真実性の証明による不処罰
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第14章 個人的法益③|秘密・名誉・信用・業務 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の結びから
図:本当のことを取材して報じても、名誉毀損罪になるのか
前回は、230条が事実の有無にかかわらず成立するということを見ました。本当のことを言っただけでも、名誉毀損罪になりうるということでしたね。そこで今日の問いです。新聞記者が、ある政治家の汚職について、取材を尽くして真実だと確認したうえで報道しました。この記者は、名誉毀損罪になるでしょうか。もう1つ問いを立てておきます。同じ政治家について、汚職ではなく、その人の持病について書いた場合はどうでしょうか。
図:230条の2は、3つの検問をすべて通って初めて抜けられる関所
230条の2の1項には、罰せられずに済むための要件が3つ並んでいます。230条の2は、いわば1つの関所だと考えてください。3つの検問があり、そのすべてを通り抜けて初めて、罰せられずに済みます。1つでも通れなければ、その場で原則どおり230条が適用される側に戻されます。
趣旨——表現の自由と名誉の保護の調和
図:真実を述べる行為まで一律に処罰してよいのか
前回読んだ230条1項には、事実の真偽についての一言がありました。どんな文言だったか、覚えていますか?この原則を貫くと、困ったことが起きます。政治家の汚職を暴く報道も、社会の問題を告発する言論も、事実であれば社会的評価を下げる以上、すべて名誉毀損罪にあたってしまうからです。しかし、憲法21条1項は表現の自由を保障しています。真実を述べる正当な言論まで一律に処罰するのは、この保障と真正面からぶつかります。そこで刑法は230条の2という規定を置き、表現の自由による正当な言論の保障と、名誉の保護との調和を図っています。ただし、真実でさえあれば無条件で許されるわけではありません。次に見る3つの要件をすべて満たして、初めて不処罰になります。
230条の2 全文
図:1項は原則、2項と3項は要件の一部が最初から開いている特則
230条の2を、まず全文で読みます。
条文刑法230条の2
刑法230条の2(公共の利害に関する場合の特例) 第1項「前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。」 第2項「前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。」 第3項「前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。」
1項は、公共の利害に関する事実に係り、目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合に、事実の真否を判断して、真実であることの証明があったときは、これを罰しない、としています。ここに3つの要件が並んでいますね。2項は、起訴前の犯罪行為に関する事実について、公共の利害に関する事実とみなす、としています。3項は、公務員や公選による公務員の候補者に関する事実について、1項と同じ形で不処罰を認めています。まずは1項の3つの要件を、1つずつ確かめていきましょう。
要件①——公共の利害に関する事実
図:単なる好奇心の対象ではなく、社会が知る必要のある事実か
1つ目の要件は、公共の利害に関する事実です。これは、市民が民主的な自治を行ううえで知る必要がある事実をいいます。単に世間の興味や好奇心を引くというだけでは足りません。一方で、身体的な障害や病気、血統、性生活といった事実は、原則としてこの要件にあたりません。冒頭の2つ目の問いに関わる話です。同じ政治家について、汚職ではなく持病について書いた場合、その持病が職務を遂行する能力に直接関わるのでない限り、公共の利害に関する事実とは言いにくいのです。
図:私人の私生活でも、社会的な影響力次第では公共の利害にあたる
私人の私生活だからといって、絶対にこの要件を満たさないとは限りません。実際にあった裁判で、こういう判断が示されています。
判例最高裁判所第一小法廷判決 刑集35巻3号84頁(月刊ペン事件)
私人の私生活と公共の利害の判断 「私人の私生活上の行状であつても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによつては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、刑法二三〇条ノ二第一項にいう「公共ノ利害ニ関スル事実」にあたる場合があると解すべきである。」
この事件は、大規模な宗教団体を率い、政治的にも大きな影響力を持つ人物の女性関係について報じたものでした。私生活上の出来事であっても、その人が持つ地位や社会への影響力の大きさから、公共の利害に関する事実にあたると判断されました。単なる有名人の恋愛話であれば、多くの場合は好奇心の対象に過ぎませんが、宗教団体の指導者や大企業の経営者のように、その私生活が社会的な活動の評価に直結する立場であれば、公共の利害に関する事実にあたりうるのです。だから冒頭の持病の問いも、その政治家の職務遂行能力に関わるかどうかで評価が分かれる、微妙な領域だと考えてください。
要件②——専ら公益を図る目的
図:唯一の動機でなくても、主たる動機が公益にあればよい
2つ目の要件は、専ら公益を図る目的です。ここでつまずきやすいのが、「専ら」という言葉です。少しでも他の動機が混じれば要件を満たさない、という字義どおりの読み方はされていません。専らという言葉は、ここでは主たる動機を意味すると解するのが裁判例です。唯一の動機だけで行動することを人間に期待するのは、実際には難しいからです。休日に運動のためジョギングに出た人が、途中でコンビニに寄ってお菓子を買ったとしても、運動のためという主たる目的は崩れません。それと同じで、主たる目的がそこにあれば足りるのであって、目的が1つに限定されている必要はありません。ですから、報道機関の報道に、部数や視聴率を伸ばしたいという営利的な側面が混じっていても、それだけで専ら公益を図る目的が否定されるわけではありません。
例えば、政治家への個人的な恨みから、公共性のある事実を持ち出しつつも、実際の狙いはその人を陥れることそのものにある、という場合です。この場合は、主たる動機が公益ではなく私怨にあるといえるので、専ら公益を図る目的を欠くことになります。
要件③——真実であることの証明
図:通常の刑事裁判との対比——証明できなければ被告人の不利益になる
3つ目の要件は、摘示した事実が真実であることの証明です。ここは、通常の刑事裁判の常識とは向きが逆になる要件です。ところが230条の2の場面では、不処罰を得たいのは被告人の側なので、被告人の側が真実であることを証明しなければなりません。裁判官に真実だという確信が生じなければ、その不利益は被告人が負います。関所にたとえるなら、通してほしい側が、自分で通行手形を用意しなければならない、という向きの逆転です。この仕組みを、証明責任の転換と呼びます。なぜこの向きが許されるのか。条文が「真実であることの証明があったときは、これを罰しない」と、証明があったことそのものを不処罰の条件にしているからです。原則は真偽を問わず成立する以上、例外の側に乗りたい者がその事実を示す、という組み立てです。207条の同時傷害で見た挙証責任の転換と、同じ仕組みです。証明責任と挙証責任は、同じものを指す言い方です。
あの記者の場合、政治家の汚職という公共の利害に関する事実にあたり、取材を尽くした報道という点で専ら公益を図る目的も認められ、しかも真実であることを証明できています。3つの要件をすべて満たしているので、230条の2により罰せられません。
図:好奇心本位の見出しは、公共の利害と専ら公益の両方でつまずく
ここで1つ、事例で確認しましょう。ある芸能人の不倫について、興味本位の見出しで報じた場合、230条の2は適用されるでしょうか。芸能人の私生活は、社会に大きな影響力を及ぼす立場とまでは言いにくいので、公共の利害に関する事実にあたらない気がします。それに、興味本位という時点で、専ら公益を図る目的とも言いにくいです。単なる好奇心を満たすための報道は、要件①でも要件②でもつまずきやすく、230条の2による不処罰は認められにくいケースです。ただし、その芸能人が社会的な地位や影響力を持つ活動をしていて、その活動の評価に関わる事実であれば、月刊ペン事件のように扱いが変わる余地はあります。あくまで、事実の性質と、その人の社会的な影響力の程度で判断が変わる、ということです。
2項・3項——要件の擬制
図:1項・2項・3項の比較——要件の一部が最初から開いている事実
次に、2項と3項です。この2つは、1項の要件を減らす規定ではなく、特定の事実については、一部の要件が最初から満たされているとみなす規定です。2項は、起訴前の犯罪行為に関する事実について、事実の公共性が擬制されます。例えば、まだ起訴されていない人物の横領の疑いを報じる場合がこれにあたります。起訴前の犯罪行為を報じることは、捜査のきっかけになりうるほか、捜査に対する国民からの監視にも役立つからです。ただし、専ら公益を図る目的と、真実であることの証明は、依然として必要です。3項は、公務員や公選による公務員の候補者に関する事実について、事実の公共性と、目的の公益性の両方が擬制されます。公務員やその候補者は、その職務や適性が広く社会の関心事だからです。とはいえ、真実であることの証明だけは、2項でも3項でも、常に自分で満たさなければなりません。ここだけは、どの検問でも開いていない、ということです。
あの記者の事案は、3項の場面でもあります。政治家は公務員にあたるので、事実の公共性と目的の公益性は、あらためて示さなくても満たされていることになります。公務員だからといって、3項でまるごと公共性が認められるとは限りません。3項も、公務員としての職務や資質と関係のない私事、例えば職務と関係のない病気や身体の障害といった事実にまでは及ばないと解されています。実際に、町議会議員の政治姿勢を批判する記事が、その議員の身体の障害をことさらに持ち出して結びつけた事件で、最高裁判所はこう述べています。
判例最高裁判所第三小法廷判決 刑集7巻12号2436頁
公務と関係のない事実の摘示 「……凡そ公務と何等の関係のないことを執筆掲載することは……」
身体の障害は、議員の職務とは関係がありません。この部分について名誉毀損罪の成立を認めた判断が、そのまま維持されました。ですから、政治家についての事実でも、職務や資質と関係のない持病は3項の対象から外れ、1項に戻ります。そして1項では、要件①で見たとおり、職務を遂行する能力に直接関わるのでない限り、公共の利害に関する事実にあたりにくい。3項、次に1項、という順で答えが出るわけです。
効果——230条の2の法的性質
図:3つの要件を満たしたとき、230条の2は何を消しているのか
ここまでで、3つの要件を満たせば罰しない、という結論は分かりました。ですが、230条の2はいったい何を阻却しているのでしょうか。犯罪の成立そのものを消すのか、それとも成立は認めたうえで処罰だけを消すのか。ここは学説が3つに分かれています。

1つ目は、処罰阻却事由説です。230条が、事実の有無にかかわらず成立するとしている建前を重視して、犯罪の成立自体は認めたうえで、処罰だけを阻却すると考えます。この立場には、表現の自由との調和という230条の2の性格に適合しにくいこと、そして真実を述べる言論がなぜ処罰だけを阻却するのかが説明しにくいこと、という批判があります。2つ目は、構成要件該当性阻却事由説です。表現の自由の保障を重視して、真実性の証明があれば、構成要件該当性そのものが阻却されると考えます。ただ、事実の有無にかかわらず成立するとしている230条との関係が、うまく説明しにくいという批判があります。
3つ目は、違法性阻却事由説です。表現の自由と名誉の保護の調和という230条の2の趣旨から、真実性の証明があれば違法性が阻却されると考えます。この立場は、真実で公益に役立つ言論を、法秩序全体から見て許される行為だと評価します。230条の構成要件には当たるという建前を崩さないので2つ目の立場への批判を避けられ、表現の自由との調和という趣旨にも合うので1つ目の立場への批判も避けられます。通説はこの立場です。構成要件該当性阻却事由説なら、1つ目の関門で外れます。同じ不処罰でも、どこで外れるかが違うのです。ここでいう3つの関門は、犯罪が成り立つかを確かめる順番のことで、さきほどの関所の3つの検問とは別のものです。判例がどの立場を採っているかは、少し注意して読む必要があります。実際にあった裁判で、こう述べられています。
判例最高裁判所大法廷判決 刑集23巻7号975頁(夕刊和歌山時事事件)
表現の自由と名誉保護の調和(判旨) 「刑法二三〇条ノ二の規定は、人格権としての個人の名誉の保護と、憲法二一条による正当な言論の保障との調和をはかつたものというべきであり……」
図:判決が述べたことと、学説による読み方は分けて理解する
この判決自体は、違法性阻却事由説を採るとはっきり言っているわけではありません。230条の2の趣旨を、人格権としての名誉の保護と、正当な言論の保障との調和だと述べているだけで、違法性阻却事由という言葉を使ってはいません。それでも判例が違法性阻却事由説に立つと理解されている手がかりは、いま読んだ趣旨の言い回しです。名誉の保護と正当な言論の保障との調和を図る規定だと言うなら、真実で公益に役立つ言論は、正当な言論として法秩序が許す行為になります。3つ目の立場が拠りどころにしたのも、この趣旨でした。反対に、犯罪は成立していて罰だけが外れる、という1つ目の立場は、この趣旨に合いにくいのでした。判決の明言と、学説による読み方は、分けて理解しておいてください。
ここでは、230条の2の法的性質をどう理解するかによって、その処理の組み立て方が変わってくる、という一言に留めておきます。なお、この学説対立を答案でどう書くかは、論文で論点になりうる箇所です。
今日の地図(保存版)
図:3つの検問をすべて通れば不処罰、1つでも欠ければ230条の原則に戻る
今日の内容を整理します。230条は事実の有無にかかわらず成立しますが、それでは表現の自由と衝突するため、230条の2が例外への通路を用意しています。この通路には、公共の利害に関する事実、専ら公益を図る目的、真実であることの証明という3つの検問があり、すべてを通り抜けて初めて不処罰になります。2項と3項は、起訴前の犯罪行為や、公務員・公選候補者に関する事実について、一部の検問を最初から開いておく特則でした。そして、この不処罰が何を阻却しているのかは、処罰阻却事由説、構成要件該当性阻却事由説、違法性阻却事由説という3つの立場に分かれます。
冒頭の2つの問いにも、答えが出ましたね。政治家の汚職を取材して報道した記者は、3つの要件をすべて満たすので、罰せられません。同じ政治家の持病については、職務遂行能力に関わらない限り3項の対象から外れ、1項でも公共の利害に関する事実にあたりにくい、ということでした。ただ、実際の裁判では、真実であることを証明しようとしたものの、証明にまでは至らなかった、という場面が起こりえます。
参照条文
- 刑法230条の2