公害防止協定の法的拘束力
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第6章 行政契約・行政指導・行政計画 #72/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
町が工場と交わした四つの約束
図:今日の問い
- D町の染色工場E社と町の協定
- 約束=①排水の濁りを法の基準より厳しく②職員がいつでも立入検査③違反したら違約金④古い第2工場を3年後の年末で閉じる
- 3年後に第2工場は動いている
- 問い=協定に法的拘束力はあるか・誰が止めるのか
今日は、その疑問から始めます。設例は、架空のD町です。D町の川沿いに、染色工場のE社があります。E社は、法律の排水基準を満たしています。排水の届出も済んでいて、法律上は適法に操業しています。それでも町は、川の水質を守るために、E社と協定を結びました。約束は四つです。一つ目、排水の濁りを、法の基準より厳しい値に抑える。二つ目、町の職員が、いつでも工場に立ち入って検査できる。三つ目、違反したら、E社は町に違約金を払う。四つ目、古い第2工場を、協定の日から3年後の年末で閉じる。そして3年後。第2工場は、まだ動いています。法律上は、届出が済んだまま、適法に操業しています。問いは二つです。一つ。この協定に、法的拘束力はあるのか。二つ。あるとして、町は自分で工場を止められるのか。それとも、誰かが止めるのか。四つの約束は、同じ扱いにはなりません。守らせられるものと、そもそも作れないものが、混ざっています。今日は、その仕分けを、一本の筋で通します。その筋は、合意で作れるのは約束まで、権力は作れない、です。この一文を持ち歩いてください。
図:設例の関係図
- A=D町〔協定の相手方・水質を守りたい〕
- B=E社〔染色工場〕
- A⇄B=協定〔合意に基づく線〕
- 法律に基づく排水規制は別の線
関係を整理します。町と事業者を結ぶ線が、二本あります。一本は、法律に基づく排水の規制です。もう一本が、今日の主役の、合意に基づく協定です。法律の線は、ずっと有効なままです。
図:今日の道順
- 1 規制の場面で契約が使われる理由
- 2 紳士協定説と契約説
- 3 産廃処分場の使用期限の判決
- 4 拘束力が認められる条件
- 5 契約で権力は作れない
- 6 守らせ方=民事訴訟と宝塚市の判決
- 7 契約上の債権と当事者訴訟
- 8 まとめ
道順です。まず、規制の場面で、なぜ契約が使われるのか。次に、協定の法的性質をめぐる二つの見方。そこから最高裁の判決を一つ読み、拘束力が認められる条件、契約では作れないもの、と進みます。最後に、守らせる方法と、それとぶつかって見える、もう一つの最高裁の判決との区別を確かめます。
規制の場面で、なぜ契約が使われるのか
図:規制の契約が使われる理由
- 規制は侵害=法律の留保が正面から効く→普通は法律に基づく行政処分
- それでも協定=法律が無い・法定の基準では足りない→合意で補う
- 上乗せ=基準を厳しく
- 横出し=法律が対象にしていない事柄を対象に
- 1970年代から広がった
土台から確かめます。前回までに、調達と給付と規制という、三つの領域を見ました。給付は、契約が積極的に使われる領域でした。今日の規制は、その逆向きです。ここで1問です。では、規制には法律の根拠が要りますか?要ります。規制は私人の自由と財産を侵害する行為で、侵害留保説では、そういう行為に法律の根拠が要るからです。規制は、まさに自由と財産を制約する活動です。ですから、法律の留保が、正面から効きます。給付のように、方式に幅があるわけではありません。規制は、法律に基づく行政処分で行うのが普通で、契約は例外です。
処分でやろうにも、法律が無かったり、足りなかったりするからです。設例のD町で考えます。法律の排水基準は、全国一律の値です。この川は、小さく、水量も少ない。法の基準を守っているだけでは、川の水質が守れないとします。町は、法の基準より厳しい値を、E社に約束してもらいたい。基準を厳しくすることを、上乗せと呼びます。一つ目の約束が、まさに上乗せです。もう一つ、横出しという形もあります。法律が規制の対象にしていない事柄を、協定で対象に加えることです。たとえば、法律が何も言っていない種類の汚れや、小さな工場を、約束の中に入れます。事業者の側にも、利点があります。地域の信頼を得られて、行政との良好な関係を保てます。こうした協定は、公害が社会問題になった1970年代から、多く見られるようになりました。法律の仕組みが整うより前に、現場が先に動いた形です。公害防止協定を、定義しておきます。公害の原因になりうる事業を営む事業者と地方公共団体が、地域の生活環境の悪化を防ぐために交わす取決めです。規制の目的で契約という行為形式を使う、数少ない例です。
⭐ 論文で書く規範:規制は侵害なので法律の留保が効き、普通は処分で行う。それでも法律が無い・足りないとき、協定で上乗せ(基準を厳しく)や横出し(対象を広く)を補う (短答)
紳士協定説と契約説
図:協定の2つの見方
- 紳士協定説=法的効果なし・事実上の効力
- 理由=①合意で自由を制限できるなら法律で縛る趣旨が失われる②縛りを逃れるため契約を使う〔私法への逃避〕③許認可権限を背景に結ばされる
- 契約説=任意の合意なら契約として拘束力あり
- 理由=①守る利益は住民の生命・健康②制約されるのは経済活動の自由の一部③事業者は必ずしも弱い立場でない
- いまの多数説=契約説
設例に戻ります。3年後、町が、約束どおり第2工場を閉じてほしいと言いました。E社は、そんな約束に法的な力はない、と言います。さて、どちらが正しいか。ここに、見方が二つあります。まず、問題の所在です。協定に法的な拘束力があるなら、E社の営業の自由が制約されます。個人の自由を制約するには、法律の根拠が要りました。さきほどの侵害留保です。法律の根拠なく、協定で自由を縛ってよいのか。これが、法律による行政の原理と、ぶつかります。一つ目の見方が、紳士協定説です。協定は、紳士同士の約束にすぎない。法的な効果は無く、事実上の効力にとどまる、とします。理由は三つあります。一つ目。同意さえあれば権利や自由を制限できるなら、法律で行政を縛る意味が失われます。二つ目。行政は、歴史的に、法律の縛りを逃れるために契約という方式を使ってきました。これを、私法への逃避と呼びます。縛りを避けて、私法の世界へ逃げ込む、という意味です。三つ目。許認可の権限を背景にした圧力で、結ばされることがあります。任意という前提が、疑わしいのです。
もう一つの見方が、契約説です。任意の合意なら、契約として拘束力を認める余地がある、とします。理由も三つです。一つ目。守られる利益は、住民の生命や健康という、重大な法益です。二つ目。制約されるのは、経済活動の自由の一部にすぎません。営業を無制限にはできなくなる、という程度です。三つ目。事業者は、必ずしも自治体に対して弱い立場ではありません。事業者が、自分の計算で、合理的に決めて合意したなら、その効力を一概に否定する理由はない。これが、契約説の考え方です。いまの多数説は、こちらの契約説です。ただし、契約説は、無条件ではありません。何でも協定で定められる、ということにはなりません。その限界を、このあと二つ見ます。一つは、拘束力が認められる条件。もう一つは、契約では作れないものです。
⭐ 論文で書く規範:紳士協定説=法的拘束力なし(事実上の効力)。契約説=任意の合意なら契約として拘束力を認める。いまの多数説は契約説だが、無条件ではない (短答・論文共通)
産廃処分場の使用期限を定めた協定の判決
図:事案の流れ
ここで、最高裁の判決を読みます。その前に、1問です。産業廃棄物の処分業の許可を受けた業者は、その事業を続ける義務を負うでしょうか?気持ちは分かります。でも、この判決の核心は、そこを逆に考えるところにあります。まず、事案から、ある業者は、県知事から産業廃棄物の処分業の許可を受けて、ある町の区域内に、最終処分場を設けて使っていました。町と業者は、公害防止協定を結んでいます。内容に、処分場の使用期限があります。期限の日までに限って使う、期限を超えて処分をしてはならない、という約束です。ところが、期限が過ぎても、業者は使い続けました。町は、協定に基づく義務の履行として、使用の差止めを求めて訴えました。のちに、町は合併して、市が地位を引き継いでいます。業者は二つ反論しました。期限は、自由な意思に基づかず、事業を著しく制限するから公序良俗に反する。そして、強行法規の廃棄物処理法に違反する、と、強行法規とは、第1章で見た、違反すると契約が無効になる決まりです。原審の高等裁判所は、町の請求を棄却しました。理由は二つあります。一つ。期限に法的な拘束力を認めれば、許可に期限を付けたり、取消しの時期を決めたりするのと同じことになる。それは知事の専権で、廃棄物処理法の趣旨に沿わない。二つ。許可の本質的な部分にかかわる条項で許可を変えてしまうのは、県の条例が予定している協定の、基本的な性格や目的から外れる。
最高裁は、この原判決を破棄して、高等裁判所へ差し戻しました。裁判官は全員一致です。判旨は、二つの層に分かれます。一つ目は、許可が、事業を続ける義務を課すかどうか。二つ目は、原審の理由で、期限条項の拘束力を否定できるかどうか。順に読みます。
判例最判平21・7・10 判時2058号53頁
許可は事業の継続を義務づけない——廃止の約束は業者自身の自由な判断でできる ……上記の知事の許可が,処分業者に対し,許可が効力を有する限り事業や処理施設の使用を継続すべき義務を課すものではないことは明らかである。……処分業者が,公害防止協定において,協定の相手方に対し,その事業や処理施設を将来廃止する旨を約束することは,処分業者自身の自由な判断で行えることであり,その結果,許可が効力を有する期間内に事業や処理施設が廃止されることがあったとしても,同法に何ら抵触するものではない。
図:判旨の二つの層
- ①許可は事業を続ける義務を課すか→課さない〔廃止は知事への届出で足りる(判決)/許可=してよいという自由の回復(教科書の整理)〕→将来やめる約束は業者の自由な判断でできる
- ②原審の理由で期限条項の拘束力を否定できるか→できない〔期限条項は許可の本質的な部分にかかわらない・条例が予定する協定の性格や目的から外れない〕
順にほどきます。冒頭の問いの答えは、継続する義務は負わない、です。許可は、学説では、こう整理されます。本来は自由な事業を、衛生や環境保全のために制限しておいて、その制限を解いてもらうと、事業をしてよい自由が回復するだけ、と。事業を行え、という義務が生まれるわけではありません。やめる自由も、残っています。判決は、廃棄物処理法には、継続義務を課す条文が無い、と指摘します。むしろ、事業や施設の廃止は、知事への届出で足りる仕組みです。ですから、将来廃止すると協定で約束することは、業者自身の自由な判断でできる。許可の期間の途中で廃止になっても、法に抵触しません。
原審の理由への答えが、二つ目の層です。続きの文を読みます。
判例最判平21・7・10 判時2058号53頁
原審の理由では、期限条項の法的拘束力を否定できない 以上によれば,福間町の地位を承継した上告人と被上告人との間において,原審の判示するような理由によって本件期限条項の法的拘束力を否定することはできないものというべきである。
判決は、期限条項が、許可の本質的な部分にかかわるものではない、と言っています。県の条例が予定する協定の性格や目的から外れるものでもない、とも言っています。知事の専権という原審の理由は、成り立たない、ということです。ここが、最も間違えやすい点です。最高裁は、期限条項は有効で町が勝つ、と最終的な結論まで言ったのではありません。原審が拘束力を否定した理由が、誤りだと判断したのです。そのうえで、残っている争点、つまり、期限条項が公序良俗に違反するかどうかなどを、審理させるために差し戻しました。業者の反論の一つ目が、そこに残っています。法的拘束力を認めた、というのは、法律の趣旨に反するという理由では否定できない、という意味です。
図:差戻しの意味
- 原審が棄却した理由=知事の専権・条例の趣旨→最高裁=その理由は誤り→残る争点=期限条項が公序良俗に違反するか等〔業者の主張〕→差戻審で審理
- 「期限条項は有効」と最高裁が確定させたのではない
- 判決は協定を「契約」とは呼ばず「法的拘束力」と言う
もう一点。判決は、この協定を、契約と呼んでいません。公法上の契約か私法上の契約かも、言っていません。法的拘束力がある、と言うだけです。ですから、判決が契約説を採った、とまでは言えません。契約説と矛盾しない結論、と押さえてください。整理すると、一文です。許可は、してよい、という自由の回復であって、せよ、という義務ではないから、やめる約束は自由にできる、です。設例のE社も、同じ形です。法律上の手続が済んでも、それは工場を動かしてよい、というだけで、動かし続けよ、という義務は生まれません。ですから、古い第2工場を閉じる約束も、E社の自由な判断でできます。
境界を確かめます。拘束力を認められる例は、この処分場です。許可に継続の義務が無いので、将来やめる約束は、法に反しません。反対に、法律が事業を義務づける性格のものなら、勝手にやめる約束の拘束力は疑われる、と学説は整理します。例は公益事業の特許です。許可か、義務を課す特許か。ここが分かれ目です。なお、許可か特許かで分けるのは学説の整理で、判決自身はこの言葉を使っていません。
⭐ 論文で書く規範:判例の規範:許可を受けた業者が、事業や施設を将来廃止すると協定で約束することは、許可が事業の継続を義務づけていない以上、自由な判断でできる。原審の理由では期限条項の拘束力を否定できず、公序良俗違反かなどは差戻審で審理する (短答・論文共通)
拘束力が認められる条件
図:拘束力の条件チェックリスト
- 学説の整理=判例の要件ではない
- ①義務の内容が具体的に特定されている〔期限の日付・濁りの数値=特定/「環境に配慮する」=特定されない〕②任意の合意〔詐欺・強迫・許認可権限を背景にした圧力は疑わしい/行手法34条に反する指導で結ばされた場合も→詐欺強迫の取消し〔96条〕〕③法令の趣旨・比例原則・平等原則に反しない→民法の公序良俗〔90条〕・強行法規〔91条〕で判断
先ほどの判決で、差戻審に残った争点がありました。公序良俗に違反するかどうか、です。その前に、1問です。契約が公序良俗に反するとき、民法はどう扱うのでしたか? 第1章で見ています。条文を読みます。
条文民法90条
民法第90条 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
協定に拘束力があるかどうかは、この民法の無効や取消しの枠で判断されます。判断の観点は、三つに整理されます。なぜ三つか。協定を契約と見る以上、契約が有効かどうかの物差しを当てるからです。何を約束したかがはっきりしているか。本心から合意したか。中身が法に反しないか。契約を、内容と意思と適法さの三方向から確かめる形です。ただし、これは学説の整理です。判決が掲げた要件ではありません。一つ目。義務の内容が、具体的に特定されていること。期限の日付や、濁りの数値は特定されています。環境に配慮する、のような書き方は、特定されていません。何を守ればよいのか分からない約束を、強制するわけにはいきません。二つ目。任意の合意であること。詐欺や強迫で結ばされたなら、民法96条で取り消せます。もう一つ、許認可の権限を背景にした圧力で結ばされた場合も、任意性が疑われます。行政手続法34条は、許認可の権限を持つ行政機関が、権限を行使できると示して、相手に指導に従わせてはならない、と定めています。これに反する指導で結ばされた協定は、任意とは言いにくいのです。この論点は、別の回で扱います。三つ目。その義務を定める法令の趣旨や、比例原則、平等原則などの一般原則に反しないこと。法律に反する約束は、民法91条の強行法規違反、あるいは90条の公序良俗違反で、無効になりえます。ただ、第1章で見たとおり、法律に反すれば必ず無効、ではありません。取締規定、つまり、営業する人に決まりを守らせるための規定に反するだけなら有効が原則で、そのうえで公序良俗の網がかかる、という順でした。
設例に当てはめます。一つ目の約束の濁りの数値は、特定されています。四つ目の、閉じる期限の日も、特定されています。三つ目の観点も当てます。止めるのは古い第2工場だけで、閉じるまでの猶予もあります。川を守る目的に比べて、事業を縛りすぎとは言いにくいでしょう。産廃処分場の業者が、事業を著しく制限すると争ったのも、この三つ目の観点です。残るのは任意性です。町が、E社の届出を受け付けないなどの圧力で、結ばせていないか。ここが、審理の焦点です。拘束力ありは、何でも定められる、という意味ではありません。そこが、つまずきどころです。次に、その線を引きます。
⭐ 論文で書く規範:協定の拘束力は、民法の無効・取消しの枠で判断される。学説の整理では、①内容が具体的に特定されている②任意の合意である③法令の趣旨や一般原則に反しない、の三つの観点。判例の要件ではない (論文の骨格)
契約で権力は作れない
図:協定では作れないもの
- 立入検査〔強制的な調査〕
- 代執行・直接強制〔義務履行確保の手段〕
- 罰則〔刑罰〕→根拠=法律による行政の原理・行政代執行法1条・憲法31条
- 残るのは民事の方法=履行強制・損害賠償
契約説の限界線です。先に1問です。協定に、いつでも立ち入って検査できる、違反したら違約金を払う、と書きました。この二つは有効だと思いますか? 理由も考えてください。立入検査の約束は、そのままでは有効とは言えません。強制的な検査としては、使えません。違約金も、刑罰としての罰則には、使えません。合意があっても、権力そのものは、契約では作れないのです。三つに分けます。一つ目。職員の立入検査権です。相手の意思に反しても入れる、強制的な行政調査は、自由や財産への侵害です。侵害留保説によれば、法律の根拠が要ります。事前に事業者の同意をもらっても、法律の根拠の代わりにはなりません。法律による行政の原理です。たとえるなら、友人に、私の家に、いつでも入っていいよと言われた場合です。友人は、その人の許しを得て入れます。でも、それは、その友人との間の約束です。警察の捜索のように、嫌がる家に踏み込む権限は、約束では生まれません。町の職員が、嫌がるE社の工場に、強制的に入れる権限は、法律でしか作れません。二つ目。代執行や直接強制のような、義務履行確保の手段です。直接強制とは、第2章の執行機関の回でも見た、義務を守らない人の体や物に、直接、力を加えることです。条文を読みます。
条文行政代執行法1条
行政代執行法第1条 行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、この法律の定めるところによる。
行政上の義務を、行政が強制して実現する手段は、法律で定めます。協定の中で、別の手段を作ることはできません。三つ目。罰則です。憲法31条を読みます。
条文憲法31条
日本国憲法第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
刑罰は、法律の定める手続でなければ科せられません。罪刑法定主義です。合意があっても、契約で罰則は設けられません。設例に当てはめます。二つ目の約束、いつでも立ち入って検査できる、は、強制的な調査としては無効で、使えません。三つ目の約束も注意が要ります。違約金は、刑罰としての罰則ではありません。罰金のように見えても、刑罰として科すことはできないのです。ただし、違約金を、損害賠償額の予定、つまり、約束を破ったら払う額を前もって決めておく約束として、民事の約束と見るなら、別の話です。民法420条3項は、違約金を賠償額の予定と推定します。その効力は、民法の枠で判断されます。違約金と罰則を、混ぜないでください。
⭐ 論文で書く規範:合意があっても権力そのものは契約で作れない。立入検査・代執行・直接強制・罰則は協定では定められない。協定の実効性は、民事の方法(履行強制・損害賠償)でしか担保されない (短答・論文共通)
守らせ方——民事訴訟と、宝塚市の判決との区別
図:守らせ方の整理
- 代執行等の行政上の強制執行は協定では使えない→裁判所に民事訴訟を起こす〔司法的執行〕
- 履行を求める〔使用の差止めなど〕・履行の強制〔民法414条〕・損害賠償〔民法415条〕
- 設例④=町が民事訴訟で第2工場の使用の差止めを求める
ここが、今日の山場です。代執行は使えない。それなら、町はどうやって守らせるのか。裁判所に民事訴訟を起こします。司法的執行と呼びます。設例の四つ目の約束で考えます。3年後の年末になっても、第2工場が動いている。町は、協定に基づいて、第2工場の使用の差止めを求める訴えを、裁判所に起こします。手がかりは民法の二つの条文です。414条は、約束を守らない相手に、裁判所を通して約束どおりの状態を実現させる、履行の強制。415条は、約束違反で生じた損害を償わせる、損害賠償です。町が自分で工場を止めるのではなく、裁判所に判断してもらうのです。
そこで、ぶつかる最高裁の判決があります。宝塚市のパチンコ店の事件です。事案から見ます。宝塚市の条例に基づいて、市長がパチンコ店の建築工事の中止命令を出しました。業者が従わないので、市が、工事を続けてはならないという裁判を求めました。一審は訴えを適法として請求を棄却し、原審は控訴を棄却しました。最高裁は、原判決を破棄し、一審判決を取り消して、訴えを却下しました。棄却は、中身を審理したうえで請求を退けること。却下は、中身に入らずに門前で退けることです。裁判官は全員一致です。鍵になる言葉は、法律上の争訟です。権利や義務をめぐる争いで、法令を当てはめて、裁判所が最終的に解決できるもののことです。核になる一文を読みます。
判例最判平14・7・9 民集56巻6号1134頁
専ら行政権の主体として行政上の義務の履行を求める訴訟は、法律上の争訟に当たらない 国又は地方公共団体が提起した訴訟であって,財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には,法律上の争訟に当たるというべきであるが,国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は,法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって,自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから,法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく,法律に特別の規定がある場合に限り,提起することが許されるものと解される。
順に読みます。国や地方公共団体が訴える場合、二つに分かれます。財産権の主体として、自分の財産上の権利利益を守るために訴えるなら、法律上の争訟です。専ら行政権の主体として、国民に行政上の義務の履行を求めるなら、法律上の争訟ではありません。法規の適用の適正や、一般公益の保護が目的だからです。事案では、本件の訴えは条例に基づく行政上の義務の履行を求めるものだった、と判断されました。その義務が市の財産的権利に由来する、という事情も認められません。だから、不適法だという結論です。この判決の組立ては、行政代執行法1条との関係も含めて、別の回で扱います。今日は、一文の骨格だけを持ち帰ってください。
そこで、分けるのは、何に基づく義務か、です。表にします。
図:比較表
- 行=宝塚市の判決
- 協定の履行請求 ‖ 義務の根拠=条例に基づく中止命令〔行政上の義務〕
- 協定〔契約に基づく義務〕‖ 市町の立場=専ら行政権の主体として
- 契約の当事者として自己の契約上の権利を主張 ‖ 求める中身=工事の続行禁止
- 使用の差止め ‖ 訴えの扱い=法律上の争訟でなく却下
- 産廃処分場の判決では訴えの適否は争点にならず、最高裁は拘束力を否定した理由を誤りとして差し戻した
左が、宝塚市の判決です。義務の根拠は、条例に基づく中止命令。つまり、行政上の義務です。市は、専ら行政権の主体として、工事の続行を禁じるよう求めました。結論は、法律上の争訟でなく、却下です。右が、協定の履行請求です。義務の根拠は、協定という、契約に基づく義務です。町は、行政権の主体としてではなく、契約の当事者として、自分の契約上の権利を主張しています。求める中身は、第2工場の使用の差止めです。協定上の義務は契約に基づく義務なので、宝塚市の判決の射程は及ばない、と整理されます。判決は、協定には触れていません。一方、産廃処分場の判決は、法律上の争訟かどうかを論点に取り上げていません。訴えを却下することなく、期限条項の拘束力を判断して、差し戻しました。この点を、判決は明言していません。ただ、射程外という整理と、矛盾しないと読まれています。つまずきどころを、はっきり書きます。宝塚市の判決を、自治体は裁判所に訴えられない、と覚えてはいけません。それでは、協定の履行請求と矛盾して見えます。訴えが認められるかどうかは、何に基づく義務を求めているかで分かれます。
⭐ 論文で書く規範:協定の履行は民事訴訟で求める(司法的執行)。宝塚市の判決とは、行政上の義務か契約に基づく義務かで区別され、協定上の義務は射程外と整理される。自治体は訴えられない、と覚えない (論文の骨格)
契約上の債権の扱いと、当事者訴訟
図:契約上の債権
- 行政契約上の義務の履行は民事訴訟によることが多い
- 水道供給契約は私法上の契約・水道料金債権は私法上の債権→地方自治法236条1項でなく民法で消滅時効を考える〔最決平15・10・10〕
- 契約が公法関係と見られるなら公法上の当事者訴訟〔行訴法4条後段〕もありうる
最後に、契約上の債権の扱いです。その前に、1問です。第1章で、会計法や自治法の5年の時効が働く債権は、どんな債権でしたか?行政上の便宜を考えて、早く決済する必要がある金銭債権です。ラベルではなく、個別に決めるのでした。この道具を、前回見た水道の給水契約に当てます。水道料金の時効が、最高裁の決定で争われました。地方公共団体を一方の当事者とする水道供給契約は、私法上の契約。水道料金債権は、私法上の債権と整理されました。行政の便宜のために特に早く決済させる債権ではない、という側に入ります。だから、自治法236条1項は公法上の債権を前提にした規定なので水道料金には当たらず、民法で消滅時効を考えた。この原審の判断を、最高裁は是認しました。決定の結論は、いまも変わりません。会計法や自治法ではなく、民法による、です。変わったのは、民法側の年数です。いまの民法で書くなら、166条1項で、知った時から5年、権利を行使できる時から10年です。当時の年数を、答案に書き写してはいけません。一言添えます。民法の、知った時からの5年は、いまの自治法の5年と並びます。ただし、民法には、行使できる時から10年もあります。それに、民法なら、時効の援用、つまり、時効で消えたと主張することが要ります。自治法236条2項は、援用が要りません。どちらの法で考えるかは、いまも答案を分けます。契約上の義務の履行は、司法的執行が認められ、民事訴訟によることが多いのでした。その契約が、私人どうしの売り買いとは違う、行政に特有のルールで規律される関係、つまり公法関係と見られるなら、公法上の当事者訴訟も考えられます。行政と相手方のあいだの権利や義務そのものを、裁判所に確かめてもらう訴えです。指名回避の回で、競争に参加する地位の確認として見た、行政事件訴訟法4条後段の訴えです。最高裁は、産廃処分場の判決で、契約の法的性質に言及していません。ここは、断定しないでください。当事者訴訟の本体は、別の回で扱います。
⭐ 論文で書く規範:行政契約上の義務の履行は民事訴訟によることが多い。水道料金債権は私法上の債権で、消滅時効は自治法でなく民法による。契約が公法関係と見られるなら公法上の当事者訴訟もありうる (短答)
今日の地図(保存版)
図:今日の地図
冒頭の問いに答えます。協定に法的拘束力はあるか。いまの多数説は、任意の合意なら、契約としての拘束力を認めます。最高裁も、許可が継続を義務づけていない以上、廃止の約束を、法律の趣旨に反するという理由では否定できない、としました。町は、自分で止められるか。止められません。立入検査も、代執行も、罰則も、協定では作れないからです。守らせるのは、裁判所です。民事訴訟で、第2工場の使用の差止めを求めます。宝塚市の判決とは、行政上の義務か、契約に基づく義務かで、区別されます。合意で作れるのは約束まで。権力は作れない、でした。
図:今日の短答の誤り肢
- 公害防止協定は法律の根拠が無いので紳士協定にとどまるのが多数説〔誤り〕
- 許可は継続義務を課すので使用期限の協定は法の趣旨に反する〔誤り〕
- 最高裁は期限条項を有効として町の請求を最終的に認容〔誤り〕
- 合意すれば立入検査権や罰則を協定で定められる〔誤り〕
- 協定違反は行政代執行法の代執行で是正できる〔誤り〕
- 宝塚市の判決があるので協定の履行を求める民事訴訟は許されない〔誤り〕
- 水道料金債権の消滅時効は民法による〔正しい〕
最後に、短答の肢を七つ。一つ目。公害防止協定は、法律の根拠が無いので、法的効力のない紳士協定にとどまる、というのが、いまの多数説である。誤りです。多数説は、任意の合意なら、契約としての拘束力を認めます。二つ目。産業廃棄物処分業の許可は、事業の継続義務を課すので、使用期限を協定で定めることは、廃棄物処理法の趣旨に反する。誤りです。許可は継続義務を課すものではなく、廃止を約束するのは自由な判断で、法に抵触しません。三つ目。最高裁は、期限条項は有効であるとして、町の請求を最終的に認めた。誤りです。原審が拘束力を否定した理由を誤りとして、破棄差戻しにしました。公序良俗違反かどうかは、差戻審の審理です。四つ目。事業者が合意すれば、協定で、職員の立入検査権や罰則を定めることができる。誤りです。法律による行政の原理と憲法31条により、合意で権力は作れません。五つ目。協定違反は、行政代執行法に基づく代執行で是正させることができる。誤りです。義務履行確保は法律で定めるもので、協定では代執行を定められません。六つ目。宝塚市の判決があるので、自治体が協定上の義務の履行を求めて民事訴訟を起こすことは、法律上の争訟に当たらず許されない。誤りです。協定上の義務は契約に基づく義務で、行政上の義務を専ら行政権の主体として求める事案とは区別されます。七つ目。水道供給契約は私法上の契約、水道料金債権は私法上の債権とされ、消滅時効は民法による。これは正しいです。年数は、現行の166条1項で書きます。
参照条文
- 民法90条
- 行政代執行法1条
- 憲法31条