保護責任者遺棄罪
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第12章 個人的法益①|生命・身体に対する罪 ⑪/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の地図を、具体的な条文にあてはめる
図:同じ「逃げた」でも、扱いが違う2つの場面
前回、217条から219条までの3つの条文の役割を、2つの軸で整理しました。場所的な距離ができたかどうか、そして要扶助者を自分の手で動かしたかどうか。この2つの軸を立てると、217条は移置のみ、218条前段は移置と置去りの両方、218条後段は不保護、という条文の守備範囲が導けるという結論でしたね。今日はその地図の上に、具体的な要件を積み上げていきます。Aが自動車を運転していて、不注意でBをひいてしまい、Bは自力で動けないほどの重傷を負ったとします。Aは事態が発覚するのを恐れて、その場を離れることにしました。
ここで、Aの行動を2パターン考えてみます。1つは、Aが車から降りることもなく、そのままアクセルを踏んで走り去る場合。もう1つは、Aが一度車から降りてBを抱え、病院に運ぼうと自分の車の後部座席に乗せたものの、途中で怖くなり、人通りのない道端でBを降ろして走り去る場合です。先に答えを言うと、分かれ目は、AがBを一度でも、自分だけが助けられる状態に置いたかどうかです。その理由を、今日は条文の中身とあわせて固めていきます。本題に入る前に、前回の到達点を1つ確認させてください。前回、217条の「遺棄」は、作為・不作為のどちらに限られると学びましたか?
作為、つまり移置だけでした。ここから今日は、217条・218条の客体、218条の身分としての性質、保護責任がどう発生するか、ひき逃げ事案での保護責任の有無、そして219条の法定刑の決め方まで、順番に見ていきます。
217条・218条の客体——限定列挙
図:217条の客体は、限定列挙
条文刑法217条
刑法217条(単純遺棄) 「老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の拘禁刑に処する。」
まず217条の全文です。「老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の拘禁刑に処する。」客体の書き方に注目してください。老年、幼年、身体障害、疾病という4つの原因が並んでいますが、これは限定列挙です。例えば、山で道に迷って動けなくなった人は、病気でも老年でも幼年でもありません。単に道に迷っているだけなら、217条の客体にはあたりません。同じように、手足を縛られて身動きが取れない人も、身体障害があるわけではないので、客体にはあたりません。感覚的にはそうですが、条文が挙げている原因に該当しない以上、217条の対象外です。他方で、判例が客体にあたると認めた例があります。高度の酩酊者、つまりひどく酔って自分では動けない人です。
お酒に酔っているだけなのに、客体に入るんですか。そこがポイントです。高度の酩酊は、一時的であっても身体の自由な運動ができなくなっている状態であり、「疾病」による病者に含まれると判断されています。
判例最決昭和43年11月7日(集刑169号355頁)
高度の酩酊者と病者 高度の酩酊者は、218条1項の病者にあたる。
列挙されている原因そのものは限定されていますが、その原因にあたるかどうかの当てはめは、実質的に判断されます。218条も客体の書き方はほぼ同じで、表現が少し変わるだけで、実質は同じだと考えて構いません。
218条の客体・行為・主体
図:218条は、客体は217条とほぼ同じ、行為は2つ
条文刑法218条
刑法218条(保護責任者遺棄等) 「老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。」
218条の全文です。「老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。」客体は217条とほぼ同じです。行為は、前回確定した広義の遺棄、つまり移置と置去りの両方に加えて、生存に必要な保護をしなかったこと、つまり不保護も含まれます。217条より重い刑になっているのは、なぜですか。218条の主体が「保護する責任のある者」、つまり保護責任者に限られているからです。守るべき立場にある人が、その責任を裏切って見捨てる。だから、誰がやっても成り立つ217条より重く罰せられます。そしてこの主体の限定は、行為の範囲にも効いています。217条は誰でも主体になれる代わりに行為が移置に限られましたが、218条は主体を絞る代わりに行為の範囲を広げているわけです。なぜ広げてよいのか。その場を離れるだけの置去りや、保護をしないだけの不保護まで誰にでも処罰を及ぼすと、たまたま居合わせた人まで罰することになります。助けるべき立場にある保護責任者に絞ったからこそ、見捨てるという不作為まで処罰の対象にできるのです。
218条の身分犯としての重層構造
図:同じ「遺棄」でも、身分の働き方が違う
ここが今日の1つ目の核心です。218条の主体は保護責任者に限られる身分犯ですが、この身分の働き方は行為の型によって変わります。大きく2つに分かれます。身分が無くても別の条文で処罰できる場合、身分は刑を重くするだけの不真正身分犯。身分が無ければそもそも誰も処罰できない場合、身分こそが犯罪を成り立たせる真正身分犯です。この区別を、218条の3つの行為型にあてはめてみます。まず移置、つまり作為による遺棄です。移置は、保護責任者でなくても217条で処罰できる行為でした。だから、保護責任者が移置を行った場合、保護責任者という身分は、刑を217条より重くするだけの意味しか持ちません。これは不真正身分犯です。前回の通りすがりの登山者でも、Bを崖の下へ引きずり下ろせば217条で処罰されます。
次に置去り、つまり不作為による遺棄です。前回確定したとおり、217条には置去りに対応する規定がありません。保護責任者でなければ、置去りを処罰する条文自体が存在しないのです。だから、保護責任者という身分が無ければ、そもそも誰も処罰できません。これが真正身分犯です。前回の通りすがりの登山者が、Bをその場に残して下山しただけなら、どの条文にも当たりません。不保護も同じ理屈で、218条にしか規定がないので真正身分犯にあたります。この重層構造は暗記するものではなく、前回導いた「217条は移置のみ」という帰結の当然の帰結として出てきます。身分犯の回では、218条を、身分があると刑が重くなる不真正身分犯の例として見ました。あれは、217条でも処罰できる遺棄、つまり移置の場面を取り上げたものです。217条との関係で保護責任を刑を重くする身分とみる整理は、この移置の場面にそのまま当てはまります。今日は、それに加えて、217条に受け皿のない置去りと不保護では、同じ身分が犯罪を成り立たせる側に回る、というところまで、行為の型ごとに分けて見ました。なお、保護責任者でない者が置去りに関与した場合をどう処理するかという、身分犯と共犯の一般論は、別の回に委ねます。
保護責任は、どうやって発生するか
図:保護責任は、作為義務と同じ発想で発生する
では、218条の主体である「保護する責任のある者」は、どうやって決まるのでしょうか。この発生原因は、法的な作為義務の発生原因と同じ枠組みで考えられています。①法令に規定されている場合、②契約や事務管理に基づく場合、③慣習や条理に基づく場合の3つです。不作為犯を扱った回で学んだ作為義務の枠組みを、そのまま持ってきています。法令に基づく例なら、親が幼い子を保護する義務。契約に基づく例なら、報酬をもらって人を案内するガイドの契約。事務管理、つまり頼まれていないのに他人の世話を始めた場合なら、倒れている人を自分の家に運び込んで介抱を始めた人です。慣習や条理に基づく例なら、明文の契約が無くても、事実上その人しか助けられる状況が続いていたような場合です。
ただし、1つだけ留保があります。不真正不作為犯の作為義務は、不作為の場合にだけ問題になる概念でした。ところが保護責任は、移置、つまり作為による遺棄の場合にも必要とされます。218条は移置についても、主体を保護責任者に限っているからです。ですから保護責任という概念は、作為義務とまったく同じものというより、作為義務と同じ発生原因で説明される、より広い概念だと理解してください。
ひき逃げ事案——Aに保護責任はあるか
図:Aに保護責任はあるか
ここで、冒頭のひき逃げの場面に戻ります。Aが不注意でBをひき、事態を恐れてBを放置して逃げました。1つ問いかけます。Aの逃走によって、AとBのあいだに場所的な距離ができています。この時点で、Aの行為は「遺棄」と「不保護」、どちらにあたるでしょうか。前回の、場所的な距離ができたかどうかという物差しで考えると、距離ができているので遺棄の側だと思います。場所的離隔が生じている以上、Aの行為は不保護ではなく、広義の遺棄、それも不作為による置去りにあたります。ここでもう1つ質問です。Aの行為が置去りだとすると、Aに保護責任者遺棄罪が成立するために、あと何が必要でしょうか。
さっき学んだばかりです。保護責任という身分、つまりAに保護責任があるかどうかですね。Aに保護責任があれば、218条の保護責任者遺棄罪が成立します。保護責任が無ければ、置去りは真正身分犯なので218条は成立せず、しかも217条は移置のみなので、こちらも成立しません。Aに保護責任があるかどうかで、犯罪の成否がまるごと変わるのです。
保護責任の根拠をめぐる3つの立場
図:保護責任の根拠——3つの立場の比較
Aに保護責任があるかどうかをめぐって、3つの立場があります。1つ目は先行行為説です。過失でBをひいてしまったこと自体が先行行為となり、そこから保護責任が発生するという考え方です。ただ、この立場には弱点があります。単純にひき逃げしただけの場合まで常に保護責任者遺棄罪が成立することになってしまい、広すぎるという批判です。不注意でけがをさせた運転者は、逃げた瞬間に全員が、保護責任者遺棄罪という故意の重い罪の主体になってしまいます。ひいたこと自体は不注意にすぎないのに、それだけで重い責任を一律に負わせるのは行き過ぎだ、というわけです。2つ目は、道路交通法上の救護義務に基づくとする立場です。運転者には道路交通法で、事故を起こしたら負傷者を助ける義務が課されています。この法令上の義務から保護責任も発生するという考え方で、判例はこの立場に立っています。
先行行為説と同じ、広すぎるという批判に加えて、もう1つあります。道路交通法上の義務は、交通の安全という行政目的のために課された義務です。行政目的のための義務から、直ちに刑法上の重い犯罪を基礎づける保護責任まで導いてよいのか、という批判です。3つ目が排他的支配説です。不作為犯の回で名前だけ出た、作為義務を排他的支配ひとつで説明する立場を、ひき逃げに当てたものです。冒頭のパターン2のように、被害者を自分の車に乗せるなどして、その人の安全を自分だけが左右できる状態、つまり排他的支配を得た場合に限って、保護責任が発生するという考え方です。
この立場なら、単純に走り去っただけのパターン1では保護責任は発生せず、いったん車に乗せてから放置したパターン2でだけ保護責任が発生します。車に乗せた時点で、Bは通りがかった人に見つけてもらう道を断たれ、助かるかどうかがAの手だけに握られます。自分でそういう状態を作った以上、最後まで面倒を見る責任がある、というのがこの説の決め手です。しかも処罰範囲が絞られるので、先の2つの立場が抱える「広すぎる」という批判も避けられます。この排他的支配説が妥当と解されています。
判例の到達点——事案と判旨の根拠を分けて読む
図:「事案」と「判旨の根拠」は別の層
判例最判昭和34年7月24日(刑集13巻8号1163頁)
ひき逃げと保護責任の発生根拠 道路交通取締法(今の道路交通法)上の救護義務を負う運転者は、保護責任者にあたる。
ここで判例を見てみます。判例は、当時の道路交通取締法、今の道路交通法にあたる法律上の救護義務に基づいて保護責任が発生するという立場、つまり2つ目の立場に立つとされています。判例が採っているのは道交法の立場ですが、ここに注意が要ります。この判例の事案そのものは、行為者が被害者をいったん自分の車に乗せて、排他的支配を獲得していた事案なんです。判旨の理屈は、たしかに道交法の立場です。ただ、事案がどちらの説でも同じ結論になる以上、この判例は、車に乗せてすらいない単純なひき逃げについてまでは判断していません。
道交法の立場に立てば、事故を起こした運転者には、車に乗せたかどうかに関係なく救護義務がありますから、走り去っただけの単純なひき逃げでも、保護責任が認められるはずです。ところが実務上は、単純にひき逃げしただけの事案のほとんど全部について、保護責任者遺棄罪では起訴されていません。この実務の運用は、道交法の立場ではなく、車に乗せたかどうかで線を引く排他的支配説の考え方と整合的です。だからこそ、単純なひき逃げの処理は判例からは決まらず、排他的支配説の方が妥当だと解されているのです。なお、前回、218条の「遺棄」に置去りが含まれるとした判例がある、とだけ触れて、事案の中身は今回に回しました。それがこの判例です。今日は同じ判例を、保護責任の発生根拠という別の角度から読みました。
219条——結果的加重犯と法定刑の決め方
図:上限・下限を別々に、重い方を採る
条文刑法219条
刑法219条(遺棄等致死傷) 「前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。」
最後に219条です。「前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。」217条や218条の罪を犯して、人を死傷させた場合の規定です。217条・218条自体は、死傷という結果を必要としない危険犯でした。219条は、その結果として実際に死傷が生じた場合を重く処罰する、結果的加重犯です。219条は結果的加重犯ですから、因果関係の考え方が絡みます。ただ、その因果関係論の一般的な議論は、また別の回に委ねます。今日押さえるのは、219条の法定刑の決め方です。なぜ傷害の罪と比べるのか。遺棄の結果として人がけがをしたり亡くなったりしたのに、同じ結果を直接生じさせた傷害罪や傷害致死罪より軽く済んでしまっては、釣り合わないからです。「傷害の罪と比較して、重い刑」という言葉の意味を、具体的に見ていきましょう。
傷害罪の方が重ければ傷害罪、遺棄の罪の方が重ければ遺棄の罪、という単純な比較ではないんですか。そこが引っかかりやすいところです。実際には、上限と下限を別々に比較して、それぞれ重い方を組み合わせます。単純遺棄致傷罪を考えてみましょう。217条の法定刑は1か月以上1年以下の拘禁刑、傷害罪の法定刑は1か月以上15年以下の拘禁刑です。下限を比べると、どちらも1か月で同じ。上限を比べると、217条の1年より傷害罪の15年の方が重い。だから上限は傷害罪の15年を採用して、単純遺棄致傷罪の法定刑は1か月以上15年以下の拘禁刑になります。
同じ計算を、死亡結果の場合にもやってみます。傷害致死罪の法定刑は3年以上の有期拘禁刑です。217条の下限1か月と傷害致死罪の下限3年を比べると、傷害致死罪の3年の方が重い。上限も、217条の1年と、傷害致死罪の上限である20年を比べると、傷害致死罪の20年の方が重い。結局、下限も上限も傷害致死罪の数字がそのまま採用されて、単純遺棄致死罪の法定刑は3年以上の有期拘禁刑になります。218条の法定刑は3か月以上5年以下の拘禁刑でした。傷害罪と比較すると、下限は218条の3か月の方が傷害罪の1か月より重いのでそのまま3か月、上限は傷害罪の15年の方が重いので15年が採用されます。保護責任者遺棄致傷罪は、3か月以上15年以下の拘禁刑です。傷害致死罪と比較する場合は、下限・上限とも傷害致死罪の数字がそのまま重いので、保護責任者遺棄致死罪も、3年以上の有期拘禁刑になります。
図:殺人罪か、保護責任者遺棄致死罪か
最後に、殺人罪の回から持ち越してきた問いに答えます。パターン2で、道端に降ろされたBが亡くなったとしましょう。Aは、助けるべき立場にありながら、助けずに死なせています。この立場は、不作為による殺人罪で求められる作為義務と重なります。では、殺人罪と保護責任者遺棄致死罪を分けるものは何か。分かれ目は殺意です。死んでもかまわないという未必的なものも含めて殺意があれば殺人罪、なければ保護責任者遺棄致死罪です。殺意の有無の当てはめそのものは、殺人罪の回で学んだ枠組みで行います。
今日の地図(保存版)
図:遺棄の罪、2部作の到達点
今日の内容を、冒頭のひき逃げの場面に戻して整理します。単純に走り去っただけのパターン1は、Aに保護責任が発生していないので、保護責任者遺棄罪も単純遺棄罪も成立しません。一方、いったん車に乗せてから道端に降ろしたパターン2は、Aが排他的支配を得た時点で保護責任が発生しているので、その後の置去りは保護責任者遺棄罪にあたりえます。同じ「見捨てた」でも、途中で一度でも支配下に置いたかどうかで結論が変わる、ということでしたね。前回の2つの軸に、今回積み上げた客体の限定列挙、218条の身分の重層構造、保護責任の発生原因、ひき逃げ事案の学説対立と判例の読み方、そして219条の法定刑の比較ルールを合わせて、遺棄の罪、217条から219条までの全体像が完成しました。そして生命・身体に対する罪の章の締めくくりとして、殺人・堕胎・遺棄などを混ぜた事例で、どの罪の規範があたるのかを見分ける練習をします。
参照条文
- 刑法217条
- 刑法218条
- 刑法219条