罪刑法定主義(前編)
問い:何が犯罪でどんな刑を科すかは、いつ・何で・誰が決めておかなければならないか。決めた法律は、どこまで遡り、どこまで広げて使えるか。
骨組み
- 1意義:何が犯罪で、どんな刑罰が科されるかを、あらかじめ・成文の法律で定めておく原則。罪刑法定主義は犯人の利益のための原理
- 2憲法の根拠:(土台)/前段前半(実行の時に適法であつた行為=遡及処罰の禁止)/ただし書(政令の罰則は法律の委任がある場合だけ)
- 3①成文法主義と慣習:慣習を処罰の直接の根拠にはできない(例外なし)/条文の言葉を解釈する材料にするのは別の話
- 4①条例の罰則(判例・昭37):法律の授権は白紙委任的ではいけない。条例は法律に類する自治立法なので、授権が相当な程度に具体的で限定されていれば足りる
- 5②遡及処罰の禁止:犯罪と刑を犯人に不利益に変える遡及の禁止=行為の後の法律で、行為時に適法だった行為を罰することも、刑を重くすることもできない
- 6②有利な遡及は許される(犯人の利益のための原理):=刑が変更されたら「その軽いものによる」(必ず軽い方)
- 7②公訴時効の廃止・延長(判例・平27):遡って適用しても・に違反しない。理由は2つ=違法性の評価や責任の重さを変えない/施行の際時効が完成していない罪だけに適用
- 8③類推解釈の禁止:不利益な類推=禁止/有利な類推=許される/不利益でも拡張解釈=許されるとされる(類推と拡張の区別はあいまい)
- 9③ガソリンカー事件(判例・大判昭15・8・22):の「汽車」にガソリンカーを含めた
色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文が出ます。②有利な遡及と③有利な類推は、同じ1つの理由(犯人の利益のための原理)で許される=2つをまとめて覚える。
1意義:あらかじめ・成文の法律で学説
- 定義:何が犯罪で、どんな刑罰が科されるかを、あらかじめ成文の法律で定めておかなければならない、という刑法の基本原則。
- 内容は3つ:①罪刑の法定(成文法主義)・②遡及処罰の禁止・③類推解釈の禁止。
- 定義の言葉との対応:「成文の法律で」→ ①(書かれた法律で定める=慣習は根拠にならない)/「あらかじめ」→ ②(行為の前に定める)。
- ③は定義の特定の言葉からではなく、罪刑法定主義の趣旨から出る:書かれていない行為は自由だと保障する原則なので、犯人に不利益な類推解釈を許すと、その趣旨を没却する。
- 「成文」は書かれた法律という意味。規定の中身が明確かどうかは、「成文」の問題ではなく、別の原則(明確性の原則)の問題。
- 「法律で」は、何が犯罪かを国民の代表である国会が決めるという意味(民主的正統性)。→ ①は「書かれていること」と「国会が作った法律であること」の両方を含む。政令・条例は法律そのものではないので、法律の委任・授権がある場合に限って罰則を置ける(項目2・4)。
- 罪刑法定主義は犯人の利益のための原理 → 犯人に有利な方向の遡及(項目6)・類推(項目8)は許される。
- 国家をここまで縛る理由は2つと説明される:①自由保障機能の制度化=あらかじめ書かれていない行為は自由だと保障される。②民主的正統性=何が犯罪かを決めるのは国民の代表(国会)。
「公共の秩序に反する行為をした者は、これを罰する」という条文しかない国では、夜の公園で歌った人が罰せられるかどうかは、来た警察官しだい=歌う前に予測できない。
- 「定義の『成文の』には、規定の中身が明確であることも含まれる」(中身の明確さは明確性の原則という別の原則の問題)
- 「罪刑法定主義は、犯人に有利な方向の遡及や類推も禁止する」(犯人の利益のための原理=有利な方向は許される)
2憲法の根拠:・前段前半・ただし書条文
- :何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。→ 罪刑法定主義の一番大きな土台(デュープロセス=適正手続を要求する条文)。文言は「手続」だが、手続だけでなく内容の面でも罪刑法定主義の根拠になると説明される。判例(最大判昭37・5・30)も、刑罰をすべて法律そのもので定めるべきかをの問題として判断した(項目4)。
- 前段:何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。→ 遡及処罰の禁止は前段前半(「実行の時に適法であつた行為」)。前段後半(「既に無罪とされた行為」)は、同じ事件を蒸し返さないという別の原則。
- :この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。→ 政令=内閣が制定する命令。
| 条文 | 罪刑法定主義との関係 |
|---|---|
| 土台(適正手続を要求する条文。手続だけでなく内容の面でも根拠になるとされる) | |
| 前段前半 | ②遡及処罰の禁止を明示 |
| ただし書 | 政令に罰則を置けるのは、法律の委任がある場合だけ |
- 「前段の『既に無罪とされた行為』は、遡及処罰の禁止を定めたものである」(遡及処罰の禁止は前段前半)
- 「政令には、法律の委任がなくても罰則を設けることができる」
3①成文法主義:慣習は処罰の直接の根拠にならない学説
- 慣習は、誰がいつ何を決めたのかが不明確で、文章にもなっておらず、国会も通っていない → 「成文の法律」でない。
- 慣習を処罰の直接の根拠にすることは許されない(ここに例外はない)。
- これと区別:条文にすでにある言葉の意味を確かめる材料として慣習を使うのは、慣習を処罰の根拠にすることとは別の話。
- ①には、犯罪だけでなく刑罰(どんな刑を科すか)もあらかじめ成文の法律で定めておく、という縛りも含まれる。
| 慣習の使い方 | 扱い |
|---|---|
| 処罰の直接の根拠にする | 許されない |
| 条文の言葉の解釈の材料にする | 別の話(解釈の材料になりうる) |
ある村で昔から「祭りの夜に神木の枝を折った者は罰する」とされてきても、それを定めた法律が無ければ処罰できない。
は「水利の妨害」となるべき行為を罰する。誰がその水を使う権利を持つかを、その土地の水の使用慣行を手がかりに確かめるのは、慣習を処罰の根拠にすることとは別=条文の言葉の解釈の材料になりうる。
出題犯罪と刑罰を定める「法律」には、法律の委任を受けた政令、条例及び慣習法が含まれる(×)
- 「犯罪と刑罰を定める『法律』には、法律の委任を受けた政令・条例のほか、慣習法も含まれる」(委任・授権のある政令・条例は罰則を置けるが、慣習は処罰の直接の根拠にならない)
- 「慣習を処罰の根拠とすることも、一切許されないとまでは言い切れない」(直接の根拠にするのは許されない。解釈の材料にするのは別の話)
- 「条文の言葉を解釈する際に慣習を参考にすることも、罪刑法定主義に反する」
4①条例の罰則(最大判昭37・5・30)判例
- 事案:大阪市の条例が、売春の目的で街路などで他人につきまとい又は誘う行為に罰則(罰金又は拘留)を置いた。地方自治法の罰則の授権が不特定・抽象的でに反する、と争われた。
- 憲法三一条はかならずしも刑罰がすべて法律そのもので定められなければならないとするものでなく、法律の授権によつてそれ以下の法令によつて定めることもできると解すべきで、このことは憲法七三条六号但書によつても明らかである。
ただ、法律の授権が不特定な一般的の白紙委任的なものであつてはならないことは、いうまでもない。 - 条例は、法律以下の法令といつても、
…公選の議員をもつて組織する地方公共団体の議会の議決を経て制定される自治立法であつて、行政府の制定する命令等とは性質を異にし、むしろ国民の公選した議員をもつて組織する国会の議決を経て制定される法律に類するものであるから、条例によつて刑罰を定める場合には、法律の授権が相当な程度に具体的であり、限定されておればたりると解するのが正当である。 - 「白紙委任的」=判決の言葉では「不特定な一般的の」授権。判決は、法律より下の法令に刑罰を定めさせる場合の一般論としてこれを否定したうえで、条例について上の基準を示した。
- 当てはめ:授権された事項(当時の地方自治法2条3項7号・1号の事項)が相当に具体的で、罰則の範囲(当時の同法14条5項)も限定されている → に違反しない。
- 判決が見た条文番号は当時のもの。条例に罰則を置く根拠は、現在は地方自治法14条3項(条例に、2年以下の拘禁刑、100万円以下の罰金、拘留、科料若しくは没収の刑又は5万円以下の過料を科する旨の規定を設けることができる)。
| 政令 | 条例 | |
|---|---|---|
| 作るのは | 内閣 | 地方公共団体の議会(公選の議員) |
| 罰則の根拠 | 「特にその法律の委任」(ただし書) | 法律の授権(地方自治法14条3項) |
| 授権の程度 | 判決は、法律より下の法令一般について白紙委任的な授権はいけないと述べただけ(政令にどこまで具体的な委任が要るかは判断していない) | 白紙委任的なものはいけない。法律に類する自治立法なので、相当な程度に具体的で限定されていれば足りる(この判例が判断したのは条例) |
- 「により、刑罰はすべて法律そのもので定めなければならない」(法律の授権によりそれ以下の法令で定めることもできる)
- 「条例は地方議会が制定するので、法律の授権が無くても罰則を設けることができる」(判例=最大判昭37・5・30 は、地方自治法による法律の授権があるものとして合憲性を判断した)
- 「条例への罰則の授権は、白紙委任的なものでも足りる」
5②遡及処罰の禁止条文
- 定義の「あらかじめ」から:行為の後に定められた規定を、遡って適用することはできない。前段前半が明示。
- 行為の時点で予測できなかった処罰を、後出しで科すことになるから。
- 禁止されるのは、犯罪と刑を犯人に不利益に変える遡及。ここでいう不利益=犯罪にすること・刑を重くすること。判例(最判平27・12・3)は、公訴時効の廃止・延長は「行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない」とした=犯罪にする・刑を重くする変更とは別に扱われ、憲法39条・31条に違反しないとされた(項目7)。
- 刑を重くした新しい法律を遡って適用することが禁止される根拠:の文言は「実行の時に適法であつた行為」だが、行為時にすでに犯罪だった行為について刑を重くする遡及も、罪刑法定主義(「あらかじめ」)に反する=重い新法の遡及適用は罪刑法定主義違反。
窃盗の法定刑が行為の後に重く改正されても、行為時の軽い刑の範囲でしか罰せない。
出題行為の時に適法であった行為を、その後の法律によって遡って犯罪とすることは許されない(○)遡って処罰することも、重く変更された法定刑で処罰することも許されないが、軽く変更された法定刑で処罰することは許される(○)
- 「は『実行の時に適法であつた行為』と定めるから、行為時にすでに犯罪だった行為の刑を後から重くして遡って適用することは禁止されない」(重い新法を遡って適用することも罪刑法定主義に反する)
- 「遡及処罰の禁止は、犯人に有利な法律の遡及適用も禁止する」(項目6)
6②有利な遡及:条文
- :犯罪後の法律によって刑の変更があったときは、その軽いものによる。
- 有利な遡及が許される理由:罪刑法定主義は犯人の利益のための原理だから。
- 「軽い方を適用してもよい」ではなく必ず軽い方によるのは、が「その軽いものによる」と定めているから。
行為の後に法定刑が軽く改正されたら、裁判所は軽いほうで処断する。
出題自動車を窃取した後、乗り回している間に窃盗罪の法定刑を軽くする改正法が施行 → 旧法か新法か(正答:新法)殺害の後、死体を遺棄する前に殺人罪の法定刑を軽くする改正法が施行 → 旧法か新法か(正答:新法)
- 「犯罪後の法律によって刑が軽く変更されたときは、軽い刑を適用するかどうかは裁判所の裁量に委ねられる」(軽いものによる=必ず軽い方)
7②公訴時効の廃止・延長(最判平27・12・3)判例
- 平成9年4月13日、強盗殺人
- 平成22年4月27日、公訴時効を廃止するなどした法律(刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律)が施行
- 施行の際、平成16年改正前の刑訴法250条による公訴時効期間15年(平成16年の改正法の附則3条2項でこの事件に適用)がまだ経過していなかった → 平成22年の法律の附則3条2項により改正後の刑訴法250条1項が適用され、公訴時効の対象とならない罪に
- 行為から15年以上たった平成25年2月22日に起訴
- 公訴時効=事件を起訴できる期間。判決の言葉では「時の経過に応じて公訴権を制限する」制度で、期間がたつと起訴できなくなる。
- 時効の廃止・延長は犯人に不利な変更だが、それが犯罪や刑の重さ(判決の言葉で「行為時点における違法性の評価や責任の重さ」)を変えるものかどうかが分かれ目になった。
- 争点:施行前の罪にも改正後の規定を適用する附則(判決の「本法附則3条2項」)が、遡及処罰を禁止した・適正手続を保障したに違反するか。
- 公訴時効制度の趣旨は、時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにある。
- 本法は、その趣旨を実現するため、人を死亡させた罪であって、死刑に当たるものについて公訴時効を廃止し、懲役又は禁錮の刑に当たるものについて公訴時効期間を延長したにすぎず、行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない。
- そして、本法附則3条2項は、本法施行の際公訴時効が完成していない罪について本法による改正後の刑訴法250条1項を適用するとしたものであるから、被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもない。
- 結論:附則は・に違反しない(上告棄却)。この事案で適用されたのは時効の廃止。
施行の前に時効がすでに完成していた事件だったら、2つ目の理由(既に生じていた地位を著しく不安定にしない)はそのままは使えない。判決はこの場合を判断していない。
- 「公訴時効を廃止・延長する法律を遡って適用することは、行為時点の違法性の評価を変更するのでに違反する」
- 「判例は、公訴時効がすでに完成した罪にも、廃止・延長した法律を適用できるとした」(判決の対象は施行の際に時効が完成していない罪)
8③類推解釈の禁止学説
- 類推解釈=条文の言葉の可能な意味の外側にある事柄に、その条文を当てはめること。拡張解釈=言葉の可能な意味の範囲内で、条文を広げて使うこと。
- 特定の1つの条文からではなく、を土台にした罪刑法定主義の考え方全体から出てくる。条文をどう読むかの段階を縛る。
- 犯人に不利益な類推は、罪刑法定主義の趣旨を没却するので禁止。
- 犯人に有利な類推は許される(犯人の利益のための原理=項目6と同じ理由)。
- 不利益な方向でも、類推でない拡張解釈は許されるとされている。
- 区別の物差し:言葉の可能な意味の範囲内か。ただし類推と拡張の区別はあいまいとされる=結論(不利益な類推は禁止・拡張は可)を押さえる。
| 犯人に不利益 | 犯人に有利 | |
|---|---|---|
| 拡張解釈(言葉の可能な意味の範囲内) | 許される | 許される |
| 類推解釈(言葉の可能な意味の外側) | 禁止 | 許される |
「バイクを運転して人にケガをさせた者は、これこれの刑に処する」という規定を、自転車を運転して人にケガをさせた人に当てはめる → 「バイク」という言葉の可能な意味は、どう伸ばしても人の力で走る自転車には届かない=不利益な類推で許されない。
出題刑罰法規の文言を、語義の可能な範囲内で通常の意味よりも広げて解釈することは許されない(×)
- 「類推解釈は、犯人に有利な方向であっても許されない」
- 「罪刑法定主義の下では、犯人に不利益な拡張解釈も一切許されない」
- 「類推解釈の禁止とは、刑罰法規を解釈すること自体を禁止するものである」
9③ガソリンカー事件(大判昭15・8・22)判例
- (過失往来危険)は「汽車、電車若しくは艦船」の往来の危険を生じさせる行為などを罰する。ガソリンカーの脱線転覆が問題になった。
- 結論:大審院は、の「汽車」に、汽車の代わりに線路を走るガソリンカーを含むと解した(上告棄却)。拡張解釈の例として扱われる。
- 判決全文は裁判所サイトに無い。判決の言葉・事案・結論は、いずれも注釈書などの二次資料による(判決の言葉として確かめられたのは「汽車代用の『ガソリンカー』をも包含する趣旨なりと解するを相当とす」まで)。
| ガソリンカー → 「汽車」 | 自転車 → 「バイク」 | |
|---|---|---|
| どんな乗り物か | 汽車の代わりに線路を走る(汽車代用) | 動力の無い、人の力で走る乗り物 |
| 言葉の可能な意味に入るか | 「汽車」に含めた(拡張解釈の例とされる) | 「バイク」の可能な意味に入らない=不利益な類推で許されない |
出題日常的意味より拡張して解釈することは許されないので、129条の「汽車」にガソリンカーも含まれると解釈することは許されない(×)
- 「刑罰法規を日常的意味より拡張して解釈することは許されないから、『汽車』にガソリンカーを含めることはできない」
- 「大審院は、ガソリンカーは『汽車』に当たらないとして、過失往来危険罪の成立を否定した」