住居侵入罪・不退去罪——「侵入」とは何か/住居権説と平穏説
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第10章 自由・私生活の平穏に対する罪 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
130条の全体構造——住居侵入罪と不退去罪 〔短答・論文共通〕

まず130条の全体像です。一つの条文に、二つの罪が入っています。前段が住居侵入罪。住居などに「侵入」した場合です。後段が不退去罪。要求を受けたのに、退去しなかった場合。客体は、人の住居と、人の看守する邸宅・建造物・艦船です。法定刑は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金。前段も後段も共通です。要注意です。現行は拘禁刑に一本化されています。それと「正当な理由がないのに」という言葉。違法性が阻却されれば成立しない、という当たり前のことの注意的な明記です。切り分けの軸はこう。入り口が違法なら前段、適法に入って居座れば後段。
条文を確認——130条(前段=住居侵入罪/後段=不退去罪) 〔約束③(条文全文)〕

核心の条文を全文で確認します。130条です。色分けして見ましょう。正当な理由がないのに――ここまでが前置きです。金色の部分が前段。人の住居、人の看守する邸宅・建造物・艦船に侵入し。紫の部分が後段。又は要求を受けたのに、これらの場所から退去しなかった。そして、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金。これは両方共通の刑です。客体を並べるのが「若しくは」、前段と後段を分けるのが大きい「又は」です。
🔴 保護法益の対立——住居権説と平穏説 〔短答・論文共通〕

激しく争いがあります。A説が住居権説。これが判例の立場です。家長の権利、という古い意味ではありません。新しい住居権説です。守るのは「誰を立ち入らせるかを、自分で決める自由」。居住者の意思です。B説が平穏説。守るのは「住居の事実上の平穏」だと考える。ここで平穏説への批判が一つ。「平穏」という言葉です。「平穏」は「社会の平穏」に結びつきやすいんです。でも住居侵入罪は、個人の法益を守る罪。そこと噛み合いにくい。表を見てください。この法益の見方が、次の「侵入」の定義を決めます。
🔴 「侵入」の意義と判断フロー 〔短答・論文共通〕

では「侵入」の意義です。フローで見ます。法益の見方で定義が分かれます。住居権説からは「侵入」=住居権者の意思に反する立入り。この定義は論文でそのまま使うので、しっかり覚えてください。いい質問です。住居以外は「管理権者の意思に反する立入り」と言い換えます。一方、平穏説からは「平穏を害するような態様による立入り」になります。フローで通しましょう。①立入りがあった。②意思に反するか。③承諾がある場合は、その承諾が真意か。動機の錯誤がないか。これが軸です。たとえで言うと、こうも言えます。平穏説は「鍵が開いていたか」を見る発想。住居権説は「家主が入れる気か」を見る。判例は後者です。では、この軸で3つの事例を解いていきます。
客体の4類型+囲繞地・「人の看守する」 〔短答頻出〕

次に客体です。4つの類型を、定義つきで押さえます。まず住居。人の起臥寝食、寝起きや食事に使う場所です。いいんです。ホテルや旅館の一室も住居にあたります。次に邸宅。居住用の建造物で、住居以外のもの。空き家や閉鎖中の別荘。それと、共同住宅の共用部分も邸宅です。次に建造物。官公庁、学校、工場など。判例には、警察署の塀の上部に上がった時点で既遂、というものも。最後に艦船。軍艦と船舶ですね。それと、囲繞地。いにょうち、と読みます。塀で囲まれた庭などです。図で見ましょう。

囲繞地は、建物に付属して、塀などで外部と区画された敷地です。左を見て。公道から直接入れる庭は、囲繞地にあたりません。右は、塀を越えないと入れない庭。これは囲繞地として保護されます。そして「人の看守する」という言葉。これも要注意です。事実上管理・支配するための、人的・物的な設備を施すことです。逆に、立入禁止の札を立てるだけでは足りません。それと「人」とは、その建物の管理権者のこと。守衛さん自身ではありません。
🔴 山場①——公開建物への違法目的立入り 〔短答・論文共通〕

一つ目の山場です。一般に公開された建物への、違法目的の立入り。デパートや官公庁、展示会場。誰でも入れる場所ですね。さっきの軸であてはめます。まず住居権説から。違法な目的での立入りは、管理権者の意思に反する。だから侵入。これが有力です。お店は「買い物客ならどうぞ」と門戸を開いている。ただし、住居権説でも否定する見解があります。通常の態様で入る限り、管理権者の包括的な同意の範囲内だ、と見るんです。答案では、どちらの見解に立っても構いません。平穏説からは、通常の態様の立入りなら平穏を害さない。だから侵入にあたらない。
🔴 山場②——「今晩は」事件(錯誤に基づく承諾) 〔短答・論文共通〕

二つ目の山場です。承諾が錯誤に基づく場合。「今晩は」事件と呼ばれます。図を見て。犯人Aが、強盗の意図を隠して「今晩は」と挨拶します。家人Bは来客だと思って「おはいり」と招き入れる。そして立ち入る。ここが論点です。Bは承諾していますよね。でも、その承諾を考えてみて。Aの欺罔行為、つまり偽りによって、承諾を与えているんです。そこです。だからその承諾は、真意に出たものとはいえない。無効です。住居権説は、承諾に真意であること、動機の錯誤がないことを要求します。だから錯誤に基づく承諾は無効。なおBの意思に反する立入り。平穏説だと、平穏を害する態様でないので、侵入を否定します。
🔴 山場③——ビラ投函とマンション共用部分 〔短答〕

三つ目の山場です。政治ビラを配るために、マンションに入る場合。分譲マンションや宿舎の共用部分に、ビラ投函目的で立ち入る。そこに管理権者の意思に反して立ち入れば、住居侵入罪が成立します。ここで一つ、論点が出ます。表現の自由との関係です。いい質問です。結論から言うと、合憲です。私生活の平穏を害する態様の立入りを処罰しても、21条に反しない。詳しい合憲性の判断は、憲法でやります。ここは結論だけ。
既遂時期・未遂(132条) 〔短答〕

既遂と未遂です。まず既遂はいつか。身体が住居等に入った時点です。全部、または重要な部分が入った時点、と理解してください。132条が、130条の罪の未遂を罰すると定めています。条文を見ましょう。第百三十条の罪の未遂は、罰する。これだけのシンプルな条文です。塀を乗り越える途中で逮捕。あるいは、鍵を破壊した段階で逮捕。それと罪数。住居侵入は、目的の犯罪と牽連犯になります。侵入して窃盗、侵入して強盗、のように。侵入が手段になる。
不退去罪(130条後段)の切り分け 〔短答〕

最後に不退去罪です。冒頭の疑問②、住居侵入罪との違いですね。軸は一つ。入り口が適法か、違法か、で切り分けます。最初から意思に反して入った場合。これは侵入ですよね。その場合は住居侵入罪のみ。不退去罪は別に立ちません。一方、適法に入った後、退去要求を受けたのに出て行かない。まさにそれが不退去罪です。入り口は適法、でも出て行かない。性質も大事。不退去罪は真正不作為犯です。「退去しない」という不作為そのものが罪。そして継続犯です。既遂はいつか。要求を認識して、退去に必要な合理的時間が経つこと。なお、未遂は条文上は罰するとありますが。でも、合理的時間の経過前は当罰性がなく、経過後は既遂になる。だから未遂は観念できない、と解するのが通説です。
短答ひっかけ

短答でひっかかる所を整理します。①保護法益は住居権説と平穏説。②「侵入」は、住居権説が意思に反する立入り、平穏説が平穏を害する態様。④客体は4類型。邸宅に共用部分、付属して囲繞地。⑤既遂は身体の侵入時、未遂処罰あり、目的犯罪とは牽連犯。この六つで、住居侵入罪の短答は、かなり戦えます。
📝 論文の型

ここから論文の型です。「侵入」の意義を、答案で書ける形にします。逐語で覚えるのは、太字のキーワードだけ。あとは趣旨から復元します。核心はこう。保護法益は、誰を立ち入らせるかを決める自由。だから「侵入」とは、住居権者の意思に反する立入りをいう。承諾が問題になる事案では、もう一文。欺罔で得た承諾は真意に出たものといえず無効。この二つの言い回しだけ、逐語で押さえる。残りは趣旨から組み立てます。まず保護法益が、誰を立ち入らせるかを決める自由だと述べる。次に、ゆえに「侵入」は意思に反する立入り、と定義を導く。よって「侵入」にあたる。判例は最判昭58・4・8と、今晩は事件です。

答案の型で、流れを実演します。事例は「今晩は」事件です。まず問題提起。承諾を得た甲の立入りに、「侵入」が認められるか。次に規範。保護法益は誰を立ち入らせるかの自由、侵入は意思に反する立入り。欺罔で得た承諾は、真意に出たものといえず無効。ここまでが規範です。Aは欺罔により承諾を与えており、真意に出たものとはいえず無効。だから甲の立入りは、なおAの意思に反する。よって侵入にあたる。
今日の地図(保存版)

まとめます。保護法益が侵入の定義を決め、定義が結論を決める。保護法益は、判例が住居権説。誰を立ち入らせるかの自由です。「侵入」は、住居権説で意思に反する立入り。これが論文コア。客体は4類型と囲繞地。既遂は身体の侵入時、未遂も処罰。これで第10章、自由・私生活の平穏に対する罪は完結です。秘密・名誉に対する罪、名誉毀損罪に進みます。