刑法ゼロから刑法#101

暴行罪と「暴行」概念の4分類

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第12章 個人的法益①|生命・身体に対する罪 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

生命から身体へ

身体侵害の3段階の地図 図:身体侵害の3段階の地図

前回、202条という枠を確定させて、生命に対する罪の話をひと区切りつけました。今日からは身体に対する罪に入ります。同意は刑を軽くすることはできても、犯罪を消すことはできませんでした。そこで生命の話は一区切りです。さて、傷害の罪は、実は1段の犯罪ではありません。同じ「殴る」という行為でも、結果がどこまで出たかによって、条文が段々に上がっていく構造になっています。傷害結果が出なければ暴行罪、傷害結果が出れば傷害罪、死亡結果まで出れば傷害致死罪です。今日は、いちばん下の段。暴行罪です。

4つの場面、どれが「暴行」か

4つの場面——どれが「暴行」にあたるか 図:4つの場面——どれが「暴行」にあたるか

その暴行罪に入る前に、4つの場面を並べてみます。①相手を殴ったが、よけられて当たらなかった。②相手の身辺近くで、大太鼓を思い切り連打した。③誰もいない建物のガラスをたたき割った。④警察官の目の前で、その警察官が乗ってきたパトカーを蹴った。この4つのうちどれが暴行罪の「暴行」にあたるかを、考えながら聞いてください。先に言っておくと、答えは1つではありません。同じ「暴行」という2文字なのに、条文が違うと答えが変わるものが混じっています。今日はその理由をはっきりさせます。先に答えの方向だけ言っておきます。暴行の広さは、その条文が何を守っているかで決まります。今日はそれを、4つの広さとして取り出します。

208条の確定——条文と保護法益

条文刑法208条

刑法208条(暴行) 「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」

208条が守っているもの 図:208条が守っているもの

これが刑法208条です。「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する」。ここでの科料は、刑法にある刑罰の一種です。似た音の過料とは別物なので、条文どおり刑罰として理解してください。法定刑を見ると、拘禁刑・罰金・拘留・科料と、4本も用意されています。199条や202条と比べると、ずっと軽い刑まで受け皿になっているのが分かります。軽い刑まで用意されているのは、この条文が守っているものが「人の身体の安全」だからです。生命ほど重くはないけれど、確かに守るべき利益がある。ここが今日の全ての出発点です。この後、暴行の中身を3つに割っていきますが、迷ったら必ずこの1点、人の身体の安全に戻ってきてください。

「暴行」を3つに割る

「暴行」の定義を3つに割る 図:「暴行」の定義を3つに割る

208条の「暴行」は、人の身体に対する不法な有形力の行使と定義されます。これを暗記して終わりにすると、すぐ忘れます。3つの部品に割って、1つずつ潰していきましょう。有形力の行使、不法性、対人性です。定義文をそのまま区切っただけです。「人の身体に対する」が対人性、「不法な」が不法性、「有形力の行使」がそのまま有形力の行使です。3つとも定義文の中に書いてあります。だから、この3つを潰せば、定義全体を潰したことになります。

①有形力の行使

有形力の行使——物理的な力に限らない 図:有形力の行使——物理的な力に限らない

まず有形力の行使です。殴る・蹴るが有形力にあたるのは当然として、それだけではありません。音や光、熱や電気といったエネルギー作用も、有形力の行使に含まれます。ある判例を見てみましょう。

判例最判昭29・8・20

身辺での大太鼓連打 被害者の身辺近くで、ブラスバンド用の大太鼓を思い切り連打した行為

太鼓の音というエネルギーを浴びせる 図:太鼓の音というエネルギーを浴びせる

被害者の身辺近くで、ブラスバンド用の大太鼓を思い切り連打した事案です。太鼓の音というエネルギーを、相手の身体に直接浴びせています。これが暴行にあたるとされました。2つめの場面は、これで暴行罪の暴行にあたります。ただし気をつけてください。侮辱するような言葉や、催眠術のような心理的な作用だけでは、有形力の行使にはあたりません。物理的なエネルギーが相手の身体に及んでいるかどうか、がポイントです。では、そうした言葉だけの場合に刑法が何も言わないのかというと、そうではありません。言葉で怖がらせる場合は脅迫罪、公然と見下す場合は侮辱罪という、別の犯罪の問題になります。そちらは、のちの回でまとめて扱います。

有形力の行使は、力が現実に身体に触れることまでは求めていません。相手の身体に向けて、危険な力を放った時点で、有形力の行使があったと評価されるからです。もう1つ判例を見てみましょう。

判例最決昭39・1・28

振り回した抜き身の日本刀 狭い四畳半の室内で、脅す目的で日本刀の抜き身を数回振り回した行為

脅す目的の振り回しそのものが、有形力の行使になる 図:脅す目的の振り回しそのものが、有形力の行使になる

狭い四畳半ほどの室内で、脅す目的で日本刀の抜き身を数回振り回した行為それ自体が、暴行罪の暴行にあたるとされました。触れていなくても暴行になることがあります。相手をヒヤッとさせる程度に危険な力を及ぼした時点で、有形力の行使があったと評価されるからです。仮に石を投げつけて、それが外れて当たらなかったとしても、同じ理屈で有形力の行使にあたると考えられます。当てるところまでは要りません。①も、暴行罪の暴行にあたります。208条は、傷害という重い結果が出る手前、相手をヒヤッとさせた段階で、もう捕まえにいく作りになっているんです。

②不法性

不法性——日常生活で許される力は外す 図:不法性——日常生活で許される力は外す

2つめは不法性です。有形力の行使があっても、日常生活の中で当然に許される範囲のものまで犯罪にしてしまうと、生活が成り立ちません。道を歩いていて、落とし物をした歩行者に追いつき、肩に軽く手をかけて呼び止める。これは有形力の行使ではありますが、日常生活として許される行為です。不法性を欠くので、暴行にはあたりません。見知らぬ相手を強く突き飛ばす行為には、その許容の余地がありません。同じ「相手に触れる」という行為でも、不法性の有無で線が引かれます。

③対人性

対人性——「人」に向いているか 図:対人性——「人」に向いているか

3つめは対人性です。208条の「暴行」は、「人の身体に対する」ものに限られます。冒頭の③、誰もいない建物のガラスをたたき割る行為は、不法な有形力の行使ではあります。でも、向けられているのは建物というものであって、人ではありません。対人性を欠くので、208条の暴行にはあたりません。人の身体に対するものに絞られているから、208条の暴行は「狭義の暴行」と呼ばれます。ここまでで、有形力の行使、不法性、対人性という3つの要素が全部そろって、初めて208条の暴行になる、ということが分かりました。

刑法の中の「暴行」——4つの広さ

保護法益が変われば、暴行の広さも変わる 図:保護法益が変われば、暴行の広さも変わる

ここで③のガラスをたたき割る行為に戻ります。208条の暴行にはあたらない、と言いました。でもこれは、刑法の中でこの行為が全く無関係になる、という意味ではありません。刑法には「暴行」という言葉を使う条文が他にもあります。そして、その条文ごとに、暴行の広さが違います。ここからが今日の山場です。理由はただ1つ、その条文が何を守っているかで、暴行の広さが決まるからです。

①最広義の暴行——騒乱罪

最広義——物に対するものでもよい 図:最広義——物に対するものでもよい

1つめ、いちばん広い意味の暴行です。騒乱罪という条文があります。多くの人が集まって暴行や脅迫をした場合の罪です。中身は別の回で扱いますが、今日はこの条文が守っているものだけ見てください。守っているのは、公共の静けさや平穏です。この条文が守っているのは人の身体そのものではなく、社会の平穏ですから、建物のガラスを壊す行為でも害されます。だから、物に対する有形力の行使でも、暴行にあたります。対人性すら要求されません。これが最も広い意味の暴行、最広義の暴行です。冒頭の③、誰もいない建物のガラスをたたき割る行為は、208条の暴行ではありませんが、この最広義の暴行にはあたります。

②広義の暴行——公務執行妨害罪・強要罪

広義——人に対するものであれば足りる 図:広義——人に対するものであれば足りる

2つめは広義の暴行です。公務員に対して暴行や脅迫を加えると、公務執行妨害罪が成立します。守っているのは、公務員が仕事を円滑に行えること。人に対するものであれば足り、身体に対するものである必要まではありません。冒頭の④、警察官の目の前でパトカーを蹴った場面です。蹴られているのはパトカーという物です。ここで効く基準は、力を加えられた物と人とのつながりです。その警察官が職務のために現に使っている物に力を加えれば、その力は、その警察官の職務に向けられたものと評価できます。だから、蹴った先が物であっても、人に対して向けられたものと評価できます。身体に接触していなくても成立しえます。同じ理屈が、人に義務のないことを行わせる強要罪でも働きます。人に対するものであれば足りる、という広さが、広義の暴行です。

③は、誰もいない建物のガラスでした。その場に人がいないので、力が及ぶ先の人がいません。人とのつながりが無い力は、人に向けられたとは言えず、広義の暴行には届きません。それでも最広義には乗る、というのがさっきの1つめでした。

③狭義の暴行・④最狭義の暴行

狭義と最狭義の違い——暴行罪と強盗罪 図:狭義と最狭義の違い——暴行罪と強盗罪

3つめは、今日ずっと見てきた狭義の暴行です。人の身体に対するものに絞られる、暴行罪208条の暴行です。冒頭の①と②が、まさにこれでした。4つめがあります。最狭義の暴行です。強盗罪という条文があります。財物を実力で奪う罪です。ここでの暴行は、狭義の暴行であるだけでは足りません。相手の反抗を抑圧する程度の強さまで要求されます。強盗罪が守っているのは、財物の占有という財産です。そのうえで、奪う手段が暴行・脅迫なので、人の身体や意思の自由も併せて守られています。ただ触れる程度の力では、財物を奪う手段としては軽すぎます。相手の反抗を抑圧できる強さがあって初めて、財物を実力で奪う行為として評価されるからです。

たとえば、刃物を突きつけて金を要求すれば、相手は抵抗できません。これは最狭義の暴行にあたります。反対に、すれ違いざまに肩を軽く押して財布をひったくるだけなら、相手の反抗を抑圧する程度には届きません。この場合の力は、狭義の暴行ではあっても、強盗罪の「暴行」にはあたりません。性的な自由を守る罪については、今の条文の作りでは、暴行や脅迫は独立の要件ではありません。相手が同意しない意思を持つことや、それを言葉にすることを難しくする原因が条文にいくつか並べられていて、暴行や脅迫はそのうちの1つとして書かれています。だから、強盗のように「反抗を抑圧する程度」という強さを暴行そのものに求める作りにはなっていません。詳しくは、性的な自由を扱う回で改めます。

4つを1枚に畳む——入れ子構造

①⊃②⊃③⊃④——1本の階段 図:①⊃②⊃③⊃④——1本の階段

この4つは、別々の4つの基準ではありません。1つの図に畳むことができます。最広義の中に広義があり、広義の中に狭義があり、狭義の中に最狭義がある。入れ子の構造です。まず、不法な有形力の行使であること。そこに「人に対するもの」という条件が足されると広義になる。さらに「身体に対するもの」という条件が足されると狭義になる。さらに「反抗を抑圧する程度」という条件が足されると最狭義になる。覚えるべきは4つの基準ではなく、この1本の階段だけです。そして、なぜ階段の高さが変わるのかといえば、理由はただ1つ。その条文が何を守っているか、保護法益の重さで決まります。守るものが社会の平穏なら低い段でよく、財物の占有という財産を実力で奪われないようにする場面のように、実力行使そのものを封じ込める必要がある場面では、いちばん高い段まで要求される。ここが今日の1行の持ち帰りです。

傷害結果の不発生——次回への受け渡し

傷害するに至らなかったとき 図:傷害するに至らなかったとき

最後に、208条のもう1つの文言を確認します。条文は「傷害するに至らなかったとき」と書いています。傷害結果が生じれば、暴行罪ではなく傷害罪、204条の話に移ります。暴行罪は、傷害という重い結果の手前で、行為そのものを受け止める罪だという位置づけがここではっきりします。

今日の地図(保存版)

今日の到達点 図:今日の到達点

今日を振り返ります。208条の暴行罪、法定刑は拘禁刑・罰金・拘留・科料の4本立てで、守っているのは人の身体の安全でした。「暴行」の定義は、有形力の行使・不法性・対人性の3つでしたね。有形力の行使は、殴る蹴るだけでなく、音や光といったエネルギー作用も含みますし、接触している必要もありません。3つがそろって初めて、208条の暴行になります。「暴行」という言葉は、208条以外の条文にも出てきます。最広義の騒乱罪、広義の公務執行妨害罪と強要罪、狭義の暴行罪、最狭義の強盗罪。この4つは①が②を含み、②が③を含み、③が④を含む、1本の階段でした。

冒頭の4つの場面は、これで全部答えが出ました。①と②は208条の暴行、③は最広義の暴行、④は広義の暴行にあたります。同じ「暴行」という2文字でも、条文が違えば答えが変わる。その理由は、条文が何を守っているかでした。今日の背骨をもう一度言います。暴行の広さは、保護法益で決まります。

参照条文

  • 刑法208条

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