刑法の適用範囲(前編)
問い:行為の後で法律が変わったら、どの時点の法律で裁くか。刑法は、どこで起きた行為に適用されるか。
骨組み
- 1時間の原則(行為時法主義):刑罰法規は施行後の行為に適用。行為の後の法律で新たに罰する・刑を重くする遡及は罪刑法定主義(「あらかじめ」)に反する
- 2刑の変更:=犯罪後の法律で刑の変更があれば「その軽いものによる」(必ず軽い方・裁量ではない)。遡及の一種だが犯人に有利なので罪刑法定主義に反しない
- 3「犯罪後」(通説):実行行為の後。結果の発生を待たない(暴行の後・死亡の前に重くなる改正 → 旧法)
- 4継続犯の途中の改正(判例・最決昭27・9・25):監禁のように一個の罪が続いている間の変更は、の新旧対照の問題は起こらず、常に新法(重くなっても新法)。施行後も罪が続いている=遡及処罰に当たらない(判例は理由を述べていない)
- 5刑の廃止:原則=処罰できない(免訴の判決・刑事訴訟法337条2号)/例外=経過規定(「罰則の適用については、なお従前の例による」)があれば処罰できる
- 6限時法の理論:期間を限った法律の失効後も処罰できるとする説。否定するのが通説。理由(呉の説明):廃止は刑が軽く変わる場合の極限 → 処罰すればに反する
- 7国内犯:=日本国内で罪を犯したすべての者(属地主義)。犯人・被害者の国籍、罪の内容を問わない
- 8日本船舶・日本航空機:=日本国外にある日本船舶・日本航空機内も国内と同様(公海に限らない)
- 9犯罪地(遍在説・通説):実行行為地か結果発生地のどちらか一方が国内なら国内犯(遍在説では、両方とも国外なら国内犯でない)
色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。1〜6が時間(いつの法律か)、7〜9が場所(どこで起きたか)。
1時間の原則:行為時法主義学説
- 刑罰法規は、施行された後の行為に適用される。行為の時点で施行されていた法律による。
- 行為の時に犯罪でなかった行為を後の法律で罰すること、行為の後に重くした刑を遡って適用することは、罪刑法定主義(何が犯罪か・どんな刑かをあらかじめ定める)に反する。
- 禁止されるのは、犯罪と刑を犯人に不利益に変える遡及(新たに犯罪とする・刑を重くする)。
ある行為をした後で、その行為を新しく罰する法律ができても、その行為は遡って罰せられない。
- 「刑罰法規は、裁判の時に施行されている法律による」(原則は行為の時点の法律)
2刑の変更:条文
- :犯罪後の法律によって刑の変更があったときは、その軽いものによる。
- 比べるのは法定刑(条文があらかじめ定めている刑の範囲)。比べた法定刑のうち「その軽いもの」を適用する。
- 「軽いものによる」=軽い方を必ず適用する(裁判所の裁量ではない)。
- 犯罪後に刑が軽く変更された場合に軽い刑を適用するのも遡及の一種だが、犯人に有利なので罪刑法定主義に反しないとされる。
- 犯罪後に刑が重く変更された場合の結論は旧法(行為時の刑)。重い刑を遡って適用できないから(項目1)。の文言から読んでも、「刑の変更」「その軽いもの」は変更の向きを限っていない=重く変わったときも、比べて軽いのは旧法なので、からも旧法になる。
器物損壊にあたる行為をした後に、法改正でその罪の法定刑が軽くなった → 軽いほうの刑で裁かれる。
- 「犯罪後に刑が軽く変更されたときは、軽い刑を適用するかどうかは裁判所の裁量に委ねられる」(軽いものによる=必ず軽い方)
- 「犯罪後に刑が重く変更されたときは、裁判時の法律である重い新法による」(行為時の旧法)
3「犯罪後」=実行行為の後学説
- 「犯罪後」とは実行行為の後と解するのが通説。実行行為=その犯罪を実現する行為そのもの(人を殺す罪なら、人を殺す行為)。
- 実行行為が終わった後に刑が軽く変わればで軽い方。実行行為の途中の変更にはの適用はない=当然に新法(通説の整理)。継続犯で一個の罪が続いている間の変更も、判例はの問題にせず常に新法とする(項目4)。
- 基準は実行行為=結果の発生を待たない。実行行為が終わった後、結果が出る前に刑が重くなっても、新しい重い刑は使えない(旧法)。
- 罪ごとに見る:殺害の後・死体を遺棄する前に殺人罪の刑が軽くなった → 殺人罪の実行行為は済んでいる=殺人罪はで軽い新法。
| 場面(改正の時点) | 改正 | 適用 |
|---|---|---|
| 暴行の後・被害者が死亡する前(傷害致死罪) | 重く | 旧法 |
| すでに売った宝石を、別の人に売る契約を結んだ後・引渡しの前(横領罪) | 重く | 旧法 |
| 自動車を窃取した後・乗り回している間(窃盗罪) | 軽く | 新法() |
| 殺害の後・死体を遺棄する前(殺人罪) | 軽く | 新法() |
| 監禁している間(監禁罪) | 重く | 新法(項目4) |
表は過去問(「判例の立場に従って」旧法か新法かを選ぶ問題)の正答どおり。「犯罪後=実行行為の後」は教材では通説として書かれており、正答はこの基準で説明できる。横領は、別の人に売る契約を結んだ時点で実行行為が終わっている扱い(正答=旧法)。窃盗は窃取した時点で実行行為が終わり、乗り回しは窃盗の実行行為ではない=その後の変更は「犯罪後」で。監禁は閉じ込めている間ずっと一個の罪が続く(項目4)。
殴った相手が入院中、まだ亡くならないうちに傷害致死罪の刑を上げる改正があり、その後に死亡した → 殴った時点で実行行為は終わっている=旧法。
出題暴行の後、被害者が死亡するまでの間に傷害致死罪の法定刑を重くする改正法が施行 → 旧法か新法か(正答:旧法)宝石の二重売買で、丙と売却の契約を締結した後、引き渡す前に横領罪の法定刑を重くする改正法が施行 → 旧法か新法か(正答:旧法)
- 「『犯罪後』とは結果が発生した後をいうから、暴行の後・死亡の前に刑が重く変更されれば、重い新法による」(基準は実行行為の後)
4継続犯の途中の改正(最決昭27・9・25)判例
- 継続犯=法益侵害が継続している間は犯罪の継続が認められる犯罪(監禁罪など。過去問の会話での言い方)。
- 継続犯では、新法の施行後も一個の罪が続いている(犯罪が終わる前の改正)。だから施行後の部分に新法を当てても、項目1の遡及処罰には当たらない、と説明できる(判例・教材とも理由は書いていない=このノートの説明)。
- 所持罪のような継続犯については、一個の罪が成立し継続中、たといその刑罰法規に変更があつても、刑法六条による新旧両法対照の問題はおこらず、常に新法を適用処断するを相当とする。
- 監禁のように一個の罪が続いている間に刑が変われば、新法。刑が重くなっても新法(行為時の軽い旧法には戻らない)。
- 軽くなった場合も新法。結論はと同じでも、で新旧を比べた結果ではない。
- 継続犯を「構成要件該当行為が継続する犯罪」と見る見解からも、新法の施行後の監禁には新法が適用される(過去問の会話)=判例と同じ結論。
人を閉じ込めている最中に監禁罪の刑を上げる改正法が施行された。閉じ込めは施行後も続いている → 新旧を比べず新法(重くても)。
出題監禁中に監禁罪の法定刑を重くする改正法が施行 → 旧法か新法か(正答:新法)継続犯を構成要件該当行為が継続する犯罪と考える見解からは、監禁中に監禁罪の法定刑を引き上げる新法が施行されたら、それ以降の監禁には旧法か新法か(正答:新法)
- 「監禁中に監禁罪の刑が重く変更されたときは、監禁を始めた時の軽い旧法による」(常に新法)
- 「継続犯の途中で刑が変更されたときは、により新旧を比べて軽い方による」(新旧両法対照の問題はおこらない)
5刑の廃止と経過規定学説
- 行為の時は罰則があったが、裁判の時までに刑が廃止された → 原則として処罰できない。
- 根拠は刑事訴訟法337条:「左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。」2号「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。」=有罪も無罪も判断しないまま裁判を終わらせる。
- 例外:廃止した法律や新しい法律の中に「罰則の適用については、なお従前の例による」旨の経過規定があれば、廃止前の行為はなお処罰できる。経過規定がある限度で、刑の廃止は無かったことになるから。
- 実際の改正法の附則にこの形の一文が入る(刑法の附則にも「この法律の施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による。」がある)。
ある罰則が裁判の途中で改正により削られ、経過規定も無い → 裁判所は免訴の判決をする。改正法の附則に「なお従前の例による」があれば、廃止前の行為はなお処罰できる。
- 「行為の時に罰則があった以上、裁判までに刑が廃止されても処罰できる」(原則は処罰できない=免訴)
- 「刑が廃止されたときは、無罪の判決をする」(免訴の判決)
- 「経過規定があっても、刑が廃止された後は処罰できない」(経過規定があれば、廃止前の行為はなお処罰できる)
6限時法の理論:通説は否定学説
- 限時法=あらかじめ有効期間を限って制定された法律。
- 問題:期限が近いと、行為 → 失効 → 裁判の順になり、刑の廃止と同じく免訴になってしまう。行為の時はまだ法律が有効なのに、実際上は処罰できなくなる。
- 限時法の理論:この不都合を避けるため、限時法の性質をもつ規定は、失効の後も処罰できるとする説。
- 結論:否定するのが通説。
- 理由(呉の説明):は、犯罪後に刑が軽く変われば軽い方を必ず適用させる。刑の廃止は、刑が軽く変わる場合の極限的なかたち(軽くなるどころかゼロになった)。それなのに経過規定なしに失効後も処罰する限時法の理論は、に反する。
- 役割の分担:廃止の後に処罰できない(免訴とする)根拠条文は刑事訴訟法337条2号(項目5)。は、限時法の理論を否定する理由の中に出てくる。
イベントの警備のため期間を限って立入禁止区域を設け、立ち入った人を罰する法律が、裁判の前に期間満了で失効した。経過規定は無い → 期限の直前に立ち入った人も、通説では処罰できない(免訴)。
- 「限時法は、経過規定が無くても失効後に処罰できるとするのが通説である」(通説は否定)
- 「刑が廃止されたときに免訴とする根拠条文は、である」(根拠条文は刑事訴訟法337条2号。は限時法の理論を否定する理由に出てくる)
7国内犯:(属地主義)条文
- :この法律は、日本国内において罪を犯したすべての者に適用する。
- 日本国内で犯された犯罪には、犯人の国籍も、被害者の国籍も、罪の内容も問わず適用される。これを属地主義という。
外国人の旅行者どうしが国内のホテルで口論になり、一方が他方にけがをさせた → 犯人・被害者とも外国人でも、日本の刑法が適用される。
- 「日本国内で外国人が外国人に対して犯した罪には、日本の刑法は適用されない」(国籍を問わない)
8日本船舶・日本航空機:条文
- :日本国外にある日本船舶又は日本航空機内において罪を犯した者についても、前項と同様とする。
- 2項は国外にある日本の船・航空機のための規定。国内にある船の中の犯罪は、そもそも1項で国内犯。
- 「日本国外」は公海に限らない:外国の港・領海にある日本船舶、外国の上空・空港にある日本航空機も入る(条文の文言から)。
- 国外にある日本船舶・日本航空機の中を、国内と同様に扱う。これを旗国主義と呼ぶ。
| 犯罪が起きた所 | 根拠 |
|---|---|
| 日本の港にいる外国船の中 | 1項(日本国内) |
| 公海を航行中の日本船舶の中 | 2項 |
| 外国の港に停泊中の日本船舶の中 | 2項(公海でなくてよい) |
外国の港に停泊中の日本の貨物船内で、乗組員が同僚の財布を盗んだ → 「日本国外にある日本船舶」内=で国内と同じ扱い。
出題公海上空を飛行中の日本航空機内で毒薬を飲ませ、被害者は着陸した外国の病院で死亡 → 殺人罪の刑法が適用される(○)=実行行為地は国外の日本航空機内=国内と同様(1条2項)なので、結果が外国でも国内犯(項目9)
- 「は、日本国内にある日本船舶・日本航空機内の犯罪について定める」(国外にあるもの)
- 「外国の港に停泊中の日本船舶内の犯罪には、は及ばない」(公海に限らない)
9犯罪地:遍在説学説
- 「日本国内において罪を犯した」の意味を定めた規定は、条文の中に無い → 解釈で立てる。
- 通説(遍在説):実行行為地でも結果発生地でも、どちらか一方が日本国内にあれば国内犯。
- 過去問の【見解】は、の「罪を犯した」を「犯罪を構成する事実の全部又は一部が生じたこと」と言う。「実行行為地か結果発生地か」の二択よりも広く書かれている(途中の因果の経過の地まで含むかは、この文言だけでは決まらない)。
- 遍在説では、実行行為も結果も両方とも国外(日本船舶・日本航空機内でもない)なら、国内犯に当たらない=国外犯の規定の問題になる。
| 実行行為地 | 結果発生地 | 国内犯か | |
|---|---|---|---|
| 国外から電話でうそを言い、国内の相手に財産を渡させた | 国外 | 国内 | 国内犯 |
| 国内で毒を飲ませ、相手は外国で死亡した | 国内 | 国外 | 国内犯 |
| 外国で外国人が外国人を殺害した | 国外 | 国外 | 国内犯でない |
出題日本国内で毒薬を飲ませ、被害者は公海を航行中の外国船舶内で死亡 → 殺人罪の刑法が適用される(○)外国人乙が某外国で外国人丙を殺害(ピストルは日本国内で外国人甲から借りた)→ 乙に殺人罪の刑法は適用されない(○)=乙の殺人を構成する事実はすべて外国。【見解】も、ピストルを貸した場所(日本)は正犯乙の犯罪地にならないとする
- 「実行行為が国外で行われた以上、結果が日本国内で生じても国内犯にはならない」(どちらか一方が国内なら国内犯)
- 「日本国内で実行行為をしても、結果が国外で生じれば国内犯にはならない」(実行行為地が国内なら国内犯)