刑法ゼロから刑法#7

犯罪の成立要件

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第2章 構成要件と実行行為 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

ある事件——Aは、罪に問われるのか

事件の始まり

はい、お願いします。……なるほど。即答は、できません。気持ちは分かりますが、今の情報だけでは、まだ何も決まらないんです。これから、事情を1つずつ、足したり引いたりしていきます。すると、同じAとBの出来事なのに、結論が変わっていきます。今日は、この1つの出来事を、最後まで一緒に追いかけましょう。

犯罪とは何か——3つの関門

犯罪の定義と、3つの関門

この出来事を判定するには、実は、確認することが3つあります。その前に、そもそも「犯罪」とは何か、定義から確認しましょう。犯罪とは、構成要件に該当する、違法で有責な行為のことです。大丈夫です。「有責」は、責任があるという意味です。この3つを、1つずつ見ていきましょう。この定義は、判例や実務も、おおむね同じ考え方に立っています。この定義の中に、3つの関門が隠れています。第一の関門が、構成要件該当性。第二の関門が、違法性。第三の関門が、責任です。そうですよね、中身はこれから、さっきの出来事で確かめていきます。はい、では第一の関門から見ていきましょう。

第一の関門——構成要件該当性

構成要件とは、条文が定める「型」

構成要件とは、条文が定めている「型」のことです。刑法という法律の、第2編「罪」に並ぶ、それぞれの条文です。たとえば77条は内乱罪、そこから殺人、窃盗、詐欺……と並びます。そこ、呼び方に注意が必要です。「刑法各論」は大学の科目の名前で、条文そのものの名前ではありません。この各条文が、普通は違法で、普通は責任がある行為を、あらかじめ型にしたものです。そこは、あとで効いてきます。まずは、さっきの出来事に当てはめてみましょう。

条文刑法199条

刑法199条(殺人) 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。

Aは、包丁でBを刺し、Bは死亡しました。これは、「人を殺した」という型に、文言のうえで当てはまります。構成要件該当性は、ありです。ただ、注意してください。構成要件に該当しただけでは、まだ何も終わっていません。違法性も、責任も、まだ分かっていない段階です。では、なぜ、まずこの型への当てはめを確認するんでしょうか。そう見えますよね。でも、ここに、大きな意味があります。型に当てはまらない限り、その行為がどれだけ悪質でも、処罰できません。たとえば、返すつもりで借りたお金を、結局返せなかった場合。約束は破っていますが、刑法のどの型にも当てはまりません。以前、法律で先に決めておかないと、国家を縛れない、という話をしましたね。憲法31条が土台でしたね。手続きの適正だけでなく、内容の適正まで求める条文でした。構成要件は、その罪刑法定主義から生まれる、最初のフィルターです。この働きを、保障機能と呼びます。国民の自由を守るための、最初の関門です。これは、以前学んだ自由保障機能が、構成要件のレベルで現れた形です。「型に当たらなければ、それ以上は検討さえしない」。これが、構成要件が一番手に来る理由です。

第二の関門——違法性は「あるか」でなく「阻却されないか」

違法性は、あるかではなく、阻却されないかで見る

第二の関門は、違法性です。もう少し正確には、その行為に価値が無い、という評価のことです。ここで、多くの人が誤解しやすい点があります。「違法性がある」ことを、1から積極的に証明しないといけない、という誤解です。実は、そうではありません。構成要件は、さっき見たとおり、普通は違法な行為を集めた型でしたね。ということは、型に当てはまった時点で、その行為は通常はもう違法なんです。これを、違法性推定機能と呼びます。さっきのAとBの出来事も、199条の型に当てはまった時点で、もう違法だと扱われています。だから、違法性が「あるか」を、1から積極的に認定する必要はありません。確認するのは、違法性阻却事由があるかどうか、これだけです。ここが、今日いちばんの勝負どころです。逆に、阻却事由が見つかれば、その時点で違法性は否定されます。刑事訴訟法の、有罪が証明されるまでは無罪として扱う、という考え方ですね。出発点があって、覆す事情だけを見る点は似ていますが、向きは逆です。こちらは、「違法である」側が出発点なんです。では、この阻却事由の代表格を、さっきの出来事で確かめましょう。

正当防衛という壁——36条1項

事情を1つ足す

では、さっきの出来事に、事情を1つ足してみます。実は、AはBから、先に包丁で切りつけられていました。とっさに反撃して、Bを刺した、という事情があったとします。はい、構成要件該当性は、変わらず「あり」です。ここで、正当防衛が問題になります。

条文刑法36条1項

刑法36条1項(正当防衛) 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

急に迫った不正な侵害に対して、権利を守るため、やむを得ずにやった行為は、罰しない、という条文です。高いレベルで見れば、そう言えそうですね。やむを得ない反撃、とも言えます。はい、要件を1つずつ詰めるのは、正当防衛だけを扱う回でやります。今日のところは、感覚だけ掴んでください。阻却事由が認められるので、違法性は否定されます。この時点で、Aに犯罪は成立しません。逆に、Aが先に喧嘩を仕掛けていたら、どうでしょう。その場合は、急迫性や防衛の意思が認められず、阻却されません。違法性は「あり」のまま、次の関門へ進みます。違法性阻却事由は、正当防衛だけではありません。35条の正当行為、37条1項の緊急避難、というものもあります。はい、名前と場所だけ覚えておいてください。中身や根っこの考え方は、違法性を学ぶ回で、まとめて扱います。はい、少し事情を戻して、責任の話に進みましょう。

第三の関門——責任、なぜ2段階に分けるのか

責任とは何か——行為者への評価という、もう1つの軸

続いて、第三の関門、責任です。大事な質問です。責任とは、その行為者に対する、非難可能性のことです。行為そのものではなく、その行為をした「人」への評価なんです。ここにも、同じ構造の推定が働きます。構成要件は、違法かつ有責な行為を集めた型でしたね。ということは、違法な行為は、通常は責任もあると推定されます。これを、有責性推定機能と呼びます。ここでも確認するのは、責任阻却事由の有無、これだけです。そこが、今日2つめの、大事なポイントです。違法性は行為への評価、責任は行為者への評価です。同じ行為でも、誰がやったかによって、責任だけが否定されることがあります。たとえば、13歳の子どもが、人を刺してしまった場合を考えてください。その行為自体が許されないことは、変わりません。でも、その子を大人と同じように非難できるかは、別の問題です。この区別は、あとの回でも、何度か効いてきます。たとえば、責任無能力者に対する正当防衛や、共犯の成立を考えるときです。はい、今日は「行為と行為者は別」ということだけ、持ち帰ってください。では、実際に、責任の関門を、さっきの出来事に通してみましょう。

13歳と、心の病——責任が消える2つの場合

事情を戻し、責任の関門へ

ここで、さっきの正当防衛の事情は、いったん外します。基本形に戻りましょう。Bは何もしていなくて、Aが一方的に刺した、という話でしたね。構成要件該当性は「あり」、違法性も、阻却事由がないので「あり」です。まず、Aが13歳だった場合を考えてみましょう。

条文刑法41条

刑法41条(責任年齢) 十四歳に満たない者の行為は、罰しない。

はい、14歳という年齢に、線が引かれています。Aが13歳なら、この条文に、そのまま当てはまります。責任が阻却されるので、この場合も、犯罪は成立しません。よく気づきましたね。36条も、41条も、条文の言葉は同じ「罰しない」です。でも、落ちている関門が違います。正当防衛は第二の関門、13歳は第三の関門です。では、もう1つの変奏を見てみましょう。Aが、重い精神の障害により、物事の善悪を判断する能力を欠いていた場合です。

条文刑法39条

刑法39条(心神喪失及び心神耗弱) 1 心神喪失者の行為は、罰しない。 2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する

はい、ここが、試験でいちばん間違えられる境目です。善悪の判断能力を、完全に欠いた状態を、心神喪失と呼びます。善悪の判断そのものができない人を、「やめておくべきだった」と非難することはできません。だから、1項が適用され、責任が阻却されます。はい、この場合も、犯罪は成立しません。そこで、2項の心神耗弱が出てきます。判断能力が、著しく低下していたにとどまる場合です。はい、ここを混同する人が、とても多いんです。心神耗弱は、責任が阻却されるのではなく、刑が減軽されるだけです。犯罪そのものは、成立します。完全に欠けば1項で不成立、著しく低下しただけなら2項で成立・減軽です。この境目を、しっかり分けて覚えてください。最後に、1つだけ触れておきます。そもそも、構成要件に当てはめる対象である「行為」とは何か、という議論があります。ただ、この定義そのものを、覚える必要はありません。ポイントは、故意の行為だけでなく、過失の行為や不作為も、「行為」に含まれることです。不作為というのは、やるべきことをやらない形のことです。この絞り込みをもっと厳密にやる話は、別の回で扱います。はい、次は、両方の場合を、もう一度きちんと整理しましょう。

事件の結末と、答案の書き方

5つの分岐——答え合わせ

では、最後の場合です。Aが14歳以上の、健康な大人だったとします。正当防衛の事情もなく、一方的にBを刺した、という基本形のままです。そして、責任も、阻却事由が見当たりません。この場合は、3つの関門をすべて通過し、犯罪が成立します。正当防衛が成立するパターン、13歳のパターン、心神喪失のパターン。この3つは、いずれも不成立でした。心神耗弱のパターンは、成立するけれど、刑は減軽されます。そして、今の健康な大人のパターンは、そのまま成立です。最後に、これを答案でどう書くか、という点にも触れておきます。答案では、それぞれの関門を、「阻却事由が無いので、違法である」と書きます。責任についても、「阻却事由が無いので、責任も認められる」と書きます。積極的に認定するのではなく、阻却事由の不存在を確認する、という書き方です。この事件は、これでいったん決着です。ただ、犯罪の成立要件には、実は、もう少し先があります。

犯罪は成立するのに、罰せられない——親族間の窃盗

犯罪の成立と、処罰は別の話

はい、少し違う出来事で、成立要件の外側にある話をします。Aが、同居している親のBの財布から、現金を盗んだ、とします。構成要件該当性、違法性、責任、この3つとも認められます。つまり、窃盗罪は、いったん成立しています

条文刑法244条1項

刑法244条1項(親族間の犯罪に関する特例) 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第二百三十五条の罪、第二百三十五条の二の罪 又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する

配偶者や、直系血族、同居の親族の間で起きた窃盗は、刑が免除されます。AとBは親子、つまり直系血族ですから、この特例に当たります。なお、「同居の」という条件が付いているのは、3つ目の親族だけです。そこが、この話の注意点です。無罪ではありません。犯罪はきちんと成立していて、有罪の判断はできます。ただ、家庭の中で起きた財産のもめごとにまで、国家が刑罰で立ち入るのは適当でない。そういう政策判断から、刑だけを科さないんです。これを、処罰阻却事由と呼びます。答案でも、まず3つの関門を満たすと述べてから、この話に入ります。似た仕組みは、未遂を学ぶ回にも、また出てきます。どこまでが「親族」にあたるか、という細かい範囲は、財産犯を学ぶ回で扱います。はい、次に見てみましょう。

まだ起きていない未来が条件になる——事前収賄

処罰阻却事由と、向きが逆の話

まだ、公務員ではないCがいたとします。将来、有利な取り計らいをするという約束で、Dから請託を受けました。具体的な頼みごとを、引き受けるということです。そして、金銭を受け取りました。

条文刑法197条2項

刑法197条2項(事前収賄) 公務員になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受し、 又はその要求若しくは約束をしたときは、公務員となった場合において、五年以下の拘禁刑に処する。

事前収賄罪、197条2項の構成要件に、当てはまります。違法性も責任も、阻却する事情はありません。犯罪自体は、成立しています。ただ、ここが、さっきとは向きが違います。この条文には、「公務員となった場合において」という条件が付いています。Cが実際に公務員に就任しない限り、処罰できません。もし、Cが公務員に一生ならなければ、この罪では一生処罰されないんです。さっきは、犯罪はもう成立していて、刑だけが免除される話でした。今回は、「公務員となった事実」が無いと、そもそも処罰できないんです。はい、これを、処罰条件、正確には客観的処罰条件と呼びます。あると処罰できなくなるのが処罰阻却事由、無いと処罰できないのが処罰条件です。はい、3つの関門のあとに書きます。ただ、1つだけ言っておきます。この「公務員となった場合」には、争いがあります。処罰条件ではなく、構成要件の要素そのものだと見る立場もあるんです。構成要件の要素なら、公務員になるまでは、そもそも犯罪が成立していないことになります。どちらで見るかは、賄賂の罪を扱う回で立ち止まります。今日は、成立の外側に処罰の条件が置かれる形がある、という枠組みだけ持ち帰ってください。

なぜこの順番なのか——構成要件の2つの機能

保障機能から始まる、1本の因果

今日、確認してきた順番を、もう一度、振り返ってみましょう。この順番には、理由があります。まず、型に当たらなければ、それ以上の検討自体が始まりません。これが、保障機能でしたね。すべての土台です。型に当たれば、次に、違法性が推定されます。これが、違法性推定機能。だから、阻却事由の有無だけを見ます。そして、違法であれば、責任も推定されます。これが、有責性推定機能。だから、責任阻却事由の有無だけを見ます。この②と③をまとめて、違法性・有責性推定機能と呼びます。1つの型が、自由を守りながら、判断の道すじも作っています。それが、今日いちばん伝えたかったことです。

この3階建てが、総論全部の目次になる

総論全体の地図

今日学んだ3つの関門は、実は、これから学ぶ総論全部の目次になっています。第3章から第5章、因果関係、故意と錯誤、過失は、すべて第一関門の中身です。第6章の違法性は、第二関門の中身。第7章の責任は、第三関門の中身です。第8章の未遂と、第9章の共犯は、少し違います。この2つは、修正された構成要件、つまり第一関門の応用形です。たとえば、Aが殺すつもりでBを刺したけれど、Bが助かった場合を考えてください。199条の型は「人を殺した」ですから、そのままでは当たりません。そこを、未遂の規定で修正して拾います。そして第10章の罪数と、第11章の刑罰で、総論を締めます。そのあと第12章から、犯罪ごとに、この型を1つずつ確認していきます。

参照条文

  • 刑法199条
  • 刑法36条1項
  • 刑法41条
  • 刑法39条
  • 刑法244条1項
  • 刑法197条2項

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