刑法ゼロから刑法#119

名誉毀損罪の成立要件

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第14章 個人的法益③|秘密・名誉・信用・業務 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の結びから

2人しかいない部屋での悪口は、名誉毀損罪になるか 図:2人しかいない部屋での悪口は、名誉毀損罪になるか

前回は、秘密を守る罪を見ました。今日からは、同じ第14章の中の、名誉を守る罪に入ります。まず問いです。AとBの2人しかいない部屋で、AがBの悪口を言いました。それでも、名誉毀損罪になるでしょうか。もう1つ問いを立てておきます。Aが、少人数の友人にだけ「Bは以前、万引きをした」と、本当のことを話しました。真実なのに、それでも名誉毀損罪になりうるでしょうか。本当のことを言っただけなのに、犯罪になるとしたら、それは変な感じがします。

第14章の地図——名誉の位置

秘密の次は、社会の中での評価を守る条文に進む 図:秘密の次は、社会の中での評価を守る条文に進む

前回、第14章は3つの利益を守っていると整理しました。秘密、名誉、そして信用・業務です。前回は1つ目の秘密を、133条から135条で見ました。今日は2つ目、名誉に入ります。230条から232条が対象です。秘密と名誉は、別の利益です。秘密は、自分の情報を自分でコントロールする利益でした。名誉は、社会がその人にどういう評価を与えるか、という利益です。自分の情報を隠す話ではなく、他人からの評価そのものを守る話に変わります。この違いが、今日の一番大事な論点、保護法益の話に直結します。

230条 名誉毀損罪

230条1項は3つの部品——公然と・事実を摘示し・人の名誉を毀損した 図:230条1項は3つの部品——公然と・事実を摘示し・人の名誉を毀損した

230条1項は、3つの部品に分けて読めます。「公然と」、「事実を摘示し」、「人の名誉を毀損した」。摘示というのは、事実をはっきり示す、つまり具体的に述べることです。この3つを、今日は1つずつ順番に確かめていきます。

条文刑法230条

刑法230条(名誉毀損) 第1項「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」 第2項「死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。」

230条を全文で読みます。1項、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する」。ここに、今日の問いの答えがすべて詰まっています。事実が本当であるかどうかは、成立を左右しません。冒頭の問いの答えは、あとで丁寧に組み立てますが、先に結論だけ言うと、本当のことでも成立しうる、が正解です。ただし、それが常に処罰されてよいかという別の問題があり、そこは230条の2という条文が受け持ちます。今日はその手前、230条そのものの成立要件だけに絞ります。

亡くなった人にも名誉毀損罪は成立しうるのですが、条件が絞られています。2項は、虚偽の事実を摘示した場合でなければ罰しない、としています。つまり、死者について本当のことを言っただけでは、この罪は成立しません。生きている人については真偽を問わないのに、死者については嘘であることが要件になる。この差は、あとで客体のところで改めて扱います。

名誉の3分類と保護法益

名誉は1つではなく、3つの層に分かれる 図:名誉は1つではなく、3つの層に分かれる

230条の保護法益を考えるために、まず「名誉」という言葉を3つに分けます。1つ目は内部的名誉、他人の評価とは無関係に、その人に客観的に備わっている価値そのものです。これは、誰かに悪口を言われたくらいでは減りも増えもしないので、保護法益から外れることに争いはありません。2つ目は外部的名誉、社会がその人に与えている評価です。3つ目は名誉感情、本人が自分自身に対して持っている価値意識、つまりプライドのようなものです。

「公然と」という要件が、保護法益を外部的名誉に絞り込む 図:「公然と」という要件が、保護法益を外部的名誉に絞り込む

ここは判例・通説と、少数説とで立場が分かれています。判例・通説は、外部的名誉説と呼ばれる立場で、230条が守るのは外部的名誉だけだと考えます。決め手は、230条が「公然と」という要件を置いていることです。もし名誉感情まで守るなら、密室で2人だけのときでも名誉感情は傷つきうるのに、それでも条文がわざわざ公然性を要求しているのは説明がつきません。公然性を要求しているという条文の作り自体が、社会に伝わって初めて害される利益、つまり外部的名誉だけを想定している証拠だ、と読むわけです。名誉感情包含説は、外部的名誉に加えて名誉感情も保護法益に含めるべきだ、という立場です。ただ、この立場に対しては、判例・通説と同じ理由づけがそのまま突き刺さります。名誉感情も守るなら、なぜ密室での発言まで公然性の要件で除外されるのか、説明が難しいんです。単なる感情は法律で守るべき利益とまでは言えない、という批判も加わります。だから、外部的名誉説が判例・通説になっています。

外部的名誉説に立つ限り、230条が守っているのは社会からの評価です。社会からの評価が下がるには、その話が社会に届く経路に乗る必要があります。密室で2人だけの会話は、外に一切つながっていない専用の回線のようなもので、栓を開けても水は外に漏れません。230条の「公然と」、つまり公然性は、ひとことで言えば、話が世の中に伝わりうる状態を求める要件です。密室の会話はその状態に無いので、公然性を欠き、230条は不成立です。ただし、これはあくまで名誉毀損罪の話であって、他の罪の成否はまた別の問題です。

公然性と伝播可能性の理論

公然性=不特定または多数人が認識しうる状態 図:公然性=不特定または多数人が認識しうる状態

「公然と」の中身に入ります。判例は、公然性を、不特定または多数人が認識しうる状態、と定義しています。不特定というのは、相手が誰であるか限定されていないこと、多数人というのは、相手は特定されているが人数が多いことです。このどちらか一方を満たせば足ります。例えば、駅前で通りがかりの人たちに向かって話せば、相手が誰か決まっていないので不特定です。社員二百人が集まる全体会議なら、相手は決まっていても多数です。どちらでも公然性を満たします。

特定少数への発言でも、そこから広がる可能性があれば公然性を満たす 図:特定少数への発言でも、そこから広がる可能性があれば公然性を満たす

ここで、実際にあった最高裁判所の判断を見てみましょう。ある人が、確証もないのに、別の人が放火をしたと思い込み、その人の身内や、火事の見舞いに来た人、近所の人たちなど、特定かつ少数の相手に、聞かれるままに「放火を見た」と話しました。特定少数にしか話していないのに、そこから村中に噂が相当広まった、という事案です。

判例最高裁判所第一小法廷判決 昭和34年5月7日 刑集13巻5号641頁

特定少数への摘示と公然性 原判決は第一審判決の認定を維持し、被告人は不定多数の人の視聴に達せしめ得る状態において事実を摘示したものであり、その摘示が質問に対する答としてなされたものであるかどうかというようなことは、犯罪の成否に影響がないとしているのである。そして、このような事実認定の下においては、被告人は刑法二三〇条一項にいう公然事実を摘示したものということができるのであり、……

判決はこう言っています。不定多数、つまり数の決まっていない多くの人が見聞きできる状態において事実を述べたのであれば、それで足りる。そして、聞かれて答える形で話したのかどうかは、犯罪の成否には関係が無い、としました。この判断を、学問上の呼び名で「伝播可能性の理論」と呼びます。共同の水道管をイメージしてください。特定の友人数名にだけ話した場合でも、その友人たちが共同の水道管につながっているなら、蛇口をひねった瞬間に、水はいずれ管を通って周囲に届きます。今その瞬間に何人が水を飲んでいるかは関係なく、管がつながっている、つまり広がる経路が開いているという一点で、もう公然性は満たされるんです。守っているのが社会からの評価である以上、話が社会へ流れ出る経路が開いた時点で、その評価はもう危険にさらされているからです。

Aが少人数の友人にだけ「Bは以前、万引きをした」と話した場合、その事実が本当であっても、真偽は230条1項の「その事実の有無にかかわらず」という文言で問わないとされています。そして、友人たちからさらに他の人へ伝わっていく可能性があるなら、公然性の要件も満たされます。本当のことを言っただけだから安全、という発想は、少なくとも230条の成立の場面では通用しません。もっとも、あとの回で扱う230条の2の要件を満たせば、処罰されない道が別に用意されています。今日はそこまでは踏み込みません。

事実の摘示

具体的な事実であること、公知でもよく、真偽は問わない 図:具体的な事実であること、公知でもよく、真偽は問わない

次に、事実の摘示です。摘示される事実は、人の社会的評価を下げるだけの、具体的なものでなければなりません。単に「お前は嫌なやつだ」という抽象的な悪口だけでは、この要件を満たしません。反対に、「Bは会社のお金を横領した」と言えば、いつ、何をしたかを思い描ける具体的な事実になるので、この要件を満たします。すでに世間に知られている事実であっても、それを公然と摘示すれば、事実の摘示にあたります。判例も、公知の事実でよいとしています。すでに知られている話でも、改めて公然と言いふらせば、その人の悪い評価がさらに広がり、固まっていく危険があるからです。そして、さっきから出ている真偽の問題ですが、230条1項は「その事実の有無にかかわらず」と、はっきり条文に書いています。事実が本当であっても嘘であっても、成立を左右しません。社会的評価を下げる力があるかどうかに、事実の真偽は関係がない、という考え方です。

抽象的危険犯

評価が実際に下がったかどうかは問わない 図:評価が実際に下がったかどうかは問わない

ここで1つ、前に出てきた言葉を思い出してください。抽象的危険犯って、どういう意味でしたか。前回の133条のところで出てきましたよね。結果が実際に起きたかどうかは問わず、危険な行為があった時点で、それだけで成立する、という考え方だったと思います。230条の「毀損した」も、同じ設計です。人の社会的評価が、実際にどれだけ下がったかを裁判所が正確に測るのは、ほとんど不可能です。だから判例は、現実に評価が下がったことまでは要求せず、評価を下げる危険のある行為、つまり公然と事実を摘示する行為があった時点で、既遂だと考えています。例えば、Aが職場の掲示板に「Bは会社のお金を横領した」と貼り出したとします。見た人がたまたま誰も信じなかったとしても、貼り出した時点で成立します。さっきの水道管の話でいえば、蛇口をひねって水を管に流した時点で処罰の対象になり、その水を実際に何人が飲んだかまでは問わない、ということです。この点は、前回の133条や、もっと前に犯罪の分類を扱った回で見た抽象的危険犯の考え方と、まったく同じ骨組みです。

客体——死者の名誉

死者の名誉は、虚偽の事実の摘示に限って成立する 図:死者の名誉は、虚偽の事実の摘示に限って成立する

230条の客体、つまり誰の名誉が守られるかにも触れておきます。「人」には自然人だけでなく、法人や団体も含まれます。社会的な評価の主体になりうる限り、会社にも名誉毀損罪は成立しえます。問題は、亡くなった人です。生きている人については、事実の有無にかかわらず、つまり真実でも虚偽でも成立しえます。ところが死者については、虚偽の事実を摘示した場合でなければ罰しない、と条文が限定しています。裏を返せば、死者について本当のことを言っただけでは、名誉毀損罪は成立しません。亡くなった人にはもう反論する手立てがないので、事実であれば歴史や記録として残す利益のほうを優先し、虚偽で名誉を汚す場合だけを処罰する、という設計です。

232条 親告罪

名誉毀損罪は親告罪——告訴がなければ起訴できない 図:名誉毀損罪は親告罪——告訴がなければ起訴できない

成立要件を確かめ終えたので、最後に、手続の面の決まりを1つだけ見ておきます。

条文刑法232条

刑法232条(親告罪) 第1項「この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。」 第2項「告訴をすることができる者が天皇、皇后、太皇太后、皇太后又は皇嗣であるときは内閣総理大臣が、外国の君主又は大統領であるときはその国の代表者がそれぞれ代わって告訴を行う。」

最後に232条です。「この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない」。親告罪という考え方は、前に別の回でも出てきましたね。名誉毀損罪も含め、この章の罪は親告罪です。ここでいう「この章」は、今日の地図の第14章ではなく、刑法典の中の名誉に対する罪の章のことで、230条から232条までを指します。信用や業務を守る233条以下は、ここに入りません。趣旨は前回の133条から135条のところと同じで、起訴されて裁判になれば、かえってその内容が公に取り上げられ、被害者の名誉が広く知られてしまいます。それを避けるため、被害者自身が訴追するかどうかを選べるようにしているんです。2項は、告訴できる人が天皇や皇后といった皇室の方、あるいは外国の君主や大統領である場合に、内閣総理大臣やその国の代表者が代わって告訴を行う、という特則です。

弁別ミニ事例

4つの問いを順番に立てて、成立・不成立を判定する 図:4つの問いを順番に立てて、成立・不成立を判定する

ここまでの内容を、事例で確認します。

Aが、密室でBにだけ、Bの具体的な悪事を話した 図:Aが、密室でBにだけ、Bの具体的な悪事を話した

1問目です。Aが、外部に伝わる見込みのない密室で、Bにだけ、Bの具体的な悪事を話しました。230条は成立するでしょうか。事実は具体的ですが、外に伝わる見込みが無いので、公然性を欠くと思います。230条は不成立です。事実の摘示という要件は満たしていても、公然性という手前の要件で止まります。外部的名誉説に立つ限り、社会に伝わる経路が無い以上、230条の名誉毀損罪は成立しません。

Aが、ほかへ伝わりうる友人数名にだけ、Bについての本当の事実を話した 図:Aが、ほかへ伝わりうる友人数名にだけ、Bについての本当の事実を話した

2問目です。Aが、そこから他の人へ伝わる可能性のある友人数名にだけ、Bについての具体的で、しかも真実の事実を話しました。230条は成立するでしょうか。伝播する可能性があるので公然性を満たし、事実は具体的で、真偽は問わないので真実でも構いません。230条は成立しうると思います。伝播可能性の理論により公然性を満たし、事実の摘示も具体的です。真実であることは、成立を妨げません。ここまでで、保護法益、公然性、事実の摘示、抽象的危険犯の4問がすべて満たされています。

Aが、亡くなったBについて、本当にあった出来事を、大勢の前で話した 図:Aが、亡くなったBについて、本当にあった出来事を、大勢の前で話した

3問目です。Aが、亡くなったBについて、生前に実際にあった出来事を、大勢の前で話しました。230条は成立するでしょうか。公然性は満たしていますが、Bは亡くなっているので230条2項が関わりますよね。話した内容は真実なので、2項の要件を満たさず、不成立だと思います。死者については、虚偽の事実の摘示に限って成立します。今回は真実の事実ですから、大勢の前で話していても、230条は成立しません。

今日の地図(保存版)

4つの問いで、230条の成立・不成立はすべて切り分けられる 図:4つの問いで、230条の成立・不成立はすべて切り分けられる

今日の内容を整理します。230条が守っているのは外部的名誉、つまり社会からの評価です。だから、社会に伝わる経路があるかどうかを問う公然性が要件になり、特定少数への発言でも、伝播する可能性があれば足ります。摘示する事実は具体的であればよく、公知の事実でもよく、真偽は問いません。そして、評価が現実に下がったことまでは要求しない抽象的危険犯です。この4つの問いは、すべて外部的名誉という保護法益から出てきた帰結でした。冒頭の2つの問い、どちらも答えが出ましたね。密室での悪口は、公然性を欠くので230条は不成立でした。少人数の友人にだけ本当のことを話した場合は、伝播可能性があれば公然性を満たし、真偽も問わないので、成立しうるということでした。ただ、事実の有無にかかわらず成立してしまうと、今度は表現の自由や、正当な報道との間で緊張関係が生じます。

参照条文

  • 刑法230条
  • 刑法232条

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