刑法ゼロから刑法#139

詐欺罪の構造と欺罔行為

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第16章 個人的法益⑤|財産に対する罪②(詐欺・恐喝・横領・背任・盗品・毀棄) ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

渡してしまったのに、なぜ財産犯なのか

被害者自身が渡してしまう。それでも財産犯か? 図:被害者自身が渡してしまう。それでも財産犯か?

前回まで、強盗6部作で財産犯の前半を見てきました。今日から、財産犯の後半戦、246条の詐欺罪に入ります。今日の詐欺は、その正反対から始まります。店の品物を客が勝手に持ち去れば、窃盗です。では、店員が自分の手で、その客に品物を渡してしまったら、どうなるでしょうか。店員が自分から渡しているなら、被害者が納得して渡したということですよね。それなのに、犯罪になるんですか。なります。今日はその理由を、ひと続きの筋で説明します。渡すという判断そのものが、ゆがめられているからです。このゆがみがどうやって起きるのか、4つの輪でたどっていきます。

交付罪としての詐欺——強盗との対比

盗取罪と交付罪、もう一度 図:盗取罪と交付罪、もう一度

前回までの強盗は、被害者の意思に反して財物を奪う罪でしたね。では、被害者が自分の意思で渡してしまった場合はどう考えるんでしたっけ?財産犯総論の回で見た区別ですね。占有移転が相手の意思に反するなら盗取罪、意思に基づくなら交付罪でした。窃盗・強盗は盗取罪、詐欺・恐喝は交付罪です。詐欺は交付罪です。被害者自身が「渡す」という処分行為をしています。被害者が自分から渡しているのに、なぜ財産犯になるのか、という最初の疑問に戻ります。そこがまさに今日のテーマです。渡すという判断そのものが、だまされてゆがめられているからこそ、交付罪という財産犯になります。このゆがみの中身を、これから条文と一緒に見ていきましょう。

条文刑法246条

刑法246条(詐欺) 1項:人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の拘禁刑に処する。 2項:前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

246条です。1項は財物、2項は財産上の利益を対象にしています。「人を欺いて」「交付させた」という2つの言葉に、今日の内容がすべて詰まっています。順番に、保護法益、客体、そして「人を欺いて」の中身、という順で見ていきましょう。

今日の地図 図:今日の地図

今日はこの6つを見ていきます。保護法益、客体、4つの輪の連鎖、欺罔行為の程度、不作為・挙動による欺罔、そして実行の着手です。

保護法益——国・自治体も被害者になるか

財産犯だから、被害者は個人とは限らない 図:財産犯だから、被害者は個人とは限らない

詐欺罪の保護法益は、通説では財産、それも個人の財産だとされています。では、国や地方公共団体が被害者になった場合はどうでしょうか。そこで対立があります。A説は、詐欺罪はあくまで個人的な財産を守る罪だから、公共的な利益に向けられた嘘は、詐欺罪が予定している型、つまり個人の財産をだまし取るという型に当たらないとして、成立を否定します。B説は、国や地方公共団体も、財産権を持つ主体でありうる以上、財産犯として保護されうる、と考えます。判例・通説はこちらです。一つは、国の金融統制に反して、法令で払い戻しが止められていた封鎖預金を、嘘の請求書で銀行から払い戻させた事案。もう一つは、農業をする意思があると偽って、国から国有の未墾地を買い受けた事案です。封鎖預金の事案は銀行、未墾地の事案は国を相手にした場面ですが、どちらも国家的な利益が絡む場面で、詐欺罪の成立が認められています。

判例最高裁判所決定(昭和51年4月1日)

最高裁判所決定——国家的法益と詐欺罪 欺罔行為によつて国家的法益を侵害する場合でも、それが同時に、詐欺罪の保護法益である財産権を侵害するものである以上、……詐欺罪の成立を認めることは、大審院時代から確立された判例であり

「公共的な利益をだまし取った」のではなく、「財産権を持つ主体から財産をだまし取った」と捉えるのがポイントです。

客体——財物と財産上の利益

詐欺の客体は、窃盗より広い 図:詐欺の客体は、窃盗より広い

客体は、1項が財物、2項が財産上の利益です。財産上の利益とは、借金を帳消しにさせる、サービスをただで受ける、といった形のない利益のことです。財物のほうは、窃盗罪の財物と同じ意味ですか。そこが少し違います。詐欺罪の財物には、動産だけでなく、不動産も含まれるとされています。不動産を奪う行為には、235条の2の不動産侵奪罪という専用の罪があるので、窃盗罪の財物に不動産を含める必要が無い、という話でした。詐欺は、被害者自身に渡させる罪です。土地は持ち去れませんが、持ち主をだまして名義を移させれば、「交付させた」といえます。だから詐欺の財物には不動産が入ります。財物という言葉は、窃盗の話か詐欺の話かで範囲が変わる、と意識しておきましょう。

4つの輪の連鎖——詐欺の背骨

欺罔行為から取得まで、1本の鎖 図:欺罔行為から取得まで、1本の鎖

ここからが今日の中心です。詐欺は、欺罔行為、錯誤、処分行為、財物・利益の取得という4つの輪がつながって初めて成立します。欺罔行為が嘘をつくこと、錯誤がその嘘を信じること、処分行為が信じたまま渡すこと、取得が実際に財物が移ることです。この4つは、ただ並んでいるのではなく、欺罔行為が錯誤を引き起こし、錯誤が処分行為を引き起こし、処分行為が取得を引き起こす、という因果の鎖になっています。4つの輪のどこか1つでも欠ければ、詐欺は既遂になりません。ただ、どこで切れたかで扱いが変わります。欺罔行為までは始まっていて、その後ろの錯誤、処分行為、取得のどこかで切れたなら、詐欺未遂です。詐欺の未遂は、250条が処罰しています。これに対して、入口の欺罔行為そのものが認められなければ、未遂にすらなりません。だからこそ、入口の欺罔行為がどういう行為なのかが大事で、欺罔行為には、2つの条件が必要になります。

⭐ 論文で書く規範:欺罔行為の定義 「欺罔行為といえるためには、相手を錯誤に陥らせるような行為であること、そして、その錯誤を通じて相手に処分行為をさせる、つまり処分行為に向かわせるような行為であることの、2つがそろっている必要がある。」 (規範(通説で立てる))

どちらか一方でも欠けると、欺罔行為そのものが否定されます。次に、この2つが欠ける場面を、具体的に見てみましょう。

鎖が入口で切れる場面——機械と、一時的な許可

相手が人でなければ、錯誤は生じない 図:相手が人でなければ、錯誤は生じない

1つ目は、セルフレジの場面です。スーパーのセルフレジで、1000円の食材のバーコードに、わざと200円の別の商品のバーコードを重ねて読み込ませ、差額を払わずに持ち出したとします。相手が人間でなければ、そもそも錯誤という心の動きが生じようがありません。だから、欺罔行為が成立せず、鎖はスタートすらしません。詐欺にならないなら、この人は何の罪にもならないんですか。違います。人からではなく機械の管理下にある商品を、正当な対価を払わずに持ち出しているので、窃盗罪として検討することになります。

一時的な許可は、終局的な処分行為ではない 図:一時的な許可は、終局的な処分行為ではない

2つ目は、家電量販店の場面です。「試聴してみます」と店員に断ってヘッドホンを渡してもらい、視聴コーナーでそのまま持ち逃げしたとします。嘘をついて、店員に「試すだけのお客さん」だと思い込ませるところまでは起きています。問題は処分行為です。店員が許したのは何だったでしょうか。「その場で試聴すること」を許しただけで、「持ち帰っていいこと」を許したわけではないですね。店員の許可は、財物を終局的に手放す処分行為ではなく、一時的な許諾にすぎません。だから処分行為が起きておらず、欺罔行為は処分行為に向けられていなかったことになります。

支払を後回しにすると偽って持ち帰りまで許させたのなら、鎖はつながります。店員は、持ち帰ってよいと許した、つまりヘッドホンを手放す処分行為をしています。同じ嘘でも、店員が許した中身が「その場で試す」か「持って帰る」かで、詐欺になるかどうかが分かれます。どちらも詐欺は成立せず、未遂にすらなりません。欺罔行為そのものが認められないからです。セルフレジの場面も、ヘッドホンの場面も、窃盗罪として検討することになります。4つの輪という物差しを持っていれば、なぜそうなるかが説明できます。嘘があるかどうかではなく、その嘘が錯誤と処分行為の両方に向けられているかどうかが決め手です。

欺罔行為の程度——重要な事項を偽ること

知っていれば渡さなかったはずの事実か 図:知っていれば渡さなかったはずの事実か

もう1つ、欺罔行為には程度の問題があります。どんな嘘でもよいわけではなく、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることが必要です。社会的に相当な範囲の誇張やお世辞は、欺罔行為にあたりません。物差しは、相手が真実を知っていたら、その処分行為をしなかったといえるかどうかです。この重要な事項性が問題になった判例を、2つ見てみましょう。

誰を乗せるかは、航空会社にとって重要な事項

1つ目は、自分名義の航空券を見せて、実際には別人を乗せるつもりで搭乗券を請求した事件です。搭乗券そのものは普通に発行される種類のものでも、航空会社にとって、誰を実際に搭乗させるかは、運航の安全管理上、重要な事項にあたります。だから、それを隠したまま請求する行為は欺罔行為にあたり、詐欺罪が成立するとされました。

判例最高裁判所決定(平成22年7月29日)

最高裁判所決定——搭乗券詐取事件 搭乗券の交付を請求する者自身が航空機に搭乗するかどうかは,本件係員らにおいてその交付の判断の基礎となる重要な事項であるというべきである

申込みが何を表しているか——誓約した会員か、一般の客か 図:申込みが何を表しているか——誓約した会員か、一般の客か

2つ目は、暴力団員によるゴルフ場利用の事件です。実は同じ日に、似た事案で結論が分かれた2つの判断があります。1つは、暴力団関係者を同伴しないと入会のときに誓約していたゴルフ倶楽部の会員が、暴力団員を同伴者として申し込んだ事件です。こちらは詐欺罪が成立するとされました。

判例最高裁判所決定(平成26年3月28日)

最高裁判所決定——誓約した会員の申込み 入会の際に暴力団関係者の同伴,紹介をしない旨誓約していた本件ゴルフ倶楽部の会員である……が同伴者の施設利用を申し込むこと自体,その同伴者が暴力団関係者でないことを保証する旨の意思を表している上,利用客が暴力団関係者かどうかは,本件ゴルフ倶楽部の従業員において施設利用の許否の判断の基礎となる重要な事項である

もう1つは、暴力団員本人が、一般の客と同じように、氏名などを偽りなく書いた受付表を出して申し込んだだけの事件です。こちらは、人を欺く行為に当たらないとされました。

判例最高裁判所判決(平成26年3月28日)

最高裁判所判決——一般客としての申込み 一般の利用客と同様に,氏名を含む所定事項を偽りなく記入した「ビジター受付表」等をフロント係の従業員に提出して施設利用を申し込む行為自体は,申込者が当該ゴルフ場の施設を通常の方法で利用し,利用後に所定の料金を支払う旨の意思を表すものではあるが,それ以上に申込者が当然に暴力団関係者でないことまで表しているとは認められない。

決め手は、申し込むという行動が、何を表しているかです。誓約した会員の申込みは、それ自体が「同伴者は暴力団関係者ではない」という保証になります。一般の客の申込みは、「普通に使って料金を払う」という意味にとどまり、そこまでは表していません。行動の意味は、その取引の場面で、相手から見て、その行動が普通どう受け取られるかで決まります。誓約した会員が同伴者を申し込めば、「この同伴者は暴力団関係者ではありません」と受け取られます。そして、表している中身が、相手が渡すかどうかを決める重要な事項なら、それを偽ることが欺罔行為になります。行動が何を表しているか、という見方は、このあとの挙動による欺罔で、もう一度使います。

不作為による欺罔行為——告知義務

言うべきなのに言わなかった、というだけで足りるのか 図:言うべきなのに言わなかった、というだけで足りるのか

ここまでは、積極的に嘘をつく場面でした。ここからは、黙っていただけで欺罔行為になる場合です。何も言っていないのに、嘘をついたことになるんですか。なります。法律上、告げるべき義務があるのに黙っていた場合です。これを告知義務と呼びます。条文には書かれていませんが、判例・通説は、信義則、お互い誠実にふるまうべきだという民法上のルールを根拠に、この義務を緩やかに認めています。

窓口では詐欺、ATMでは詐欺にならない 図:窓口では詐欺、ATMでは詐欺にならない

1つは、誤振込です。自分の口座に、身に覚えのないお金が振り込まれていることに気づいたのに、それを告げずに銀行の窓口で払戻しを受けた場合です。

判例最高裁判所決定(平成15年3月12日)

最高裁判所決定——誤振込と告知義務 自己の口座に誤った振込みがあることを知った場合には……誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務があると解される。

行員に告げるべき信義則上の義務があるのに、それを告げずに払戻しを求める行為は、不作為による欺罔行為にあたり、詐欺罪が成立します。ATMの場合は、詐欺は成立しません。理由は、さっきのセルフレジと同じ発想です。ATMには、告げるべき相手となる人間がいません。人に対する働きかけがない以上、欺罔行為が観念できないのです。もう1つ、釣銭の例も見てみましょう。店員から釣銭を多く渡されたことに、その場で気づいて、黙って受け取った場合です。店員に対してその場で告げるべき義務があるのに黙っていたので、不作為による欺罔行為にあたり、詐欺罪が成立します。では、家に帰ってから釣銭の多さに気づいた場合はどうでしょうか。

もう店員はその場にいません。受け取った時点では、まだ気づいていないので、欺罔行為がありません。この場合は、占有を離れた他人の物を自分のものにした、占有離脱物横領罪として検討することになります。この罪の中身は、横領罪を学ぶ回で扱います。

挙動による欺罔行為——行動そのものが嘘になる

注文するという行動が、嘘を含んでいる 図:注文するという行動が、嘘を含んでいる

不作為とよく似ていますが、少し違う場面もあります。挙動による欺罔行為です。無銭飲食を例に考えてみましょう。所持金が無く、支払う意思がまったく無いのに、普通に料理を注文して食べたとします。黙って注文しただけでも、判例は、支払う意思を装って注文し、飲食や宿泊をさせた時点で、詐欺罪が既遂になるとしています。注文という行動そのものを、支払う意思があるように見せかける作為の欺罔行為だと見るから、こういう結論になるわけです。

判例最高裁判所決定(昭和30年7月7日)

最高裁判所決定——無銭飲食と既遂の時点 逃亡前すでに……宿泊、飲食等をしたときに刑法二四六条の詐欺罪が既遂に達した

申込みという行動そのものが、利用意思の表明になる 図:申込みという行動そのものが、利用意思の表明になる

もう1つ、預金口座の開設も同じ発想です。実際には第三者に譲渡するつもりなのに、それを隠して、自分名義の口座開設等を申し込んだ場合です。

判例最高裁判所決定(平成19年7月17日)

最高裁判所決定——口座開設の申込みと欺罔行為 銀行支店の行員に対し預金口座の開設等を申し込むこと自体、申し込んだ本人がこれを自分自身で利用する意思であることを表しているというべきである。

だから、実際には他人に譲るつもりなのにそれを隠して申し込む行為は、欺罔行為にあたります。さっきのゴルフ場の2件も、同じ見方でした。申込みという行動が何を表しているかで、結論が分かれていましたね。見分けは、行動そのものが何かを表しているかどうかから始めます。注文や口座開設の申込みは、行動自体が「払うつもりがある」「自分で使う」と表しています。だから、その行動が嘘そのもの、つまり作為の欺罔行為で、告知義務は要りません。これに対して不作為は、行動だけでは嘘とまではいえないのに、黙っていたことを問う場面です。だから、信義則上告げるべきだったか、という告知義務が要ります。無銭飲食で「支払うつもりはありません」とわざわざ告げる義務まではいえませんが、注文という行動が支払う意思を表しているので、作為の欺罔行為として説明できるわけです。

実行の着手——特殊詐欺の事案

現金を求める言葉が無くても、着手はある 図:現金を求める言葉が無くても、着手はある

最後に、詐欺罪がどの時点で未遂として処罰されるようになるか、実行の着手を見ておきましょう。実行の着手の一般論、実質的客観説そのものは、未遂を学ぶ回で扱いましたね。詐欺罪では、財物が渡ってしまう現実的な危険が生じる時点は、欺罔行為の開始時点になります。特殊詐欺の事件は、着手の回でも一度見ました。今日は、詐欺罪の側から見直します。受け子役が、被害者の自宅を訪問する前に逮捕された事案です。

判例最高裁判所判決(平成30年3月22日)

最高裁判所判決——特殊詐欺の実行の着手 本件嘘を一連のものとして被害者に対して述べた段階において、被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても、詐欺罪の実行の着手があったと認められる。

交付を求める言葉がまだ無くても、電話で一連の嘘を述べた段階で、実行の着手が認められています。一連の嘘は、被害者が現金を交付するかどうかの判断の前提となる、重要な事項です。それを述べてしまえば、被害者がその場で現金を渡してしまう危険性が、著しく高まります。危険性という物差しに照らせば、この段階ですでに実行の着手を認めるのが筋が通ります。

今日の地図(保存版)

今日のまとめ——4つの輪 図:今日のまとめ——4つの輪

今日の内容を、冒頭の問いに戻して整理しましょう。被害者自身が渡しているのに財産犯になるのは、渡すという判断そのものが、欺罔行為によってゆがめられているからでした。その仕組みを支えているのが、欺罔行為、錯誤、処分行為、取得という4つの輪の連鎖でしたね。この鎖がすべてつながって初めて詐欺は既遂になり、欺罔行為の後ろで切れれば詐欺未遂、入口の欺罔行為で切れれば未遂にすらならず、窃盗などとして検討することになります。保護法益は国や自治体も含みうること、客体は不動産まで含む財物と財産上の利益であること、欺罔行為には重要な事項性という程度が必要なこと、そして不作為・挙動という形でも欺罔行為になりうることを見てきました。

詐欺罪は、まだ先が長い論点です。

参照条文

  • 刑法246条

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