刑法ゼロから刑法#140

詐欺罪の錯誤と処分行為

印刷用PDFを開く

第16章 個人的法益⑤|財産に対する罪②(詐欺・恐喝・横領・背任・盗品・毀棄) ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

試乗は詐欺、試着は窃盗——何が違うのか

同じ嘘、違う結末 図:同じ嘘、違う結末

嘘で店員の許可を取り、商品を持ち去る点は共通でも、試乗なら詐欺、試着なら窃盗になります。今日は、その違いがどこから来るのかを解くところまで行きます。前回、詐欺は欺罔行為、錯誤、処分行為、取得という4つの輪の鎖だと見ましたね。今日は、鎖の真ん中2つ、錯誤と処分行為の中身に入っていきます。先に答えの方向だけ言っておくと、試乗と試着を分けるのは、店員が商品の支配を手放したと言えるかどうかです。

錯誤の意義——欺罔と処分をつなぐ輪

錯誤とは、心の中の思い違いである 図:錯誤とは、心の中の思い違いである

条文刑法246条

刑法246条(詐欺) 1項:人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の拘禁刑に処する。 2項:前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

条文をもう一度見ておきます。錯誤も処分行為も、条文には言葉として出てきません。「人を欺いて」の先に相手の錯誤があり、「交付させた」の中に相手の処分行為がある、と読むのが、前回の鎖の考え方です。まず錯誤です。錯誤とは、欺罔行為によって相手方が陥る、心の中の思い違いのことです。冒頭の試乗で言えば、店員が「この人は本当に車を買うつもりのお客さんだ」と思い込むこと、これが錯誤です。鎖で言うと、欺罔行為という原因が起こす結果が錯誤であり、その錯誤が今度は原因になって、次の処分行為を引き起こします。錯誤は、欺罔行為と処分行為をつなぐ、まさに真ん中の輪です。

心の中の出来事だからこそ、心を持たない相手には起こりようがありません。この点を、次で確かめましょう。

機械は錯誤に陥らない

相手に心が無ければ、勘違いは起きない 図:相手に心が無ければ、勘違いは起きない

錯誤が心の中の出来事だとすると、相手が機械だったらどうなるでしょうか。自動販売機に、正規の硬貨ではなく金属片を投入して商品を取り出した場合を考えてみます。自動販売機を、だましたことになりませんか。なりません。自動販売機には心が無いので、そもそも勘違いという現象自体が起こりようがないんです。錯誤という輪がスタートしない以上、その手前の欺罔行為も成立しません。だから詐欺は、未遂にすらならないんです。詐欺にならないなら、この行為は無罪になってしまうんですか。違います。人からではなく、機械の管理下にある商品を、正当な対価を払わずに持ち出しているので、窃盗罪として検討することになります。もう一つ、似た構造の例を見てみましょう。他人から盗んだキャッシュカードを使って、ATMから現金を引き出した場合です。

同じ理由で、詐欺は成立しません。引き出した現金は財物なので、こちらも窃盗罪で検討します。ただし、ATMのように電子計算機を使って財産上の利益を得る場面には、詐欺とは別に、246条の2という専用の条文が用意されています。その中身は、また別の回で扱います。なぜこの条文が必要になったのかは、この後の処分行為の話で見えてきます。

人が見破った場合——なぜ未遂で止まるのか

未遂には、2つの違う理由がある 図:未遂には、2つの違う理由がある

次は、相手が人である場面です。嘘をついたのに、相手がその嘘を見破ってしまった、あるいは見破ったうえで、あわれみなど別の理由で財物を渡した場合を考えます。たとえば、駅前で「災害の募金です」と嘘をついて箱を差し出したところ、通りかかった人が嘘だと気づいたうえで、「かわいそうだから」と千円を入れた場合です。欺罔行為そのものは成立しています。ただ、相手は嘘を信じていないので、錯誤には陥っていません。欺罔行為から錯誤への鎖が、途中で切れているんです。財物は結局渡されているのに、それでも詐欺は成立しないんですか。成立しません。渡す判断が、欺罔行為による勘違いに基づいていない以上、鎖はつながらず、詐欺は既遂になりません。ただし、欺罔行為そのものは実行されているので、詐欺の未遂として扱われます。

機械の場合は、欺罔行為自体が成立しないので、未遂にすらなりません。今回は、欺罔行為はきちんと成立していて、その先の錯誤で鎖が切れた場合の未遂です。同じ「未遂」という言葉でも、切れた場所が違うことを意識しておいてください。

処分行為の定義と2つの役割

鎖の3つ目の輪、処分行為 図:鎖の3つ目の輪、処分行為

ここで、前回のセルフレジとヘッドホンの試聴の2例を思い出してください。あの2つが詐欺にならなかったのは、なぜだったか覚えていますか?

⭐ 論文で書く規範:処分行為の定義 「処分行為とは、だまされて生じた瑕疵ある意思に基づき、財物または財産上の利益についての支配を、相手方へ終局的に移してしまう行為をいう。財物であれば占有、財産上の利益であれば準占有を、終局的に移す行為でなければ、処分行為とは言えない。」 (規範(判例・通説で立てる))

セルフレジは相手が機械で、試聴はその場限りの許可だったから、でしたね。どちらも、処分行為に向けた欺罔行為そのものが無かったのでした。続いて、鎖の3つ目の輪、処分行為です。処分行為と言えるのは、だまされて生まれた瑕疵ある意思のもとで、財物や財産上の利益に対する支配を、相手方へ終局的に、つまり後戻りしない形で渡してしまったときです。瑕疵ある意思とは、だまされて勘違いした、傷のある意思のことです。財産上の利益の場合は、物の占有の代わりに、その利益を事実上握っている状態が移ることになり、これを準占有と呼びます。

その場で一時的に使わせるとか、立ち入らせるだけでは足りず、物の支配そのものを相手に渡すという判断が必要だ、ということです。この後すぐ具体例で確かめます。まず典型例を一つ見ておきましょう。所持金が無く支払う意思も無いのに、それを隠して料理を注文し、店員がラーメンを出す場面です。店員は、錯誤に陥ったまま、ラーメンという財物を、決定的に手放しています。これが処分行為の典型です。処分行為には、大事な役割が2つあります。

処分行為は、2つの境界線を引く 図:処分行為は、2つの境界線を引く

1つ目は、財物を対象にする1項詐欺での役割です。処分行為があれば詐欺、無ければ窃盗として検討する、窃盗罪と詐欺罪の分かれ目になります。前回見たとおり、欺罔行為は、相手にこの処分行為をさせることに向けられた嘘でなければなりません。前回の試聴の例は、許可がその場限りで、ヘッドホンを終局的に手放させるものではありませんでした。つまり試聴の例は、処分行為に向けられた欺罔行為が無かった例です。2つ目は、財産上の利益を対象にする2項詐欺での役割です。財産上の利益をこっそり盗む、いわゆる利益窃盗は、条文が用意されていないので処罰されません。ですから、処分行為が無いまま利益だけを得ても不可罰です。処分行為があって初めて、2項詐欺として処罰されます。1項では罪名の分かれ目、2項では処罰されるかどうかそのものの境界線。同じ処分行為の有無が、2つの違う仕事をしているわけです。前に財産犯の入口の回で見た、払うつもりでラーメンを食べ終えてから、隙を見て黙って逃げた場面が、この利益窃盗でした。窃盗罪の条文は「財物」しか書いていないので、代金を免れた利益には使えないんです。さっき名前だけ出した246条の2も、ここにつながります。機械が相手だと錯誤も処分行為も起きないので、機械を使って口座の残高のような利益を得ても、詐欺にも窃盗にもならない穴が空いてしまう。その穴を埋めるために置かれたのが、246条の2です。

終局的な移転の判定——試乗は詐欺、試着は窃盗

「終局的に」を測る物差し 図:「終局的に」を測る物差し

ここからが、冒頭の謎を解く本題です。処分行為と言えるには、財物の占有を終局的に移転させる行為でなければなりません。判定の物差しは、相手が許したのがその場での一時的な使用・立入りにとどまるのか、それとも占有そのものを手放すことなのか、です。図書館を思い浮かべてください。閲覧室で「ここで読んでいいですよ」と本を渡されるのは、その場限りの許可です。図書館の支配は、まだその本の上に残ったままですよね。これに対して、貸出カードを作って「持ち帰っていいですよ」と渡されるのは、手放す判断です。図書館の支配は、その本からいったん離れます。冒頭の試乗と試着も、実はこの違いです。

単独での試乗は、店の支配の外へ出る許可 図:単独での試乗は、店の支配の外へ出る許可

自動車販売店で、客を装った人物が「1人で試乗させてください」と頼み、店員がそれを許した場面です。自動車は移動能力が高く、店員の目の届かない場所まで持ち出せてしまいます。ですから、この許可は、貸出カードを渡すのと同じで、占有を終局的に移転させる行為だと評価されます。錯誤に陥った店員が、終局的な処分行為までしている以上、鎖はすべてつながっていて、詐欺は既遂になります。図書館の貸出も、2週間後に返す約束ですよね。それでも、持ち帰られた本の上には、もう図書館の目は届きません。「終局的に」とは、永久に手放すという意味ではなく、窃盗罪の回で見た占有の1つ目の要件、物の事実上の支配が、いったん相手の手に移るという意味です。1人での試乗は、返す約束があっても、車の支配が店から離れてしまうんです。

店内での試着は、店の支配の中にとどまる許可 図:店内での試着は、店の支配の中にとどまる許可

一方、洋服店で「試着させてください」と頼み、店員が店内での試着を許した場面はどうでしょうか。店員の目が届く範囲にとどまっています。閲覧室で読むのと同じで、店の支配は服の上にまだ残ったままです。占有を終局的に手放す判断とは言えないので、処分行為がありません。「試着させてください」という嘘は、処分行為に向けられていないので、そもそも欺罔行為にすら当たらないことになります。少し止めて考えてみてください。答えは、この後すぐお話しします。試着のあと隙を見て逃げた場合、服の占有は終局的に店から離れていますが、それは店員の意思に基づくものではありません。処分行為が無いまま、財物の占有を意思に反して奪ったことになるので、この場合は窃盗罪が成立します。同じ「嘘をついて許可をもらう」でも、許可の中身が、閲覧室で読むだけの範囲なのか、持ち出せる範囲まで及んでいるのかで、処分行為の有無が変わり、結論が分かれるわけです。

処分行為者と被害者——一致しなくてよい

手放す人と、損をする人は同じでなくてよい 図:手放す人と、損をする人は同じでなくてよい

最後に、もう一つだけ触れておきます。処分行為をする人と、財産を失う人は、必ずしも同じでなくてよいんです。実は、今日の試乗も、処分行為をした人と損をした人が別になっている例です。だまされて車を渡したのは店員ですが、車は販売店のもので、損をするのは販売店です。それでも詐欺は成立しましたね。鎖が求めているのは、だまされた人の処分行為によって財物が移ることで、その財物がだまされた人自身の物であることまでは求めていないからです。246条も、「人を欺いて財物を交付させた」と書くだけで、「だまされた人の財物」とは書いていません。このように、処分行為をする人と損をする人がずれる型には、三角詐欺という名前が付いています。ただし、だまされた人なら誰でもよいわけではなく、どんな立場の人なら足りるのかが問題になります。その中身は、別の回で詳しく扱います。今日は、名前だけ覚えておいてください。

今日の地図(保存版)

今日のまとめ——切れた場所と結末 図:今日のまとめ——切れた場所と結末

今日は、詐欺の鎖の真ん中2つ、錯誤と処分行為の中身を見てきました。錯誤は心の中の思い違いなので、機械が相手だと発生せず、詐欺は未遂にすらなりません。人が相手でも、見破られれば錯誤が起きず、詐欺は未遂で止まります。そして処分行為は、終局的に手放す判断であることが必要でしたね。許可が、その場での一時的なものにとどまる限り処分行為は無く、詐欺は成立し得ません。占有そのものを終局的に手放させたと言えて初めて、処分行為があり、詐欺は既遂になります。冒頭の試乗と試着も、この「終局的かどうか」の違いだったわけです。

処分行為の存否は、あてはめで結論が分かれる、論文でも問われそうな論点ですね。ここは論文で論点になりうる部分です。

参照条文

  • 刑法246条

刑法 全体ロードマップへ →