる
  • 判決の言葉と整理の言葉を分ける
  • 審査の仕方は裁量の審査の回

裁量を認めた判決と覚えるのは、少し危ういのです。ここは大切な注意です。判決の文章に、裁量という言葉は出てきません。判決が述べたのは、行政庁の合理的な判断に委ねる趣旨だ、という点です。裁判所が判断代置をしないという意味で、専門技術的裁量を認めたものと読まれます。判決の言葉と、整理の言葉を、分けて持ってください。前回の、特許や警察許可の言葉が判決に出ない、という注意と同じ型です。審査の仕方の中身、つまり不合理な点があるかをどう見るかは、裁量の審査の回で扱います。今は、判断代置ではなく、不合理な点を見る形になる、という方向だけ持ってください。

教科書検定(最判平5・3・16・最判平9・8・29=いずれも国家賠償請求の事件で判断は「国家賠償法上違法となる」の形〔取消訴訟ではない〕/判決の言葉=内容が学問的に正確か・中立公正か・教科の目標を達成する上で適切か・児童生徒の心身の発達段階に適応しているか、など様々な観点から多角的に行われる学術的、教育的な専門技術的判断→事柄の性質上、文部大臣の合理的な裁量に委ねられる/平5判決は検定の審査基準を直接定めた法律はないとした) 図:教科書検定

  • 最判平5・3・16・最判平9・8・29=いずれも国家賠償請求の事件で判断は「国家賠償法上違法となる」の形〔取消訴訟ではない〕
  • 判決の言葉=内容が学問的に正確か・中立公正か・教科の目標を達成する上で適切か・児童生徒の心身の発達段階に適応しているか、など様々な観点から多角的に行われる学術的、教育的な専門技術的判断→事柄の性質上、文部大臣の合理的な裁量に委ねられる
  • 平5判決は検定の審査基準を直接定めた法律はないとした

もう1つ、専門知識の別の例です。教科書検定です。2つの判決がありますが、どちらも国家賠償請求の事件で、判断も、国家賠償法上違法となるか、という形です。取消訴訟ではありません。古いほうの判決は、検定の審査基準を直接定めた法律は、ない、としています。判決は、検定は、内容が学問的に正確か、中立、公正か、教科の目標を達成する上で適切か、児童や生徒の心身の発達段階に適応しているか、などの様々な観点から、多角的に行われる、学術的、教育的な専門技術的判断だ、と述べました。だから、事柄の性質上、文部大臣の合理的な裁量に委ねられる、としました。たとえば、ある歴史の記述が学界でどこまで確かめられているか、それが小学5年生に分かる書き方か、は教科ごとの専門的な見方で決まり、裁判所が1冊ずつ正誤を決め直すのには向きません。

⭐ 論文で書く規範:解釈(判例):原子炉設置許可の判決は、予測を含む多方面の高度な科学的・専門技術的知見に基づく総合的判断が必要であり、専門家の委員会の意見を尊重して行う行政庁の合理的な判断に委ねる趣旨と解した。判決は「裁量」の語を使わず、判断代置しないという意味で専門技術的裁量を認めたものと読まれる。教科書検定は国家賠償請求の事件で、学術的・教育的な専門技術的判断として、文部大臣の合理的な裁量に委ねられるとした (短答・論文共通)

専門技術的かつ政策的な裁量

専門技術的かつ政策的(専門的な判断に政策的な判断〔将来の方針・財政・利益の調整〕が重なる場面→行政基準の改定・行政計画・権限行使で広い裁量/生活保護基準の改定〔最判平24・2・28〕・都市計画決定〔最判平18・11・2〕・自衛隊機の運航〔最判平28・12・8〕/共通=専門技術性と政策性を同時に指摘して広い裁量を認める) 図:専門技術的かつ政策的

  • 専門的な判断に政策的な判断〔将来の方針・財政・利益の調整〕が重なる場面→行政基準の改定・行政計画・権限行使で広い裁量
  • 生活保護基準の改定〔最判平24・2・28〕・都市計画決定〔最判平18・11・2〕・自衛隊機の運航〔最判平28・12・8〕
  • 共通=専門技術性と政策性を同時に指摘して広い裁量を認める

3つ目の系統です。専門的な判断に、政策的な判断が重なる場面です。政策的な判断とは、将来の方針、財政、いろいろな利益の調整を考えて選ぶ判断のことです。行政基準の改定や、行政計画、権限の行使で、広い裁量が認められます。

生活保護基準の改定(厚生労働大臣が70歳以上の受給者への老齢加算を廃止/最低限度の生活は抽象的かつ相対的な概念・具体化には高度の専門技術的な考察と政策的判断が必要→専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権) 図:生活保護基準の改定

  • 厚生労働大臣が70歳以上の受給者への老齢加算を廃止
  • 最低限度の生活は抽象的かつ相対的な概念・具体化には高度の専門技術的な考察と政策的判断が必要→専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権

1つ目は、生活保護の基準の改定です。厚生労働大臣が、70歳以上の受給者に上乗せしていた老齢加算を、廃止した事件でした。判決は、こう述べました。最低限度の生活は、抽象的かつ相対的な概念で、その具体的な内容は、その時々における経済的、社会的条件、一般的な国民生活の状況などとの相関関係において判断決定されるべきものだ。これを保護基準において具体化するには、高度の専門技術的な考察と、それに基づいた政策的判断が必要だ。だから、厚生労働大臣に、専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められる、としました。

専門的なだけの判断との違い(伊方の予測=問われるのは事実がどうなるか・調べを尽くすほど答えは絞られる/基準額=調べても決まらず財政や他の施策との釣り合いの選択が入る→判断代置をさらに難しくする) 図:専門的なだけの判断との違い

  • 伊方の予測=問われるのは事実がどうなるか・調べを尽くすほど答えは絞られる
  • 基準額=調べても決まらず財政や他の施策との釣り合いの選択が入る→判断代置をさらに難しくする

専門的なだけの判断でも、伊方の予測のように、答えが1つに決まらないことはあります。ただ、それは知識に限りがあるからで、問われているのは、施設が持ちこたえるか、という、事実がどうなるかです。調べを尽くすほど、答えは絞られていきます。でも、最低限度の生活を、いくらの基準額にするかは、どれだけ調べても、それだけでは決まりません。国の財政や、他の施策との釣り合いを見て、どれを選ぶかという選択が入ります。答えが1つに決まらない選択が重なっているのです。ですから、専門知識に加えて、将来の方針の選択という要素が、判断代置をさらに難しくしています。

広い裁量でも違法になる例(生活扶助の基準の改定について同じ裁量権を前提に判断の過程と手続に過誤や欠落があるとして違法/広い裁量でも審査されて違法になることがある/判断過程の審査は裁量の審査の回) 図:広い裁量でも違法になる例

  • 生活扶助の基準の改定について同じ裁量権を前提に判断の過程と手続に過誤や欠落があるとして違法
  • 広い裁量でも審査されて違法になることがある
  • 判断過程の審査は裁量の審査の回

補足です。最近の最高裁は、生活扶助の基準の改定について、この同じ裁量権を前提にしながら、判断の過程と手続に過誤や欠落があるとして、違法としました。広い裁量でも、審査されて違法になることがある、という例です。判断過程の審査は、裁量の審査の回で扱います。

都市計画決定と自衛隊機の運航(小田急線の高架化=政策的・技術的な見地から判断が不可欠→広範な裁量/厚木基地の騒音=高度の政策的・専門技術的な判断→防衛大臣の広範な裁量/生活保護基準=行政基準・都市計画=行政計画・自衛隊機の運航=権限の行使) 図:都市計画決定と自衛隊機の運航

  • 小田急線の高架化=政策的・技術的な見地から判断が不可欠→広範な裁量
  • 厚木基地の騒音=高度の政策的・専門技術的な判断→防衛大臣の広範な裁量
  • 生活保護基準=行政基準・都市計画=行政計画・自衛隊機の運航=権限の行使

2つ目は、都市計画の決定です。小田急線の高架化の事件で、最高裁は、都市施設の規模や配置を定めるには、諸般の事情を総合的に考慮した上で、政策的、技術的な見地から判断することが不可欠だ、と述べました。そうすると、この判断は、決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられている、としました。3つ目は、自衛隊機の運航です。厚木基地の騒音の事件で、最高裁は、自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使は、諸般の事情を総合考慮してなされるべき、高度の政策的、専門技術的な判断を要することが明らかで、防衛大臣の広範な裁量に委ねられている、と述べました。3つとも、専門技術性と政策性を、2つ同時に指摘して、広い裁量を認めています。生活保護基準の改定は、基準を新しく作り変える行政基準、都市計画は行政計画、自衛隊機の運航は権限の行使です。

⭐ 論文で書く規範:解釈(判例):専門技術的な判断に政策的な判断が重なる場面では、広い裁量が認められる。生活保護基準の改定は「専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権」、都市計画決定は行政庁の「広範な裁量」、自衛隊機の運航は防衛大臣の「広範な裁量」。専門技術性と政策性を同時に指摘する点が共通 (短答)

3系統を1枚の表に並べる——書き方への当てはめ

3系統の整理表(軸=何が裁判所の判断代置を難しくするのか/①政治的=マクリーン:責任と時宜〔国益の見地から責任を負う者が時宜に応じて諸般の事情を総合〕・判決の言葉「責任を負う法務大臣の裁量に任せる」/②専門技術的=伊方・温泉・バス・タクシー運賃・教科書検定:専門知識と専門機関の仕組み〔科学・技術・学術の知見が要り法が専門家の関与を組み込む〕・判決の言葉「高度な専門技術的判断/専門家を擁する委員会の意見の尊重」/③専門技術的かつ政策的=生活保護基準・都市計画・自衛隊機の運航:両方+将来の方針・財政・利益の調整〔正解が1つに決まらない選択〕・判決の言葉「高度の専門技術的な考察と政策的判断」/「判断代置が難しい理由」の列は自前の整理で判決の言葉ではない) 図:3系統の整理表

  • 軸=何が裁判所の判断代置を難しくするのか
  • ①政治的=マクリーン:責任と時宜〔国益の見地から責任を負う者が時宜に応じて諸般の事情を総合〕・判決の言葉「責任を負う法務大臣の裁量に任せる」
  • ②専門技術的=伊方・温泉・バス・タクシー運賃・教科書検定:専門知識と専門機関の仕組み〔科学・技術・学術の知見が要り法が専門家の関与を組み込む〕・判決の言葉「高度な専門技術的判断/専門家を擁する委員会の意見の尊重」
  • ③専門技術的かつ政策的=生活保護基準・都市計画・自衛隊機の運航:両方+将来の方針・財政・利益の調整〔正解が1つに決まらない選択〕・判決の言葉「高度の専門技術的な考察と政策的判断」
  • 注意=「判断代置が難しい理由」の列は自前の整理で判決の言葉ではない

3系統を、1枚の表にします。軸は、何が、裁判所の判断代置を難しくするのか、です。政治的な系統は、マクリーンです。判断代置を難しくするのは、責任と時宜です。責任を負う者が、時宜に応じて、諸般の事情を総合して決める判断だからです。専門技術的な系統は、伊方、温泉、バス、タクシー運賃、教科書検定です。難しくするのは、専門知識と、専門機関の仕組みです。科学、技術、学術の知見が要り、伊方の判決当時の法律が専門家の関与を組み込んでいたからです。専門技術的かつ政策的な系統は、生活保護基準、都市計画、自衛隊機の運航です。難しくするのは、その両方に加えて、将来の方針、財政、利益の調整です。答えが1つに決まらない選択だからです。注意が1つあります。この表の、判断代置が難しい理由の列は、私の整理で、判決の言葉ではありません。判決の言葉と整理の言葉を分けて持ってください。

設例ナ・ニ(町の条例2本〔実在の条例ではない仮定〕/ナ=「町長は、地下水の採取が水源の保全上支障がないと認めるときは、許可する」+町の専門委員の意見を聴かなければならない/ニ=町長が物価と財政を踏まえて福祉給付の基準額を改定/A=町の役場・B=申請者) 図:設例ナ・ニ

  • 町の条例2本〔実在の条例ではない仮定〕
  • ナ=「町長は、地下水の採取が水源の保全上支障がないと認めるときは、許可する」+町の専門委員の意見を聴かなければならない
  • ニ=町長が物価と財政を踏まえて福祉給付の基準額を改定
  • A=町の役場・B=申請者

仕分けのクイズです。設例ナとニです。町の条例が2本あるとします。実在の条例ではなく、説明のための仮定です。ナは、町長は、地下水の採取が水源の保全上支障がないと認めるときは、許可する、という条例です。町の専門委員の意見を聴かなければならない、という定めもあります。ニは、町の条例に基づく福祉給付の基準額を、町長が、物価と財政を踏まえて改定する、という場面です。ナとニは、3系統のどれでしょうか。そして、判断代置を難しくしているものは何でしょうか?

ナ・ニの答え合わせ(ナ=専門技術的〔専門知識と専門委員という機関の仕組み〕/ニ=専門技術的かつ政策的〔専門的な分析に財政と将来の方針の選択が重なる〕/誤答=「と認めるとき」と書いてあるから裁量がある) 図:ナ・ニの答え合わせ

  • ナ=専門技術的〔専門知識と専門委員という機関の仕組み〕
  • ニ=専門技術的かつ政策的〔専門的な分析に財政と将来の方針の選択が重なる〕
  • 誤答=「と認めるとき」と書いてあるから裁量がある

ナとニの仕分けを、答え合わせします。ナは、専門技術的な系統で、判断代置を難しくしているのは、専門知識と、専門委員という機関の仕組みです。将来の地下水位の予測を含むからです。ニは、専門技術的かつ政策的な系統で、生活保護基準の改定と同じ形です。難しくしているのは、専門的な分析に、財政と将来の方針の選択が重なることです。誤りの答案も確認します。ナの場合、条文に、と認めるとき、と書いてあるから、裁量がある、と書くのは誤りです。と認めるとき、という書き方だけでは決まりません。

専門的なら必ず裁量があるか(専門的な判断が必要というだけでは言えない/掘削の深さが50メートル以下という条例なら測れば答えが1つに決まり裁判所が自分で判断/裁量があるのは専門的な判断をしても答えが1つに決まらない予測や総合判断のところ) 図:専門的なら必ず裁量があるか

  • 専門的な判断が必要というだけでは言えない
  • 掘削の深さが50メートル以下という条例なら測れば答えが1つに決まり裁判所が自分で判断
  • 裁量があるのは専門的な判断をしても答えが1つに決まらない予測や総合判断のところ

専門的な判断が必要だというだけで、いつでも裁量があるとは言えません。境界の例を出します。ナの条例が、掘削の深さが50メートル以下であること、と書いていたとします。測れば答えが決まります。専門的な測量が要っても、答えが1つに決まるので、裁判所が自分で判断できます。裁量があるのは、専門的な判断をしても答えが1つに決まらない、将来の予測や総合判断のところです。

書き方の当てはめ(文言→性質→委ねる趣旨→結論/マクリーン=①「相当の理由」と概括的②治安・労働市場・外交などを時宜に応じて判断する性質③責任を負う大臣に任せる趣旨④要件の判断に裁量→判断代置しない/伊方=①「災害の防止上支障がない」と抽象的②将来の予測を含む高度な科学的判断③専門家の委員会の意見を尊重して行う判断に委ねる趣旨④判断代置せず不合理な点があるかを見る) 図:書き方の当てはめ

  • 文言→性質→委ねる趣旨→結論
  • マクリーン=①「相当の理由」と概括的②治安・労働市場・外交などを時宜に応じて判断する性質③責任を負う大臣に任せる趣旨④要件の判断に裁量→判断代置しない
  • 伊方=①「災害の防止上支障がない」と抽象的②将来の予測を含む高度な科学的判断③専門家の委員会の意見を尊重して行う判断に委ねる趣旨④判断代置せず不合理な点があるかを見る

最後に、前回の書き方を確かめます。文言、処分の性質、委ねる趣旨、結論の順でした。マクリーンと伊方に当てはめます。マクリーンです。1つ目、条文は、相当の理由、と、概括的に書かれています。2つ目、治安や労働市場や外交などを、時宜に応じて判断する性質があります。3つ目、だから責任を負う大臣に判断を任せる趣旨だと読めます。4つ目、要件の判断に裁量があり、判断代置はしません。伊方です。1つ目、災害の防止上支障がない、と抽象的です。2つ目、将来の予測を含む高度な科学的判断という性質です。3つ目、専門家の委員会の意見を尊重して行う判断に委ねる趣旨です。4つ目、判断代置ではなく、不合理な点があるかを見ます。

悪い書き方と良い書き方(悪い例「専門技術的だから裁量がある」「条文が抽象的だから裁量がある」/良い例「要件が抽象的に書かれているのは、…という性質上、行政庁に判断を任せる趣旨だから」/裁量があっても逸脱・濫用の審査に服する) 図:悪い書き方と良い書き方

  • 悪い例「専門技術的だから裁量がある」「条文が抽象的だから裁量がある」
  • 良い例「要件が抽象的に書かれているのは、…という性質上、行政庁に判断を任せる趣旨だから」
  • 裁量があっても逸脱・濫用の審査に服する

悪い書き方は、専門技術的だから裁量がある、条文が抽象的だから裁量がある、です。文言か分類名で止まっています。良い書き方は、要件が抽象的に書かれているのは、この処分の性質上、行政庁に判断を任せる趣旨だから、です。そして、裁量が認められても、無制限ではありません。行訴法30条の逸脱や濫用の審査に服する、と一言添えます。

⭐ 論文で書く規範:論じ方の骨格:①条文の書き方(要件が抽象的・概括的/判断基準を定めていない)→②処分の性質(政治的判断/専門技術的判断/その複合=何が判断代置を難しくするか)→③①を②に照らして「委ねる趣旨か」→④結論(判断代置でなく、逸脱・濫用の審査)。「専門技術的だから」「抽象的だから」で止めず、「…という性質上、行政庁に判断を任せる趣旨だから」と結ぶ (論文の骨格)

今日の地図(保存版)

今日の整理(要件裁量は今は認められる〔昔は効果裁量説・古い判例にも自由な裁量を否定したものがある〕/政治的=マクリーン〔責任と時宜〕/専門技術的=温泉・バス・タクシー・伊方・教科書検定〔専門知識と専門機関の仕組み〕/専門技術的かつ政策的=生活保護基準・都市計画・自衛隊機〔その両方+将来の選択〕/書き方=文言→性質→委ねる趣旨→結論/裁量があっても逸脱・濫用の審査は残る) 図:今日の整理

  • 要件裁量は今は認められる〔昔は効果裁量説・古い判例にも自由な裁量を否定したものがある〕
  • 政治的=マクリーン〔責任と時宜〕
  • 専門技術的=温泉・バス・タクシー・伊方・教科書検定〔専門知識と専門機関の仕組み〕
  • 専門技術的かつ政策的=生活保護基準・都市計画・自衛隊機〔その両方+将来の選択〕
  • 書き方=文言→性質→委ねる趣旨→結論
  • 裁量があっても逸脱・濫用の審査は残る

まとめます。冒頭の問いに答えます。相当の理由があるかどうかを、まず決めるのは、責任を負う法務大臣で、裁判所が代わりに決めるのではありません。国益の見地から、時宜に応じて、諸般の事情を総合する判断だからです。要件裁量は、今は判例も学説も認めています。かつては、効果裁量説が否定し、古い判例にも、個人の自由の制限を理由に、自由な裁量を否定したものがありました。認める実質的な理由は、政治的判断と専門技術的判断の尊重です。3つの系統を、軸で言い分けます。政治的な裁量は、責任と時宜。専門技術的な裁量は、専門知識と専門機関の仕組み。専門技術的かつ政策的な裁量は、その両方に、将来の方針や財政の選択が重なること。答案では、文言、処分の性質、委ねる趣旨、結論の順に書きます。そして、裁量があっても、逸脱や濫用の審査は残ります。次の回は、要件ではなく、効果の段階の裁量を見ます。

今日の短答の誤り肢(伊方判決は「裁量」の語を用いて原子炉設置許可の要件裁量を認めた〔誤り〕/マクリーン判決は上陸拒否事由や退去強制事由に準ずる事由が無い限り更新の不許可は許されないとした〔誤り〕/教科書検定は法律が審査基準を詳細に定めているので裁量は認められない〔誤り〕/専門技術的な判断が要る処分は裁判所は一切審査できない〔誤り〕/旅券の発給拒否の判決は広い裁量を明言した〔誤り〕) 図:今日の短答の誤り肢

  • 伊方判決は「裁量」の語を用いて原子炉設置許可の要件裁量を認めた〔誤り〕
  • マクリーン判決は上陸拒否事由や退去強制事由に準ずる事由が無い限り更新の不許可は許されないとした〔誤り〕
  • 教科書検定は法律が審査基準を詳細に定めているので裁量は認められない〔誤り〕
  • 専門技術的な判断が要る処分は裁判所は一切審査できない〔誤り〕
  • 旅券の発給拒否の判決は広い裁量を明言した〔誤り〕

最後に、短答の誤り肢です。伊方判決は、裁量という言葉を用いて、原子炉設置許可の要件裁量を認めた、は誤りです。判決は、裁量という言葉を使っていません。行政庁の合理的な判断に委ねる趣旨と述べ、判断代置をしない意味で、専門技術的裁量を認めたものと読まれます。マクリーン判決は、上陸拒否事由や退去強制事由に準ずる事由がない限り、更新の不許可は許されないとした、も誤りです。裁量の範囲が広いのは当然で、そのように解すべきものではない、と判決は述べました。教科書検定は、法律が検定の審査基準を詳細に定めているので、裁量は認められない、も誤りです。古いほうの判決は、検定の審査基準を直接定めた法律はないとした上で、学術的、教育的な専門技術的判断として、文部大臣の合理的な裁量に委ねられるとしました。専門技術的な判断が要る処分は、裁判所は一切審査できない、も誤りです。裁量があっても、逸脱や濫用の審査は残ります。旅券の発給拒否の判決は、広い裁量を明言した、も誤りです。判決は、裁量という言葉を使わず、審査を、恣意や明白な誤りなどに限らないと述べました。

参照条文

  • 出入国管理及び難民認定法21条3項

行政法 全体ロードマップへ →