刑法の適用範囲(後編)
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第1章 刑法の基本原理 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
この回では、前編の問い——日本の外で起きたことに、日本の刑法は届くのか——に答えます。属地主義の外側を埋める4つの主義を、6つの事件から確認したうえで、「誰に」届くのかという人的適用範囲、そして外国判決との調整までを扱います。
なぜ属地主義だけでは足りないのか

前回は、日本の刑法が「いつ」届くのか、そして「日本の中で起きたのか」をどう決めるのかを見ました。今日は、その続きとして、「日本の外で起きたことに、日本の刑法は届くのか」という問いから始めます。
前回確認した道具を、一言だけおさらいしておきます。時間の線は、行為の時点の法律で裁く行為時法主義が原則で、刑が軽くなったときだけ、6条によって軽いほうの刑によります。場所の線は、1条1項の属地主義——日本国内で起きたことなら、国籍を問わず適用する——と、1条2項の旗国主義——国外にある日本の船や航空機の中も、国内と同じに扱う——でした。
しかし、属地主義は、日本国内の出来事しか拾えません。国外で起きた事件の中にも、日本が関わるべきものがあります。日本という国そのものの重大な利益が侵された場合、日本国民が海外で罪を犯した場合、日本国民が海外で被害に遭った場合、そして国際社会全体で処罰すべきだと約束した場合——それぞれ理由が違います。この4つの理由に対応して、4つの主義があります。名前と条文番号を先に並べても実感が湧きにくいため、まず具体的な事件から見ていきます。
国外犯の事件から①:2条――すべての者の国外犯

1つめの事件です。ある外国人が、日本国外で、日本円の偽札を大量に製造しました。通貨偽造です。この人は日本国籍ではなく、行為地も国外のため、属地主義——1条1項——では拾えません。
しかし、日本の通貨制度に対する信用は、犯人の国籍がどこであっても守る必要があります。誰が偽造しても、日本円の信用が傷つくのは同じだからです。これを拾うのが2条、「すべての者の国外犯」と呼ばれる規定です。日本という国そのものの利益を守るために手を伸ばすこの考え方を、保護主義と呼びます。犯人の国籍を問わず、日本という国の重大な利益を守るために適用されます。
条文は、共通の1文のあとに罪名が号で並ぶ形になっており、この共通の1文を柱書と呼びます。2条の柱書は、「日本国外において次に掲げる罪を犯したすべての者に適用する」です。通貨偽造のほかにも、内乱など、日本という国そのものへの攻撃にあたる罪が列挙されています。
国外犯の事件から②:3条――国民の国外犯

2つめの事件です。ある日本人が、海外旅行中に、現地の人とトラブルになり、殺害してしまいました。行為地は国外、被害者も日本人ではありません。それでも、日本の刑法は適用されます。犯人が日本国民である以上、日本は自国民を野放しにできないからです。
日本は、原則として、自国民を外国に引き渡さない運用を取っています。だから、国外で重大な罪を犯した自国民を裁く手段を、自国で確保しておく必要があります。引き渡さない代わりに、自分の国で裁くということです。これを拾うのが3条、「国民の国外犯」、属人主義です。着目点は、犯人の国籍です。柱書は、「日本国外において次に掲げる罪を犯した日本国民に適用する」であり、殺人、強盗、放火、詐欺など、重い罪が列挙されています。
ここには罠があります。3条には、過失犯と、単純な横領罪が入っていません。単純な横領とは、業務上ではない普通の横領罪のことで、業務上横領のほうだけが列挙されています。重い罪だけを、選んで列挙しているのです。
国外犯の事件から③:3条の2――国民以外の者の国外犯

3つめの事件です。ある外国人が、海外で、日本人旅行者を殴って、金品を奪いました。強盗です。今度は、犯人も行為地も国外であり、2条にも3条にも当たりません。しかし、被害者は日本人です。日本は、自国民が被害に遭ったことを放置できません。
これを拾うのが3条の2、消極的属人主義です。着目点は、被害者の国籍です。ここに、この回いちばんの罠があります。条文の見出しは「国民以外の者」の国外犯という名前——加害者側の呼び方——ですが、実質は、被害者が日本国民である場合を拾う規定です。見出しと、主義の名前の向きが、逆に見えるのです。
柱書をよく読むと、「日本国外において日本国民に対して次に掲げる罪を犯した日本国民以外の者に適用する」とあります。「日本国民に対して」の部分が、被害者のことです。ここを見落とすと、条文の意味を取り違えます。
国外犯の事件から④:どの主義にも当たらない「穴」

場面を少し変えてみます。同じ外国人が、海外で、同じ日本人旅行者に対して、今度は暴行や脅迫を使わずに、財布だけをすり取りました。単純な窃盗です。犯人は外国人、行為地も国外、被害者は日本人——さっきの強盗の事件と、条件は同じに見えます。
しかし、3条の2に列挙された罪の中に、単純な窃盗は入っていません。強盗だけが列挙されていて、窃盗はないのです。つまり、この事件は、2条にも、3条にも、3条の2にも当たらず、日本の刑法では拾えません。
ここで、1つ誤解を正しておく必要があります。「4つの主義があるから、国外の事件は何でも拾える」と思ってしまいがちですが、これは違います。さきほどの3条にも、過失犯と単純な横領は入っていませんでした。国外犯として処罰される罪は、条文に列挙された重大な犯罪に限られており、すべての犯罪を無条件に拾うわけではないのです。
国外犯の事件から⑤⑥:4条と4条の2

5つめの事件です。在外日本大使館に勤務する日本の公務員が、赴任先の国で、職務に関して賄賂を受け取りました。収賄です。公務員の職務に対する国民の信頼は、勤務地が国外でも守る必要があります。これを拾うのが4条、「公務員の国外犯」です。柱書は、「日本国外において次に掲げる罪を犯した日本国の公務員に適用する」です。
2条も国益を守るための規定であり、どちらも守りたい利益に着目する点は共通しています。4条も、2条と同じ保護主義ですが、着目するのは「日本国の公務員」という身分であり、着目する対象が少し違います。

もう1つ、6つめの事件です。ある外国人が、海外で、第三国の外交官を襲撃して、負傷させました。一見、日本と関係のない話に見えますが、この犯人は、その後、日本に入国しました。行為地は国外、犯人も外国人、被害者も日本人ではありません。
傷害は、国そのものへの攻撃にあたる罪を列挙した2条には入っていません。犯人は日本国民ではないので3条にも当たらず、日本の公務員でもないので4条にも当たりません。被害者が日本人ではないため、3条の2でも拾えません。
しかし、拾うことができます。国際的に保護される人への攻撃を締約国が処罰する、という条約があるからです。これを拾うのが4条の2、「条約による国外犯」、世界主義です。国際社会全体で協調して処罰する、という発想から来ています。
ただし、条約を結べば、それだけで日本でも裁けるというわけではありません。条約は国どうしの約束にすぎず、罪刑法定主義で見たとおり、人を処罰するには国内の法律に定めが要ります。条約を結んだだけでは、日本の刑法に受け皿が無ければ、日本は裁けません。しかも、この条約は、容疑者が自国の領域内にいて、他国に引き渡さない場合には、自国で裁判権を行使する義務を、締約国に負わせています。さきほどの事件では、犯人が日本に入国していました。犯人が日本にいて他国に引き渡さない場合、日本は自分で裁く義務を負います。どの国も裁かないまま逃げ切られることが無いようにするためです。この条文が対象にするのは、条約が個別に指定した犯罪だけであり、無制限に世界中の犯罪を拾うわけではありません。ここも、限定列挙という発想は共通しています。
答え合わせ:5つの主義の一覧表

ここまで、6つの事件を見てきました。ここで一度、全部まとめておきます。属地主義と旗国主義が原則の部分にあたり、そこに、保護主義の2条、属人主義の3条、消極的属人主義の3条の2、もう1つの保護主義である4条、そして世界主義の4条の2が、穴を埋めていました。
こう並べると、それぞれの着目点の違いがはっきりします。名前を先に覚えるより、事件から先に理解したほうが忘れにくいはずです。事件4で見た「穴」——単純な窃盗がどの主義にも当たらないこと——も、この表にはちゃんと残っています。主義があるからといって、何でも拾えるわけではないという感覚を、持ち続けてください。
誰に届くのか:人的適用範囲

時間、場所ときて、最後は人です。ここには、大事な区別があります。「刑法が適用されない」のか「訴追ができない」のか、この2つは別の話だという点です。
まず、国会議員の話です。
条文日本国憲法第51条
両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。
これは、国会議員が、議院での発言や採決について、院の外で法的責任を追及されない、という条文です。ここは誤解しやすいところですが、この条文は、その発言が犯罪にあたるかどうかを定めたものではありません。発言が犯罪の型にあてはまること自体は、否定されないのです。否定されるのは、訴追や責任追及ができるかどうかという局面であり、院内での発言である限り、院外で訴追されることはありません。なぜ議員だけにこの特権があるのかといえば、院の中の討論が、あとで刑事責任を問われる心配で萎縮しては、議会が議会として働けなくなるからです。
次に、外交官の話です。外交関係に関する条約により、外交官は接受国——つまり滞在先の国——の刑事裁判権から免除されます。日本の警察や検察は、その外交官を起訴できません。ただし、これも「日本の刑法が適用されない」わけではなく、接受国である日本が裁判権を行使できないという国際法上の話です。外交官が免除される理由は、使節の職務が滞在先の国の圧力で止められないようにするためであり、本国に送還されて本国で裁かれることはあり得ます。刑法が消えるわけではなく、裁く権利が及ばないだけです。
最後に、天皇の扱いです。明文の規定はありませんが、通説は、天皇は訴追されないと解しています。理由づけには複数の説があり、象徴という地位と刑事訴追が相容れないとする説と、摂政との均衡から考える説があります。摂政とは、天皇が幼いときや重い病気のときに、天皇に代わって国事行為を行う人のことで、摂政については在任中は訴追されないという規定があるため、天皇も同じに考えるという筋です。理由の説明の仕方は分かれていますが、結論は一致しています。ここは深追いせず、結論と、争いがあることの2点だけ押さえておいてください。
二重処罰の調整:外国判決の効力

最後に、二重処罰の調整という話をします。ここで、場所の話に1つだけ戻ります。国外犯として日本で裁けるとき、その人がすでに外国で裁かれていたら、どうなるでしょうか。
条文刑法第5条(外国判決の効力)
外国において確定裁判を受けた者であっても、同一の行為について更に処罰することを妨げない。 ただし、犯人が既に外国において言い渡された刑の全部又は一部の執行を受けたときは、 刑の執行を減軽し、又は免除する。
外国で既に確定した判決を受けた人でも、日本で更に処罰できる——日本では二重に処罰することができてしまう、という規定です。同じ事件を2回裁くのは奇妙にも思えますが、ここには理由があります。
遡及処罰の禁止を学んだ回で、「同じ事件を蒸し返さない、これとは別の原則がある」とだけ触れました。それが一事不再理——同じ事件を繰り返し裁かないという原則——です。この原則があるのに、なぜ外国の判決には及ばないのでしょうか。一事不再理は、日本の刑事司法権の行使に内在する原則だからです。外国の確定判決は、別の主権のもとで行われた、別の裁判権の行使にすぎません。日本の裁判所を拘束する理由が無いのです。
だからこそ、ただし書が重要になります。「刑の全部又は一部の執行を受けたとき」の部分です。外国で実際に刑の執行を受けていた場合には、刑の執行を減軽するか、免除します。二重に処罰すること自体は許しつつ、実際に受けた不利益は調整する、という仕組みです。たとえば、外国で言い渡された刑の一部を実際に服役した後、日本に送還され、同じ行為について日本でも有罪とされた場合、外国で服役した分は、日本での刑の執行にあたって考慮されます。処罰そのものが免除されるわけではありません。減軽・免除の対象は、あくまで刑の執行であり、処罰そのものを免除するわけではないのです。
第1章の締め:法律がある、法律が届く、では犯罪とは何か

時間、場所、人の順に、刑法の届く範囲を見てきました。時間の線は、原則が行為時法主義、例外が6条でした。6条が例外として許されるのは、有利な変更が被告人の自由を害さないからです。場所の線は、属地主義が原則で、そこに4つの主義が穴を埋めていました。ただし、どの主義も、列挙された罪だけを拾う限定列挙であり、何でも拾えるわけではないという感覚は忘れてはいけません。
人の線は、少し違う話でした。「適用されないか」ではなく、「訴追・裁判権が及ぶか」という、別の次元の話です。次元の違う3つの話を、無理やり1つにまとめる必要はありません。ただ、共通する問いはあります。時間と場所は、「日本の刑法がそもそも届くか」という線であり、人は、届いたうえで「実際に訴追し、裁判ができるか」という別の線です。次元は違いますが、3つとも突き詰めれば、「刑罰権が、どこまで及ぶか」という同じ問いの、3つの面にあたります。
なお、共犯者の一部が国外にいる場合の扱いは共犯を学ぶ回で、刑罰の種類そのものが変わった場合の細かい経過措置は別の回で、それぞれ改めて扱います。
この章では、法律で決めておかないと国家を縛れないという話をしました。今日は、その法律が、いつ・どこ・誰に届くのかを見てきました。「法律がある」の次は「法律が届く」——次は、いよいよ「犯罪とは何か」を学びます。
参照条文
- 日本国憲法第51条
- 刑法第5条(外国判決の効力)