刑法ゼロから刑法#108

堕胎罪と胎児性傷害

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第12章 個人的法益①|生命・身体に対する罪 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

中絶はなぜ処罰されないのか

刑法典の外に、もう1つの窓口がある 図:刑法典の外に、もう1つの窓口がある

前回、遺棄の罪を締めくくったところで、次は堕胎の罪に進む、そして章の締めくくりとして、殺人・堕胎・遺棄などを混ぜた事例で、どの罪の規範があたるのかを見分ける練習をする、と予告しました。本題に入る前に、前回の到達点を1つ確認させてください。前回、Aに保護責任があるかどうかを分けたポイントは何だったか、覚えていますか?排他的支配です。Aが、Bを自分だけが助けられる状態に置いたかどうか、でした。今日は遺棄の罪から堕胎の罪という別の罪型に移りますが、条文の文言から境界線を導くという姿勢は同じです。まず1つ、矛盾に見える話から入りましょう。刑法212条以下は、妊娠中の女子の堕胎を全面的に処罰の対象としています。ところが、人工妊娠中絶は、日本で年間十数万件行われています。

妊娠中絶が罪に問われないのは、刑法典の外側に、もう1つ別の法律が建っているからです。今日はまず、この矛盾の種明かしから入ります。これが、堕胎罪の条文の外側にある1つ目の境界線です。そのあとで、212条から216条までの5つの罪を、条文の全文で固めます。最後に、外側に残る2つの境界線——殺人罪との境界、そして胎児性傷害という論点——を押さえて、第12章全体を締めくくる弁別の練習をします。

堕胎の罪の保護法益と客体

守っているのは、胎児だけではない 図:守っているのは、胎児だけではない

堕胎の罪が守っているものは、第一次的には胎児の生命・身体の安全です。ただし、それだけではありません。堕胎という行為は、妊婦本人の身体にも危険を及ぼしますから、第二次的に妊婦の生命・身体の安全も保護法益に含まれると解するのが通説です。客体は妊娠中の女子、つまり妊婦と、胎児の両方です。あとで見る213条以下が、堕胎によって女子を死傷させた場合を重く処罰しているのも、妊婦の身体そのものが保護の対象に入っていることの表れです。

「堕胎」の意義と既遂時期

排出行為そのものが実行行為——死亡結果はいらない 図:排出行為そのものが実行行為——死亡結果はいらない

「堕胎」の意義を確認します。一般に、堕胎とは、①母体の中で胎児の命を絶つこと、または②自然の分娩期より前に、人の手で胎児を母体の外へ出してしまうことをいいます。判例は、この人の手による分離について、胎児が死んだかどうかは罪の成否に関係しない、と述べています。

判例大判明治42・10・19

堕胎の意義 「堕胎」とは、自然の分娩期に先立って、人為的に胎児を母体から分離させることをいう。その結果として胎児が死亡したかどうかは、犯罪の成否に影響しない。

排出しただけで、胎児が生きていても成立するんですか。そこが殺人罪との大きな違いです。殺人罪は人が死ぬという結果まで生じて初めて既遂になる結果犯でした。ところが堕胎罪は、人為的な排出行為そのものが実行行為であって、死亡という結果は要件になっていません。ですから、早産させた結果、胎児が未熟なまま生きて生まれてきたとしても、堕胎罪はすでに既遂に達しています。

中絶が処罰されない理由——母体保護法14条

指定医師が、要件を確認して許可する 図:指定医師が、要件を確認して許可する

冒頭の矛盾に戻ります。刑法212条以下は堕胎を全面的に禁止していますが、刑法典の外側に母体保護法という別の法律があり、その14条が一定の要件のもとで人工妊娠中絶を適法なものと認めています。まず、母体保護法が「人工妊娠中絶」をどう定義しているかを見ます。

条文母体保護法2条2項

母体保護法2条2項 「この法律で人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出することをいう。」

母体外に出しても生きていけない時期、つまり生育可能性がない段階での人工的な排出を、人工妊娠中絶と定義しています。そのうえで、14条が許可の要件を定めています。

条文母体保護法14条1項

母体保護法14条1項 「都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。 一 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの 二 暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」

条文母体保護法14条2項

母体保護法14条2項 「前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなつたときには本人の同意だけで足りる。」

まず主体は、都道府県の医師会が指定する医師、指定医師に限られます。次に要件です。1号は、妊娠の継続や分娩が、身体的または経済的な理由で母体の健康を著しく害するおそれがあること。2号は、暴行・脅迫によって、または抵抗・拒絶できない間に、意に反して性交されて妊娠したことです。そして、本人及び配偶者の同意が必要ですが、配偶者が誰か分からないとき、意思を表示できないとき、あるいは妊娠後に配偶者が亡くなったときは、本人の同意だけで足ります。指定医師が、1号か2号のどちらかの要件のもとで、必要な同意を得て中絶を行えば、母体保護法によって適法とされ、刑法から見て違法性が阻却されます。だから堕胎罪は成立しません。刑法典という本館の入口には堕胎禁止の看板が掲げられていますが、その外側にある母体保護法という別棟の窓口で、指定医師が要件を確認して許可印を押せば、本館の禁止は及ばなくなる。そういう二層構造になっています。ここでの違法性阻却は、違法性阻却の一般論そのものではなく、母体保護法14条という個別の条文が根拠になっているという点だけ押さえてください。これが、堕胎罪の外側にある1つ目の境界線です。

たとえば、経済的に苦しい妊婦Xが、本人と夫の同意のうえで中絶を頼んだとします。指定医師が行えば、別棟で許可印が押されるので適法です。ところが、頼んだ相手が指定を受けていない医師だったら、許可印はありません。本館の禁止がそのまま及び、このあと見る214条、業務上堕胎罪の問題になります。

212条から216条までの5類型

誰が・頼まれたかどうかで、刑の重さが決まる 図:誰が・頼まれたかどうかで、刑の重さが決まる

ここから、212条から216条までの5つの罪を、条文の全文で見ていきます。先に結論を言うと、同意の有無と、誰が行うかという2つの軸で、刑の重さが段階的に決まっています。まず212条です。

条文刑法212条

刑法212条(自己堕胎罪) 「妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、一年以下の拘禁刑に処する。」

妊娠中の女子自身が、自分で堕胎した場合です。自分の身体に対する行為なので、5類型の中でいちばん軽く処罰されます。次に213条です。

条文刑法213条

刑法213条(同意堕胎罪・同致死傷罪) 「女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させた者は、二年以下の拘禁刑に処する。よって女子を死傷させた者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。」

女子の嘱託を受けるか、承諾を得て、第三者が堕胎させた場合です。女子本人ではなく他人が手を下す分、212条より重くなります。よって女子を死傷させた場合は、結果的加重犯として、さらに重くなります。214条を見てください。

条文刑法214条

刑法214条(業務上堕胎罪・同致死傷罪) 「医師、助産師、薬剤師又は医薬品販売業者が女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させたときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。よって女子を死傷させたときは、六月以上七年以下の拘禁刑に処する。」

214条は、医師・助産師・薬剤師・医薬品販売業者という、一定の業務者に主体を限定しています。213条とほとんど同じ構造ですが、主体が業務者という身分に絞られる分、刑が重くなっています。これは213条の不真正身分犯にあたります。業務者でなくても213条で処罰できる行為を、業務者という身分によってさらに刑を重くしているからです。前回、保護責任者が移置をした場合を、217条でも処罰できるから不真正身分犯だと見ました。214条と213条の関係も、それと同じ形です。業務者のほうが、専門知識があるのに、なぜ重いんですか。専門知識と設備を持つ業務者が堕胎に関与することで、より確実に、より広く行われてしまう危険が高いと考えられているからです。続いて215条です。

条文刑法215条1項

刑法215条1項(不同意堕胎罪) 「女子の嘱託を受けないで、又はその承諾を得ないで堕胎させた者は、六月以上七年以下の拘禁刑に処する。」

条文刑法215条2項

刑法215条2項(不同意堕胎未遂) 「前項の罪の未遂は、罰する。」

215条は、女子の嘱託も承諾も得ずに堕胎させた場合です。本人の意思に反している分、5類型の中でもっとも重く処罰され、未遂犯を処罰する規定もあります。最後に216条です。

条文刑法216条

刑法216条(不同意堕胎致死傷罪) 「前条の罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。」

216条は215条の結果的加重犯です。「傷害の罪と比較して、重い刑により処断する」という文言は、前回219条で見た計算方式とまったく同じ形です。上限と下限をそれぞれ傷害の罪と比べて、重いほうを採るという、あの計算方式をそのまま使います。自己堕胎がいちばん軽くて、不同意堕胎がいちばん重い、という並びです。本人がやったか、頼まれてやったか、頼まれてもいないのにやったか。この段階のどこにいるかで、条文と刑の重さが決まります。同じ妊婦Xで並べてみます。Xが自分で薬を飲んで堕胎すれば212条。Xに頼まれた友人Yが手を下して堕胎させれば213条。頼まれたのが医師なら214条。Xに黙って、Yが飲み物に薬を混ぜて堕胎させれば215条で、それでXが体を壊せば216条です。

堕胎罪と殺人罪の境界

排出されたあと、胎児が生きていたら 図:排出されたあと、胎児が生きていたら

ここで、堕胎罪の外側にある2つ目の境界線に入ります。自然の分娩期に先立って人工的に母体から排出されたが、生命機能を持ち独立して呼吸している胎児を、その後に殺害した場合、どう処理するかという問題です。排出行為で堕胎罪は既遂に達しています。問題は、そのあとに生きている胎児を殺した行為をどう評価するかです。ここで効いてくるのが、殺人罪の回で確定した「人」の始期、一部露出説です。体の一部でも母体の外に出た時点から「人」になる、という考え方でした。体がすっかり母体の外に出た以上、生育可能性の有無にかかわらず、それはもう胎児ではなく、殺人罪が守る「人」として扱われます。生育可能性があった場合は、作為でも不作為でも殺人罪が成立します。生育可能性がなかった場合、作為で殺害すれば、死期が切迫していても「人」であることに変わりはないので殺人罪が成立します。しかし、不作為、つまりただ放置した場合は話が変わります。

不作為犯が成立するには、法的な作為義務が必要でした。生育可能性がない、つまり助けようとしても生存させられない胎児について、結果を防ぐべき法律上の義務を認めることはできません。だから、生育可能性がない場合の不作為による放置には、殺人罪が成立しないのです。作為か不作為かで結論が割れるのは、殺人罪そのものではなく、この作為義務の有無によるものです。

胎児性傷害——堕胎にすら当たらない場合

傷ついたのは「人」か、それとも別の何かか 図:傷ついたのは「人」か、それとも別の何かか

堕胎罪の外側にある、3つ目の境界線です。たとえば、Aが自転車で前をよく見ずに走り、妊婦にぶつかってお腹を強く打たせたとします。胎児Bは、母体内で死亡もせず、分娩の時期が早まることもなかったのですが、母体内で傷害を負い、その傷害が出生後もそのまま残っていました。これは堕胎罪になるんですか。なりません。母体内で胎児を殺してもいませんし、人為的に排出してもいません。さっき確認した堕胎の意義、どちらの要件にも当てはまらないからです。堕胎罪はそもそも成立しません。Aは何の罪にもならないんですか。そこが問題です。出生後のBには傷害が残っています。傷害罪や過失傷害罪が成立しないか、という形で問題になります。ここで壁になるのが、客体です。Aが危害を加えた時点で、Bはまだ胎児であって「人」ではありません。傷害罪の客体は「人」の身体でした。「人」でないものを傷つけても、傷害罪にあたるといえるのか。これをめぐって3つの立場があります。

3つの立場——判例と通説がずれている 図:3つの立場——判例と通説がずれている

1つ目は母体傷害説です。判例が採る立場で、胎児は母体の一部であるとみて、母体という「人」に対する傷害だと構成します。

判例最決昭和63・2・29(熊本水俣病事件)

胎児性傷害と母体傷害説 胎児に病変を生じさせることは、母体という「人」の一部に病変を生じさせることにあたる。その子が出生して「人」となった後、その病変がもとで死亡すれば、人に病変を生じさせ人に死の結果をもたらしたものとして、業務上過失致死罪が成立する。

判例がこの構成を採る根拠は、今の刑法は胎児を、堕胎の罪で特別に独立の客体としている場面を除けば、母体の一部として扱っている、という読み方です。その背景には、胎児のときの侵害がもとで生まれてから重い障害を負ったり亡くなったりした子について、刑法が何も手当てできないのは不当だ、という処罰の必要性の考慮がある、と評されています。ただ、この立場には弱点があります。刑法は212条で、妊娠中の女子が自分で堕胎することを、自己堕胎罪として処罰しています。もし胎児が本当に母体の一部にすぎないなら、自分の身体の一部を処分しただけの自傷行為であって、本来は不可罰のはずです。ところが212条は現に自己堕胎を処罰している。この点で、母体傷害説は刑法典の建て付けと整合しないという批判を受けます。

生まれてきた「人」に対する傷害説です。胎児の段階で加えられた傷害が、出生してBが「人」になった時点で、その「人」に対する傷害として成立する、と構成する立場です。ただ、これにも批判があります。「人」という言葉に「胎児」の段階まで含めてしまうことになり、罪刑法定主義に反する類推解釈になりかねません。加えて、実行行為の侵害作用が及んだ時点で、客体がまだ存在していなかったという問題も残ります。3つ目は、否定説です。傷害罪も過失傷害罪も成立しないとする立場で、通説です。侵害を加えた時点でBはまだ「人」ではなかった以上、傷害罪の客体にあたらない、と割り切ります。出生後にBが死亡しても、傷害致死罪や過失致死罪は成立しません。

判例と通説の結論がずれているという事実そのものが、この論点の核心です。さっきの自転車の事例なら、母体傷害説では母体の一部への侵害を足場にして、生まれたBに対する過失傷害罪、生まれてきた「人」に対する傷害説では生まれたBへの過失傷害罪、否定説ではBの傷害についてAは罪に問われない、と3つとも答えが変わります。論文でも論点になりうるところです。

第12章の総仕上げ——5つの罪を見分ける

客体・同意・場所的離隔で、罪が決まる 図:客体・同意・場所的離隔で、罪が決まる

最後に、第12章で学んだ殺人罪・同意殺人罪・堕胎罪・遺棄の罪・傷害致死罪を混ぜたミニ事例で、どの罪の規範があたるのかを見分ける練習をします。使う物差しは3つです。客体は「胎児」か「人」か。同意はあるか。場所的離隔や保護責任はあるか。この3つを事例に当てて、条文を選んでみましょう。1問目です。妊婦Aが、自分で薬物を用いて堕胎しました。2問目。自然の分娩期に先立って人工的に母体から排出されたBが、生育可能性のある状態で生きていました。Aはその後、Bの首を絞めて殺害しました。3問目。末期の病に苦しむBが、Aに「自分を殺してほしい」と頼み、Aが手を下してBを殺害しました。

4問目。出産直後の新生児B、すでに「人」です。保護責任のあるAが、寒さの厳しい場所にBを置いて立ち去りました。4問目の答えは保護責任者遺棄罪です。最後の5問目です。妊婦ではない、通常の成人であるBに対して、Aが暴行を加えたところ、Aの予期に反してBが死亡してしまいました。5問とも、客体・同意・場所的離隔という3つの軸だけで振り分けられます。今日新しく学んだ堕胎罪と、これまでに学んだ4つの罪は、この3つの軸の上で、隣り合う条文として並んでいるのです。

今日の地図(保存版)

第12章の全体地図が完成した 図:第12章の全体地図が完成した

今日の内容を整理します。212条から216条までは、同意の有無と主体によって刑の重さが段階的に決まる5類型でした。その外側に、母体保護法14条による違法性阻却、一部露出説を介した殺人罪との境界、そして判例と通説がずれる胎児性傷害という、3つの境界線がありました。条文の中身を固めることと、条文の外側にある境界線を分けて考える、という今日の筋でしたね。これで、殺人の罪、遺棄の罪、そして堕胎の罪を合わせて、第12章、生命・身体に対する罪が完成しました。次章では、自由に対する罪に進みます。

参照条文

  • 母体保護法2条2項
  • 母体保護法14条1項
  • 母体保護法14条2項
  • 刑法212条
  • 刑法213条
  • 刑法214条
  • 刑法215条1項
  • 刑法215条2項
  • 刑法216条

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