刑法ゼロから刑法#4

罪刑法定主義(後編)

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第1章 刑法の基本原理 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

この回では、前編で見た罪刑法定主義の3条文・3原則を振り返ったうえで、残り3つの派生原則――明確性の原則、刑罰法規の実体的適正、絶対的不定期刑の禁止――を確認します。そのうえで、6原則全体を1枚の系図につなぎ、この先どの回でまた登場するかまで見通します。

「街の美観を損なう行為」は罰せられるか

曖昧な条文――美観を損なう行為とは

ある条例に、こんな規定があるとします。「街の美観を損なう行為をした者は、10万円以下の罰金に処する」美観という言葉は、ふわっとした基準です。たとえば、道端にゴミを1つ置いた場合はさすがに美観を損なう気がしますが、派手な色の看板を出した場合は、人によっては「おしゃれ」で済ませてしまいそうです。大声で客引きをした場合も微妙です。このように、どの行為も「美観を損なう」と言われれば、そんな気もしてしまいますが、どこからが処罰の対象になるのか、誰にも分かりません。行為をする前に、自分では全く予測できないのです。

これは、前編の冒頭で見た「けしからん条文」と、実は同じ構造です。書かれてはいるけれど、中身が読み取れない。「成文の」には、読み取れるという意味も含まれることを前編で確認しました。この曖昧さを許さない原則の名前を、次に確かめます。

前編を受けて:3条文の上の3つ

前編のまとめ――3条文と3つの原則

前編で見た3条文を思い出します。31条・39条前段・73条6号ただし書でした。31条からは、慣習を根拠にしない法律主義が伸びていました。39条前段からは、遡及処罰の禁止でした。73条6号ただし書は、委任立法の限界でした。類推解釈の禁止も前編で見た原則で、31条を土台にしたものでした。

後編では、残り3つを片付けます。文言、内容、そして宣告――この3つです。

派生原則④明確性の原則:曖昧な条文はなぜダメか

明確性の基準――誰が・何を読み取れるか

この、曖昧さを許さない原則を、明確性の原則と呼びます。今日の3つの原則は、いずれも憲法31条に戻ってきます。

条文日本国憲法第31条(法定手続の保障)

何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

31条は、手続きの適正だけを求めているのではありません。この点は、このあと5つ目の原則で正面から扱います。

基準がどう判断されるかは、実際の判例で確認します。集団行進の規制が争われた、徳島市公安条例事件です。

判例最大判昭和50年9月10日(大法廷判決・刑集29巻8号489頁)

ある刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法三一条に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによつてこれを決定すべきである。

「通常の判断能力を有する一般人」とは、専門家でも、極端に鈍感な人でもなく、普通の判断能力を持った人を指します。専門家を基準にすると、法律家しか予測できない条文でも通ってしまいます。守ろうとしているのは、これから行為をする普通の人の予測であり、基準もその人に合わせます。その人が読んで、処罰されるかどうかを判断できるか、ということです。

徳島市公安条例事件では、「交通秩序を維持すること」という条例の文言が、漠然として不明確だと争われました。結論としては、条例全体の趣旨や、他の規定との関係から、一般人にも読み取れる基準がある、と判断され、明確性は肯定されています。文言だけを見るのではなく、条例全体から読み解けるかどうかで判断するということです。文言単体で見れば漠然としていても、周囲の文脈から基準が浮かび上がることがあれば、明確性は満たされます。

さきほどの「美観条例」に当てはめると、「美観」だけでは、一般人には、どこからが対象か読み取れません。仮に、他の条文で「ゴミの投棄」「屋外広告物の色や大きさ」のように対象が具体的に書かれていれば、話が変わってきます。書き方しだいで、明確性を満たすかどうかが分かれるのです。

派生原則⑤刑罰法規の実体的適正:内容そのものの適正

刑罰法規の実体的適正――禁止と許される

5つ目は、刑罰法規の実体的適正です。31条は、手続きの適正だけを求めているのではなく、内容そのものが適正であることも要求している、と理解されています。

大きく2つの要求があります。1つ目は、罪と刑の均衡です。罪の重さと、刑の重さが釣り合っていなければなりません。軽い万引きに死刑を科すような法律があれば、いくら手続きが正しくても、内容がおかしいことになります。窃盗に「10年以下の拘禁刑、または50万円以下の罰金」のように幅のある刑を定めておけば、事案の重さに応じて釣り合いを取ることができます。均衡は、一点でなく、幅で取るものです。

2つ目が、残虐な刑罰の禁止です。どんなに重い罪でも、体を長く苦しめるような執行方法は、許されないと考えられています。今の刑罰の執行方法がこの基準をどう満たすかについては、憲法36条が扱う、死刑の合憲性の専用回でじっくり見ていきます。ここでは、「内容そのものも適正でなければならない」という、名前と趣旨だけ押さえておきます。

派生原則⑥絶対的不定期刑の禁止:4つの言葉を混ぜない

4語の整理――不確定刑と不定期刑

最後、6つ目です。似た言葉が4つ出てきますが、軸は1本だけです。「不確定刑」は法定刑の話、「不定期刑」は宣告刑の話です。法定刑は、条文があらかじめ定めている、刑の範囲そのものです。宣告刑は、裁判所が実際の事件で言い渡す、具体的な刑です。条文に書いてある段階の話と、裁判所が言い渡す段階の話、ということになります。それぞれに、「絶対的」と「相対的」があります。

まず、法定刑の側です。絶対的不確定刑は、条文が刑の種類や量をまったく定めない状態を指します。「罪を犯した者は、これを罰する」とだけ書いてあり、罰金なのか拘禁刑なのか一切書いていない条文です。それでは、また「けしからん条文」の世界に戻ってしまうため、絶対的不確定刑は禁止されます。

相対的不確定刑は、上限と下限を決めて、その範囲の中で幅を持たせるものです。「一年以上十年以下の拘禁刑」のような書き方であり、実は、刑法典に載っている条文は、ほぼすべてこの相対的不確定刑です。範囲の中で、裁判所が事件ごとの事情を考慮できるようにするためであり、幅があるのは、むしろ普通のことです。ここまでが、法定刑――条文の話です。

次は、宣告刑――裁判所が言い渡す段階です。絶対的不定期刑は、裁判所が刑の期間をまったく定めずに言い渡すことです。「反省するまで、施設に入れる」というような、期間の定まらない言い渡し方であり、行為をする前に予測できない話である以上、いつまで刑を受けるか分からないという点で禁止されます。

相対的不定期刑は、許されます。「3年以上5年以下に処する」というように、幅を持たせて宣告する方法です。上限が決まっていれば、最長でいつまでかは、行為の前に予測できるため、幅があっても許されるのです。相対的不確定刑と似ていますが、段階が違います。片方は条文の書き方、片方は裁判所の言い渡し方です。

こう並べると、絶対的はどちらも禁止、相対的はどちらも許される、という一本の軸になります。「確定」は法定刑、「定期」は宣告刑、と覚えると区別しやすくなります。

今日の地図(保存版)

系図――3条文から6原則へ

今日見てきた全体を、1枚の地図につなげます。出発点は、憲法の3条文でした。31条、39条前段、73条6号ただし書です。31条は、いちばん幅広い担当であり、法律主義、明確性の原則、実体的適正の3つが、ここから枝分かれします。39条前段からは、遡及処罰の禁止が、まっすぐ1本伸びています。73条6号ただし書は、法律主義の中の、委任立法の限界という部分の根拠になっています。類推解釈の禁止と、絶対的不定期刑の禁止は、特定の1条文というより、31条を土台にした罪刑法定主義の考え方全体から導かれます。すべて、31条につながっているのです。

実は、もう1本、別の軸でも並べられます。31条・39条前段・73条6号ただし書は、“誰が縛られるか”という軸でした。もう1本は、“国家のどの動きを止めるか”という軸で、立法の形式、時間、解釈、文言、内容、そして宣告――この順に並びます。国家が刑罰権を振るう流れに、そのまま沿っているのです。前編で見た3つの原則も、ここに並びます。法律主義が立法、遡及処罰の禁止が時間、類推解釈の禁止が解釈です。冒頭で触れた「文言・内容・宣告」も、ここに出てきます。明確性が文言、実体的適正が内容、そして不定期刑の禁止が宣告を縛っていました。どちらの軸で見ても、国家の後出しの動きを、狙い撃ちで塞いでいることになります。

最後に、この6つの原則が、この先どの回でまた顔を出すかを確認しておきます。今日で終わりではありません。遡及処罰の禁止の続き――刑法6条の中身は、次回、時間的適用範囲の回で扱います。前編で、「有利な方向は許される」で止めていた話です。罪刑法定主義は、“しなかったこと”を罰する不真正不作為犯という論点とも、緊張関係にあります。これは、実行行為を学ぶ章で扱います。実体的適正で名前だけ触れた、残虐な刑罰の禁止と、死刑の合憲性は、専用の回で本格的に扱います。不定期刑は、少年法という、少年事件を扱う法律の中で、実際に使われる場面があり、そこも専用の回で扱います。最後に、明確性の話の中で気になるのが、条文の言葉の意味をどこまで知っていれば罪になるか、という論点です。これは、故意の回で扱う、規範的構成要件要素の話につながります。

今日渡された地図は、この先ずっと使うことになります。どの論点を見ても、「これは、罪刑法定主義のどの原則の問題か」と考える癖をつけておくとよいでしょう。

まとめ:あらかじめ、成文の法律で

まとめ①:意義と3条文・①②③

罪刑法定主義とは、何が犯罪で、どんな刑罰が科されるかを決める原則でした。それを、あらかじめ、成文の法律で決めておく、というものです。根拠は、憲法31条、39条前段、73条6号ただし書の3本でした。法律主義は、慣習を直接の根拠にすることを禁止します。遡及処罰の禁止は、不利益な方向だけが禁止で、有利な方向は許されます。類推解釈の禁止は、不利益な方向だけがダメで、拡張解釈は許される、というものでした。

まとめ②:④⑤⑥と全体像

明確性の原則は、一般人が読んで判断できる基準が必要でした。実体的適正は、罪と刑の均衡と、残虐な刑罰の禁止です。不定期刑の禁止は、絶対的なものが禁止で、相対的なものは許される、というものでした。

今日いちばん印象に残るのは、「禁止と許される」が、6つとも必ずペアになっていたことです。罪刑法定主義は、「全部禁止」の原則ではありません。国家の後出しの動きだけを、狙い撃ちで塞いでいく原則です。「書いていなければ罰せない」というのは、国民を縛る話ではなく、国家を縛る話だったのです。

「不確定と不定期は、それぞれ条文と裁判所のどちらの話だったか」、そして「曖昧な条文は、どういうときなら明確性を満たすか」。この2つを、自分の言葉で説明できるか確かめてみてください。前編の「書いていなければ罰せない理由」も、あわせて振り返っておくと万全です。

次回は、いよいよ、有利な方向の遡及処罰――刑法6条の中身を、詳しく見ていきます。今日、名前だけ出した論点を、正面から扱います。

参照条文

  • 日本国憲法第31条(法定手続の保障)

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