窃盗罪の客体と占有の意義
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第15章 個人的法益④|財産に対する罪①(総論・窃盗・強盗) ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の受けから
図:持ち去られたのは、いつなのか
前回、窃盗罪の保護法益を固めました。今日は、そこから先に進みます。235条の残り2つの言葉、「他人の財物」と「窃取」の中身です。まず、2つの場面を見てください。公園のベンチに、ポシェットを置き忘れて歩き出した人がいます。置き忘れに気づく前に、別の人がそのポシェットを持ち去りました。もう1つ、こんな場面もあります。レジ打ちを任されたアルバイトの店員が、店の商品をこっそり持ち帰ります。どちらの問いも、答えを決める鍵は同じです。「これは、誰が占有しているのか」という1つの問いです。今日は、この問いを実際に判定できるところまで進みます。
客体——「他人の財物」の残り
図:235条—今日は残り2語に入る
条文刑法235条
刑法235条(窃盗罪) 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
「他人の財物」の方から、片づけましょう。財物とは、固体・液体・気体という有体物をいう。有体性説という定規でした。今日は、その先の3つを確認します。1つ目、電気は有体物ではないので、本来は財物にあたりません。だから245条が、特別に財物とみなしています。2つ目、財産上の利益は窃盗罪の客体になりません。ここから、面白い帰結が出ます。データそのものを盗んでも、窃盗罪にならないという帰結です。データにも財産的な価値はありますが、有体物ではないので財物にあたりません。そして、窃盗罪は財物しか客体にできません。財産的な価値があっても、財物でなければ、窃盗罪の客体になりようがないんです。
図:データそのものを盗んでも窃盗罪にならない
たとえば、会社の設計データを、こっそりコピーして持ち出したとします。それは窃盗罪になりませんか。なりません。情報そのものを盗む行為は、情報窃盗と呼ばれ、窃盗罪としては不可罰です。ただし、データの入ったDVDそのものを持ち去れば話は別です。その場合はDVDという財物を盗んだとして、窃盗罪が成立しえます。盗んだのが情報そのものか、情報を運ぶ有体物かで結論が変わるんです。3つ目、不動産は財物に含まれません。専用の罪がある以上、財物に含める必要がありません。この中身は、別の回で扱います。「他人の財物」の確認は、ここまでです。ここで、1つ思い出してください。前回、窃盗罪の保護法益は、どちらの説でしたか?
判例は、占有説でした。占有説は、事実上の占有そのものを守る立場でした。今日の「占有」の話は、まさにその土台の上に乗っています。
「窃取」の定義
図:「窃取」とは
次は「窃取」という行為の中身です。中身はもう少し細かく決まっています。ここは、そのまま覚えてください。
⭐ 論文で書く規範:「窃取」の意義 「窃取とは、他人の占有する財物を、その占有者の意思に反して、自己または第三者の占有に移転することをいう。」 (規範(通説で立てる))
3つの部品に分けて確認しましょう。1つ目、他人の占有する財物であること。2つ目、占有者の意思に反していること。3つ目、自分か第三者の占有に移すことです。たとえば、ベンチに座っている人のすぐ横から、ポシェットを黙って持ち去る場面です。持ち主が占有しているポシェットを、持ち主の意思に反して、自分の占有に移しています。これが窃取の典型です。実は、この3つとも「占有」という言葉が絡んでいます。そこが、今日いちばん伝えたいところです。「窃取」の定義そのものに、「他人の占有」という言葉が組み込まれています。
他人の占有という分水嶺
図:占有があるかないかで罪名が変わる
もし、財物に他人の占有が認められなかったら、どうなるでしょうか。窃取の定義に他人の占有が入っているので、あてはまらない気がします。あてはまらなければ、そもそも「窃取」にならないんです。その場合は、別の罪、横領罪の問題になります。占有移転を伴わない領得罪が、横領罪でしたね。今日の話は、その手前です。占有が認められるかどうかが、そもそもの入口を決めます。
⭐ 論文で書く規範:他人の占有は、窃盗罪と横領罪を分ける 「他人の占有が認められる財物を奪えば窃盗罪、認められなければ横領罪(委託関係があれば委託物横領、なければ占有離脱物横領)の問題になる。」 (窃盗罪と横領罪を分ける基準)
横領罪の中身、委託物横領と占有離脱物横領の違いは別の回で扱います。今日は「占有の有無が罪名の入口を決める」というところまでで十分です。ここから、占有そのものの中身に入ります。
占有の意義
図:占有をどう判定するか
占有があるかどうかは、どうやって決めるんでしょうか。実際にその物を持っているかどうかだけでは足りません。占有には2つの要件があります。
⭐ 論文で書く規範:占有の意義 「刑法上の占有が認められるには、事実上の支配(客観的要件)と、財物を支配する意思(主観的要件)が必要であり、その有無は社会通念にしたがって総合的に判断する。」 (規範(通説で立てる))
1つ目は事実上の支配です。客観的に見て、誰の管理下にあるかです。2つ目は支配する意思です。持ち主の側に管理しようとする気持ちがあるかです。常識、つまり社会通念に照らして総合的に判断します。イメージしやすいように、たとえで考えましょう。「この物は誰の陣地に置いてあるか」を、外から判定するゲームだと考えてください。判定材料は2つだけです。その場所が、誰の管理下にあるとひと目で分かるか。これが客観的支配の強さです。もう1つは、持ち主の側に見張っておこう、なくしたら困るという意識があるか。これが、支配する意思です。
支配する意思まで、なぜ必要なんですか。物がどこにあるかだけでは、その物を、誰が押さえているのかまでは決まらないからです。その物を管理しようとする意思を持つ人がいて、初めてその人の占有と言えます。まず、占有が認められる例を5つ見ていきましょう。
占有の有無・肯定例
図:①自宅内で見失った財物
1つ目です。自宅の中に置いたはずが、どこに置いたか忘れてしまった財物です。自宅の中という場所そのものが、強い客観的支配を示しています。忘れていても、自分の家の中に置いておくつもりだった意思はあります。だから、占有はまだ自分の陣地の中にある、と評価されます。
図:②店の前の公道に置き忘れた自転車
2つ目です。写真材料店の店員が、閉店のときに、店主の自転車を店の中に入れ忘れました。店の前の公道に立てかけたままになり、翌朝までに持ち去られました。公道に置きっぱなしなら誰でも持っていけそうにも見えますが、裁判所は違う判断をしました。
判例福岡高等裁判所判決(昭和30年4月25日)/判旨の要旨
高等裁判所判決——閉店後、店の前の公道に置き忘れた自転車が持ち去られた事案 所有者がその所在を意識し、客観的に見てその物件が所有者を推知できる場所に存するときは、その物件は常に所有者の占有に属する。
この自転車は、店に属する場所と分かる公道の上にありました。だから、店主の占有はまだ及んでいる、と判断されたんです。ここで、少し考えてみてください。公園のベンチに置き忘れたポシェットは、誰でも近づける場所にあります。置き忘れに気づく前に持ち去られたら、占有はもう無くなっているでしょうか。予想は、いったん覚えておいてください。実際の判例を見てみましょう。
図:③ポシェット事件のタイムライン
被害者は、公園のベンチにポシェットを置いたまま友人と話していました。そのまま、友人を駅まで送るためにベンチを離れます。被告人は、被害者がベンチから約27メートル離れた地点まで来たのを見て持ち去りました。その時点では、まだ被害者は近くにいましたが、そのあとも被害者本人は歩き続けます。駅の改札口付近、約200メートルの地点で置き忘れに気付きます。ここで、注意してほしいことがあります。占有が失われていなかったと判断された理由に使われた距離は27メートルの方です。200メートルは、被害者が気付いた地点にすぎません。最高裁が見ているのは、被告人が持ち去った、まさにその瞬間です。
判例最高裁判所第三小法廷決定(平成16年8月25日・刑集58巻6号515頁)/判旨の要旨
最高裁判所決定——公園のベンチに置き忘れたポシェットを持ち去った事案 被告人が領得したのは、被害者がこれを置き忘れて、ベンチから約27メートルしか離れていない場所まで歩いて行った時点であったことなど本件の事実関係のもとでは、被害者の占有はなお失われておらず、その時点での領得行為は窃盗罪にあたる。
さっきの予想は、当たっていましたか。外れました。誰でも近づける場所でも、占有が残っていたんですね。理由は、時間と距離の近さです。まだ27メートルしか離れていない時点では、被害者の陣地はすぐそこにあったと評価されました。事案次第ですが、時間と距離が開くほど、占有は失われたと評価されやすくなります。
図:④旅館のトイレに忘れた財布
4つ目です。旅館に泊まった客が、館内のトイレに財布を忘れました。お客さん本人の占有は、もう失われています。ただ、このトイレは誰でも自由に出入りできる場所ではありません。宿泊している客しか、基本的には立ち入りません。旅館の主人には、忘れ物を見つけたら保管しようという意思があります。だから、財布の占有は旅館の主人に移った、と評価されます。
図:⑤ゴルフ場の池のロストボール
5つ目です。ゴルフ場の人工池の底に、打ち損じたボールが沈んでいます。ゴルフ場の管理者は、そのボールを回収して再利用する予定でした。だから、誰の物でもない無主物ではありません。
判例最高裁判所第三小法廷決定(昭和62年4月10日)/判旨の要旨
最高裁判所決定——ゴルフ場の人工池のロストボールを持ち去った事案 ゴルフボールは、いずれにせよゴルフ場側の所有に帰していたのであって無主物ではなく、かつ、ゴルフ場の管理者においてこれを占有していたものというべきである。
池の底にあっても、管理者に回収の意思がある以上、占有は失われていません。5つの例を、まとめて見てみましょう。
図:占有が認められる5つの場面
5つとも共通点があります。誰でも出入りできるわけではない場所、持ち主の物だと分かる場所、そして時間と距離の近さ。このどれかで、誰かの支配がまだ及んでいます。そのうえで、その人に、見張っておこう、回収しようという意思があります。では、逆に占有が否定される場面も見てみましょう。
占有の有無・否定例
図:誰でも入れる場所に置き忘れたら
1つ目です。役場の窓口スペースに、紙幣を置き忘れた場面です。このスペースは、来庁した人なら誰でも自由に出入りできます。旅館のトイレは宿泊客しか入りません。ここは違います。係員の事実上の支配も、そこまでは及びません。置き忘れた本人の占有も、係員の占有も認められません。ただ、あのときは、持ち主がまだ27メートル先にいる瞬間でした。時間と距離の近さが、支配を支えていたんです。時間がたち、持ち主が遠く離れてしまえば、誰でも出入りできて、誰の物かも分からない場所には、支配を支えるものが何も残りません。2つ目も、同じ構造です。列車の客車で、網棚に荷物を置き忘れた場面です。客車も、乗客なら誰でも自由に出入りできる空間です。
乗客が自由に乗り降りする車内は、車掌が一つ一つの忘れ物まで押さえている空間ではありません。だから、どちらの例も占有は否定されます。この場合は窃盗罪ではなく、占有を離れた物を対象にする罪の問題になります。占有離脱物横領罪です。ここで、1つだけ比較しておきます。もし、この列車が車庫に入ったあとだったら、どうでしょうか。車庫なら、誰でも出入りできる場所じゃなさそうです。車庫の中は、旅館のトイレと同じように閉じた空間になります。その場合は、車掌や鉄道会社の占有を認めてよくなります。ここまでが、1人の占有の有無を判定する場面でした。
占有の帰属という、別の問い
図:今度は、誰の占有かを判定する
ここまでは、占有が「あるか、ないか」の話でした。ここからは、占有が認められる物について「誰にあるか」を考えます。複数の人が関わっている場面で、誰の陣地なのかを決める作業です。これを、占有の帰属と呼びます。冒頭で聞いた、アルバイトの店員の問いを覚えていますか。レジ打ちの店員が、商品を持ち帰った場面です。あの問いも、占有の帰属で答えが出ます。パターンは3つあります。
対等者間の占有
図:対等な2人が共同で管理する
1つ目のパターンです。複数の保管者が対等な関係にある場合です。会社の倉庫を、係長Xと係長Yの2人が対等な立場で共同管理しているとします。どちらも鍵を持っていて、どちらも出し入れができます。対等な関係にある場合は、それぞれに占有が認められます。もし、Xが、Yに無断で倉庫の商品を持ち出したら、どうなるでしょうか。ここが、短答で狙われる引っかけです。Yとの関係では窃盗罪が成立します。Xの占有だけでなく、Yの占有も同時に侵害しているからです。
判例最高裁判所第三小法廷判決(昭和25年6月6日)/判旨の要旨
最高裁判所判決——共同で占有していた物を、一方が単独の占有に移した事案 共同占有の場合、共同占有者の占有を奪って自己単独の占有に移す行為は、窃盗にあたる。
対等な共同占有を、一方的に単独の占有へ変える行為は窃盗罪にあたる、という判断です。ここは短答でよく問われるので、覚えておいてください。
上下主従関係にある場合の占有
図:店主とアルバイト店員
2つ目のパターンです。複数の保管者の間に上下・主従の関係がある場合です。小さな雑貨店を思い浮かべてください。店主が経営していて、レジ打ちだけを任されたアルバイトの店員がいます。商品を持っているのは実際にはレジにいる店員のようにも見えますが、法律上の答えは違います。占有は上位者である店主に帰属し、下位者である店員は占有補助者にすぎません。手足として商品を扱っているだけで、自分の判断で処分する立場にはありません。この店員が商品をこっそり持ち帰れば、店主という他人の占有を奪ったことになります。これが原則の形です。
図:例外——古参の従業員
ただ、原則には例外があります。同じ店で、長年働いている古参の従業員を考えてみましょう。仕入れも在庫の管理も、顧客への掛け売りの判断も任されているとします。店主の目が届かない場面でも、商品を動かす裁量を持っています。上位者との間に、高度の信頼関係があります。財物について、ある程度の処分権も委ねられています。この場合、下位者であるこの従業員に、例外的に単独の占有が認められます。自分が占有している物を、自分のものにした形になります。窃盗罪ではなく、横領罪です。分かれ目は、任された裁量の重さです。
⭐ 論文で書く規範:上下主従関係がある場合の占有 「複数人が財物の保管に関与し、上下・主従関係が認められる場合、占有は上位者に帰属し、下位者は占有補助者にとどまるのが原則である。もっとも、下位者が上位者との間に高度の信頼関係を有し、財物についてある程度の処分権を委ねられているときは、例外的に下位者の単独の占有を認めるべきである。」 (規範(通説で立てる))
ここは、論文でも問われうるところです。冒頭の、アルバイトの店員の問いに戻りましょう。レジ打ちだけなら、原則どおり占有補助者にとどまります。だから、あの店員が商品を持ち帰れば、答えは窃盗罪です。答えを決めたのは、「これは、誰が占有しているのか」でした。店主の占有なら窃盗罪、店員自身の占有なら横領罪です。
封をした荷物の占有
図:封をした荷物を預ける
3つ目のパターンです。封をした荷物を預ける場面を考えます。法律では、これを封緘物と呼びます。寄託者Aが、衣類を入れて封をした荷物を、受託者Bに預けたとします。封をした荷物は、どういう占有になるんですか。ここは、2つに分けて考える必要があります。荷物そのものの占有と、中に入っている衣類そのものの占有です。荷物そのものを、実際に手元に置いて管理しているのは受託者Bです。だから、荷物そのものの占有はBにあります。ただ、封がしてある以上、中を見ることはBには許されていません。中身については、なおAの支配が残っている、と考えます。
これが判例の立場です。
判例最高裁判所第一小法廷決定(昭和32年4月25日)/判旨の要旨
最高裁判所決定——寄託された、封をした荷物から中身の衣類を取り出した事案 寄託者は、荷物の中にある衣類に対する所持を失っていないのであるから、受託者が勝手に梱包を解いて中の衣類を取り出したときは、その行為は窃盗罪を構成し、横領罪は構成しない。
決定の言う「所持」は、今日の「占有」と同じ意味です。ここから、2段階の帰結が出ます。まず、Bが、中身を質屋に入れるつもりで封を開けた時点です。Bは、自分が占有している荷物を、持ち主でなければできない形で扱ったことになります。自分が占有している他人の物ですから、この考え方からは、ここで荷物についての横領罪が成立すると考えられます。中身を自分の物にするつもりで開けたのなら、そうなります。さらに、Bが中身の衣類を取り出せば、Aが占有する中身を奪ったことになります。そこで窃盗罪が成立します。決定が横領罪にならないとしたのは、中身の衣類についてです。先に成立していた横領罪は、あとの窃盗罪に吸収されます。どちらも、Aが預けた同じ荷物をめぐる、一続きの行為だからです。
より重い窃盗罪で1回評価すれば、封を開けた分も、その中で評価し尽くせます。
図:封緘物の占有——3つの考え方
この判例の立場を、A説と呼びましょう。他にも考え方があります。B説は、荷物も中身も、両方とも受託者の占有だとします。C説は逆に、荷物も中身も、両方とも寄託者の占有だとします。全体を丸ごと自分の物にすれば軽い横領罪、中身だけ抜き取れば重い窃盗罪になるのは不均衡だ、という批判です。ただ、反論もあります。業務として物を預かる場面では、より重い業務上横領罪が適用されます。だから、実際の処罰の重さで見れば、それほど不合理ではありません。ここは、論文でも書きうる対立です。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ
今日の内容を整理しましょう。「他人の財物」の残りと、「窃取」の定義を固めました。窃取の定義には、「他人の占有」という言葉が組み込まれていました。この言葉が、窃盗罪と横領罪を分ける分水嶺でした。占有の意義である事実上の支配と支配する意思、その2つを社会通念にしたがって総合的に判断します。占有の有無を、5つの肯定例と、2つの否定例で確かめました。そのあと、占有の帰属という別の問いに進みました。対等者間、上下主従の原則と例外、そして封をした荷物です。「これは、誰が占有しているのか」。この1つの問いで、今日の内容はつながっています。
参照条文
- 刑法235条