刑法ゼロから刑法#103

同時傷害の特例207条

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第12章 個人的法益①|生命・身体に対する罪 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の受け——複数人が絡んだら

A・BがそれぞれXに暴行——どちらの一撃で傷害が生じたかは不明 図:A・BがそれぞれXに暴行——どちらの一撃で傷害が生じたかは不明

前回、傷害罪と傷害致死罪を、1人の加害者を前提に確定させました。今日は複数人が絡んだ場合の話です。場面を1つ置きます。AとBが、共謀せず、たまたま同じ場所で別々にXに暴行を加えました。Xは傷害を負いましたが、Aの暴行とBの暴行、どちらが原因で傷害が生じたのかは分かりません。この場合、A・Bはそれぞれ何罪になるでしょうか。先に結論だけ言っておきます。刑事裁判の大原則からすると、実は誰も傷害罪にならないはずです。でも、それをひっくり返す条文があります。207条です。最終的な答えを言うと、A・Bとも、自分の暴行が傷害の原因ではないと証明しない限り、傷害罪の責任を負います。今日はこの結論を、1本の筋で持ち帰ってもらいます。

原則の帰結——疑わしきは被告人の利益に

原則を機械的に適用すると 図:原則を機械的に適用すると

刑事訴訟には、疑わしきは被告人の利益に、という大原則があります。検察官が、Aの暴行とXの傷害の間に因果関係があると証明できなければ、その利益は被告人であるAに帰属します。Bについても同じです。原則を機械的に適用すると、Aとの因果関係は不明、Bとの因果関係も不明、ということになります。結果として、AもBも傷害罪は成立せず、暴行罪にとどまります。2人がかりで殴って怪我をさせているのに暴行罪にとどまるのは、たしかに座りが悪く感じます。2人以上が暴行を加えた事案では、そもそも、どの暴行が傷害の原因かを特定すること自体が難しい場合が多いんです。にもかかわらず、原因が不明というだけで傷害罪が成立しないのは、妥当ではない。これが207条の立法趣旨、立証の困難を避けるという発想です。

共同正犯との切り分け——207条の出番はどこか

共同正犯の場合と同時犯の場合——違いはここ 図:共同正犯の場合と同時犯の場合——違いはここ

話を先に進める前に、1つ切り分けをします。A・Bに、最初から共同実行の意思があった場合はどうなるでしょうか。共同実行の意思があれば、60条の共同正犯が成立します。一部実行の全部責任という原則で、A・Bとも当然に傷害罪です。この場合、207条の出番はありません。207条がもともと想定しているのは、A・Bに共同実行の意思が無い、単なる同時犯の場合です。さっきの場面のように、共謀せず、たまたま同じ場所で別々に殴った、という場合です。しばらくはこの前提で話を進め、途中から意思を持って加わる場面は、あとの応用で扱います。

207条の全文カード

207条の全文をここで確認する 図:207条の全文をここで確認する

条文刑法207条

刑法207条(同時傷害の特例) 「二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による。」

これが刑法207条です。「二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による」。そして結論を作っているのは、最後の「共犯の例による」という一言です。ここの意味が、今日いちばんの山場です。

効果——推定と挙証責任の転換

共同正犯と207条——同じ結論に見えて、法的性質が違う 図:共同正犯と207条——同じ結論に見えて、法的性質が違う

「共犯の例による」を、通説・判例はこう読みます。まず、個々の暴行と傷害結果との間に因果関係があるものとして扱う。そのうえで、それを覆す責任、つまり挙証責任を、被告人の側に負わせるのです。普通、犯罪が成立するかどうかを証明する責任は検察官にあります。でも207条の場面では、この向きが逆になります。暴行を加えた者が、自分の暴行とXの傷害の間に因果関係が無いことを、自分で立証しない限り、傷害罪の責任を免れません。結論だけを見ると同じに見えますが、性質はまったく違います。共同正犯は、一部実行の全部責任という原則で、たとえ自分の暴行と結果の間に因果関係が無いと立証できても、結果を帰責されます。反証を一切許しません。207条はそうではなく、あくまで因果関係を推定しているだけです。だから、被告人の側が反証に成功すれば、責任を免れます。

看板破損の喩え——潔白を証明できれば免れる 図:看板破損の喩え——潔白を証明できれば免れる

イメージをつかむために、1つ喩えを置きます。商店街の的当てで、AとBがそれぞれ看板めがけてボールを投げました。共謀はしていません。看板にはひびが1つ入りましたが、どちらのボールが当てたのかは分かりません。それが原則の帰結です。でも、この商店街には特別ルールがあります。的を狙って投げた者が複数いて、どちらのボールで割れたか分からないときは、投げた全員が弁償する。ただし、自分のボールが看板に当たっていないと証明できた者は免れる、というルールです。これが、示し合わせて2人で看板を割ろうとした場合とは違うところです。示し合わせていたなら、たとえ自分のボールが外れたと証明できても、弁償を免れません。共同正犯はこちらです。207条は、潔白を証明できれば免れる、あくまで推定にとどまる制度です。

⭐ 論文で書く規範:207条の効果 各行為者は、自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れない。 (規範(最決平28・3・24))

判例も同じ立場です。各行為者は、自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害についての責任を免れない、としています。この一文が、今日の山場の答えです。例えば、Aは、自分の暴行とXの傷害の間に因果関係が無いことを立証しない限り、傷害罪の責任を負います。Bも同じです。どちらも立証できなければ、A・Bとも傷害罪。もし一方だけが自分の暴行が原因でないと立証できれば、その一方だけが責任を免れます。

207条の合憲性

なぜ問題になるのか——「疑わしきは被告人の利益に」の例外 図:なぜ問題になるのか——「疑わしきは被告人の利益に」の例外

ここまでの話を聞いて、疑問に思う人もいるはずです。207条は、挙証責任を被告人側に転換する条文です。これは、疑わしきは被告人の利益にという、憲法上の要請の例外にあたります。だから、207条が合憲かどうかが問題になります。207条は、責任主義とも緊張関係に立ちます。自分の暴行が原因ではなかったかもしれない傷害についてまで、傷害罪で罰することになりうるからです。それでも207条がかろうじて合憲とされているのは、次の均衡があるからです。検察官の側からすると、傷害を引き起こした本人を特定するのはきわめて困難です。これに対して、暴行をした側であれば、自分の暴行が原因でないことを反証で示せます。この不均衡を埋め合わせる形で、かろうじて許容されている、と理解してください。

要件——危険性と同一の機会

推定が働く前に、検察官が立証する2つの要件 図:推定が働く前に、検察官が立証する2つの要件

「共犯の例による」で因果関係が推定されると言っても、無条件に推定が働くわけではありません。判例は、2つの要件を立てました。1つ目は、各暴行が、その傷害を生じさせうる危険性を持っていること。2つ目は、各暴行が同一の機会、つまり外形的に共同実行に等しいと評価できる状況で行われたこと、です。いえ、ここは逆です。推定が働くのは、この2要件が立証された後の因果関係の部分だけです。危険性と同一の機会という2要件自体は、これまでどおり検察官が立証します。看板の喩えで言えば、店主の側が「AもBも、看板を割りかねない勢いで、同じタイミングで投げた」ということまでは示す必要がある、ということです。

そして、この2つが要る理由もはっきりしています。どちらの暴行からもその傷害が生じえた、しかも外から見れば共同実行と変わらない状況だった。ここまで言えて初めて、共犯と同じに扱う、つまり共犯の例によることに理由が立ちます。その場合は同一の機会という要件が欠けるので、推定は働きません。

傷害致死罪への適用

死亡結果まで出た場合はどうなるか 図:死亡結果まで出た場合はどうなるか

次は応用の1つ目です。A・Bの暴行によって、傷害だけでなく死亡結果まで生じた場合、207条は傷害致死罪にも適用されるでしょうか。207条の文言は「人を傷害した場合」としか書いていませんよね。死亡までは書いていない気がします。そこが議論の分かれ目です。まず判例の立場を見ます。

判例最決平28・3・24(先例=最判昭26・9・20)

傷害致死罪への207条の適用 「各行為者は、同条により、自己の関与した暴行が死因となった傷害を生じさせていないことを立証しない限り、当該傷害について責任を負い、更に同傷害を原因として発生した死亡の結果についても責任を負う」として、傷害致死罪の成立を肯定した

判例は、傷害致死罪への適用を肯定しています。各行為者は、自己の関与した暴行が死因となった傷害を生じさせていないことを立証しない限り、その傷害について責任を負い、さらにその傷害から生じた死亡結果についても責任を負う、としました。この立場には先例があり、以前から同じ結論が示されてきました。理由はシンプルです。立証の困難を避けるという207条の趣旨は、傷害の場合と傷害致死の場合とで、何も変わりません。だから、傷害致死罪にも同じように適用してよい、というのが判例の立場です。さっきの文言の指摘、あれはどうなるんですか。そこを重く見る有力説もあります。207条は「人を傷害した場合」としか書いておらず、207条自体が例外規定である以上、条文どおり厳格に読んで、傷害罪にのみ適用を限定すべきだ、という立場です。文言に忠実な有力説と、趣旨を重視する判例、この対立を押さえておいてください。この論点は論文でも問題になりうる論点です。

承継的共同正犯の場面への適用

途中から加わったBにも、207条を使えるか 図:途中から加わったBにも、207条を使えるか

応用の2つ目です。今度は、Aが単独で暴行を続けている途中から、Bが共同実行の意思を持って加わったとします。傷害結果が、Aの暴行とBの暴行、どちらによるものかは不明です。Aは、傷害結果がA自身の暴行で生じた場合はもちろん、Bの暴行で生じた場合でも、共同正犯としてBの暴行による結果まで帰責されます。どちらに転んでもAには傷害罪が成立するので、Aについては207条を持ち出すまでもありません。そこで一度、刑法総論を思い出してください。承継的共同正犯の限定的肯定説・全面否定説を前提にすると、途中から加わったBは、先行者Aの行為を承継するでしょうか?

傷害については、限定的肯定説でも全面否定説でも、承継しない、という結論でした。加わる前に生じていた傷害に、Bの行為が因果関係を持ちようがないからです。今回のような、Bが単に共同実行の意思を持って加わっただけの場面でも、Bは暴行罪にとどまるのが原則です。そのまま終わりそうに見えますが、ここでもう1つの手があります。承継的共同正犯の回では、207条がこの場面にどこまで及ぶかを、答えを出さずに残していました。今日、その答えを出します。共同正犯として承継しないとしても、別途207条を適用して、Bにも傷害罪を認められないか、という問題が立ちます。

判例最高裁令和2年9月30日決定

承継的共同正犯の場面への207条の適用 先行者が暴行を加え、同一の機会に後行者が途中から共謀加担した事案において、後行者の加えた暴行が傷害を生じさせうる危険性を有する限り、207条の適用は妨げられないとした

結論から言うと、判例は適用を肯定しています。先行者が暴行を加え、同一の機会に後行者が途中から共謀に加わった事案で、後行者の暴行が傷害を生じさせうる危険性を持っている限り、207条の適用は妨げられない、としました。

207条は生きる——判例の理由 図:207条は生きる——判例の理由

なぜ、共同実行の意思があるのに、207条が使えるんですか。207条はそもそも共同実行の意思が無い場合の規定じゃなかったんですか。そこが今日いちばん頭を使うところです。まず、207条の適用を否定する立場を見ておきます。207条は、そもそも誰も傷害結果について責任を負わなくなってしまう場合を救う例外規定です。先行者Aは、さっき見たとおり、共同正犯としてすでに傷害罪の責任を負っています。だから、Bとの関係でわざわざ207条を持ち出す必要が無い、という考え方です。判例の立場はこうです。まず、さっきの否定する立場への答えです。207条が問うのは、一人ひとりの暴行と傷害の因果関係です。Aが責任を負うかどうかとは関係なく、Bの暴行が傷害の原因かどうかは、やはり証明できません。しかもBの暴行は、Aの暴行と同一の機会に加えられ、傷害を生じさせうる危険性も持っています。だから、Bとの関係で207条の要件はそろっています。そのうえで、207条は、そもそも共同実行の意思が全く無い場合にすら適用される規定です。共同実行の意思が全く無い、いちばん弱いつながりの場合にすら適用されるのに、途中からでも意思を形成した場合にだけ適用を否定する理由はありません。むしろ、意思を形成した分だけ、つながりはより強くなっています。適用を認めないと、共謀関係が無い場合との間で、かえって均衡を失してしまいます。

これが、承継的共同正犯の場面でも207条が生き続ける理由です。Bは、承継的共同正犯としては暴行罪にとどまるのが原則でも、別ルートの207条によって、自分の暴行がXの傷害の原因でないと立証しない限り、傷害罪の責任を負うことになります。

その他の傷害の罪——現場助勢罪・凶器準備集合罪

その他の傷害の罪——2つだけ軽く確認する 図:その他の傷害の罪——2つだけ軽く確認する

条文刑法206条

刑法206条(現場助勢) 「前二条の犯罪が行われるに当たり、現場において勢いを助けた者は、自ら人を傷害しなくても、一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。」

条文刑法208条の2

刑法208条の2(凶器準備集合及び結集) 「二人以上の者が他人の生命、身体又は財産に対し共同して害を加える目的で集合した場合において、凶器を準備して又はその準備があることを知って集合した者は、二年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。」 「前項の場合において、凶器を準備して又はその準備があることを知って人を集合させた者は、三年以下の拘禁刑に処する。」

最後に、傷害罪・傷害致死罪の周辺にある条文を2つだけ、軽く確認しておきます。まず206条、現場助勢罪です。傷害罪・傷害致死罪の現場で、自分では手を出さずに勢いを助けただけの者も、処罰の対象になります。例えば、喧嘩の現場で、周りから「やれ、やれ」とはやし立てる野次馬がこれにあたります。次に208条の2、凶器準備集合罪です。2人以上が、他人の生命・身体・財産に共同で害を加える目的で、凶器を準備して、または準備があると知って集合すること自体が処罰されます。人を集合させた側は、さらに重く処罰されます。例えば、対立するグループとの乱闘に備えて、木刀を持ち寄って集まる場面です。この2つは、試験との関係では、条文を一読しておけば足りる程度の扱いで十分です。

今日の地図(保存版)

今日の到達点 図:今日の到達点

今日を振り返ります。原則のままなら、複数人が別々に暴行して、どちらが原因か分からないとき、誰も傷害罪を負いません。207条は、この不合理を、因果関係の推定と挙証責任の転換で埋める特例規定でした。共同正犯は一部実行の全部責任で反証を許しません。207条は推定にとどまるので、自分の暴行と結果の間に因果関係が無いと立証すれば、責任を免れます。要件は、各暴行の危険性と同一の機会、この2つを検察官が立証します。傷害致死罪への適用は判例が肯定し、有力説は文言に忠実に否定します。承継的共同正犯の場面でも、判例は207条の適用を肯定しました。理由づけはそれぞれ違いますが、根っこにある発想はいつも同じです。誰の暴行が原因か分からないという立証の困難を、推定という道具で埋め合わせる。この1本の筋で持ち帰ってください。

A・Bは、それぞれ自分の暴行とXの傷害の間に因果関係が無いことを立証しない限り、傷害罪の責任を負います。

参照条文

  • 刑法207条
  • 刑法206条
  • 刑法208条の2

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