脅迫罪・強要罪——「訴えるぞ」は脅迫になるか
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第10章 自由・私生活の平穏に対する罪 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
保護法益——意思決定の自由(+抽象的危険犯) 〔短答・論文共通〕

まず保護法益。脅迫罪が守るのは、個人の意思決定の自由です。前回の身体活動の自由が「動く自由」なら、今回は「決める自由」。なお、私生活の平穏を重視する有力説もありますが、中身で押さえます。ここで大事な性質。脅迫罪は抽象的危険犯です。現実に侵害された結果は要らない。危険があれば成立する罪です。つまり、相手が実際に怖がったかは問わない。たとえで言いますね。意思決定の自由を、ハンドルだと思って。脅迫罪は、そのハンドルから手を離させようとした時点でアウト。そこです。怖がらせようとした、その告知で既遂。これが抽象的危険犯。後で出る強要罪は、実際にハンドルを奪って曲げさせる。結果が要る。
「脅迫」の意義——畏怖させる害悪の告知 〔短答・論文共通〕

では「脅迫」とは何か。定義をしっかり押さえます。「脅迫」とは、一般人を畏怖させるに足りる程度の、害悪の告知です。ここでも、相手が告知を認識すれば足りる。では、怖がらせる程度かどうか、どう判断するか。告知の内容に加えて、相手の性別・年齢、周囲の状況を総合考慮します。そこが面白い所。例えば、火の気もない家のポストに紙を入れる。「次は燃えるかもね」。これだけでも、状況しだいで脅迫になりうる。実は有名な判例があります。後でカードで見せますね。
告知する害悪の条件——①支配しうる害悪/②制限列挙 〔短答頻出〕

「脅迫」なら何でもいいわけではない。害悪に二つの条件があります。一つ目。告知する害悪は、告知者が支配しうる将来の害悪に限る。例えば「天罰が下るぞ」。これは脅迫になりません。一方「お前の車に火をつけるぞ」は、自分で起こせる。ただし、実際に支配していなくても、支配を装えば足ります。二つ目の条件。加害の対象は制限列挙です。本人または親族の、生命・身体・自由・名誉・財産だけ。それが、脅迫罪になりません。恋人は親族ではないからです。条文の列挙に入らない。そこが短答の引っかけ所。友人や内縁の相手も、同じく対象外です。
🔴山場①——「告訴するぞ」は脅迫か(権利行使と脅迫の限界) 〔論文の骨格〕

さあ山場①。冒頭の「告訴するぞ」の問題です。これは二段構えで考えると、すっきり腑に落ちます。まずSTEP①。その告知は、一般人を畏怖させうるか。適法行為の告知であっても、人を畏怖させることは可能です。だから「脅迫」には該当する。ここまでが構成要件該当性。当たります。でもここで終わりではない。STEP②があります。STEP②。その告知は、権利の行使として正当といえるか。正当なら、正当行為、35条で違法性が阻却される。脅迫罪は不成立。例えば「払わなければ法的手続をとります」。これは正当の範囲内。でも、正当の範囲を逸脱すると、35条で阻却されず脅迫が残る。真に告訴する気もなく、ただ怖がらせる目的だったり、手段が不正だったり。畏怖させうる以上「脅迫」に該当、but正当なら35条阻却。では、逸脱の例を関係図で具体的に見ましょう。

甲は乙にお金を貸している債権者。返済を迫りたい。でも甲は「返さないと、お前の浮気を会社中にバラすぞ」と告げた。浮気の暴露は、借金の取立てとは無関係。手段が不正です。畏怖させうる以上「脅迫」に該当。そして権利行使として正当でないから、35条では阻却されない。なお、お金を出させる財産目的に発展すると恐喝罪の問題。それは後の回、恐喝罪で詳しくやります。
🔴山場②——法人に脅迫罪は成立するか 〔短答・論文の骨格〕

山場②。会社を脅したら、会社への脅迫罪になるか。条文の「人」に、法人は含まれないと考えるのが通説です。保護法益は意思決定の自由。それを享受できるのは自然人だけだから。だから法人自体に対する脅迫罪は成立しません。あります。法人も機関を通じて意思決定しうる、という有力説です。でも通説は否定。ここで実務の落とし穴を一つ。会社宛に脅迫文を送ったとします。会社自体には脅迫罪は成立しない。でも、その文を読んだ社長個人が現実に怖がったら。社長個人に対する脅迫罪は、別途成立する余地がある。そこが核心です。法人不成立と、自然人への成立を、混同しないこと。
告知の方法・故意 〔短答〕

短答向けに、告知の方法と故意を整理します。まず方法。告知の方法に制限はありません。文書・口頭・態度・メール、何でもよい。なります。例えば、凶器を見せて「金を出せ」。これは態度による脅迫。次に故意。ここが引っかけ所です。故意は、告知内容の認識と、相手が認識する予見で足ります。いりません。実現する意思の有無は問わない。「殴るぞ」と言えば、脅迫罪の故意があります。なぜか。守るのは、怖がらせない自由、意思決定の自由だから。
脅迫概念の3段階——広義・狭義・最狭義 〔短答頻出〕

もう一つ短答頻出。脅迫概念の3段階です。同じ「脅迫」でも、罪によって、必要な脅しの厳しさが違うんです。一番ゆるいのが広義。加害の対象も程度も問わない。公務執行妨害罪や、威力業務妨害罪、騒乱罪などです。真ん中が狭義。これが本回、脅迫罪と強要罪。対象が本人・親族の五つの利益に限定される。一番厳しいのが最狭義。相手の反抗を抑圧する程度の脅し。強盗罪や強制性交等罪。これは#56や#49で別途やります。
強要罪(223条)——脅迫罪の加重類型 〔短答・論文共通〕

では強要罪。脅迫罪の加重類型です。保護法益は同じ意思決定の自由。でも一歩踏み込む。怖がらせるだけでなく、意思の実現、強制まで侵害する。だから法的性質は侵害犯。結果の発生が必要です。そこが核心の対比です。行為は、狭義の脅迫または広義の暴行。違います。身体に直接向けなくてよい、不法な有形力です。そして結果が二つの類型に分かれます。図で見ましょう。一つ目は、義務のないことを行わせた。土下座させる、謝罪文を書かせる、退職届を書かせる。二つ目は、権利の行使を妨害した。被害届の取下げを強いる、告訴を中止させる、など。因果関係も大事。脅迫・暴行から、現実に畏怖して、強制に至る。だから、怖がらず哀れみなどで行えば、因果関係を欠いて未遂。します。223条3項。脅迫罪に未遂処罰がない点と、はっきり対比です。
脅迫罪 vs 強要罪 対比 〔短答・論文共通〕

ここで、脅迫罪と強要罪を一枚の表で対比します。軸は六つ。保護法益、法的性質、行為、畏怖の要否、未遂処罰、法定刑。でも分かれ目は一点。②の法的性質です。脅迫罪は怖がらせた段階で成立、強要罪はやらせて初めて成立。だから行為も、強要罪は脅迫に加えて暴行も含む。未遂処罰も、強要罪だけにある。223条3項でしたね。この一枚で、二つの罪の違いが全部見渡せます。
条文を確認——222条・223条 〔約束③(条文全文)〕

では核心の条文を全文で確認します。まず222条、脅迫罪。害を加える旨を告知して人を脅迫した者、二年以下の拘禁刑または罰金。列挙されているのは、生命・身体・自由・名誉・財産。だから恋人や友人は、ここに入らない。条文どおりです。

次に223条、強要罪。条文も少し長くなります。脅迫し、または暴行を用いて、義務のないことを行わせ、または権利行使を妨害。法定刑は三年以下の拘禁刑。脅迫罪より重い。そして三項。前二項の罪の未遂は、罰する。そこが大事。脅迫罪にはこの未遂規定がありません。
短答ひっかけ

短答でひっかかる所を整理します。①保護法益は意思決定の自由。②「脅迫」は畏怖させる害悪の告知。支配しうる害悪に限る。③加害対象は制限列挙。恋人・友人は対象外。④山場①、「告訴するぞ」は脅迫に該当、but正当なら35条阻却。⑤山場②、法人自体は不成立、but自然人を怖がらせれば自然人に成立。⑥故意は実現意思不要。⑦強要罪は侵害犯で、未遂処罰あり。この七つで、脅迫・強要の短答はかなり戦えます。
📝 論文の型

ここから論文の型です。山場①を、答案で書ける形に落とします。逐語で覚えるのは、太字のキーワードだけ。あとは趣旨から復元します。核心はこう。「脅迫」とは、一般人を畏怖させる害悪の告知。適法行為の告知でも人を畏怖させうる以上、それも「脅迫」に該当する。もっとも、権利行使として正当なら、35条で違法性が阻却される。復元の鎖はこう。まず「脅迫」の定義を置く。次に、適法行為でも人を畏怖させうる、と理由を述べる。butとして、権利行使として正当なら35条阻却、と限定する。最後に、正当の範囲を逸脱すれば脅迫が残る、と帰結を示す。

答案の型で、流れを実演します。事例は山場①の話。まず問題提起。適法行為の告知が「脅迫」にあたり脅迫罪が成立するか。次に規範。畏怖させうる以上「脅迫」に該当、but正当なら35条阻却。最後にあてはめ。本件は債権回収と無関係な暴露を手段にしている。だから35条で阻却されず、脅迫罪が成立する。
今日の地図(保存版)

まとめます。脅迫罪・強要罪は、意思決定の自由を侵す罪。前回の身体活動の自由とは、守る自由の種類が違いました。脅迫罪は抽象的危険犯。怖がらせる告知をすれば既遂。山場①、「告訴するぞ」は脅迫に該当、but正当なら35条阻却。山場②、法人自体は不成立、but自然人を怖がらせれば自然人に成立。抽象的危険犯か侵害犯か、この一点で二罪が分かれました。第10章のつづき、移動・拘束の自由へ進みます。