科刑上一罪
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第10章 罪数 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
罪は2つ成立しているのに、刑は片方分
図:殴ってケガをさせた。罪は2つ、刑は1つ分
職務執行中の警察官に殴りかかり、その拍子にケガをさせたとします。公務執行妨害罪と傷害罪、2つの罪が成立します。ですがこの人に実際に科される刑は、重いほうの罪の1罪分だけです。犯罪の成立自体は、数罪のまま動きません。動くのは、刑を決めるときの数え方だけです。今日は、この一見矛盾した扱いがなぜ起こるのかを、1つずつほどいていきます。
前回の受けと原則・例外
図:前回の道具は、今日も使うが役割が違う
罪数の全体地図を、もう1度出します。いちばんうえが一罪の層で、前回はここまで歩きました。単純一罪は、構成要件を1回だけ充足する場合。評価上一罪は、複数回充足したように見えて1回だけと評価される場合です。その中の法条競合と包括一罪、この道具はすでに渡してあります。包括一罪は、行為も構成要件への該当も現実に複数あっても、1個の構成要件で評価し尽くされる場合でした。今日はその下、数罪のまま処理の仕方が変わる層、科刑上一罪に降ります。呼び戻すのは、ここまでです。今日の科刑上一罪は、構成要件標準説で数えた結果、すでに複数罪だと確定したあとの話です。数え方の道具ではなく、数えたあとの刑の科し方の道具だという違いを、まず押さえてください。
図:原則は併合罪、科刑上一罪はその例外
数罪が成立したときの扱いの原則は、併合罪です。45条は、確定裁判を経ていない複数の罪について、それぞれの刑を基礎にしながら合算する方向で処理すると定めています。なぜ原則が合算なのかといえば、別々の機会に成立した罪は、それぞれが独立した被害を生んでいて、行為者もその都度あらためて犯意を固めているからです。1つの罪を犯したことが、もう1つの罪の責任を軽くする理由にはなりません。Aは月曜日にBを殴ってケガをさせ、翌週の日曜日にCの家に忍び込んで物を盗んだとします。傷害罪と窃盗罪、この2つはまったく別の機会に、別の被害者に対して成立していて、行為を1個にまとめる理由がどこにもありません。だからこの場合は、それぞれの刑を基礎に合算する併合罪で処理されます。今日学ぶ科刑上一罪は、この原則に対する例外にあたります。
54条1項を読む
図:前段は観念的競合、後段は牽連犯
その例外を定めているのが、54条1項です。全文を読みます。
条文刑法54条1項
刑法54条1項 「一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。」
1つ1つ言葉を追います。「一個の行為が」——まず前段の入口です。行為が複数ではなく、1個であることが前提になります。「二個以上の罪名に触れ」——その1個の行為が、条文の文言上、複数の犯罪に当てはまるときです。ここまでが前段、観念的競合です。続いて「又は」で場面が切り替わります。「犯罪の手段若しくは結果である行為が」——ある犯罪をおこなうための手段として、あるいはその犯罪から生じた結果として、別の行為がある場合です。「他の罪名に触れるとき」——その手段や結果の行為が、また別の罪名に当てはまるときです。ここが後段、牽連犯です。前段と後段、どちらに転んでも、結論は同じ「その最も重い刑により処断する」です。
前段は行為の個数の話、後段は複数の行為のあいだの関係の話。同じ条文の中に、性質の違う2つの場面が並んでいます。
図:科刑上一罪は何に効くのか
では、科刑上一罪は何に効くのでしょうか。3つ確認します。1つめ、処断刑です。それぞれの罪の刑を足し合わせる併合罪加重をせず、最も重い刑1つで処断刑を組み立てます。2つめ、一事不再理の範囲です。1罪として扱われる以上、一方が確定した裁判の中でもう一方も審理され尽くしたことになり、あとから別に訴追することはできません。3つめ、公訴時効です。これも1罪として扱われます。刑を科す場面の話か、犯罪が何個成立しているかの話か。そこが今日いちばん大事な区別です。冒頭の例に戻ると、公務執行妨害罪と傷害罪は、2罪として成立したまま動きません。動くのは、処断刑の組み立て方と、一事不再理・公訴時効の範囲だけです。罪の数は減らない、減るのは刑を決めるときの数え方だけです。
観念的競合——行為が1個か
図:行為が1個だから、一罪に近い
まず前段、観念的競合です。一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合をいいます。行為が1個である点で、数罪でありながら1罪に近い、という趣旨で、重いほうの刑1つにまとめられます。1個の爆弾で複数人を殺害すれば、被害者の数だけ殺人罪が成立しますが、行為は1個の爆破行為だけなので観念的競合です。職務執行中の警察官に暴行を加えてケガをさせれば、公務執行妨害罪と傷害罪の観念的競合になります。冒頭の例は、まさにこれです。
山場①「1個の行為」をどう判断するか
図:「1個の行為」は何を基準に決まるのか
では、その「1個の行為」は何を基準に判断するのでしょうか。ここが今日1つめの山場です。実は、「1個の行為」を構成要件を基準に数えると、前段が意味を持たなくなってしまいます。構成要件を基準にすると、罪名の数だけ「行為」を数え直すことになり、公務執行妨害罪と傷害罪が同時に成立する場面では、常に行為が2個あることになってしまいます。それでは、行為が1個の場合に限って刑をまとめる、という前段の存在理由が失われます。だからこそ判例は、構成要件を離れた自然な見方、つまり法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察という言葉を使い、日常の感覚で1個の動きに見えるかどうかを基準にしています。
判例最大判昭49・5・29
「1個の行為」の判断基準の判例 刑法五四条一項前段の規定は、一個の行為が同時に数個の犯罪構成要件に該当して数個の犯罪が競合する場合において、これを処断上の一罪として刑を科する趣旨のものであるところ、右規定にいう一個の行為とは、法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいうと解すべきである。
判例は、一個の行為とは、法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいう、と述べています。なお、判例が言う「処断上の一罪」は、今日の科刑上一罪と同じものを指しています。
⭐ 論文で書く規範:【観念的競合における「1個の行為」の判断】法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいう。 (規範(判例で立てる))
境界を、具体例で確認します。片方の手で拳銃を撃ち、同時にもう片方の手でナイフを振るって、1人の被害者に両方が命中した場合、2つの動作は時間的にも場所的にも一体で、日常の感覚では1個の攻撃動作として見えます。これは1個の行為と評価できる側です。反対に、1人を殴ってケガをさせたあと、いったん立ち去り、数分後に戻ってきて別の凶器で同じ被害者をもう1度襲った場合、動作のあいだに区切りがあり、日常の感覚でも2つの動きとして見えます。これは1個の行為と評価できない側です。
山場②点と線で振り分ける
図:点と点、線と線、点と線
この基準を実際の判例にあてはめると、「点」と「線」という言葉で整理できます。一瞬で終わる行為を点、一定の時間続く行為を線と呼ぶことにします。1つめ、無免許運転の罪と酒酔い運転の罪です。無免許運転は、免許なく運転している時間じゅうずっと成立していますし、酒酔い運転も、酒に酔った状態で運転している時間じゅうずっと成立しています。どちらも運転が続くあいだじゅう続く線の行為で、しかも同じ1回の運転という動作の中に完全に重なっています。だから観念的競合です。2つめ、業務上過失傷害の罪と信号無視の罪です。信号無視は交差点を通過する一瞬で終わる点の行為、業務上過失傷害もその交差点で事故を起こした一瞬で終わる点の行為です。2つの点が、同じ瞬間、同じ場所で重なっているので、これも観念的競合です。
3つめ、業務上過失致死の罪と酒酔い運転の罪です。酒酔い運転は運転している間じゅう続く線の行為、業務上過失致死はその途中の一瞬に起きた事故という点の行為です。線の行為と点の行為とでは、そもそも動作の性質が違い、線の中のどの瞬間を切り取っても点の行為と等しいとはいえません。だから自然な見方でも1個の動きとはいえず、併合罪です。実は、さきほど一般論を示した判例そのものが、この業務上過失致死と酒酔い運転の組み合わせの事案です。4つめ、2地点で起きた速度違反の罪です。どちらも一瞬で終わる点の行為で、性質は同じです。ですが、1つめの地点での違反と、2つめの地点での違反は、場所も時間も別々に起きています。点と点でも、重なっていなければ、そもそも1個の行為とは評価できません。これも併合罪です。
線と線、点と点が同じ場所・同じ瞬間に重なっているときだけ観念的競合。性質が違うか、重なっていなければ併合罪です。どちらに転んでも、成立している罪の数そのものは動きません。動くのは、刑を決めるときの数え方だけです。
牽連犯——手段目的の関係
図:手段・目的、または原因・結果の関係
続いて後段、牽連犯です。数個の犯罪が、手段・目的、または原因・結果の関係にある場合をいいます。手段となる犯罪に随伴して、目的となる犯罪が行われることが経験則上通常だといえる場合に、重いほうの刑1つで処断します。住居に侵入して人の物を盗めば、住居侵入罪が手段、窃盗罪が目的で牽連犯です。文書を偽造して、それを使えば、偽造罪が手段、行使罪が目的で、これも牽連犯です。
山場③「たまたま」では足りない
図:放火して保険金を得た。なぜ牽連犯にならないのか
では、手段と目的の関係さえあれば、何でも牽連犯になるのでしょうか。ここが今日2つめの山場です。たとえば、保険金をだまし取る目的で自分の家に放火した、という場合を考えてください。手段・目的の関係に見えますが、実は、保険金詐欺目的の放火は牽連犯になりません。
⭐ 論文で書く規範:【牽連犯の成否の判断】牽連犯にあたるかどうかは、その事件でたまたま手段・目的または原因・結果の関係が認められるかではなく、犯罪の性質上、類型的にその関係にあるといえるかで判断する。具体的な事件でたまたまその関係が認められても、牽連犯にはならない。 (規範(最判昭24・7・12))
判例は、牽連犯にあたるかどうかは、その事件でたまたま手段・目的の関係が認められるかではなく、犯罪の性質上、類型的にその関係にあるといえるかで判断する、としています。放火という行為は、性質上、必ず保険金詐欺につながるわけではありません。ほとんどの放火は、保険金とは無関係に行われます。この事件ではたまたま保険金目的だっただけで、放火という犯罪の性質そのものに、保険金詐欺が組み込まれているわけではないのです。だから牽連犯にならないのです。
図:肯定例と否定例を並べる
肯定例と否定例を並べて、この線引きを確認します。たとえば肯定されるのは、住居侵入と、その後の窃盗・強盗・殺人・不同意性交等です。住居に侵入しなければ、家の中で盗んだり人を傷つけたりすることができません。住居侵入は、その中で行われる犯罪の、いわば通り道です。犯罪の性質上、類型的に手段・目的の関係にあるといえます。文書や有価証券を偽造して、それを行使する場合も同じです。偽造した文書を使ってだまし取る場合も、偽造・行使・詐欺という一連の流れが、性質上、通り道として結びついています。さきほどの放火と保険金詐欺のほかに、窃盗を教唆しておいて、その盗品を有償で譲り受ける場合、人を殺したあとに死体を遺棄する場合、強盗殺人の発覚を防ぐために放火する場合です。人を殺した者が、必ず死体を遺棄するとは限りません。その場に放置して立ち去ることもできます。強盗殺人の犯人が、必ず放火で証拠を隠すとも限りません。手段・目的に見える組み合わせでも、その犯罪の性質そのものに次の行為が組み込まれているとまではいえない場合は、たまたまの結びつきにとどまり、牽連犯にはなりません。牽連犯にならなければ、原則どおり、それぞれの罪の併合罪として処理されます。
「最も重い刑」の下限
図:重いほうの罪で決めても、下限だけは軽くできない
54条1項の「その最も重い刑により処断する」には、もう1つ押さえておくことがあります。最も重い刑を定めている罪の法定刑を基準にしますが、その処断刑の下限は、ほかの罪の法定刑の下限より軽くすることはできません。なぜなら、下限まで重いほうの罪に合わせてしまうと、軽いほうの罪について法律が定めた最低限の処罰を下回ることになり、その軽い罪だけを犯した場合より、かえって軽く済んでしまうからです。処断刑を組み立てる細かい順序は、加重や減軽を扱う回で改めて扱います。ここでは54条1項の読み方として、この下限の縛りがあることだけ押さえてください。
弁別の総ざらい
図:評価上一罪、観念的競合、牽連犯、併合罪
今日の内容を、ミニ事例で振り分けてみましょう。まず、業務上、他人のものを占有する者がこれを横領した場合です。評価上一罪でしょうか、観念的競合でしょうか、それとも別の答えでしょうか。……業務上横領罪が成立すれば、単純横領罪はそもそも出番がありません。行為が重なっているかどうかを見るまでもなく、適用される条文が最初から1個です。評価上一罪、前回の法条競合ですね。観念的競合や牽連犯は、複数の罪が現に成立していることが前提でした。ここでは単純横領罪が最初から出番を失っているので、その前提にすら乗りません。次に、無免許運転をしながら酒酔い運転もした場合です。
運転している間じゅう続く線どうしが、まるごと重なっているので観念的競合です。次に、住居に侵入して人の物を盗んだ場合です。行為は2個で、住居侵入が手段、窃盗が目的という類型的な関係にあるので牽連犯です。最後に、まったく別の機会に、別の被害者に対して2回、窃盗を行った場合です。行為の重なりも手段・目的の関係もないので、それぞれ独立した罪として併合罪です。評価上一罪、観念的競合、牽連犯、併合罪、この4つの選択肢のうち、どれから消えていくかまで言えれば、今日の内容は身についています。かすがい現象と、狭義の共犯の罪数処理という、もう2つの発展的な論点が残っています。
今日の地図(保存版)
図:罪の数は減らない、減るのは数え方だけ
今日を振り返ります。数罪が成立したときの原則は併合罪で、科刑上一罪はその例外でした。54条1項は、一個の行為が二個以上の罪名に触れる観念的競合と、手段・目的または原因・結果の関係にある牽連犯を定め、どちらも最も重い刑1つで処断します。ただし、犯罪の成立そのものは数罪のまま動きません。動くのは、処断刑・一事不再理・公訴時効という、刑を科す場面での数え方だけです。殴りかかるという1個の行為が、公務執行妨害罪と傷害罪、2つの罪名に触れています。法的評価をはなれた自然的観察のもとで1個の動きと評価できるため、観念的競合です。だから、成立している罪は2つのまま、処断される刑だけが重いほうの1罪分にまとまります。
参照条文
- 刑法54条1項