刑法ゼロから刑法#102

傷害罪・傷害致死罪と故意の2分岐

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第12章 個人的法益①|生命・身体に対する罪 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の受け——その先の2段へ

身体侵害の3段階の地図(続き) 図:身体侵害の3段階の地図(続き)

前回、暴行罪、208条を確定させました。守っているのは人の身体の安全で、有形力の行使・不法性・対人性の3つがそろって、初めて暴行になるという話でした。今日はその2段、傷害罪204条と傷害致死罪205条に入ります。前回の3段階の地図で言うと、最初の段、暴行罪はもう固まっていて、今日はその先の2段を積み上げます。条文の字面はシンプルです。でも、この回の山場は要件そのものではなく、傷害罪の「故意」がいつ必要になるかという1点です。ここが今日いちばん頭を使うところです。

3つの場面、どれが傷害罪か

3つの場面——どれが傷害罪か 図:3つの場面——どれが傷害罪か

傷害罪に入る前に、3つの場面を並べます。①怪我をさせるつもりはなかったが、腹が立って相手を突き飛ばした。相手は転んで骨を折った。②相手を追い詰めてやろうと思って、毎晩無言電話をかけ続けた。相手はうつ状態になった。③うつ状態にするつもりはなかったが、嫌がらせのつもりで毎晩無言電話をかけ続けた。相手はうつ状態になった。先に答えだけ言っておきます。①と②は傷害罪が成立します。③は成立しません。待ってください。①も③も、「そのつもりは無かった」という場面ですよね。なぜ結論が逆になるんですか。そこが今日の1本の筋です。①は怪我をさせるつもりが無いのに成立し、③はうつ状態にするつもりが無いのに不成立になる。同じ「そのつもりが無い」なのに、なぜ結論が割れるのか。これを今日はっきりさせます。

204条の確定——208条との対比

条文刑法204条

刑法204条(傷害) 「人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」

204条と208条を並べる 図:204条と208条を並べる

これが刑法204条です。「人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する」。208条は拘禁刑・罰金・拘留・科料の4本立てでした。204条は拘禁刑と罰金の2本だけです。その代わり、上限が一気に重くなります。208条の拘禁刑は2年以下でしたが、204条は15年以下です。傷害結果が出た瞬間に、受け皿が208条から204条に切り替わって、法定刑の重さもぐっと跳ね上がる。刑の重さのジャンプ幅で、傷害という結果の重みを感じてください。

「傷害」とは何か——生理的機能障害説

「傷害」の意義——生理的機能障害説 図:「傷害」の意義——生理的機能障害説

まず、「傷害」とは何かを確定させます。判例・通説は、人の生理的機能に障害を加えること、または健康状態を不良にすることをいうとしています。生理的機能障害説と呼ばれます。具体例で見ましょう。含まれるものとして、長時間の失神、病気のもとになるものを感染させる行為、キスマークのような皮下出血、そして外傷後ストレス障害、いわゆるPTSDです。含まれないものとして、頭髪を切り取る行為があります。ショックは受けるでしょうが、それだけでは直ちに健康状態を悪化させたとまでは言えない、というのが判例の考え方です。ここで、なぜPTSDは含まれて、頭髪の切断は含まれないのか、線の引き方をもう少し掘り下げます。

判例大判明治45・6・20

頭髪の切断(生理的機能障害説の定義判例) 被害者の頭髪を切り取った行為について、直ちに健康状態の悪化をもたらすものではないとして傷害にあたらないとした

PTSDが入る意味——外から見えない不調まで射程に入る 図:PTSDが入る意味——外から見えない不調まで射程に入る

PTSDが刑法上の傷害にあたるとされたのは、監禁によって被害者にPTSDを生じさせた事案です。PTSDって、目に見える傷じゃないですよね。それでも傷害になるんですか。なります。ここが「傷害」という言葉のイメージを一段広げるところです。傷害は、外から見える傷に限られません。生理的機能という基準は、体の機能だけでなく、精神の機能まで射程に入れています。目に見えなくても、生理的機能に障害が生じていれば傷害にあたる、ということです。

判例最決平24・7・24

PTSDと傷害(監禁によるPTSD発症) 不法に監禁して被害者に外傷後ストレス障害(PTSD)を発症させた事案で、PTSDは刑法にいう傷害にあたるとして、監禁致傷罪の成立を認めた

3説を1つの事案で弁別する——頭髪切断

頭髪切断という1つの事案に、3つの説をあてる 図:頭髪切断という1つの事案に、3つの説をあてる

実は、「傷害」の意義については、判例・通説の生理的機能障害説のほかに、対立する見解があります。3つとも、同じ頭髪切断という事案に当ててみると、結論がどう割れるかがよく分かります。生理的機能障害説は、頭髪切断を傷害にあたらないとします。理由は、「傷害」という言葉の日常の使われ方からしても、髪を切る行為までは含まれない、というものです。これに対して、身体完全性侵害説という見解は、人の身体の完全性を害することをいうとして、頭髪切断も傷害にあたるとします。3つ目の見解が、折衷説です。体の働きを害することに、体の見た目が大きく変わることまで加えて「傷害」とみる見解です。これも、頭髪切断は傷害にあたるという結論になります。1つの事案に3つの物差しを当てると、判例・通説だけがバツで、あとの2つはマルになる。分かれ目は、204条を何を守る罪と見るかです。判例・通説は身体の働きを守る罪と見るので、働きが落ちていない髪の切断は外に出る。残りの2つは、身体をあるがままの形で保つことまで守ると見るので、髪の切断も中に入る。同じ事案で結論が逆になるのは、守る対象の置き方が違うからです。

傷害の方法——限定なし

傷害の方法——204条は限定していない 図:傷害の方法——204条は限定していない

次に、傷害に至る方法を見ます。204条の条文をもう一度見てください。「人の身体を傷害した者は」としか書いていません。どんな方法で傷害したかは、何も限定していません。殴って怪我をさせるのは有形的方法、つまり暴行による場合です。でも、暴行を経由しない方法もあります。無形的方法と呼びます。

判例名古屋地判平6・1・18

いやがらせによる不安・抑うつ状態 いやがらせの行為を続けることで、被害者を不安・抑うつ状態に陥れた

暴行をしていなくても、傷害になります。いやがらせの行為を続けて、被害者を不安な状態や抑うつ状態に陥れた事案で、傷害罪の成立が認められています。相手の体に触れてすらいません。②も③も、方法としては無形的方法にあたります。204条が方法を限定していないという、この条文の読み方が、次の話の入口になります。

故意の2分岐——傷害の故意はいつ要るか

208条の文言をもう一度——「至らなかったとき」の裏側 図:208条の文言をもう一度——「至らなかったとき」の裏側

ここで、208条の文言をもう一度見ます。208条は「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」に暴行罪だと書いていました。前回も読んだ条文ですが、「至らなかったとき」しか書いていないということは、至ったときのことはどこにも書いていないんでしょうか?そこです。至らなかったときの規定しかないなら、至ったときはどう解釈すべきか。これが今日の山場を開く鍵です。

突き飛ばして骨折させた場合、傷害罪は成立するか 図:突き飛ばして骨折させた場合、傷害罪は成立するか

ここで1つ考えてみてください。怪我をさせるつもりはなく、ただ突き飛ばしただけで、相手が転んで骨を折った。傷害罪は成立するでしょうか。怪我をさせるつもりが無いなら故意が無く、不成立ではないかと多くの人が考えます。ですが、結論から言うと、これは傷害罪が成立します。

改札の喩え——暴行罪という手前の受け皿 図:改札の喩え——暴行罪という手前の受け皿

暴行罪、208条を、傷害という目的地の手前に立つ改札だと考えてみてください。改札を通るとき、駅員はすでに切符を確認しています。これが暴行の故意です。改札を通ったあと、電車が遅れて目的地への到着が遅れても、つまり傷害という結果が余分に出ても、駅員はもう一度切符を見せろとは言いません。改札を通った時点のチェックで足りるからです。これが、暴行による場合は暴行の故意で足りる、という結論の中身です。裏返して言えば、暴行を経由しない無形的方法には、この改札がありません。改札の無い裏口からホームに入るようなものです。裏口には駅員がいないので、切符の確認をしてくれる人がいません。だから、入る本人が自分で「目的地、つまり傷害という結果に行くつもりだ」という意思を、最初から持っていなければならないんです。

故意の2分岐——方法によって答えが変わる 図:故意の2分岐——方法によって答えが変わる

改札の喩えを条文の言葉に戻します。無形的方法による場合は、傷害の故意が必要です。純粋な故意犯です。傷害の故意が無ければ、傷害罪は成立しません。暴行による場合は、暴行の故意で足ります。傷害の故意までは要りません。根拠は、さっき見た208条の反対解釈です。208条が「傷害するに至らなかったとき」に暴行罪だと書いているということは、裏を返せば、至ったときは暴行の故意があれば傷害罪になる、と読めるからです。暴行の故意すら無かったときは、改札を通っていないのと同じです。よそ見をしていてぶつかり、相手を転ばせて骨を折らせたような場合は、204条には乗りません。不注意で人を傷つけた場合を受け止める、過失傷害罪という別の条文に移ります。

204条の二重の顔——故意犯であり、結果的加重犯でもある 図:204条の二重の顔——故意犯であり、結果的加重犯でもある

ここまでをまとめると、204条は、傷害の故意犯であると同時に、暴行罪の結果的加重犯でもある、という二重の顔を持っています。結果的加重犯は、基本になる犯罪に重い結果が乗る型で、ここでは暴行罪が基本になる犯罪、そこに乗る重い結果が傷害です。故意の無い結果まで負わせてよいのか、という引っかかりは残りますが、それはこのあとの学説の対立でそのまま出てきます。204条自体の文言には、結果的加重犯特有の「よって」という書き方はありません。それなのに結果的加重犯として扱われるのは、208条という別の条文の反対解釈から、その性質が導かれるからです。204条だけを読んでも出てこない結論が、208条と組み合わせることで出てくる。ここが204条のユニークなところです。総論で結果的加重犯という型を習いましたし、共犯のところでも、傷害罪は暴行罪の結果的加重犯だから、という形で一度使いました。その根拠を今日ここで作った、ということです。

学説の対立——純故意犯説と折衷説 図:学説の対立——純故意犯説と折衷説

この結論をめぐって、学説の対立があります。純故意犯説は、傷害罪はあくまで故意犯であって、暴行罪の結果的加重犯という性質は含まれないと考えます。理由は、責任が無いところに重い結果を負わせるべきではない、という責任主義の考え方です。これに対して折衷説、こちらが通説ですが、傷害罪を故意犯だとしつつ、暴行罪の側から見ると結果的加重犯の性質も併せ持つと説明します。根拠は、今見た208条の反対解釈です。重い結果に過失まで要るか、という議論とは別の話です。あちらは、結果的加重犯だと決まった後で、重い結果に過失が要るかを問います。こちらはその手前で、204条がそもそも結果的加重犯の顔を持つかを問うています。

ここまでを一言に畳むと、傷害の故意が要るかどうかは、手前で暴行という改札を通ったかどうかで決まる。今日の1本の筋は、これだけです。

4つの場合分けに畳む

4つの場合分け——導出の結果として畳む 図:4つの場合分け——導出の結果として畳む

ここまでの話を、4つの場合分けとして1枚にまとめます。①暴行による、暴行の故意あり、傷害の故意もあり、これは成立します。故意犯としての成立です。②暴行による、暴行の故意はあるが、傷害の故意は無い、これも成立します。ただし結果的加重犯としての成立です。①は初めから怪我をさせるつもりだった場合、②は暴行のつもりしかないのに重い結果が出てしまった場合で、成立することは同じでも、背負い方が違います。③無形的方法による、傷害の故意がある、これは成立します。故意犯としての成立です。④無形的方法による、傷害の故意が無い、これは不成立です。

暗記しなくて大丈夫です。この4行は、「方法は暴行か」「故意はどこまであるか」という2つの問いに順番に答えれば、自分で導ける結果です。さっきの改札の喩えに戻れば、①と②は改札を通っている、つまり暴行の故意があるので、傷害の故意の有無にかかわらず成立します。③と④は改札の無い裏口ですから、傷害の故意そのものがあるかどうかだけが決め手になります。冒頭の①は②の型、②の場面は③の型、③の場面は④の型にあたります。

未遂の扱い——受け皿の有無

未遂の扱い——暴行には受け皿があり、無形的方法には無い 図:未遂の扱い——暴行には受け皿があり、無形的方法には無い

傷害罪には、未遂を処罰する規定がありません。ここも改札の喩えで説明がつきます。暴行による傷害が未遂に終わった場合、改札、つまり208条が受け止めます。暴行罪として処罰されるということです。無形的方法による傷害が未遂に終わった場合は、不可罰です。誰も拾いません。抜け穴ではなく、設計だと考えてください。暴行という方法については、208条が手前でしっかり受け止めているので、別に未遂の規定を置く必要が無いんです。無形的方法だけが受け皿を持たない、つまりそこは処罰しないという選択がされている、ということです。

205条——二重の結果的加重犯

条文刑法205条

刑法205条(傷害致死) 「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する。」

205条——傷害罪の結果的加重犯 図:205条——傷害罪の結果的加重犯

これが刑法205条です。「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する」。傷害罪の結果的加重犯です。死亡の故意があれば、それは殺人罪です。199条の話に移ります。205条は、死亡の故意が無い場合に問題になります。

二重の結果的加重犯——暴行→傷害→死亡の2段重ね 図:二重の結果的加重犯——暴行→傷害→死亡の2段重ね

ここで、今日ずっと見てきた構造がもう一段重なります。傷害罪は、暴行による場合、暴行罪の結果的加重犯でもあるという話をしました。そこに205条が乗ると、暴行罪から見て、傷害致死罪は結果的加重犯のさらに結果的加重犯、つまり二重の結果的加重犯になります。前回の3段階の地図が、これで完成します。暴行罪、傷害罪、傷害致死罪という3段は、結果が1段出るごとに、結果的加重犯という形で重さが積み上がっていく構造だったんです。結果的加重犯である以上、基本になる行為と死亡結果との間に、因果関係が必要です。この因果関係の判断枠組みは、総論で扱った危険の現実化という考え方がそのまま働きます。

冒頭の①をもう一度使いましょう。腹が立って突き飛ばし、相手が転んで骨を折った。その転倒で頭を強く打って、そのまま亡くなったとします。突き飛ばすという暴行の故意しかなくても、傷害の結果が出れば204条、死亡の結果まで出れば205条です。死ぬかもしれないとすら思っていないので殺人罪にはならない。そして、突き飛ばすという行為が作り出した転倒の危険が、そのまま死亡という結果に現れています。だから因果関係も認められます。

今日の地図(保存版)

今日の到達点 図:今日の到達点

今日を振り返ります。204条は、拘禁刑または罰金の2本立てで、上限は15年でした。「傷害」の意義は生理的機能障害説で、失神・病毒の感染・キスマーク・PTSDは含まれ、頭髪の切断は含まれません。傷害の方法は限定されていなくて、有形的方法と無形的方法の両方があるんでしたね。そして今日の山場、故意の2分岐です。暴行による場合は、暴行の故意で足ります。根拠は208条の反対解釈でした。無形的方法による場合は、傷害の故意そのものが必要でした。改札の喩え、分かりやすかったです。改札を通っていれば、その先はもう一度チェックされない。改札を通っていなければ、自分で目的地に行くつもりを持っていないといけない。そして205条は、傷害罪の結果的加重犯であると同時に、暴行罪から見れば二重の結果的加重犯でもある。暴行から傷害、傷害から死亡へと、2段ぶん重くなる構造でした。

冒頭の①は、暴行による、傷害の故意が無い場面でした。暴行の故意で足りるので成立します。②は、無形的方法で、傷害の故意がある場面でした。故意犯として成立します。③は、無形的方法で、傷害の故意が無い場面でした。だから不成立でした。同じ「そのつもりが無い」でも、暴行という改札を通っているかどうかで、結論が正反対になる。これが今日の1本の筋です。

参照条文

  • 刑法204条
  • 刑法205条

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