効果裁量(処分をするか・どの処分を選ぶか)
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第5章 行政裁量 #60/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
免職か戒告か、最後に決めるのは誰か
図:免職にするか、戒告で済ませるか
- 決めるのは上司か裁判所か
- 権限を「使わない」ことは誰かを傷つけうるのか
懲戒処分を、免職にするか戒告にするか。最後に決めるのは誰か。これが今回の問いです。先に答えを言います。決めるのは懲戒をする側で、裁判所が選び直すのではありません。なぜそうなるのかを、1つの判決で確かめます。前回の終わりに、次は効果の段階の裁量を見ます、と言いました。今日がその回です。要件が満たされたあとに、行政庁が、どう動くか。その幅の話です。
図:今日の持ち帰り
- 1 効果裁量の定義と、なぜ任せるのかの筋道
- 2 場面を2つに分けると裁量を狭めるものが違う
- 3 権限を使わないことが問題になる理由と争う場
持ち帰るものは3つです。1つ目は、効果裁量の定義と、判決がなぜ裁量を認めたのかの筋道です。2つ目は、効果裁量を2つの場面に分けると、裁量を狭めるものが違う、ということです。3つ目は、権限を使わないことが、なぜ問題になるのか、そしてそれをどこで争うのか、です。2つ目の答えを、先に言います。どの処分を選ぶかの場面では比例原則が、するかしないかの場面では、権限を与えた法律の趣旨と目的が、裁量の幅を狭めます。何もしないことが誰かを傷つける、というのは、たしかに分かりにくいところです。後半で、その疑問に答えます。まずは、効果裁量とは何かから入ります。
効果裁量とは何か——判断の4段目
図:判断の5段階
- 1事実の認定
- 2要件の解釈と当てはめ=要件裁量
- 3手続の選択
- 4行為の選択=効果裁量
- 5時の選択
- 4段目は「命じるか命じないか」と「どの処分をどの内容に」に割れる
まず、位置を確かめます。行政庁の判断は、5つの段階に分けて見ました。事実の認定、要件の解釈と当てはめ、手続の選択、行為の選択、時の選択です。要件裁量は、2段目、つまり法律の要件にあたるかどうかを決める判断に認められる裁量でした。今日の効果裁量は、4段目の行為の選択に認められる裁量です。定義をします。効果裁量とは、要件が満たされたあとに、処分をするかどうか、するならどの処分にするかを決める判断の幅です。要件裁量と並んで、今は判例も学説も認めています。戒告から免職までのどれを選ぶかという話は、以前にしました。懲戒の種類は、戒告、減給、停職、免職でした。これが、4段目の典型です。文言の手がかりも思い出してください。処分を複数並べて書いてあること、そして、することができる、という書き方でした。ただし、できると書いてあっても、必ず裁量があるとは言えません。決め手は、処分の性質でした。
図:設例ヌ
- 町の職員Dが勤務時間中に町の公用車を私用で使った
- 1年前に戒告を受けていた
- 町長Aが免職を選んだ
- 実在の条例ではない仮定
- 問い1どの処分を選ぶか
- 問い2そもそも懲戒処分をするか
設例ヌで考えます。実在の事例ではなく、説明のための仮定です。町の職員Dが、勤務時間中に、町の公用車を私用で使いました。Dは1年前にも、別のことで戒告を受けていました。町長Aは、Dを免職にしました。ここに、2つの問いが重なっています。1つ目は、懲戒の種類のうち、どれを選ぶか。2つ目は、そもそも懲戒処分をするかどうか。この両方が、効果の段階の判断です。免職を選んだあとに、裁判所が口を出せるのか。そこが今日の中心です。次の節の判決で、答えを確かめます。
懲戒処分の判決——なぜ裁量に任せるのか
図:前に見た書き方
- 裁量を認める理由=文言→処分の性質→委ねる趣旨→結論
- 条文の文言だけでは決まらない
判決に入る前に、1問です。前に、裁量を認める理由を答案に書く書き方を見ました。思い出してください。裁量を認めるとき、条文の文言のほかに見るのは、何でしたか?処分の性質、でした。その性質から、任せる趣旨を読む、という順でした。文言、処分の性質、委ねる趣旨、結論の順です。この書き方を、今から判決に当てはめて確かめます。
図:事案
- 税関職員の組合の幹部らが、上司への抗議行動・勤務時間にくい込む職場集会・人員増加要求のための業務の妨害・超過勤務の拒否などを行い、国家公務員法違反を理由に懲戒免職
- 原審は免職を裁量権の範囲を超え違法とした
- 最高裁は原判決を破棄し免職は裁量権の範囲内
- 争議行為の禁止の憲法判断はここでは扱わない
事案です。税関の職員の労働組合の幹部らが、上司への抗議行動や、勤務時間にくい込む職場集会、業務の妨害、超過勤務の拒否などを行いました。国家公務員法に違反するとして、懲戒免職になり、その取消しなどを求めた事件です。この判決は、神戸税関事件と呼ばれます。原審は、免職は裁量権の範囲を超えていて違法だと判断しました。最高裁は、その判断を破棄して、免職は裁量権の範囲内だとしました。争議行為の禁止が憲法に反しないか、という点は、憲法の回の話です。今日の焦点は、どの処分を選ぶかの判断が、誰にどう任されているか、だけです。
図:判決の筋道
判決の筋道を、4つに分けます。1つ目は文言です。国家公務員法は、懲戒の基準を、具体的に置いているでしょうか。2つ目は性質です。この判断は、どんな材料で決まるでしょうか。3つ目は委ねる趣旨です。そんな判断は、誰でないと適切にできないでしょうか。4つ目が結論です。順に、判旨で確かめます。1つ目から読みます。判旨に出てくる懲戒権者とは、処分を決める権限を持つ人のことです。
判例最判昭52・12・20 民集31巻7号1101頁
税関職員の懲戒免職の判旨(基準が書かれていない) 国公法は、同法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒権者が、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては、公正であるべきこと(七四条一項)を定め、平等取扱いの原則(二七条)及び不利益取扱いの禁止(九八条三項)に違反してはならないことを定めている以外に、具体的な基準を設けていない。
図:国家公務員法74条1項
- すべて職員の分限、懲戒及び保障については、公正でなければならない。
- 判旨の読み方(国公法が定めるのは「公正であること」「平等に扱うこと」「不利益に扱わないこと」だけ→どの処分を選ぶかの具体的な物差しは条文に無い)
国家公務員法は、公正であること、平等に扱うこと、不利益に扱わないことは定めています。ただ、どんな違反に、どの処分を選ぶか、という具体的な物差しは、条文に置いていません。これが、1つ目の文言です。ここが大事なところです。物差しがないことだけでは、任せる理由になりません。続きを読みます。性質と、委ねる趣旨です。
判例最判昭52・12・20 民集31巻7号1101頁
税関職員の懲戒免職の判旨(広い事情の総合) したがつて、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、とうてい適切な結果を期待することができないものといわなければならない。
図:難しい言葉の言い換え
- 懲戒権者=処分を決める権限を持つ人
- 通暁=よく知っている
- 指揮監督の衝にあたる者=部下を指揮し監督する立場の人
- 右=前に述べた
- 決め手=事情が多すぎて点数表にできない→職場を日々見ている人が総合して決める
言葉を言い換えます。通暁は、よく知っている、という意味です。指揮監督の衝にあたる者は、部下を指揮して監督する立場の人です。判旨の、右、は、前に述べた、です。判旨の2つ目は、性質です。行為の原因、動機、態様、結果、影響。さらに、その前後の態度、処分歴、その処分が他の職員や社会に与える影響まで。これだけ広い事情を、総合して決める判断だ、と言っています。3つ目が、委ねる趣旨です。そういう判断は、平素から職場の事情をよく知り、部下を指揮監督している者に任せるのでなければ、適切な結果を期待できない、と言っています。
図:設例ヌの仕分け
- 動機=私用
- 態様=勤務時間中・公用車
- 結果=町民の信頼・費用
- 前後の態度=反省の有無
- 処分歴=1年前の戒告
- 他の職員と社会への影響=公金・公用物の私用への示し
- どの処分を選ぶかを決めるのは町長の側
設例ヌで、判旨の考慮要素を仕分けます。Dの事情のうち、どれが、どの要素にあたるでしょうか。動機は、私用です。態様は、勤務時間中に公用車を使ったことだと思います。処分歴は、1年前の戒告です。付け加えます。結果は、町民の信頼が傷ついたか、費用がかかったか。前後の態度は、発覚した後に反省しているか。他の職員や社会への影響は、公金や公用物を私用に使うことに、どんな示しがつくか、です。同じ公用車の私用でも、1回きりで、すぐに自分から申し出て反省している職員と、繰り返していて、隠そうとした職員とでは、重みが違います。こうした細かい違いを、点数表にはできません。たとえば、面接で人を選ぶ場面を考えてください。合否の点数表を作っても、面接の様子や、その人の前後の様子まで全部は点数にならず、毎日一緒に働く人にしか見えない部分が残ります。それを、あとから記録だけ読んだ人が、言い直すのは難しいのです。これは私の整理で、判旨の言葉ではありません。
判例最判昭52・12・20 民集31巻7号1101頁
税関職員の懲戒免職の判旨(結論) それ故、公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。……裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。
図:結論の読み方
- 前半=懲戒処分を行うかどうかも、どの処分を選ぶかも、懲戒権者の裁量
- 効果の裁量であって要件の裁量ではない
- 後半の審査の仕方は次の節
4つ目の結論です。処分を行うかどうかも、いかなる処分を選ぶかも、懲戒権者の裁量に任されている。これが前半です。後半は、裁判所がどう審査するか、の話です。次の節で読みます。ここで、短答で狙われる点を1つ押さえます。この判決が認めたのは、懲戒事由にあたるかどうか、という要件の裁量ではありません。処分をするかどうか、どの処分を選ぶかという、効果の裁量です。原審は、免職は裁量権の範囲を超える、と考えました。最高裁は、判断の仕方そのものを整理しました。選ぶ権限は懲戒権者にあり、裁判所が自分の考える処分と比べて決めるのではない、という整理です。そのうえで、幹部らの行為の性質や態様、そして幹部らが以前にも勤務時間内の職場集会で、減給や戒告の処分を受けていたことなどに照らして、原審が挙げる事情を考えても、免職が著しく妥当を欠くとまではいえない、と結論づけました。
図:前に読んだ長い文の出どころ
- 以前に読んだ平成24年の判決の「裁量の一般的な枠組み」は、今日の判決を引いて立てられている
- 比例原則の見方は別の回で扱う
もう1つ。比例原則の回で、教員の不起立に対する減給の判決を読みました。あの判決は、まず、懲戒権者は諸般の事情を考えて処分を選ぶ裁量を持ち、社会観念上著しく妥当を欠くときは違法になる、という裁量の一般的な枠組みを述べました。その枠組みは、今日の判決を引いて立てられています。出どころは、ここです。そのうえであの判決は、戒告を超えて減給を選ぶには、それを基礎づける具体的な事情が要る、という条件を足し、減給を違法としました。裁判所が自分で処分を選び直したのではなく、この枠組みの中で、重い処分を選ぶための条件を示したのです。両者をどう読み合わせるかは、第5章の後ろで扱います。
⭐ 論文で書く規範:解釈(判例):懲戒処分をするかどうか、またどの処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されている(効果裁量)。理由は、国公法が具体的な基準を置いておらず、判断が広い事情の総合で決まるため、平素から職場の事情に通じ部下を指揮監督する者でなければ適切な結果を期待できないから (短答・論文共通)
裁判所の審査の仕方——選び直さない
図:審査の仕方
- 裁判所は懲戒権者と同一の立場に立って判断し結果と処分を比べて軽重を論じるのではない=判断代置をしない
- 懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法
- 恣意にわたることを得ない
結論の後半を読み解きます。大事な点は、2つです。1つ目は、裁判所は、懲戒権者と同一の立場に立って、自分ならどの処分にしたかを判断し、その結果と処分を比べて軽重を論じるのではない、ということです。これが、判断代置をしない、という意味です。2つ目は、処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限って、違法になる、ということです。
図:設例ヌで見る審査
- 裁判所が自分なら戒告にしたと思うだけでは免職は取り消せない
- 見るのは町長の選んだ免職が社会の目から見て明らかに行き過ぎか
- 選び直さない理由=職場を日々見る懲戒権者でないと適切にできない・記録だけ読む裁判所が自分の答えに置き換えると任せた意味がなくなる
戒告で十分だった、と裁判所が考えただけでは、取り消せません。設例ヌで言えば、裁判所が、自分ならDを戒告にした、と思うだけでは、免職を取り消せないのです。見るのは、町長の選んだ免職が、社会の目から見て、明らかに行き過ぎかどうか、です。なぜ選び直さないのか。前の節で見たとおり、この判断は、職場を日々見ている懲戒権者でなければ、適切にできないからです。記録だけを読む裁判所が、自分の答えに置き換えてしまえば、任せた意味がなくなります。
図:争う余地が出る場合
- 1回きり・すぐに自分から申し出て反省・処分歴なしの職員をいきなり免職にした場合は明らかに行き過ぎではないかと争う余地
- これに対し設例ヌのDは1年前に戒告を受けていた
とはいえ、1回きりで、すぐに自分から申し出て反省していて、処分歴もない職員を、いきなり免職にした、という場合なら、明らかに行き過ぎではないか、と争う余地が出てきます。
条文行政事件訴訟法30条
行政事件訴訟法第30条 行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。
図:裁量の限界
- 行訴法30条=裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り取り消せる
- 判決も裁量は恣意にわたることを得ないと述べる=恣意=気ままで勝手な判断
- 社会観念上著しく妥当を欠くの物差しの中身は第5章の後ろで扱う
以前に見た行訴法30条の、逸脱と濫用の審査です。裁量があっても、無制限ではありません。判決も、裁量は恣意にわたることを得ない、と述べています。恣意とは、気ままで勝手な判断のことです。ただ、社会観念上著しく妥当を欠く、とは具体的にどういうことか。この物差しの中身は、第5章の後ろで、詳しく見ます。同じ文句が出てくる他の判決との関係や、この文句を比例原則の形として読む話も、そこで扱います。今日は、名前と位置を押さえてください。
図:冒頭の問いの答え
- 懲戒を免職にするか戒告にするか決めるのは懲戒権者
- 裁判所は選び直さず著しく妥当を欠くかだけを見る
冒頭の問いに答えます。免職にするか戒告にするかを、最後に決めるのは、懲戒権者です。裁判所は、自分で選び直しません。著しく妥当を欠くかどうかだけを見ます。
⭐ 論文で書く規範:解釈(判例):裁判所は、懲戒権者と同一の立場に立って、どの処分が相当かを判断し、処分と比較して軽重を論じるのではない。懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法となる (短答・論文共通)
効果裁量の2つの場面——選ぶ場面とするかしない場面
図:2つの場面の比較表
- 選択=どの処分を選ぶか:向き=やりすぎ
- 傷つく人=処分を受ける本人
- 裁量を狭めるもの=比例原則 || 発動=するかしないか:向き=やらなさすぎ〔しないこと=不作為〕
- 傷つく人=権限が守ろうとした第三者
- 裁量を狭めるもの=権限を与えた趣旨・目的
ここで、効果裁量を2つの場面に分けます。1つ目は、どの処分が相当か、という処分内容の選択です。戒告にするか免職にするか。営業停止を何か月にするか、もそうです。2つ目は、相当とされる処分を、実際にするかしないか、という発動です。命じるか、命じないか、の選択です。先に断っておきます。この2つの場面の区別は、講学上の整理、つまり学者が説明のために立てた分け方です。さっきの判決は、処分を行うかどうかと、どの処分を選ぶかを並べて書き、どちらも裁量に任されるとしました。判決が2つに分けて論じたわけではありません。判決の言葉と、整理の言葉は、分けて持ってください。
同じ裁量なのに分けるのは、何が裁量の幅を狭めるのか、が場面で違うからです。表で見ます。
図:選ぶ場面
- 心配=やりすぎ
- 傷つく人=処分を受ける本人
- 狭めるもの=比例原則=目的と手段の釣り合い
- 設例ヌ=Dの違反の重さに比べて免職が重すぎないか
選ぶ場面で心配なのは、やりすぎです。重すぎる処分を受けて傷つくのは、処分を受ける本人です。この場面の幅を狭めるのは、比例原則です。目的と手段の釣り合いを見るルールでした。目的に比べて重すぎる手段は、選べません。設例ヌなら、Dの違反の重さに比べて、免職が重すぎないか、を問います。
図:発動の場面
- 心配=やらなさすぎ〔しないこと=不作為〕
- 傷つく人=その権限が守ろうとしていた人たち
- 狭めるもの=権限を与えた法律の趣旨と目的=誰のために与えた権限か
発動の場面で心配なのは、やらなさすぎです。しないことが問題になります。傷つく人は、処分を受ける本人ではなく、その権限が守ろうとしていた人たちです。幅を狭めるのは、権限を与えた法律の趣旨と目的です。誰のために与えた権限なのか、という点です。
図:設例ヌに戻る
- 免職か戒告か=選択
- そもそも懲戒処分をするか=発動
- 懲戒では事由があるのに何もしないという判断はあまり問題にならない=直接傷つく第三者はふつういない
- だから懲戒では選択が主戦場・発動が主戦場になる場面は次の節
設例ヌに戻ります。免職か戒告かは、選択です。そもそも懲戒処分をするか、は発動です。ただ、懲戒では、事由があるのに何もしない、という判断はあまり問題になりません。懲戒をしなかったからといって、そのせいで直接に傷つく第三者は、ふつうはいないからです。だから、懲戒では選択のほうが主戦場です。次の節では、発動が主戦場になる場面を見ます。
図:1問
- 営業停止を何か月にするか
- 命じるかどうか
- 比例原則が効くのは主に選択の場面
- 発動の場面でも過小な規制の禁止として使う余地はあるが確立した規範とまでは言えない
- 発動では第三者を守る趣旨のほうが強く効く
1問です。営業停止を何か月にするか、と、命じるかどうか。比例原則が効くのは、主にどちらでしょうか?何か月にするか、のほうです。重すぎないかを見るので、選択のほうだと思います。主に選択の場面です。発動の場面でも、比例原則が全く無関係になるわけではありません。比例原則の回で、規制を受ける側ではなく、規制で守られる住民の側から、規制が足りなさすぎないかを問う、過小な規制の禁止として使う余地がある、と見ました。ただし、確立した規範とまでは言えません。ですから、発動の場面では、第三者を守る趣旨のほうが、強く効いてきます。
⭐ 論文で書く規範:整理(講学上):効果裁量は2つの場面に分けられる。処分内容の選択(どの処分か)は、やりすぎが問題で、比例原則が幅を狭める。発動(処分をするかしないか)は、やらなさすぎ=不作為が問題で、権限を与えた趣旨・目的が幅を狭める。判決の言葉ではなく整理の言葉 (短答)
規制権限の発動の裁量——「使わない」ことは誰かを傷つける
図:設例ネ
- 町の条例〔実在の条例ではない仮定〕「町長は、事業者が排水の基準を超える水を流し続けていて、下流の住民の生活環境を害するおそれがあると認めるときは、その事業者に改善を命ずることができる」
- A=町長
- B=事業者
- C=下流の住民
- Cが何度も苦情を伝えたのにAは命令を出さずBは排水を続けた
設例ネで考えます。これも仮定の事例です。町の条例が、こう定めています。町長は、事業者が排水の基準を超える水を流し続けていて、下流の住民の生活環境を害するおそれがあると認めるときは、その事業者に改善を命ずることができる。町長がA、事業者がB、下流の住民がCです。Cは、何度も町に苦情を伝えました。しかしAは、命令を出しませんでした。Bは排水を続けました。命令を出さなかっただけで、違法になることはあるのか。実は昔は、ほとんど問題にされませんでした。1問です。命令を出さなかったことは、なぜ昔は問題にされにくかったのでしょうか。
図:行政便宜主義
- 要件を満たしても権限を使うかどうかは行政の便宜に任される
- 使わないことは規制される側の自由が制限されないこと→自由主義の観点から問題にされなかった
答えは、行政便宜主義という考え方です。行政便宜主義とは、要件を満たしても、権限を使うかどうかは、行政の便宜に任される、という考え方です。条文が、することができる、と書くのは、その表れだと説明されます。理由はこうです。権限を使うのは、規制される側の自由を制限することです。ですから、使わないことは、規制される側の自由を、そのまま守ることになります。設例ネなら、Aが命令を出さないことは、Bの自由が制限されないだけです。自由を守る方向だから、問題にされなかったのです。
図:二面関係から三面関係へ
- 二面=AとBだけを見る:命令を出さない=Bの自由を守っただけ
- 三面=Cを入れる:権限は本来Cを守るために与えられ、Aが使わなければBのCへの被害〔排水〕が止まらない
- A->B 命令する権限
- B->C 排水の被害
- Aは命令を出さない〔板の文字〕
ここで、規制の相手方ではない第三者が、行政と相手方の関係に加わる形を、何と呼んだか、思い出してください。三面関係でした。AとBだけを見る二面関係では、Aが命令を出さないことは、Bの自由を守っただけに見えます。しかし権限は、もともと誰のために与えられたのでしょうか。下流のCの生活環境を守るためです。Aが使わなければ、BからCへの被害は止まりません。権限が守ろうとしていた第三者、つまりCを視野に入れたのが、三面関係の見方です。使わないことが、Cを傷つける。これが、しないことが問題になる理由です。では、使わなかった町長は、いつも違法になるのか。いつもではありません。原則は、使うかどうかに裁量があります。ただ、使わないことが許されない場合がある、という理屈が必要になります。その理屈は、大きく2つあります。
図:乗り越える理屈2つ
- 裁量権収縮論=学説:一定の状況で裁量の幅が狭まりゼロに達すると行使が義務になる
- 裁量権の消極的濫用=最高裁の立場:権限を使わなかったことが法令の趣旨・目的や権限の性質に照らし許される限度を逸脱し著しく合理性を欠くかを問う
1つ目は、裁量権収縮論です。学説の理屈です。一定の状況の下で、裁量の幅が狭まっていき、ゼロに達したときは、権限を行使する義務が生じる、と考えます。使わない自由はあるが、使わなければならない場面がある、という理屈です。2つ目は、最高裁の立場です。裁量権の消極的濫用と呼ばれます。権限を使わなかったことが、その権限を与えた法令の趣旨や目的、権限の性質に照らして、許される限度を逸脱し、著しく合理性を欠くかどうかを問います。つまり、使わなかったという判断そのものを、濫用かどうかで審査するのです。2つの違いは、説明の仕方です。1つ目は、使わないことが違法になるまでに、裁量が縮んだのかを問います。もう1つは、使わないという裁量の行使が、不合理かどうかを問います。注意が1つあります。最高裁は収縮論を採用した、あるいは採用しなかった、と言い切ってはいけません。最高裁の判決の一般論は、収縮という言葉ではなく、著しく合理性を欠くか、という枠組みで語られています。
図:設例ネの当てはめ
- 収縮論=Cの被害が重大・切迫しAが予見でき命令すれば防げたのに裁量が縮んだか
- 最高裁の立場=条例の趣旨〔下流の生活環境の保護〕に照らし命令を出さなかったことが著しく合理性を欠くか
- 結論は断定しない
設例ネに当てはめます。結論は断定しません。見方だけ示します。収縮論なら、Cの被害が重大で切迫していて、Aがそれを予見できて、命令を出せば防げたのに、という状況で、Aの裁量が縮んだのか、を見ます。逆に、苦情が、においが少し気になる、という程度で、Aが排水を調べている最中だった、という状況なら、まだ裁量が縮んだとは言いにくい、という方向になります。最高裁の立場なら、条例の趣旨、つまり下流の生活環境の保護に照らして、Aが命令を出さなかったことが、著しく合理性を欠くか、を見ます。この2つの理屈の中身、つまり何を考慮するか、判断の枠組みがどうなっているか、は、国家賠償の回で詳しく扱います。今日は、考え方の地図までです。
⭐ 論文で書く規範:解釈(考え方の地図):規制権限の発動は、伝統的には行政便宜主義のもとで行政庁の裁量とされ、使わないことは問題にされなかった。しかし権限が守ろうとした第三者を入れた三面関係から、不行使の統制が課題となる。理屈は2つ。学説の裁量権収縮論(裁量の幅が狭まりゼロに達すれば行使義務)/最高裁の立場=権限を使わなかったことが趣旨・目的に照らし著しく合理性を欠くか(裁量権の消極的濫用) (短答・論文共通)
使わないことを争う場——国家賠償と義務付け訴訟
図:争う場の地図
- 損害が出た後=国家賠償請求訴訟
- 損害が出る前=非申請型義務付け訴訟〔申請権が無い場面〕
- 2004年の行政事件訴訟法改正で法定
- どちらでも「権限を使わないことが許されるか」が問われる
最後に、使わないことを、どこで争うかの地図です。損害が出たあとか、出る前か、で分かれます。1つ目は、国家賠償請求訴訟です。これまで、規制権限の不行使は、主にここで争われてきました。損害が出たあとに、権限を使わなかったことが違法だったかを問います。
条文国家賠償法1条1項
国家賠償法第1条第1項 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
図:国家賠償で争う設例ネ
- Cに被害が出たあとでAが命令を出さなかったことの違法を問い賠償を求める
- 命令を出すかどうかはAの裁量→違法になるのは出さない判断が許される限度を超えたとき
- 国賠の違法を問う=使わないことが許されるかを問う
- 著しく合理性を欠くかという最高裁の見方は国賠の場で示されてきた
設例ネなら、Cに被害が出たあとで、Aが命令を出さなかったことの違法を問い、賠償を求める形です。ここで、なぜ裁量の話になるのか。命令を出すかどうかは、もともとAの裁量に委ねられていました。ですから、命令を出さなかったことが違法になるのは、出さないという判断が、許される限度を超えたときです。つまり、国家賠償の違法を問うことは、そのまま、使わないことが許されるか、を問うことになります。さきほどの、著しく合理性を欠くか、という最高裁の見方は、この国家賠償の場で示されてきたものです。
図:非申請型義務付け訴訟
- 2004年の行政事件訴訟法の改正で法定
- 申請型=法令に基づく申請をしたのに応じてもらえないとき=3条6項2号
- 非申請型=申請する立場にない人が起こす=3条6項1号
- 損害が出る前に処分をすべき旨を命じさせる訴え
2つ目は、非申請型義務付け訴訟です。2004年の行政事件訴訟法の改正で、法律に定められました。以前、法令に基づく申請をしたのに応じてもらえないときに使う、申請型の義務付けの訴えを見ました。3条6項の2号でした。今日の非申請型は、1号のほうです。非申請型とは、Cのように、法令に基づく申請をする立場にない人が起こす、という意味です。処分がされないことを、損害が出る前に争って、処分をすべき旨を命じさせる訴えです。
条文行政事件訴訟法3条6項1号
行政事件訴訟法第3条第6項(柱書と第1号) 6 この法律において「義務付けの訴え」とは、次に掲げる場合において、行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟をいう。 一 行政庁が一定の処分をすべきであるにかかわらずこれがされないとき(次号に掲げる場合を除く。)。
図:行政事件訴訟法37条の2第5項の位置
- 本案勝訴要件
- 「その処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らか」または「その処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となる」と認められるとき処分をすべき旨を命ずる判決
- 要件の細部は別の回で扱う
この訴えで、勝つための条件を定めた条文を読みます。
条文行政事件訴訟法37条の2第5項
行政事件訴訟法第37条の2第5項 義務付けの訴えが第一項及び第三項に規定する要件に該当する場合において、その義務付けの訴えに係る処分につき、行政庁がその処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるときは、裁判所は、行政庁がその処分をすべき旨を命ずる判決をする。
まず、条文の初めの、第一項及び第三項の要件とは、訴えを起こすための入口の条件です。1項は、処分がされないことで重大な損害が出るおそれがあり、ほかに避ける適当な方法がないこと。3項は、処分を求めることに法律上の利益を持つ人であることです。注目するのは、裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる、という部分です。使わないことが、裁量の逸脱や濫用になるかどうか。さきほどの不行使の裁量の審査が、この義務付け訴訟の勝訴の条件としても出てくるのです。権限を使わないことが許されるか、という同じ問いを、損害が出たあとに国家賠償で、出る前に義務付け訴訟で、争います。訴えを起こせる条件や、勝訴の条件の細部は、それぞれ別の回で扱います。
⭐ 論文で書く規範:解釈(地図):規制権限の不行使は、損害が出たあとは国家賠償請求訴訟(これまで主流)、出る前は非申請型義務付け訴訟(2004年の改正で法定)で争う。行訴法37条の2第5項に「裁量権の範囲を超え若しくはその濫用」の語が入っており、不行使の裁量審査は義務付け訴訟の要件としても問題になる (短答)
今日の地図(保存版)
図:今日の整理
- 効果裁量=要件が満たされたあとの判断の幅=4段目
- 判決の筋道=文言→性質→委ねる趣旨→結論
- 審査=判断代置をしない・社会観念上著しく妥当を欠くか
- 2場面×狭めるもの〔選択=比例原則/発動=趣旨・目的〕
- 不行使の理屈=裁量権収縮論と消極的濫用
- 争う場=国賠と非申請型義務付け訴訟
まとめます。冒頭の問いに答えます。懲戒処分を免職にするか戒告にするか、最後に決めるのは、懲戒権者です。裁判所は、自分で選び直さず、社会観念上著しく妥当を欠くかどうかだけを見ます。効果裁量とは、要件が満たされたあとに、処分をするか、どの処分にするかを決める判断の幅で、判断の4段目です。判決は、基準が具体的に置かれていないこと、判断が広い事情の総合であること、職場に通じた者でなければ適切に判断できないこと、の順で、裁量を認めました。効果裁量は、2つの場面に分けて整理できます。選ぶ場面では、やりすぎを比例原則が狭めます。するかしないかの場面では、やらなさすぎ、つまり使わないことが、権限が守ろうとした第三者を傷つけうるので、権限の趣旨と目的が幅を狭めます。
図:今日の短答の誤り肢
- 最判は懲戒処分の要件該当性について裁量を認めた〔誤り〕
- 国公法は懲戒処分の基準を詳細に定めているので裁量は認められない〔誤り〕
- 裁判所は懲戒権者と同一の立場に立ってどの処分が相当かを判断し比較して軽重を論ずべきである〔誤り〕
- 要件を満たした場合は行政庁は必ず規制権限を行使しなければならない〔誤り〕
- 規制権限の不行使は国家賠償では争えず義務付け訴訟でしか争えない〔誤り〕
最後に、短答の誤り肢です。懲戒の判決は、懲戒処分の要件への当てはめについて、裁量を認めた、は誤りです。認めたのは、処分をするかどうか、どの処分を選ぶかという、効果の裁量です。国家公務員法は、懲戒処分の基準を詳細に定めているので、懲戒権者の裁量は認められない、も誤りです。判決は、公正であることなどを定める以外に、具体的な基準を設けていない、と述べました。裁判所は、懲戒権者と同一の立場に立って、どの処分が相当かを判断し、処分と比べて軽重を論ずべきである、も誤りです。そのような判断は、すべきものではない、と判決は述べました。要件を満たした場合には、行政庁は必ず規制権限を行使しなければならない、も誤りです。使うかどうかには、原則として裁量があります。ただし、使わないことが許されない場合があります。規制権限の不行使は、国家賠償では争えず、義務付け訴訟でしか争えない、も誤りです。損害が出たあとは国家賠償、出る前は非申請型義務付け訴訟で、争います。
参照条文
- 行政事件訴訟法30条
- 国家賠償法1条1項
- 行政事件訴訟法3条6項1号
- 行政事件訴訟法37条の2第5項