過失致死傷罪・業務上過失致死傷罪
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第12章 個人的法益①|生命・身体に対する罪 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の受け——故意が一切無い場合
図:AもBも人を死なせているのに、刑の重さがまるで違う
前回まで、暴行の故意や傷害の故意がある場合を扱ってきました。今回は逆に、故意が一切無い、ただの不注意の場合です。傷害罪の回で、暴行の故意すら無いときは、過失傷害罪という別の条文に移る、と触れました。今日はその中身です。故意が無くても、不注意で人を死傷させれば犯罪になります。場面を2つ置きます。Aはタクシー運転手で、前方不注意で歩行者をはねて死なせました。Bは散歩中の人で、よそ見をして自転車と衝突し、相手を死なせました。どちらも、不注意で人を死なせたという点は同じです。ところが違います。先に数字だけ言うと、Bは50万円以下の罰金で終わります。Aは、実は今は別の法律に移っているのですが、条文の並びだけ見ると、拘禁刑まである重い刑に乗りかねない立場です。同じ「不注意で人を死なせた」のに、なぜここまで扱いが違うのか。今日はこの理由を、1本の筋で持ち帰ってもらいます。先に答えだけ言っておきます。刑の重さを決めるのは、結果の重さではありません。その人にどれだけ高い注意義務が課されていたか、そしてその義務にどれだけ著しく違反したか、です。
刑の落差を数字で見る
図:故意の有無で、刑の重さがどれだけ変わるか
数字で見ると差がはっきりします。204条、傷害罪は拘禁刑15年以下。205条、傷害致死罪は3年以上の有期拘禁刑。これに対して、今日扱う209条、過失傷害罪は30万円以下の罰金又は科料。210条、過失致死罪は50万円以下の罰金です。過失の一般理論、なぜ過失が処罰されるのか、予見可能性や結果回避義務といった中身は、以前にまとめて扱いました。今日はその前提の上で、209条から211条までの3つの条文が、どう積み上がっていくかに絞って進めます。
209条・210条の全文カード
図:まずは出発点、過失致死傷の基本形
条文刑法209条
刑法209条(過失傷害) 「過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。 2 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。」
条文刑法210条
刑法210条(過失致死) 「過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。」
これが2つの条文です。209条の2項、告訴が無ければ公訴を提起できない、というのは何ですか。親告罪です。被害者側の告訴が無ければ、検察官は起訴できません。ここで注意してほしいのは、この2項は「前項の罪」、つまり209条1項の過失傷害罪だけを指しているという点です。210条の過失致死罪には、この親告罪の規定はありません。傷害なら被害者本人の意思で決着をつける余地を残しますが、死亡してしまえば被害者本人による告訴という選択肢自体が失われます。条文の作りの違いには、こうした理由があります。
205条との切り分け——暴行の故意の有無
図:暴行の故意の有無——205条と209条・210条の区別
ここで1つ、復習を挟みます。傷害罪の回で確認した205条、傷害致死罪が成立するために必要だった故意は、何の故意でしたか?暴行の故意です。傷害結果まで故意である必要はなくて、暴行さえ故意なら、死亡結果は過失でもよかったはずです。205条は、暴行の故意があることを前提にした結果的加重犯でした。これに対して、今日の209条・210条は、暴行の故意すら無い場合です。よそ見をしていて偶然ぶつかった、というように、殴ろうという意思そのものが無い場面を指します。この一線を確認したうえで、先に進みます。
211条前段の全文カード
図:ここから刑が跳ね上がる——業務上過失致死傷
条文刑法211条前段
刑法211条前段(業務上過失致死傷) 「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。」
これが211条前段です。209条・210条が罰金・科料だけだったのに対して、いきなり拘禁刑まで視野に入ってきます。「業務上」という一言が入っただけです。この一言が付くだけで、刑の重さが大きく変わります。なぜ業務者だけ、これほど重くなるのか。ここが今日いちばんの山場です。
主体——業務者という不真正身分犯
図:211条前段の主体——業務者という身分
その理由に入る前に、1つだけ位置づけを確認しておきます。211条前段は、過失傷害罪・過失致死罪を基本形として、業務者という身分によって刑が加重される類型です。このように、身分があることで刑が重くなったり軽くなったりする犯罪を、不真正身分犯と呼びます。211条前段は、そのうち重くなる側です。65条の身分犯・共犯の一般理論は、別の回で扱っています。今日は、211条前段が不真正身分犯にあたる、という位置づけだけ押さえておいてください。
加重の根拠——なぜ業務者だけ重いのか
図:なぜ業務者だけ重いのか——加重の根拠
なぜ業務者だけ、これほど刑が重くなるのか。判例・通説はこう説明します。業務者は、その立場ゆえに、法益侵害の結果を引き起こしやすい立場にあります。だからこそ、通常人、つまり業務者ではない普通の人よりも、特に重い注意義務が課されている、と考えるのです。
⭐ 論文で書く規範:加重根拠 業務者は法益侵害の結果を惹起しやすい立場にあり、それを防止するために通常人より特に重い注意義務が課されている。 (規範(最判昭26・6・7))
例えば、車を運転する人、機械を操作する人、危険物を扱う人は、日常的にその危険と隣り合わせにいます。だからこそ、通常人よりも一段高い注意を払うことが期待されている。その高い期待に違反したからこそ、非難の度合いが重くなり、刑も重くなるわけです。この加重根拠を押さえておくと、次の「業務」の3要素が、なぜその3要素なのかまで含めて分かるようになります。
「業務」の3要素——社会的地位
図:「業務」の定義——判例の3要素
⭐ 論文で書く規範:「業務」の定義 社会生活上の地位に基づき、反復継続して行う行為であって、かつ、他人の生命・身体等に危害を加えるおそれのあるものをいう。 (規範(最判昭33・4・18))
判例はこう定義しています。社会生活上の地位に基づき、反復継続して行う行為であって、かつ、他人の生命・身体等に危害を加えるおそれのあるもの。3つの要素に分けて、順番に見ていきます。1つ目、社会生活上の地位に基づくこと、からです。
図:社会的地位に基づく行為——マンション管理人の設例
1つ喩えを置きます。あるマンションで、住民から委託されて、共用部のガス給湯設備を定期的に点検する係を任された管理人がいるとします。この人が点検を怠り、ガス漏れで住民が死傷したとします。管理人の点検は、自分の暮らしを回すための営みではなく、社会の中で引き受けた役目として続けるものです。ここがポイントです。これに対して、自分の家の給湯器を、自分のためだけに点検するのは、地位に基づく行為ではありません。誰にでもある日常的な行為だからです。炊事や育児と同じで、万人共通の日常行為は、この要素を満たしません。
同じ子どもの世話でも、扱いは違います。母親の育児は地位に基づかないので除外されますが、保育士が職務として複数の子どもを預かるのは、地位に基づく行為として該当しえます。同じ行為の中身でも、地位に基づくかどうかで扱いが変わるのが、この1つ目の要素です。娯楽でやっていることでも、業務にあたることはあるんですか。あります。判例には、娯楽目的の狩猟行為も業務にあたるとしたものがあります。ポイントは、誰かに頼まれたかどうかでも、給料をもらっているかどうかでもありません。炊事や育児のように、誰もが自分の暮らしを回すためにしている営みか、それを超えて、社会の中で自分から引き受けて繰り返す活動か、です。狩猟は、免許を受けて行う活動で、誰もが暮らしの中でしている営みではありません。だから、娯楽のためでも、地位に基づく行為にあたります。
「業務」の3要素——反復継続性
図:反復継続性——1回目でも該当しうる
2つ目の要素、反復継続性です。これは、実際に何度も繰り返した実績が無ければならない、という意味ではありません。何度も繰り返した実績が要る、と考えるのは誤解です。管理人の例で言えば、着任してまだ1回しか点検をしていなくても、これから継続して点検を続けていく意思があれば、その1回目の時点で、もう業務にあたります。反復継続の意思さえあれば足りる、というのがポイントです。
「業務」の3要素——生命・身体への危険性
図:生命・身体への危険性——①②を満たしても、これが無ければ除外
3つ目、生命・身体への危険性です。1つめの社会的地位に基づくことと、2つめの反復継続を満たしていても、この3つめが無ければ「業務」にはあたりません。では、自転車の運転は業務にあたるでしょうか。少し考えてみてください。通説では、あたらないとされています。自転車の運転自体に、他人の生命・身体に危害を加える危険性が乏しいと見られているからです。自動車と比べると、速度も車体の重さもずっと小さく、ふつうに走らせる限り、運転という行為そのものが人の命を奪う危険を帯びているとまではいえない、という評価です。もっとも、乗り方しだいで危険になることはあります。その場合の扱いは、このあと211条の後半で見ます。
逆に、直接人に触れる行為でなくても、業務にあたることはあるんですか。あります。人の生命・身体の危険防止そのものを義務内容とする管理業務、例えば可燃物などの管理業務です。自分の手で直接、人の身体を害するわけではなくても、その管理を怠れば火災などで人の生命・身体に重大な危険が及ぶ。こうした管理業務も「業務」に含まれる、とされています。自分の手で直接危険を生み出す仕事でなくても、危険を防ぐ役割を担っていれば、3つ目の要素は満たされます。こうして3つの要素がそろって初めて、211条前段の「業務」にあたります。3つをばらばらに覚えるのではなく、なぜこの3つが要るのかは、さっきの加重根拠に戻れば説明がつきます。業務者だから重い注意義務が課される、その「業務者」の中身を絞り込む3つの物差しが、これらの要素だということです。
211条後段の全文カード——重過失致死傷
図:業務者でなくても、不注意が著しければ同じ重さ
条文刑法211条後段
刑法211条後段(重過失致死傷) 「重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。」
211条には、実はもう1つ文が続いています。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。この「同様とする」は、直前の業務上過失致死傷と同じ刑、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金、という意味です。業務者じゃなくても、この重い刑になるんですか。なります。ここが2つ目の入口です。業務者ではない、通常人であっても、不注意の程度が「重大」であれば、業務上過失致死傷と同じ重さに引き上げられます。注意義務違反の程度が著しいことを言います。わずかな注意さえ払えば簡単に結果を防げたのに、それすら怠った、というレベルの不注意です。業務者としての高い注意義務があったから重いのではなく、注意義務違反そのものの程度が著しいから重い、という理由づけです。
冒頭のBで比べます。散歩中によそ見をして、自転車とぶつかってしまった。これは誰にでも起こりうる通常の不注意なので、210条の50万円以下の罰金にとどまります。今度は同じ人が、人通りの多い歩道で、スマートフォンの画面を見たまま自転車で猛スピードを出し、歩行者をはねて死なせた、としましょう。少し前を見て速度を落とすだけで簡単に防げたのに、それすら怠っています。こういう場面は、重大な過失として211条後段に乗りえます。業務者という「立場」のルートと、著しい不注意という「程度」のルート、この2つの入口が、同じ211条の重さに合流します。
自動車運転者は本罪の外
図:自動車運転者は、現在は211条の外にいる
最後に1つ、注意しておきたい点があります。自動車の運転者が起こした死傷事故は、現在、211条ではなく、自動車運転死傷行為処罰法という特別法で処断されています。業務者にあたりそうなのに、211条は使わないんですか。使いません。自動車運転による死傷は、かつては211条の範囲でしたが、現在は特別法に移されています。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点——1本の階段
今日を振り返ります。209条・210条が出発点で、通常人が通常の不注意で人を死傷させた場合、罰金・科料にとどまります。そこから、2つのルートで刑が重くなります。1つは、業務者という立場が加わるルート、211条前段。もう1つは、業務者でなくても、不注意の程度が重大であるルート、211条後段。どちらも、同じ重さの刑に合流します。「業務」の3要素は、社会的地位に基づくこと、反復継続性、生命・身体への危険性、の3つでしたね。そしてこの3つは、暗記のための道具ではありません。業務者は法益侵害を惹起しやすい立場にあり、通常人より重い注意義務が課される、という加重根拠から導かれた物差しです。
Bは、業務者ではなく、通常の不注意である限り、210条の過失致死罪、50万円以下の罰金にとどまります。Aは、本来なら業務者にあたりうる立場ですが、自動車の運転者である以上、今は211条ではなく、特別法で処断されます。同じ「不注意で人を死なせた」でも、立場と義務の高さによって、これだけの違いが生まれるということです。
参照条文
- 刑法209条
- 刑法210条
- 刑法211条前段
- 刑法211条後段