刑法ゼロから刑法#127

窃盗罪の保護法益

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第15章 個人的法益④|財産に対する罪①(総論・窃盗・強盗) ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の受けから

自分の物のはず、なのに 図:自分の物のはず、なのに

前回、財産犯の地図が完成しました。今日から、その1マス目に入ります。まず、2つの場面を見てください。会社員Pは、半年前に自転車をQに盗まれました。ある日、駅前の駐輪場でQを見つけて、その場で取り戻しました。もう1つ、こんな場面もあります。お金を貸した見返りに、車の所有権を得ていた人がいます。その人が、借りた側のところから、車を黙って引き揚げます。どちらも「自分の物」のはずです。この2つが窃盗罪になりうるのか、今日はそこを考えます。なるかもしれません。答えは、窃盗罪が何を守っているかで決まります。それが、今日のテーマ、保護法益です。

235条——窃盗罪の入り口

235条—まず2語だけ 図:235条—まず2語だけ

まず、窃盗罪の条文を確認しましょう。

条文刑法235条

刑法235条(窃盗罪) 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。

今日、指を差すのはこの2語だけです。今日は、「他人の」という2文字に注目してください。この2文字の読み方をめぐって、大きな対立があります。

問題の所在——自分の物を取り返す場面

自分の物を取り返したら 図:自分の物を取り返したら

もう一度、Pの場面に戻りましょう。Pは、自転車の所有者です。でも、半年前にQに盗まれてから、実際に持っているのはQです。そこでPが、実力でQから取り戻します。235条は、「他人の財物」を「窃取」した者を罰します。Pから見れば自分の物ですが、Qから見れば、さっきまで自分が持っていた物です。この場面が「他人の財物」に当たるかは、実は自明ではありません。どうしてですか。「他人の」が何を指すかで、答えが変わるからです。所有者のような、本権を持つ人を指すのか。それとも、今、現実に持っている人を指すのか。その2つで、答えが逆になりそうですね。この違いが、窃盗罪の保護法益の対立になります。

本権説

本権説の中身 図:本権説の中身

1つ目は、本権説です。窃盗罪が守るのは、所有権や賃借権のような、本権だと考えます。占有を正当化する権利のことです。所有権が代表です。根拠は、さっきの235条の文言そのものです。「他人の」財物という以上、他人に本権がある物を守る規定だ、と読みます。この説だと、Pの取戻しはどうなるでしょうか。Pには所有権がありますから、窃盗罪にはならない、です。自分の権利を実現しているだけなので、窃盗罪になりません。ただ、この説には批判もあります。本権さえあれば、実力で取り返してよいことになると、どうなるでしょうか。

力ずくで取り返す人が、増えそうです。財産の秩序が、混乱してしまいます。この批判が、次の説につながります。

占有説(判例)

占有説の中身(判例) 図:占有説の中身(判例)

ここで、1つ考えてみてください。窃盗罪が、本権ではなく、占有そのものを守っていたら、どうでしょうか。占有そのものを守るなら、Qが持っている状態を守ることになります。だとすると、Pの取戻しはどうなりますか。Qの占有を破ることになるので、窃盗になってしまう気がします。これが、2つ目の説、占有説です。占有説は、事実上の占有そのものを守ると考えます。今、現実に持っている、という事実だけを守ります。

自力救済の禁止 図:自力救済の禁止

なぜ、そう考えるのか、身近な例で見てみましょう。飲食店の行列を、想像してください。後から来た人が「本当は自分が先に並んでいた」と言い出したとします。その言い分が正しくても、実力で列から引きずり出してよいでしょうか。それは、さすがに駄目な気がします。まず店の人に言う、それでも駄目なら警察に相談する。それが筋です。「今、その場所を占めている」状態が、いったんは尊重されます。民法にも、この発想があります。民法200条には、占有回収の訴えという制度があります。占有者が物を奪われたら、占有を理由に返還を求められる制度です。しかも202条2項は、この訴えで本権を理由にした反論を許しません。

この訴えの中では通りません。まず、今の占有状態を尊重させる作りです。この発想を、自力救済の禁止と言います。占有説は、これを借りています。もう1つ、理由があります。複雑な社会では、現に占有されている状態そのものを守る必要がある。そういう考え方です。誰が本当の権利者か、その場で見極めるのは簡単ではありません。たとえば、駐輪場の自転車が、持ち主の物か、借り物か、盗品かは、見ただけでは分かりませんよね。だから、まず「今の状態」を守っておくんです。この説だと、Pの取戻しはどうなるでしょうか。さっき、予想したとおりですね。窃盗罪の構成要件に、当たってしまいます。占有説では、Pの取戻しも構成要件に当たります。

占有説にも、批判があります。処罰範囲が、広すぎるという批判です。ここで、占有説からの応答があります。構成要件に当たることと、実際に処罰されることは、別の段の話です。構成要件は、成立要件の回で見た、条文が定めている「型」です。それでも正当防衛で、処罰されませんでした。当たったあとに、違法性阻却という、もう1つの関門があります。処罰範囲の広さは、違法性阻却の段階で、個別に絞れます。この2段構えが、占有説の強さです。

⭐ 論文で書く規範:窃盗罪の保護法益は占有そのもの 「窃盗罪の保護法益は、本権ではなく、事実上の占有そのものである。自己の物であっても、他人が占有していれば、窃盗罪の構成要件に該当しうる。」 (規範(判例=占有説))

そして、この占有説が、判例の立場です。あとで、実際の判例を2件、確認します。

平穏占有説(中間説)

平穏占有説の中身(中間説) 図:平穏占有説の中身(中間説)

3つ目は、中間の立場、平穏占有説です。占有説ほど広くはなく、本権説ほど狭くもない、という考え方です。守られるのは、平穏な占有だけだと考えます。盗んでまもない、泥棒の占有は、まだ平穏とは言えません。だから、盗まれてすぐの取戻しは、窃盗罪になりません。半年が経っています。占有が平穏になっていれば、この取戻しも窃盗罪に当たりえます。ただ、この説にも批判があります。1つ目。平穏かどうかの判断は、行為の時点では簡単につきません。半年という時間が十分かどうか、その場で見分けるのは難しいですよね。2つ目。占有説でも、処罰範囲の広さは違法性阻却で調整できます。わざわざ、保護法益の段階で絞る理由は、実はありません。

だから判例は、平穏占有説を採っていません。

3説の比較

3説の比較 図:3説の比較

ここで、3つの説を、一度に並べてみましょう。守るものは、本権説が本権、占有説が事実上の占有です。平穏占有説は、平穏な占有でした。Pの取戻しは、本権説が不成立、占有説が成立です。平穏占有説は、時間次第で分かれます。3つの説は、どんな場面でも答えが割れるんですか。違います。たとえば、Pが自転車を、お金を取って友人に1か月貸していたとします。期限の前に黙って持ち帰れば、本権説でも窃盗罪に当たりえます。友人には、借りて使う権利、つまり本権があるからです。占有説と平穏占有説も、同じ結論です。割れるのは、Qのように、権限の無い人が持っている場面なんです。

窃盗罪は、本権を守るのか、占有を守るのか。この1点です。ここは、論文で論点になりうるところです。

⭐ 論文で書く規範:保護法益をめぐる対立の軸 「窃盗罪が何を守っているかで、本権説(本権)・占有説(事実上の占有)・平穏占有説(平穏な占有)の3説が対立する。」 (学説状況(通説なし・判例は占有説))

242条——「他人が占有」をどう読むか

242条—「他人が占有」の意味 図:242条—「他人が占有」の意味

この対立が、もう1つの条文にも、そのまま映ります。242条です。

条文刑法242条

刑法242条(他人の占有等に係る自己の財物) 自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。

自分の物でも、他人が占有していれば、「他人の財物」として扱う規定です。ただ、「他人が占有」の意味が、また3説で変わります。

242条の3つの読み方 図:242条の3つの読み方

本権説は、他人の占有が、権利に裏付けられている場合に限って、「他人が占有」に当たると読みます。賃借権や質権に基づいて、他人が占有している場合です。さっきの、自転車を友人に1か月貸していた場面が、これです。占有説は、本権の有無を問わず、文字どおり占有している場合、と読みます。はい、Qのような、権限の無い人の占有も含まれます。平穏占有説は、他人が平穏に占有している場合、と読みます。もう1つ、気づいてほしいことがあります。242条には、続きがあります。「公務所の命令により他人が看守するものであるとき」という部分です。

差押えを受けて、国の機関が保管している自分の物、という場面です。この部分は、占有の解釈問題ではありません。公務所の命令があったかという、客観的な事実で決まります。あとで、一覧にして確認します。

判例——占有説の立場

担保の車を、無断で持ち去る 図:担保の車を、無断で持ち去る

では、実際の判例を見てみましょう。まず、1件目です。貸したお金の担保として、貨物自動車の所有権を得た人がいます。ただ、その車は、引き続き、借りた側の会社が使っていました。その会社が更生手続に入り、会社の財産を管理する管財人が、運転手に運搬を任せていました。貸した側は、運転手がいない隙に車を無断で運び去りました。

判例最高裁判所第三小法廷判決(刑集14巻6号748頁)

最高裁判所第三小法廷判決——譲渡担保の貨物自動車を無断で持ち去った事案 被告人に所有権があったとしても、他人の事実上の支配内にある物を無断で持ち去る行為は、窃盗罪に当たる。

それでも、最高裁は窃盗罪の成立を認めました。理由は、車が管財人らの事実上の支配の中にあったからです。実際にその物を、自分の管理のもとに置いている状態です。判例は、この状態を、占有と見ています。占有説の考え方です。

買戻約款付きの車を、無断で引き揚げる 図:買戻約款付きの車を、無断で引き揚げる

もう1件、見てみましょう。「自動車金融」と呼ばれる、高利の貸付です。契約の形では、車の所有権と占有権を借主から貸主に移します。期限までに買戻権を使わなければ、貸主が自由に処分できる建付けです。ただ実際には、契約のあとも、借主が車を使い続けることが前提でした。貸主は、合鍵やレッカー車を使い、無断で車を引き揚げ、転売し、または転売しようとしました。

判例最高裁判所第三小法廷決定(刑集43巻7号607頁)

最高裁判所第三小法廷決定——買戻約款付き自動車を無断で引き揚げた事案 借主の事実上の支配内にあった以上、かりに被告人に所有権があっても、242条にいう他人の占有に属する物を窃取したものとして窃盗罪を構成する。その引揚行為は、社会通念上、借主に受忍を求める限度を超えた違法なものである。

買戻権が無くなったあとの、正当な権利行使だ、と主張しました。引き揚げの時点で、車は借主の支配内にありました。だから、所有権があっても窃盗罪が成立する、と判断しました。さらに、その引き揚げ方は我慢の限度を超えているとも述べています。ここが、その2段構えの、2つ目の関門にあたる部分です。2件とも、論理は同じです。自分に権利があっても、事実上支配していた物を持ち去れば窃盗罪です。これが、判例の立場、占有説そのものです。

Pの例への当てはめ

Pの例への当てはめ 図:Pの例への当てはめ

ここで、Pの場面に、判例の考え方を当ててみましょう。占有説に立つと、Pの取戻しは構成要件に当たります。ここで、前に見た道具を使います。自救行為の4要件、思い出せますか?落ち着いて、1つずつ確認しましょう。1つ目は、権利に対する侵害があったことです。2つ目は、被害回復の緊急性です。正規の手続を待っていては、時期を失して、回復が事実上不可能か、著しく困難になることです。3つ目は、自救の意思、つまり権利を保全する目的があることです。4つ目は、行為自体の相当性です。「等」の一字もあったとおり、この4つで打ち止めだ、とは言っていません。Pの場面にも、前に一度、当てはめましたね。順に、確かめましょう。1つ目、自転車という財産権への侵害は、あります。2つ目、時間が経つほど、自転車の所在は分からなくなります。緊急性は、事案次第です。

たとえば、Qが今にも走り去りそうで、警察を待つ間に見失いそうなら、緊急性に傾きます。Qの住所が分かっていて、後から警察に頼めるなら、認められにくくなります。3つ目、取り戻す意思そのものは、自救の意思にあたります。4つ目、声をかけて任意に取り戻す程度なら、相当性を満たしえます。実力で押し倒せば、相当性を欠く方向に傾きます。

⭐ 論文で書く規範:構成要件該当性と、処罰されることは別の段 「占有説に立てば、自己物の取戻しも窃盗罪の構成要件に該当する。そのうえで、自救行為などの違法性阻却事由があれば、違法性が阻却されうる。該当することと、処罰されることは別である。」 (二段構造の整理)

占有説は、この2段構えで、処罰範囲を調整しているんです。

保護法益論が結論を変える場面

保護法益論が結論を変える場面 図:保護法益論が結論を変える場面

最後に、保護法益の違いが結論を変える場面を一覧で見ましょう。1つ目は、Pの場面のような、盗品を元の所有者が取り戻す場面です。本権説は不成立、占有説は構成要件レベルで成立です。平穏占有説は、占有が平穏になっていれば成立です。2つ目は、譲渡担保に供した物を債権者が引き揚げる場面です。1件目の判例の型ですね。占有説と平穏占有説は、成立です。本権説は、相手の占有に、法律上の裏付けがあるかどうかで分かれます。1件目は、会社の更生手続の最中で、車は、法律に基づいて管財人が管理していました。しかも、車の所有権がどちらにあるかは、民事の裁判でなければ決まらない状態でした。ですから、本権説からも、成立と説明する余地があります。3つ目は、買戻約款付きの売買で、借主が買戻権を失ったあと、貸主が車を引き揚げる場面です。2件目の判例の型です。所有権が貸主に確定したあとなら、借主の占有には裏付けがありません。ですから、本権説は不成立、あとの2説は成立です。4つ目は、差押えを受け、公務所の命令で看守されている自分の物です。

ここだけは、3説とも成立です。最後に、もう1つだけ触れておきます。覚醒剤や拳銃のような、法禁物です。占有説に立てば、その所持そのものが保護法益になります。だから、法禁物を盗んでも窃盗罪の対象になる、という結論とつながります。

今日の地図(保存版)

今日のまとめ 図:今日のまとめ

今日の内容を整理します。窃盗罪が守っているものをめぐって、3つの説が対立していました。判例は、占有説に立っています。自分の物でも、他人が現に占有していれば、構成要件に当たりうる立場です。冒頭の2つの問いも、これで答えが出ました。Pの自転車も、担保の車も、まず窃盗罪の構成要件に当たります。

参照条文

  • 刑法235条
  • 刑法242条

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